説明

フィードバック制御ゲインの設定方法及び設定支援プログラム

【課題】非反証制御の考え方をオフラインでの制御系設計に適用し、制御ゲインの最適値を計算によって求め得るようにして、設定の容易化を図るとともに、多入力多出力系にも適用可能な画期的な方法を提供する。
【解決手段】制御対象(プラント)Pにステップ入力等を加えたときの入出力応答データを少なくとも1つ採取する(ステップS1)。このデータに基づいて所定数以上の仮想の入出力応答データを生成し(S2,S3)、これらをそれぞれ反証演算式に代入してパラメータ空間に所定数以上の非反証領域を規定する(S4)。反証演算式を線形制約式とすることで、所定数以上の非反証領域の積集合の領域において制御ゲインの最適値を計算により求めることができ(S5)、多入力多出力系にも適用可能になる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はフィードバック制御に関し、特に制御ゲインの設定方法に係る。
【背景技術】
【0002】
従来より、制御対象の不確かさや未知の外乱による影響を軽減するために、その制御対象からの出力をセンサにより検出し、これをフィードバックして操作量を決定する、所謂フィードバック制御が広く実用に供されている。このようなフィードバック制御系の解析や設計においては近年、制御対象の数式モデルを用いる方法が主流になっているが、現実のシステムへ適用した場合はモデルの同定と制御系の設計との反復に陥ることが多く、多大な労力が必要となる。
【0003】
また、例えば化学プラントや鉄鋼の製造プロセス等の生産現場では、平常運転状態で十分な実験を行うことが難しい等の理由から、制御対象の数式モデルを得ること自体が困難な場合も多い。このような現場では従来一般的にPID制御器が用いられており、その制御ゲインを熟練の技術者が主に経験による勘に頼って調整してきたが、後継者不足によってそのようなノウハウの伝承も困難な状況にあり、早急な対策が求められている。
【0004】
また、PIDのような古典的制御よりも高度の制御手法として、例えば多変数の状態フィードバックやロバスト制御等、所謂現代制御理論が知られているが、これらは適確な数式モデルを構築することがさらに難しいことが多く、また、制御器の構造が複雑になることから現場での微調整が極めて困難なこともあって、実際のシステムに適用されている例は少ない。
【0005】
これに対し、数式モデルを求めることなく、制御対象の入出力応答データから直接的に制御器を設計する方法も種々、提案されており、例えば非反証制御やIFT(Iterative feedback tuning)、VRFT(virtual reference feedback tuning)等の手法が知られている。非反証制御は、制御対象の入出力応答データに基づいて評価基準を満たさない制御器を排除し、排除しきれない(非反証)制御器を使用するというものであり、数式モデルを必要としないことの他に、感度関数や相補感度関数のゲイン特性を用いたロバスト制御の評価基準を利用できる、という特長がある。
【0006】
本願の発明者らも例えば非特許文献1において、非反証制御の考え方をオフラインでの制御系設計に適用し、パラメータ平面上に所定の評価基準で反証されたゲインの領域を描くという手法を提案している。具体的には、所定の評価基準に従ってPID制御器の満たすべきゲイン条件の制約式を導出し、これに制御対象の多数の入出力応答データを代入して、各データ毎にPゲイン、Iゲイン、Dゲインのそれぞれが満たすべき具体的な制約式を導く。
【0007】
こうして各データ毎に求めた多数の制約式は、それぞれ、仮想のパラメータ空間(超空間)において超楕円体の外部領域を表すものであり、この超楕円体を例えばPゲイン及びIゲインのパラメータ平面(PI平面)に写像すると、一例を図16に示すように、それぞれの超楕円体は楕円や双曲線になって、そのいずれにも含まれない領域(図には斜めハッチングを入れて示す)が非反証領域として描かれる。こうして視覚化された非反証領域を見れば、ユーザは、PゲインやIゲインの最適値を選択することができる。
【0008】
また、前記の文献には、制御対象の入出力応答データとしては周波数応答データが好ましく、これを所定数以上(例えば100〜200くらい)用いれば十分な反証ができるものの、一般に周波数応答実験は多大な時間とコストがかかり、実際の生産現場では多数のデータを採取することは困難なため、制御対象にステップ入力等を加えて採取した単一の入出力応答データから多数のデータを生成させる、という手法も開示されている。
【非特許文献1】「バンドパスフィルタを用いた反証に基づくPIDゲインの調整」,システム制御情報学会論文誌,Vol.20,No.8,pp.347-354,2007
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
ところで、前記従来例(非特許文献1)のようにパラメータ平面上で非反証領域を視覚化することは大変に有用であるが、P、I、Dのように制御ゲインの数が三つになっただけでも、一つのパラメータ平面の様子から全体を把握することは難しくなり、最適解を求めるためにはパラメータ平面を切り替えて複数回、非反証領域を描くという煩雑な作業が必要になる。
【0010】
ましてや制御対象が多入力多出力系になると、PI制御器であっても制御ゲインの数は最小でも4以上になってしまい、前記のように視覚化された非反証領域を見ながらユーザが制御ゲインの最適値を選ぶことは現実的とは言い難い。このことは、同様に多入力多出力系を扱う現代制御理論に基づく制御器にも当てはまり、この場合にも前記従来例の如き手法は適用できないと言える。
【0011】
斯かる点に鑑みて本発明の目的は、上述の如く非反証制御の考え方をオフラインでの制御系設計に適用するに際して、反証条件の与え方に工夫を凝らし、制御ゲインの最適値を計算によって求め得るようにすることで、その設定が極めて容易になり、多入力多出力系にも適用可能な画期的な方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
前記の目的を達成すべく本発明は、従来例と同様に制御対象の入出力応答データを代入して、非反証領域を規定するための制約式を適切な近似式に置き換えることによって、その非反証領域を凸性を有するものとし、制御ゲインの最適値を容易に計算できるようにしたものである。
【0013】
すなわち請求項1の発明は、フィードバック制御系の制御ゲインを所定の評価基準に従って設定する方法であって、まず、制御対象の入出力応答に基づき、前記評価基準に従って制御ゲインの満たすべき制約式を導出するとともに、制御対象の入出力応答に係るデータを所定数以上、準備する。それから前記の制約式を、これに対し十分条件となる凸制約の式で近似した上で、この近似式に前記所定数以上の入出力応答のデータを代入して、パラメータ空間に制御ゲインの非反証領域を所定数以上、規定する。そして、それら所定数以上の非反証領域の積集合の領域において制御ゲインの最適値を、線形計画法若しくは線形行列不等式によって求める。
【0014】
前記の方法により、まず、上述した従来例と同様に所定の評価基準に従って、フィードバック制御の満たすべき条件から制御ゲインに関する制約式を導出するとともに、この制約式を十分条件となる凸制約の式で近似する。この近似式に制御対象の入出力応答のデータを所定数以上、代入すれば、それぞれによって仮想のパラメータ空間内に制御ゲインの非反証領域が規定され、それら所定数以上の非反証領域の積集合の領域(これも非反証領域である)が特定される。
【0015】
そうして凸制約の近似式によって各データ毎に規定される個々の非反証領域は、いずれも凸型であり、それらの積集合も凸型になるので、この積集合において任意の制御ゲインの値が最大或いは最小になる点は、線形計画法若しくは線形行列不等式によって容易に求めることができる。よって、その点に対応する制御ゲインの最適値を計算によって求めることができる。
【0016】
好ましいのは、制御ゲインの制約式を線形制約で近似することであり、こうすれば、非反証領域の積集合において制御ゲインの最適値を線形計画法によって求めることができるから、比較的計算が簡単になり、制御ゲインの設定をさらに容易に行える(請求項2)。
【0017】
また、上述したように生産現場等で多数の入出力応答データを採取することは困難なので、従来例と同様に、制御対象から採取した実際の入出力応答データを所定数以上のバンドパスフィルタに通して、所定数以上の入出力応答データを得るようにするのがよい。こうすれば少なくとも1つの実測データから有意性のある所定数以上のデータが得られ、これにより所要の精度で制御ゲインの反証を行うことができる(請求項3)。尚、実測する際に制御対象に加える信号はステップ入力又はランプ入力でよい。
【0018】
さらに、制御対象が、互いに独立した複数の入出力チャンネルを有する場合には、各チャンネル毎に1つずつ入力を加え且つ全てのチャンネルの出力を計測することにより、全チャンネル数の入出力応答データを採取すればよい(請求項4)。
【0019】
前記した方法は通常はコンピュータ装置を利用して実行されるものであり、本発明は、そのためのコンピュータプログラムを対象とする。すなわち、請求項5の発明は、フィードバック制御系の制御ゲインを所定の評価基準に従って設定するためのコンピュータプログラムであって、これには、制御対象の入出力応答に基づき、前記評価基準に従って制御ゲインを反証するための反証演算式が予め設定されている。
【0020】
そして、前記プログラムは、制御対象の入出力応答に係るデータを所定数以上、前記反証演算式に代入して、パラメータ空間に制御ゲインの非反証領域を所定数以上、規定する領域演算ステップと、これらの非反証領域の積集合の領域において、制御ゲインの最適値を線形計画法若しくは線形行列不等式によって演算するゲイン演算ステップと、を備えるものであって、前記の評価基準に基づいて導出される制御ゲインの制約式を、これに対し十分条件となる凸制約の式で近似して、この近似式を前記反証演算式として用いることが特徴である。
【0021】
この設定支援プログラムを用いれば、前記請求項1に係るフィードバック制御ゲインの設定方法を容易に実行することができる。前記の反証演算式としては、制御ゲインの制約式を線形制約で近似したものが好ましく、こうすれば、前記請求項2の発明と同じく制御ゲインの最適値を線形計画法によって求めることができる(請求項6)。
【0022】
より具体的に、前記制御ゲインの制約式に入出力応答データを代入すると、仮想のパラメータ空間(超空間)における超楕円体の外部領域を表す不等式が得られるが、この領域は凹領域であり、局所的な最適解が必ずしも大域的な最適解にはならないから、計算によって制御ゲインの最適値を求めることはできない。そこで、前記超楕円体をこれに接する超平面によって近似(線形近似)することが考えられるが、その際に両者の接点をどこにするかが問題になる。
【0023】
ここで、パラメータ空間の原点では制御ゲインの全ての値が零であるから、制御対象自体が安定であればフィードバック制御系も安定になる。このことからパラメータ空間の原点は非反証領域に含まれると見なすことができ、この原点と前記超楕円体の中心点とを結ぶ線分が当該超楕円体と交わる点を、この超楕円体と超平面との接点とすればよい(請求項7)。こうすれば比較的簡単な計算でもって、制約式を適切に線形近似する反証演算式が得られる。
【0024】
前記の設定支援プログラムにおいて好ましいのは、非反証領域の積集合の領域を所定のゲイン平面に写像し、ゲイン演算ステップで演算した制御ゲインの最適値に対応する点とともに、画像表示装置に表示させる画像表示ステップも備えることである(請求項8)。こうすれば、画像表示を見たユーザは、計算された制御ゲインの最適値の様子、すなわち例えばPI制御の場合はIゲインを最大化したときのPゲインの値の大きさ等、他のゲインとの関係や余裕について直感的に把握することができるので、設定結果に対して安心感が得られる。また、必要に応じてゲインの設定値を修正する上でも有利になる。
【0025】
さらに、前記の設定支援プログラムには、制御対象の実際の入出力応答データが入力されるのに応じて、このデータを、互いに異なる帯域の所定数以上のバンドパスフィルタを通過させることにより、入出力応答に係る所定数以上のデータを生成するデータ生成ステップも備えることが好ましい(請求項9)。こうすれば、前記請求項3の発明に係る作用が得られる。
【発明の効果】
【0026】
以上のように、本発明に係るフィードバック制御ゲインの設定方法等によると、非反証制御の考え方をオフラインでの制御系設計に適用し、制御対象の入出力応答データにより制御ゲインを反証してその最適値を求める場合に、その反証条件である制約式を凸制約の式で近似することで、これによりパラメータ空間に規定される非反証領域が凸性を有するものとなる。よって、それらの非反証領域の積集合の領域において制御ゲインの最適値を線形計画法等の計算により求めることができるようになり、多入力多出力系にも適用可能な画期的なゲイン設定方法を提供できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0027】
以下、本発明の実施形態を図面に基づいて説明する。尚、以下の好ましい実施形態の説明は、本質的に例示に過ぎず、本発明、その適用物或いはその用途を制限することを意図するものではない。
【0028】
図1には、本発明に係る制御ゲインの設定方法を実行するための一般的なコンピュータ装置の一例を示す。図の例ではパーソナル・コンピュータからなるコンピュータ装置1には、キーボード2やマウス3等の入力機器とディスプレー4(画像表示装置)とが備えられ、ハードディスク等の記憶装置5が内蔵されている。尚、記憶装置5はコンピュータ装置1に内蔵する必要はなく、勿論、ハードディスクにも限定されない。コンピュータ装置1は、演算処理を行うCPUの他、ROMやRAM、I/O回路等の備わった一般的な構造のものである。
【0029】
この実施形態のゲイン設定方法は、一例として図2に模式的に示す一般的なフィードバック制御系においてPID制御器Kのゲインを最適化するために用いられる。同図においては信号rが目標値であり、これを受けた制御器Kからは操作量uが出力され、これに外乱wを加えたものが制御対象(プラント)Pへの入力eとなる。これを受けてプラントPから出力される制御量yはセンサにより計測されて制御器Kに入力される。
【0030】
尚、目標値r、操作量u、外乱w、入力e、出力yは、制御系が1入力1出力であればスカラーであり、多入力多出力の系であればベクトル(∈Rm)である。制御器Kは一般的なPID制御器であり、制御系が多入力多出力の場合、それらの複数の入出力が互いに関連して1つのフィードバックループを構成する集中制御の場合と、複数個のフィードバックループを構成する分散制御の場合とがあり得る。
【0031】
本発明の特徴は、非反証制御の考え方に基づいて、プラントPの数式モデルを用いずに制御ゲインの最適値を設定することにあり、そのためのプログラム(設計支援プログラム)が記憶装置5に記憶されていて、ユーザが入力機器2,3を介して所定の操作を行うと、コンピュータ装置1のCPUにより読み出されたプログラムがRAMに常駐して実行されるようになる。
【0032】
そのプログラムには、予め設定した評価基準に従いプラントPの入出力応答のデータに基づいて、制御ゲインを反証するための演算式(反証演算式)が設定されており、これにより制御ゲインの仮想的な反証を所定数以上、行ってパラメータ空間に規定した非反証領域において制御ゲインを最適化(例えば積分ゲインKIを最大化)するP、I、Dの各ゲインの値を求めることができる。
【0033】
(基本的な考え方)
次に、前記のようにゲインの最適値を求めるときの基本的な考え方を説明する。まず、前記図2のフィードバック制御系における新しいループ整形問題を与え、次にその問題をプラントが線形時不変という仮定の下でPIDゲインに関する線形計画問題に帰着する。尚、以下の説明においては信号w(t)∈Rn,v(t)∈Rn,t∈[0,∞)に対して次の式(A)〜(D)のような表記を用いる。また、任意の行列Aの(i,j)要素を[A]ijで表し、任意のベクトルbのi要素を[b]iで表す。
【0034】
【数1】

【0035】
−新しいループ整形問題−
前記の如く図2に示した基本的なフィードバック制御系において目標値r=0の場合を考えると、このときには操作量uに外乱wを加えたものがプラントPへの入力eとなるから、次式(1)〜(3)が得られる。尚、y、e、u、w∈Rm であり、プラントPは線形時不変でm入力m出力とし、制御器Kは次式(4)のPID制御器とする。
【0036】
【数2】

【0037】
尚、KP、KI、KDは、それぞれ比例ゲイン(Pゲイン)、積分ゲイン(Iゲイン)、微分ゲイン(Dゲイン)を表す定数行列であり、個々の要素は設計パラメータとして扱うことも定数(通常はゼロ)に固定することも可能である。集中制御の場合には密行列とすることができ、分散制御の場合には対角行列とすることができる。
【0038】
前記のような制御系において高いロバスト安定性を確保するためには制御器KのゲインKP、KI、KDを大きくして系の特性変化や外乱に対する感度を低下させることが求められる。一般にフィードバック系の感度と安定余裕を評価する有用な評価基準として最大感度Msが用いられ、前記の制御系については以下の式(5)(6)によって定義される。ここで、Sは感度関数であり、これは入力側:S=(I+KP)-1と出力側:S=(I+PK)-1との2種類があるが、ここでは後述の制約式の導出のために入力側に限る。
【0039】
【数3】

【0040】
最大感度Msの適正値は1.2〜2.0の範囲にあることが知られており、γ∈[1.2,2]を用いると、この評価指標は以下の式(7)のように表される。この式(7)は、H∞ノルムを用いて以下の式(8)のように表され、時間領域では以下の等価な条件で与えられる。すなわち、e=Swに対して以下の式(9)が全てのw∈L2m で成り立つことである。
【0041】
【数4】

【0042】
こうして、まず、フィードバック制御系の外乱に対する安定性等を考慮し、PID制御器Kの満たすべき条件として、感度関数Sの最大値が所定以下という制約から制御ゲインKP、KI、KDに関する前記の制約式(7)〜(9)が導出された。
【0043】
ここで、良く知られていることであるが、σmax{S(jω)}<1が満たされる周波数ωにおいてフィードバック制御により外乱が抑制される。σmax{S(jω)}の値が小さいほどにωにおける抑制効果は大きい。より良い応答のためには低周波数から中間周波数にかけて、より広い範囲でσmax{S(jω)}が小さいことが望ましい。
【0044】
また、σmin{KIP(0)}>0とすれば、次の式(10)の近似が低周波数で満たされる。この式と前記式(7)から感度関数Sのゲイン特性(ω,σmax{S(jω)})は図3に示される形状になると期待されるので、近似式(10)をσmax{S(jω)}<1に代入すると、以下の式(11)が得られる。これより、周波数区間[0,σmin{KIP(0)}]においてフィードバック制御により外乱が抑制されると期待でき、その周波数区間は積分ゲインKIを大きくすることで拡張できることが分かった。
【0045】
【数5】

【0046】
以上より、フィードバック制御ゲインを最適化するループ整形問題として「制約式(8)の下で積分ゲインKIを最大にせよ」が与えられた。KIは行列なので、その大きさを評価する指標はいくつか考えられる。一例としてKIが対角行列である場合は、以下の式(12)で与えられる評価値αを大きくする問題が考えられる。
【0047】
【数6】

【0048】
ここで、制約式(8)の評価基準をH∞制御理論で用いられる標準的な評価基準と比較すると、この標準的な評価基準では重み関数V(s)を用いて ‖V(s)S(s)‖<γ となり、この条件から V(s)=v(s)I とおいて σmax{S(jω)}<γ/|v(jω)|,ω∈R となり、大雑把に言って適切な重みV(s)は最適なS(s)のゲイン特性の逆数 1/σmax{S(jω)} で決定されることが分かる。しかしながら最適なS(s)はV(s)を与えないと決まらないので、重み選択の選定のために制御系設計の反復に陥ることになる。
【0049】
これに対しこの実施形態の方法によれば、上述した問題設定において式(7)のγを容易に選定できるので、制御器Kのゲインが決定すべき唯一のパラメータとなり、この特性を利用して後述のように反復を必要としない設計法を構築することができる。
【0050】
−線形制約式の導出−
より具体的に、プラントPの入出力応答e(t),y(t)が有限時間区間t∈[0,T]で与えられる場合について前記のループ整形問題を解く。但し、プラントPはt=0で定常状態であり、線形時不変とする(尚、この線形時不変という仮定は、後述するようにe、yのフィルタリングによって仮想的に入出力応答データを生成するためのものである)。
【0051】
ループ整形問題は、前記した式(1)〜(3)で表されるフィードバック制御系を対象として、「全てのw∈L2 に対して次式(13)が成り立つ。」という制約条件の下で積分ゲインKIを最大化するPID制御器を求めることである。但し、積分ゲインKIの大きさは、その要素に線形な式で評価されるとし、制御対象に依存して別途定義される。尚、評価基準の表現として周波数領域表現(8)の代わりに時間領域表現(13)を用いるのは、そのほうが以下の議論に適しているからである.
【0052】
【数7】

【0053】
次に前記式(13)に従って、プラントPの入出力応答データから制御ゲインKP、KI、KDの満たすべき制約式を導出する。詳しい説明は省略するが、入出力安定理論より、フィードバック制御系が因果性を満たしており時刻t=0で定常状態にあるとすると、式(13)が満たされるならば任意の時刻t=T>0について、以下の式(14)が成立する。換言すれば、式(14)が成り立たなければ式(13)も成り立たない。前者は有限区間のデータで判別できるが、後者はできず、実際には有限時間区間のデータしか得られないので、この性質は有用である。
【0054】
【数8】

【0055】
そして、前記式(14)から式(15)が得られ、e,yを与える外乱wは、式(16)で与えられる。この式(16)に式(4)を代入すると、以下の式(17)が得られる。但し、yI(t)、yD(t)は各々式(18)(19)で与えられる。尚、式(17)で与えられる外乱wは、モデルを用いない制御設計法では仮想的外乱と呼ばれる。これは、実際のシステムにおいて外乱wが(17)式に従い入力に加わっている必要はなく、応答e,yを与える外乱wを、Kを用いて逆算しているからである。
【0056】
【数9】

【0057】
式(17)に以下の式(20)を代入した上で、これを式(15)に代入すると、以下の式(21)が得られる。式(20)は、制御ゲインK = [KP,KI,KD]の一般化したパラメータ空間(超空間)における任意の点をベクトルv(t)∈Rn で表したものであり、式(21)は、上述のループ整形問題におけるシステムの安定性に係る評価基準である式(8)(13)に従って導出された、各制御ゲインKP、KI、KDの満たすべき制約式である。
【0058】
【数10】

【0059】
ここで前記の制約式(21)にプラントPの入出力応答データe(t),y(t),t∈[0,T](以下、簡略に(e,y)と記す)を代入すると、即ちeとyとを固定すると、模式的には図4に示すように、パラメータ空間において超楕円体O(図では斜線を入れて示す超球)の外部領域を表す不等式が得られる。この領域は、プラントPの1つの入出力応答データに基づいて制御ゲインを反証した結果、得られる1つの非反証領域である。
【0060】
ところで、そうしてe、yを固定すると、制約式(21)は制御ゲインK=[KP,KI,KD]に関して凹制約になるが、一般に知られているように最適化問題では非凸制約を扱うことは困難である。すなわち、式(21)で表される超楕円体Oの外部領域は凹領域であって、局所的な最適解が必ずしも大域的な最適解にはならないから、計算によって制御ゲインの最適値を求めることができないからである。
【0061】
そこで、以下では、式(21)からこれに対し十分条件となる線形制約を導くことにする。イメージとしては図4の超楕円体Oをこれに接する超平面pによって近似することを考える。具体的には、まず、超楕円体Oと超平面pとの接点をv0(t)として以下の式(22)が得られ、これを展開すると式(23)が得られる。
【0062】
【数11】

【0063】
一方で、前記式(21)から以下の式(24)が得られ、この式(24)と前記式(23)とから以下の式(25)が得られる。
【0064】
【数12】

【0065】
ベクトルyのi要素を[y]iと表し,行列Kの(i,j)要素を[K]ijで表すと、式(25)は、次式(26)のようにPIDゲインの線形制約式になっている。但し、4つの係数aPij、aIij、aDij、bは、いずれもプラントPの入出力応答データ(e,y)によって決まり、以下の式(27)〜(30)で与えられる。
【0066】
【数13】

【0067】
尚、分散制御の場合は制御ゲインKP、KI、KDがいずれも対角行列になるので、前記式(26)〜(29)は、以下の式(31)〜(34)のようになる
【0068】
【数14】

【0069】
斯くしてパラメータ空間において前記式(21)に係る超楕円体Oを式(26)、(31)のような超平面pで近似し、非線形の制約式(21)を線形制約で近似できることが分かったが、こうして近似するときには超楕円体Oと超平面pとの接点v0をどこにするか決めなくてはならない。
【0070】
この点については、まず、制御系を安定化させる任意のPID制御器を仮定し、これの制御ゲインに対応するパラメータ空間内の点、即ち式(20)におけるv(t)を、va(t)と表記すると、このv(t)=va(t)は式(21)を満足すると見なすことができる。一方で式(21)を満たす点v(t)の集合は、図4に示すようにパラメータ空間において中心点が−e(t)で半径が、‖e(t)‖2/γ の超楕円体Oの外部領域に対応しており、前記の仮定からva(t)は超楕円体Oの外部に存在することになる。
【0071】
そこで、図示のように接点v0を、超楕円体Oの中心点(−e)と前記の点vaとを結ぶ線分が当該超楕円体Oと交わる点とすれば、この接点v0において超楕円体Oに接する超平面pによって、超楕円体Oを適切に近似できると考えられる。この超平面pは、そのような接点v0を用いた前記式(26)等で表される。
【0072】
より具体的に、超楕円体Oの中心点(−e)と点vaとを結ぶ線分は、以下の式(35)で記述されるので、これを式(21)に代入して以下の式(36)を得る。これより、係数qの最小値q0を以下の式(37)として、接点v0は次式(38)で与えられる。
【0073】
【数15】

【0074】
上記の説明では式(21)がv=vaで満たされると仮定したが、これより0<q0<1が満たされている。仮にq0>1であるとすれば、これは点vaが超楕円体Oの内部にあって、線形近似が成り立たないことを意味するからである。
【0075】
ここで、前記の点v=vaがパラメータ空間の原点にあると仮定すると、このときには制御ゲインKP、KI、KDの全ての値が零であり、制御器Kからの出力u(操作量)も零になるので、プラントP自体が安定であればフィードバック制御系も安定になる。よって、パラメータ空間の原点は式(21)を満たす制御ゲインの値を与えるもので、超楕円体Oによって規定される非反証領域に含まれると考えてよい(図6の◆印を参照)。
【0076】
そこで、簡易にはパラメータ空間の原点と超楕円体Oの中心点とを結ぶ線分が当該超楕円体Oと交わる点を、この超楕円体Oと超平面pとの接点とすることができ、こうすれば、比較的簡単な計算でもって制約式(21)の適切な線形近似が行える。この実施形態では、そうして制約式(21)を線形近似した式(26)(31)を、プラントPの入出力応答のデータに基づいて制御ゲインを反証するための反証演算式としてプログラムに設定している。
【0077】
−入出力データの生成−
上述した反証演算式にプラントPの入出力応答データ(e,y)を1つ、入力すれば、これによりパラメータ空間に1つの超楕円体Oが規定され、これを線形近似する1つの超平面pによって制御ゲインの非反証領域が1つ規定されることが分かった。線形計画法によってゲインの最適値を決めるには概ね100〜200程度の非反証領域が必要であるから、プラントPから実際に所定数以上の入出力応答データを採取することも考えられる。
【0078】
すなわち、図2のフィードバック制御系において目標値r≠0で外乱w=0とすれば、式(2)(3)から e=K(r−y) となる。そこで、例えばm入力m出力系のプラントPが定常状態のときに、i番目の目標値[r]iにステップ入力(ランプ入力でもよい)を加えて入出力データ{e(t),y(t)}を実測し、これをej,yjで表す。この手順をm回繰り返してm組の入出力応答データej,yj,j=1,2,…m が得られる。
【0079】
しかしながら、実際の生産現場では前記のようにして多数のデータを採取することは困難な場合も多いので、従来例(非特許文献1)にも開示されているが、前記のようにして実測した少なくとも1つの入出力応答データe,yから仮想的なデータ eij(t),yij(t),i=1,2,…,nF,j=1,2,…,m を以下の式(39)(40)に従って求めるようにする。これらの式においてFi(s)はバンドパスフィルタに対応する安定な伝達関数である。eij(t)はm次元ベクトルなので、Fi(s)eij(t)は、eij(t)の各要素に独立にフィルタFi(s)を用いることを表す。
【0080】
【数16】

【0081】
上述の如くプラントPは線形時不変で、t=0では定常状態にあと仮定しているので、以下の式(41)が満たされる。これは、データeij(t)、yij(t)がプラントPの入出力応答であることを意味している。
【0082】
【数17】

【0083】
斯くして、従来例(非特許文献1)と同様に、プラントPから採取した少なくとも1つの入出力応答データを、互いに異なる帯域の所定数以上のバンドパスフィルタを通過させることにより、所定数以上の仮想の入出力応答データを生成することができる。尚、バンドパスフィルタは、FFTのアルゴリズムによって実現することができる。
【0084】
(具体的な手順)
次に、上述のように生成した入出力応答データによってフィードバック制御ゲインの最適値を求める具体的な手順を図5のフローチャートに沿って具体的に説明する。
【0085】
まず、図示のフローのステップS1では、上述したように、定常状態にあるフィードバック制御系(図2参照)に目標値rとしてステップ入力等を加え、プラントPへの入力e(t)と出力y(t)とを計測することにより、入出力応答データ(e,y)を少なくとも1つ採取する。尚、プラントPが多入力多出力であれば、その各チャンネル毎に1つずつ入力を加え、且つ全てのチャンネルの出力を計測して全チャンネル数の入出力応答データを採取すればよい。
【0086】
続いてステップS2において、前記の採取した入出力応答データ(e,y)をコンピュータ装置1へ入力するとともに、制御系の評価基準であるガンマγの値を1.2〜2.0の範囲で設定して、設定支援プログラムを実行する。尚、入出力応答データ(e,y)はt=0での定常値が零でない場合もあるので、次のステップに進む前に y(t)−y(-0),e(t) −e(-0),t∈[0,T]のようにバイアスを除去することが望ましい。
【0087】
そしてステップS3では、前記実際の入出力応答データ(e,y)をバンドパスフィルタに通して所定数以上の仮想的な入出力応答データを生成する(データ生成ステップ)。バンドパスフィルタは、信号の通過帯ωi,i=1,2,…,nF がそれぞれ異なる帯域に設定されており、ej(t),yj(t),t∈[0,T],j=1,2,…,m から前記の式(40)によって仮想的な入出力応答データ eij(t),yij(t),t∈[0,T],i=1,2,…,nF,j=1,2,…,m が計算される。
【0088】
続いてステップS4において、前記所定数以上の入出力応答データ eij(t),yij(t) をそれぞれ反証演算式(式(26)(31)等)に代入して演算し、パラメータ空間に制御ゲインの非反証領域を所定数以上、規定する(領域演算ステップ)。そして、ステップS5において前記多数の非反証領域の積集合の領域における制御ゲインの最適値を線形計画法によって演算する(ゲイン演算ステップ)。
【0089】
すなわち、前記ステップS4において演算された多数の非反証領域は、以下の式(42)のように表され、ゲインの最適値を求めるには、式(42)の下で以下の式(43)のα∈Rを最大化することになる。尚、式(43)のg(KI,α)は線形な等式制約あるいは不等式制約であり、αが大きくなるとKIが大きくなるような式とすればよい。例えば、上述した式(12)が考えられる。
【0090】
【数18】

【0091】
最後にステップS6において、前記のように計算した非反証領域の積集合の領域を所定のゲイン平面(例えばPI平面)に写像し、図6に示すように、制御ゲインの最適値に対応する点G(最適点)とともに、ディスプレー4に画像表示させる(画像表示ステップ)。上述したように線形制約としていることから、PI平面上で非反証領域と反証領域との境界は直線になっており、計算によって最適点Gの座標を求め得ることが分かる。
【0092】
そうして非反証領域を画像表示すれば、これを見たユーザは、計算された制御ゲインの最適値の様子、すなわち、図示のPI制御であればIゲインが最大になるときのPゲインの値やその変更余裕等について直感的に把握することができ、設定の結果に対して安心感が得られる。また、例えばIゲインの値をあまり変えずにPゲインを大きくしたり、反対に小さくしたりすることが可能かどうか一目で分かり、必要に応じてゲインの設定値に修正を加えることも容易になる。
【0093】
したがって、この実施形態に係るフィードバック制御ゲインの設定方法によると、従来からの非反証制御の考え方をオフラインでの制御系設計に適用し、制御対象の数式モデルを構築することなく、その入出力応答のデータにより制御ゲインを仮想的に反証して、最適解を求めることができる。数式モデルを用いないのでモデルの同定やモデル誤差の評価を必要とせず、評価関数に設計者が試行錯誤で決定すべきパラメータが含まれていないことにより、評価関数の選定と制御系設計の反復や同定を行わなくて済む。
【0094】
しかも、そうして制御ゲインを反証するための制約式を線形近似することによって、非反証領域が凸性を有するものとなるので、それらの積集合の領域における制御ゲインの最適値を線形計画法により計算で求めることができる。よって、制御ゲインの設定が従来までと比べて遙かに容易に行えるようになり、しかも、1入力1出力の系のみならず、多入力多出力系にも適用できるようになる。
【0095】
また、前記のように制御ゲインを反証するための入出力応答データは、制御対象にステップ入力等を加えて採取した少なくとも1つのデータから生成するようにしており、これより、所定数以上の有意性のあるデータが得られるので、生産現場等、多数のデータの採取が困難な場合にも、所要の精度で制御ゲインの反証を行うことができる。
【0096】
−実験結果−
次に、前記のような効果を確かめるために行った数値実験について説明する。制御系は、以下の式(44)(45)で与えられる2入力2出力のフィードバック系であり、プラントの伝達関数は以下の式(46)で与えられる。また、調整の十分でない制御器が K(s)=0.1I2 で与えられているものとする。
【0097】
【数19】

【0098】
この系に目標値r1(t)=1,r2(t)=0を初期値零で加えると、プラント入力e(t)と出力y(t)は、それぞれ図7のようになり、同様に、目標値r1(t)=0,r2(t)=1に対する応答は図8のようになる。これより、制御器の調整が悪いことが分かる。
【0099】
そこで、これら2組のステップ応答データを用いて、上述した手法により最適化した対角PI制御器を求める。この際、γ=1.5,ΔT=0.050とし、0.1〜10[rad/s]を対数目盛りで40等分する周波数ωi,i=1,2,…,40を選んで、バンドパスフィルタを次式(47)で与えた。尚、制約式の係数は、連続時間の積分や微分を離散時間近似で求めている。
【0100】
【数20】

【0101】
評価式gとして以下の式(48)を用い、αを最大にする解を線形計画法により求めると、離散時間のPI制御器は以下の式(49)で与えられる。そして、これを連続時間系で近似すると、 z-1/(1-z-1)≒1/(sΔT) であることから以下の式(50)が得られた。
【0102】
【数21】

【0103】
【数22】

【0104】
その制御器を用いて、感度関数 S(s)=(I+K(s)P(s))-1 の特異値 σi(S(jω)),i=1,2 を求めると図9のようになった。図中の横線はγ=1.5の線である。限られた入出力データでゲインを計算しているので、この線よりも小さくなる保証はない。しかし、かなりよく満たされており、他の例でもこのような傾向がある。
【0105】
次に、このフィードバック系に目標値r1(t)=1,r2(t)=0を初期値零で加えると、プラント出力y(t)は図10のような応答になり、同様に、目標値r1(t)=0,r2(t)=1に対する応答は図11のようになった。最初の制御器に比べて応答が大幅に改善されていることが分かる。また、多入出力系においては各入力チャンネルにそれぞれステップ関数を加えたときの時間応答を用いることで、適切な結果が得られることも確かめられた。
【0106】
さらに、詳しい説明は省略するが、出力に平均ゼロの白色雑音が加わった場合についても前記と同様の数値実験を行った。この結果、制御器の調整が悪い場合のプラント入出力は図12、図13のようになったが、前記のように最適化した対角PI制御器を用いれば、図14、15に示すような良好な出力が得られた。これより、白色雑音が加わる場合でも制御応答が大幅に改善されることが分かった。これは狭帯域のバンドパスフィルタによる雑音除去の効果によるものと考えられる。
【0107】
(他の実施形態)
本発明に係る制御ゲインの設定方法は、前記実施形態のようにPID制御系へ適用する以外に、現代制御理論で与えられるような一般的な制御器の一部のゲインを調整する際にも有効である。例えばロバスト制御の設計法により以下の式(51)で表される制御器が与えられた場合に、実装して調整に用いる制御器の構造を以下の式(52)で与え、上述した制御ゲインの設定方法により行列A,Bは設計値に固定して、K1,K2,K3の適正値を求めればよい。
【0108】
【数23】

【0109】
また、より一般的に考えると、制御系は、入力uに対してシステムの応答v(t)が得られ、制御入力が u=Kv(t) と与えられるものであればよい。上述したPID制御器や現代制御の複雑な制御器も、v(t)を適当に選べば前記の形式で表される。すなわち、PID制御器については以下の式(53)のように、また現代制御の制御器については以下の式(54)のようになる。
【0110】
【数24】

【0111】
【数25】

【0112】
また、前記の実施形態では、制御ゲインを反証するための制約式を線形近似するために、図4のように超楕円体Oをこれに接する超平面pで近似しており、これらの接点v0を特定する際に、閉ループ制御系を安定化させる制御ゲインに対応する点vaとして、パラメータ空間の原点を用いているが、これに限らず、vaは、制御系を安定化しかつ式(13)を満たす任意のゲイン値に対応する点とすればよい(安定なプラントでは、この条件は、K(s)=0や十分に小さいKPを用いて、K(s)=KPで与えられるので、vaは安定なプラントに対して容易に与えられる)。
【0113】
そのためには、従来例(非特許文献1)に開示されているように、それぞれ制御ゲインの非反証領域を表す超楕円体を例えばPI平面に写像して、一例として図16に示すようにディスプレーに画像表示し、そこ現れる楕円や双曲線のいずれにも含まれない領域(図には斜めハッチングを入れて示す)において任意の点をユーザが指定するようにしてもよい。
【0114】
さらに、制御系の評価関数も前記式(8)等に限定されず、別の評価基準に従って導出したものでもよいし、例えば式(8)にさらに別の制約を付加したものであってもよい。但し、別の凸制約を付加する場合には線形計画法が適用できなくなることもあり、この場合には線形行列不等式による最適化を行うことになる。
【産業上の利用可能性】
【0115】
以上、説明したように、本発明のフィードバック制御ゲイン設定方法は、非反証制御の仮想入力の概念をオフラインでの制御系設計に適用し、制御ゲインの最適値を計算により求めることができるので、多入力多出力系にも適用可能な画期的なものであり、産業上の利用性は非常に高い。
【図面の簡単な説明】
【0116】
【図1】実施形態に係る制御ゲインの設定支援装置の外観図である。
【図2】対象となるフィードバック制御系の基本的な構成を示すブロック図である。
【図3】感度関数のゲイン特性の一例を示すグラフ図である。
【図4】パラメータ空間において超楕円体を超平面で近似する概念図である。
【図5】制御ゲイン設定の具体的な手順を示すフローチャート図である。
【図6】非反証領域をPI平面に写像して、ゲインの最適値に対応する点とともに示した画像表示の一例である。
【図7】プラントの入出力応答に係る数値実験結果を、制御器の調整が悪い場合について示すグラフ図である。
【図8】同数値実験結果を示すグラフ図である。
【図9】実施形態に係る制御系の特性図である。
【図10】実施形態の制御器を用いた場合の図7相当図である。
【図11】同図8相当図である。
【図12】白色雑音がある場合の図7相当図である。
【図13】同図8相当図である。
【図14】同図10相当図である。
【図15】同図11相当図である。
【図16】従来例に係る図6相当図である。
【符号の説明】
【0117】
1 コンピュータ装置
4 ディスプレー(画像表示装置)
F プログラム
S3 データ生成ステップ
S4 領域演算ステップ
S5 ゲイン演算ステップ
S6 画像表示ステップ
O 超球(超楕円体)
p 超平面

【特許請求の範囲】
【請求項1】
フィードバック制御系の制御ゲインを所定の評価基準に従って設定する方法であって、
制御対象の入出力応答に基づき、前記評価基準に従って制御ゲインの満たすべき制約式を導出するとともに、制御対象の入出力応答に係るデータを所定数以上、準備し、
前記制約式をこれに対し十分条件となる凸制約の式で近似し、この近似式に前記所定数以上の入出力応答のデータを代入して、パラメータ空間に制御ゲインの非反証領域を所定数以上、規定し、
それら所定数以上の非反証領域の積集合の領域において、制御ゲインの最適値を線形計画法若しくは線形行列不等式によって求める
ことを特徴とするフィードバック制御ゲインの設定方法。
【請求項2】
近似式は線形制約式とし、制御ゲインの最適値を、非反証領域の積集合の領域において線形計画法によって求めることを特徴とする請求項1に記載の制御ゲイン設定方法。
【請求項3】
定常状態にある制御対象にステップ入力又はランプ入力のいずれかを加えてその出力を計測することにより、当該制御対象の実際の入出力応答データを少なくとも1つ採取し、
前記実際の入出力応答データを、互いに異なる帯域の所定数以上のバンドパスフィルタを通過させて、入出力応答に係る所定数以上のデータを得る
ことを特徴とする請求項1又は2のいずれかに記載の制御ゲイン設定方法。
【請求項4】
制御対象が、互いに独立した複数の入出力チャンネルを有する場合に、各チャンネル毎に1つずつ入力を加え且つ全てのチャンネルの出力を計測して、全チャンネル数の入出力応答データを採取することを特徴とする請求項3に記載の制御ゲイン設定方法。
【請求項5】
フィードバック制御系の制御ゲインを所定の評価基準に従って設定するためのコンピュータプログラムであって、
制御対象の入出力応答に基づき、前記評価基準に従って制御ゲインを反証するための反証演算式が予め設定されていて、
制御対象の入出力応答に係るデータを所定数以上、前記反証演算式に代入して、パラメータ空間に制御ゲインの非反証領域を所定数以上、規定する領域演算ステップと、
前記所定数以上の非反証領域の積集合の領域において、制御ゲインの最適値を線形計画法若しくは線形行列不等式によって演算するゲイン演算ステップと、を備え、
前記反証演算式は、前記評価基準に基づいて導出される制御ゲインの制約式を、これに対し十分条件となる凸制約の式で近似したものである
ことを特徴とするフィードバック制御ゲインの設定支援プログラム。
【請求項6】
反証演算式は線形制約式であり、ゲイン演算ステップでは制御ゲインの最適値を線形計画法によって演算することを特徴とする請求項5に記載の制御ゲイン設定支援プログラム。
【請求項7】
制約式は、パラメータ空間における超楕円体の外部領域を表すものであり、
反証演算式は前記超楕円体を、その中心点とパラメータ空間の原点とを結ぶ線分が当該超楕円体と交わる点で当該超楕円体に接する超平面で近似するものである
ことを特徴とする請求項6に記載の制御ゲイン設定支援プログラム。
【請求項8】
非反証領域の積集合の領域を所定のゲイン平面に写像し、ゲイン演算ステップで演算した制御ゲインの最適値に対応する点とともに、画像表示装置に表示させる画像表示ステップをさらに備える
ことを特徴とする請求項5〜7のいずれか1つに記載の制御ゲイン設定支援プログラム。
【請求項9】
制御対象の実際の入出力応答データが入力されるのに応じて、このデータを、互いに異なる帯域の所定数以上のバンドパスフィルタを通過させることにより、入出力応答に係る所定数以上のデータを生成するデータ生成ステップをさらに備える
ことを特徴とする請求項5〜8のいずれか1つに記載の制御ゲイン設定支援プログラム。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【公開番号】特開2009−199209(P2009−199209A)
【公開日】平成21年9月3日(2009.9.3)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−38455(P2008−38455)
【出願日】平成20年2月20日(2008.2.20)
【出願人】(504136568)国立大学法人広島大学 (924)
【Fターム(参考)】