説明

ブラスめっきスチールワイヤの伸線方法

【課題】30℃以下の潤滑液を用いた場合においても、延性低下の原因となる伸線処理の際のブラスめっきスチールワイヤの温度上昇を抑制できるとともに、ブラスめっきスチールワイヤやダイスの表面の極圧皮膜生成反応の低下を抑制できて、伸線性及び延性に優れたブラスめっきスチールワイヤを製造できるブラスめっきスチールワイヤの伸線方法を提供する。
【解決手段】油成分と極圧成分とを含んだ潤滑液を用いてブラスめっきスチールワイヤ17を伸線するブラスめっきスチールワイヤの伸線方法において、最終ダイス21Zが設置された下流潤滑液槽10Bと複数のダイス21が設置された上流潤滑液槽10Aとを備えた伸線装置1を用い、下流潤滑液槽10B内の潤滑液として、ZnDTP(極圧皮膜生成反応の低下を抑制する成分)を含有し、かつ、温度15℃以上30℃以下の下流潤滑液16を用いた。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、タイヤ用スチールコード等のゴム物品補強材として用いられるブラスめっきスチールワイヤの製造方法に関し、特に、この製造方法に使用する潤滑液の成分及び温度条件に関する。
【背景技術】
【0002】
ゴム物品の典型である空気入りラジアルタイヤでは、プライやベルト部に、ブラスメッキが施されたブラスめっきスチールワイヤを複数本撚り合わせたスチールコードをゴムで被覆したものを適用し、このスチールコードにより、タイヤの補強を図っている。上記ブラスめっきスチールワイヤは、表面にブラスメッキが施されたブラスめっきスチールワイヤを、潤滑液槽内の潤滑液中に配置された複数のダイス、最終ダイスに通して所望の線径に伸線処理したものが使用される。
従来、水又はグリコール等に有機脂肪酸等の油成分とリン酸エステルやエチレンジアミン等の極圧成分と乳化剤と発泡抑制剤と防錆剤とを含有して形成された潤滑液を使用し、リン酸エステルの亜鉛錯体等によってブラスめっきスチールワイヤやダイスの表面に強力な化学バリヤ(極圧皮膜)を形成させて極圧性能(耐荷重性能)を向上させることによって、伸線時のダイスとブラスめっきスチールワイヤとの間の摩擦を低減させ、ダイス、ブラスめっきスチールワイヤの損傷を抑制している。また、伸線処理の際のブラスめっきスチールワイヤの温度上昇を抑制するために、潤滑液の液温を下げることが知られている。
【特許文献1】特開2002−28716公報
【特許文献2】特開昭61−165221号公報
【特許文献3】特開平8−132128号公報
【特許文献4】特開平8−57531号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
しかしながら、潤滑液の液温を30℃以下に下げると、ブラスめっきスチールワイヤやダイスの表面(引抜穴の穴壁表面)の極圧皮膜生成反応が抑制されて、ブラスめっきスチールワイヤの伸線性が低下し、延性の優れたブラスめっきスチールワイヤを製造できない。
係る課題に鑑み、本発明は、30℃以下の潤滑液を用いた場合においても、延性低下の原因となる伸線処理の際のブラスめっきスチールワイヤの温度上昇を抑制できるとともに、ブラスめっきスチールワイヤやダイスの表面の極圧皮膜生成反応の低下を抑制できて、伸線性及び延性に優れたブラスめっきスチールワイヤを製造できるブラスめっきスチールワイヤの伸線方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0004】
本発明のブラスめっきスチールワイヤの伸線方法は、油成分と極圧成分とを含んだ潤滑液を用いてブラスめっきスチールワイヤを伸線するブラスめっきスチールワイヤの伸線方法において、潤滑液として、極圧皮膜生成反応の低下を抑制する成分を含有し、かつ、温度15℃以上30℃以下の潤滑液を用いたことを特徴とする。
油成分と極圧成分とを含んだ潤滑液を用いてブラスめっきスチールワイヤを伸線するブラスめっきスチールワイヤの伸線方法において、最終ダイスが設置された下流潤滑液槽と複数のダイスが設置された上流潤滑液槽とを備えた伸線装置を用い、下流潤滑液槽内の潤滑液として、極圧皮膜生成反応の低下を抑制する成分を含有し、かつ、温度15℃以上30℃以下の潤滑液を用いたことも特徴とする。
20℃以下の潤滑液を用いたことも特徴とする。
上流潤滑液槽内の潤滑液として、極圧皮膜生成反応の低下を抑制する成分を含有し、かつ、30℃以上の潤滑液を用いたことも特徴とする。
極圧皮膜生成反応の低下を抑制する成分が、ZnDTPであることも特徴とする。
潤滑液が、界面活性剤としてポリオキシエチレン−アルキルエーテルを含有することも特徴とする。
潤滑液が、ZnDTPとポリオキシエチレン−アルキルエーテルとをそれぞれ0.5重量%含有することも特徴とする。
ブラスめっきスチールワイヤが下流潤滑液槽において引張り強さ2500MPaを超える引張り強さで伸線処理されることも特徴とする。
【発明の効果】
【0005】
本発明によれば、潤滑液として、極圧皮膜生成反応の低下を抑制する成分を含有し、かつ、温度15℃以上30℃以下の潤滑液を用いたので、延性低下の原因となる伸線処理の際のブラスめっきスチールワイヤの温度上昇を抑制できるとともに、ブラスめっきスチールワイヤやダイスの表面の極圧皮膜生成反応の低下を抑制できて、伸線性及び延性に優れたブラスめっきスチールワイヤを製造できる。
下流潤滑液槽と上流潤滑液槽とを備えた伸線装置を用いる場合において、下流潤滑液槽内の潤滑液として、極圧皮膜生成反応の低下を抑制する成分を含有し、かつ、温度15℃以上30℃以下の潤滑液を用いたことで、延性低下の原因となる伸線処理の際のブラスめっきスチールワイヤの温度上昇を抑制できるとともに、ブラスめっきスチールワイヤやダイスの表面の極圧皮膜生成反応の低下を抑制できて、伸線性及び延性に優れたブラスめっきスチールワイヤを製造できる。
20℃以下の潤滑液を用いたことで、伸線処理の際のブラスめっきスチールワイヤの温度上昇を抑制できて、製造されるブラスめっきスチールワイヤの延性を向上できる。
上流潤滑液槽内の潤滑液として、極圧皮膜生成反応の低下を抑制する成分を含有し、かつ、30℃以上の潤滑液を用いたことで、上流潤滑液槽内でのブラスめっきスチールワイヤやダイスの表面の極圧皮膜生成反応の低下を抑制できるので、製造されるブラスめっきスチールワイヤの伸線性を向上できる。
極圧皮膜生成反応の低下を抑制する成分としてZnDTPを用いたことで、ブラスめっきスチールワイヤやダイスの表面の極圧皮膜生成反応の低下を抑制できるので、製造されるブラスめっきスチールワイヤの伸線性を向上できる。
潤滑液に、界面活性剤としてポリオキシエチレン−アルキルエーテルを含有させたことで、ZnDTPの分散性を改善でき、ブラスめっきスチールワイヤやダイスの表面の極圧皮膜生成反応の低下を抑制できるので、製造されるブラスめっきスチールワイヤの伸線性を向上できる。
潤滑液に、ZnDTPとポリオキシエチレン−アルキルエーテルとをそれぞれ0.5重量%含有させたことで、ブラスめっきスチールワイヤやダイスの表面の極圧皮膜生成反応低下を効果的に抑制できるので、製造されるブラスめっきスチールワイヤの伸線性を向上できる。
2500MPaを超える引張り強さで伸線処理する部分では、ブラスめっきスチールワイヤやダイスの表面の極圧皮膜生成が抑制されやすい。このため、ブラスめっきスチールワイヤが引張り強さ2500MPaを超える引張り強さで伸線処理される下流潤滑液槽内の下流潤滑液の条件を上記のようにすることによって、ブラスめっきスチールワイヤの温度上昇を抑制するとともに、ブラスめっきスチールワイヤやダイスの表面の極圧皮膜生成反応の低下を抑制でき、伸線性及び延性に優れたブラスめっきスチールワイヤを製造できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0006】
図1を参照し、最良の形態におけるブラスめっきスチールワイヤの伸線方法に用いる伸線装置1を説明する。伸線装置1は、伸線機10、潤滑液タンク20、冷却槽30を備える。伸線機10は、巻出部10S、上流潤滑液槽10A、下流潤滑液槽10B、図外の巻取部を備える。上流潤滑液槽10Aと下流潤滑液槽10Bとは隔壁11で区画され、隔壁11にはワイヤ通過孔12が形成される。上流潤滑液15で満たされた上流潤滑液槽10A内には、巻出部10Sから巻き出されたブラスめっきスチールワイヤ17を線引きする複数のダイス18及びブラスめっきスチールワイヤ17を下流側に案内する複数の駆動キャプスタン19が設けられる。下流潤滑液16で満たされた下流潤滑液槽10B内には、上流潤滑液槽10Aで伸線処理された及びブラスめっきスチールワイヤ17を線引きする複数のダイス21及び最終ダイス21Z、ブラスめっきスチールワイヤ17を案内する複数の駆動キャプスタン19が設けられる。上流潤滑液槽10Aでは、ブラスめっきスチールワイヤ17が引張り強さ2500MPa(メガパスカル)以下の引張り強さで伸線処理される。下流潤滑液槽10Bでは、ブラスめっきスチールワイヤ17が引張り強さ2500MPaを超える引張り強さで伸線処理される。
【0007】
潤滑液タンク20内には、上流潤滑液槽10A及び冷却槽30に供給される潤滑液が貯蔵される。冷却槽30は、図外の冷却剤供給装置から供給される冷媒を通過させる冷媒通過管等を有した冷却機32を備える。潤滑液タンク20と上流潤滑液槽10Aとが開閉弁22を備えた供給管23によって互いに繋がれ、上流潤滑液槽10Aには、潤滑液タンク20から冷却処理を経ない潤滑液が上流潤滑液15として直接供給される。潤滑液タンク20と冷却槽30とが開閉弁24を備えた供給管25によって互いに繋がれ、冷却槽30には潤滑液タンク20から潤滑液が供給される。冷却槽30と下流潤滑液槽10Bとが開閉弁26を備えた供給管27によって互いに繋がれ、下流潤滑液槽10Bには、潤滑液タンク20から冷却槽30を経由して温度調整された潤滑剤が下流潤滑液16として供給される。上流潤滑液槽10Aと潤滑液タンク20とが開閉弁28を備えた戻し管29によって互いに繋がれ、下流潤滑液槽10Bと潤滑液タンク20とが開閉弁35を備えた戻し管31によって互いに繋がれる。上流潤滑液槽10Aと下流潤滑液槽10Bとにはそれぞれ図外の温度検出器が設置され、図外の制御装置が温度検出器からの温度を入力して上流潤滑液槽10A内の上流潤滑液15及び下流潤滑液槽10B内の下流潤滑液16が設定温度に保たれるように開閉弁22;24:26;28;35の開閉制御を行う。なお、潤滑液タンク20には図外のヒーターが設けられる。制御装置が、潤滑液タンク20のヒーターのオンオフを制御して潤滑液タンク20内の潤滑液の温度を調整するとともに、冷却槽30の冷却機32を制御して下流潤滑液槽10Bの下流潤滑液16の温度を調整する。
【0008】
最良の形態では、潤滑液タンク20、冷却槽30、上流潤滑液槽10A、下流潤滑液槽10Bを循環する潤滑液として、極圧皮膜生成反応の低下を抑制する成分(潤滑液の温度が30℃以下のように低温の場合でも極圧皮膜生成反応を低下させにくくする成分)であるZnDTP(ジアルキルジチオリン酸亜鉛)を0.5重量%及びZnDTPの分散性を改善するための界面活性剤としてポリオキシエチレン−アルキルエーテルを0.5重量%含有したものを用いるとともに、下流潤滑液槽10B内の下流潤滑液16の温度を15℃以上30℃以下にし、上流潤滑液槽10A内の上流潤滑液15の温度を30℃以上とした。
【0009】
最良の形態では、一般的なエマルジョンタイプの潤滑剤を原液として用い、この原液潤滑剤を水で希釈した希釈潤滑剤液にZnDTP及びポリオキシエチレン−アルキルエーテルを添加することによって、ZnDTP及びポリオキシエチレン−アルキルエーテルがそれぞれ0.5重量%ずつ含有された希釈潤滑剤液を作成し、この作成された希釈潤滑剤液を上記潤滑液として用いた。
【0010】
上述した一般的なエマルジョンタイプの潤滑剤は、例えば、水又はグリコール等の媒体中に、有機脂肪酸等の油成分、リン酸エステルやエチレンジアミン等の極圧成分、乳化剤、発泡抑制剤、防錆剤等を分散させた乳濁液から成り、湿式伸線においては、通常、5〜20倍に希釈して用いられるものである。原液潤滑剤中における潤滑成分の含有量は、例えば、極圧成分が約1〜10重量%、油成分が1〜15重量%程度である。防錆剤としては、例えば、パラオキシ安息酸メチル、ビスフェノールA、ベンゾトリアゾール、メチルベンゾトリアゾールなどが添加されており、原液潤滑剤中における含有量は0.1〜1.0重量%である。
【0011】
パテンティングとブラスメッキを施した直径が1.4mmのブラスめっきスチールワイヤを、最終直径0.20mm、抗張力4500MPaとなるまで、様々な条件の実施例及び従来例で製造した。実施例及び従来例(比較例)の条件及び製造されたブラスめっきスチールワイヤの伸線加工評価(伸線性、延性)結果を図2に示す。図2の伸線性(寿命)、延性の値は、従来例1での値を基準100で表した場合の相対的な評価指数値で表してあり、値が大きいほど優れていることを示す。
【0012】
従来例1は、極圧皮膜生成反応の低下を抑制する成分を含有しない(図2及び以下において、極圧強化無しという)上流潤滑液15及び下流潤滑液16を用い、上流潤滑液15の温度(図2及び以下において、上流設定温度という)及び下流潤滑液16の温度(図2及び以下において、下流設定温度という)をともに40℃とした場合である。即ち、ZnDTPとポリオキシエチレン−アルキルエーテルとが添加されていない潤滑液を、潤滑液タンク20から冷却槽30を経由させないで上流潤滑液槽10A及び下流潤滑液槽10Bに上流潤滑液15および下流潤滑液16として直接供給し、上流設定温度を40℃に設定し、下流設定温度を40℃に設定した。
【0013】
従来例2は、極圧皮膜生成反応の低下を抑制する成分を含有しない上流潤滑液15及び下流潤滑液16を用い、上流設定温度を40℃とし、下流設定温度を20℃とした場合である。即ち、図1の伸線装置1を使用し、ZnDTPとポリオキシエチレン−アルキルエーテルとが添加されていない潤滑液を上流潤滑液槽10A及び下流潤滑液槽10Bに上流潤滑液15および下流潤滑液16として供給し、上流設定温度を40℃に設定し、下流設定温度を20℃に設定した。従来例2の場合、下流設定温度が30℃以下であるため、ブラスめっきスチールワイヤやダイスの表面の極圧皮膜生成反応が抑制され、製造されたブラスめっきスチールワイヤの伸線性及び延性がともに従来例1よりも悪かった。
【0014】
実施例1では、潤滑液タンク20に貯蔵された潤滑液は、極圧皮膜生成反応の低下を抑制する成分としてのZnDTP(ジアルキルジチオリン酸亜鉛)を0.5重量%添加し、ZnDTPの分散性を改善するための界面活性剤としてポリオキシエチレン−アルキルエーテルを0.5重量%添加したものを用いた。そして、上流設定温度を40℃に設定し、下流設定温度を20℃に設定した。実施例1では、ZnDTP及びポリオキシエチレン−アルキルエーテルをそれぞれ0.5重量%ずつ含有し、20℃以下の下流潤滑液16を用いため、ZnDTPによって下流潤滑液槽10B内でのブラスめっきスチールワイヤやダイスの表面の極圧皮膜生成反応の低下を抑制できるとともに、20℃以下の下流潤滑液16を用いたため、伸線処理の際のブラスめっきスチールワイヤの温度上昇を抑制できる。さらに、上流潤滑液として30℃以上の潤滑液15を用いたことで、上流潤滑液槽10A内でのブラスめっきスチールワイヤやダイスの表面の極圧皮膜生成反応の低下を抑制できる。したがって、伸線性及び延性に優れたブラスめっきスチールワイヤを製造できた。
【0015】
実施例2では、図1において、上流潤滑液槽10Aに上流潤滑液15を供給する潤滑液タンクと、冷却槽30に下流潤滑液16を供給する潤滑液タンクとを個別に設け、ZnDTPとポリオキシエチレン−アルキルエーテルとが添加されていない上流潤滑液15と、ZnDTPとポリオキシエチレン−アルキルエーテルとをそれぞれ0.5重量%添加した下流潤滑液16とを使用し、上流設定温度を40℃に設定し、下流設定温度を20℃に設定した。実施例2では、下流設定温度を20℃としたことによる温度上昇抑制作用によってブラスめっきスチールワイヤの延性が向上したとともに、ZnDTPを含有させた下流潤滑液16を用いたことによって、下流設定温度を20℃としたにもかかわらず極圧皮膜生成反応の低下を抑制でき、伸線性も維持できた。
【0016】
実施例3では、下流潤滑液槽10Bに冷却槽30で温度調整した下流潤滑液16を供給するとともに、上流潤滑液槽10Aにも冷却槽30で温度調整した上流潤滑液15を供給するようにし、上流潤滑液15及び下流潤滑液16として、ZnDTPとポリオキシエチレン−アルキルエーテルとをそれぞれ0.5重量%添加した潤滑液を使用し、上流設定温度を20℃に設定し、下流設定温度を20℃に設定した。実施例3によれば、上流設定温度及び下流設定温度をともに20℃にしたことによる温度上昇抑制作用によってブラスめっきスチールワイヤの延性が向上したが、潤滑液全体の温度を30℃以下の20℃としたため、ZnDTPによって極圧皮膜生成反応の低下を抑制する効果が薄れ、伸線性は従来例1より悪かった。
【0017】
実施例4;5では、潤滑液の温度を、極圧皮膜生成反応の低下が生じる臨界である30℃に設定し、ZnDTP及びポリオキシエチレン−アルキルエーテルを含有した潤滑液を用いた場合と、ZnDTP及びポリオキシエチレン−アルキルエーテルを含有しない潤滑液を用いた場合とで比較した。ZnDTP及びポリオキシエチレン−アルキルエーテルをそれぞれ0.5重量%含有し、設定温度が、極圧皮膜生成反応の低下が生じる臨界である30℃に設定された潤滑液を用いた実施例5では、ZnDTPにより極圧皮膜生成反応の低下を抑制できて、伸線性及び延性に優れたブラスめっきスチールワイヤを製造できた。尚、実施例5と実施例1とを比較すると、実施例1の方が延性の優れたブラスめっきスチールワイヤを製造できた。これは、実施例1の方が下流設定温度が低いため、下流側での温度上昇抑制作用が効いたと考えられる。言い換えれば、実施例5では、下流設定温度の冷却不足のため、実施例1と比べて延性が悪くなったと考えられる。一方、温度30℃以下でかつZnDTP及びポリオキシエチレン−アルキルエーテルを含有しない潤滑液を用いた実施例4では、極圧皮膜生成反応が低下し、また、温度上昇抑制効果も少ないために、得られたブラスめっきスチールワイヤは伸線性及び延性ともに悪かった。つまり、潤滑液の液温を30℃以下に下げると、ブラスめっきスチールワイヤやダイスの表面の極圧皮膜生成反応が抑制されて、ブラスめっきスチールワイヤの伸線性が低下し、延性の優れたブラスめっきスチールワイヤを製造できないことがわかった。
【0018】
実施例6では、ZnDTP及びポリオキシエチレン−アルキルエーテルをそれぞれ1.0重量%含有させた潤滑液を用いた。実施例6では、伸線性、延性ともに悪かった。これは、ZnDTPの過剰のために、潤滑液のエマルジョン径が大きくなり(いわゆるエマルジョン径の粗大化)、ダイスへの引き込みが悪くなって、潤滑性が悪化したことが原因であると考えられる。
【0019】
実施例7;8では、実施例1と比較して下流設定温度をさらに低くした。下流設定温度を15℃とした実施例7では、実施例1と同じように、伸線性及び延性に優れたブラスめっきスチールワイヤを製造できた。一方、下流設定温度を10℃とした実施例8では、伸線性及び延性ともに低下した。以上から、潤滑液の温度は15℃以上が好ましいことが判明した。
【0020】
以上の実施例から、最良の形態のように、潤滑液として、ZnDTPを0.5重量%及びポリオキシエチレン−アルキルエーテルを0.5重量%含有したものを用い、かつ、ブラスめっきスチールワイヤ17を引張り強さ2500MPaを超える引張り強さで伸線処理する下流潤滑液槽10B内の下流潤滑液16の温度、即ち、下流設定温度を15℃以上30℃以下にし、上流設定温度を30℃以上とすることが好ましいことがわかった。即ち、2500MPaを超える引張り強さで伸線処理する下流潤滑液槽10Bではブラスめっきスチールワイヤやダイスの表面の極圧皮膜生成が抑制されやすい。このため、下流潤滑液槽10B内の下流潤滑液16にZnDTPを添加し、さらに、下流潤滑液16を冷却することによって、ブラスめっきスチールワイヤの温度上昇を抑制するとともに、ブラスめっきスチールワイヤやダイスの表面の極圧皮膜生成反応の低下を抑制でき、伸線性及び延性に優れたブラスめっきスチールワイヤを製造できた。また、実施例1;7からわかるように、下流設定温度を15℃以上20℃以下とすれば、さらに好ましいことがわかった。
【産業上の利用可能性】
【0021】
極圧皮膜生成反応の低下を抑制する成分として、ZnDTP以外に、硫化オレフィン、塩素化パラフィン、ナフテン酸塩などを用いてもよい。
最良の形態では、潤滑液槽が上流潤滑液槽10Aと下流潤滑液槽10Bとに区画された伸線装置1を例示したが、1つの潤滑液槽に複数のダイス及び最終ダイスを設けて伸線加工する伸線装置の場合は、当該1つの潤滑液槽に満たす潤滑液として、ZnDTPを0.5重量%及びポリオキシエチレン−アルキルエーテルを0.5重量%含有した潤滑液を用い、当該潤滑液の温度を15℃以上30℃以下に設定することによって、伸線性及び延性に優れたブラスめっきスチールワイヤを製造できると考えられる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【図1】ブラスめっきスチールワイヤの伸線方法に用いる伸線装置を示す図(最良の形態)。
【図2】実施例及び従来例の条件と実施例及び従来例により製造されたブラスめっきスチールワイヤの伸線加工評価結果を示す図(最良の形態)。
【符号の説明】
【0023】
1 伸線装置、10 伸線機、10A 上流潤滑液槽、10B 下流潤滑液槽、
15 上流潤滑液、16 下流潤滑液、20 潤滑液タンク、30 冷却槽。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
油成分と極圧成分とを含んだ潤滑液を用いてブラスめっきスチールワイヤを伸線するブラスめっきスチールワイヤの伸線方法において、潤滑液として、極圧皮膜生成反応の低下を抑制する成分を含有し、かつ、温度15℃以上30℃以下の潤滑液を用いたことを特徴とするブラスめっきスチールワイヤの伸線方法。
【請求項2】
油成分と極圧成分とを含んだ潤滑液を用いてブラスめっきスチールワイヤを伸線するブラスめっきスチールワイヤの伸線方法において、最終ダイスが設置された下流潤滑液槽と複数のダイスが設置された上流潤滑液槽とを備えた伸線装置を用い、下流潤滑液槽内の潤滑液として、極圧皮膜生成反応の低下を抑制する成分を含有し、かつ、温度15℃以上30℃以下の潤滑液を用いたことを特徴とするブラスめっきスチールワイヤの伸線方法。
【請求項3】
20℃以下の潤滑液を用いたことを特徴とする請求項2に記載のブラスめっきスチールワイヤの伸線方法。
【請求項4】
上流潤滑液槽内の潤滑液として、極圧皮膜生成反応の低下を抑制する成分を含有し、かつ、温度30℃以上の潤滑液を用いたことを特徴とする請求項2又は請求項3に記載のブラスめっきスチールワイヤの伸線方法。
【請求項5】
極圧皮膜生成反応の低下を抑制する成分が、ZnDTPであることを特徴とする請求項1乃至請求項4のいずれかに記載のブラスめっきスチールワイヤの伸線方法。
【請求項6】
潤滑液が、界面活性剤としてポリオキシエチレン−アルキルエーテルを含有することを特徴とする請求項5に記載のブラスめっきスチールワイヤの伸線方法。
【請求項7】
潤滑液が、ZnDTPとポリオキシエチレン−アルキルエーテルとをそれぞれ0.5重量%含有することを特徴とする請求項6に記載のブラスめっきスチールワイヤの伸線方法。
【請求項8】
ブラスめっきスチールワイヤが下流潤滑液槽において引張り強さ2500MPaを超える引張り強さで伸線処理されることを特徴とする請求項2乃至請求項7のいずれかに記載のブラスめっきスチールワイヤの伸線方法。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2007−253186(P2007−253186A)
【公開日】平成19年10月4日(2007.10.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−80051(P2006−80051)
【出願日】平成18年3月23日(2006.3.23)
【出願人】(000005278)株式会社ブリヂストン (11,469)
【Fターム(参考)】