説明

プラスチックレンズの製造方法

【課題】注型重合によりプラスチックレンズを製造する方法であって、離型後のレンズ表面に表面欠陥が含まれる場合であっても、高品質なプラスチックレンズを得ることができるプラスチックレンズの製造方法を提供すること。
【解決手段】所定の間隔をもって対向する2つのモールドと、上記間隔を閉塞することにより形成されるキャビティを有する成形型の、上記キャビティへプラスチックレンズ原料液を注入すること、上記キャビティ内でプラスチックレンズ原料液の硬化反応を行いモールド成形面形状が転写された被転写面を有するプラスチックレンズ基材を得ること、上記プラスチックレンズ基材を成形型から離型すること、を含むプラスチックレンズの製造方法。上記被転写面は表面欠陥を含み、該表面欠陥を含む被転写面上に被膜を形成し、かつ形成された被膜表面に研磨処理を施すことを更に含む。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、注型重合によるプラスチックレンズの製造方法に関するものであり、詳しくは離型後のレンズ表面に表面欠陥が含まれる場合であっても、優れた光学特性を有するプラスチックレンズを製造することができるプラスチックレンズの製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
プラスチックをレンズ形状に成形してプラスチックレンズを得る方法としては、成形型内でプラスチックレンズ原料液の重合を行う注型重合法が挙げられる。注型重合法では、モールド成形面形状が転写されることにより、レンズ光学面が形成される。
【0003】
プラスチックレンズ、特に眼鏡レンズには高い面精度が要求されるため、レンズ光学面を形成するためのモールド成形面にも高い面精度が求められる。そこで、モールド成形面に研磨加工を施し鏡面に仕上げることが行われている(例えば特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2004−299290号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかし、鏡面研磨したモールド成形面をレンズ表面に転写した場合であっても、離型時やその後の洗浄、エッチング等の工程において、レンズ表面に傷が発生する場合がある。また、鏡面研磨したモールド表面にわずかな欠陥が存在する場合、その欠陥がレンズ表面に転写されることにより欠陥が発生することもある。上記表面欠陥への対策としては、第一には、レンズ表面を研磨し表面欠陥を除去することが挙げられ、第二には、モールド成形面の欠陥を除去した後に成形を行うことが考えられる。
【0006】
しかし、上記第一の対策では、欠陥除去のための研磨により面精度が低下するという問題がある。また、上記第二の対策においても、所望形状の成形したモールド成形面を研磨することは面精度低下の原因となる。更にモールド毎に欠陥有無の検査を行わなければならないため、工程が増えることとなり生産性が低下する原因となる。
【0007】
そこで本発明の目的は、注型重合によりプラスチックレンズを製造する方法であって、離型後のレンズ表面に表面欠陥が含まれる場合であっても、高品質なプラスチックレンズを得ることができるプラスチックレンズの製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上記目的を達成するために鋭意検討を重ねた結果、表面欠陥を含むレンズ表面に被膜を形成し、この被膜に研磨処理を施すことによりレンズ光学特性への表面欠陥の影響を低減し、高品質なプラスチックレンズが得られることを見出した。これは、被膜によるマスキング効果によって研磨除去量を低減することができるため研磨による面精度低下を抑制できることによるものである。
本発明は、以上の知見に基づき完成された。
【0009】
即ち、上記目的は、下記手段により達成された。
[1]所定の間隔をもって対向する2つのモールドと、上記間隔を閉塞することにより形成されるキャビティを有する成形型の、上記キャビティへプラスチックレンズ原料液を注入すること、
上記キャビティ内でプラスチックレンズ原料液の硬化反応を行いモールド成形面形状が転写された被転写面を有するプラスチックレンズ基材を得ること、
上記プラスチックレンズ基材を成形型から離型すること、
を含むプラスチックレンズの製造方法であって、
上記被転写面は表面欠陥を含み、該表面欠陥を含む被転写面上に被膜を形成し、かつ形成された被膜表面に研磨処理を施すことを更に含むことを特徴とするプラスチックレンズの製造方法。
[2]前記表面欠陥は、モールド成形面上の表面欠陥が転写されることにより、上記離型時に、または上記離型後に上記被膜形成までの工程に起因して発生した表面欠陥である[1]に記載の製造方法。
[3]前記表面欠陥は、JIS−T7313に示される視覚的な検査により観察される表面欠陥であり、前記研磨処理により、前記表面欠陥を上記検査において不可視とする[1]または[2]に記載の製造方法。
[4]前記表面欠陥はモールド成形面上の凹形状の表面欠陥が転写されることにより形成された凸形状の表面欠陥である[1]〜[3]のいずれかに記載の製造方法。
[5]前記被膜の厚さを表面欠陥形状に基づき決定し、決定された厚さを有する被膜を形成する[1]〜[4]のいずれかに記載の製造方法。
[6]前記表面欠陥は、モールド成形面の表面粗さの55倍超の深さを有する表面欠陥が被転写面に転写されることにより形成された表面欠陥である[1]〜[5]のいずれかに記載の製造方法。
[7]前記表面欠陥は、モールド成形面の表面粗さの55倍超かつ2417倍以下の深さを有する表面欠陥が被転写面に転写されることにより形成された表面欠陥である[6]に記載の製造方法。
[8]前記被膜はハードコート被膜である[1]〜[7]のいずれかに記載の製造方法。
[9]前記プラスチックレンズ基材は、ウレタン系またはアリル系樹脂からなる[1]〜[8]のいずれかに記載の製造方法。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、優れた光学特性を有する眼鏡レンズを提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】表面欠陥の具体例を示す。
【図2】本発明において使用可能な成形型の一例を示す概略断面図である。
【図3】切削装置の一例を示す。
【図4】注型重合による光学レンズの製造手順の一例の説明図である。
【図5】ディップ法の説明図である。
【図6】スピンコート法の説明図である。
【図7】投影検査の説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明は、所定の間隔をもって対向する2つのモールドと、上記間隔を閉塞することにより形成されるキャビティを有する成形型の、上記キャビティへプラスチックレンズ原料液を注入すること、上記キャビティ内でプラスチックレンズ原料液の硬化反応を行いモールド成形面形状が転写された被転写面を有するプラスチックレンズ基材を得ること、上記プラスチックレンズ基材を成形型から離型すること、を含むプラスチックレンズの製造方法に関する。本発明の製造方法において、上記被転写面は表面欠陥を含み、そして該表面欠陥を含む被転写面上に被膜を形成し、かつ形成された被膜表面に研磨処理を施す。
【0013】
本発明において「表面欠陥」とは、例えばJIS-T7313に示される視覚的な検査により観察される表面欠陥をいうものとし、具体的には、モールド成形面上の表面欠陥がレンズ表面に転写されることにより、上記離型時に、または上記離型後に上記被膜形成までの工程に起因して発生した凹状または凸状のキズである。光学顕微鏡により観察すると、例えば、図1に示すような形状となるキズを含む。図1中の上段の3種類(左から「キャタピラー」、「ライン」、「ヘアラインタイプ」とも呼ばれる)は幅が0.01〜0.3mm程度、高さまたは深さが0.1〜6μm程度の凸状または凹状のキズであり、主として軽微な接触により発生する。一方、図1中の下段の2種類(左から「シェル」、「ドットタイプ」とも呼ばれる)は比較的大きな衝突により生ずる欠陥であり、幅は0.2〜0.5mm程度、高さまたは深さは5〜32μmで程度である。
【0014】
注型重合後、離型されたレンズ表面に上記表面欠陥が存在する場合、従来はレンズ表面に研磨処理を施すことが一般的であった。また、モールド成形面に型同士の接触等により発生したキズが存在する場合には、通常、キズが除去できるまでモールド成形面を研磨していた。
これに対し本発明では、表面欠陥を含むレンズ基材表面に、被膜を形成する。但し単に被膜を形成するのみでは、被膜上に表面欠陥の影響が現れ、依然として高品質なレンズを得ることは困難である。そこで本発明では更に、被膜に対して研磨処理を施す。これにより被膜のマスキング効果によって、レンズ表面やモールド成形面を研磨し表面欠陥を除去する方法と比べて研磨量を大きく低減することができ、研磨による面精度低下を抑制することができる。更に、従来のモールドの取り扱いと異なりレンズ表面の表面欠陥を不問とするため、成形型の取り扱いが容易になり生産性が向上する。また、モールド表面を研磨することはその分モールドの寿命を低下させることとなるため、本発明によれば成形型ライフの延長も可能である。
【0015】
本発明における表面欠陥は、例えば幅0.01〜0.5mm、高さまたは深さ0.1〜32μm程度であり、特に、比較的大きな表面欠陥、具体的には深さ6〜32μmの凸状または凹状の表面欠陥や幅0.05〜5mmの凹状または凸状の表面欠陥を有するレンズ表面上で被膜の形成および研磨を行うことが好適である。これは、比較的小さいキズや幅の狭いキズであれば、被膜によるマスキング効果のみで表面欠陥を解消できるためである。また、上記範囲内であれば比較的少ない研磨量で表面欠陥の影響を解消することができる。
【0016】
前記表面欠陥は、例えば離型時に、または上記離型後の洗浄、エッチング等の工程において発生し得る。または、モールド同士の接触、収納時の収納ラックへの接触、アセンブリング時落下等の取り扱い事故などにより損傷を有するモールド成形面がレンズ表面に転写されることにより表面欠陥が発生する場合もある。このようなモールド成形面上の損傷は、軽微なものは目視では見えずらいにもかかわらずレンズ表面に転写されると顕在化することがある。このような場合にも本発明の適用は好適である。
【0017】
表面欠陥の形状は、凹状、凸状があり本発明はいずれの形状の表面欠陥にも適用できる。凹状欠陥、凸状欠陥のいずれの場合も、被膜のマスキング効果により、レンズ表面を研磨し表面欠陥を除去する場合と比べて研磨量を低減することができる。
なお、モールド成形面に発生する表面欠陥は、上記の通り接触により発生することが多く、この場合モールド成形面での表面欠陥形状は凹状となることが多い。凹状の表面欠陥を除去するためには凹部の深さまで成形面を除去しなければならず、除去量が多くなる。これに対し、モールド成形面の凹状欠陥がレンズ表面に転写されると凸状欠陥となり、この上に形成された被膜表面にも凸状の欠陥が発生する。凸状の欠陥であれば、研磨により凸部を取り除けば解消できるため、凹状欠陥と比べて研磨量を大幅に低減することができる。この点も本発明の利点の1つである。
【0018】
本発明の製造方法は、(1)重合工程、(2)離型工程、(3)被膜形成工程、(4)被膜研磨工程、を含む。以下、各工程について順次説明する。
【0019】
重合工程、離型工程
本工程では、注型重合によりレンズ形状の成形体を得るため、成形型内へプラスチックレンズ原料液を注入し、次いで成形型内でプラスチックレンズ原料液の硬化反応を行う。
本発明において使用される成形型は、所定の間隔をもって対向する2つのモールドと、上記間隔を閉塞することにより形成されるキャビティを有する成形型であればよく、通常の注型重合で使用される成形型を何ら制限なく使用することができる。上記間隔は、円筒状のガスケットによって閉塞してもよく、ガスケットの代わりに粘着テープを2つのモールドの側面に巻きつけることによって閉塞してもよい。以下、図2に基づいて本発明において使用可能な成形型について説明するが、本発明において使用される成形型は図1に示す態様に限定されるものではない。
【0020】
(i)成形型
図2中、成形型10は、レンズの前面(凸面)を形成すべく凹面側に成形面を有する凹面型である第一モールド11、レンズの後面(凹面)を形成すべく凸面側に成形面を有する第二モールド12、および円筒状のガスケット13が両モールドの端面を取り囲むことによって内部にキャビティ14が形成されている。プラスチックレンズ原料液は、注入口部15からキャビティ14内へ注入される。ガスケット13は、ガスケットの外周ホルダーとして機能し、レンズの厚さを決める役割を果たす。
【0021】
第一モールドおよび第二モールドは、製造治具にて取り扱い可能な非転写面(非使用面17)とレンズの光学表面を転写させるための転写面(使用面16)を有する。使用面16はレンズの光学面形状および表面状態を転写する面である。
【0022】
第一モールドおよび第二モールドの成形面は、研磨により鏡面としてもよく、機械加工面であってもよい。
【0023】
本発明において「機械加工面」とは、研削および/または切削後に研磨を施されていない面をいう。「研削」とは、固定砥粒を使って部材を削って除去する加工方法をいうものとし、「切削」とは、刃物を使って部材を切り削る加工方法をいうものとし、両者とも面形状を創成(形成)する加工方法である。一方、「研磨」とは、部材表面の凹凸を低減し表面を滑らかにする加工方法である。通常、研磨後の成形面の表面粗さは、表面粗さRtまたはRzとして2μm未満となる。
【0024】
鏡面加工された成形面をレンズ表面に転写することは、高い表面平滑性を有するレンズを得る上では有利である。他方、研磨を施した研磨面では研磨により面精度が低下するため、機械加工面を転写する場合と比べて形成されるレンズ表面の面精度は劣ることとなる。これに対し、機械加工面を成形面として使用することにより、機械加工により創製した面形状をレンズ表面(被転写面)に精度よく再現することができる点で有利である。
【0025】
但し、機械加工面を転写したレンズ表面には、モールド成形面(機械加工面)の粗さに起因する凹凸や機械加工痕に起因するうねりが存在するため、そのまま製品レンズとして使用することは困難である。これに対し、上記被転写面上に被膜を形成すると被膜形成によりレンズ表面の凹凸をマスキングすることができるため、レンズ最表面の表面平滑性を高めることができる。但し、上記被膜によるマスキング効果により粗さに起因する凹凸は低減できるものの、加工痕に起因するうねりを、光学特性に影響を及ぼさないほど解消することは困難である。これは、粗さ成分とうねり成分の波長が異なるためである。うねり成分は長波長成分、具体的には例えば波長0.05〜5mmの成分であるため、被膜によってもマスキングすることは困難である。これに対し、本発明では、上記被膜に対して研磨処理を施す。これにより被膜表面のうねりを低減することができ、その結果、うねりによる光学特性の低下が抑制された高品質なプラスチックレンズを得ることができる。従って本発明では、機械加工面を成形面として使用することも可能である。
【0026】
上記機械加工面とは、好ましくは研削および/または切削が施された面であり、より好ましくは研削により最終面形状が形成された面である。最終面形状とは、レンズ表面へ転写される面形状をいう。
以下に、機械加工面を成形面として有するモールドの製造方法について説明する。
【0027】
上型モールド11および下型モールド12は、例えば、プレス加工した厚いガラスブランクスの両面を加工することにより得ることができる。そこで、モールド製造に際し、まずこのガラスブランクスを用意する。
このガラスブランクスを加工することで、ガラスブランクスのプレス面の表面欠陥層を除去し、使用面16および非使用面17を所定精度の曲率半径にすると同時に、微細で均一粗さの高精度な使用面16および非使用面17を得る。使用面の加工は、前述の通り機械加工により実施する。非使用面も同様に機械加工により形成することができる。
【0028】
研削工程は、例えば、NC制御を行う自由曲面研削機においてダイヤモンドホイールを使用し、ガラスブランクスの両面(使用面16および非使用面17)を所定の曲率半径に研削する。この研削により、ガラスブランクスから上型モールド11および下型モールド12が形成される。また、研削工程の加工装置としては、上記加工装置に加え、例えば回転および直線移動が可能な加工砥石(移動方向Z軸、ツール回転軸Y軸)の2軸に加えYZ平面に直行して成形型を平行移動させるX軸の3軸の構成からなる加工機を用いることも好適である。なお加工砥石の表面形状は通常、砥石断面形状が円弧または楕円となる。加工条件としては、例えば下記表1に示す条件を採用できるが、これに限定されるものではない。
【0029】
【表1】

【0030】
一方、切削工程には、例えば、NC制御のカーブジェネレータを用いることができる。このNC制御のカーブジェネレータは、加工目的たる曲面の特定点を通る回転軸を中心に円形のモールドを回転させながら切削刃のレンズ素材に対する距離および回転軸に対する距離をコンピュータ制御で形成目的の曲面形状にしたがって制御することにより加工目的の曲面形状を創成するものである。すなわち、このカーブジェネレータは、モールドをその幾何学中心で回転させてダイヤモンド切削刃の刃先を光学面形状をトレースするようにレンズ外周から中心まで直線的に移動させることにより加工痕跡がスパイラル形状を描くように加工する。
【0031】
図4において、モールド表面の切削加工に用いられるNC制御カーブジェネレータ11は、モールド成形されたモールドAの表面を切削加工する場合、焼結された多結晶ダイヤモンドや単結晶の天然ダイヤモンドを切削ツールの切削刃Bとして使用している。切削加工では、下軸CにモールドAを取付け、下軸Cを軸回転させる(1軸制御)。上軸DのバイトFまたはHは、モールドAの外周から半径方向と上下方向の2軸制御される。したがって、カーブジェネレータ11は、合計3軸の制御によってモールドAの表面を切削加工する。カーブジェネレータ11の下軸Cは1つで、X、Y方向に移動不能で、その位置で回転する。上軸Dは荒削り用の第1のバイトFが取付けられた第1の上軸部Gと、仕上げ切削用の第2のバイトHが取付けられた第2の上軸部Iとを備え、下軸Cに対して上軸Dが水平方向にスライドして第1、第2の上軸部G、Iを切り替える構造となっている。モールドAの凸側の成形面を創成するためには、マトリックスで表された凸面の設計形状高さデータをNC制御部に転送することにより加工が自動的に行われる。
【0032】
前述の研削および/または切削による機械加工の加工精度は、3μm以内(モールド径50mm)、最大表面粗さ(RtまたはRz)は、通常2〜5μmである。また、その表面に存在するうねり成分の波長は0.05〜5mmである。したがって、上記表面性を有する成形面が転写されたレンズ基材の被転写面も同様に、最大表面粗さ(RtまたはRz)は2〜5μm程度、うねり成分の波長は0.05〜5mm程度となる。本発明では、後述するように被膜形成および被膜研磨を行うことにより上記表面性を改善することができる。
【0033】
研磨面(鏡面)を成形面とするモールドを得るためには、上記機械加工後のモールド表面に研磨処理を施せばよい。研磨処理は、後述する被膜研磨処理と同様に行うことができる。
【0034】
(ii)プラスチックレンズ原料液
前記成形型のキャビティへ注入されるプラスチックレンズ原料液は、通常プラスチックレンズ基材を構成する各種ポリマーの原料モノマー、オリゴマーおよび/またはプレポリマーを含むことができ、共重合体を形成するために2種以上のモノマーの混合物を含むことができる。レンズ原料液には、必要があればモノマーの種類に応じて選択した触媒を添加することもできる。また、レンズ原料液には、通常使用される各種添加剤を含むこともできる。
【0035】
前記プラスチックレンズ原料液の具体例としては、例えば、メチルメタクリレートと一種以上の他のモノマーとの共重合体、ジエチレングリコールビスアリルカーボネートと一種以上の他のモノマーとの共重合体、ポリウレタンとポリウレアの共重合体、ポリカーボネート、ポリスチレン、ポリ塩化ビニル、不飽和ポリエステル、ポリエチレンテレフタレート、ポリウレタン、ポリチオウレタン、エン−チオール反応を利用したスルフィド樹脂、硫黄を含むビニル重合体等を重合可能な原料液が挙げられる。上記中、ウレタン系およびアリル系が好適であるが、これらに限定されるものではない。キャビティへのプラスチックレンズ原料液の注入は、通常の注型重合と同様に行うことができる。また、重合条件(加熱温度、加熱プログラム、加熱時間等)は、プラスチックレンズ原料液の種類に応じて適切な条件を選択すればよい。
【0036】
次いで、重合工程により得られたレンズ形状の重合体(プラスチックレンズ基材)を成形型から離型する。離型は、注型重合によってプラスチックレンズを製造する際、通常行われる方法で行うことができる。
【0037】
上述の成形型10を用いた重合工程および離型工程を含む光学レンズの製造手順の一例を、図3を参照して説明する。
まず、光学レンズの原料であるモノマーを用意する(S1)。このモノマーは、好ましくは熱硬化樹脂であり、この樹脂に触媒と紫外線吸収剤などを加えて調合し、フィルタで濾過する(S2)。
【0038】
次に、ガスケット13に上型モールド11および下型モールド12を組み付けて成形型10を完成する(S3)。そして、この成形型10のキャビティ14内に、上述の如く調合されたモノマーを注入し、電気炉内で加熱重合させて硬化させる(S4)。成形型10内でモノマーの重合が完了することでプラスチック製光学レンズが成形され、この光学レンズを成形型10から離型する(S5)。
【0039】
光学レンズの離型後に、重合より生じたレンズ内部の歪みを除去すべく、アニールと呼ばれる加熱処理を実施する(S6)。その後、中間検査として外観検査および投影検査を光学レンズに対し実施する。光学レンズは、この段階で完成品と半製品(セミ品)に区分けされる。
【0040】
被膜形成工程
次いで、上記離型工程後のレンズの被転写面上に被膜を形成する。上記完成品、セミ品のいずれについても、少なくとも表面欠陥を含むレンズ表面に被膜を形成する。
【0041】
被膜が形成されるレンズ表面は、表面欠陥を有する被転写面である。なお本発明において「被転写面」とは、離型後に研磨加工および機械加工を施されていない面をいうものとする。被膜形成に先立ち、前記被転写面に対して洗浄および乾燥工程、汚れ除去工程、静電気除去工程等の前処理を施すこともできる。前処理としては、例えば溶剤による洗浄、イオン化エアの吹き付けによる静電気除去および汚れ除去が挙げられるが、これらに限定されるものではない。
【0042】
本発明において、研磨対象となる被膜を被転写面上に直接形成することは必須ではなく、他の層を介して間接的に形成された被膜を研磨対象被膜とすることもできる。また、研磨対象被膜は一層に限られるものではなく、被転写面上に複数の被膜を形成し、そのうちの二層以上を研磨対象被膜とすることも可能である。但し、生産性の点からは、研磨対象被膜は一層とすることが好ましい。
【0043】
被膜形成は、例えば、ディップ法、スピンコート法等の公知の成膜法(塗布法)により行うことができる。ディップ法は、例えば図5に示すように、ディップ槽21内の被膜溶液22中にレンズ基材1を所定時間(例えば、約30秒)浸漬することにより行うことができる。一方、スピンコート法は、例えば図6に示すように、スピン処理部30にレンズ基材1を搬送し、スピナー31に装着する。スピナー31は、レンズ基材1を所定の速度で回転させ、レンズ基材1表面に滴下した被膜溶液の余分な液を遠心力で吹き飛ばす。スピナー31の回転数は、自由に可変設定することができる。スピン条件(例えば、スピン回転数、立ち上がり、立ち下がり、停止など)は、プログラムで設定できるようになっており、レンズ基材の種類や洗浄状態によって適宜決定すればよい。
【0044】
上記のように塗布した被膜に対し、必要に応じて、加熱硬化、紫外線等の光硬化、溶媒除去等によって硬化処理を施すことにより、被膜を形成することができる。また、上記被膜は、無機系または有機系材料を蒸着、スパッタ等の公知の成膜方法により堆積させることによって形成することもできる。
【0045】
こうして形成される被膜が、レンズ基材とほぼ同じ屈折率となる被膜、またはアッベ数が略等しくなる被膜であることは、レンズ基材と被膜の光学性能の違いにより、界面において反射、散乱が起こることを回避するために好ましい。
【0046】
被膜の厚さは、表面欠陥形状に基づき決定し、決定された厚さを有する被膜を形成することが好ましい。具体的には、適切な研磨量により被膜表面に現れた表面欠陥を除去できる厚さとすることが好ましい。レンズ表面の表面欠陥形状にもよるが、被膜の厚さは、通常の製造工程で発生し得る表面欠陥の程度を考慮すると、例えば2μm〜13μmとすることができる。また、被膜によりJIS-T7313に示される視覚的な検査において不可視とすることができる表面欠陥の深さまたは高さは、通常、被膜の膜厚値が上限となる。例えば、深さまたは高さ30〜40μm程度の表面欠陥は、厚さ30〜40μmの被膜によって解消することができる。また、欠陥の程度はサンプリングにより予測することも好適である。例えば、サンプリングの結果、深さ6μmまでの欠陥が欠陥全体の80%以上を占め、深さ13μmまでの欠陥が欠陥全体のほぼ100%程度を占めている場合、80%以上を占める欠陥深さを基準として6μm以上の厚さの被膜を形成することが好ましく、ほぼ100%を占める欠陥深さを基準として13μm〜14μm程度の厚さの被膜を形成することがより好ましい。または、機械加工面を成形面とするモールドを使用する場合は、機械加工面による表面性低下の影響をも解消するため、より厚い被膜、例えば40〜50μm程度の厚さの被膜を形成することも好適である。なお、1回の成膜では所望の厚さの被膜を形成することができない場合は成膜を複数回繰り返せばよい。
【0047】
上記被膜としては、レンズ上に形成する機能性膜(ハードコート膜、フォトクロミック層、偏光膜等)を適用することが好ましい。被膜形成とともに、上記機能性膜の機能付与も併せて行うことができるためである。
【0048】
研磨工程では、被膜の硬度が高いほど、形状を崩さずに研磨することができる。そこで面精度を高度に維持する観点からは、レンズ基材よりも硬度の大きな被膜を形成することが好ましい。上記硬度は、例えばインデンテーション硬さおよび/またはマルテンス硬さである。
【0049】
上記の高硬度被膜としては、例えばインデンテーション硬さで56mgf/μm2以上の被膜を挙げることができる。そのような被膜の一例としては、一般にハードコート被膜と呼ばれる被膜が挙げられる。
【0050】
ハードコート被膜としては、特に限定されるものではないが有機ケイ素化合物に微粒子状金属酸化物を添加した被膜が好適である。なお、有機ケイ素化合物に代えてアクリル化合物を使用することもできる。
【0051】
有機ケイ素化合物としては、例えば、各種アルコキシシランが挙げられる。好ましいアルコキシシランとして、テトラアルコキシシラン、トリアルコキシシランが挙げられる。有機ケイ素化合物は、単体で、または、二種以上を混合した状態で、用いられる。例えば、レンズ基材との接着性を高めるために、アルコキシシランにエポキシ基(グリシドキシ基)を導入したものを含有させてもよい。
【0052】
微粒子状金属酸化物としては、酸化チタン、酸化ケイ素、酸化ジルコニウム、酸化アルミニウム、酸化鉄、酸化アンチモン、酸化スズ、酸化タングステン、または、これらの複合体等を使用することができる。特に、酸化チタン、酸化ケイ素、酸化ジルコニウム、酸化スズが好ましい。
そして、微粒子状金属酸化物の種類や量によって、ハードコート層の屈折率を調整することが可能である。
【0053】
また、上記被膜としては、一般にフォトクロミック膜と呼ばれる調光性能を有する被膜を使用することもできる。フォトクロミック膜は、例えば、塗布工程および回転工程に準じた工程によってレンズ基材表面上に塗布した後、紫外線照射等の硬化処理を施すことによって形成することができる。また、フォトクロミック液の塗布は、特開2005−218994号公報記載の方法により行ってもよい。
【0054】
フォトクロミック液は、硬化性成分、フォトクロミック色素、重合開始剤、および任意に添加される添加剤から形成することができる。
フォトクロミック膜形成のために使用可能な硬化性成分は、特に限定されず、(メタ)アクリロイル基、(メタ)アクリロイルオキシ基、ビニル基、アリル基、スチリル基等のラジカル重合性基を有する公知の光重合性モノマーやオリゴマー、それらのプレポリマーを用いることができる。これらのなかでも、入手のし易さ、硬化性の良さから(メタ)アクリロイル基または(メタ)アクリロイルオキシ基をラジカル重合性基として有する化合物が好ましい。なお、前記(メタ)アクリロイルは、アクリロイルとメタクリロイルの両方を示す。
【0055】
フォトクロミック液に添加し得るフォトクロミック色素としては、公知のものを使用することができ、例えば、フルギミド化合物、スピロオキサジン化合物、クロメン化合物等のフォトクロミック化合物が挙げられ、本発明においては、これらのフォトクロミック化合物を特に制限なく使用することができる。
【0056】
前記フルギミド化合物、スピロオキサジン化合物およびクロメン化合物としては、例えば、特開平2−28154号公報、特開昭62−288830号公報、WO94/22850号明細書、WO96/14596号明細書などに記載されている化合物が好適に使用できる。
フォトクロミック液には、フォトクロミック色素の耐久性の向上、発色速度の向上、退色速度の向上や成形性の向上のために、さらに界面活性剤、酸化防止剤、ラジカル補足剤、紫外線安定剤、紫外線吸収剤、離型剤、着色防止剤、帯電防止剤、蛍光染料、染料、顔料、香料、可塑剤等の添加剤を添加してもよい。これら添加剤としては、公知の化合物が何ら制限なく使用できる。好ましい添加剤としては、ヒンダートアミン化合物およびヒンダートフェノール化合物が挙げられる。
【0057】
上記被膜としては、一般に偏光膜と呼ばれる偏光性能を有する被膜を挙げることもできる。偏光膜は、一般に二色性色素の偏光性を利用するものであり、二色性色素の偏光性は、主に二色性色素が一軸配向することにより発現される。したがって、通常、色素膜(二色性色素膜)の下層には、二色性色素を一軸配向させるための配列膜が設けられる。本発明では、該配列膜を上記研磨対象の被膜とすることもできる。以下に、上記配列膜および色素膜について説明する。
【0058】
上記配列膜は、蒸着、スパッタ等の公知の成膜法によって成膜材料を堆積させることにより形成してもよく、ディップ法、スピンコート法等の公知の塗布法によって形成してもよい。上記成膜材料として好適なものとしては、シリコン酸化物、金属酸化物、またはこれらの複合体もしくは化合物を挙げることができる。より好ましくは、Si、Al、Zr、Ti、Ge、Sn、In、Zn、Sb、Ta、Nb、V、Yから選ばれる材料の酸化物、またはこれら材料の複合体もしくは化合物を用いることができる。これらの中でも配列膜としての機能付与の容易性の観点からはSiO、SiO2が好ましい。
【0059】
一方、上記塗布法によって形成される偏光膜としては、無機酸化物ゾルを含むゾル−ゲル膜を挙げることができる。上記ゾル−ゲル膜の形成に好適な塗布液としては、アルコキシシラン、ヘキサアルコキシジシロキサンの少なくとも一方を無機酸化物ゾルとともに含む塗布液を挙げることができる。配列膜としての機能付与の容易性の観点から、上記アルコキシシランは、好ましくは下記一般式(1)で表されるアルコキシシランであり、上記ヘキサアルコキシジシロキサンは、好ましくは下記一般式(2)で表されるヘキサアルコキシジシロキサンである。上記塗布液は、アルコキシシラン、ヘキサアルコキシジシロキサンのいずれか一方を含んでもよく、両方を含んでもよく、更に必要に応じて下記一般式(3)で表される官能基含有アルコキシシランを含むこともできる。
【0060】
Si(OR1a(R24-a ・・・(1)
(R3O)3Si−O−Si(OR43 ・・・(2)
5−Si(OR6b(R73-b ・・・(3)
【0061】
上記一般式(1)におけるR1ならびに上記一般式(2)におけるR3およびR4は、それぞれ独立に炭素数1〜5のアルキル基であり、直鎖状、分岐状、環状のいずれであってもよい。上記アルキル基の具体例としては、例えば、メチル基、エチル基、n−プロピル基、イソプロピル基、n−ブチル基、イソブチル基、sec−ブチル基、tert−ブチル基、ペンチル基、シクロペンチル基等が挙げられる。この中で、メチル基およびエチル基が好ましい。
【0062】
上記一般式(1)におけるR2は、炭素数1〜10のアルキル基であり、具体例としては、上記で例示した炭素数1〜5のアルキル基、ヘキシル基、へプチル基、オクチル基、および2−エチルヘキシル基等が挙げられる。この中で、メチル基、エチル基、プロピル基、ブチル基が好ましい。上記一般式(1)におけるaは、3または4である。
【0063】
上記一般式(3)におけるR5は、グリシドキシ基、エポキシ基、アミノ基およびイソシアネート基からなる群から選ばれる1以上の官能基を有する有機基であり、R6およびR7は、それぞれ独立に炭素数1〜5のアルキル基であり、bは2または3である。炭素数1〜5のアルキル基の具体例は、前述の通りである。
【0064】
上記無機酸化物ゾルを構成する無機酸化物としては、Mg、Ca、Sr、Ba、Al、In、Ge、Bi、Fe、Cu、Y、Zr、Ni、Ta、SiおよびTi等から選ばれる1種以上の元素からなる酸化物が挙げられる。これらの中で、安定性と微粒子ゾルの製造の容易さという観点から、SiO2、TiO2、ZrO2、CeO2、ZnO、SnO2および酸化インジウムスズ(ITO)が好ましい。この中でも特に化学的安定性および膜硬度増加効果の両立の観点からは、シリカ(SiO2)ゾルが好ましい。無機酸化物ゾルは、無機酸化物粒子を1種のみ含んでもよく2種以上含むこともできる。無機酸化物ゾルを構成する無機酸化物粒子のサイズは、膜硬度増加及び膜自身のヘイズ(曇り)抑制の観点から、好ましくは1〜100nm、より好ましくは5〜50nmである。
【0065】
前記塗布液は、上記各成分を任意に溶媒、触媒等の各種添加剤と混合することにより調製することができる。上記塗布液において、無機酸化物ゾルの固形分としての含有量は、塗布液中の全固形分に対して0.1〜60mol%であることが好ましく、より好ましくは2〜55mol%、さらに好ましくは15〜50mol%、特に好ましくは25〜40mol%である。上記範囲内であれば、適度な硬さを有する配列膜を形成することができる。他の成分の含有量は、配列膜の硬さ、偏光膜等の他の膜との密着性等を考慮して適宜設定すればよい。例えば、無機酸化物ゾルを「成分(A)」、一般式(1)で表されるアルコキシシランと一般式(2)で表されるヘキサアルコキシジシロキサンとをあわせて「成分(B)」、一般式(3)で表される官能基含有アルコキシシランを「成分(C)」と記載すると、配列膜の硬さおよび他の膜との密着性の点からは、成分(B)の配合量は、成分(A)中の固形分と成分(B)との総モル量に対して、40〜99.9mol%であることが好ましく、より好ましくは45〜90mol%、さらに好ましくは50〜80mol%、特に好ましくは60〜75mol%である。成分(B)と成分(A)中の固形分とのモル比〔(B)/(A)(固形分)〕は、99.9/0.1〜40/60であることが好ましく、より好ましくは90/10〜45/55、さらに好ましくは80/20〜50/50、特に好ましくは75/25〜60/40である。また、成分(A)中の固形分および成分(B)の総量と成分(C)とのモル比〔[(A)(固形分)+(B)]/(C)〕は、好ましくは99.9/0.1〜85/15、より好ましくは98/2〜85/15である。
【0066】
上記配列膜を研磨対象の被膜とする場合には、後述する被膜研磨工程後に、一定方向に溝を形成する工程を行う。この工程により溝が形成された配列膜表面に二色性色素を含む塗布液を塗布すると、二色性色素が溝に沿って、または溝と直交する方向に配向する。これにより、二色性色素を一軸配向させ、その偏光性を良好に発現させることができる。上記溝の形成は、例えば、液晶分子の配向処理のために行われるラビング工程によって行うことができる。ラビング工程は、被研磨面を布などで一定方向に擦る工程であり、その詳細は、例えば米国特許2400877号明細書や米国特許4865668号明細書等を参照できる。形成される溝の深さやピッチは、二色性色素を一軸配向させることができるように設定すればよい。なお、配列膜に形成される溝は、その上に形成される偏光膜によりマスキング可能であるため、製品レンズの光学特性を低下させる要因とはなり得ないものである。
【0067】
上記配列膜を研磨対象の被膜とする場合、その厚さについては先に説明した通りである。一方、配列膜以外の被膜を研磨対象とする場合、配列膜の厚さは、好ましくは0.02〜5μm、より好ましくは0.05〜0.5μmである。
【0068】
上記配列膜は、前記被転写面上に直接形成してもよく、他の層を介して間接に形成してもよい。被転写面と配列膜との間に形成され得る層としては、前記ハードコート被膜、密着性向上のためのプライマー等を挙げることができる。プライマーとしては、公知の接着層を何ら制限なく使用することができる。具体的には、ポリウレタン樹脂、酢酸ビニル、エチレンビニル共重合体であるオレフィン系、アクリル系、エポキシ系、ウレタン系の樹脂溶液を塗布することにより形成した塗布膜を挙げることができる。プライマーの膜厚は適宜決定すればよい。
【0069】
次に、上記配列膜上に形成される偏光膜(二色性色素膜)について説明する。
【0070】
「二色性」とは、媒質が光に対して選択吸収の異方性を有するために、透過光の色が伝播方向によって異なる性質を意味し、二色性色素は、偏光光に対して色素分子のある特定の方向で光吸収が強くなり,これと直行する方向では光吸収が小さくなる性質を有する。また、二色性色素の中には、水を溶媒とした時、ある濃度・温度範囲で液晶状態を発現するものが知られている。このような液晶状態のことをリオトロピック液晶という。この二色性色素の液晶状態を利用して特定の一方向に色素分子を配列させることができれば、より強い二色性を発現することが可能となる。上記溝を形成した配列膜上に二色性色素を含有する塗布液を塗布することにより二色性色素を一軸配向させることができ、これにより良好な偏光性を有する偏光膜を形成することができる。
【0071】
二色性色素としては、特に限定されるものではなく、偏光素子に通常使用される各種二色性色素を使用することができる。具体例としては、アゾ系、アントラキノン系、メロシアニン系、スチリル系、アゾメチン系、キノン系、キノフタロン系、ペリレン系、インジゴ系、テトラジン系、スチルベン系、ベンジジン系色素等が挙げられる。また、米国特許2400877号明細書、特表2002−527786号公報に記載されているもの等も使用することができる。
【0072】
二色性色素を含有する塗布液は、溶液または懸濁液であり、好ましくは水を溶媒とする水溶液または水性懸濁液である。塗布液中の二色性色素の含有量は、例えば1〜50質量%程度であるが、所望の偏光性が得られればよく上記範囲に限定されるものではない。
【0073】
塗布液は、二色性色素に加えて、他の成分を含むこともできる。他の成分としては、二色性色素以外の色素を挙げることができ、このような色素を配合することで所望の色相を有する偏光レンズを製造することができる。さらに塗布性等を向上させる観点から、必要に応じてレオロジー改質剤、接着性促進剤、可塑剤、レベリング剤等の添加剤を配合してもよい。
【0074】
塗布液の塗布方法としては、特に限定はなく、前述のディップ法、スピンコート法等の公知の方法が挙げられる。偏光膜を研磨対象被膜とする場合、その厚さについては先に説明した通りである。一方、偏光膜以外の被膜を研磨対象とする場合、偏光膜の厚さは、特に限定されるものではないが、例えば0.05〜5μm程度である。
【0075】
二色性色素の多くは水溶性であるため、膜安定性を高めるために、塗布液を塗布乾燥した後に非水溶化処理を施すことが好ましい。非水溶化処理は、例えば色素分子の末端水酸基をイオン交換することや色素と金属塩との間でキレート状態を作り出すことにより行うことができる。そのためには、形成した偏光膜を金属塩水溶液に浸漬する方法を用いることが好ましい。使用できる金属塩としては、特に限定されるものではないが、例えばAlCl3、BaCl2、CdCl2、ZnCl2、FeCl2およびSnCl3等を挙げることができる。この中で、安全性の観点から、AlCl3およびZnCl2が好ましい。非水溶化処理後、偏光膜の表面をさらに乾燥させてもよい。
【0076】
更に偏光膜には、膜強度および安定性を高めるために、好ましくは前記非水溶化処理後、二色性色素の固定化処理を施すことが好ましい。固定化処理は、例えば偏光膜上にカップリング剤溶液を塗布することにより行うことができる。カップリング剤としては、シランカップリング剤との公知のものを使用することができる。カップリング剤溶液の塗布後、カップリング剤を硬化するために熱処理(アニール)を行うこともできる。アニール温度は、使用するカップリング剤の種類に応じて決定することができる。
【0077】
被膜研磨工程
研磨対象被膜を研磨する研磨工程は、例えばゴム製の中空皿にポリウレタンまたはフェルトを貼着した研磨皿を使用し、酸化セリウム・酸化ジルコニウム・酸化アルミニウム等の微細粒子を研磨剤として、上記被膜が形成されたレンズの両面を研磨する。この研磨工程によって、表面欠陥の光学特性への影響を低減ないしは解消することができ、光学機能面として十分な表面精度に仕上げることができる。また、機械加工面を成形面とするモールドを使用した場合には、被膜表面のうねり(モールド成形面の機械加工痕に起因するうねり)を低減することもできる。
【0078】
被膜の研磨量は表面欠陥の程度に応じて決定すればよいが、例えば1μm以上であれば、通常レンズ表面に発生し得る表面欠陥のレンズ最表面への影響を効果的に低減することができる。また、通常の製造工程において発生し得る表面欠陥であれば、一般に5μm以下程度の研磨量で解消可能である。ただし、後述する実施例に示すように、重度の欠陥に対しては、該欠陥の程度に応じて適切な研磨量を決定すればよく、例えば研磨量10μm程度とすることも好適である。なお、上記研磨量は、二層以上の被膜を研磨対象被膜とする場合には、研磨対象被膜の研磨量の合計量を意味するものとする。
【0079】
以上の工程により、レンズ表面欠陥による光学特性への影響が解消された高品質なプラスチックレンズを得ることができる。上記プラスチックレンズは、高い光学特性が求められる眼鏡レンズとして好適である。また、得られたプラスチックレンズには、上記被膜上に、更に反射防止膜、撥水膜等の機能性膜を形成することもできる。本発明により製造されるプラスチックレンズとしては、特に限定されるものではないが、被転写面からレンズ最表面に向かって以下の順で被膜を有するものを挙げることができる。
被転写面−ハードコート被膜(研磨対象被膜);
被転写面−ハードコート被膜(研磨対象被膜)−反射防止膜;
被転写面−ハードコート被膜(研磨対象被膜)−配列膜−偏光膜−撥水膜;
被転写面−ハードコート被膜(研磨対象被膜)−プライマー−配列膜−偏光膜−撥水膜;
被転写面−配列膜(研磨対象被膜)−偏光膜−撥水膜;
被転写面−配列膜−偏光膜(研磨対象被膜)−撥水膜。
なお鏡面加工された被膜上に形成された被膜は、通常、同様に鏡面となるため、更なる研磨加工することなく製品レンズとして使用することができる。
【実施例】
【0080】
以下、本発明を実施例により更に説明するが、本発明は下記具体例に示す態様に限定されるものではない。
【0081】
[実施例1]
(1)モールド表面への表面欠陥の作製
原子間力顕微鏡(AFM)で測定される表面粗さRa1.1nmのモールド成形面に、摩擦試験機にて引掻き針を装着して凹状のキズを作製した。表2に成形面に作製したキズの深さおよび表面粗さRa(1.1nm)との比率を示す。なお、ここでの計測において、測定対象の大きさは10μm角とした。
【0082】
(2)成形型の組み立て
上記(1)で形成した成形面(機械加工面)がキャビティ内に配置されるように、図2に概略を示す成形型を組み立てた。
【0083】
(3)レンズ基材の作製
上記(2)で組み立てた成形型のキャビティ内へウレタン系プラスチックレンズ原料液を注入し加熱重合を行い、硬化反応が終了した後にレンズ基材を成形型から取り出した。取り出したレンズ基材を、JIS-T7313に示される視覚的な検査により観察したところ、すべてのレンズ基材において、上記(1)にて意図的に形成したキズに対応する凸状のキズが確認された。
【0084】
(4)被膜の形成
上記レンズ基材の両面に直接、ディップ法により、ハードコート液を塗布し、プレキュア 80℃ 20分、120℃ 1時間の条件で乾燥固化させた。形成された被膜の厚さは、片面約13μm、インデンテーション硬さは61mgf/μm2であった。得られた被膜付きプラスチックレンズを、JIS-T7313に示される視覚的な検査により観察した結果を表2に示す。
【0085】
(5)被膜の研磨処理
上記各被膜を形成したレンズ基材の両面について研磨処理を施した。各研磨処理における研磨量は、片面約3〜5μm程度とした。研磨後のプラスチックレンズを、JIS-T7313に示される視覚的な検査により観察した結果を表2に示す。
【0086】
【表2】

【0087】
成形面のキズ深さが60nm以下の場合、ハードコート被膜の形成で目視検査ではキズが確認できなくなる。しかし、キズ深さが60nmを超えると、ハードコート被膜を形成しても目視検査にてレンズのキズが観察されてしまいレンズ品質として好ましくない。表2に示すように、被膜形成で除去できないキズも、被膜研磨により解消することができた。この結果から、モールド成形面の表面粗さRaに対して55倍超の深さのキズについては、被膜を研磨することにより目視検査でキズが確認されず、品質として好ましいレンズが得られることがわかる。したがって、モールド成形面の表面粗さRaに対して55倍超の深さのキズが転写されたレンズ基材表面上で被膜形成および被膜研磨を実施することが好ましい。表2に示すように、本実施例により、モールド成形面の表面粗さRaに対して7273倍の深さのキズであっても、被膜形成および被膜研磨によって、レンズ最表面への影響を効果的に低減できることが確認された。なお、モールド成形面上の表面欠陥に起因するレンズ基材表面の表面欠陥については、被膜厚さはモールド成形面上の表面欠陥の深さ超の値とすることが好ましく、研磨量はモールド成形面上の表面欠陥の深さ以上の値とすることが好ましい。具体的には、被膜厚さについては、モールド成形面上のキズ深さの最大値+1〜2μm程度、研磨量はキズ深さ最大値と同程度とすることが好ましい。後述する実施例2に示すように適切な除去量で表面欠陥を解消する観点からは、被膜形成および被膜研磨は、モールド成形面の表面粗さRaに対して2417倍以下の深さを有するキズ(表面粗さRa=6nmの場合、深さ14μm程度)が転写されたレンズ基材表面への適用が好ましい。即ち、モールド成形面の表面粗さRaに対して55倍超かつ2417倍以下の深さを有するキズが転写されたレンズ基材表面に対し、被膜形成および被膜研磨を実施することが好ましい。より好ましくは55倍超かつ900倍以下(表面粗さRa=6nmの場合、深さ6μm程度)である。
なお、本実施例では、モールド成形面の表面粗さRaに対して55倍の深さを有するキズが転写されたレンズ基材表面の欠陥は、ハードコート被膜形成により目視および投影検査により不可視とすることができた。ただし、この場合も被膜研磨を行うことにより、よりいっそうレンズ最表面の表面性を高めることができる。
上記投影試験としては、レンズに所定の光を入射させて出射側に配置したスクリーンに機械加工痕や傷等の表面欠陥の投影像が現れるか否かで良品、不良品を判定する投影検査がある。この投影検査は、シュレーリン法を応用した検査方法であり、例えば図7に示す超高圧水銀灯を用いた投影検査装置40によって表面性状が検査される。この投影検査では、投影検査装置40内の超高圧水銀灯を点灯して被検レンズ1に照射し、光学面2a、2bの投影画像をスクリーン41に投射する。そして、このスクリーン41上に映し出された光学面2a、2bの投影画像を作業者が肉眼で観察し、機械加工痕等の表面欠陥がスクリーン上に現れるか否かを目視で検査する。この方法によれば、表面欠陥をより鮮明に観察することができるため、比較的軽微な表面欠陥も投影像として観察される傾向がある。本発明では、上記外観検査および投影検査によっても検出されないほど表面欠陥を解消することが好ましい。
【0088】
[実施例2]
(1)モールド表面への表面欠陥の作製
テーラーホブソン(Taylor Hobson)社製のフォームタリサーフ装置(モデルFTS PGI 840)等で測定される表面粗さRa6nmの成形型の成形面に、10%〜23%HF溶液を付着させて表面欠陥を作製した。HF溶液との接触時間(反応時間)を制御することにより深さ2.2〜14.5μmの欠陥サンプルを作製した。欠陥形状は幅1mm、長さ3mm程度の直線または曲線により構成されていた。また欠陥位置はモールド成形面上の幾何中心から15mm近傍の位置とした。表3に成形面に作製した欠陥の深さおよび表面粗さRa(6nm)との比率を示す。
【0089】
(2)成形型の組み立て
上記(1)で形成した成形面(機械加工面)がキャビティ内に配置されるように、図2に概略を示す成形型を組み立てた。
【0090】
(3)レンズ基材の作製
上記(2)で組み立てた成形型のキャビティ内へウレタン系プラスチックレンズ原料液を注入し加熱重合を行い、硬化反応が終了した後にレンズ基材を成形型から取り出した。取り出したレンズ基材を、JIS-T7313に示される視覚的な検査および前述の投影像による外観検査を行ったところ、すべてのレンズ基材において、上記(1)にて意図的に形成したキズに対応する凸状のキズが確認された。
【0091】
(4)被膜の形成
上記レンズ基材の両面に直接、ディップ法により、ハードコート液を塗布し、プレキュア 80℃ 20分、120℃ 1時間の条件で乾燥固化させた。形成された被膜の厚さは、片面約13μm、インデンテーション硬さは61mgf/μm2であった。得られた被膜付きプラスチックレンズに対し、JIS-T7313に示される視覚的な検査および前述の投影像による外観検査を行った結果を表3に示す。いずれのレンズも両検査において欠陥が確認され、レンズ品質として好ましくなかった。
【0092】
(5)被膜の研磨
上記各被膜を形成したレンズ基材の両面に研磨処理を施した。研磨は中空構造を有する弾性体(ゴム)の内部に気体を封入して膨らまし、表面に研磨パッド(不織布またはベロア)を装着した研磨ツールを被膜表面に押圧して行った。研磨ツールを被膜上で相対的に往復、または回転させて研磨を行った。加工条件はLHO社製toroXにて上軸圧力が300mbar、回転数500rpm、上軸揺動距離10mm、下軸角度5°、研磨時間1〜120分である。なお研磨剤兼冷却剤として酸化セリウムまたはアルミナ系を含む水性溶液を研磨加工面に供給した。各研磨処理における研磨量は、片面約10μm程度とした。研磨後のプラスチックレンズに対し、JIS-T7313に示される視覚的な検査および前述の投影像による外観検査を行った結果を表3に示す。
【0093】
【表3】

【0094】
表3に示すように、深さ13.5μmまでの欠陥は、被膜形成および被膜研磨により、JIS-T7313および投影像による検査のいずれにおいても観察されないほど解消することができた。なお、本実施例では厚さ13μmの被膜を用いたため、被膜厚を超える深さを有する表面欠陥の影響を完全に解消することはできなかったが、被膜形成前のレンズ基材と比べてJIS-T7313および投影像による検査のいずれにおいても表面欠陥の低減効果が確認できた。以上の結果から、モールド成形面上において被膜形成および被膜研磨を行うことによりレンズ基材表面の表面欠陥の影響を低減することができ、該影響をより効果的に解消するためにはモールド成形面上の欠陥深さを超える厚さの被膜を形成することが好ましいことが確認できる。
【産業上の利用可能性】
【0095】
本発明は、高度な光学特性が求められる眼鏡レンズの製造に好適である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
所定の間隔をもって対向する2つのモールドと、上記間隔を閉塞することにより形成されるキャビティを有する成形型の、上記キャビティへプラスチックレンズ原料液を注入すること、
上記キャビティ内でプラスチックレンズ原料液の硬化反応を行いモールド成形面形状が転写された被転写面を有するプラスチックレンズ基材を得ること、
上記プラスチックレンズ基材を成形型から離型すること、
を含むプラスチックレンズの製造方法であって、
上記被転写面は表面欠陥を含み、該表面欠陥を含む被転写面上に被膜を形成し、かつ形成された被膜表面に研磨処理を施すことを更に含むことを特徴とするプラスチックレンズの製造方法。
【請求項2】
前記表面欠陥は、モールド成形面上の表面欠陥が転写されることにより、上記離型時に、または上記離型後に上記被膜形成までの工程に起因して発生した表面欠陥である請求項1に記載の製造方法。
【請求項3】
前記表面欠陥は、JIS−T7313に示される視覚的な検査により観察される表面欠陥であり、前記研磨処理により、前記表面欠陥を上記検査において不可視とする請求項1または2に記載の製造方法。
【請求項4】
前記表面欠陥はモールド成形面上の凹形状の表面欠陥が転写されることにより形成された凸形状の表面欠陥である請求項1〜3のいずれか1項に記載の製造方法。
【請求項5】
前記被膜の厚さを表面欠陥形状に基づき決定し、決定された厚さを有する被膜を形成する請求項1〜4のいずれか1項に記載の製造方法。
【請求項6】
前記表面欠陥は、モールド成形面の表面粗さの55倍超の深さを有する表面欠陥が被転写面に転写されることにより形成された表面欠陥である請求項1〜5のいずれか1項に記載の製造方法。
【請求項7】
前記表面欠陥は、モールド成形面の表面粗さの55倍超かつ2417倍以下の深さを有する表面欠陥が被転写面に転写されることにより形成された表面欠陥である請求項6に記載の製造方法。
【請求項8】
前記被膜はハードコート被膜である請求項1〜7のいずれか1項に記載の製造方法。
【請求項9】
前記プラスチックレンズ基材は、ウレタン系またはアリル系樹脂からなる請求項1〜8のいずれか1項に記載の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2010−105395(P2010−105395A)
【公開日】平成22年5月13日(2010.5.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−226211(P2009−226211)
【出願日】平成21年9月30日(2009.9.30)
【出願人】(000113263)HOYA株式会社 (3,820)
【Fターム(参考)】