説明

プロトン伝導体及びその製造方法

【課題】水中で使用した場合でもPの溶出に起因するプロトン伝導性の劣化が少なく、また、高温低加湿条件下で使用する場合でも高いプロトン伝導性を示すプロトン伝導体及びその製造方法を提供すること。
【解決手段】リン酸チタニアと、保水性物質との複合体からなり、リン酸チタニアは、31P−NMRスペクトルにおけるピーク面積比が70%以上であり、保水性物質は、シリカ、チタニア及びジルコニアから選ばれるいずれか1以上を含む多孔質体からなるプロトン伝導体及びその製造方法。但し、ピーク面積比とは、31P−NMRスペクトルにおいて、P−O−Ti結合数が0個、1個、2個、3個、及び、4個であるP原子に対応するピークの面積(それぞれ、P0、P1、P2、P3、P4)の和に対する、P−O−Ti結合数が1個であるP原子に対応するピークの面積(P1)の比(=P1×100/(P0+P1+P2+P3+P4)(%))をいう。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、プロトン伝導体及びその製造方法に関し、さらに詳しくは、燃料電池、水電解装置、ハロゲン化水素酸電解装置、食塩電解装置、酸素及び/又は水素濃縮器、湿度センサ、ガスセンサ等の各種電気化学デバイスに用いられる電解質膜、触媒層内電解質等として好適なプロトン伝導体及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
燃料電池や水電解装置などの各種電気化学デバイスには、一般に、固体高分子電解質が用いられている。この場合、固体高分子電解質は、膜状に成形され、その両面に電極を接合した膜電極接合体(MEA)の状態で使用される。また、固体高分子型燃料電池において、電極は、一般に、拡散層と触媒層の二層構造をとる。拡散層は、触媒層に反応ガス及び電子を供給するためのものであり、カーボン繊維、カーボンペーパー等が用いられる。また、触媒層は、電極反応の反応場となる部分であり、一般に、電極触媒と固体高分子電解質との複合体からなる。
【0003】
このようなMEAを構成する電解質膜あるいは触媒層内電解質には、耐酸化性に優れた全フッ素系電解質(高分子鎖内にC−H結合を含まない電解質。例えば、ナフィオン(登録商標、デュポン社製)、アシプレックス(登録商標、旭化成(株)製)、フレミオン(登録商標、旭硝子(株)製)等。)を用いるのが一般的である。
また、全フッ素系電解質は、耐酸化性に優れるが、一般に極めて高価である。そのため、固体高分子型燃料電池の低コスト化を図るために、炭化水素系電解質(高分子鎖内にC−H結合を含み、C−F結合を含まない電解質)、又は、部分フッ素系電解質(高分子鎖内にC−H結合とC−F結合の双方を含む電解質)の使用も検討されている。
【0004】
しかしながら、固体高分子型燃料電池を車載用動力源等として実用化するためには、解決すべき課題が残されている。例えば、燃料電池は、その作動温度が高くなるほど、熱効率が高くなり、かつ、電極触媒のCOによる被毒が抑制されるという利点がある。しかしながら、従来の固体高分子電解質は、耐熱性が低いために、効率の向上やCO被毒の低減において有利な高温で使用することができない。また、従来の固体高分子電解質は、いずれもプロトン伝導性を発現させるためには水を必要とする。そのため、特に燃料電池の運転条件が高温・低加湿条件になると、電解質膜のプロトン伝導度が低下し、燃料電池の出力が低下するという問題がある。
【0005】
そこでこの問題を解決するために従来から種々の提案がなされている。
例えば、特許文献1には、テトラアルコキシシランにリン酸を添加・混合してゾルを調製し、得られたゾルをゲル化し、熱処理することにより得られるホスホシリケートゲルが開示されている。同文献には、
(1) このような方法によって、骨格中にSi−O−P結合が多く存在するゲルが得られ、このSi−O−P結合とゲル中の水和物が強く相互作用するために、高温低湿度条件下でもプロトン伝導性が低下しない点、及び、
(2) ホスホシリケートゲルは、31P−NMRスペクトルにおいて、0ppm、−11ppm付近、及び、−44〜−52ppm付近にピークを有するものが好ましい点、
が記載されている。
【0006】
また、特許文献2には、チタンテトライソプロポキシド溶液に塩酸を加えてチタニアゾルとし、これにさらにリン酸を加えて安定なゾルとし、得られたゾルをスライドガラス基板上にディップコーティング法により塗布し、焼成することにより得られるプロトン伝導性膜が開示されている。同文献には、
(1) このようにして得られたプロトン伝導成膜は、重縮合されていないチタニアゾルを含んでいるので、高い水素イオン伝導性を示す点、
(2) チタンに対するリンの割合(P/Ti)が2/8〜8/2の範囲にあると、チタニアゾルは安定性を失って短時間でゲル化する点、
(3) チタニアゾルの周囲に存在するリン酸の量が2/8以上になると、Ti−O−P結合が巨大分子に成長し、水酸基を失ってしまう点、及び、
(4) チタニアゾルの周囲に存在するリン酸の量が8/2を超えると、チタニアゾルのOH基とリン酸との結合が阻害され、分子の巨大化が抑制される点、
が記載されている。
【0007】
【特許文献1】特開2002−80214号公報
【特許文献2】特開2003−281933号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
特許文献1に開示されているホスホシリケートゲル(リン酸シリカ)は、一般に、液体水の存在下では容易に加水分解を起こし、リン酸が遊離して水中に溶出する。燃料電池内では、電極反応により水が発生するので、このようなホスホシリケートゲルを燃料電池用の電解質として使用すると、除々にリン酸が溶出し、電解質が劣化する。
また、特許文献2に開示されているリン酸チタニアにおいて、P/Ti比が9/1〜8/2付近であるときには、リン酸チタニア中には、遊離したリン酸を多く含む。そのため、これを水中で使用すると、遊離したリン酸が容易に水中に溶出し、電解質が劣化する。一方、P/Ti比を2/8〜8/2とすると、Pの溶出は少ない。しかしながら、ゾルゲル法で得られるリン酸チタニアは、Ti−O−P結合が巨大分子に成長しやすいので、Pに結合しているOH基の数は、相対的に少ない。そのため、ゾルゲル法で作製され、かつ、遊離したリン酸を含まないリン酸チタニアのプロトン伝導度は、相対的に低い。
さらに、リン酸シリカ又はリン酸チタニアのような無機プロトン伝導体は、材料表面の−OHを介してプロトンがホッピングすることによりプロトン伝導性を発現する。しかしながら、微粒子状の無機プロトン伝導体だけでは、微粒子同士が離れているために、プロトン伝導性を発現しにくい。さらに、無機プロトン伝導体であっても、プロトン伝導性を発現するには水を必要とする。そのため、特に高温低加湿条件下ではプロトン伝導性が低下する場合がある。
【0009】
本発明が解決しようとする課題は、水中で使用する場合でも、Pの溶出に起因するプロトン伝導性の劣化の少ないプロトン伝導体及びその製造方法を提供することにある。
また、本発明が解決しようとする他の課題は、高温低加湿条件下で使用する場合でも、高いプロトン伝導性を示すプロトン伝導体及びその製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記課題を解決するために本発明に係るプロトン伝導体は、リン酸チタニアと、保水性物質との複合体からなり、前記リン酸チタニアは、31P−NMRスペクトルにおけるピーク面積比が70%以上であり、前記保水性物質は、シリカ、チタニア及びジルコニアから選ばれるいずれか1以上を含む多孔質体からなることを要旨とする。但し、ピーク面積比とは、31P−NMRスペクトルにおいて、P−O−Ti結合数が0個、1個、2個、3個、及び、4個であるP原子に対応するピークの面積(それぞれ、P0、P1、P2、P3、P4)の和に対する、P−O−Ti結合数が1個であるP原子に対応するピークの面積(P1)の比(=P1×100/(P0+P1+P2+P3+P4)(%))をいう。
また、本発明に係るプロトン伝導体の製造方法は、Ti化合物を溶解させた水溶液にリン酸化合物を混合し、リン酸チタニアの沈殿物を得る共沈工程と、前記沈殿物を分散させた懸濁液に、シリカ、チタニア及びジルコニアから選ばれるいずれか1以上を含む多孔質体からなる保水性物質となるゾルを加えてゲル化させるゲル化工程と、前記ゲル化工程で得られたゲルを焼成する焼成工程とを備えていることを要旨とする。
【発明の効果】
【0011】
Ti化合物を溶解させた水溶液にリン酸化合物を混合し、Ti及びPを共沈させると、P−O−Ti結合数が1個であるP原子を相対的に多く含むリン酸チタニアの微粒子が得られる。この微粒子を懸濁させた溶液に保水性物質となるゾルを加えてゲル化させると、リン酸チタニアと保水性物質との複合体からなるプロトン伝導体が得られる。
本発明に係るプロトン伝導体に含まれるリン酸チタニアは、大半のP原子がチタニア骨格に結合しているので、プロトン伝導体を水中で使用した場合であっても、Pの溶出に起因するプロトン伝導度の低下が少ない。また、リン酸チタニアの表面には、相対的に多くのOH基が存在しているので、高いプロトン伝導度を示す。さらに、リン酸チタニア微粒子の周囲には、保水性物質があるので、保水性物質からリン酸チタニアに水分を供給することができる。そのため、高温低加湿条件下においても、高いプロトン伝導性を示す。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
以下、本発明の一実施の形態について詳細に説明する。
本発明に係るプロトン伝導体は、リン酸チタニアと、保水性物質との複合体からなる。
リン酸チタニアとは、チタニア(Ti−O−Ti)骨格の一部に、リン酸(H3PO4)が結合している化合物をいう。換言すれば、リン酸チタニアとは、P原子がO原子を介してTi原子に結合している化合物(P−O−Ti結合を有する化合物)をいう。リン酸分子は、合計4個のO原子を持つ。従って、P原子1個当たり、最大で4個のP−O−Ti結合を持つことができる。一般に、P原子1個当たりのP−O−Ti結合数が少なくなるほど、P原子に結合しているOH基の数が多くなるので、高いプロトン伝導度を示す。また、P原子1個当たりのP−O−Ti結合数が少なくなるほど、P−OH基がリン酸チタニアの表面存在する割合が高くなり、高いプロトン伝導度を示す。特に、P−O−Ti結合数が1個であるP原子のみを含むリン酸チタニアは、P−OH基が表面にのみ存在し、高いプロトン伝導度を示す。
【0013】
リン酸チタニア中のP原子の結合状態は、31P−NMRスペクトルにおけるケミカルシフトにより評価することができる。31P−NMRスペクトルにおいて、85%HPO水溶液の31Pピーク(P−O−Ti結合数が0個に対応するピーク)を0ppmとしたときに、−7ppm付近に現れるピークは、P−O−Ti結合数が1個であるP原子(ホスホン酸基)に対応する。同様に、−15ppm付近、−22ppm付近、及び、−39ppm付近に現れるピークは、それぞれ、P−O−Ti結合数が2個、3個、及び、4個であるP原子に対応する。
本発明において、リン酸チタニアは、31P−NMRスペクトルにおけるピーク面積比が70%以上であるものからなる。ここで、「ピーク面積比」とは、31P−NMRスペクトルにおいて、P−O−Ti結合数が0個、1個、2個、3個、及び、4個であるP原子に対応するピークの面積(それぞれ、P0、P1、P2、P3、P4)の和に対する、P−O−Ti結合数が1個であるP原子に対応するピークの面積(P1)の比(=P1×100/(P0+P1+P2+P3+P4)(%))をいう。ピーク面積比が高くなるほど、P−O−Ti結合数が1個であるP原子の割合が高いこと(すなわち、P原子に結合しているOH基の数が多いこと)を示す。ピーク面積比は、さらに好ましくは、80%以上、さらに好ましくは、90%以上、さらに好ましくは、95%以上である。後述する方法を用いると、ピーク面積比が約100%であるリン酸チタニアが得られる。
なお、製造直後のリン酸チタニアには、遊離のリン酸が含まれる場合がある。しかしながら、遊離のリン酸は不安定であり、水中で使用し、あるいは、水洗することによってリン酸が容易に溶出し、安定化する。本発明において、リン酸チタニアは、安定化した後のピーク面積比が上述の範囲にあればよい。
【0014】
リン酸チタニア中のP/Ti比(モル比)は、7/3〜3/7が好ましい。P/Ti比>7/3である場合、高いピーク面積比を有するリン酸チタニアの合成そのものが困難となる。一方、P/Ti比<3/7である場合、プロトン伝導度が低下する。P/Ti比は、さらに好ましくは、7/3〜4/6、さらに好ましくは、7/3〜5/5である。
リン酸チタニアの粒径は、小さいほどよい。リン酸チタニアの粒径が小さくなるほど、表面に存在するP−OH基の割合が多くなる。また、リン酸チタニアの粒径がミクロンオーダーになると、粒子が凝集しやすくなり、保水性物質との均一な複合体が得られない。後述する方法を用いると、粒径が5〜10nmであるリン酸チタニアが得られる。
【0015】
保水性物質とは、その表面にOH基を有する多孔質体をいう。本発明において、保水性物質は、シリカ、チタニア及びジルコニアから選ばれるいずれか1以上を含む多孔質体からなる。ここで、「シリカ等を含む」とは、
(1) 保水性物質が、シリカ等の単体、又は、これらの混合物である場合、及び、
(2) 保水性物質が、複合酸化物(Si−O−Ti、Si−O−Zr、Ti−O−Zr、Si−O−Ti−O−Zr)である場合、
の双方を含むことを意味する。
【0016】
保水性物質の細孔径は、小さい方が好ましい。一般に、保水性物質の細孔径が小さくなるほど、高温低加湿条件下においてもリン酸チタニアへの水分の供給が可能となるので、高いプロトン伝導度が得られる。保水性物質の細孔径は、具体的には、20nm以下が好ましく、さらに好ましくは、10nm以下、さらに好ましくは、5nm以下である。
【0017】
保水性物質の含有量は、プロトン伝導度及び成膜性に影響を及ぼす。一般に、保水性物質の含有量が少なくなるほど、プロトン伝導度は高くなるが、成膜性が低下する。良好な成膜性を得るためには、保水性物質の含有量は、25wt%以上が好ましい。保水性物質の含有量は、さらに好ましくは、40wt%以上である。
一方、保水性物質の含有量が高くなるほど、良好な成膜性は得られるが、プロトン伝導度は低下する。相対的に高いプロトン伝導度を得るためには、保水性物質の含有量は、75wt%以下が好ましい。保水性物質の含有量は、さらに好ましくは、60wt%以下である。
【0018】
次に、本発明に係るプロトン伝導体の製造方法について説明する。
本発明に係るプロトン伝導体の製造方法は、共沈工程と、ゲル化工程と、焼成工程とを備えている。
【0019】
共沈工程は、Ti化合物を溶解させた水溶液にリン酸化合物を混合し、リン酸チタニアの沈殿物を得る工程である。
出発原料であるTi化合物は、水溶性の化合物であればよい。Ti化合物としては、具体的には、塩化チタン(TiCl)、TiO(SO4)、Ti(SO4)2、FeTiO3、二塩化チタンなどがある。特に、塩化チタンは、ナノメートルオーダーの粒径を有する微粒子状のリン酸チタニアが容易に得られるので、出発原料として特に好適である。
水溶液中のTi化合物の濃度は、リン酸チタニアの粒径やプロトン伝導度に影響を及ぼす。一般に、Ti化合物の濃度が高すぎると、沈殿させる際にリン酸チタニアが凝集しやすくなる。また、Ti化合物の濃度が高すぎると、P原子が粒子内部に取り込まれやすくなり、ピーク面積比が低下する。ピーク面積比が高く、かつ、均一に分散した微粒子状のリン酸チタニアを得るためには、水溶液中のTi化合物の濃度は、10mmol/L以下が好ましい。Ti化合物の濃度は、さらに好ましくは、1mmol/L以下、さらに好ましくは、0.6mmol/L以下である。
【0020】
出発原料として用いるリン酸化合物は、水に溶解させたときにリン酸を生成させるものであればよい。リン酸化合物としては、リン酸(H3PO4)、五酸化リン(P25)、リン酸アンモニウム((NH4)3PO4)、メタリン酸、ピロリン酸、三リン酸、四リン酸、リン酸塩などがある。特に、リン酸は、ナノメートルオーダーの粒径を有する微粒子状のリン酸チタニアが容易に得られるので、出発原料として特に好適である。
水溶液に加えるリン酸化合物の濃度は、特に限定されるものではなく、リン酸チタニアの沈殿が生成する濃度以上であればよい。溶液中のpHが4未満であれば、リン酸チタニアの沈殿を生成させることができる。また、一般に、水溶液に添加するリン酸化合物の濃度が高くなるほど、P/Ti比の高いリン酸チタニアが得られる。
Ti化合物とリン酸化合物とを反応させる際の溶液温度は、特に限定されるものではなく、室温近傍であればよい。但し、溶液温度が高すぎると、沈殿が凝集する場合があるので好ましくない。
沈殿が生成した後、水洗等により、水溶液中に残った遊離のリン酸を除去し、リン酸チタニアナノ粒子が分散した水懸濁液を作製する。
【0021】
ゲル化工程は、沈殿を分散させた懸濁液に保水性物質となるゾルを加えてゲル化させる工程である。
まず、ゲル化に際しては、必要に応じて、リン酸チタニアナノ粒子が分散した懸濁液中の水の全部又は一部をアルコールで置換する。特に、ゲル化しやすいゾルの場合、懸濁液中の水の全部をアルコール置換するのが好ましい。アルコールの種類は、特に限定されるものではなく、懸濁液に加えるゾルの種類に応じて最適なものを選択する。アルコールとしては、具体的には、メタノール、エタノール、プロパノール、ブタノール等、あるいは、これらのいずれか2以上を含む混合物を用いることができる。
【0022】
次に、ゲル化させることによって、シリカ、チタニア及びジルコニアから選ばれるいずれか1以上を含む多孔質体からなる保水性物質となるゾルを作製する。このようなゾルは、一般に、水及び酸触媒を含むアルコール溶液にアルコキシドを加え、所定温度で所定時間攪拌することにより得られる。
例えば、シリカゾルを作製する場合、アルコキシドとしては、テトラメトキシシラン(Si(OCH3)4)、テトラエトキシシラン(Si(OC25)4)、テトラプロポキシシラン(Si(OC37)4)、テトラブトキシシラン(Si(OC49)4)などを用いることができる。
また、例えば、チタニアゾルを作製する場合、アルコキシドとしては、チタンテトライソプロポキシド(Ti(OC37)4)、チタンテトラ−n−プロポキシド、チタンテトラ−n−ブトキシド、チタンテトラ−i−ブトキシド、チタンテトラ−sec−ブトキシド、チタンテトラ−ter−ブトキシドなどを用いることができる。
また、例えば、ジルコニアゾルを作製する場合、アルコキシドとしては、ジルコニウム−n−プロポキシド、ジルコニウム−i−プロポキシド、ジルコニウム−n−ブトキシド、ジルコニウム−i−ブトキシド、ジルコニウム−sec−ブトキシド、ジルコニウム−ter−ブトキシドなどを用いることができる。
これらのアルコキシドは、それぞれ、単独で用いても良く、あるいは、2種以上を組み合わせて用いても良い。
【0023】
ゾルを作製するためのアルコールの種類は、特に限定されるものではなく、ゾルの種類に応じて最適なものを選択する。アルコールとしては、具体的には、メタノール、エタノール、プロパノール、ブタノール等、あるいは、これらのいずれか2以上を含む混合物を用いることができる。また、懸濁液をアルコール置換する場合、ゾルを作製するためのアルコールは、通常、懸濁液に含まれるアルコールと同一種類のものが用いられるが、異なるアルコールを用いても良い。
【0024】
アルコール溶液中に加える水の量は、溶液中のアルコキシドのアルコキシル基(OR基)のすべてをOH基に置換できる量が好ましい。水の添加量が少ない場合には、アルコキシドの加水分解が不十分となる。一方、水の添加量が過剰になると、反応速度が速くなりすぎ、シリカ等が微粒子状になる場合がある。従って、水の量は、アルコキシド1モルに対して、4〜10モルが好ましい。
【0025】
アルコール溶液中に加える酸触媒の種類は、特に限定されるものではなく、安定なゾルが得られるものであればよい。酸触媒としては、塩酸、硝酸などを用いるのが好ましい。また、アルコール溶液中に加える酸触媒の量は、安定なゾルが得られる量であればよい。一般に、酸触媒の量が少ない場合には、アルコキシドの加水分解が不十分となる。一方、酸触媒の量が多すぎる場合には、ゾルが不安定化し、ゲル化が短時間で進行する。例えば、酸触媒として塩酸を用いる場合、酸触媒の量は、アルコキシド1モルに対して、0.005〜0.3モルが好ましい。
所定量の水及び酸触媒を含むアルコール溶液にアルコキシドを加え、所定温度で所定時間攪拌すると、アルコキシドが加水分解し、ゾル溶液が得られる。この場合、溶液温度及び保持時間は、特に限定されるものではなく、安定なゾルが得られる条件であればよい。通常は、室温下において、1〜数時間攪拌を行う。
【0026】
次に、必要に応じてアルコール置換が行われたリン酸チタニア懸濁液にゾル溶液を加え、ゲル化させる。電解質膜を作製する場合には、混合溶液を適当な基材表面に塗布し、あるいは、混合溶液を浅い容器に入れ、ゲル化させる。ゲル化は、通常、ゾル溶液を室温で大気中に放置することにより行う。ゾルを大気中で放置すると、ゾルから溶媒が除々に揮発すると同時にゾルが重縮合し、ゲルとなる。
【0027】
焼成工程は、ゲル化工程で得られたゲルを焼成する工程である。これにより、ゲル化が完全に進行し、リン酸チタニア粒子と保水性物質の複合体からなるプロトン伝導体が得られる。
焼成温度は、ゲル中に残った溶媒が完全に揮発し、かつ、重縮合が完全に進行する温度であればよい。一般に、焼成温度が低すぎると、溶媒の揮発や重縮合が不十分となる。一方、焼成温度が高すぎると、リン酸チタニアが完全に結晶化してチタニアのアナターゼ相やルチル相が生成し、導電性が失われる。焼成温度は、具体的には、150〜300℃が好ましい。焼成時間は、焼成温度に応じて、最適な時間を選択する。通常は、0.5〜5時間程度である。
【0028】
次に、本発明に係るプロトン伝導体及びその製造方法の作用について説明する。
シリカ、チタニアなどの酸化物にPを結合させると、Pの全部又は一部がホスホン酸基となり、プロトン伝導性を発現する。これは、粒子表面のP−OH基が、回りに存在するHOを取り込んで水素結合を形成し、水素結合した水素がP−OH基に沿ってホッピングするためである。
しかしながら、リン酸シリカは、一般に、液体水の存在下では容易に加水分解を起こす。その結果、リン酸が遊離し、水中に溶出する。燃料電池内では電極反応により水が発生するので、リン酸シリカを燃料電池の電解質として使用すると、徐々にリン酸が溶出して電解質が劣化し、燃料電池への適用は困難と考えられる。
また、リン酸チタニアも、P/Ti比=9/1〜8/2付近の組成では、大半のPは、遊離のリン酸として存在していると考えられる。そのため、リン酸シリカと同様に液体水が存在する環境下で使用すると、リン酸が溶出し、電解質が劣化する。
一方、P/Ti比が7/3〜3/7にあるリン酸チタニアは、チタンアルコキシドを用いたゾルゲル法によっても製造することができる。しかしながら、ゾルゲル法では、リン酸チタニアが巨大分子に成長しやすく、P−O−Ti結合数が2個以上であるP原子の割合が増加する。これは、プロトン伝導に寄与するOH基の数が減ることを意味する。
【0029】
これに対し、水溶性のTi化合物を出発原料に用いて、共沈法によりリン酸チタニアを合成すると、ナノメートルサイズの微粒子状のリン酸チタニアが得られる。また、合成条件を最適化すると、P−O−Ti結合数が1個であるP原子の割合が相対的に高いリン酸チタニア、あるいは、実質的にP−O−Ti結合数が1個であるP原子のみを含むリン酸チタニアが得られる。これは、大半のPがホスホン酸基の形で微粒子表面に存在すること、すなわち、粒子表面にプロトン伝導に寄与する多数のOH基が存在することを意味する。
また、共沈法により合成された高いプロトン伝導度を有するリン酸チタニアであっても、微粒子のままでは微粒子同士が離れているため、プロトン伝導性の発現が困難である。これに対し、微粒子状のリン酸チタニアを含む懸濁液に所定のゾル溶液を加えてゲル化させると、リン酸チタニア微粒子と保水性物質との複合体が得られる。このプロトン伝導体10は、図1の概念図に示すように、リン酸チタニア微粒子12の周囲にポリマー状の保水性物質(多孔質シリカなど)14が配置された構造になっていると考えられる。
このようにして得られたプロトン伝導体10は、リン酸チタニア微粒子12同士が保水性物質14により結合しているので、プロトンのホッピングが容易になると考えられる。また、保水性物質14は、細孔内に水を保持することができる。そのため、保水性物質14からプロトン伝導に必要な水分が補給されるので、高温低加湿条件下においても高いプロトン伝導性を示すと考えられる。
【実施例】
【0030】
(実施例1)
[1. 共沈法によるリン酸チタニア及び複合体の合成]
四塩化チタン(TiCl4)をアンモニアで中和し、濃度0.7mmol/Lの水溶液を作製した。この水溶液に、15〜16g/mlのオルトリン酸(H3PO4)を含む水溶液を加えて混合し、リン酸チタニアを共沈させた。得られた沈殿物を水で洗浄し、遊離のリン酸を除去し、リン酸チタニアの懸濁水を得た。さらに、この懸濁水から水の一部を蒸発させて粘度を高めた後、これにエタノールを追加し、超音波により分散・攪拌した。この操作を3回繰り返し、ほぼアルコールに置換した。
次に、テトラエトキシシラン、エタノール、水及び塩酸を、Si(OC25)4:C25OH:H2O:HCl=1:8:5:0.036(モル比)の割合で混合し、1時間攪拌を行った。得られたゾルをリン酸チタニアのアルコール懸濁液に加え、1時間攪拌を行った。得られた混合ゾルを浅い容器に入れ、室温で大気中に放置し、ゲル化(膜化)させた。さらに、ゲル化後、150℃×3時間の大気中熱処理を行った。得られた複合体の組成は、P/Ti比=1/1、Ti/Si比=1/1であった。
[2. 評価]
図2に、リン酸チタニア及び複合体の31P−NMRスペクトルを示す。図2より、リン酸チタニア及び複合体のいずれも、0ppm(遊離のリン酸の位置)付近にはピークが存在せず、−7ppm付近にのみピークが存在していることがわかる。これは、P原子に結合している4個のO原子の内、1個がTi原子に結合していること、すなわち、リン酸チタニア中のP原子のほぼ全部がホスホン酸基として存在していることを意味している。また、リン酸チタニアと複合体のスペクトルが同じであることは、両者において、P原子周辺の局所構造に違いがないことを意味している。リン酸チタニア及び複合体のピーク面積比は、いずれも100%であった。
次に、得られた複合体のプロトン導電率を交流2端子法で測定した。温度55℃、相対湿度60%の条件下での導電率は、1.6×10-4(S/cm)であった。
次に、得られた複合体を80℃の熱水中に浸漬し、浸漬前後のP/Ti比をラザフォード後方散乱(RBS: Rutherford Backscattering Spectroscopy)法により測定した。図3に、P/Ti比の浸漬時間依存性を示す。本実施例で得られた複合体は、8時間浸漬後も組成に変化は見られず、Pの溶出は観察されなかった。
【0031】
(比較例1)
[1. ゾルゲル法を用いたリン酸チタニアの合成(1)]
チタンテトライソプロポキシド、プロパノール、水、塩酸、及び、リン酸を、Ti(OC37)4:C37OH:H2O:HCl:H3PO4=1:60:4:0.036:4(モル比)の割合で混合し、1時間の攪拌を行った。得られたゾルを浅い容器に入れ、室温で大気中に放置し、ゲル化(膜化)させた。ゲル化後、150℃×3時間の大気中熱処理を行った。得られたリン酸チタニアは、P/Ti比=8/2であった。
[2. 評価]
比較例1で得られたリン酸チタニアを80℃の熱水に浸漬したところ、速やかに加水分解が始まり、最終的に溶解した。図4(a)に、熱水に浸漬する前のリン酸チタニアの31P−NMRスペクトルを示す。比較例1の場合、0ppm付近のピーク(遊離のリン酸)のみであった。比較例1で得られたリン酸チタニアが熱水に溶解したのは、遊離のリン酸が速やかに溶出したためと考えられる。このリン酸チタニアのピーク面積比は、0%であった。
【0032】
(比較例2)
[1. ゾルゲル法を用いたリン酸チタニアの合成(2)]
P/Ti比=1/1となるように原料を配合した以外は、比較例1と同一の条件下でリン酸チタニアを合成した。
[2. 評価]
図4(b)に、得られたリン酸チタニアの31P−NMRスペクトルを示す。0ppm付近のピークは、遊離のリン酸に対応し、その他は、P−O−Ti結合数の数(左から順に1個、2個、3個、4個)が異なるP原子に対応すると考えられる。図4(b)より、比較例2で得られたリン酸チタニアは、P−O−Ti結合数が2個以上であるP原子を多量に含んでいることがわかる。このリン酸チタニアのピーク面積比は、16%であった。
次に、得られたリン酸チタニアのプロトン導電率を交流2端子法で測定した。温度55℃、相対湿度60%の条件下での導電率は、3.0×10-5(S/cm)であった。
【0033】
(実施例2)
P/Ti比が7/3〜2/8となるように原料を配合した以外は、実施例1と同一の条件下で複合体を作製した。得られた複合体のピーク面積比は、いずれも、70%以上であった。
次に、得られた複合体のプロトン導電率(温度55℃、相対湿度60%)を交流2端子法で測定した。表1に、その結果を示す。表1より、P/Ti比が高くなるほど、複合体のプロトン導電率が高くなることがわかる。なお、P/Ti比>7/3の複合体は、共沈法では合成することができなかった。
【0034】
【表1】

【0035】
(実施例3)
シリカゾルを作製する場合において、ゾル溶液に、テトラエトキシシラン(Si(OC25)4)1モルに対して、ホルムアルデヒド(HCONH2)を0モル(No.1)又は0.3モル(No.2)加えた以外は、実施例1と同一条件下で、複合体を作製した。得られた複合体のピーク面積比は、いずれも、80%以上であった。
次に、得られた複合体(P/Ti比=5/5)のプロトン導電率(温度55℃、相対湿度60%)を交流2端子法で測定した。また、シリカの平均細孔径を窒素ガス吸着法により測定した。表2にその結果を示す。表2より、
(1) ゾル溶液に添加するホルムアルデヒドの量が多くなるほど、シリカの平均細孔径が増加すること、
(2) シリカの平均細孔径が小さくなるほど、導電率が高くなること、及び、
(3) シリカの平均細孔径が15nm、10nm及び5nmである場合、プロトン導電率は、それぞれ、0.70×10-4(S/cm)、1.1×10-4(S/cm)及び1.4×10-4(S/cm)と推定されること、
がわかる。
【0036】
【表2】

【0037】
(実施例4)
実施例1と同一条件下でリン酸チタニア(P/Ti比=5/5)を合成した。次に、シリカ重量が20〜75wt%となるように原料を配合した以外は、実施例1と同一条件下で複合体を作製した。得られた複合体のピーク面積比は、いずれも、80%以上であった。
次に、得られた複合体のプロトン導電率(温度55℃、相対湿度60%)を交流2端子法で測定した。図5に、その結果を示す。図5より、
(1) リン酸チタニア(TiP)とシリカの重量比(TiP/SiO2比)が大きくなるほど、導電率が高くなること、
(2) TiP/SiO2比が25/75〜75/25である場合、導電率は0.4×10-4(S/cm)以上になること、及び、
(3) TiP/SiO2比が37/63〜75/25である場合、導電率は1.0×10-4(S/cm)以上になること、
がわかる。なお、TiP/SiO2比≧8/2である場合、複合体が微粒子化し、膜化が困難であったため、導電率の測定を行うことができなかった。
【0038】
以上、本発明の実施の形態について詳細に説明したが、本発明は上記実施の形態に何ら限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲内で種々の改変が可能である。
【産業上の利用可能性】
【0039】
本発明に係るプロトン伝導体及びその製造方法は、燃料電池、水電解装置、ハロゲン化水素酸電解装置、食塩電解装置、酸素及び/又は水素濃縮器、湿度センサ、ガスセンサ等の各種電気化学デバイスに用いられる電解質膜及びその製造方法として用いることができる。
【図面の簡単な説明】
【0040】
【図1】本発明に係るプロトン伝導体の概念図である。
【図2】実施例1で得られたリン酸チタニア及び複合体の31P−NMRスペクトルである。
【図3】実施例1で得られた複合体の熱水(80℃)への浸漬時間とP/Ti比との関係を示す図である。
【図4】図4(a)及び図4(b)は、それぞれ、比較例1及び比較例2で得られたリン酸チタニアの31P−NMRスペクトルである。
【図5】複合体のTiP/SiO2比(重量比)とプロトン導電率との関係を示す図である。
【符号の説明】
【0041】
10 プロトン伝導体
12 リン酸チタニア
14 保水性物質

【特許請求の範囲】
【請求項1】
リン酸チタニアと、保水性物質との複合体からなり、
前記リン酸チタニアは、31P−NMRスペクトルにおけるピーク面積比が70%以上であり、
前記保水性物質は、シリカ、チタニア及びジルコニアから選ばれるいずれか1以上を含む多孔質体であるプロトン伝導体。
但し、ピーク面積比とは、31P−NMRスペクトルにおいて、P−O−Ti結合数が0個、1個、2個、3個、及び、4個であるP原子に対応するピークの面積(それぞれ、P0、P1、P2、P3、P4)の和に対する、P−O−Ti結合数が1個であるP原子に対応するピークの面積(P1)の比(=P1×100/(P0+P1+P2+P3+P4)(%))をいう。
【請求項2】
前記リン酸チタニアは、P/Ti比(モル比)が7/3〜3/7である請求項1に記載のプロトン伝導体。
【請求項3】
前記リン酸チタニアは、その粒径が5〜10nmである請求項1又は2に記載のプロトン伝導体。
【請求項4】
前記保水性物質は、その細孔径が20nm以下である請求項1から3までのいずれかに記載のプロトン伝導体。
【請求項5】
前記保水性物質の含有量は、25〜75wt%である請求項1から4までのいずれかに記載のプロトン伝導体。
【請求項6】
Ti化合物を溶解させた水溶液にリン酸化合物を混合し、リン酸チタニアの沈殿物を得る共沈工程と、
前記沈殿物を分散させた懸濁液に、シリカ、チタニア及びジルコニアから選ばれるいずれか1以上を含む多孔質体からなる保水性物質となるゾルを加えてゲル化させるゲル化工程と、
前記ゲル化工程で得られたゲルを焼成する焼成工程と
を備えたプロトン伝導体の製造方法。
【請求項7】
前記水溶液中のTi化合物の濃度は、10mmol/L以下である請求項6に記載のプロトン伝導体の製造方法。
【請求項8】
前記Ti化合物は、塩化チタンである請求項6又は7に記載のプロトン伝導体の製造方法。
【請求項9】
前記リン酸化合物は、リン酸である請求項6から8までのいずれかに記載のプロトン伝導体の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2007−128736(P2007−128736A)
【公開日】平成19年5月24日(2007.5.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−320231(P2005−320231)
【出願日】平成17年11月3日(2005.11.3)
【出願人】(000003609)株式会社豊田中央研究所 (4,200)
【Fターム(参考)】