説明

ホーニング加工方法

【課題】水溶性ホーニングのように過酷な潤滑環境であっても、油溜まりとして十分に機能する鮮明なクロスハッチを形成することができ、且つ、量産品に適用可能なホーニング加工方法を提供する。
【解決手段】砥石4をボア内周面W1に衝突させて、砥石4の表面における砥粒4aの間の研削屑Dを除去することにより、砥石4の目立てを行う目立て工程S2と、砥石4をボア内周面W1に切り込んで研削する切り込み工程S3と、砥石4の径方向位置を固定した状態で、ボア内周面W1の弾性縮径によりボア内周面W1を研削しながら、砥石4を軸方向に複数回往復させるスパークアウト工程S4とを行う。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ワークの円筒状内周面にホーニング加工を施す方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ホーニング加工は、ワークの円筒状内周面に砥石を内側から押し付けた状態で、円筒状内周面の周方向に砥石を回転させると共に軸方向に砥石を移動させることにより、円筒状内周面を研削する加工方法である(例えば、特許文献1)。
【0003】
ホーニング加工により研削された円筒状内周面は、優れた寸法精度(真円度及び円筒度)で仕上げられると共に、砥石に含まれる砥粒により斜め格子状の細かな傷(クロスハッチ)が付けられる。これらの特性から、ホーニング加工は例えばシリンダブロックのボア内周面の加工に好適に適用され、この場合、クロスハッチが油溜まりとして機能して、ピストンとボア内周面との間の潤滑性が高められる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2004−268197号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
上記特許文献1には、ホーニング加工に用いられる砥石として、例えば、ダイヤモンドの砥粒を含むDIA砥石や、炭化珪素系の砥粒を含むGC砥石が示されている。
【0006】
ダイヤモンドの砥粒は、非常に硬くて長寿命であるが、整った多角形状の比較的球形に近い形状を成しているため切れ味があまり良くない。このため、DIA砥石でホーニング加工を行うと、ワーク表面にバリ、カエリ、潰れ等が多発すると共に、ワーク表面が塑性流動を起こしてクロスハッチの溝がふさがれ、クロスハッチが不鮮明になって油溜まりとしての機能を十分に果たさない恐れがある。最近、環境保護の観点から、潤滑性の高い油性潤滑剤に換えて、水溶性潤滑剤が使用され始めているが、水溶性潤滑剤を用いたホーニング加工では、油性潤滑剤を用いた場合と比べて潤滑環境がより過酷となるため、上記の不具合がさらに顕著になる。
【0007】
一方、GC砥石は、砥粒が鋭く尖った形状を成しているため切れ味は非常に良い。しかし、ホーニング加工を繰り返し行うことで、図5(a)及び図6(a)に示すように、砥石4の表面から突出した砥粒4aの間に研削屑Dが詰まり、砥石4の表面における砥粒4aの突出量が小さくなって、切れ味が低下する。特に、水溶性潤滑剤を使用した場合は研削屑Dが堆積しやすいため、量産品に対して水溶性潤滑剤を用いたホーニング加工を施すにあたり、GC砥石を適用することは難しい。
【0008】
本発明の解決すべき課題は、水溶性潤滑剤のように過酷な潤滑環境であっても、油溜まりとして十分に機能する鮮明なクロスハッチを形成することができ、且つ、量産品に適用可能なホーニング加工方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
前記課題を解決するために、本発明は、炭化珪素系の砥粒を有する砥石を用いてワークの円筒状内周面を研削するホーニング加工方法であって、前記砥石を前記ワークの円筒状内周面に衝突させて、前記砥石の表面における前記砥粒の間の異物を除去することにより前記砥石の目立てを行う目立て工程と、前記砥石を前記ワークの円筒状内周面に切り込んで研削する切り込み工程と、前記砥石の径方向位置を固定した状態で、前記ワークの円筒状内周面の弾性縮径により当該円筒状内周面を研削しながら、前記砥石を軸方向に複数回往復させるスパークアウト工程とを有するホーニング加工方法を提供する。
【0010】
ここで、「径方向」及び「軸方向」とは、それぞれワークの円筒状内周面の径方向及び軸方向のことを意味する。
【0011】
上記のように、砥石をワークの内周面に衝突させて、このときの衝撃で砥石の目立てを行うことにより、砥石表面から砥粒を再び突出させて切れ味を復元させることができる。すなわち、砥石4の衝突時の衝撃により、図5(b)に示すように砥粒4aの間の研削屑Dが除去され、あるいは、図6(b)に示すように砥石4の表層(砥石4の表面の砥粒4a、研削屑D、及び、バインダー4b)が剥がれ落ち、砥石4の表面から砥粒4aを突出させることができる。このように、切れ味が鋭くなったGC砥石を用いて、その後の切り込み工程及びスパークアウト工程を行うことで、ワークの内周面に良好なクロスハッチを形成することができる。本発明者らの検証によれば、スパークアウト工程において、砥石を軸方向で複数回、好ましくは3回以上往復させることで、特に鮮明なクロスハッチが得られることが明らかとなった。
【0012】
上記のホーニング加工方法によれば、水溶性潤滑剤を用いた過酷な潤滑環境下であっても、鮮明なクロスハッチを得ることができる。
【0013】
例えば、硫黄成分を含むバインダーで砥粒を保持した砥石を使用すると、硫黄成分が砥石とワークとの摺動部に供給され、潤滑性が高められる。しかし、水溶性潤滑剤を用いた場合、硫黄成分が溶け出し、潤滑性が低下する恐れがある。そこで、水溶性潤滑剤を用いたホーニング加工では、水溶性潤滑剤に溶け出さない有機質ワックスを含浸させた砥石を用いることで、有機質ワックスを摺動部に供給して潤滑性を高めることができる。
【発明の効果】
【0014】
以上のように、本発明のホーニング加工方法によれば、潤滑性の低い環境下であっても、油溜まりとして十分に機能する鮮明なクロスハッチを形成することができ、且つ、量産品にも適用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】ホーニング加工装置の断面図である。
【図2】図1のII−II線における断面図である。
【図3】ホーニング加工方法のフローチャートである。
【図4】砥石の切り込み圧Pの時間tに対する変化を示すグラフである。
【図5】(a)は砥粒の間に研削屑が詰まった状態を示す砥石表面の断面図であり、(b)は研削屑が除去された状態を示す同断面図である。
【図6】(a)は砥粒の間に研削屑が詰まった状態を示す砥石表面の断面図であり、(b)は砥石の表層が剥がれ落ちた状態を示す同断面図である。
【図7】耐スカッフ性試験の結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明の実施形態を図面に基づいて説明する。
【0017】
本実施形態では、図1に示すように、ホーニング加工装置(図1ではホーニングヘッドHのみを示す)により、シリンダブロックWのボア内周面W1にホーニング加工を施す場合を示す。ホーニングヘッドHは、図1及び図2に示すように、ヘッド本体1と、ヘッド本体1に連結された中空の回転軸2と、ヘッド本体1に収容されたシュー3、砥石4、及びテーパコーン5と、回転軸2の内周に配され、テーパコーン5に連結されたロッド6とを有する。本実施形態では、テーパコーン5が軸方向に離隔した2箇所に設けられ、各テーパコーン5がロッド6で連結されている。尚、以下の説明において、「軸方向」とはホーニングヘッドHの回転軸Y方向(すなわちボア内周面W1の中心軸方向)のことを意味し、「径方向」及び「円周方向」とはそれぞれ回転軸Yを中心とした径方向及び円周方向のことを意味する。
【0018】
ヘッド本体1は、略円筒状をなし、内部空間1aと、外周面1bに開口し、内部空間1aと外周空間とを径方向に連通する連通空間1cとを有する(図2参照)。ヘッド本体1の内部空間1aには、テーパコーン5及びロッド6が収容される。本実施形態では、連通空間1cが円周方向等間隔の8箇所に形成され、各連通空間1cにそれぞれシュー3及び砥石4が収容される。尚、連通空間1cの数は上記に限らず、例えば4,6,12箇所等であってもよい。
【0019】
シュー3は、連通空間1cの内部で径方向移動可能に収容され、テーパコーン5のテーパ面5aと平行な傾斜面3aと、砥石4と当接する外周面3bとを有する。砥石4は、炭化珪素系の砥粒をバインダーで固めたGC砥石であり、シュー3の外径端に設けられている。砥石4のバインダーには例えばビトリファイドが使用され、バインダーに有機ワックス、特にカルナバワックスを含浸している。シュー3は、弾性部材(図示省略)により内径側に付勢されており、これにより、常時は砥石4の外径端が、ボア内周面W1の内径寸法よりも若干小さくなっている。
【0020】
回転軸2はモータ(図示省略)及び第1のシリンダ(図示省略)に接続される。モータを駆動すると、回転軸2を介して、ホーニングヘッドH全体が回転軸Yを中心に回転し、第1のシリンダを駆動すると、回転軸2を介してホーニングヘッド全体が回転軸Y方向に移動する。ロッド6は第2のシリンダ(図示省略)に接続され、第2のシリンダを駆動すると、ロッド6及びテーパコーン5がヘッド本体1に対して回転軸Y方向に移動する。
【0021】
以下、上記構成のホーニング加工装置を用いて、シリンダブロックWのボア内周面W1にホーニング加工を施す方法を詳しく説明する。
【0022】
ホーニング加工は、荒加工工程と仕上げ加工工程とを経て行われる。荒加工工程では、ボア内周面W1にホーニング加工を施し、ボア内周面W1のおおよその寸法精度(真円度及び円筒度)に加工される。すなわち、荒加工工程では、寸法精度がそれ程求められず、且つ、その後の仕上げ工程で表面が削り取られるのでクロスハッチの状態も問われない。従って、荒加工工程では、耐久性の高いダイヤモンド砥粒を含む砥石を用いることができる。尚、荒加工工程におけるホーニング加工手順(切り込み圧、切り込み時間等)は特に限定されないが、例えば後述の仕上げ加工工程と同様の手順で行えば、同じ制御プログラムを使用することができる。
【0023】
仕上げ加工工程は、本発明のホーニング加工方法が適用され、荒加工工程が施された内周面に、上記構成のホーニング加工装置によってホーニング加工を施す。具体的には、図3に示すように、ボア内周面W1にホーニングヘッドHを挿入する工程S1と、砥石4の目立てを行う工程S2と、砥石4でボア内周面W1を切り込んで研削する工程S3と、砥石4の切り込みを停止して研削するスパークアウト工程S4とを経て行われる。本実施形態では、仕上げ加工工程の潤滑剤として、水溶性潤滑剤が使用される。以下、各工程について詳しく説明する(ホーニングヘッドHの構成は図1及び図2に基づく)。
【0024】
(1)ヘッド挿入工程S1
まず、第1のシリンダ(図示省略)を駆動してホーニングヘッドHを降下させ、ボア内周面W1に挿入する。これと共に、モータ(図示省略)を駆動してホーニングヘッドHを回転させる。
【0025】
(2)目立て工程S2
次に、第2のシリンダ(図示省略)を駆動してロッド6及びテーパコーン5を押し下げ、テーパコーン5のテーパ面5aを介してシュー3を外径側に押し出し、これにより砥石4を外径側に突出させる。このとき、第2のシリンダを急速で駆動することで、砥石4を急速に突出させ、ボア内周面W1に衝突させる。この衝突時の衝撃により、図5(b)に示すように砥石4の表面における砥粒4a間の研削屑Dが除去され、あるいは、図6(b)に示すように砥石4の表層が剥がれ落ち、これにより砥石4の表面における砥粒4aの突出量が大きくなる。このとき、砥石4をボア内周面W1に衝突させる速度は、25φμm/s以上、好ましくは30φμm/s以上に設定すると良い。尚、砥石4の衝突速度が速すぎるとボア内周面W1を損傷する恐れがあるため、衝突速度は50φμm/s以下に設定すると良い。尚、φμm/sは、ホーニングヘッドHの直径方向寸法(図2にLで示す)の1秒あたりの広がり量を示し、一の砥石4の変位量の2倍に相当する。
【0026】
(3)切り込み工程S3
上記目立て工程S2で砥石4をボア内周面W1に衝突させた後、ホーニングヘッドHを軸方向で往復させながら回転させてボア内周面W1を研削する。このとき、ロッド6を押し下げながら研削を行うことで、砥石4をボア内周面W1に切り込ませながら研削が行われる。上記のように、切り込み工程S3の直前で砥石4の目立てが行われているため、切れ味の鋭い砥石4で切り込みを行うことができる。
【0027】
具体的に、切り込み工程S3は、図4に示すように、砥石4の切り込み圧をP1から徐々に高めながらボア内周面W1を研削する予備切り込みステップS31と、切り込み圧をP2に維持しながらボア内周面W1を研削する第1切り込みステップS32と、切り込み圧をP3(<P2)に維持しながらボア内周面W1を研削する第2切り込みステップS33とを有する。何れのステップでも、砥石4を外径側に突出させながら、すなわち砥石4をボア内周面W1に切り込ませながら、研削が行われる。
【0028】
(4)スパークアウト工程S4
切り込み工程S3が終了したら、ホーニングヘッドHを回転・昇降させながら、砥石4を僅かに後退させ、切り込み圧をP4(<P3)とする。この状態で砥石4の径方向位置を固定し、ボア内周面W1を研削する。
【0029】
スパークアウト工程S4では、上記のように砥石4の径方向位置が固定されているため、砥石4がボア内周面W1に切り込むことはないが、ボア内周面W1の弾性縮径(スプリングバック)により、砥石4とボア内周面W1とが圧接され、研削が行われる。このため、スパークアウト工程S4の初期は、砥石4とボア内周面W1とが比較的強い力で圧接されているが、ボア内周面W1が研削されるにつれて圧接力が徐々に小さくなる(図4では、簡略化して一定圧力P4で示している)。これにより、ボア内周面W1に砥石4がほとんど押し付けられることなく研削が行われるため、ボア内周面W1の表面で塑性流動が起こりにくく、鮮明なクロスハッチが得られる。特に、上記の目立て工程S2を経た切れ味の鋭い砥石4でスパークアウト工程S4を施すことで、塑性流動がより一層起こりにくくなり、より鮮明なクロスハッチが得られる。また、スパークアウト工程S4において、ホーニングヘッドHをボア内周面W1で軸方向に複数回(好ましくは3回以上)往復させることで、さらに鮮明なクロスハッチが得られる。一方、ホーニングヘッドHを6回以上往復させても、ボア内周面W1のスプリングバックがほぼ完了しているため、砥石4がボア内周面W1と接触せず、研削がほとんど施されない。以上より、ホーニングヘッドHの往復回数は3〜5回が適当であり、中でも加工時間が短い3回が最適である。
【0030】
以上により、シリンダヘッドのボア内周面W1のホーニング加工が完了する。本発明のホーニング加工方法による仕上げ加工が施されたボア内周面W1は、水溶性潤滑剤の環境下であっても鮮明なクロスハッチを得ることができる。
【実施例1】
【0031】
本発明の有用性を確認するために、本発明に係るホーニング加工方法が施されたワーク内周面(実施例)と、従来のホーニング加工方法が施されたワーク内周面(比較例1,2)とを用意し、それぞれの耐スカッフ性を評価した。具体的には、ワークの内周面にリング体(図示省略)を押し付けて摺動させ、その摺動抵抗が急激に高まるまでの時間を計測した。実施例及び比較例1,2における諸元は、下記の表1に示すとおりである。
【表1】

【0032】
結果を図7に示す。この結果から、本発明の実施例に係るホーニング加工が施されたワークは、DIA砥石を用いた比較例1の2倍程度の耐スカッフ性が得られることが明らかとなった。また、実施例では、水溶性潤滑剤を用いたにも関わらず、油性潤滑剤環境下でGC砥石を用いた比較例2と同等の耐スカッフ性が得られることが明らかとなった。
【符号の説明】
【0033】
1 ヘッド本体
2 回転軸
3 シュー
4 砥石
4a 砥粒
5 テーパコーン
6 ロッド
D 研削屑
H ホーニングヘッド
S1 ヘッド挿入工程
S2 目立て工程
S3 切り込み工程
S31 予備切り込みステップ
S32 第1切り込みステップ
S33 第2切り込みステップ
S4 スパークアウト工程
W シリンダブロック
W1 ボア内周面

【特許請求の範囲】
【請求項1】
炭化珪素系の砥粒を有する砥石を用いてワークの円筒状内周面を研削するホーニング加工方法であって、
前記砥石を前記ワークの円筒状内周面に衝突させて、前記砥石の表面における前記砥粒の間の異物を除去することにより前記砥石の目立てを行う目立て工程と、前記砥石を前記ワークの円筒状内周面に切り込んで研削する切り込み工程と、前記砥石の径方向位置を固定した状態で、前記ワークの円筒状内周面の弾性縮径により当該円筒状内周面を研削しながら、前記砥石を軸方向に複数回往復させるスパークアウト工程とを有するホーニング加工方法。
【請求項2】
水溶性潤滑剤を用いて行う請求項1記載のホーニング加工方法。
【請求項3】
前記砥石に有機質ワックスを含浸させた請求項2記載のホーニング加工方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2011−125952(P2011−125952A)
【公開日】平成23年6月30日(2011.6.30)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−286248(P2009−286248)
【出願日】平成21年12月17日(2009.12.17)
【出願人】(000002967)ダイハツ工業株式会社 (2,560)
【Fターム(参考)】