説明

ポリアクリロニトリル系重合体組成物および炭素繊維の製造方法

【課題】
紡糸速度を高め、かつ、紡糸ドラフト率を高めることができる炭素繊維前駆体繊維製造用に好適なポリアクリロニトリル系重合体組成物とその製造方法を提供する。
【解決手段】
2種以上のポリアクリロニトリル系重合体を含み、極限粘度が6〜20であるポリアクリロニトリル系重合体が全重合体に対して0.3〜30重量%混合されており、かつ、全重合体の極限粘度が1.0〜2.3であるポリアクリロニトリル系重合体組成物であって、そのポリアクリロニトリル系重合体組成物は、アクリロニトリルを主成分として含む単量体に重合開始剤を導入し重合させるに際し、重合開始剤が少なくとも2回に分割して計量導入され、重合開始剤の1回目の計量導入量とそれ以外の計量導入量の比(1回目の計量導入量/それ以外の計量導入量)を0.1以下とすることにより製造される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高品位な炭素繊維前駆体繊維と炭素繊維の製造に好適なポリアクリロニトリル系重合体組成物とその製造方法、およびそのポリアクリロニトリル系重合体組成物を用いた炭素繊維の製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
炭素繊維は、他の種類の繊維に比べて高い比強度および比弾性率を有するため、複合材料用補強繊維として、従来からのスポーツ用途や航空・宇宙用途に加え、自動車や土木・建築、圧力容器および風車ブレードなどの一般産業用途にも幅広く展開されつつあり、更なる生産性の向上や生産安定化の要請が高い。
【0003】
炭素繊維の中で、最も広く利用されているポリアクリロニトリル(以下、PANと記述することがある。)系炭素繊維は、その前駆体となるPAN系重合体からなる紡糸溶液を湿式紡糸、乾式紡糸または乾湿式紡糸して炭素繊維前駆体繊維を得た後、それを200〜400℃の温度の酸化性雰囲気下で加熱して耐炎化繊維へと転換し、次いで少なくとも1000℃の温度の不活性雰囲気下で加熱して炭素化することによって工業的に製造されている。
【0004】
生産性向上は、炭素繊維前駆体繊維の紡糸、耐炎化あるいは炭素化のいずれの観点からも行われている。しかしながら、中でもPAN系炭素繊維前駆体繊維の生産性向上は、次に示す問題から困難性を伴うものであった。すなわち、PAN系炭素繊維前駆体繊維を得る際の紡糸においては、PAN系重合体溶液の特性に伴う限界紡糸ドラフト率とその凝固構造に伴う限界延伸倍率によって生産性が制限されており、生産性を向上させるために紡糸速度を高めると延伸性低下が起こり、生産が不安定化し易く、逆に、紡糸速度を下げると生産は安定化するものの生産性は低下するため、生産性の向上と安定化の両立が困難であるという問題があった。
【0005】
一方、紡糸方法の観点から、乾式紡糸法は、紡糸原液を口金孔から高温度の気体雰囲気中に吐出して溶媒を蒸発させて濃縮、固化させる方法であり、引き取り速度は溶媒の蒸発律速となるため、引き取り速度の高速化に伴い長大な紡糸筒が必要になるなどの欠点がある。
【0006】
また、湿式紡糸法は、紡糸原液を口金孔から凝固浴に吐出させる方法であるが、紡糸原液が口金孔から吐出された直後から凝固が進行するため、引き取り速度の高速化に従って実質の紡糸ドラフト率が高くなるが、口金面で糸切れが発生するという問題があり引き取り速度を高く設定することには限界がある。
【0007】
また、乾湿式紡糸法は、紡糸原液が一旦空気中(エアーギャップ)に吐出されてから凝固浴中に導かれるので、実質的な紡糸ドラフト率はエアーギャップ内にある原液流で吸収され高速紡糸が可能であることから、これまでいくつかの提案がなされている。例えば、流下式凝固浴を用いて、凝固浴抵抗をできるだけ軽減することにより引き取り速度を向上させる技術が提案されている(特許文献1参照。)。しかしながら、この提案では、引き取り速度を大幅に向上することができるものの、(1)特殊形状の紡糸口金であるため細繊度が得られないこと、(2)凝固浴の構造が複雑で工業的に実現できる技術でないこと、および(3)流下筒出のスリットと通過する糸束の太さ等の関係で操作や操業性が悪化することなどの問題があった。
【0008】
また、紡糸原液の重合体濃度を制御することにより紡糸原液粘度を下げ、ろ過操作における操作性を良好にし、紡糸ドラフト率を向上させる技術が提案されている(特許文献2参照。)。しかしながら、この提案によれば、紡糸ドラフト率が10と向上効果は認められるものの、(1)重合体濃度が低いために溶剤使用量が多くなり経済的でなく、そして(2)凝固浴内での凝固速度を低下せしめ、内部にボイドが生じて緻密な構造が得られないという問題がある。
【0009】
また一般に、溶融紡糸などの溶融成形において大きい伸長変形下で粘度を高くすることが不安定流動を抑制する点で有効であることが知られている。その手段の一つとして、重量平均分子量(以下、Mwと記述することがある。)が150万という超高分子量の重合体を少量加える方法が挙げられる(非特許文献1参照。)。溶融紡糸用重合体として、このような超高分子量の重合体を用いた場合、曳糸性が向上することが知られている。しかしながら、一般的には溶液紡糸であるPAN系重合体の紡糸にこの手法の適用は、ほとんど行われてこなかったのが実状である。
【0010】
PAN系重合体の分子量分布の異なる2種の重合体を混合することは、分子量分布が広く(ブロード)となることを意味する。その分子量分布を制御する方法としては、これまでいくつかの提案がなされている。例えば、Mwが40万以上で、Mwと数平均分子量(以下、Mnと記述することがある。)の比である分子量分布(Mw/Mn)が7.0以下である分子量分布を狭くした重合体を用いることにより、高強度で高弾性率のPAN系繊維を得る方法が提案されている(特許文献3参照。)。この提案に代表されるように、従来は、分子量分布を狭くすることが炭素繊維前駆体繊維として好適であると提案されており、PAN系重合体溶液の特性により限界紡糸ドラフト率を高めることができなかった。
【特許文献1】特開昭59―21709号公報
【特許文献2】特開昭64―77618号公報
【非特許文献1】日本レオロジー学会誌 215頁 25号(1997年)
【特許文献3】特開昭61−97415号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
そこで本発明は、従来技術である重合体の分子量分布を狭くするだけから一新し、適切に分子量分布の制御を行うことにより上記の問題点を解決し、紡糸速度を高め、かつ、紡糸ドラフト率を高めることができる炭素繊維前駆体繊維製造用に好適なポリアクリロニトリル系重合体組成物を提供することを目的とするものある。また、本発明の他の目的は、そのポリアクリロニトリル系重合体組成物の溶液を用いることにより、生産性を損なうことなく、高品位な炭素繊維を焼成工程でも安定して製造することができる方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記の目的を達成するために、本発明のポリアクリロニトリル系重合体組成物は、次の構成を有するものである。すなわち、本発明のポリアクリロニトリル系重合体組成物は、2種以上のポリアクリロニトリル系重合体を含み、極限粘度が6〜20であるポリアクリロニトリル系重合体が全重合体に対して0.3〜30重量%混合されており、かつ、全重合体の極限粘度が1.0〜2.3のポリアクリロニトリル系重合体組成物である。
【0013】
本発明のポリアクリロニトリル系重合体組成物の好ましい態様によれば、前記のポリアクリロニトリル系重合体においては、ゲルパーミエーションクロマトグラフ(GPC)法により測定されるポリスチレン換算分子量のうち、500万〜1500万である分子量のピーク体積比が全ピーク体積の0.3〜10%である。
【0014】
本発明のポリアクリロニトリル系重合体組成物は、炭素繊維前駆体繊維製造用として好適である。
【0015】
本発明の前記のポリアクリロニトリル系重合体組成物は、アクリロニトリルを主成分とする単量体を含む液体に重合開始剤を導入し重合させる工程とその重合終了までの間に別途重合開始剤を追加導入し残存する未反応単量体を重合する工程を含み、該重合開始剤の1回目の計量導入量とそれ以外の計量導入量の比(1回目の計量導入量/それ以外の計量導入量)を0.0001以上0.1以下とすることにより製造することができる。
【0016】
本発明のポリアクリロニトリル系重合体組成物を得るための上記の製造方法の好ましい態様においては、アクリロニトリルを主成分として含む単量体の溶液に重合開始剤を導入し溶液重合させて極限粘度が6〜20であるポリアクリロニトリル系重合体溶液を製造する工程、該ポリアクリロニトリル系重合体溶液に別途重合開始剤を導入し残存する未反応単量体を溶液重合し、全重合体の極限粘度を1.0〜2.3とする工程を含むものである。
【0017】
また、本発明の炭素繊維の製造方法は、前記のポリアクリロニトリル系重合体組成物の溶液を乾湿式紡糸して得られた炭素繊維前駆体繊維を、200〜300℃の温度の空気中において耐炎化処理した後、300〜800℃の温度の不活性雰囲気中において予備炭化処理し、次いで1,000〜3,000℃の温度の不活性雰囲気中において炭化処理する炭素繊維の製造方法である。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、紡糸速度を高め、かつ、紡糸ドラフト率を高めることができるPAN系重合体組成物の溶液を用いることにより、生産性を損なうことなく毛羽立ちの少ない高品位な炭素繊維前駆体繊維を製造することができる。そのような高品位な炭素繊維前駆体繊維を用いているので、高品位な炭素繊維を焼成工程でも安定して製造することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0019】
本発明者らは、生産性を損なうことなく高品位な炭素繊維前駆体繊維を製造するために、鋭意検討を重ねた結果、本発明に到達した。
【0020】
本発明の2種以上のポリアクリロニトリル系重合体(PAN系重合体)からなるPAN系重合体組成物は、その極限粘度が1.0〜2.3であり、好ましくは1.2〜2.2であり、より好ましくは1.5〜2.1である。極限粘度は、平均分子量に相当し、公知の炭素繊維前駆体繊維用PAN系重合体と同程度のものを用いればよいが、極限粘度が1.0未満では、炭素繊維前駆体繊維の強度が不足し、また極限粘度が2.3より大きいと吐出が困難となる。
【0021】
本発明において最も重要なことは、PAN系重合体に、極限粘度の高い、すなわち、超高分子量成分を含むPAN系重合体を混合することであり、その超高分子量成分を含むPAN系重合体の極限粘度は6〜20であり、好ましくは10〜17であり、より好ましくは12〜15である。そして本発明では、極限粘度が6〜20であるPAN系重合体を全重合体に対して0.3〜30重量%混合することが必要であり、好ましくは0.5〜10重量%であり、より好ましくは0.9〜5重量%である。そのPAN系重合体の極限粘度が6未満のときは、紡糸速度あるいは紡糸ドラフト率を高めることが困難となり、そのPAN系重合体の極限粘度が20を超える場合には、紡糸速度および紡糸ドラフト率を高めることの効果が飽和する。極限粘度が6〜20である重合体の全重合体に対する混合量、すなわち、PAN系重合体組成物に占める割合は、そのPAN系重合体の極限粘度に強く依存するため一概にはいえないが、0.3重量%未満では紡糸速度および紡糸ドラフト率を高めることが困難となり、また30重量%より大きいときは、平均分子量への影響が大きくなり低分子量成分を多く含まないと極限粘度が増大する。
【0022】
また、本発明のポリアクリロニトリル系重合体組成物は、ゲルパーミエーションクロマトグラフ(以下、GPCと記述する。)法(測定法の詳細は後述する。)で測定されるポリスチレン換算分子量のうち、500万〜1500万である分子量のピーク体積比が全ピーク体積の0.3〜10%が好ましく、より好ましくは0.7〜5%であり、更に好ましくは1〜3%である。GPC法により測定される分子量は、分子量分布が評価できるが、極限粘度が6〜20である重合体を全重合体に対して0.3〜30重量%混合することにより、分子量分布を制御することができる。ポリスチレン換算分子量のうち、500万〜1500万である分子量のピーク体積比が全ピーク体積の0.3%未満の場合、紡糸速度を高めることおよび紡糸ドラフト率を高めることが困難となることがあり、またそのピーク体積比が全ピーク体積の10%より大きいときは、平均分子量への影響が大きくなり低分子量成分を多く含まないと極限粘度が増大する可能性がある。
【0023】
本発明のPAN系重合体組成物を用いることにより、生産性の向上と安定化の両立を図りつつ、毛羽立ちの少ない高品位な炭素繊維前駆体繊維を製造することができるメカニズムは、必ずしも明確になった訳ではないが、次のように考えられる。口金孔直後でPAN系重合体組成物が伸長変形する際に、超高分子量成分のポリアクリロニトリル系重合体と他のポリアクリロニトリル系重合体が絡み合い、超高分子量成分のポリアクリロニトリル系重合体を中心に絡み合い間の分子鎖が緊張することにより伸長粘度の急激な増大、すなわち、歪み硬化がおこる。PAN系重合体組成物溶液の細化に伴い細化部分の伸長粘度が高くなり、流動安定化するため紡糸速度を高め、かつ、紡糸ドラフト率を高めることができる。
【0024】
本発明で好適に用いられる極限粘度が6〜20であるポリアクリロニトリル系重合体(以下、A成分とも記述することがある。)としては、PANと相溶性を有することが望ましく、相溶性の観点からPAN系重合体であることが好ましい。組成としては、アクリロニトリル(以下、ANと記述することがある。)が好ましくは98〜100モル%であり、ANと共重合可能な単量体を2モル%以下なら共重合させてもよいが、共重合成分の連鎖移動定数がANより小さく、必要とするMwを得にくい場合は、共重合成分の混合量をなるべく減らすことが好ましい。
【0025】
ANと共重合可能な単量体としては、例えば、アクリル酸、メタクリル酸、イタコン酸およびそれらアルカリ金属塩、アンモニウム塩および低級アルキルエステル類、アクリルアミドおよびその誘導体、アリルスルホン酸、メタリルスルホン酸およびそれらの塩類またはアルキルエステル類などを用いることができる。
【0026】
本発明において、A成分を製造するための重合方法としては、溶液重合法、懸濁重合法および乳化重合法などから選択することができるが、ANや共重合成分を均一に重合する目的からは、溶液重合法を用いることが好ましい。溶液重合法を用いて重合する場合、溶媒としては、例えば、塩化亜鉛水溶液、ジメチルスルホキシド、ジメチルホルムアミドおよびジメチルアセトアミドなどPANが可溶な溶媒が好適に用いられる。必要とする極限粘度に合わせて、重合開始剤とANの仕込み量を調整すればよく、一般的に重合開始剤は少ないほど極限粘度が高まり易い。必要とする極限粘度が得られにくい場合は、連鎖移動定数の大きい溶媒、すなわち、塩化亜鉛水溶液による溶液重合法あるいは水による懸濁重合法も好適に用いられる。
【0027】
本発明で好適に用いられる極限粘度が6〜20である重合体を除くPAN系重合体(以下、B成分とも記述することがある。)の組成としては、ANが好ましくは98〜100モル%であり、ANと共重合可能な単量体を2モル%以下なら共重合させてもよいが、共重合成分量が多くなるほど共重合部分での熱分解による分子断裂が顕著となり、得られる炭素繊維の引張強度が低下する。
【0028】
ANと共重合可能な単量体としては、耐炎化を促進する観点から、例えば、アクリル酸、メタクリル酸、イタコン酸およびそれらアルカリ金属塩、アンモニウム塩および低級アルキルエステル類、アクリルアミドおよびその誘導体、アリルスルホン酸、メタリルスルホン酸およびそれらの塩類またはアルキルエステル類などを用いることができる。
【0029】
また、吐出を安定化させる観点から、AN主鎖を共重合可能な単量体によって架橋させることも好ましい態様である。共重合可能な単量体として、(メタ)アクリロイル基−C1−10直鎖あるいは分岐アルキル基−X−直鎖あるいは分岐C1−10アルキル基−(メタ)アクリロイル基で示される化合物(アルキル基は、一部水酸基で置換されていても構わなく、Xはシクロアルキル基、エステル基、エステル基−C1−6直鎖あるいは分岐アルキル基−エステル基のいずれかもしくは省略可能である。)が好ましく用いられる。特に、(メタ)アクリロイル基−C2−20直鎖あるいは分岐アルキル基−(メタ)アクリロイル基で示される化合物が好ましい。具体的な化合物として、エチレングリコールジメタクリレート、1,3−ブチレンジオールジアクリレート、ネオペンチルグリコールジアクリレート、および1,6−ヘキサンジオールジアクリレートなどを挙げることができる。
【0030】
架橋させることに用いられる共重合可能な単量体の共重合量は、重合体の分子量によって適正値が変わるため一概には言えないが、AN100モル部に対して好ましくは0.001〜1モル部であり、より好ましくは0.01〜0.3モル部であり、更に好ましくは0.05〜0.1モル部である。
【0031】
本発明において、B成分を製造するための重合方法としては、溶液重合法、懸濁重合法および乳化重合法などから選択することができるが、ANや共重合成分を均一に重合する目的からは、溶液重合法を用いることが好ましい。溶液重合法を用いて重合する場合、溶媒としては、例えば、塩化亜鉛水溶液、ジメチルスルホキシド、ジメチルホルムアミドおよびジメチルアセトアミドなどPANが可溶な溶媒が好適に用いられる。中でも、PANの溶解性の観点から、ジメチルスルホキシドを用いることが好ましい。
【0032】
B成分の極限粘度は、全重合体の極限粘度が1.0〜2.3になるように適宜調整すればよく、概ね0.8〜2.1にすることにより調整することができる。
【0033】
A成分とB成分を混合する場合、A成分とB成分のポリアクリロニトリル系重合体を混合してから溶媒で希釈する方法、A成分とB成分それぞれを溶媒に希釈した溶液同士を混合する方法、溶解しにくいA成分を溶媒に希釈した後にB成分を混合溶解する方法、およびA成分を溶媒に希釈したものとB成分を構成する単量体を混合してその単量体を溶液重合することにより混合する方法などを採用することができる。A成分である超高分子量成分のポリアクリロニトリル系重合体を均一に溶解させる観点から、その超高分子量成分のポリアクリロニトリル系重合体の方を初めに溶解することが好ましい。特に、炭素繊維前駆体製造用とする場合には、超高分子量成分のポリアクリロニトリル系重合体の溶解状態が極めて重要であり、わずかであっても未溶解物が存在していた場合には、異物として認識され、炭素繊維内部にボイドを形成することがある。
【0034】
本発明では、超高分子量成分のポリアクリロニトリル系重合体を初めに溶解した後にB成分を混合溶解する方法でもかまわないが、工程省略の観点から、A成分を溶媒に希釈したものに、B成分を構成する単量体を混合してA成分の存在下にB成分を構成する残存未反応単量体を溶液重合することにより混合する方法がより好ましい態様である。具体的に、アクリロニトリルを主成分とする単量体を含む溶液に重合開始剤を導入し溶液重合することによりA成分を製造し、その溶液重合が終了するまでの間に別途重合開始剤を追加導入し、残存する未反応単量体を溶液重合することによりB成分を製造し、A成分とB成分が混合したAN系重合体組成物を得ることができる。
【0035】
またその際、A成分を効率よく製造するためには、重合率が低い段階で重合を停止することが好ましく、残存する未反応単量体を用いてB成分を溶液重合することにより混合する方法が最も好ましい。すなわち、本発明のPAN系重合体組成物の製造方法の好ましい様態によれば、重合開始剤が少なくとも2回に分けて計量導入され、重合開始剤の1回目の計量導入量とそれ以外の計量導入量の比(1回目の計量導入量/それ以外の計量導入量)を0.1以下とし、好ましくは0.01以下とし、より好ましくは0.03以下とすることである。1回目の重合開始剤の量が少ないほど分子量が高まり易いため、その計量導入量の比(1回目の計量導入量/それ以外の計量導入量)が0.1を超える場合は、必要とする極限粘度が得にくい場合がある。一方、重合開始剤の量が少ない場合は、重合速度が遅くなり、生産性が低下しやすいので、計量導入量の比(1回目の計量導入量/それ以外の計量導入量)の下限は0.0001であることが好ましい。最も重要なことは、重合開始剤が発生させるラジカル量であり、重合開始剤の量以外に重合1回目とそれ以外の重合温度、重合開始剤の種類を調整することによっても好ましい範囲は変化するが、かかる計量導入量の比の好ましい範囲は、0.0001〜0.1の範囲に収まる。
【0036】
A成分の極限粘度を調整するためには、ANと重合開始剤のモル比を調整することが重要であり、1回目の計量導入量は、ANと重合開始剤のモル比(重合開始剤/AN)が好ましくは1×10−7から1×10−4であり、それ以外の計量導入量は、ANと重合開始剤のモル比(重合開始剤/AN)が好ましくは5×10−4から5×10−3である。共重合組成をA成分とB成分で変える場合には、2回目以降の重合開始剤の計量導入時に共重合可能な単量体を追加してもかまわないし、AN、連鎖移動剤および溶媒を追加してもかまわない。
【0037】
重合開始剤としては、油溶性アゾ系化合物、水溶性アゾ系化合物および過酸化物などが好ましく、安全面からの取り扱い性および工業的に効率よく重合を行うという観点から、ラジカル発生温度が30〜150℃の範囲であり、より好ましくは40〜100℃の範囲の重合開始剤が好ましく用いられる。中でも、分解時に重合を阻害する酸素発生の懸念がないアゾ系化合物が好ましく用いられ、溶液重合で重合する場合には、溶解性の観点から油溶性アゾ化合物が好ましく用いられる。重合開始剤の具体例としては、2,2´−アゾビス(4−メトキシ−2,4−ジメチルバレロニトリル)(ラジカル発生温度30℃)、2,2´−アゾビス (2,4´−ジメチルバレロニトリル) (ラジカル発生温度51℃)、および2,2´−アゾビスイソブチロニトリル(ラジカル発生温度65℃)などが挙げられる。1回目とそれ以外の重合開始剤は同一の重合開始剤を用いてもかまわないし、複数の重合開始剤と重合温度を組み合わせることで重合開始剤が発生させるラジカル量を調整することもできる。また、過酸化物を用いる場合、還元剤を共存させラジカル発生を促進させてもよい。
【0038】
重合温度は、重合開始剤の種類と量によっても好ましい範囲は変化するが、好ましくは30℃以上90℃以下である。重合温度が30℃未満では重合開始剤が発生させるラジカル量が少なくなり、ラジカル発生温度の低い重合開始剤を用いると保管が困難となることが多く、重合温度が90℃を超えるとANの沸点よりも高くなり、生産管理が困難になることが多い。1回目とそれ以外の重合は同一の重合温度でもかまわないし、異なる重合温度でもかまわない。
【0039】
A成分の全重合体に対する重量混合量(以下、全重合体に対するA成分の重量混合率とも記述することがある)の測定は、B成分と混合する場合は、混合前のA成分の重量と混合後のPAN系全重合体組成物の重量を測定し、その重量比から計算することができる。また、B成分を構成する単量体と混合してその単量体を溶液重合する場合は、A成分を重合後、B成分を重合するための重合開始剤を計量導入前の溶液を用いてA成分の重合率を測定し、溶液中のA成分の重量を測定し、別途、PAN系全重合体組成物溶液の重合体組成物濃度から求めたPAN系全重合体の重量を測定し、その重量比から計算することができる。
【0040】
次に、本発明の炭素繊維の製造方法について説明する。
【0041】
まず、前記したPAN系重合体組成物を、ジメチルスルホキシド、ジメチルホルムアミドおよびジメチルアセトアミドなどPAN系重合体が可溶な溶媒に溶解し、紡糸原液とする。溶液重合を用いる場合、重合に用いられる溶媒と紡糸溶媒を同じものにしておくと、得られたポリアクリロニトリルを分離し紡糸溶媒に再溶解する工程が不要となる。
【0042】
PAN系重合体組成物溶液の重合体組成物濃度は、15〜30重量%の範囲であることが好ましく、より好ましくは17〜25重量%であり、最も好ましくは19〜23重量%である。重合体組成物濃度が15重量%未満では溶媒使用量が多くなり経済的でなく、凝固浴内での凝固速度を低下させ内部にボイドが生じて緻密な構造が得られないことがある。一方、重合体組成物濃度が30重量%を超えると粘度が上昇し、紡糸が困難となる傾向を示す。紡糸溶液の重合体組成物濃度は、使用する溶媒量により調製することができる。
【0043】
本発明において重合体組成物濃度とは、PAN系重合体組成物の溶液中に含まれるPAN系重合体組成物の重量%である。具体的には、PAN系重合体組成物の溶液を計量した後、PAN系重合体組成物を溶解せずかつPAN系重合体組成物溶液に用いられる溶媒と相溶性のあるものに、計量したPAN系重合体組成物溶液を脱溶媒させた後、PAN系重合体組成物を計量する。重合体組成物濃度は、脱溶媒後のPAN系重合体組成物の重量を、脱溶媒する前のPAN系重合体組成物の溶液の重量で割ることにより算出する。
【0044】
また、45℃の温度におけるPAN系重合体組成物溶液の粘度は、150〜2,000ポイズの範囲であることが好ましく、より好ましくは200〜1,500ポイズであり、最も好ましくは300〜1,000ポイズである。溶液粘度が150ポイズ未満では、紡糸糸条の賦形性が低下するため、口金から出た糸条を引き取る速度、すなわち可紡性が低下する傾向を示す。また、溶液粘度は2,000ポイズを超えるとゲル化し易くなり、安定した紡糸が困難になる傾向を示す。紡糸溶液の粘度は、重合開始剤や連鎖移動剤の量などにより制御することができる。
【0045】
本発明において45℃の温度におけるPAN系重合体組成物溶液の粘度は、B型粘度計により測定することができる。具体的には、ビーカーに入れたPAN系重合体組成物溶液を、45℃の温度に温度調節された温水浴に浸して調温した後、B型粘度計として、例えば、(株)東京計器製B8L型粘度計を用い、ローターNo.4を使用し、PAN系重合体組成物溶液の粘度が0〜1,000ポイズの範囲はローター回転数6r.p.m.で測定し、またその紡糸溶液の粘度が1,000〜10,000ポイズの範囲はローター回転数0.6r.p.m.で測定する。
【0046】
本発明では、PAN系重合体組成物溶液を紡糸する前に、高強度な炭素繊維を得る観点から、その溶液を、例えば、目開き1μm以下のフィルターに通し、重合体原料および各工程において混入した不純物を除去することが好ましい。
【0047】
本発明では、前記したPAN系重合体組成物溶液を、乾湿式紡糸法により紡糸することにより、炭素繊維前駆体繊維を製造することができる。乾湿式紡糸法は、紡糸原液を口金から一旦空気中に吐出した後、凝固浴中に導入して凝固させる紡糸方法である。
【0048】
PAN系重合体組成物溶液の紡糸ドラフト率は12〜100倍の範囲内であることが好ましく、紡糸ドラフト率はより好ましくは13〜50倍の範囲内であり、さらに好ましくは13〜35倍の範囲内である。ここで紡糸ドラフト率とは、紡糸糸条(フィラメント)が口金を離れて最初に接触する駆動源を持ったローラーの表面速度(凝固糸の巻き取り速度)を、口金孔内のPAN系重合体溶液の線速度(吐出線速度)で割った値をいう。この吐出線速度とは、単位時間当たりに吐出される重合体溶液の体積を口金孔面積で割った値をいう。したがって、吐出線速度は、溶液吐出量と口金孔径の関係で決まる。PAN系重合体溶液は、口金孔を出て凝固溶液に接して次第に凝固してフィラメントとなる。このとき第一ローラーによりフィラメントは引っ張られているが、フィラメントよりも未凝固紡糸溶液の方が伸び易いので、紡糸ドラフト率とは、紡糸溶液が固化するまでに引き伸ばされる倍率を示すことになる。すなわち、紡糸ドラフト率は次式で表されるものである。
・紡糸ドラフト率=(凝固糸の巻き取り速度)/(吐出線速度)
上記の紡糸ドラフト率を高めることは、繊維の細径化への寄与も大きい。紡糸ドラフト率が12倍を超えない場合、PAN系繊維の単繊維繊度を1.5dtex以下にするためには乾熱延伸工程もしくは蒸気延伸工程が必要となり、本発明の効果である高品位なPAN系繊維を得ることが困難である。また、生産性向上の観点から紡糸ドラフト率は高ければ高いほど好ましいが、口金面で糸切れが発生することが多くなるため、現実的には100以下である。吐出線速度は、0.1〜30m/minであることが好ましい。吐出線速度が0.1m/minを下回ると、生産性が落ちる。一方、吐出線速度が30m/minを超えると、凝固浴の液面揺れが顕著になり、得られる繊度にムラが生じる。吐出線速度と紡糸ドラフト率により決定される凝固糸の巻き取り速度は、50〜500m/分であることが好ましい。巻き取り速度が50m/分未満では生産性が落ち、500m/分を超えると、凝固浴の液面揺れが顕著になり得られる繊度にムラが生じる。
【0049】
紡糸口金孔径は0.05mm〜0.3mmであることが好ましく、より好ましくは0.1〜0.15mmである。口金孔径が0.05mmより小さい場合、紡糸原液を高圧で口金から吐出する必要があり、紡糸装置の耐久性が低下し、更にノズルからの紡出が困難となる。一方、口金孔径が0.3mmを超えると1.5dtex以下の単繊維繊度の繊維を得ることが困難である。
【0050】
本発明において、凝固浴には、PAN系重合体組成物溶液の溶媒として用いたジメチルスルホキシド、ジメチルホルムアミドおよびジメチルアセトアミドなどの溶媒と、いわゆる凝固促進成分を含ませることが好ましい。凝固促進成分としては、前記のPAN系重合体組成物を溶解せず、かつPAN系重合体組成物溶液に用いた溶媒と相溶性があるものが好ましく、具体的には、水を使用することが好ましい。凝固浴としての条件は、凝固糸(単繊維)の断面が真円状となるように制御することが好ましく、溶媒の濃度は、臨界浴濃度といわれる濃度の7割以下であることが好ましい。溶媒の濃度が高いとその後の溶媒洗浄工程が長くなり、生産性が低下する。例えば、溶媒にジメチルスルホキシドを用いた場合は、ジメチルスルホキシド水溶液の濃度を好ましくは5〜55重量%とし、更に好ましくは5〜30%とする。凝固浴の温度は、繊維側面が平滑となるように制御ことが好ましく、好適には−10〜30℃とし、更に好ましくは−5〜5℃とする。
【0051】
PAN系重合体組成物溶液を凝固浴中に導入して凝固させ糸条を形成した後、水洗工程、浴中延伸工程、油剤付与工程および乾燥工程を経て、炭素繊維前駆体繊維が得られる。また、上記の工程に乾熱延伸工程や蒸気延伸工程を加えてもよい。凝固後の糸条は、水洗工程を省略して直接浴中延伸を行っても良いし、溶媒を水洗工程により除去した後に浴中延伸を行っても良い。浴中延伸は、通常、30〜98℃の温度に温調された単一または複数の延伸浴中で行うことが好ましい。そのときの延伸倍率は、1〜5倍であることが好ましく、より好ましくは1〜3倍である。
【0052】
浴中延伸工程の後、単繊維同士の接着を防止する目的から、延伸された繊維糸条にシリコーン等からなる油剤を付与することが好ましい。シリコーン油剤は、耐熱性の高いアミノ変性シリコーン等の変性されたシリコーンを含有するものを用いることが好ましい。
【0053】
乾燥工程は、公知の方法を利用することができる。例えば、乾燥温度が70〜200℃で乾燥時間が10秒から200秒の乾燥条件が好ましい結果を与える。生産性の向上や結晶配向度の向上として、乾燥工程後に加熱熱媒中で延伸することが好ましい。加熱熱媒としては、例えば、加圧水蒸気あるいは過熱水蒸気が操業安定性やコストの面で好適に用いられ、延伸倍率は1.5〜10倍であることが好ましい。
【0054】
このようにして得られた炭素繊維前駆体繊維の単繊維繊度は、0.01〜1.5dtexであることが好ましく、より好ましくは0.05〜1.0dtexであり、さらに好ましくは0.1〜0.8dtexである。単繊維繊度が小さすぎると、ローラーやガイドとの接触による糸切れ発生などにより、製糸工程および炭素繊維の焼成工程のプロセス安定性が低下することがある。一方、単繊維繊度が大きすぎると、耐炎化後の各単繊維における内外構造差が大きくなり、続く炭化工程でのプロセス性低下や、得られる炭素繊維の引張強度および引張弾性率が低下することがある。本発明における単繊維繊度(dtex)とは、単繊維10,000mあたりの重量(g)である。
【0055】
本発明において得られる炭素繊維前駆体繊維の結晶配向度は、85%以上であることが好ましく、より好ましくは90%以上である。結晶配向度が85%を下回ると、得られる前駆体繊維の強度が低くなることがある。
【0056】
得られる炭素繊維前駆体繊維は、通常、連続繊維(フィラメント)の形状である。また、その1糸条(マルチフィラメント)当たりのフィラメント数は、好ましくは1,000〜3,000,000本であり、より好ましくは12,000〜3,000,000本であり、さらに好ましくは24,000〜2,500,000本であり、最も好ましくは24,000〜2,000,000本である。得られる炭素繊維前駆体繊維は、延伸性が高いことから、単繊維繊度が小さいため、1糸条あたりのフィラメント数は、生産性の向上の目的からは多い方が好ましいが、あまりに多すぎると、束内部まで均一に耐炎化処理できないことがある。
【0057】
前記した方法により製造された炭素繊維前駆体繊維を、200〜300℃の温度の空気中において、好ましくは延伸比0.8〜2.5で延伸しながら、耐炎化処理した後、300〜800℃の温度の不活性雰囲気中において、好ましくは延伸比0.9〜1.5で延伸しながら予備炭化処理し、1,000〜2,000℃の最高温度の不活性雰囲気中において、好ましくは延伸比0.9〜1.1で延伸しながら、炭化処理して炭素繊維を製造する。
【0058】
本発明において、予備炭化処理や炭化処理は不活性雰囲気中で行われるが、不活性雰囲気に用いられるガスとしては、窒素、アルゴンおよびキセノンなどを例示することができ、経済的な観点からは窒素が好ましく用いられる。また、予備炭化処理では、その温度範囲における昇温速度を500℃/分以下に設定することが好ましい。また、炭化処理における最高温度は、所望する炭素繊維の力学物性に応じて1,200〜3,000℃とすることができるが、一般に炭化処理の最高温度が高いほど、得られる炭素繊維の引張弾性率が高くなるものの、引張強度は1,500℃付近で極大となるため、引張強度と引張弾性率の両方を高めるという目的からは、炭化処理の最高温度は1,200〜1,700℃であることが好ましく、より好ましくは1,300〜1,600℃である。
【0059】
得られた炭素繊維はその表面改質のため、電解処理することができる。電解処理に用いられる電解液には、硫酸、硝酸および塩酸等の酸性溶液や、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、テトラエチルアンモニウムヒドロキシド、炭酸アンモニウムおよび重炭酸アンモニウムのようなアルカリまたはそれらの塩を水溶液として使用することができる。ここで、電解処理に要する電気量は、適用する炭素繊維の炭化度に応じて適宜選択することができる。
【0060】
電解処理により、得られる繊維強化複合材料において炭素繊維マトリックスとの接着性が適正化することができ、接着が強すぎることによる複合材料のブリトルな破壊や、繊維方向の引張強度が低下する問題や、繊維方向における引張強度は高いものの樹脂との接着性に劣り、非繊維方向における強度特性が発現しないという問題が解消され、得られる繊維強化複合材料において、繊維方向と非繊維方向の両方向にバランスのとれた強度特性が発現されるようになる。
【0061】
電解処理の後、炭素繊維に集束性を付与するため、サイジング処理を施すこともできる。サイジング剤には、使用する樹脂の種類に応じて、マトリックス樹脂等との相溶性の良いサイジング剤を適宜選択することができる。
【0062】
本発明により得られる炭素繊維は、プリプレグとしてオートクレーブ成形、織物などのプリフォームとしてレジントランスファーモールディングで成形、およびフィラメントワインディングで成形するなど種々の成形法により、航空機部材、圧力容器部材、自動車部材、釣り竿およびゴルフシャフトなどのスポーツ部材として好適に用いられる。
【実施例】
【0063】
以下、実施例により本発明をさらに具体的に説明する。本実施例で用いた測定方法を次に説明する。
【0064】
<極限粘度>
測定しようとするPAN系重合体組成物が溶液の場合は、その溶液を約20g取り、水に注いでポリマーを沈殿させ、それを95℃の温水で2時間洗浄後、70℃の温度で4時間乾燥して乾燥ポリマーを得る。測定しようとするPAN系重合体組成物150mgを25℃の温度に保持して、それを50mlのチオシアン酸ナトリウム0.1モル/L添加ジメチルホルムアミドに溶解させる。得られた溶液を、25℃の温水槽中で温調し、予め25℃に温調してあるオストワルド粘度計を用いて標線間の落下時間を1/100秒の精度で測定し、その時間をt(秒)とする。同様にして、PAN系重合体組成物を溶解していないチオシアン酸ナトリウム0.1モル/L添加ジメチルホルムアミドについても測定し、その落下時間をt(秒)とする。次式を用いて、極限粘度[η]を算出する。
・[η]={(1+1.32×ηsp0.5―1}/0.198
(ただし、ηsp=(t/t)−1である。)。
【0065】
<全重合体に対するA成分の重量混合率>
A成分とB成分を含むPAN系重合体組成物溶液を約10g取る。また、A成分を重合後でありB成分を重合するための重合開始剤を計量導入前のPAN系重合体溶液を約100g取る。それらを水に注いでポリマーを沈殿させ、95℃の温水で2時間洗浄後、120℃の温度で2時間乾燥して乾燥ポリマーを得る。得られた乾燥ポリマーを仕込量からPAN系重合体溶液中に含まれると計算される単量体重量で除した値が重合率となり、次式を用いて全重合体に対するA成分の重量混合率を計算する。
・全重合体に対するA成分の重量混合率=A成分の重合率/全重合体の重合率
<500万〜1500万である分子量のピーク体積比>
測定しようとするPAN系重合体組成物が溶液の場合は、その溶液を約20g取り、水に注いでポリマーを沈殿させ、それを95℃の温水で2時間洗浄後、70℃の温度で4時間乾燥して乾燥ポリマーを得る。測定しようとするPAN系重合体組成物をその濃度が0.1重量%となるように、ジメチルホルムアミド(0.01N−臭化リチウム添加)に溶解し、検体溶液を得る。得られた検体溶液について、GPC装置を用いて、次の条件で測定したGPC曲線から分子量分布曲線を求め、ポリスチレン換算分子量500万〜1500万の範囲のピーク体積比を算出する。
・カラム :極性有機溶媒系GPC用カラム
・流速 :0.8ml/min.
・温度 :40℃
・試料濾過 :メンブレンフィルター(0.45μmカット)
・注入量 :20μl
・検出器 :示差屈折率検出器
分子量分布曲線は、分子量が異なる分子量既知の単分散ポリスチレンを少なくとも3種類用いて、溶出時間―分子量の検量線を作成し、その検量線上において、該当する溶出時間に対応するポリスチレン換算の分子量を読み取ることにより求める。
【0066】
本実施例では、GPC装置として(株)島津製作所製CLASS−LC2010を、カラムとして東ソー(株)製TSK−GEL−α―M(×1)+東ソー(株)製TSK−guard Colume αを、ジメチルホルムアミドおよび臭化リチウムとして和光純薬工業(株)製を、メンブレンフィルター
製0.45μ−FHLP FILTERを、示差屈折率検出器として(株)島津製作所製RID−10AVを、検量線作成用の単分散ポリスチレンとして、分子量184000、427000、791000および1300000のものを、それぞれ用いた。
【0067】
<炭素繊維前駆体繊維の品位等級の基準>
検査項目は、フィラメント数6000フィラメントの繊維束を、1m/分の速度で走行させながら毛玉・毛羽の個数を数え、三段階評価した。評価基準は、下記のとおりである。
・等級1:繊維300m中、毛玉・毛羽の個数が1個以内
・等級2:繊維300m中、毛玉・毛羽の個数が2〜15個
・等級3:繊維300m中、毛玉・毛羽の個数が16個以上。
【0068】
<炭素繊維の品位等級の基準>
検査項目は、焼成後、表面処理・サイジング処理前にフィラメント数24000フィラメントの繊維束を、1m/分の速度で走行させながら、毛玉・毛羽の個数を数え、三段階評価した。評価基準は、下記のとおりである。
・等級1:繊維30m中、毛玉・毛羽の個数が1個以内
・等級2:繊維30m中、毛玉・毛羽の個数が2〜15個
・等級3:繊維30m中、毛玉・毛羽の個数が16個以上。
【0069】
<炭素繊維束の引張強度および弾性率>
JIS R7601(1986)「樹脂含浸ストランド試験法」に従って求める。測定する炭素繊維の樹脂含浸ストランドは、3、4−エポキシシクロヘキシルメチル−3、4−エポキシシクロヘキシル−カルボキシレート(100重量部)/3フッ化ホウ素モノエチルアミン(3重量部)/アセトン(4重量部)を、炭素繊維または黒鉛化繊維に含浸させ、130℃の温度で30分硬化させて作製する。また、炭素繊維のストランドの測定本数は6本とし、各測定結果の平均値を引張強度とする。本実施例では、3、4−エポキシシクロヘキシルメチル−3、4−エポキシシクロヘキシル−カルボキシレートとして、ユニオンカーバイド(株)製“ベークライト”(登録商標)ERL4221を用いた。
【0070】
[実施例1]
AN100重量部、イタコン酸1重量部、重合開始剤として2,2’−アゾビスイソブチルニトリル(以下、AIBNと記述する。)0.002重量部、およびジメチルスルホキシド130重量部を混合し、それを還流管と攪拌翼を備えた反応容器に入れた。反応容器内の空間部を窒素置換した後、撹拌しながら下記の条件の熱処理を行った。
(1−1)30℃の温度から70℃の温度に昇温(昇温速度120℃/時間)
(1−2)70℃の温度で2時間保持
得られたPAN系重合体溶液について、極限粘度を測定した結果を表1に示す。次に、その反応容器中に、ジメチルスルホキシド240重量部、重合開始剤としてAIBN0.4重量部、および連鎖移動剤としてオクチルメルカプタン0.1重量部を計量導入した後、さらに撹拌しながら下記の条件で熱処理を行い、残存する未反応単量体を溶液重合法により重合してPAN系重合体溶液を得た。
(2−1)70℃の温度で4時間保持
(2−2)70℃の温度から80℃の温度に昇温(昇温速度10℃/時間)
(2−3)80℃の温度で6時間保持
得られたPAN系重合体組成物溶液について、極限粘度、重合率測定から計算した全重合体に対するA成分の重量混合率およびGPC測定により求めた500万〜1500万である分子量のピーク体積比を表1に示す。
【0071】
重合体組成物濃度が20重量%となるように調製した後、アンモニアガスをpHが8.5になるまで吹き込むことにより、イタコン酸を中和しつつ、アンモニウム基を重合体組成物に導入し、紡糸原液を作製した。得られたPAN系重合体組成物溶液を、目開き0.5μmのフィルター通過後、30℃の温度で、孔数3,000、口金孔径0.15mmの紡糸口金を用い、一旦空気中に吐出し、約2mmの空間を通過させた後、3℃の温度にコントロールした20重量%ジメチルスルホキシドの水溶液からなる凝固浴に導入する乾湿式紡糸法により、紡糸し凝固糸条とした。このときの吐出線速度は7m/分で一定とし、凝固糸の巻取り速度を変更することで限界紡糸ドラフト率の測定を行った。また、吐出線速度を15m/分と変更し、紡糸ドラフト率4の条件で凝固糸条を得、水洗した後、90℃の温水中で3倍の浴中延伸倍率で延伸し、さらにアミノ変性シリコーン系シリコーン油剤を付与し、165℃の温度に加熱したローラーを用いて30秒間乾燥を行い、加圧水蒸気延伸を行い、単繊維繊度0.7dtex、フィラメント数3000の炭素繊維前駆体繊維を得た。得られた炭素繊維前駆体繊維の品位は優れており、製糸工程通過性も安定していた。得られた炭素繊維前駆体繊維を、240〜260℃の温度の温度分布を有する空気中において延伸比1.0で延伸しながらで90分間耐炎化処理し、耐炎化繊維を得た。続いて、得られた耐炎化繊維を300〜700℃の温度の温度分布を有する窒素雰囲気中において、延伸比1.2で延伸しながら予備炭化処理を行い、さらに最高温度1500℃の窒素雰囲気中において、延伸比を0.97に設定して炭化処理を行い、連続した炭素繊維を得た。このときの焼成工程通過性はいずれも良好であった。結果を表1に示す。
【0072】
[実施例2]
一回目に計量導入した重合開始剤AIBNの量を0.001重量部としたこと以外は、実施例1と同様にして、PAN系重合体組成物溶液および炭素繊維を得て、評価を行った。結果を表1に示す。
【0073】
[実施例3]
一回目に計量導入した重合開始剤AIBNの量を0.0007重量部としたこと以外は、実施例1と同様にして、PAN系重合体組成物溶液および炭素繊維を得て、評価を行った。結果を表1に示す。
【0074】
[実施例4]
一回目に計量導入した重合開始剤AIBNの量を0.01重量部とし、下記の条件で熱処理を行ったこと以外は、実施例1と同様にして、PAN系重合体組成物溶液および炭素繊維を得て、評価を行った。結果を表1に示す。
(1−1)30℃の温度から50℃の温度に昇温(昇温速度120℃/時間)
(1−2)50℃の温度で3時間保持
(2−1)50℃の温度から70℃の温度に昇温(昇温速度10℃/時間)
(2−2)70℃の温度で4時間保持
(2−3)70℃の温度から80℃の温度に昇温(昇温速度10℃/時間)
(2−4)80℃の温度で6時間保持
[実施例5]
一回目に計量導入した重合開始剤AIBNの量を0.004重量部とし、(1−2)の70℃の温度での保持時間を2時間から3時間に変更したこと以外は、実施例1と同様にして、PAN系重合体組成物溶液および炭素繊維を得て、評価を行った。結果を表1に示す。
【0075】
[比較例1]
AN100重量部、イタコン酸1重量部、重合開始剤としてAIBN 0.4重量部、および連鎖移動剤としてオクチルメルカプタン0.1重量部をジメチルスルホキシド370重量部に均一に溶解し、それを還流管と攪拌翼を備えた反応容器に入れた。反応容器内の空間部を窒素置換した後、撹拌しながら下記の条件で熱処理を行い、溶液重合法により重合してPAN系重合体溶液を得た。
(2−1)70℃の温度で4時間保持
(2−2)70℃の温度から80℃の温度に昇温(昇温速度10℃/時間)
(2−3)80℃の温度で6時間保持
得られたPAN系重合体溶液について、極限粘度測定およびGPC測定した結果を表1に示す。得られたPAN系重合体溶液を、重合体濃度が20重量%となるように調製した後、アンモニアガスをpHが8.5になるまで吹き込むことにより、イタコン酸を中和しつつ、アンモニウム基を重合体に導入し、紡糸原液を作製した。紡糸原液を変更した他は、実施例1と同様にして限界紡糸ドラフト率の測定を行い、実施例1と同様にして炭素繊維を得て、評価を行った。得られた炭素繊維前駆体繊維の品位は悪く、製糸工程通過性も安定しなかった。得られた炭素繊維前駆体繊維を実施例1と同様に焼成して炭素繊維を得ようとしたところ、焼成工程で毛羽が多く糸切れが発生した。結果を表1に示す。
【0076】
[比較例2]
仕込み組成をAN100重量部、イタコン酸1重量部、および重合開始剤としてAIBN0.2重量部、およびジメチルスルホキシド460重量部に変更したこと以外は、比較例1と同様にして、PAN系重合体溶液を得た。得られたPAN系重合体溶液を、重合体濃度が15重量%となるように調製した後、アンモニアガスをpHが8.5になるまで吹き込むことにより、イタコン酸を中和しつつ、アンモニウム基を重合体に導入し、紡糸原液を作製した。紡糸原液を変更した他は、比較例1と同様にして限界紡糸ドラフト率の測定を行い、実施例1と同様にして炭素繊維を得て、評価を行った。得られた炭素繊維前駆体繊維の品位は悪く、製糸工程通過性も安定しなかった。得られた炭素繊維前駆体繊維を実施例1と同様に焼成して炭素繊維を得ようとしたところ、焼成工程で毛羽が多く糸切れが発生した。結果を表1に示す。
【0077】
【表1】

【産業上の利用可能性】
【0078】
本発明のPAN系重合体組成物は、紡糸速度を高め、かつ、紡糸ドラフト率を高めることができるので、生産性を損なうことなく毛羽立ちの少ない高品位な炭素繊維前駆体繊維を製造することができる。そのような高品位な炭素繊維前駆体繊維を用いることにより、高品位な炭素繊維を焼成工程でも安定して製造することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
2種以上のポリアクリロニトリル系重合体を含み、極限粘度が6〜20であるポリアクリロニトリル系重合体が全重合体に対して0.3〜30重量%混合されており、かつ、全重合体の極限粘度が1.0〜2.3であるポリアクリロニトリル系重合体組成物。
【請求項2】
ゲルパーミエーションクロマトグラフ(GPC)法により測定されるポリスチレン換算分子量のうち、500万〜1500万である分子量のピーク体積比が全ピーク体積の0.3〜10%である請求項1記載のポリアクリロニトリル系重合体組成物。
【請求項3】
炭素繊維前駆体繊維製造用である請求項1または2記載のポリアクリロニトリル系重合体組成物。
【請求項4】
アクリロニトリルを主成分とする単量体を含む液体に重合開始剤を導入し重合させる工程とその重合終了までの間に別途重合開始剤を追加導入し残存する未反応単量体を重合する工程を含み、該重合開始剤の1回目の計量導入量とそれ以外の計量導入量の比(1回目の計量導入量/それ以外の計量導入量)を0.0001以上0.1以下とする請求項1〜3のいずれかに記載のポリアクリロニトリル系重合体組成物の製造方法。
【請求項5】
アクリロニトリルを主成分として含む単量体の溶液に重合開始剤を導入し溶液重合させて極限粘度が6〜20であるポリアクリロニトリル系重合体溶液を製造する工程、該ポリアクリロニトリル系重合体溶液に別途重合開始剤を導入し残存する未反応単量体を溶液重合し、全重合体の極限粘度を1.0〜2.3とする工程を含む請求項4記載のポリアクリロニトリル系重合体組成物の製造方法。
【請求項6】
請求項1〜5のいずれかに記載のポリアクリロニトリル系重合体組成物の溶液を乾湿式紡糸して得られた炭素繊維前駆体繊維を、200〜300℃の温度の空気中において耐炎化処理した後、300〜800℃の温度の不活性雰囲気中において予備炭化処理し、次いで1,000〜3,000℃の温度の不活性雰囲気中において炭化処理することを特徴とする炭素繊維の製造方法。

【公開番号】特開2008−214562(P2008−214562A)
【公開日】平成20年9月18日(2008.9.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−56830(P2007−56830)
【出願日】平成19年3月7日(2007.3.7)
【出願人】(000003159)東レ株式会社 (7,677)
【Fターム(参考)】