説明

ミシン

【課題】糸払いのミスを低減する。
【解決手段】糸切り装置と糸払い機構70とそれらの制御手段100とを備えるミシン10において、縫い針11の上下動と同じ周期で回転を行う駆動軸の軸角度の検出手段22を備え、制御手段が、検出手段の検出に基づいて、糸切り装置により上糸が切断されるより先に初期位置から動作位置へのワイパの前進動作が行われるように駆動手段73を制御することを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、切断後の上糸を払うワイパを備えるミシンに関する。
【背景技術】
【0002】
従来のミシンは、針板の下方において上糸の切断を行う糸切り装置と、上糸の切断後に糸払いを行って切断後の上糸の端部を布地の上方に引き出すためのワイパ装置を備えている(例えば、特許文献1参照)。
このワイパ装置は、フック状の屈曲部を有するワイパと、糸払い動作の駆動源である糸払いソレノイドとを備えており、縫い針が針板より上方に位置する時にワイパの先端の屈曲部が縫い針の上下動経路を横切るように往復動作を行うことにより、ワイパの先端の屈曲部が上糸を捕捉して引き出しを行っていた。糸払いソレノイドは、常時、バネ圧を受けてプランジャが一定方向に押圧保持されており、ワイパ駆動時には動作電流がONされてバネ圧に抗してプランジャを作動させ、ワイパをその初期位置から動作位置まで前進回動させる。この時、ワイパは、縫い針の上下動経路を通過するが、ワイパの先端の屈曲部は、上糸をワイパ先端の屈曲部の側方に逃がして捕捉することなく通過する。そして、糸払いソレノイドの動作電流がOFFされるとバネ圧によりプランジャが元の位置に戻され、これに伴い、ワイパも動作位置から後退回動して元の初期位置に戻される。この時もワイパの先端の屈曲部は針上下動経路を通過することとなるが、その際には、上糸を捕捉して布地から引き抜く糸払い動作を実行する。即ち、ワイパの先端の屈曲部は、その形状が方向性を持っており、前進回動時には上糸をワイパ先端の屈曲部の側方に逃がして捕捉せず、後退回動時に捕捉可能な形状となっている。
【0003】
さらに、上記ワイパと糸切り装置との動作タイミングについて説明する。糸切り装置は、縫製の駆動源となるミシンモータにより回転を行う溝カムと、溝カムに切断動作の伝達機構が係合することにより往復回動を行う動メスと、溝カムと伝達機構の係合動作を付与する糸切りソレノイドとから主に構成されている。かかる糸切り装置の動メスは、前進回動時に切断する糸と切断しない糸との振り分け動作を行い、後退回動時に振り分けた切断対象となる糸のみを切断する。
ミシンの主軸には、糸切り装置の伝達機構が溝カムに係合するための適正なタイミングを検出する下位置検出器と上位置検出器とが設けられている。そして、下位置検出器の検出信号により糸切りソレノイドが駆動して溝カムとの係合を行い、溝カムの溝形状に従って動メスが往復回動の動作を行って上糸を切断する。
また、上位置検出器は、糸切り装置の切断終了後のタイミングで所定の信号出力を行い、上位置検出器の検出信号により、糸払いソレノイドが駆動を開始してワイパが往復回動を行い、糸払い動作が実行される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開昭56−151089号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、上記のミシンでは、糸切り装置による糸切断の完了後にワイパが駆動を開始して糸払い動作を実行する。このため、ワイパの前進回動時に上糸を横に逃がして通過する際に、上糸は既に切断されて上糸と下糸は絡んでおらず糸張力が生じない状態であるため、ワイパによって横に逃がされて弛んだままの状態となり、ワイパが後退回動した時にワイパの屈曲部が上糸を捕捉することができず、糸払い動作を失敗する場合があるという問題が生じていた。特に、薄い布地や滑りのよい布地の場合には切断後の上糸は布地による抵抗が少ないため保持されにくいので、上記の問題が生じやすかった。
また、上記のミシンは、糸切り装置による糸切断の完了後にワイパが往復回動動作を行うので、糸切りの実行後、糸払いソレノイドの動作電流がONされることによるワイパの前進回動と、糸払いソレノイドがOFFされることによるワイパの後退回動の二つの動作完了を待ってから次の縫製を開始することが必要となり、作業効率の低下を生じるという問題も生じていた。
【0006】
本発明は、ワイパによる糸払い動作をより確実に行うことを可能とすることをその目的とし、さらには、連続の縫製をより迅速に行うことを可能とすることをさらなる目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
請求項1記載の発明は、信号に基づいて所定時期に動作し上糸を切断する糸切り装置と、前記糸切り装置に前記信号を発生する操作入力手段と、初期位置から動作位置までの前後の往復動作を行うワイパとその駆動手段とを備え、前記ワイパの前記動作位置から前記初期位置への復帰動作時に縫い針から被縫製物に渡る上糸を払って被縫製物から引き抜く糸払い機構と、前記糸払い機構の駆動手段を制御する制御手段と、縫い針の上下動に同期回転する駆動軸の所定の軸角度を検出する検出手段とを備えるミシンにおいて、前記操作入力手段による前記糸切り装置への前記信号の発生後、前記制御手段が、前記検出手段の検出に基づいて、前記糸切り装置により上糸が切断される前に前記初期位置から前記動作位置への前記ワイパの前進動作が行われるように前記駆動手段を制御することを特徴とする。
【0008】
請求項2記載の発明は、請求項1記載の発明と同様の構成を備えると共に、前記制御手段は、前記縫い針と針板の間を前記ワイパの屈曲部が通過可能となる所定の駆動軸の軸角度となってから、前記初期位置から前記動作位置への前記ワイパの前進回動動作が行われるように前記駆動手段を制御することを特徴とする。
【0009】
請求項3記載の発明は、請求項1又は2記載の発明と同様の構成を備えると共に、前記検出手段は、前記糸切り装置の動作開始を規定する下位置信号を予め定めた駆動軸の軸角度で出力する針位置検出器と、前記駆動軸の角度変化を検出する角度検出器又は時間を計時する計時手段とを有し、前記制御手段は、前記針位置検出器の下位置信号を検出してから、前記角度検出器による規定の角度変化の検出又は前記計時手段による規定の経過時間を計時すると、前記ワイパの前進動作が行われるように制御することを特徴とする。
【発明の効果】
【0010】
請求項1記載の発明は、糸切り装置により上糸が切断されるより前にワイパの前進回動動作を行うので、当該ワイパの前進回動時にワイパの屈曲部が上糸を逸らすように通過した場合でも、上糸と下糸が絡んでいる状態のため糸張力により上糸は逃がされた状態から元の位置に戻り、後退回動する際にワイパの屈曲部が上糸を確実に捕捉することが可能となり、糸払いの動作をより確実に行うことが可能となる。
また、上糸が切断されるより前にワイパの前進動作が行われているので、上糸の切断後にワイパの前進回動動作と後退回動動作とを行う従来のミシンに比べて、本願のミシンの場合は上糸の切断後は後退回動動作の完了のみを待つだけで次の縫製作業に入ることができ、待ち時間を低減して連続する縫製作業の迅速化を図ることが可能となる。
【0011】
請求項2記載の発明は、縫い針の下方と針板の間をワイパの屈曲部が通過可能となる所定の駆動軸の軸角度以降にワイパの前進動作が行われるので、縫い針の影響を受けることなく確実なワイパ動作を実現することが可能となる。
【0012】
請求項3記載の発明は、検出手段として、針位置検出器と角度検出器又は計時手段を組み合わせて使用するので、アブソリュート型エンコーダのような高度な検出装置を用いることなく簡易な構成により正確にワイパの制御を行うことが可能となる。
また、基準となる針位置検出器による下位置信号からワイパの動作開始までのタイミングを適宜変更して調整することが容易である。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】本実施形態である本縫いミシンの全体構成を示す斜視図である。
【図2】図2(A)は糸払い機構を布送り方向上流側から見た正面図、図2(B)は布送り方向下流側から見た背面図である。
【図3】ミシンの制御系を示すブロックである。
【図4】糸切り制御実行時の各部のタイミングチャートである。
【図5】糸切り制御の際における各部の動作タイミングと主軸角度との関係を示す説明図である。
【図6】ソレノイドに対する駆動電流の通電からの経過時間の変化を示す線図である。
【図7】比較例における糸切り制御実行時の各部のタイミングチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明の実施の形態を図1〜図6に基づいて詳しく説明する。図1は本実施形態である本縫いミシン10の全体構成を示す斜視図である。なお、以下の説明では、後述する縫い針11が上下動を行う方向をZ軸方向(上下方向)とし、これと直交するミシンアーム部の長手方向をY軸方向(前後方向)とし、Z軸方向とY軸方向の両方に直交する方向をX軸方向(左右方向)とし、X軸方向とY軸方向とはいずれも水平であるものとする。
【0015】
(実施の形態の全体構成)
図1に示すように、本縫いミシン10(以下、ミシン10)は、全体構成を支持するミシンフレーム2と、縫い針11を保持する針棒12を上下動させる針駆動手段たる針上下動機構(図示略)と、上糸に張力を付与する糸調子装置50と、上糸を切断する図示しない糸切り装置と、縫い針11の上下動経路を横切るワイパ71を有する糸払い手段たる糸払い機構70と、布移動手段30の動作制御を行う制御手段としての制御部100とを主に備えている。
【0016】
(ミシンフレーム)
ミシンフレーム2は、外形が側面視にて略コ字状を呈している。このミシンフレーム2は、該ミシンフレーム2の上部をなし前後方向に延びるミシンアーム部2aと、ミシンフレーム2の下部をなし前後方向に延びるミシンベッド部2bと、ミシンアーム部2aとミシンベッド部2bとを連結する縦胴部2cとを備えている。
【0017】
また、ミシンフレーム2内にはY軸方向に沿って延在する図示しない駆動軸としての主軸及び下軸を備えている。
主軸は、ミシンアーム部2aの内部に配設されるとともにその一端(後端)がミシンモータ5により回転駆動される。また、主軸は、図示しないタイミングベルトを介して下軸と連結されており、主軸が回転すると、主軸の動力が下軸側へ伝達され、下軸が回転するようになっている。
下軸(図示省略)はミシンベッド部2bの内部に配されている。下軸の前端には、図示しない釜が設けられており、釜に回転力の伝達を行う。そして、主軸とともに下軸が回動すると、縫い針11と釜(図示省略)との協働により縫い目が形成されるようになっている。
なお、ミシンモータ5、主軸(図示省略)、針棒12、縫い針11、下軸(図示省略)、釜(図示省略)等の接続構成は従来公知のものと同様であるため、ここでは詳述しない。
また、ミシンベッド部2bの上面における縫い針11の上下動位置には針板13が装備されている。この針板13には縫い針11が挿入される針穴が形成されており、針板13の下側には前述した釜が配置され、針板13と釜の間には後述する糸切り装置の動メスが配置されている。
【0018】
(針上下動機構)
ミシンアーム部2aには、針駆動機構が内蔵されている。すなわち、主軸の前端にはミシンアーム部2aの先端の内部から下方側に突出される針棒12が具備されており、針棒12の下端には図2に示すように縫い針11が設けられている。そして、図示しない偏心カムやクランクロッド等を介して主軸の回転が往復の上下動に変換されて伝達され、針棒12がZ軸方向に上下動を行うことで、縫い針11が針板13上の布地に対して針落ちを行うようになっている。
【0019】
また、ミシンアーム部2aには、針棒12に隣接して布押さえ14が設けられている。この布押さえ14は、上下動可能に支持されており、下降時には針板13上の布地を上方から押さえ付け、上昇時には布地を解放するようになっている。そして、この布押さえ14は、押さえ上げソレノイド15により上下動動作が付与される、
【0020】
(糸切り装置)
また、ミシン10は、縫製動作終了時に操作入力手段による上糸切断の指示信号を受けると上糸の切断を行う糸切り装置を備えている。
この糸切り装置は、針板13の下側に設けられた回動可能な動メスと、固定メスと、動メスに回動動作を付与する動力伝達機構とから構成される。動力伝達機構は、下軸により回転する溝カムと、溝カムに形成されたカム溝に対して係合と非係合の状態を切り替え可能なカムコロ(従節)と、カムコロを保持し、カム溝に従ってカムコロが移動することにより回動動作を行うカム腕と、カム腕から動メスに往復の回動動作を伝達する伝達部材と、カムコロを溝カムの入り口に案内してカム溝に係合させる糸切りソレノイド16とを備えている。
上記溝カムは、主軸及び下軸の位相が一定の範囲の時にカムコロが挿入可能であり、糸切りソレノイド16は、上記位相のタイミングで駆動するよう制御部100に制御され、カムコロを係合させる。
【0021】
また、動メスは、針板水平方向に沿って針穴の真下を通過するように前後に往復回動を行い、前進回動時に切断対象となる糸のみの選り分けを行い、後退回動時に糸の切断を行うようになっている。
【0022】
(糸払い機構)
図2(A)は糸払い機構70を布送り方向(X軸方向)上流側から見た正面図、図2(B)は布送り方向下流側から見た背面図である。
図示のように、糸払い機構70は、縫い針11の下方でその上下動経路を横切って往復回動を行うワイパ71と、ワイパ先端に設けられた屈曲部76と、ワイパ71を保持する回動腕72と、ワイパ71の駆動源となる糸払いソレノイド73と、糸払いソレノイド73により回動を行うベルクランク74と、ベルクランク74と回動腕72とを連結するリンク体75とを備えている。
【0023】
糸払いソレノイド73は、そのプランジャが通常は内部に後退した状態を維持するよう内部のバネにより保持されており、駆動電流が流されるとプランジャがバネに抗して下方に突出する。かかるプランジャの上下動作をベルクランク74とリンク体75と回動腕72とが回動動作に変換してワイパ71に伝えている。
【0024】
糸払いソレノイド73の非通電時にはプランジャが後退しているので、ワイパ71は、その屈曲部76が縫い針よりも離間した位置にあり(初期位置とする、図2において二点鎖線で表示)、糸払いソレノイド73のプランジャが突出した時にはワイパ71の屈曲部76は縫い針11の上下動経路に向かって回動し、縫い針11と針板13の間を通過して縫い針近傍の所定の位置まで回動する(動作位置とする、図2において実線で表示)。
そして、糸払い動作の実行時には、糸払いソレノイド73に駆動電流をONしてワイパ71を初期位置から動作位置まで前進回動させ(図2の点線矢印)、その後、糸払いソレノイド73への駆動電流をOFFして動作位置から初期位置に後退回動させる(図2の実線矢印)。
【0025】
ワイパ71の先端の屈曲部76は略U字のフック形状に形成されており、屈曲部内側には糸捕捉部76a、屈曲部外側には糸逃がし部76bが形成されている。ワイパ71の前進回動時には、ワイパの先端の屈曲部外側である糸逃がし部76b側が縫い針11の上下動経路に向かって前進移動する。これにより、縫い針11の上下動経路を通過する際にはワイパ71の先端の屈曲部外側である糸逃がし部76bが上糸に接触し、上糸は屈曲部76に捕捉されることなくワイパ回動半径方向の外側に逃がされることとなる。また、ワイパ71後退回動時には、ワイパ先端の屈曲部内側である糸捕捉部76a側が縫い針11上下方向に向かって後退移動するのでその屈曲部内側である糸捕捉部76aに上糸が捕捉され、布地から引き出されることとなる。
【0026】
(ミシンの制御系)
図3は上記ミシン10の制御系を示すブロックである。
図示のように、ミシン10の制御部100は、ミシンの各部に対する制御を実行するCPU101と、各種の制御に関する設定データや実行プログラムを記憶するメモリ102とを備えている。
また、制御部100には、ミシンモータ5、糸切りソレノイド16、糸払いソレノイド73、押さえ上げソレノイド15がそれぞれ図示しない駆動回路を介して接続されている。
さらに、制御部100には、主軸が所定の角度範囲にあるときにONとOFFとが切り替わる下位置信号と上位置信号とを出力する針位置検出器21と、ミシンモータ5の出力軸の軸角度を検出する角度センサ22と、オペレータが糸切りの実行を指示入力する操作入力手段である糸切りスイッチ23と、縫製の開始又は停止とミシン回転数を入力するペダル24と、縫製における各種の設定を入力する操作パネル25とが図示しないインターフェイスを介して接続されている。
【0027】
針位置検出器21は、前述した主軸に固定して設けられた遮蔽板により主軸が所定角度の範囲にある場合に受光が遮蔽される受光センサとからなる。
かかる針位置検出器21は、遮蔽板と受光センサを二組備え、これにより、主軸が所定の角度範囲になると下位置信号がOFFからONとなり、また、主軸が他の所定の角度範囲になると上位置信号がOFFからONとなるようになっている。
【0028】
角度センサ22は、周期的に変化する縫い針の位相又は主軸角度を検出する。即ち、この角度センサ22は、エンコーダであり、ミシンモータ5の出力軸の回転角度の変化量に応じてパルス信号を出力する。制御部100は、かかるパルス信号をカウントするカウンタ103を備えている。そして、制御部100は、このカウンタ103によるカウント値と、ミシンモータ5の出力軸からミシンの主軸に対する減速比とから主軸の軸角度を算出するようになっている。なお、カウンタ103は、ミシンの主軸一回転分のカウントを行うとカウント値がリセットされるようになっている。
なお、かかる角度センサ22と針位置検出器21とが協働して、「縫い針の上下動と同じ周期で回転を行う駆動軸の軸角度の検出手段」として機能することとなる。
【0029】
ペダル24は、オペレータの踏み込み操作による踏み込み量に応じたミシンの回転速度信号を制御部100に入力する。かかる回転速度信号に応じて制御部100では、ミシンモータ5の速度制御を実行する。
また、糸切りスイッチ23は、オペレータからの入力操作により糸切り信号を制御部100に入力する。この糸切り信号によって、制御部100は、後述する糸切り制御を開始する。
また、操作パネル25は、制御部100に対して各種の設定入力を行い、制御部100は、メモリ102にそれらの設定データを記憶する。
【0030】
(糸切り制御)
図4は糸切り制御実行時の各部のタイミングチャートであり、図5は糸切り制御の際における各部の動作タイミングと主軸角度との関係を示す説明図である。
上記CPU101はメモリ102内の制御プログラムを実行することにより、下記のタイミングチャートに従った動作制御を実行するようになっている。
まず、糸切りスイッチ23による糸切り信号を検出すると(図4:T1)、CPU101は、ミシンモータ5の減速制御を開始する。そして、ミシンモータ5が糸切り可能な速度まで減速し且つ下位置検出信号がOFFからONに切り替わったか否かを判定し、両方の条件を満たすことにより(図4:T2)、CPU101は、糸切りソレノイド16を駆動させる。これにより、糸切り装置では、カムコロが溝カムに係合する。従って、カムコロが主軸の回転に伴い徐々に溝カムの溝内を移動し、動メスが徐々に往復回動動作を開始する。
【0031】
図4において、T4は溝カムにより設定された糸切断タイミングである。この糸切断タイミングは、おおよそ、主軸角度0°から目標停止位置までの間に設定されている。
このミシン10では、糸切断タイミングT4よりも先にワイパ71が前進回動を行うように糸払いソレノイド73の駆動開始のタイミングT3が設定されていることを特徴としている。
また、ワイパ71の回動の際には、縫い針11が針板13よりも上方であってワイパ71が通過可能な高さより上に位置することが必須となる。
従って、図5に示すように、縫い針上昇時におけるワイパ71の通過が可能な針高さの下限高さとなる主軸角度から糸切断が行われる主軸角度までの主軸角度範囲Hsの範囲内でワイパ71が前進回動を行えば良いこととなる。
【0032】
ここで、糸払いソレノイド73の駆動開始のタイミングT3の設定範囲について補足的に説明する。
ソレノイドは一般に、図6に示すように、駆動電流が流されると、移動動作を行うために必要な出力を得られる値まで電流が立ち上がるのにN1の時間を要し、N1からN2の間でプランジャが移動動作を行い、N2からN3の間で動作位置を保持し、N3でOFFされてプランジャが元の位置に戻される。
従って、糸払いソレノイド73に駆動電流を流しても、ワイパ71が縫い針11と針板13の間を通過するまでには、N1の遅れが生じることとなる(厳密にはN1とN2の間の値の遅れも生じるがその誤差はN1に比べて十分に小さいのでN1と見なして説明する)。
さらに、ソレノイドには、その遅れN1がソレノイドの温度変化と供給電圧の変化とにより影響を受けるという性質がある。即ち、ソレノイドの温度が高くなると、遅れN1は大きくなり、また、供給電圧が低下すると、やはり遅れ時間N1が大きくなるという性質がある。
従って、ミシンの使用環境温度及び使用時に生じうる低下電圧値(電圧の低下は使用環境が電力を消費する機材が多数存在する状況において、機材の稼働数が多くなる場合等に生じる)に基づく遅れ時間N1を考慮して、糸払いソレノイド73の駆動開始のタイミングT3が設定される。仮に、求められた遅れ時間N1に相当する主軸角度変化をθn1とすると、前述したワイパ71が前進回動を開始すべき主軸角度範囲Hsの全体を主軸回転方向上流側にθn1だけオフセットした主軸角度範囲Hasの範囲内で糸払いソレノイド73の駆動電流の通電を開始すればよい。
【0033】
なお、ワイパ71が前進回動を開始すべき主軸角度範囲Hsは、ミシンの仕様により決まっているので、予めメモリ102内に登録されている。
また、遅れ時間N1に相当する主軸角度変化θn1と糸払いソレノイド73の駆動電流の通電を開始するタイミング(主軸角度)T3の値は操作パネル25から設定することが可能となっており、設定されるとメモリ102内に記録される。
【0034】
なお、制御部100については、糸払いソレノイド73の駆動電流の通電を開始するタイミングT3の設定入力時において、予め適正範囲である主軸角度範囲HasをHsとθn1の設定値から算出し、操作パネル25から入力されるT3の値が、主軸角度範囲Hasの範囲内であるか否かを判定する機能を有する構成としても良い。
またさらには、判定結果が範囲外となる場合にはその旨を報知したり、主軸角度範囲Has外の設定入力を拒否する機能を有する構成としても良い。
【0035】
糸切り制御に説明を戻すと、図4に示すように、糸切りソレノイド16が駆動されるとCPU101は、角度センサ22の検出に基づくカウンタの値から現在の主軸角度を算出し、上記のようにして定められた糸払いソレノイド73の駆動開始タイミングT3の到達を監視する。
そして、主軸角度がT3に到達すると、CPU101は、糸払いソレノイド73の駆動電流をONしてワイパ71の前進回動を実行させる。この時点では、動メスはまだ上糸を切断していないので、ワイパ71の前進回動により糸逃がし部76bが上糸を横に押し退けても、上糸と下糸が絡んでいるため上糸はその張力によって縫い針11の上下動位置に復帰することができる。
その後、糸払いソレノイド73は、ワイパ71を動作位置で保持し、主軸角度T4を経て動メスにより上糸が切断される。
【0036】
そして、CPU101は、針位置検出器21における上位置検出信号を監視して、OFFからONに切り替わると(図4:T5)、ミシンモータ5の停止判定を開始する。かかる停止判定は、角度センサ22のカウント103によるカウントアップの停止状態から検出する。
【0037】
さらに、CPU101は、停止判定と並行して、角度センサ22の出力から、糸切り終了角度に到達したか否かの判定を行い、到達すると(図4:T6)、糸切りソレノイド16及び糸払いソレノイド73の駆動電流をOFFする。
この時点では、糸切り装置のカムコロは溝カムの溝の出口まで移動しているので、糸切りソレノイド16のOFFにより、溝カムを離れて初期位置に戻される。
また、ワイパ71は、糸払いソレノイド73のOFFにより動作位置から初期位置に向かって後退回動を行う。この時点では、既に切断タイミングとなる主軸角度T4は通過しているので上糸は切断されており、上糸はワイパ71の糸捕捉部76aに捕捉されて払われ、布地から上糸が抜き取られることとなる。
【0038】
なお、糸払いソレノイド73の駆動電流をOFFする主軸角度T6は、上糸を切断する主軸角度T4を通過し、且つ、縫い針11と針板13の間をワイパ71の通過が可能な針高さとなる主軸角度の範囲内であれば良い。また、この主軸角度T6の場合には、ソレノイドをOFFすればよいので、前述した主軸角度T3の場合のように、ソレノイドに駆動電流が流されてから、移動動作をするために必要な出力の電流が立ち上がるまでに要する時間を考慮する必要はない。
【0039】
その後、停止判定によりミシンモータ5の停止が検出され、さらに、予め定められた所定の待ち時間が経過すると、押さえ上げソレノイド15がONされ(縫製中はOFF)、布地が保持状態から解放されて、糸切り制御が終了となる。
【0040】
(実施形態の効果説明)
ここで、図7に示す比較例の糸切り制御と上記ミシン10における糸切り制御とを比較して、その技術的効果を説明する。
この比較例では、角度センサを使用せず、針位置検出器の上下の位置信号の検出と検出からの経過時間から各部の制御を行うものである。
即ち、糸切りスイッチ23の糸切り信号を受信し(図7:T01)、下位置検出信号ONにより糸切りソレノイド16がONされる(図7:T02)までは上記ミシン10と同一であり、その後、溝カムに規定された主軸角度T03で糸の切断が実行される。
そして、上位置検出信号ONが検出されると(図7:T04)、予め設定された所定時間の経過を待ってから糸切りソレノイド16がOFFされ、同時に糸払いソレノイド73がONされる(図7:T05)。これによりワイパ71は前進回動を行う。
さらに、糸払いソレノイド73がONされてから予め設定された所定時間の経過を待ってから、糸払いソレノイド73をOFFする(図7:T06)。これにより、ワイパ71は後退回動を行い、上糸の糸払いを実行する。
そして、糸払いソレノイド73がOFFされてから予め設定された所定時間の経過を待ってから、押さえ上げソレノイド15をONして(図7:T07)、布地を解放して糸切り制御が終了する。
【0041】
上述のように、比較例では、上糸の切断が完全に終わったタイミングで糸払いソレノイド73をONするので、ワイパの前進回動時に切断された上糸にワイパ71の糸逃がし部76bが触すると、上糸と下糸が絡んでいないため張力が発生せず上糸が縫い針11の上下動経路位置から逃げて撓んだままとなりやすく、後退回動時にワイパ71の糸捕捉部76aが上糸を捕捉できずに糸払いがうまく行えない状態を発生しやすい。特に、薄布や滑りやすい布の縫製時には、上糸が布を貫通する際の摩擦抵抗が低いため切断された上糸が布から引き出され易く、糸逃がし部76bの接触による上糸の撓みがより顕著となる。
一方、ミシン10の糸切り制御の場合には、ワイパ71の前進回動時には上糸がまだ切断されていないので、上糸と下糸が絡んだ状態のため張力を維持し、ワイパ71から逃げたとしてもすぐに元の縫い針11の上下動経路位置に戻ることができる。従って、ワイパ71の後退回動時には上糸がワイパ71の糸捕捉部76aに捕捉されて、より確実に糸払いを実行することが可能である。
【0042】
また、糸切り制御の所要時間について比較すると、比較例の場合には、上糸の切断(T03)、上位置信号ONが検出されてから(T04)、糸払いソレノイド73のONによるワイパの前進回動とOFFによる後退回動とが行われるので、これら二つの動作の完了を待ってから押さえ上げにより糸切り制御の完了となる。
一方、ミシン10の糸切り制御の場合には、上糸の切断(T4)より前の時点で既に糸払いソレノイド73がONされており、上糸の切断(T4)以降は、糸払いソレノイド73のOFFによる後退回動のみが行われてから押さえ上げにより糸切り制御の完了となる。
従って、上糸の切断後の糸払い動作時間は短縮されるため、次の縫製をすぐに開始することが可能となり。作業効率の向上を図ることが可能となる。
【0043】
(その他)
なお、上記実施形態では本縫いミシンを例示したが、ミシンの種類はこれに限定されるものではなく、縫い針下方をワイパの往復動作で払うものであれば他の形式のミシンにも発明の特徴を適用することは可能である。
【0044】
また、ミシン10は、針位置検出器21と角度センサ22とを備えているが、針位置検出器21で検出する主軸角度をメモリ内に記憶しておけば、全て角度センサ22によって検出することが可能であり、その場合には、角度センサ22のみを搭載する構成としても良い。その場合は、角度センサ22のみが「主軸角度の検出手段」として機能することとなる。
また、角度センサ22は、主軸又は下軸に設けてそれらの角度を直接的に検出する構成としても良い。
【0045】
また、上記ミシン10では、主軸の360°全ての角度を検出可能な角度センサ22により糸払いソレノイド73のONとOFFのタイミングを検出しているが、ソレノイド73の好適なONとOFFのタイミングが予め分かっている場合には、針位置検出器21のような所定の主軸角度のみを検出可能な検出手段を用いて糸払いソレノイド73のONとOFFのタイミングを検出してもよい。その場合は、針位置検出器21のみが「主軸角度の検出手段」として機能することとなる。
【0046】
(糸切り制御の他の例)
図4に示す糸切り制御の例では、糸切りスイッチ23による糸切り信号の検出後(T1)、ミシンモータ5が所定速度まで減速し且つ下位置検出信号がONに切り替わった後に(T2)、糸切りソレノイド16を駆動させ、糸切り装置のカムを動作させて動メスによる往復回動動作を開始させる。そして、動メスが上糸を切断するタイミングは、カムの溝形状により一定の主軸角度となるタイミングT4で実行されるようになっている。従って、T4より前となる所定の主軸角度のタイミングT3を角度センサ22で検出し、糸払いソレノイド73の駆動を開始する制御を行っている。
しかしながら、下位置検出信号がONに切り替わってから所定の主軸角度のタイミングT3に達するまでの経過時間は、常にほぼ一定であるため、タイミングT3の検出は角度センサ22に替えて、例えば、時間を計測するためのタイマにより検出しても良い。
即ち、制御装置100にタイマを設け、下位置検出信号のONが検出されると、タイマにより計時を開始し、T2からT3に到達するまでの所定時間が計時されると、CPU101は糸払いソレノイド73の駆動電流をONしてワイパ71の前進回動を実行させる。
これにより、動メスが上糸を切断する前にワイパ71を動作位置に前進回動させることができる。
【0047】
また、図4に示す糸切り制御の例では、上位置検出信号のONを検出すると(T5)、CPU101は、糸切り終了角度の到達を角度センサ22で検出してから(T6)、糸払いソレノイド73の駆動電流をOFFしているが、これも、角度センサ22に替えて、所定時間の経過を待ってから糸払いソレノイド73の駆動電流をOFFするように制御しても良い。
即ち、上位置検出信号のONの検出から糸切り終了角度の到達までの経過時間もだいたい一定であることから、CPU101は、上位置検出信号のONを検出すると、タイマにより計時を開始し、前記経過時間が計時されると、CPU101は糸払いソレノイド73の駆動電流をOFFしてワイパ71後退回動を実行させる。
このように、糸払いソレノイド73のONとOFFのタイミングを時間の計時に、基づいて行うことにより、角度センサ22を不要としつつ、当該角度センサ22を用いる場合と同様の動作制御を実現することが可能である。
【0048】
なお、糸払いソレノイド73をONする計時タイミングT3の時間は、予めメモリ102に記憶させておく必要があるが、そのタイミングは、縫い針11と針板13との間をワイパ71が通過可能であって、温度変化及び供給電圧の低下によるソレノイドの動作遅れを考慮したタイミングとすることが望ましい。
【符号の説明】
【0049】
10 ミシン
11 縫い針
12 針棒
13 針板
70 糸払い機構
71 ワイパ
73 糸払いソレノイド(駆動手段)
100 制御部(制御手段)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
信号に基づいて所定時期に動作し上糸を切断する糸切り装置と、
前記糸切り装置に前記信号を発生する操作入力手段と、
初期位置から動作位置までの前後の往復動作を行うワイパとその駆動手段とを備え、前記ワイパの前記動作位置から前記初期位置への復帰動作時に縫い針から被縫製物に渡る上糸を払って被縫製物から引き抜く糸払い機構と、
前記糸払い機構の駆動手段を制御する制御手段と、
縫い針の上下動に同期回転する駆動軸の所定の軸角度を検出する検出手段とを備えるミシンにおいて、
前記操作入力手段による前記糸切り装置への前記信号の発生後、前記制御手段が、前記検出手段の検出に基づいて、前記糸切り装置により上糸が切断される前に前記初期位置から前記動作位置への前記ワイパの前進動作が行われるように前記駆動手段を制御することを特徴とするミシン。
【請求項2】
前記制御手段は、前記縫い針と針板の間を前記ワイパが通過可能な所定の軸角度となってから、前記初期位置から前記動作位置への前記ワイパの前進動作が行われるように前記駆動手段を制御することを特徴とする請求項1記載のミシン。
【請求項3】
前記検出手段は、
前記糸切り装置の動作開始を規定する下位置信号を予め定めた駆動軸の軸角度で出力する針位置検出器と、
前記駆動軸の角度変化を検出する角度検出器又は時間を計時する計時手段とを有し、
前記制御手段は、前記針位置検出器の下位置信号を検出してから、前記角度検出器による規定の角度変化の検出又は前記計時手段による規定の経過時間を計時すると、前記ワイパの前進動作が行われるように制御することを特徴とする請求項1又は2記載のミシン。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2012−105896(P2012−105896A)
【公開日】平成24年6月7日(2012.6.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−258429(P2010−258429)
【出願日】平成22年11月19日(2010.11.19)
【出願人】(000003399)JUKI株式会社 (1,557)
【Fターム(参考)】