説明

リチウム二次電池用電極の製造方法

【課題】高い生産性とサイクル特性に優れたリチウム二次電池用電極を提供する。
【解決手段】真空蒸着装置100はチャンバー1と、真空ポンプ2、蒸発源3、蒸着領域20を備える。(A)表面に複数の凸部を有する集電体4を蒸着領域に配置し、蒸発源から集電体の法線方向Nに対して傾斜した方向に沿って集電体上に第1蒸着材料を供給して第1活物質層を形成する工程と、(B)第1活物質層が形成された集電体を蒸着領域に配置し、蒸発源から集電体の法線方向に対して傾斜した方向に沿って集電体上に第2蒸着材料を供給して第2活物質層を形成する工程とを包含し、工程(A)では、チャンバーの真空度P1パスカルと、集電体の表面と蒸発源との最小距離L(1)minメートルとの積は0.01以上であり、工程(B)では、チャンバーの真空度P2パスカルと、集電体の表面と蒸発源との最大距離L(2)maxメートルとの積は0.01未満である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、リチウム二次電池用電極の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、携帯機器の小型化や多機能化が進み、これに伴って携帯機器の電源としての電池の高容量化が切望されている。この要求を満足し得る二次電池としてリチウムイオン二次電池が注目されている。
【0003】
現在市販されているリチウム二次電池では、正極にLiCoO2などのリチウム含有複合酸化物を用い、負極に炭素を用いている。負極活物質として炭素を用いると、リチウムイオンの吸収および放出の体積当たり容量の最大値(理論容量)は372mAh/gである。これに対し、リチウムイオン二次電池の容量をより高めるために、炭素よりも理論容量の高い負極活物質として、理論容量が4200mAh/gであるシリコン(Si)を用いることが提案され、シリコンを含む材料およびそのような材料を用いた負極構造が数多く検討されている。
【0004】
しかしながら、シリコンを含む材料は、リチウムイオンを吸蔵および放出する際に大きく膨張・収縮する。従って、金属箔などの集電体上に、シリコンを含む材料を用いた活物質層を形成した構造を有する負極では、体積変化の大きい活物質層に対し、集電体はほとんど伸縮しないので、充放電を繰り返すと、活物質層が集電体から剥離して充放電に寄与しなくなる可能性がある。また、そのような負極を捲回型電池に使用すると、負極活物質の膨張によって集電体が弾性変形領域を超えて伸びてしまい、その結果、負極板が挫屈するなどの電極変形を生じる可能性もある。活物質層の剥離や電極変形は、充放電サイクル特性を低下させる要因となる。
【0005】
負極活物質の膨張および収縮に起因する活物質層の剥離や電極の変形を抑制するために、シート状の集電体表面に複数の活物質体を間隔を空けて配置することにより、負極活物質の膨張応力を緩和する空間を設ける構成が提案されている。
【0006】
例えば特許文献1は、集電体の法線方向に対して斜め方向から負極活物質を蒸着することによって(斜め蒸着)、集電体の表面に複数の柱状の活物質体からなる活物質層を形成することを開示している。特許文献1の方法によると、後述するシャドウイング効果により、隣接する活物質体の間に活物質が膨張するための空隙を確保することができる。特許文献1には、活物質体の形成に使用するロールツーロール方式の蒸着装置の構成も開示されている。
【0007】
ここで、斜め蒸着によって複数の活物質体が形成される理由を説明する。表面に凹凸を有する集電体に対して蒸着材料を斜めから入射させると、集電体表面の各凸部は、蒸着材料の照射されない影となる領域を形成する。このため、斜め蒸着を行うと、蒸着材料は集電体の各凸部上に堆積しやすく、各凸部上に活物質体が柱状に成長する。活物質体が成長すると、活物質体自体も集電体に影を形成するので、集電体表面には、凸部および柱状に成長していく活物質体の影となり、蒸着材料が堆積しない領域が形成される(シャドウイング効果)。この結果、複数の活物質体が間隔を空けて配置された構造を有する活物質層を得ることができる。なお、活物質体の間隔は、蒸着方向および集電体の表面凹凸の大きさなどによって調整できる。
【0008】
しかしながら、特許文献1の負極では、集電体上に複数の活物質体を間隔を空けて形成するために、各活物質体と集電体との接触面積が小さい。その上、集電体と活物質体との材質の違いにより両者の膨張率が異なるので、活物質体からなる活物質層と集電体との間の密着強度を十分に確保できず、集電体表面からの活物質層の剥離を十分に抑制できない可能性がある。
【0009】
この問題を克服する手段として、特許文献2は、複数の活物質体からなる活物質層と集電体との間に、活物質層の材料と同様の材料を含み、かつ、集電体表面に対する被覆率の高い層を設けることを提案している。特許文献2に提案された構成によると、活物質層と集電体との密着性を大幅に改善できるので、活物質層の剥離を抑えて充放電サイクル特性を向上することができる。
【0010】
なお、特許文献2に記載されているような被覆率の高い層を、その上に形成する活物質層と同様の斜め蒸着を用いて形成することは困難である。斜め蒸着では、蒸着方向および集電体表面の凹凸によってシャドウイング効果が生じ、蒸着材料が集電体の凸部上に選択的に堆積するので、集電体表面に対する被覆率を十分に高めることができないからである。
【0011】
そこで、特許文献2には、上記のような負極を製造する方法として、蒸着方向を変化させて2回の蒸着工程を行うことが提案されている。具体的には、集電体の法線方向から蒸着を行って集電体上に被覆率の高い層を形成した後、得られた層の上に、斜め蒸着によって複数の活物質体を形成する方法が記載されている(以下、「第1の方法」とする)。
【0012】
また、他の方法として、被覆率の高い層と活物質層とを同じ蒸着装置内で形成することも記載されている。この方法では、チャンバー内に、集電体表面に斜め方向から蒸着材料(例えばSi粒子)を入射させる領域(活物質層形成ゾーン)と、Si粒子をガス粒子との衝突などによって間接的に集電体表面に供給する領域(層形成ゾーン)とを設けた蒸着装置を用いる。まず、集電体を層形成ゾーンに配置し、ここで集電体表面に被覆率の高い層を形成する。この後、集電体を活物質層形成ゾーンに移動させ、被覆率の高い層が形成された集電体表面に複数の活物質体を形成する(以下、「第2の方法」とする)。
【特許文献1】特開2005−196970号公報
【特許文献2】国際公開第2007/094311号パンフレット
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
特許文献2に記載された第1の方法によると、蒸着方向が互いに異なる少なくとも2回の蒸着工程を行うために、それぞれの蒸着工程で用いる装置を別個に準備する必要がある。よって、製造コストが増大し、また、工程が複雑になるので製造効率が低下する可能性もある。
【0014】
また、特許文献2に記載された第2の方法によると、被覆率の高い層の組成や厚さを正確に制御したり、集電体表面の略全体を確実に覆う層を形成することが困難となる場合がある。従って、活物質層と集電体との密着性を効果的に向上させることができない可能性がある。
【0015】
このように、従来は、活物質の膨張応力を緩和するための空間を確保しつつ、活物質層と集電体との密着性を高めた構造を有するリチウム二次電池用電極を、生産性に優れたプロセスで製造することが困難であった。
【0016】
本発明は、上記事情を鑑みてなされたものであり、その目的は、高い生産性を確保しつつ、充放電サイクル特性に優れたリチウム二次電池用電極を製造することにある。
【課題を解決するための手段】
【0017】
本発明のリチウム二次電池用電極の製造方法は、チャンバーと、前記チャンバーを排気するための真空ポンプと、前記チャンバー内に設置され、第1および第2蒸着材料を蒸発させる蒸発源と、前記蒸発した第1および第2蒸着材料が到達する領域内に形成された蒸着領域とを備えた真空蒸着装置を用いたリチウム二次電池用電極の製造方法であって、(A)表面に複数の凸部を有する集電体を前記蒸着領域に配置し、前記蒸発源から、前記集電体の法線方向に対して傾斜した方向に沿って前記集電体上に前記第1蒸着材料を供給して第1活物質層を形成する工程と、(B)前記第1活物質層が形成された集電体を前記蒸着領域(20)に配置し、前記蒸発源から、前記集電体の法線方向に対して傾斜した方向に沿って前記集電体上に前記第2蒸着材料を供給して第2活物質層を形成する工程とを包含する。前記工程(A)では、前記チャンバーの真空度P1パスカルと、前記集電体の表面と前記蒸発源との最小距離L(1)minメートルとの積は0.01以上であり、前記工程(B)では、前記チャンバー(1)の真空度P2パスカルと、前記集電体の表面と前記蒸発源との最大距離L(2)maxメートルとの積は0.01未満である。
【0018】
本発明によると、同一の真空蒸着装置を用いて、真空蒸着装置のチャンバー内の真空度(Pa)と蒸発源から集電体表面までの距離(m)との積を調整することにより、集電体表面に対する被覆性の高い第1活物質層と、活物質の膨張のための空間をより多く含む第2活物質層とを形成することができる。よって、充放電の繰り返しによる活物質の集電体表面からの剥離や電極の変形が抑制されたリチウム二次電池用電極を効率的に製造できる。
【0019】
また、本発明の方法によると、第1および第2活物質層の形成を同一のチャンバー内で行うので、製造コストや製造工程数を低減できる。さらに、第1活物質層の組成や厚さを第2活物質層とは別個に制御できるので、第1および第2活物質層と集電体との密着強度を効果的に高めることができる。
【発明の効果】
【0020】
本発明の製造方法によれば、斜め蒸着を行うための蒸着装置を用いて、被覆率の高い第1活物質層と、活物質が膨張するための空間を有する第2活物質層とを連続して形成することができる。従って、充放電の繰り返しによる活物質の集電体からの剥離が抑制されたリチウム二次電池用電極を効率的に製造できる。また、第1および第2活物質層を形成するために別個の蒸着装置を用いる必要がないので、製造工程や製造コストを低減できる。
【0021】
本発明を適用すると、充放電の繰り返しによる活物質の剥離を抑えた電極が得られるので、充放電サイクル特性に優れたリチウム二次電池を提供できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0022】
はじめに、本発明によるリチウム二次電池用電極(以下、単に「電極」という)の製造方法の概略を説明する。
【0023】
本発明による製造方法では、真空蒸着装置を用いて、表面に複数の凸部を有する集電体上に第1活物質層および第2活物質層をこの順に形成する。第1および第2活物質層の形成は、何れも、斜め蒸着によって行う。「斜め蒸着」とは、集電体の法線方向に対して傾斜した方向(蒸着方向)から集電体表面に蒸着材料を供給することによって、集電体上に蒸着膜を形成する方法をいう。また、本発明による製造方法は、第1および第2活物質層を形成する際に、真空蒸着装置のチャンバー内の真空度(Pa)と蒸発源から集電体表面までの距離(m)との積を調整することを特徴としている。これにより、集電体表面に対する蒸着粒子の入射方向を制御することが可能になる。
【0024】
本明細書では、上記「真空度(Pa)」はチャンバー内のガス圧力を意味する。また、「蒸発源から集電体表面までの距離」とは、蒸発源に保持された蒸着材料の上面(蒸発面)の中心と集電体表面との距離(以下、「蒸着距離」と呼ぶ)を指す。また、「蒸着粒子の入射方向」は、蒸着源から蒸発した蒸着粒子の、集電体表面に到達する直前の進行方向を指す。従って、蒸着粒子が他の粒子等と衝突することなく集電体表面に到達する場合には、その蒸着粒子の入射方向は、チャンバー内の蒸着領域と蒸発源との配置によって定まる方向(蒸着方向)と等しくなる。
【0025】
第1活物質層を形成する工程では、上述した真空度と蒸着距離との積を0.01以上とする。この積が0.01以上であれば、後述するように、蒸発源から蒸発した蒸着粒子の一部は、集電体表面に到達する前にチャンバー内の他のガス分子と衝突して散乱する。従って、蒸着粒子の入射方向の指向性が低くなり、蒸着粒子は、蒸着方向にかかわらず、より広い角度から集電体表面に入射する。その結果、集電体表面のうち凸部が形成されていない領域にも蒸着粒子が堆積するので、集電体表面に被覆性の高い第1活物質層が形成される。
【0026】
一方、第2活物質層を形成する工程では、真空度と蒸着距離との積を0.01未満とする。この積が0.01未満であれば、蒸着粒子は、チャンバー内の他のガス分子と衝突しにくく、蒸着方向に沿って集電体表面に到達する可能性が高い。すなわち、蒸着粒子の入射方向の指向性の高い状態で蒸着が行われる。従って、蒸着粒子は、集電体表面の各凸部上に選択的に堆積して柱状に成長する。本明細書では、斜め蒸着によって各凸部上に形成された柱状体を「活物質体」と呼ぶ。隣接する活物質体の間には、上述したシャドウイング効果により、活物質体の膨張応力を緩和するための空隙が形成される。このようにして、複数の活物質体と、隣接する活物質体の間に形成された空隙とを含む第2活物質層が得られる。
【0027】
上記積は、チャンバー内の真空度(ガス圧力)を変えることによって調整してもよい。例えば、第1活物質層を形成する際には、チャンバー内に酸素などのガスを導入してチャンバー内のガス圧力を高め、第2活物質層を形成する際には、チャンバー内に導入するガスの量を低減するか、あるいは、チャンバーへのガスの導入を停止してチャンバー内のガス圧力を低くしてもよい。
【0028】
このように、本発明によると、斜め蒸着を行うための真空蒸着装置を用いて、指向性の低い蒸着を行って第1活物質層を形成し、続いて、指向性の高い蒸着を行って第2活物質層を形成することができる。これにより、集電体上に被覆性の高い第1活物質層を形成し、この第1活物質層上に、膨張応力を緩和するための空隙を有する第2活物質層を形成することが可能になる。従って、充放電サイクル特性に優れた構造を有する電極を、製造コストや製造工程を増やすことなく効率的に製造できる。
【0029】
なお、第1活物質層を形成する際に用いる蒸着材料と第2活物質層を形成する際に用いる蒸着材料とは同一であってもよいし、異なっていてもよい。同一の蒸着材料を用いると、第1および第2活物質層間のリチウムイオン吸蔵時の膨張率の差を抑えることができるので、これらの活物質層間の密着性を高めることができる。また、単一の蒸着源を使用して第1および第2活物質層を形成できるので有利である。
【0030】
リチウムイオン二次電池の高容量化のためには、第1および第2活物質層を形成する際に用いる蒸着材料のうち少なくとも一方はケイ素(Si)を含むことが好ましい。より好ましくは、これらの蒸着材料が何れもケイ素を含む。これにより、リチウムイオン二次電池の容量をより効果的に高めることができる。
【0031】
次に、真空蒸着装置のチャンバー内の真空度(Pa)と蒸発源から集電体表面までの距離(m)との積を調整することにより、集電体表面に対する蒸着材料の堆積位置の指向性を制御できる理由を説明する。ここでは、蒸発源としてSi源を用い、チャンバー内の真空度を調整するために、チャンバー内に酸素ガスを導入する場合を例に説明する。
【0032】
蒸発源から蒸発したSi原子の半径rSiを0.21nm(ファンデルワールス半径)、酸素分子の半径rO2を0.148nmとする。なお、酸素分子の半径rO2の値は、気体の粘性等のデータから剛体球モデルを利用して算出した値(W.J.Moore;物理化学第四版、東京化学同人)である。また、蒸発したSi原子同士の衝突が無いと仮定し、かつ、チャンバー内の酸素以外のガス分子の存在を無視すると、Si原子と酸素分子との衝突によって決まるSi原子の平均自由行程λSi(m)は、
λSi=1/[π×(rSi+rO22×(1+vO22/vSi21/2×nO2] (式1)
となる。ここで、vO2は酸素分子の平均速度(m/s)、vSiはSi原子の平均速度(m/s)、nO2は酸素分子の密度(個/m3)である。vO2およびvSiは、酸素分子の温度TO2を300K、Si原子の温度TSiを2300Kとすると、マクスウェル−ボルツマンの分布則から、
O2≒450 (式2)
Si≒1300 (式3)
となる。また、理想気体の状態方程式より、nO2
O2=PO2/(k×TO2) (式4)
によって求められる。ここで、PO2は酸素分圧(Pa)、kはボルツマン定数(1.38×1023J/K)である。
【0033】
上述した(式1)〜(式4)からλSiとPO2との関係を求めると、
λSi×PO2≒0.01 (式5)
となる。この関係を示すグラフを図1に示す。
【0034】
蒸着距離L(m)が平均自由行程λSi以上のとき(L≧λSi)、すなわち
L×PO2≧0.01 (式6)
を満足するとき、蒸発源から蒸発したSi原子が集電体表面に到達する前に酸素分子と衝突する確率が1/2以上となる。従って、蒸発したSi原子のうち、集電体に入射する前にSi原子の進行方向が変化するSi原子の割合が高くなる。
【0035】
一方、蒸着距離L(m)が平均自由行程λSi未満のとき(L<λSi)、すなわち
L×PO2<0.01 (式7)
を満足するとき、蒸発源から蒸発したSi原子のうち、酸素分子と衝突することなく集電体表面に到達するSi原子の割合が高くなる。従って、蒸発したSi原子の大部分が、所定の蒸着方向(集電体の法線方向に対して傾斜した方向)から集電体表面に入射し、集電体の凸部上に選択的に堆積する。
【0036】
なお、上記(式6)および(式7)で示す関係においては、酸素以外の残留ガス圧が十分に小さければ、それらの残留ガスの分子とSi原子との衝突は無視できるので、蒸発したSi原子の挙動は残留ガスの有無にかかわらず略同じとみなすことができる。従って、チャンバー内の真空度Pを酸素分圧PO2と等しいとみなすことができる(P≒PO2)。この場合、上記(式6)および(式7)は、それぞれ、以下のようになる。
L×P≧0.01 (式6’)
L×P<0.01 (式7’)
本発明では、上記(式6’)を満足する条件で第1活物質層を形成するので、計算の上では、蒸発したSi原子の約1/2以上が散乱して、蒸着方向と異なる方向から集電体表面に入射することになる。その結果、一部のSi原子は、シャドウイング効果が生じない角度から集電体表面に入射し、集電体表面のうち凸部が形成されていない領域にも堆積する。このようにして、集電体表面との接触面積が大きく、密着性に優れた第1活物質層が得られる。なお、散乱せずに集電体表面に到達したSi原子は、シャドウイング効果によって集電体の凸部上に選択的に堆積するので、多くの場合、第1活物質層の厚さは、集電体表面の凸部上で凸部が形成されていない領域上よりも大きくなる。好ましくは、蒸着距離Lとチャンバー内の真空度との積が0.02以上となる条件で第1活物質層の形成を行う。これにより、より多くのSi原子が散乱してその進行方向を変えるので、密着性の高い第1活物質層をより確実に形成できる。また、第1活物質層のうち集電体表面の凸部上に位置する部分と凸部が形成されていない領域上に位置する部分との厚さの差を小さく抑えることができるので、第1活物質層の最大厚さを抑えつつ、集電体との密着性を高めることができる。
【0037】
また、上記(式7’)を満足する条件で第2活物質層を形成するので、計算の上では、蒸発したSi原子の約1/2以上が所定の蒸着方向に沿って第1活物質層の表面に入射する。ここで、第1活物質層は、集電体の表面凹凸に起因した凹凸を有する。前述したように第1活物質層が集電体の凸部上で厚くなっている場合には、集電体の表面凹凸よりも段差の大きな凹凸を有する。そのため、蒸着方向から集電体表面に入射するSi原子は、シャドウイング効果によって、第1活物質層を介して、集電体の凸部上に選択的に堆積する。その結果、第1活物質層上に複数の柱状の活物質体が形成される。好ましくは、蒸着距離Lとチャンバー内の真空度との積が0.005未満となる条件で第2活物質層の形成を行う。これにより、活物質体の膨張空間をより確実に確保できる。
【0038】
なお、上記では、チャンバー内に酸素ガスを導入した場合を例に説明を行ったが、酸素ガスの代わりに他のガス(例えばアルゴンなどの蒸着材料と反応しないガス)を導入した場合でも略同じ蒸着条件が算出される。従って、第1および第2活物質層を形成する際の真空度(Pa)と蒸着距離(m)との積の範囲は、チャンバー内に導入するガスの種類にかかわらず一定である。同様に、上記積の範囲は、Si以外の蒸着材料を用いた場合でも一定である。
【0039】
(実施形態)
以下、リチウム二次電池用の負極を製造する方法を例に実施形態を説明する。本実施形態では、ロールツーロール方式の真空蒸着装置を用いて、集電体上に被覆性の高い第1活物質層と、複数の活物質体からなる第2活物質層とをこの順で形成する。
【0040】
まず、図面を参照しながら、本実施形態で使用する真空蒸着装置の一例を説明する。
【0041】
〈真空蒸着装置の構成〉
図2は、本発明による実施形態の蒸着装置を模式的に示す断面図である。
【0042】
蒸着装置100は、チャンバー1と、チャンバー1の外部に設けられ、チャンバー1を排気するための排気ポンプ2と、図示しないがチャンバー1の外部からチャンバー1に酸素ガスなどのガスを導入するガス導入管とを備える。チャンバー1の内部には、蒸着原料12を蒸発させる蒸発源3と、シート状の基板(集電体)4を搬送するための搬送部と、搬送される集電体4と蒸発源3との間に配置され、蒸発源3から蒸発した蒸着原料12を遮蔽するマスク10a、10bと、ガス導入管に接続され、チャンバー1にガスを供給するためのガスノズル11とが設けられている。
【0043】
蒸発源3は、例えば蒸着原料12を収容する坩堝などの容器と、蒸着原料12を蒸発させるための加熱装置(図示せず)とを含み、蒸着材料12および容器は適宜着脱可能に構成されている。加熱装置としては、例えば抵抗加熱装置、誘導加熱装置、電子ビーム加熱装置などを用いることができる。蒸着を行う際には、坩堝内に収容された蒸着原料12が上記加熱装置によって加熱されて、その上面(蒸発源)12sから蒸発し、集電体4の表面に供給される。
【0044】
搬送部は、集電体4を巻き付けて保持し得る第1および第2のロール5、9と、集電体4を案内するガイド部とを含む。ガイド部は、搬送ローラ6a、6bと、第1および第2のキャンロール7、8とを有し、これにより、集電体4の搬送経路が規定される。
【0045】
本実施形態では、第1および第2のロール5、9の何れか一方が集電体4を繰り出し、上記ガイド部は繰り出された集電体4を搬送経路に沿って案内し、第1および第2のロール5、9の他方が集電体4を巻き取る。巻き取られた集電体4は、必要に応じて、上記他方のロールによってさらに繰り出され、搬送経路を逆方向に搬送される。このように、本実施形態における第1および第2のロール5、9は、搬送方向によって巻き出しロールとしても巻き取りロールとしても機能することができる。また、搬送方向の反転を繰り返すことによって、集電体4が蒸着領域20を通過する回数を調整できるので、所望の回数の蒸着工程を連続して実施できる。
【0046】
第1スキャンロール7および第2スキャンロール8は、これらのロール7、8の間を搬送される集電体4の表面が蒸発面12sと対向するように配置されている。従って、集電体4の搬送経路のうち第1スキャンロール7および第2スキャンロール8との間に位置し、かつ、マスク10a、10bによって遮蔽された領域を除いた領域20が「蒸着領域」となる。ガスノズル11は、蒸着領域20を走行する集電体4の表面にガスを供給するように配置されている。
【0047】
本実施形態では、蒸発面12sから蒸発した蒸着材料が、蒸着領域20を走行する集電体4の法線方向に対して傾斜した方向(蒸着方向)から集電体4に入射するように、第1および第2スキャンロール7、8およびマスク10a、10bが配置されている。本明細書において、蒸着領域20を走行する集電体4と蒸発面12sとを結んだ直線と、そのときの集電体4の法線方向Nとのなす角度を「蒸着角度」とする。従って、図示する例では、蒸着領域20の第1スキャンロール側の端部20xで蒸着角度が最小になり、第2スキャンロール側の端部20yで蒸着角度が最大となる。本明細書では、蒸着領域20における蒸着角度の最小値を最小蒸着角度θmin、蒸着角度の最大値を最大蒸着角度θmaxという。ここでは、蒸着領域20における最小蒸着角度θminを20°以上、最大蒸着角度θmaxを85°以下とする。なお、最小蒸着角度θminは45°以上であることが好ましく、より好ましくは60°以上である。これにより、蒸着した活物質の膨張応力緩和に必要な空隙を確保できる。
【0048】
第1および第2のロール5、9、搬送ローラ6a、6bおよび第1および第2スキャンロール7、8は、例えば長さが600mmの円筒形を有しており、その長さ方向(すなわち搬送する集電体4の幅方向)が互いに平行になるようにチャンバー内に配置されている。図2では、これらの円筒形の底面に平行な断面のみが示されている。蒸発源3は、例えば蒸着原料12の蒸発面12sが、上記搬送部によって搬送される集電体4の幅方向に平行に十分な長さ(例えば600mm以上)を有するように構成されていてもよい。これによって、集電体4の幅方向に略均一な蒸着を行うことができる。なお、蒸発源3は、搬送される集電体4の幅方向に沿って配列された複数の坩堝から構成されていてもよい。さらに、ガスノズル11も、例えば搬送される集電体4の幅方向(図2に示す断面に垂直な方向)に沿って延びた管であり、その側面に、蒸着領域20にガスを噴出するための複数の出射口を有していてもよい。
【0049】
<電極の作製方法>
以下、図3(a)〜(e)および前述した図2を参照しながら、本実施形態の電極の作製方法の一例を説明する。図3(a)〜(e)は、本実施形態の電極の作製方法を説明するための模式的な工程断面図である。
【0050】
まず、以下の方法で図3(a)に示すように、金属箔の表面に規則的な凹凸パターンを形成することにより、表面に複数の凸部42を有する集電体4を形成する。厚さが18μmの圧延銅箔(日本製箔製)上にネガ型フォトレジストを塗布し、対角線の長さが10μm×20μmのひし形のパターンが配置されたネガ型マスクを用いて、銅箔上のレジストフィルムを露光し、現像した。形成された溝に、電解法により銅粒子を析出させた。その後、レジストを除去して、凹部および凹部で区画された突出領域(10×20μmのひし形)を有する集電体を得た。金属箔として、例えば表面が粗化された銅箔であってもよく、市販されている表面粗さの大きい金属箔(凹凸箔)を用いることもできる。
【0051】
次いで、図2に示す真空蒸着装置100の第1のロール5に集電体4を巻き付けて設置する。また、蒸発源3にSi源を用いる。さらに、ガスノズル11を、マスフローメータを介してチャンバー1の外部に配置した酸素ボンベ(図示せず)と接続する。
【0052】
この後、第1活物質層の形成を行う。まず、真空ポンプ2によってチャンバー1を排気する。蒸発源に電子ビームを照射し、電子ビーム電力を所定の値にする。チャンバー1に酸素ガスを導入して、チャンバー1内を所定の真空度P1に調整する。真空度P1は、蒸着領域20に配置される集電体4の表面と蒸発面12sとの距離(蒸着距離)をL1とすると、P1×L1≧0.01を満足する範囲で選択される。
【0053】
チャンバー1の真空度P1は、チャンバー1の内部に設置された真空計(図示せず)を用いて測定される。なお、上記の関係はSi原子の平均自由行程を考慮して得られることから、上記関係の「真空度P1」は、正確には、チャンバー1内の蒸発面12sと蒸着領域20との間に真空計を配置して測定した真空度(ガス圧力)である。しかしながら、チャンバー1のガス圧力が十分に低い場合(例えば10-1Pa以下)、チャンバー1の内部のガス圧力は略均一となるので、チャンバー1内の真空計の位置によって測定値はほとんど変わらないと考えられる。よって、真空計の位置は特に限定されず、例えばチャンバー1の側壁に真空計を設置してチャンバー1内の真空度P1を測定してもよい。
【0054】
本実施形態では、蒸着距離L1は、集電体4の幅方向に垂直な断面において、蒸着領域20に配置された集電体4の表面上の点と、蒸発面12sの中心とを結ぶ線分の長さを指す。従って、蒸着距離L1は、蒸着領域20における位置によって変化する。蒸着領域20における位置にかかわらず上述した関係を満足させるためには、蒸着距離L1の最小値(最小蒸着距離)L(1)minと真空度P1との積が0.01以上であればよい(P1×L(1)min≧0.01)。図示する例では、蒸着領域20のうち蒸発面12sに最も近い部分20xと蒸発面12sとの距離Lminが最小蒸着距離L(1)minとなる。
【0055】
続いて、集電体4を第1のロール5から繰り出し、搬送ローラ6aおよび第1スキャンロール10aによって蒸着領域20に導く。蒸着領域20を走行する集電体4には、蒸発源3から蒸発したSi原子が供給される。
【0056】
このとき、図3(b)に示すように、集電体4の法線方向に対して傾斜した方向Dから供給されるSi原子の一部は、集電体4の表面に到達する前に酸素ガスや他のSi原子と衝突し、その進行方向が変化する。従って、Si原子の一部は、蒸着方向Dと異なる方向から集電体4に入射する。
【0057】
その結果、図3(c)に示すように、進行方向が変化した一部のSi原子は、集電体4の凸部42のみでなく、凸部42が形成されていない領域にも入射し、酸素と反応してケイ素酸化物となる(反応性蒸着)。一方、蒸着方向Dに沿って集電体4まで到達したSi原子は、シャドウイング効果により、集電体4の凸部42上のみに入射し、酸素と反応してケイ素酸化物となる。このようにして、ケイ素酸化物からなる第1活物質層45を得る。図示する例では、得られた第1活物質層45のうち集電体4の凸部42上に位置する部分45aは、凸部42が形成されていない領域上に位置する部分45bよりも厚くなる。
【0058】
第1活物質層45が形成された後の集電体4は、第2スキャンロール8および搬送ローラ6bによって第2のロール9まで搬送され、第2のロール9によって巻き取られる。
【0059】
次に、第2活物質層の形成を行う。まず、チャンバー1に導入する酸素ガスの流量を抑えるか、あるいは、酸素ガスの導入を停止して、チャンバー1内を所定の真空度P2に調整する。真空度P2は、蒸着領域20に配置される集電体4の表面と蒸発面12sとの距離(蒸着距離)をL2とすると、P1×L2<0.01を満足する範囲で選択される。なお、本実施形態では、第2活物質層を形成する際の蒸着距離L2は第1活物質層を形成する際の蒸着距離L1と同じである。蒸着領域20における位置にかかわらず上述した関係を満足させるためには、蒸着距離L2の最大値(最大蒸着距離)L(2)maxと真空度P2との積が0.01未満であればよい(P2×L(2)max<0.01)。図示する例では、蒸着領域20のうち蒸発面12sから最も離れた部分20yと蒸発面12sとの距離Lmaxが最小蒸着距離L(2)maxとなる。
【0060】
次いで、集電体4を第2のロール9から繰り出し、搬送ローラ6bおよび第2スキャンロール10bによって蒸着領域20に導く。蒸着領域20を走行する集電体4には、蒸発源3から蒸発したSi原子が供給される。
【0061】
このとき、図3(d)に示すように、集電体4の法線方向に対して傾斜した方向DからSi原子が供給される。前述したように、P1×L2<0.01の条件下では、Si原子が集電体4の表面に到達する前に酸素ガスと衝突する確率は低いので、大部分のSi原子は、蒸着方向Dに沿って、第1活物質層45のうち集電体4の凸部42上に位置する部分45aに選択的に入射する。
【0062】
その結果、図3(e)に示すように、集電体4の各凸部42上に、第1活物質層45を介して、ケイ素またはケイ素酸化物からなる活物質体47が形成される。各活物質体47は、蒸着方向Dに起因して、集電体4の法線方向に対して傾斜した方向に成長し、これにより、複数の活物質体47からなる第2活物質層48が得られる。隣接する活物質体47の間には、活物質体47が膨張するための空間47’が形成される。
【0063】
第2活物質層48が形成された後の集電体4は、第1スキャンロール10aおよび搬送ローラ6aによって搬送され、第1のロール5で巻き取られる。このようにして、集電体4の上に第1および第2活物質層45、48を有する電極200を得る。
【0064】
上記方法によると、同一の蒸着領域20を利用して第1活物質層45および第2活物質層48を形成できる。従って、より簡便で小型の蒸着装置を用いて効率的に電極200を作製できるので有利である。
【0065】
第1活物質層45は、集電体4の表面の略全体を覆う連続膜(いわゆるベタ膜)であることが好ましい。集電体4の表面に対する被覆率が高くなり、集電体4と第1活物質層45との密着性をより高めることができるからである。
【0066】
第1活物質層45の厚さH1は、例えば0.1μm以上10μm以下であることが好ましい。0.1μm以上であれば、活物質の集電体4からの剥離を効果的に抑制できる。一方、10μmを超えると、第1活物質層45の膨張によって集電体4が変形する可能性がある。ここでいう「第1活物質層45の厚さH1」は、図3(c)に示すように、集電体4の凸部42の上面または頂点から第1活物質層45の上面までの、集電体4の法線方向Nに沿った距離を指す。
【0067】
第2活物質層48の厚さH2は、例えば5μm以上20μm以下であることが好ましい。5μm以上であれば十分な容量を確保できる。一方、厚さH2が20μmを超えると、活物質体47のアスペクト比が大きくなるために、活物質体47の折れ等の破損が起こりやすくなるため、特性劣化の要因となる可能性がある。ここでいう「第2活物質層47の厚さH2」は、図3(e)に示すように、第1活物質層45の上面から活物質体47の上面までの、集電体4の法線方向Nに沿った距離を指す。
【0068】
なお、上記方法では、集電体4が蒸着領域20を2回通過するが、集電体4の搬送方向を反転させることによって蒸着領域20を3回以上通過してもよい。例えば、第2活物質層形成工程において、集電体4が蒸着領域20を2回以上通過するように真空蒸着装置100を動作させて、積層構造を有する第2活物質層を形成してもよい。あるいは、チャンバー1内に蒸着方向の異なる複数の蒸着領域を設けてもよい。この場合、蒸着方向を切り換えながら複数段の斜め蒸着を行うことにより、ジグザグ状に成長させた複数の活物質体からなる第2活物質層を形成することもできる。このような活物質体を形成するための具体的な蒸着条件は、例えば本出願人による国際公開第2007/086411号パンフレットに記載されている。
【0069】
また、チャンバー1内に導入する酸素ガスの流量を調整することによって真空度P1、P2を制御しているが、代わりに、蒸着材料(例えばSi)と反応しないアルゴンガスを導入してもよい。あるいは、酸素ガスおよびアルゴンガスの両方を導入してもよい。蒸着材料12もSiに限定されず、代わりにGe、Sn等リチウムを吸蔵放出する元素を用いてもよい。上記方法では、第1および第2活物質層45、48の形成には、同一の蒸着材料(Si)12を用いているが、異なる蒸着材料を用いてもよい。
【0070】
さらに、上記方法では、同一の蒸着領域20を利用して第1活物質層45および第2活物質層48を形成しているので、第1および第2活物質層45、48を形成する際の蒸着距離L1、L2は同じであるが、これらは互いに異なっていてもよい。例えば、蒸着源3の位置を変えることによって蒸着距離L1、L2を調整してもよい。
【0071】
本実施形態で使用する真空蒸着装置の構成は、上述した真空蒸着装置100の構成に限定されないが、量産性の観点からロールツーロール方式などの連続処理が可能な蒸着装置であることが好ましい。
【0072】
また、第1活物質層45および第2活物質層48の断面形状は、図3(e)に例示する形状に限定されない。第1活物質層45は、少なくとも第2活物質層48よりも高い被覆率を有し、第2活物質層48は、少なくとも第1活物質層45よりも多く膨張応力を緩和するための空隙を有していれば、本発明による効果を得ることができる。
【0073】
本実施形態の方法で作製された電極は、リチウム二次電池の負極および正極のいずれにも適用できるが、好ましくはリチウム二次電池用の負極として用いられる。この場合、正極活物質として、例えばコバルト酸リチウム(LiCoO2)、ニッケル酸リチウム(LiNiO2)、マンガン酸リチウム(LiMn24)などのリチウム含有遷移金属酸化物を用いることができる。
【0074】
(実施例および比較例)
実施例および比較例の電極およびそれを用いた電極を作製し、特性の評価を行ったので、その方法および結果を説明する。
【0075】
<電極の作製方法>
(i)実施例
まず、厚さが18μmの圧延銅箔(日本製箔製)上に、ひし形のパターンが配置されるように銅めっきを行い、実施例で使用する集電体を得た。図4(a)および(b)は、それぞれ、実施例における集電体の模式的な断面図および上面図である。図示するように、各凸部42は、上面が菱形(対角線の長さ:10μm×20μm)の四角柱状(高さ:10μm)とした。また、菱形の短い方の対角線に沿った方向を「X方向」、長い方の対角線に沿った方向を「Y方向」とすると、X方向に22μmのピッチPXで凸部42を配列した列と、この列をピッチPXの1/2だけX方向に平行移動させた例とを、Y方向に沿って55μmのピッチPYで交互に配列した。
【0076】
次いで、図2に示す真空蒸着装置100を用いて、図2および図3を参照しながら上述した方法と同様の方法で第1および第2活物質層を形成した。蒸発源には、純度99.9999%のケイ素単体((株)高純度化学研究所製)を用いた。また、蒸着角度θが70°となり、かつ、蒸発面と蒸着領域に配置された集電体との距離(蒸着距離)の最小値Lminが0.7m、最大値Lmaxが0.9mとなるように、蒸着領域および蒸発源を配置した。
【0077】
続いて、チャンバー内に215sccmの流量で酸素ガスを導入し、チャンバー内の真空度P1を3×10-2とした。この状態で、蒸発源によって蒸発させたSi粒子を、蒸着領域を走行する集電体の表面に供給することにより、集電体上に、ケイ素と酸素とを含む化合物(ケイ素酸化物)からなる第1活物質層を形成した(第1活物質層形成工程)。蒸発源に照射する電子ビーム電力を11kW、蒸着時間を8分とした。
【0078】
この後、チャンバー内への酸素ガスの導入を停止し、チャンバー内の真空度P2を3×10-3とした。この状態で、蒸発源によって蒸発させたSi粒子を、蒸着領域を走行する集電体の表面に供給することにより、第1活物質層上に、ケイ素からなる第2活物質層を形成した(第2活物質層形成工程)。蒸発源に照射する電子ビーム電力を11kW、蒸着時間を16分とした。
【0079】
このようにして、実施例の電極を得た。得られた電極をエポキシ系樹脂に包埋および研磨し、その断面を走査型電子顕微鏡(SEM)で観察した。
【0080】
図5は、実施例の電極の断面SEM像を示す図である。図5から、第1活物質層45は、集電体4の表面全体を覆う連続膜であり、第2活物質層48は、第1活物質層45上に間隔を空けて配置された複数の活物質体47から構成されていることがわかる。また、第1活物質層45の厚さは6μm、第2活物質層48の厚さは11μmであった。
【0081】
(ii)比較例1
第1活物質層を形成しない点以外は、実施例と同様の方法および条件で比較例1の電極を作製した。得られた電極の断面を、実施例と同様の方法で観察した。
【0082】
図6は、比較例1の電極の断面SEM像を示す図である。図6に示すように、比較例1の電極は、集電体4と、集電体4の各凸部42上に配置された複数の活物質体52とを有していた。また、集電体4の表面のうち隣接する凸部42の間にはSi原子が堆積されていないことが確認された。複数の活物質体52からなる第2活物質層53の厚さは12μmであった。
【0083】
(iii)比較例2
実施例と同様の集電体を用い、実施例と同様の方法で集電体上に第1および第2活物質層を形成することによって比較例2の電極を作製した。ただし、比較例2では、第1活物質層を形成する際の酸素流量を43sccm、真空度P1を7×10-3Paとした。そのため、第1活物質層を形成する際の真空度と蒸着距離との積は0.01未満となった。第1活物質層を形成する際の他の条件および第2活物質層を形成する際の条件は、実施例の条件と同様とした。得られた電極の断面を、実施例と同様の方法で観察した。
【0084】
図7は、比較例2の電極の模式的な断面図である。図7に示すように、第1活物質層56は、集電体4の各凸部42上に配置された活物質体55から構成され、第2活物質層58は、各活物質体55上に配置された活物質体57から構成されることがわかった。第1活物質層56の形成工程では、上記積が0.01未満であるためにSi原子と酸素との衝突が起こりにくく、その結果、シャドウイング効果によって集電体4の表面のうち凸部42が形成されていない領域上にはSi原子が堆積されなかったからと考えられる。比較例2の第1活物質層56の厚さは5μm、第2活物質層58の厚さは10μmであった。
【0085】
上述した実施例および比較例の電極の作製条件および各活物質層の厚さの測定結果を表1にまとめて示す。
【0086】
【表1】

【0087】
<サンプル電池の作製>
上記方法で得られた実施例および比較例1、2の電極を直径が12.5mmの円形に打ち抜いて、サンプル電池用の電極を形成した。次いで、得られたサンプル電池用の電極を用いて、それぞれ、サンプル電池を作製した。
【0088】
図8は、実施例および比較例1、2の電極を用いて作製したサンプル電池を模式的に示す断面図である。サンプル電池は、上述したサンプル電池用の電極31と、電極31に対向する対極(金属リチウム)33と、対極33と電極31との間に介在し、リチウムイオンを伝導する電解質を含むセパレータ32とを有する。電極31の対極33と対向していない側の表面には、電極31から集電するための金属円板34が設けられており、金属円板34とコイン型電池ケース36の底面との間には、電極31を加圧するための皿ばね35が配置されている。電極31および対極33は、セパレータ33および電解質とともにコイン型電池ケース36内に収納され、ガスケット38を有する封口板37によって封止されている。また、電池ケース36および封口板35は、それぞれ、電極31および対極33と電気的に接続されており、正負の端子としても機能する。
【0089】
本実施例および比較例では、対極33として、厚さが300μmのリチウム金属箔(本荘ケミカル製)、セパレータ32として、厚さが20μmのポリエチレン微多孔膜(旭化成製)を用いて、2016サイズのコイン型のサンプル電池(直径:20mm、厚さ1.6mm)を作製した。電解液としては、炭酸エチレンと炭酸ジエチルとの1:1(体積比)混合溶媒に、6フッ化リン酸リチウム(LiPF6)を1mol/L溶解して得られた溶液を用いた。なお、電解液の含浸は、電解液中にセパレータ32および電極31を10秒間浸漬することにより行った。
【0090】
<サンプル電池の評価方法および結果>
続いて、実施例、比較例1および比較例2のサンプル電池の充放電サイクル試験を行った。
【0091】
充放電サイクル試験では、各サンプル電池を20℃の恒温槽に収納し、電池電圧が1.5Vになるまで1mA/cm2の定電流で充電し、次いで、0.0Vになるまで1mA/cm2の定電流で放電するサイクルを10回繰り返した。1サイクル目の放電容量に対する10サイクル目の放電容量の割合を求めて「容量維持率(%)」とした。充放電サイクル試験後、各サンプル電池を分解し、電極の活物質の状態を観察した。
【0092】
容量維持率の測定結果および充放電サイクル試験後の活物質の状態を表2に示す。
【0093】
【表2】

【0094】
表2に示す結果から、実施例の電池サンプルは、10サイクル後も90%以上の容量を維持しており、優れた充放電サイクル特性を有することがわかった。実施例の電極では、第1活物質層によって第2活物質層と集電体との密着性が高められ、その結果、活物質の集電体からの脱落が効果的に防止されたからと考えられる。より詳しく説明すると、第1活物質層は集電体に対して高い被覆性を有し、集電体との接触面積が大きいので、第1活物質層と集電体との密着強度は大きい。また、第1および第2活物質層は同じ蒸着材料(Si)を用いて形成されているので、これらの活物質層のリチウムイオンの吸蔵に伴う膨張率の差は小さく抑えられている。よって、充放電を繰り返しても、第2活物質層を構成する各活物質体が第1活物質層から脱落しにくい。
【0095】
一方、比較例1および比較例2の電池サンプルの容量は、充放電サイクルによって大幅に低下することがわかった。比較例1では、第2活物質層を構成する各活物質体と集電体との接触面積が小さく、かつ、活物質体および集電体の膨張率が大きく異なっているために、充放電の繰り返しによって活物質体が集電体から脱落しやすいからと考えられる。また、比較例2では、十分な被覆性を有する第1活物質層が形成されなかった結果、活物質の脱落を抑制する効果がほとんど得られなかったからと考えられる。
【0096】
なお、サイクル特性の評価に使用した電池サンプルでは、実施例および比較例の各電極が正極となり、金属リチウムが負極となるが、実施例および比較例の各電極を負極とする電池サンプルを作製して充電試験を行っても、上記と同様の結果が得られる。
【産業上の利用可能性】
【0097】
本発明によるリチウム二次電池用電極の製造方法は、リチウムイオンの吸蔵・放出による体積変化の大きい活物質を用いた電極、例えばケイ素やケイ素酸化物を活物質とするリチウム二次電池用負極に適用すると、高い容量を確保しつつ、充放電サイクル特性を大幅に改善できるので有利である。
【0098】
本発明は、コイン型、円筒型、扁平型、角型などの様々なリチウム二次電池に適用できる。これらのリチウム二次電池は、優れた充放電サイクル特性を有するので、PC、携帯電話、PDA等の携帯情報端末や、ビデオレコーダー、メモリーオーディオプレーヤー等のオーディオビジュアル機器などに広く使用され得る。
【図面の簡単な説明】
【0099】
【図1】チャンバー内の酸素分圧とケイ素原子の平均自由行程との関係を示すグラフである。
【図2】本発明の実施形態で用いる真空蒸着装置の一例を示す模式的な断面図である。
【図3】(a)から(e)は、本発明の実施形態の電極の製造方法を説明するための工程断面図である。
【図4】(a)および(b)は、それぞれ、実施例で使用する集電体の断面図および平面図である。
【図5】実施例の電極断面の走査型電子顕微鏡像を示す図である。
【図6】比較例1の電極断面の走査型電子顕微鏡像を示す図である。
【図7】比較例2の電極を模式的に示す断面図である。
【図8】実施例および比較例の電極を用いて作製したサンプル電池の構成を模式的に示す断面図である。
【符号の説明】
【0100】
1 チャンバー
2 真空ポンプ
3 蒸発源
4 集電体
5 第1のロール
6a、6b 搬送ロール
7 第1キャンロール
8 第2キャンロール
9 第2のロール
10a、10b マスク
11 ガスノズル
12 蒸着材料
12s 蒸発面
31 サンプル電池用の電極
32 セパレータ
33 対極(リチウム金属箔)
34 金属円板
35 皿ばね
36 コイン型電池ケース
37 封口板
38 ガスケット
42 凸部
45 第1活物質層
47 活物質体
48 第2活物質層
100 真空蒸着装置
200 電極

【特許請求の範囲】
【請求項1】
チャンバーと、前記チャンバーを排気するための真空ポンプと、前記チャンバー内に設置され、第1および第2蒸着材料を蒸発させる蒸発源と、前記蒸発した第1および第2蒸着材料が到達する領域内に形成された蒸着領域とを備えた真空蒸着装置を用いたリチウム二次電池用電極の製造方法であって、
(A)表面に複数の凸部を有する集電体を前記蒸着領域に配置し、前記蒸発源から、前記集電体の法線方向に対して傾斜した方向に沿って前記集電体上に前記第1蒸着材料を供給して第1活物質層を形成する工程と、
(B)前記第1活物質層が形成された集電体を前記蒸着領域に配置し、前記蒸発源から、前記集電体の法線方向に対して傾斜した方向に沿って前記集電体上に前記第2蒸着材料を供給して第2活物質層を形成する工程と
を包含し、
前記工程(A)では、前記チャンバーの真空度P1パスカルと、前記集電体の表面と前記蒸発源との最小距離L(1)minメートルとの積は0.01以上であり、
前記工程(B)では、前記チャンバーの真空度P2パスカルと、前記集電体の表面と前記蒸発源との最大距離L(2)maxメートルとの積は0.01未満であるリチウム二次電池用電極の製造方法。
【請求項2】
前記工程(B)は、前記第1活物質層を介して、前記集電体の各凸部上に前記第2蒸着材料を堆積させることにより、前記第1活物質層上に間隔を空けて配置された複数の活物質体を形成し、これによって、複数の活物質体からなる第2活物質層を形成する工程である請求項1に記載のリチウム二次電池用電極の製造方法。
【請求項3】
前記P1は前記P2よりも大きい請求項1に記載のリチウム二次電池用電極の製造方法。
【請求項4】
前記第1活物質層および前記第2活物質層のうち少なくとも一方はシリコンを含む請求項1に記載のリチウム二次電池用電極の製造方法。
【請求項5】
前記第1蒸着材料および前記第2蒸着材料はシリコンを含む請求項1に記載のリチウム二次電池用電極の製造方法。
【請求項6】
前記第1蒸着材料と前記第2蒸着材料とは同一である請求項1に記載のリチウム二次電池用電極の製造方法。
【請求項7】
前記工程(A)は、前記チャンバー内に酸素を導入する工程を含む請求項1に記載のリチウム二次電池用電極の製造方法。
【請求項8】
前記工程(A)は、前記真空チャンバー内に、前記第1蒸着材料と反応しないガスを導入する工程を含む請求項1に記載のリチウム二次電池用電極の製造方法。
【請求項9】
前記ガスはアルゴンを含む請求項8に記載のリチウム二次電池用電極の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2009−164011(P2009−164011A)
【公開日】平成21年7月23日(2009.7.23)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−1542(P2008−1542)
【出願日】平成20年1月8日(2008.1.8)
【出願人】(000005821)パナソニック株式会社 (73,050)
【Fターム(参考)】