説明

レンズ保持用治具およびレンズ基材の製造方法

【課題】レンズを変形することなくかつ脱落することもないような適正な保持力で保持できるレンズ保持用治具を提供する。
【解決手段】レンズ基材2の外周部を挟持することによってレンズ基材2を略垂直に保持する第1〜第3のアーム3〜5を備える。これらのアームの上端部を支持する保持具本体6を備える。保持具本体6は、前記複数のアームのうち少なくとも一つのアーム(第1のアーム3)をレンズ基材2に対して接離する方向に揺動自在に支持する支持部材7を備える。保持具本体6は、前記揺動可能なアーム(第1のアーム3)をレンズ基材2に接近する方向に付勢するばね部材(捩りコイルばね21)と、このばね部材のばね力を調整する調整機構27とを備えている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、プラスチックレンズを保持するためのレンズ保持用治具およびこのレンズ保持用治具を用いたレンズ基材の製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、眼鏡用レンズなどに用いられるプラスチックレンズ(以下、単にレンズという)のレンズ面には、ハードコート膜や反射防止膜などの各種の膜が設けられている。このような膜は、レンズ基材に塗布液を塗布し、この塗布液を硬化させることによって形成されている。レンズ基材に前記塗布液を塗布するに当たっては、先ず、レンズ基材をアルカリ水溶液を用いるエッチングと、その後の水洗とによって洗浄する。塗布液の塗布は、前記前処理後のレンズ基材を塗布液が貯留された槽内に浸漬させてから引き上げることによって行っている。また、レンズに染色する場合も前記同様に染色液を有する槽内にレンズ基材が浸漬させられる。レンズ基材を前記槽内に浸漬させる工程や、塗布液を硬化させる工程においては、レンズ基材をレンズ保持用治具によって略垂直となるように保持した状態で行う。
【0003】
前記レンズ保持用治具は、レンズの外周部を複数のアームによって挟持する構造が採られている。従来のこの種のレンズ保持用治具としては、たとえば特許文献1に記載されているものがある。特許文献1に開示されているレンズ保持用治具は、ステンレス鋼からなる針金によって形成された3本のアームを備えている。これらのアームは、自らの弾性によってレンズ基材の外周部を径方向の内側に向けて押し、レンズ基材を挟持するように構成されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2004−268013号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、特許文献1に開示されているような従来のレンズ保持用治具では、レンズ基材の剛性が低いとアームのばね力でレンズ基材が変形してしまうおそれがあった。レンズ基材の剛性は、素材、厚み、形状などによって変わる。レンズの素材としては、温度上昇により柔らかくなるものがある。この素材で形成されたレンズ基材は、レンズ保持用治具に保持されている状態で温度が上昇することによって、歪んでしまうことがある。特に、浸漬法により被膜形成や染色を行う場合、塗布液の液温が80℃以上になることがあり、この熱によってレンズ基材が軟化してしまうと前記変形の頻度は高くなる。
【0006】
また、レンズ基材の厚みが薄い場合や、レンズ基材が歪み易い形状に形成されているような場合にも前記変形が生じ易い。レンズ基材に対してレンズ保持用治具の保持力が大きい場合は、レンズ基材にエッチング処理や水洗処理を施すときにレンズ基材が変形することがあった。
【0007】
このような不具合を解消するためには、前記ばね力の大きさを小さく設定すればよい。しかし、このようにすると、重量が重いレンズ基材を使用する場合に保持力が不足し、浸漬過程においてレンズ基材が重量でレンズ保持用治具から外れてしまうおそれがある。例えば、前記ばね力が小さい保持用治具でコバ厚の厚いセミフィニッシュレンズを保持する場合は、レンズ基材そのものの重量が重いために、塗布液槽から引き上げるときにレンズ保持用治具が僅かでも振動するとレンズ保持用治具から外れてしまうおそれがあった。
【0008】
本発明はこのような問題を解消するためになされたもので、レンズを変形することなくかつ脱落することもないような適正な保持力で保持できるレンズ保持用治具を提供することを第1の目的とする。また、このようなレンズ保持用治具を用いて成膜や染色を正しく行うことができるレンズ基材の製造方法を提供することを第2の目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
この目的を達成するために、本発明に係るレンズ保持用治具は、レンズ基材の外周部を挟持することによってレンズ基材を略垂直に保持する複数のアームと、これらのアームの上端部を支持する保持具本体とを備え、前記保持具本体は、前記複数のアームのうち少なくとも一つのアームをレンズ基材に対して接離する方向に揺動自在に支持する支持部材と、前記揺動可能なアームをレンズ基材に接近する方向に付勢するばね部材と、このばね部材のばね力を調整する調整機構とを備えているものである。
【0010】
本発明は、前記発明において、前記ばね部材は、捩りコイルばねによって構成され、かつ前記支持部材が貫通する状態でその一端部が前記保持具本体に接続されるとともに他端部が前記揺動可能なアームに接続され、前記調整機構は、前記ばね部材の前記一端部と、この一端部が着脱可能となるように前記保持具本体に形成された複数の係合部によって構成されているものである。
【0011】
本発明は、前記発明において、前記複数のアームは、レンズ基材を水平方向の両側から挟むように位置する第1、第2のアームと、前記第1のアームまたは第2のアームと隣接する位置において上下方向に延び、前記レンズ基材を下方から支える第3のアームとからなり、前記第1のアームと前記第2のアームのうち前記第3のアームとの距離が相対的に長くなる位置にあるアームが前記揺動可能なアームであるものである。
【0012】
本発明は、前記発明において、前記アームにおけるレンズ基材に接触する先端部は、レンズ基材の外周面を指向する針と、この針と協働して二又状のレンズ保持体を構成する突子とによって構成され、
前記突子は、前記針とレンズ基材の厚み方向に並ぶように位置し、かつ前記針よりレンズ基材の径方向の外側に位置しているものである。
【0013】
本発明に係るレンズ基材の製造方法は、前記発明に係るレンズ保持用治具の調整機構によって、ばね部材のばね力を保持の対象となるレンズ基材に適した大きさに調整する保持力調整工程と、前記レンズ保持用治具によって前記レンズ基材を保持するレンズ保持工程と、前記レンズ基材を前記レンズ保持用治具に保持された状態で洗浄する前処理工程と、前記レンズ基材を前記レンズ保持用治具に保持された状態で塗布液中に浸漬させ、レンズ基材に塗布液を塗布する塗布工程と、前記レンズ基材が前記レンズ保持用治具に保持された状態で前記塗布液を硬化させる硬化工程とによって実施する。
【発明の効果】
【0014】
本発明においては、レンズ基材の剛性が低い場合は、調整機構によってばね部材のばね力を低減させることができる。また、レンズ基材の重量が重い場合は、前記調整機構によってばね部材のばね力を増大させることができる。
したがって、本発明によれば、レンズ基材が変形することなくかつ脱落することもないような適正な保持力でレンズ基材を保持できるレンズ保持用治具を提供することができる。
【0015】
本発明に係るレンズ基材の製造方法によれば、保持力調整工程において、温度上昇により軟化し易い材料によって形成されたレンズ基材や、厚みや形状に起因して剛性が低くなるレンズ基材に適するように、ばね部材のばね力が調整される。そして、レンズ保持工程において、レンズ基材がレンズ保持用治具に適正なばね力で保持される。このようなレンズ基材は、前処理工程で変形することはないし、塗布工程や硬化工程において、温度が上昇したとしても変形することはない。また、このレンズ基材は、塗布工程で塗布液が付着して重量が増加したとしてもレンズ保持用治具から脱落することはない。
したがって、この方法によれば、レンズ基材の素材、厚み、形状などの影響を受けることなく皮膜形成や染色を正しく行うことができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】本発明に係るレンズ保持用治具の正面図で、同図はレンズ基材を保持している状態で描いてある。
【図2】レンズ保持用治具の側面図で、同図はレンズ基材を保持している状態で描いてある。
【図3】要部を拡大して示す正面図である。
【図4】保持具本体の一部を拡大して示す正面図である。
【図5】第1のアームの上部を拡大して示す図で、同図(a)は第2のアーム側から見た正面図、同図(b)は側面図である。
【図6】第1、第2のアームの先端部を拡大して示す図で、同図(a)は正面図、同図(b)は同図(a)におけるB矢視図である。
【図7】第3のアームの先端部を拡大して示す図で、同図(a)は正面図、同図(b)は側面図である。
【図8】ばね部材を示す図で、同図(a)は第2のアーム側から見た側面図、同図(b)は正面図である。
【図9】成膜や染色を行うときの工程を示すブロック図である。
【図10】アームの先端部の他の例を示す図で、同図(a)は正面図、同図(b)は同図(a)におけるB矢視図である。
【図11】アームの先端部の他の例を示す図で、同図(a)は正面図、同図(b)は同図(a)におけるB矢視図である。
【図12】調整機構の他の例を示す正面図である。
【図13】ばね部材と調整機構の他の実施の形態を示す正面図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
(第1の実施の形態)
以下、本発明に係るレンズ保持用治具およびレンズ基材の製造方法の一実施の形態を図1〜図9によって詳細に説明する。
図1に示すレンズ保持用治具1は、眼鏡用プラスチックレンズ(以下、単にレンズという)1のレンズ基材2を略垂直に保持し、図示していない塗布液槽や加熱炉等に搬送するためのものである。このレンズ保持用治具1は、レンズ基材2の外周部を挟持する第1〜第3のアーム3〜5と、これらの第1〜第3のアーム3〜5を支持する保持具本体6とを備えている。
【0018】
前記第1のアーム3と第2のアーム4とは、レンズ基材2を水平方向の両側から挟むように位置付けられている。第1のアーム3は、後述する支持部材7を介して保持具本体6に揺動自在に支持され、第2のアーム4と第3のアーム5は、保持具本体6に溶接されている。
【0019】
第1のアーム3は、保持具本体6に支持部材7(図2参照)を介して揺動自在に支持されたアーム本体11と、このアーム本体11から下方に延びる保持体12とによって構成されている。第1のアーム3が揺動する方向は、レンズ基材2に対して接離する方向である。前記アーム本体11は、板材を所定の形状に曲げることによって形成されており、図5に示すように、後述する支持部材7を嵌合させるための貫通孔13が穿設されているとともに、第1〜第3のレバー14〜16を備えている。
【0020】
この実施の形態による前記支持部材7は、円筒状に形成されており、図2に示すように、その一端部(図2においては右側の端部)が保持具本体6に背面側から固定用ボルト17によって固定されている。この支持部材7の他端部(図2においては左側の端部)は、前記アーム本体11の前記貫通孔13に回動自在に嵌合されている。アーム本体11は、支持部材7の他端部に螺着されたボルト18によって、支持部材7に外れることがないように保持されている。
【0021】
保持具本体6とアーム本体11との間には、図2に示すように、捩りコイルばね21が設けられている。この捩りコイルばね21は、第1のアーム3をレンズ基材2に接近する方向(図1においては時計方向)へ付勢するためのものである。この捩りコイルばね21は、図8に示すように、コイル部21aと、このコイル部21aの一端部{図8(a)においては左側の端部}から径方向の外側に突出する第1の係合片21bと、コイル部21aの他端部から径方向の外側に突出する第2の係合片21cとから構成されている。
【0022】
また、この捩りコイルばね21は、前記支持部材7がコイル部21aを貫通しており、この支持部材7によってアーム本体11と保持具本体6との間に保持されている。この実施の形態においては、この捩りコイルばね21によって本発明でいう「ばね部材」が構成されている。捩りコイルばね21の前記第1の係合片21bは、図1および図3に示すように、保持具本体6の後述する係合穴22に差し込まれており、第2の係合片21cは、図1および図2に示すように、アーム本体11に掛けられている。
【0023】
前記アーム本体11の前記第1のレバー14は、レンズ基材2を保持していないときに第1のアーム3の移動を規制するためのもので、保持具本体6の下面に当接するように形成されている。
第2のレバー15は、前記保持体12を支持するためのものである。保持体12は、この第2のレバー15に溶接されている。
第3のレバー16は、第1のアーム3を図1において反時計方向に揺動させるとき(レンズ基材2を装填または取り外すとき)に作業者が指を掛けるためのものである。この第3のレバー16は、第2のアーム4とは反対方向に延びるように形成されている。
【0024】
前記第1のアーム3の前記保持体12は、断面円形のステンレス綱製の線材を折り曲げることによって所定の形状に形成されている。この保持体12は、図1に示すように、前記アーム本体11から下方に延びる上下方向延在部12aと、この上下方向延在部12aの下端からレンズ基材2に向けて延びる先端部12bとから構成されている。この先端部12bには、図6に示すように、針状の爪12cが形成されている。この針状の爪12cは、図1に示すように、レンズ基材2のコバ面2aに斜め上方から接触する。
【0025】
前記第2のアーム4は、ステンレス綱製の線材を所定の形状に折り曲げることによって形成されている。この形態による第2のアーム4は、前記保持具本体6から下方に延びる上下方向延在部4aと、この上下方向延在部4aの下端からレンズ基材2に向けて延びる先端部4bとから構成されている。この先端部4bには、第1のアーム3の前記先端部12bと同一の針状の爪4cが形成されている。第2のアーム4の針状の爪4cは、図1に示すように、レンズ基材2のコバ面2aに斜め上方から接触する。
【0026】
前記第3のアーム5は、レンズ基材2を下方から支えるためのものである。この実施の形態による第3のアーム5は、図1に示すように、ステンレス構成の線材を所定の形状に折り曲げることによって形成された保持体23と、この保持体23の先端部に溶接された支持板24とから構成されている。第3のアーム5の保持体23は、前記第2のアーム4の上下方向延在部4aと隣接する位置であって第1のアーム3とは反対側で上下方向に延びる上下方向延在部23aと、この上下方向延在部23aの下端からレンズ基材2の下方を斜め下方に延びる傾斜部23bと、この傾斜部23bの下端から上方に延びる先端部23cとから構成されている。
【0027】
前記支持板24は、ステンレス綱製の板によって形成されている。この支持板24の上端は、図7(b)に示すように、上方に向けて開放するV字状に形成されている。また、この支持板24におけるレンズ2の厚み方向{図7(b)において左右方向}の中央部には、支持版24の上端から下方に延びるスリット24aが形成されている。このように形成された支持板24に載せられたレンズ基材2は、図7(b)中に二点差線で示すように、コバ面2aの下側両側縁が支持板24の上端縁に接触し、支持板24に2点で支持される。前記スリット24aは、支持板24とレンズ基材2との間に塗布液が滞留することを阻止するためのものである。
【0028】
前記保持具本体6は、図4に示すように、前記固定用ボルト17を挿通させるための貫通孔25が穿設されているとともに、捩りコイルばね21の第1の係合片21bが係合する複数の係合穴22とフック26とが形成されている。前記複数の係合穴22は、前記貫通孔25または貫通孔25の近傍を中心とする仮想の円弧に沿って予め定めた間隔をおいて並ぶように形成されている。
【0029】
これらの係合穴22の穴径は、前記第1の係合片21bを抜き差しすることができるように、捩りコイルばね21の素線の外径より大きく形成されている。すなわち、これらの係合穴22は、前記第1の係合片21bが着脱可能となるように保持具本体6に形成されている。この実施の形態においては、これらの複数の係合穴22と、捩りコイルばね21の第1の係合片21bとによって本発明でいう調整機構27が構成されている。
【0030】
これらの係合穴22のうち、図1において最も下側に位置する係合穴22に第1の係合片21bを係合させることによって、捩りコイルばね21のばね力が最小になる。これとは逆に、最も上に位置する係合穴22に第1の係合片21bを係合させることによって、前記ばね力が最大になる。
前記フック26は、レンズ保持用治具1を図示していない搬送用ラックに吊り下げるためのもので、保持具本体6に上方に延びるように溶接されている。
【0031】
次に、上述したように構成されたレンズ保持用治具1を用いたレンズ基材2の製造方法について説明する。
レンズ基材2にハードコート膜や反射防止膜などの膜を形成するためには、図9に示すように、保持力調整工程31と、レンズ保持工程32と、前処理(エッチング)工程33と、塗布工程34と、硬化工程35とによって行う。保持力調整工程31においては、レンズ基材2の素材、厚み、形状などに基づいて捩りコイルばね21のばね力を調整する。
【0032】
この調整は、保持の対象になるレンズ基材2に最適なばね力が生じるような係合穴22を複数の係合穴22の中から選び、この係合穴22に捩りコイルばね21の第1の係合片21bを差し込むことによって行う。第1の係合片21bやコイル部21aは、弾性変形可能であるから、例えば指先で第1の係合片21bを把持して引くことによって、第1の係合片21bの先端部を係合穴22から引き抜くことができる。更に、係合片21bは、その一部に取っ手(図示せず)を設けて把持し易い形状に形成してもよい。
【0033】
前記レンズ保持工程32においては、先ず、レンズ保持用治具1の第1のアーム3を捩りコイルばね21のばね力に抗して第2のアーム4から離間する方向(図1においては反時計方向)に揺動させる。この操作は、作業者が第1のアーム3の第3のレバー16を上方に押し上げるようにして行う。このように第1のアーム3を揺動させることによって、第1のアーム3と第2、第3のアーム4,5との間が広く開放されるようになる。
【0034】
そして、レンズ基材2のコバ面2aを第2のアーム4の針状の爪4cに接触させるとともに、レンズ基材2を第3のアーム5の支持板24の上に載せる。この状態で第1のアーム3の針状の爪をレンズ基材2のコバ面2aに接触させ、第1のアーム3が捩りコイルばね21のばね力でレンズ基材2に押し付けられるようにする。このように第1のアーム3がレンズ基材2に押し付けられることによって、レンズ基材2は、適正なばね力でレンズ保持用治具1に保持される。
【0035】
前記前処理(エッチング)工程33は、前記レンズ基材2をレンズ保持用治具1に保持された状態で洗浄する工程である。この洗浄は、レンズ基材2をアルカリ水溶液中に浸漬させるエッチング処理と、このエッチング処理の後でレンズ基材2からアルカリ水溶液を除去する水洗処理とによって行う。水洗処理は、レンズ基材2を純水中に浸し、超音波を当てて行う。従来では、この前処理工程において、一定の保持力でレンズ基材を保持すると、厚みや形状によってはレンズ基材が変形してしまうことがしばしばあった。しかし、本発明に係るレンズ保持用治具1を使用し、捩りコイルばね21のばね力を従来に比べて小さくすることによって、レンズ基材2が変形することを確実に防止できるようになった。
【0036】
前記塗布工程34は、前記レンズ基材2をレンズ保持用治具1に保持された状態で塗布液中に浸漬させ、レンズ基材2に塗布液を塗布する工程である。この塗布工程34において、レンズ保持用治具1は、図1中に二点鎖線Lで示す位置より下の部位が塗布液中に浸漬される。塗布液の温度は、80℃以上に達することがある。レンズ基材2がこのような高温の塗布液中に浸漬されて軟化するようなことがあったとしても、レンズ保持用治具1のばね力を従来に較べて小さくすることができるから、レンズ基材2が変形してしまうことはない。また、ばね力は、必要最小限度の大きさに設定できるから、塗布液からレンズ基材2を引き上げるときにレンズ基材2に塗布液が付着して重量が増加したとしても、レンズ基材2が脱落するようなことはない。
【0037】
前記硬化工程35は、レンズ基材2をレンズ保持用治具1に保持させた状態で例えば加熱炉(図示せず)に挿入し、レンズ基材2に塗布された塗布液を硬化させる工程である。この工程において、レンズ基材2が加熱炉内で軟化するようなことがあったとしても、レンズ保持用治具1のばね力を従来に較べて小さくすることができるから、レンズ基材2が変形してしまうことはない。
【0038】
この実施の形態で示したレンズ保持用治具1は、捩りコイルばね21のばね力を調整する調整機構27を備えているから、レンズ基材2の剛性が低い場合は、前記調整機構27によって捩りコイルばね21のばね力を低減させることができる。また、レンズ基材2の重量が重い場合は、前記調整機構27によってばね部材のばね力を増大させることができる。
したがって、この実施の形態によれば、レンズ基材2が変形することなくかつ脱落することもないような適正な保持力でレンズ基材2を保持可能なレンズ保持用治具を提供することができる。
【0039】
また、このレンズ保持用治具1は、長期間にわたって使用して捩りコイルばね21が劣化し、ばね力が低下したときは、調整機構27を利用してばね力を増大させることができる。このため、この実施の形態によれば、使用可能な期間を延長することが可能なレンズ保持用治具を得ることができる。
【0040】
この実施の形態においては、ばね力を発生させるに当たって捩りコイルばね21が使用されている。この捩りコイルばね21は、コイル部21aを貫通する支持部材7に保持されている。捩りコイルばね21の一端部(第1の係合片21b)は、前記保持具本体6に接続され、他端部(第2の係合片21c)は、第1のアーム3に接続されている。また、前記調整機構27は、前記捩りコイルばね21の前記一端部と、この一端部が着脱可能となるように前記保持具本体6に形成された複数の係合穴22によって構成されている。
【0041】
このため、捩りコイルばね21のばね力は、捩りコイルばね21の前記一端部が係合する係合穴22の位置に対応して変化し、係合穴22の数だけ段階的に変えることができる。したがって、この実施の形態によれば、捩りコイルばね21の前記一端部の位置を変える簡単な作業によって、ばね力の大きさを容易に変えることができる。また、前記一端部の位置がばね力の大きさを示すから、ばね力の大きさを作業者が目視によって確認することができる。
【0042】
この実施の形態による第1〜第3のアーム3〜5は、レンズ基材2を水平方向の両側から挟むように位置する第1、第2のアーム3,4と、第2のアーム4と隣接する位置において上下方向に延び、レンズ基材2を下方から支える第3のアーム5とによって構成されている。前記第1のアーム3と前記第2のアーム4のうち前記第3のアーム5との距離が相対的に長くなる位置にある第1のアーム3が揺動可能に構成されている。
【0043】
このため、この実施の形態によれば、第1のアーム3を第2のアーム4から離間する方向に捩りコイルばね21のばね力に抗して揺動させることによって、第1のアーム3と第2、第3のアーム5との間が広く開放する。このため、レンズ基材2をレンズ保持用治具1に対して着脱するときに前記広く開放された空間を通して容易に行うことができる。
【0044】
この実施の形態に示したレンズ基材2の製造方法は、保持力調整工程31と、レンズ保持工程32と、前処理(エッチング)工程33と、塗布工程34と、硬化工程35とを有する方法である。この方法によれば、保持力調整工程31において、温度上昇により軟化する材料によって形成されたレンズ基材2や、厚みや形状に起因して剛性が低くなるレンズ基材2に適するように、捩りコイルばね21のばね力が調整される。そして、レンズ基材2は、レンズ保持工程32でレンズ保持用治具1に適正なばね力で保持される。このようなレンズ基材2は、前処理工程33でエッチング処理や水洗処理が施されても変形することはない。また、このレンズ基材2は、塗布工程32や硬化工程33において温度が上昇しても変形することはないし、塗布工程32で塗布液が付着して重量が増加したとしても脱落することはない。
したがって、この方法によれば、レンズ基材2の素材、厚み、形状などの影響を受けることなく成膜や染色を正しく行うことができる。
【0045】
第1〜第3のアームの先端部は、図10または図11に示すように形成することができる。
図10に示す第1〜第3のアーム3〜5の先端部は、一対の突子41,41を有するY字状に形成されている。これらの突子41は、レンズ基材2の厚み方向(図1においては紙面と直交する方向)に並んでいる。これらの突子41を有するアームを使用する場合は、レンズ基材2が両突子41の間に挿入され、コバ面2aの両側縁がそれぞれ突子41に接触する。
【0046】
図11に示す第1〜第3のアーム3〜4の先端部は、レンズ基材2のコバ面2aを指向する針42と、この針42と協働して二又状のレンズ保持体43を構成する突子44とによって構成されている。前記針42と前記突子44は、前記レンズ基材2の厚み方向に並べられている。また、前記突子44は、前記針42より前記レンズ基材2の径方向の外側に位置している。
【0047】
前記針42は、厚みが厚いレンズ基材2Aを保持するためのもので、厚いレンズ基材2Aのコバ面2aに接触させられる。一方、厚みが薄いレンズ基材2Bを保持するときは、レンズ基材2Bの外周部を前記針42と前記突子44との間に挟ませる。したがって、この実施の形態によれば、ばね力の大きさを調整できることと相俟って、多くの種類のレンズ基材2を保持することが可能なレンズ保持用治具を提供することができる。
【0048】
(第2の実施の形態)
調整機構は、図12に示すように構成することができる。図12において、前記図1〜図9によって説明したものと同一もしくは同等の部材については、同一符号を付し詳細な説明を適宜省略する。
図12に示す調整機構27は、保持具本体6に形成された円弧状の凹溝45と、捩りコイルばね21の第1の係合片21bとによって構成されている。前記凹溝45は、支持部材7を中心とする仮想の円弧に沿って延びる円弧状部分45aと、この円弧状部分45aの内周部に径方向の内側に延びるように形成された複数の係合凹部45bとから構成されている。
【0049】
この凹溝45の深さは、第1の係合片21bの先端部を挿入できる深さに形成されている。前記係合凹部45bは、前記円弧状部分45aの長手方向に所定の間隔をおいて並ぶように設けられている。この実施の形態による捩りコイルばね21の第1の係合片21bは、自然状態で前記係合凹部45bに係合する長さに形成されている。この実施の形態による第1の係合片21bには、作業者が指で摘むことができるように突起46が設けられている。この突起46は、図12の紙面と直交する方向に突出するように形成されている。
【0050】
このため、前記突起46を指で摘んで前記円弧の径方向外側へ引くことによって、捩りコイルばね21のコイル部21aが弾性変形し、第1の係合片21bの先端部を係合凹部45bから前記凹溝45の円弧状部分45aに引き出すことができる。
ばね力の調整は、上述したように第1の係合片21bの先端部を係合凹部45bから円弧状部分45aに引き出した状態で円弧状部分45aに沿って移動させ、他の係合凹部45b内に係合させることによって行う。
したがって、この実施の形態においても、ばね力を調整することが可能であるから、第1の実施の形態を採るときと同等の効果が得られる。
【0051】
(第3の実施の形態)
第1のアームを付勢するばね部材は、図13に示すように構成することができる。図13において、前記図1〜図9によって説明したものと同一もしくは同等の部材については、同一符号を付し詳細な説明を適宜省略する。
図13に示す第1のアーム3の第3のレバー16は、その先端が保持具本体6のフック26より第2のアーム4側に位置するように斜め上方に向けて形成されている。
【0052】
この第3のレバー16と前記フック26との間には、第3のレバー16を第2のアーム4とは反対側に付勢する引っ張りコイルばね47が設けられている。すなわち、この実施の形態による第1のアーム3は、前記引っ張りコイルばね47のばね力によってレンズ基材2を押す方向(図13において時計方向)に付勢されている。
【0053】
前記引っ張りコイルばね47の一端部47aは、第3のレバー16に外れることがないように取付られ、他端部47bは、フック26を貫通する複数の係合孔48のうちの一つに着脱可能に差し込まれている。これらの係合孔48は、フック26の長手方向に所定の間隔をおいて並ぶ状態で設けられている。すなわち、引っ張りコイルばね47の前記他端部47bを差し込む係合孔48を変えることによって、引っ張りコイルばね47のばね力を変えることができる。
このように引っ張りコイルばね47を使用する場合であっても上述した各実施の形態を採るときと同等の効果を奏する。
【符号の説明】
【0054】
1…レンズ保持用治具、2…レンズ基材、3…第1のアーム、4…第2のアーム、5…第3のアーム、6…保持具本体、7…支持部材、11…アーム本体、12…保持体、16…第3のレバー、21…捩りコイルばね、21b…第1の係合片、22…係合穴、26…フック、28…係合孔、31…保持力調整工程、32…レンズ保持工程、33…前処理工程、34…塗布工程、35…硬化工程、41,44…突子、42…針、43…レンズ保持体。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
レンズ基材の外周部を挟持することによってレンズ基材を略垂直に保持する複数のアームと、
これらのアームの上端部を支持する保持具本体とを備え、
前記保持具本体は、前記複数のアームのうち少なくとも一つのアームをレンズ基材に対して接離する方向に揺動自在に支持する支持部材と、
前記揺動可能なアームをレンズ基材に接近する方向に付勢するばね部材と、
このばね部材のばね力を調整する調整機構とを備えていることを特徴とするレンズ保持用治具。
【請求項2】
請求項1記載のレンズ保持用治具において、前記ばね部材は、捩りコイルばねによって構成され、かつ前記支持部材が貫通する状態でその一端部が前記保持具本体に接続されるとともに他端部が前記揺動可能なアームに接続され、
前記調整機構は、前記ばね部材の前記一端部と、この一端部が着脱可能となるように前記保持具本体に形成された複数の係合部によって構成されていることを特徴とするレンズ保持用治具。
【請求項3】
請求項1または請求項2記載のレンズ保持用治具において、前記複数のアームは、レンズ基材を水平方向の両側から挟むように位置する第1、第2のアームと、
前記第1のアームまたは第2のアームと隣接する位置において上下方向に延び、前記レンズ基材を下方から支える第3のアームとからなり、
前記第1のアームと前記第2のアームのうち前記第3のアームとの距離が相対的に長くなる位置にあるアームが前記揺動可能なアームであることを特徴とするレンズ保持用治具。
【請求項4】
請求項1ないし請求項3のうちいずれか一つに記載のレンズ保持用治具において、前記アームにおけるレンズ基材に接触する先端部は、レンズ基材の外周面を指向する針と、この針と協働して二又状のレンズ保持体を構成する突子とによって構成され、
前記突子は、前記針と前記レンズ基材の厚み方向に並ぶように位置し、かつ前記針よりレンズ基材の径方向の外側に位置していることを特徴とするレンズ保持用治具。
【請求項5】
請求項1ないし請求項4のうちいずれか一つに記載のレンズ保持用治具の調整機構によって、ばね部材のばね力を保持の対象となるレンズ基材に適した大きさに調整する保持力調整工程と、
前記レンズ保持用治具によって前記レンズ基材を保持するレンズ保持工程と、
前記レンズ基材を前記レンズ保持用治具に保持された状態で洗浄する前処理工程と、
前記レンズ基材を前記レンズ保持用治具に保持された状態で塗布液中に浸漬させ、前記レンズ基材に塗布液を塗布する塗布工程と、
前記レンズ基材が前記レンズ保持用治具に保持された状態で前記塗布液を硬化させる硬化工程とを有するレンズ基材の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【公開番号】特開2012−30137(P2012−30137A)
【公開日】平成24年2月16日(2012.2.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−169026(P2010−169026)
【出願日】平成22年7月28日(2010.7.28)
【出願人】(000113263)HOYA株式会社 (3,820)
【Fターム(参考)】