説明

作業機械の吸音材の製造方法

【課題】作業機械の吸音材の製造方法に関し、耐熱性及び撥水性を確保しつつ、良好な吸音特性と摩擦堅牢度とを獲得する。
【解決手段】
ガラス繊維集合体のグラスウールからなる吸音素材と、該吸音素材を被覆する表皮材と、を備えた作業機械の吸音材の製造方法である。
まず、ガラスクロス形成ステップA10において、複数のガラス繊維を網目状に編んでガラスクロスを形成する。
続いて、目止め層形成ステップA20において、該ガラスクロス形成ステップA10で形成された該ガラスクロスをアクリルエマルジョンに含浸させて目止め層を形成する。
その後、撥水層形成ステップA30において、該目止め層の外側に撥水層を形成する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、作業機械のエンジンルーム内やサイドカバー内などに貼付される吸音材の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
作業機械の内部には、エンジンや冷却ファン等から発生する騒音の機体外への漏出を防止すべく、吸音材が取り付けられている。このような作業機械の吸音材には、吸音性能だけでなく、耐熱性や撥水性といった過酷な環境での使用に耐えうる性能が要求されている。
従来、このような吸音材として、塩化ビニルで被覆されたガラスクロスやアルミ箔に接着されたガラスクロスを表皮材として、グラスウールからなる吸音素材を覆ったものが開発されている。これらの吸音材によれば、比較的安価に耐熱性,撥水性を高めつつ騒音を吸収することができる。また、表皮材で吸音素材を覆うことで、内部のグラスウールの飛散を防止することも可能である。
【0003】
しかし、これらの表皮材において耐熱性,撥水性を向上させるには、ガラスクロスの被覆膜を厚くする必要があり、通気性を確保することが難しくなる。つまり、表皮材における音の透過性能が低下しやすく、その結果として吸音性能を確保し難いという課題がある。
そこで、上記の塩化ビニルの代わりにフッ素樹脂を用いた吸音材も提案されている。例えば、特許文献1には、表面がフッ素コーティングされたガラスクロス(グラスクロス)を吸音素材の表面に貼り付けた吸音材が記載されている。この技術では、ガラスクロスの表面にフッ素コーティングを施すことで、良好な吸遮音性能を維持することができ、かつ、耐熱性,撥水性を確保することができるとされている。
【特許文献1】特許第3600720号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ところで、上記のような吸音材に用いられるガラスクロスはガラス繊維で織り上げられており、例えば、平織りのガラスクロスでは縦糸及び横糸(ヤーン)が交互に織り上げられている。このガラスクロスの表面に例えば物理的な力が加えられると縦糸及び横糸の配列が乱れ、繊維の目に粗密が生じる。そのため、表皮材の表面において音の透過性能に偏りが生じてしまい、音響透過率が低下して、良好な吸音性能が得られなくなるおそれがある。
【0005】
特に、作業機械の吸音材は、エンジンルーム内やサイドカバー内に取り付けられており、メンテナンス時に作業者と直接接触する機会が多い。さらに、エンジンルーム内に配置されたエンジンやクーリングパッケージからは、空気の振動である騒音だけでなく、それらの機器の動作に伴う機体振動も発生するため、それらのような振動が吸音材に対して入力されやすい環境に置かれることになる。そのため、表皮材の表面に引張り力や引き裂き力が生じやすく、吸音性能が低下しやすい。
【0006】
しかしながら、上記のような従来の吸音材では、音の透過性能を確保したまま吸音材表面に所望の摩擦堅牢度を確保することが難しい。例えば、塩化ビニルやフッ素樹脂を用いる場合、摩擦堅牢度を高めるには被覆厚を大きくしなければならず、吸音性能が低下してしまう。一方、被覆厚を小さくすれば、吸音性能が確保できたとしても表面摩擦に対して弱くなってしまう。
【0007】
本発明はこのような課題に鑑みてなされたもので、耐熱性及び撥水性を確保しつつ、良好な吸音特性と摩擦堅牢度とを獲得することができるようにした、作業機械の吸音材の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記目的を達成するため、請求項1記載の本発明の作業機械の吸音材の製造方法は、ガラス繊維集合体のグラスウールからなる吸音素材と、該吸音素材を被覆する表皮材と、を備えた作業機械の吸音材の製造方法であって、複数のガラス繊維を網目状に編み、ガラスクロスを形成するガラスクロス形成ステップと、該ガラスクロス形成ステップで形成された該ガラスクロスをアクリルエマルジョンに含浸させて該ガラスクロスの表面に目止め層を形成する目止め層形成ステップと、該目止め層の外側に撥水層を形成する撥水層形成ステップとを備えたことを特徴としている。
【0009】
該目止め層形成ステップでは、該ガラスクロスを形成するガラス繊維の内部及び周囲に該アクリルエマルジョンが保持されることになる。なお、該目止め層形成ステップにおいて、該ガラスクロスを乾燥させて該アクリルエマルジョンを定着させることが好ましい。
また、該撥水層形成ステップにおいて該撥水層を形成された該ガラスクロスを該表皮材として、該吸音素材の外周に被覆させる表皮材被覆ステップをさらに備えることが好ましい。
【0010】
また、請求項2記載の本発明の作業機械の吸音材の製造方法は、請求項1記載の構成に加え、該目止め層形成ステップにおいて、該アクリルエマルジョンに着色料を混入することを特徴としている。なお、該目止め層形成ステップにおいて、該アクリルエマルジョンにグラファイトを混入することが好ましい(請求項3)。なお、該グラファイトは、該着色料として混入されるものである。
【0011】
また、請求項4記載の本発明の作業機械の吸音材の製造方法は、請求項1〜3の何れか1項に記載の構成に加え、該撥水層形成ステップにおいて、該目止め層が形成されたガラスクロスをフッ素樹脂に含浸させることを特徴としている。
なお、該フッ素樹脂とは、エチレンのフッ化物が重合した樹脂のことを指しており、例えば、四フッ化エチレン樹脂(PTFE),四フッ化エチレン・六フッ化エチレン共重合体(FEP),三フッ化塩化エチレン(PCTFE),エチレン・四フッ化エチレン共重合体(ETFE)等が挙げられる。
【0012】
また、請求項5記載の本発明の作業機械の吸音材の製造方法は、請求項1〜4の何れか1項に記載の構成に加え、該ガラスクロス形成ステップで形成される該ガラスクロスが、米国UL規格におけるUL94V-0規格を満足することを特徴としている。すなわち、該ガラスクロスが、UL94V垂直燃焼試験において、以下の条件を満足することを特徴としている。
(ア)1回目の接炎終了後の有炎燃焼持続時間(火種保持時間)が10[秒]以内である
(イ)2回目の有炎燃焼持続時間と無炎燃焼時間との合計時間が30[秒]以内である
(ウ)2回目の接炎終了後の有炎燃焼持続時間が10[秒]以内である
(エ)5本の試験片の有炎燃焼時間の合計が50[秒]以内である
(オ)全ての試験片が燃え尽きることなく残っている(クランプまでの燃焼がない)
(カ)燃焼落下物がない(脱脂綿の燃焼がない)
なお、該ガラスクロス形成ステップで形成される該ガラスクロスが、少なくとも米国UL規格におけるUL94HB規格を満足する(すなわち、該ガラスクロスが、UL94HB水平燃焼性試験による点火時において、燃焼が100mm標線の手前で停止する難燃性を有する)ことが好ましい。UL94V垂直燃焼試験はUL94HB水平燃焼性試験よりも厳しい条件での難燃性試験となっているため、一般には、UL94V-0規格を満足するガラスクロスはUL94HB規格も満足する。
【0013】
また、請求項6記載の本発明の作業機械の吸音材の製造方法は、請求項1〜5の何れか1項に記載の構成に加え、該ガラスクロス形成ステップで形成される該ガラスクロスが、ASTM D1117に規定されたグラブ法引張試験において、鉛直(縦)方向に450[N]以上の引張強度を有することを特徴としている。
また、請求項7記載の本発明の作業機械の吸音材の製造方法は、請求項1〜6の何れか1項に記載の構成に加え、該ガラスクロス形成ステップで形成される該ガラスクロスが、ASTM D1117に規定されたグラブ法引張試験において、水平(横)方向に350[N]以上の引張強度を有することを特徴としている。
【0014】
また、請求項8記載の本発明の作業機械の吸音材の製造方法は、請求項1〜7の何れか1項に記載の構成に加え、該ガラスクロス形成ステップで形成される該ガラスクロスが、ASTM D1117に規定されたトング引き裂き試験において、鉛直(縦)方向に14[N]以上の引き裂き強度を有することを特徴としている。
また、請求項9記載の本発明の作業機械の吸音材の製造方法は、請求項1〜8の何れか1項に記載の構成に加え、該ガラスクロス形成ステップで形成される該ガラスクロスが、ASTM D1117に規定されたトング引き裂き試験において、水平(横)方向に16[N]以上の引き裂き強度を有することを特徴としている。
【0015】
また、請求項10記載の本発明の作業機械の吸音材の製造方法は、請求項1〜9の何れか1項に記載の構成に加え、該グラスウールが、少なくとも100〜1000[Hz]の周波数帯に対応する騒音を吸収する性能を有することを特徴としている。すなわち、該グラスウールの吸収対象周波数帯が、少なくとも100〜1000[Hz]に対応可能であることを特徴としている。
【0016】
また、請求項11記載の本発明の作業機械の吸音材の製造方法は、請求項1〜10の何れか1項に記載の構成に加え、該グラスウールが、JIS A 1409:1998に基づく残響室法吸音率測定において、250〜1000[Hz]の範囲における0.70以上の吸音率を有することを特徴としている。
なお、該グラスウールとは、該表皮材被覆ステップにおいて該表皮材に被覆されるグラスウールと同意である。
【発明の効果】
【0017】
本発明の作業機械の吸音材の製造方法(請求項1)によれば、目止め層を撥水層よりも先に形成することで、撥水層の下地構造を安定化させることができ、表皮材の織り目形状の変形を抑制することができる。これにより、表皮材の空隙の分布を均一に保つことが可能となり、撥水性を長期間持続させることができ、かつ、音の透過率の分布を均一にして吸音性能を高めることができる。
【0018】
また、本発明の作業機械の吸音材の製造方法(請求項2)によれば、目止め層に着色料を混入させることで、目止め層のアクリル樹脂ポリマーの劣化及び撥水層の撥水成分の劣化を防止することができ、撥水性を高めることができる。また、表皮材表面の熱分布が均質化するため、耐熱性を向上させることができる。
また、本発明の作業機械の吸音材の製造方法(請求項3)によれば、着色剤として黒色のグラファイトを用いることにより、樹脂の劣化速度を鈍らせ、寿命を延長させることができる。
【0019】
また、本発明の作業機械の吸音材の製造方法(請求項4)によれば、フッ素樹脂で撥水層を形成することにより、適度の撥水性と通気性,耐熱性を確保することができる。
また、本発明の作業機械の吸音材の製造方法(請求項5)によれば、十分な難燃性が確保されるため、吸音材の経年劣化を抑制することができ、材料の寿命を延長することができる。
【0020】
また、本発明の作業機械の吸音材の製造方法(請求項6〜9)によれば、表皮材の表面の強度が十分確保されるため、十分な摩擦堅牢度を長期間保持することができ、吸音素材の吸音性能を長期間維持することができる。
また、本発明の作業機械の吸音材の製造方法(請求項10,11)によれば、十分な吸音性能が得られるため、作業機械の外部へ漏出する騒音を低減させることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0021】
以下、図面により、本発明の実施の形態について説明する。
図1〜図9は、本発明の一実施形態に係る作業機械の吸音材の製造方法及びその吸音材を説明するためのものであり、図1は本製造方法で用いられるガラスクロスの構造を拡大して示す断面図、図2は本製造方法の過程で目止め層が形成されたガラスクロスの構造を拡大して示す断面図、図3はそのガラスクロスの表面の状態を拡大して示す模式図、図4は本製造方法の過程で撥水層が形成されたガラスクロスの構造を拡大して示す断面図、図5は本製造方法によって製造された吸音材の構成を示す断面図である。
【0022】
また、図6は本製造方法で製造された吸音材を備えた油圧ショベルを示す斜視図、図7は本製造方法の手順を説明するためのフローチャートである。
また、図8,図9は本製造方法で製造された吸音材の吸音率を測定した結果及びその試験条件を示すものであり、図8は厚み25mmのグラスウールを用いた吸音材に関するもの、図9は厚み50mmのグラスウールを用いた吸音材に関するものである。また、それぞれの図における(a)は測定結果であり、(b)は測定時における試験体配置図である。
【0023】
[全体構成]
本発明の吸音材の製造方法で製造される吸音材8は、図6に示す油圧ショベル(作業機械)10に適用されている。この油圧ショベル10は、クローラ式の走行装置を装備した下部走行体11と、下部走行体11の上に旋回自在に搭載された上部旋回体12とを備えて構成される。上部旋回体12における前方側には、ブームやアーム等の作業装置13及びオペレータが搭乗するキャブ15が設けられており、上部旋回体12における後端部にはカウンタウェイト14が設けられている。また、カウンタウェイト14の直前方には、エンジンルーム16が設けられている。
【0024】
エンジンルーム16の内部には、油圧ショベル10の駆動源であるエンジンや、エンジン駆動の油圧ポンプ,冷却装置等が配置されている。また、エンジンルーム16の側方及び上面にはそれぞれ、サイドカバー9a及びエンジンフード9bが設けられており、メンテナンス時にはこれらのサイドカバー9aやエンジンフード9bを開放して整備,点検を実施できるようになっている。本発明に係る吸音材8は、エンジンルーム16の内壁やサイドカバー9aの内面,エンジンフード9bの下面(すなわち内側の面)等に貼付されている。
【0025】
[吸音材]
図5に示すように、本発明に係る吸音材8は、内側の吸音素材6とその外周を被覆する表皮材7とを備えて構成される。吸音素材6は、ガラス繊維を綿状に形成したガラス繊維集合体の多孔質吸音材であり、例えば市販のグラスウール吸音材をこの吸音素材6として用いることができる。なお、本吸音材8は図示しない任意の固定手段(接着剤,スタッドピン等)を用いてエンジンルーム内等に固定されるようになっている。以下、図5に示すように、吸音素材6におけるサイドカバー9a等への固定面側の面を裏面6cと呼び、その反対面を表面6aと呼び、吸音素材6の側面に符号6bを付して説明する。
【0026】
表皮材7は、吸音素材6の表面6a及び側面6bの全体を覆う材であり、複数のガラス繊維の束を網目状に編み上げて布状に形成したガラスクロス1を備えて構成される。また、図5に示すように、表皮材7は吸音素材6の裏面6cの四方を部分的に覆うように設えてある。なお、吸音素材6の裏面6cのうち、表皮材7に覆われていない中央部分には、吸音素材6の飛散防止用の軟質樹脂5が塗布されている。
【0027】
この表皮材7は、ガラスクロス1の表面に二重の表面加工が施されて形成されている。図4に示すように、ガラスクロス1の縦糸1a及び横糸1b(以下、ガラスヤーンのことを単に糸と称す)の表面に第一層目の目止め層2が形成され、さらにその外周に第二層目の撥水層3が形成されている。
目止め層2とは、ガラスクロス1をアクリルエマルジョンに含浸させた後に乾燥させて形成された層であり、その組成は主にアクリル樹脂(アクリル酸またはメタクリル酸のエステルを主成分とする樹脂)である。なお、アクリル樹脂はガラスクロス1の縦糸1a及び横糸1bの内部にも浸透した状態で乾燥定着している。
【0028】
また、目止め層2をなすアクリルエマルジョンには、着色料としてのグラファイト粉末が混入されている。目止め層2を黒色に形成しておくことで、樹脂を劣化させうる紫外線などの光をグラファイトに吸収させることができ、樹脂の劣化を抑制することができる。
撥水層3とは、目止め層2の表面全体に形成された撥水性樹脂からなる層である。この層を形成する樹脂としては、フッ素樹脂やシリコン樹脂等を用いることが考えられる。フッ素樹脂を用いた場合には、フッ素樹脂よりも優れた撥水性を確保することが可能である。また、シリコン樹脂を用いた場合には、フッ素樹脂よりも優れた付着性を獲得することが可能である。
【0029】
[フローチャート]
図7に本吸音材8の製造手順を示す。
まずステップA10では、複数のガラス繊維を網目状に編み、ガラスクロス1を形成する。あるいは、予め縦糸1a及び横糸1bが平織りで編み込まれた市販のガラスクロス1を用意してもよい。なお、具体的なガラスクロス1の織り方は任意であり、三方向へ配向された糸で編まれた三軸組布等を用いてもよい。ガラスクロス1の編み込みの密度は音の透過性能を考慮して設定することが好ましく、例えば図1に示すように、縦糸1a同士,横糸同士1bにある程度の間隔が空いていることが好ましい。このステップのガラスクロス1には、何も表面加工がなされていない状態である。
【0030】
続くステップA20では、ガラスクロス1をアクリルエマルジョンに含浸させて、ガラスクロス1の表面に目止め層2を形成する。このステップでは、例えば図2に示すように、アクリル樹脂が縦糸1a及び横糸1bの内部に浸透するとともにそれらの外周に付着する。このガラスクロス1を乾燥させると、図3に示すように、ガラスクロス1の表面において縦糸1a及び横糸1bの間に均一に空隙4が形成された状態で、それらの縦糸1a及び横糸1bの相対位置が固定される。これにより、縦糸1aと横糸1bとがずれにくくなり、ガラスクロス1の表面の摩擦堅牢度が向上する。また、編み目の空隙4の分布が均一な状態に保たれやすくなり、音の透過性能に偏りが生じにくくなる。
【0031】
さらに続くステップA30では、前ステップの過程を経たガラスクロス1を撥水性樹脂に含浸させて、目止め層2の表面に撥水層3を形成する。このガラスクロス1を乾燥させると、図4に示すように、目止め層2の表面全体が撥水性樹脂で覆われた状態となる。
なお、上記のステップA20で使用されるアクリルエマルジョン及びステップA30で使用される撥水性樹脂としては、無溶剤タイプの水性のものを用いることが好ましい。また、これらの樹脂をガラスクロスの糸の周囲に付着させることが可能であれば、含浸させる代わりに樹脂を塗布することや、あるいは樹脂の微粒子を混濁させた分散液を噴霧するといった手法を適用してもよい。
【0032】
そして続くステップA40では、前ステップで目止め層2及び撥水層3が形成されたガラスクロス1(すなわち、これら全体の総称である表皮材7)を用いて、吸音素材6の表面6aから裏面6cの外周部分にかけての部分を被覆する。このようにして製造された吸音材8は、機体壁面に固定される裏面6c以外の部分は全て表皮材7で覆われることになる。したがって、吸音素材6の剥離飛散が防止されることになる。
【0033】
また、吸音素材6の裏面6cのうち、表皮材7に覆われていない中央部分には、吸音素材6の飛散防止用の軟質樹脂5が塗布される。これにより、吸音素材6が外気に対して直接触れる部位がなくなるため、吸音素材6の飛散防止効果が高められることになる。
【0034】
[吸音率の測定結果]
上記の製造方法で製造された吸音材8の吸音率の測定結果を図8に実線で示す。
まず、図8に示す測定に用いた吸音材8では、吸音素材6として密度48[kg/m3]、厚み25[mm]のグラスウールを使用した。また、表皮材7のガラスクロス1は、番手67.5[TEX]のヤーンを縦糸,横糸にして平織りで編み上げたものを使用した。このガラスクロス1の糸密度は、縦42[本/25mm]、横32[本/25mm]とした。このガラスクロス1の単位面積あたりの質量は、215[g/m2]であった。また、測定に係る吸音材8の資料面積は16.00[m2]とした。
【0035】
測定方法については、JIS A 1409に準拠した。測定に係る残響室の形状は不整形七面体構造であり、室容積は451[m3]であり、室内全表面積は353[m2]であった。測定に係るマイクロホンの設置点数は6点、音源の設置点数は2点とし、測定ノイズとしてピンクノイズを使用した。また、吸音率の算出では、JIS A 1409:1998の付属書E(参考)の(6)式を用い、空気の温湿度条件による補正を行った。室内温度は25[℃]であり、室内湿度は60[%]であった。
【0036】
図8中に破線で示されたグラフは、比較例としての吸音材の吸音率の測定結果である。この比較例としての吸音材は、従来技術に係る吸音材であって、ビニールコーティングされたガラスクロスを表皮材として用いたものである。この図8に示すように、本発明に係る吸音材8では、従来の吸音材と比較して全般的に吸音性能が向上しており、特に、1/3オクターブバンド中心周波数が100〜1000[Hz]の範囲における吸音率が格段に上昇していることが確認される。
【0037】
特に作業機械では、エンジンから発せられる騒音が低音域に偏りがちであり、直進性の高い高音域の騒音と比較して音を減衰させにくい。これに対し、本発明に係る吸音材8を用いることによって、およそ1000[Hz]以下の低音域の騒音を効果的に減衰させることが可能である。
続いて、上記の吸音素材6として厚み50[mm]のグラスウールを使用した場合の測定結果を図9に実線で示す。その他の吸音材8の条件は同一とし、また測定方法についても同一とした。この図9に示すように、吸音素材6の厚みが異なる場合であっても、本発明に係る吸音材8では、1/3オクターブバンド中心周波数が100〜1000[Hz]の範囲における吸音率が、比較例よりも格段に向上していることが確認される。また特に、250〜1000[Hz]の範囲における吸音率が0.70を上回っており、低音域の騒音に対する防音効果が非常に高い。
【0038】
[難燃性]
本発明者は、本吸音材8の製造に係るガラスクロス1として、米国UL規格におけるUL94HB規格を満足する(UL94HB水平燃焼性試験による点火時において、燃焼が100mm標線の手前で停止する難燃性を有する)ものを用いた吸音材8が良好な吸音性能を示すことを確認した。さらに、米国UL規格におけるUL94V-0規格を満足するものを用いた吸音材8が良好な吸音性能を示すことを確認した。難燃性を高めることで、熱によるガラスクロス1そのものの劣化が防止され、高温雰囲気下におけるガラスクロス1の表面の摩擦堅牢度の低下が抑制される。したがって、音の透過率の分布に偏りが生じにくくなり、良好な吸音特性を得ることができる。
【0039】
なお、UL94V-0規格では、以下の条件を満足することが定められている。
(ア)1回目の接炎終了後の有炎燃焼持続時間(火種保持時間)が10秒以内である
(イ)2回目の有炎燃焼持続時間と無炎燃焼時間との合計時間が30秒以内である
(ウ)2回目の接炎終了後の有炎燃焼持続時間が10秒以内である
(エ)5本の試験片の有炎燃焼時間の合計が50秒以内である
(オ)全ての試験片が燃え尽きることなく残っている(クランプまでの燃焼がない)
(カ)燃焼落下物がない(脱脂綿の燃焼がない)
上記の吸音材8におけるガラスクロス1の仕様,水平燃焼試験及び垂直燃焼試験の結果を表1〜表3に示す。
【0040】
【表1】

【0041】
【表2】

【0042】
【表3】

【0043】
[強度]
また、本発明者は、本吸音材8の製造に係るガラスクロス1として、ASTM D1117に規定されたグラブ法引張試験において、鉛直(縦)方向に450[N]以上の引張強度を有するものを用いた吸音材8や、水平(横)方向に350[N]以上の引張強度を有するものを用いた吸音材8,鉛直(縦)方向に14[N]以上のトング引き裂き強度を有するものを用いた吸音材8,水平(横)方向に16[N]以上のトング引き裂き強度を有するものを用いた吸音材8が、それぞれ、良好な吸音性能を示すことを確認した。すなわち、表皮材1の物理的な強度を高めることにより、ガラスクロス1の表面の摩擦堅牢度の低下が抑制される。したがって、音の透過率の分布に偏りが生じにくくなり、良好な吸音特性を得ることができる。
【0044】
上記の表1に記載のガラスクロス1を用いたグラブ法引張試験及びトング引き裂き試験の結果を表4〜表5に示す。なお、表4に示された引張り試験に用いられた試験片の大きさは、縦6インチ(151.2[mm])、横4インチ(100.8[mm])とし、引張り速度を毎分12インチ(302.4[mm/分])とした。また、表5に示された引き裂き試験に用いられた試験片の大きさは縦200[mm]、横75[mm]とし、水平辺の中央から鉛直に75[mm]の切れ目を入れたものとした。引き裂き速度は、300[mm/min]とした。
【0045】
【表4】

【0046】
【表5】

【0047】
[効果]
このように、ガラスクロス1をアクリルエマルジョンに含浸させて目止め層2を形成することにより、表皮材7におけるガラスクロス1の織り目形状の変形を抑制することができる。これにより、表皮材7の空隙4の分布を均一に保つことが可能となり、空隙4の偏りに伴う音の透過率の低下を防止することができる。このように、ガラスクロス1の糸同士のずれにくさ、すなわち、表皮材7の摩擦堅牢性を高めることで、吸音性能を高めることができる。
【0048】
また、ガラスクロス1の目止め層2にグラファイトを混入するという簡素な構成で、目止め層2のアクリル樹脂ポリマーの劣化及び撥水層3の撥水成分の劣化を防止することができ、撥水性を高めることができる。なお、グラファイトに限らず、目止め層2に何らかの色素を混入させて着色することにより、表皮材7の表面での熱分布が均質化されるため、耐熱性を向上させることができる。さらに、樹脂そのものの寿命が延長されることになるため、吸音材8の耐用年数を長くすることができる。
【0049】
また、本製造方法によれば、目止め層2が撥水層3の下地として機能することになる。これにより、ガラスクロス1の上に直接撥水層3を形成する場合と比較して、撥水層3の構造を安定化させることができる。
したがって、本発明に係る作業機械の吸音材8の製造方法によれば、耐熱性及び撥水性を確保しながら、良好な吸音特性と摩擦堅牢度とを獲得することができる。
【0050】
[その他]
以上、本発明の実施形態について説明したが、本発明は上述の実施形態に限定されるものではなく、本発明の趣旨を逸脱しない範囲で種々変形して実施することができる。
例えば、上述の実施形態では、油圧ショベル10に適用される吸音材8の製造方法が述べられているが、本発明に係る吸音材8の適用対象はこれに限定されず、ブルドーザやホイールローダ,油圧式クレーンなどのさまざまな作業機械に適用することが可能である。なお、本発明に係る吸音材8の取付位置は、エンジンルームやサイドカバーの内部以外の場所であってもよい。
【図面の簡単な説明】
【0051】
【図1】本発明の一実施形態に係る作業機械の吸音材の製造方法で用いられるガラスクロスの構造を拡大して示す断面図である。
【図2】本発明の一実施形態に係る作業機械の吸音材の製造方法の過程で目止め層が形成されたガラスクロスの構造を拡大して示す断面図である。
【図3】本発明の一実施形態に係る作業機械の吸音材の製造方法の製造過程におけるガラスクロスの表面の状態を拡大して示す模式図である。
【図4】本発明の一実施形態に係る作業機械の吸音材の製造方法の過程で撥水層が形成されたガラスクロスの表面の状態を拡大して示す断面図である。
【図5】本発明の一実施形態に係る作業機械の吸音材の製造方法で製造された吸音材の構造を示す断面図である。
【図6】本発明の一実施形態に係る作業機械の吸音材の製造方法で製造された吸音材を備えた油圧ショベルを示す斜視図である。
【図7】本発明の一実施形態に係る作業機械の吸音材の製造方法の手順を説明するためのフローチャートである。
【図8】本発明の一実施形態に係る作業機械の吸音材の製造方法で製造された厚み25mmの吸音材の吸音率の測定結果であり、(a)は1/3オクターブバンド中心周波数と残響室法吸音率との関係を示すグラフ、(b)は測定時における試験体の正面及び側面の寸法を示す試験体配置図である。
【図9】本発明の一実施形態に係る作業機械の吸音材の製造方法で製造された厚み50mmの吸音材の吸音率の測定結果であり、(a)は1/3オクターブバンド中心周波数と残響室法吸音率との関係を示すグラフ、(b)は測定時における試験体の正面及び側面の寸法を示す試験体配置図である。
【符号の説明】
【0052】
1 ガラスクロス
1a 縦糸
1b 横糸
2 目止め層
3 撥水層
4 空隙
5 軟質樹脂
6 吸音素材(グラスウール)
7 表皮材
8 吸音材
9a サイドカバー
9b エンジンフード

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ガラス繊維集合体のグラスウールからなる吸音素材と、該吸音素材を被覆する表皮材と、を備えた作業機械の吸音材の製造方法であって、
複数のガラス繊維を網目状に編み、ガラスクロスを形成するガラスクロス形成ステップと、
該ガラスクロス形成ステップで形成された該ガラスクロスをアクリルエマルジョンに含浸させて該ガラスクロスの表面に目止め層を形成する目止め層形成ステップと、
該目止め層の外側に撥水層を形成する撥水層形成ステップと
を備えたことを特徴とする、作業機械の吸音材の製造方法。
【請求項2】
該目止め層形成ステップにおいて、該アクリルエマルジョンに着色料を混入する
ことを特徴とする、請求項1記載の作業機械の吸音材の製造方法。
【請求項3】
該目止め層形成ステップにおいて、該アクリルエマルジョンにグラファイトを混入する
ことを特徴とする、請求項2記載の作業機械の吸音材の製造方法。
【請求項4】
該撥水層形成ステップにおいて、該目止め層が形成されたガラスクロスをフッ素樹脂に含浸させる
ことを特徴とする、請求項1〜3の何れか1項に記載の作業機械の吸音材の製造方法。
【請求項5】
該ガラスクロス形成ステップで形成される該ガラスクロスが、米国UL規格におけるUL94V−0規格を満足する
ことを特徴とする、請求項1〜4の何れか1項に記載の作業機械の吸音材の製造方法。
【請求項6】
該ガラスクロス形成ステップで形成される該ガラスクロスが、ASTM D1117に規定されたグラブ法引張試験において、鉛直方向に450N以上の引張強度を有する
ことを特徴とする、請求項1〜5の何れか1項に記載の作業機械の吸音材の製造方法。
【請求項7】
該ガラスクロス形成ステップで形成される該ガラスクロスが、ASTM D1117に規定されたグラブ法引張試験において、水平方向に350N以上の引張強度を有する
ことを特徴とする、請求項1〜6の何れか1項に記載の作業機械の吸音材の製造方法。
【請求項8】
該ガラスクロス形成ステップで形成される該ガラスクロスが、ASTM D1117に規定されたトング引き裂き試験において、鉛直方向に14N以上の引き裂き強度を有する
ことを特徴とする、請求項1〜7の何れか1項に記載の作業機械の吸音材の製造方法。
【請求項9】
該ガラスクロス形成ステップで形成される該ガラスクロスが、ASTM D1117に規定されたトング引き裂き試験において、水平方向に16N以上の引き裂き強度を有する
ことを特徴とする、請求項1〜8の何れか1項に記載の作業機械の吸音材の製造方法。
【請求項10】
該グラスウールが、少なくとも100〜1000Hzの周波数帯に対応する騒音を吸収する性能を有する
ことを特徴とする、請求項1〜9の何れか1項に記載の作業機械の吸音材の製造方法。
【請求項11】
該グラスウールが、JIS A 1409:1998に基づく残響室法吸音率測定において、250〜1000Hzの範囲における0.70以上の吸音率を有する
ことを特徴とする、請求項1〜10の何れか1項に記載の作業機械の吸音材の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2010−20160(P2010−20160A)
【公開日】平成22年1月28日(2010.1.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−181529(P2008−181529)
【出願日】平成20年7月11日(2008.7.11)
【出願人】(000190297)キャタピラージャパン株式会社 (1,189)
【Fターム(参考)】