説明

信号処理装置、及びレーダ装置

【課題】 ビート信号の高調波に起因する目標物体の誤検出を回避し、かつビート信号のレベルが低い目標物体の検出漏れを回避する。
【解決手段】信号処理装置は、CW期間におけるビート信号のレベルを、前記ビート信号をA/D変換する受信回路の飽和レベルより低いレベルに低下させる信号レベル制御手段を有するので、CW期間では高調波に起因する誤検出が生じない。そして、距離・速度検出手段は、CW期間で検出した相対速度に基づいてFMCW期間での相対速度及び相対距離から目標物体の相対速度及び相対距離を検出するので、FMCW期間で高調波に起因する誤検出を回避し、さらにビート信号のレベルが低い目標物体の検出漏れを回避できる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、周波数変調したレーダ信号を送受信して送受信信号からビート信号を生成するレーダ送受信機の信号処理装置に関し、特に、受信信号からビート信号を生成してこれをA/D変換する受信回路の飽和レベルを受信信号のレベルが超えることによりA/D変換されたビート信号の周波数スペクトルに高調波が生じても目標物体の誤検出を防止する技術に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、自動車等の車両の走行支援手段として、車両周囲の移動体の相対距離、相対速度をほぼ同時に検出可能なFM−CW(Frequency Modulated-Continuous Wave)方式のレーダ装置が広く用いられる。特許文献1には、車載用のレーダ装置として用いられるFM−CW方式のレーダ装置が記載されている。
【0003】
車載用のFM−CW方式のレーダ装置は、三角波状の周波数変調信号に従ってミリ波長の連続波(電磁波)に周波数変調を施し、これをレーダ信号として走査対象領域に送信する。このとき、送信信号の周波数は、時間に対し直線的な上昇と下降とを反復する。この送信信号が目標物体により反射されると、その反射信号は目標物体の相対距離に応じた時間的遅延と相対速度に応じたドップラシフトの影響を受け、周波数が偏移した状態で受信される。FM−CW方式のレーダ装置は、送受信信号をミキサによりミキシングして両者の周波数差に対応する周波数(ビート周波数)を有するビート信号を生成する。そして、ビート周波数を用いて目標物体の相対距離、相対速度を検出する。
【0004】
ここで、走査対象領域内に複数の目標物体が存在する場合、受信信号には目標物体ごとの反射信号が含まれる。よって、送受信信号をミキシングしたときには、目標物体ごとに異なるビート周波数のビート信号が得られる。FM−CW方式のレーダ装置は、目標物体ごとの相対距離、相対速度を検出するために、ビート信号をA/D変換器によりA/D変換してマイクロコンピュータなどの信号処理装置に取り込み、信号処理装置によりビート信号にFFT(高速フーリエ変換)処理を施して周波数スペクトルを検出する。すると、目標物体を示すビート信号は相対的に他のビート信号よりレベルが大きいので、信号処理装置は周波数スペクトルにおけるピーク信号を検出することで目標物体ごとのビート周波数を特定し、ビート周波数に基づき相対距離、相対速度を検出する。
【0005】
ところで、送信信号のレベルを一定とした場合、受信信号のレベルには目標物体の反射断面積や目標物体の距離に応じてばらつきが生じる。そして、受信信号のレベルが大きくなることによりミキサやA/D変換器を含む受信回路の飽和レベルを超えると、ビート信号は略矩形波としてサンプリングされる。
【0006】
すると、サンプリングされたビート信号をFFT処理したときに、矩形波の周波数に対応する周波数スペクトルと、その整数倍の周波数に対応する高調波の周波数スペクトルが検出される。そして、かかる高調波のレベルは飽和レベルに対応して他のビート信号のレベルより大きいので、それぞれがピーク信号として検出される。よって、かかるピーク信号のビート周波数からは、実在しない目標物体の相対距離、相対速度が誤検出される。そして、かかる誤検出は、車両制御の安全に支障をきたすおそれがある。
【0007】
このような問題に対し従来、送信信号のレベルを予め低下させることで受信信号のレベルを低下させる方法が提案されている。あるいは、飽和レベルが大きい受信回路を用いることで、高調波が検出されることを回避する方法が提案されている。
【特許文献1】特開平11−133144号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、反射断面積の小さい目標物体(例えば歩行者やバイク)や遠方の目標物体から得られるビート信号のレベルは相対的に低いので、上記のように送信信号のレベルを低下させる方法によると、レベルの低いビート信号はノイズに埋もれてピーク信号として検出されず、したがってこれらの目標物体が検出されないおそれがある。また、飽和レベルが大きい受信回路を用いることはレーダ装置のコスト高につながるので望ましくない。
【0009】
そこで、本発明の目的は、受信回路の飽和レベルを変更することなくビート信号の高調波に起因する目標物体の誤検出を回避でき、かつ反射断面積が小さい目標物体や遠方の目標物体といったビート信号のレベルが低い目標物体の検出漏れを回避できる信号処理装置等を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記の目的を達成するために、本発明の第1の側面によれば、第1のレーダ送受信期間では所定周波数のレーダ信号を送受信し、第2のレーダ送受信期間では周波数変調したレーダ信号を送受信し、前記第1、第2のレーダ送受信期間ごとに送受信信号に基づき当該送受信信号の周波数差を有するビート信号を生成するレーダ送受信機の信号処理装置であって、前記第1のレーダ送受信期間における受信信号のレベルを、前記ビート信号を生成してA/D変換する受信回路の飽和レベルより低いレベルに低下させる信号レベル制御手段と、前記第1、第2のレーダ送受信期間ごとにA/D変換された前記ビート信号の周波数スペクトルからピーク信号を検出するピーク信号検出手段と、前記第1のレーダ送受信期間における前記ピーク信号から目標物体の相対速度を検出し、前記検出された相対速度と前記第2のレーダ送受信期間における前記ピーク信号から導出される相対距離と相対速度の組合せに基づいて前記目標物体の相対距離を検出する距離・速度検出手段とを有する信号処理装置が提供される。
【0011】
上記側面の好ましい態様によれば、前記距離・速度検出手段は、前記第2のピーク信号が高調波を含むときには、前記検出された相対速度と前記第2のピーク信号から導出される相対距離と相対速度の組合せに基づいて前記目標物体の相対距離を検出することを特徴とする。
【発明の効果】
【0012】
上記側面によれば、前記第1のレーダ送受信期間における受信信号のレベルを、前記ビート信号を生成してA/D変換する受信回路の飽和レベルより低いレベルに低下させるので、第1のレーダ送受信期間ではビート信号の周波数スペクトルからは高調波に起因するピーク信号は検出されない。そして、前記第1のレーダ送受信期間における前記ピーク信号から目標物体の相対速度を検出するので、目標物体の相対速度が一意に検出される。
【0013】
そして、前記検出された相対速度と前記第2のレーダ送受信期間における前記ピーク信号から導出される相対距離と相対速度の組合せに基づいて前記目標物体の相対距離を検出するので、第2のレーダ送受信期間で高調波に起因するピーク信号から実在しない目標物体の相対距離、相対速度が導出されたとしても、これを除外して実在する目標物体の目標物体の相対速度及び相対距離を検出できる。よって、誤検出を回避できる。
【0014】
さらに、上記態様によれば、前記第2のピーク信号が高調波を含まないときには、前記第2のピーク信号から前記目標物体の相対距離と相対速度を検出するので、第2のレーダ送受信期間では反射断面積が小さい目標物体や遠方の目標物体といったレベルが低くいビート信号から目標物体の相対距離、相対速度を検出でき、検出漏れを回避できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
以下、図面にしたがって本発明の実施の形態について説明する。但し、本発明の技術的範囲はこれらの実施の形態に限定されず、特許請求の範囲に記載された事項とその均等物まで及ぶものである。
【0016】
図1は、本実施形態におけるレーダ装置の使用状況を説明する図である。FM−CW方式のレーダ装置10は、一例として、車両1の前部フロントグリル内、あるいはバンパー内に搭載され、フロントグリル前面やバンパー前面の化粧板を透過して車両1前方の走査対象領域にミリ波長のレーダ信号(電磁波)を送信し、走査対象領域からの反射信号を受信する。
【0017】
そして、レーダ装置10は、送受信信号からビート信号を生成してこれをA/D変換し、デジタルデータ化されたビート信号をマイクロコンピュータなどの信号処理装置により処理することで、走査対象領域内の目標物体の相対距離、相対速度を検出する。目標物体は、例えば車両1の先行車両、対向車や出会い頭に出くわす他車両、あるいは歩行者などである。そして、検出結果に基づいて、車両制御装置100が、先行車両への追従走行、他車両や歩行者との衝突回避または乗員保護を行うように車両1の各種アクチュエータを駆動して車両1の挙動を制御する。
【0018】
なお、本図に示す使用状況は一例であり、レーダ装置10を車両1の側面に搭載して車両1の側方を監視するために用いたり、車両1の後部に搭載して車両1の後方を監視するために用いたりすることも可能である。あるいは、レーダ装置10を車両1の前側部に搭載して車両1の前側方を監視するために用いたり、車両1の後側部に搭載して車両1の後側方を監視するために用いたりすることも可能である。
【0019】
図2は、本実施形態におけるレーダ装置の構成を説明する図である。レーダ装置10は、FM−CW方式で周波数変調を施したレーダ信号を送信信号として送信してその反射信号を受信し、送受信信号の周波数差に対応する周波数のビート信号を生成するレーダ送受信機30と、レーダ送受信機30が生成するビート信号を処理する信号処理装置14とを有する。
【0020】
レーダ送受信機30では、変調信号生成部16に信号処理装置14から変調指示信号が入力され、変調信号生成部16がこれに応答して所定の周期で三角波状に電圧が上昇及び下降する周波数変調信号を生成する。すると、電圧制御発振器(VCO)18が周波数変調信号の電圧値に応答して、三角波の上昇期間(アップ期間)で周波数が直線的に上昇し、三角波の下降期間(ダウン期間)で周波数が直線的に下降する送信信号を出力する。このときが「第2のレーダ送受信期間」に対応し、以下便宜上「FMCW期間」という。また、変調信号生成部16に信号処理装置14から変調中止を指示する指示信号が入力されると、変調信号生成部16がこれに応答して三角波状の変調信号の生成を中止し、一定電圧のバイアス信号を生成する。すると、VCO18はこのバイアス信号に応答して一定周波数の送信信号を生成する。このときが「第1のレーダ送受信期間」に対応し、以下便宜上「CW期間」という。
【0021】
このように生成される送信信号は分配器20により電力分配され、増幅器20aにより増幅された後その一部がアンテナ切替スイッチ21を介して送受兼用のアンテナ11から送出される。そして、反射信号がアンテナ11により受信されると、受信信号は増幅器21aにより増幅された後ミキサ22に入力される。このとき、アンテナ切替スイッチ21は、信号処理装置14からの切替指示信号に応答してアンテナ11の接続先を増幅器20aまたは増幅器21aのいずれかに切替える。この切替指示信号は一例としてパルス信号であり、アンテナ切替スイッチ21は、パルス信号のデューティ比に応じた送信時間に送信信号が送信され、受信時間に受信信号が受信されるようにアンテナ11の接続先を切替える。
【0022】
ミキサ22は、送信信号の一部と受信信号とを混合し、両者の周波数差に対応する周波数のビート信号を生成する。そして、ビート信号は、帯域通過フィルタ23により直流成分や高周波ノイズが除去された後A/D変換器24によりサンプリングされてデジタルデータ化され、信号処理装置14に出力される。
【0023】
ここにおいて、増幅器21a、ミキサ22、帯域通過フィルタ23、及びA/D変換器24がビート信号を生成してA/D変換する受信回路25を構成する。ただし、受信回路25は、増幅器21a、帯域通過フィルタ23を省略して構成してもよい。なお、受信回路25のうちミキサ22はレーダ送受信機30に、A/D変換器24は信号処理装置14に設けられる構成としてもよい。
【0024】
信号処理装置14は、デジタルデータ化されたビート信号に対しFFT(高速フーリエ変換)処理を実行するDSP(Digital Signal Processor)などの演算処理装置と、ビート信号の周波数スペクトルを処理して目標物体の位置等を検出するマイクロコンピュータを有する。このマイクロコンピュータは、CPU(Central Processing Unit)と、CPUが実行する各種処理プログラムや制御プログラムが格納されたROM(Read Only Memory)と、CPUが各種データを一時的に格納するRAM(Random Access Memory)とを有する。また、信号処理装置14は、上記のCW期間、FMCW期間を切替える変調指示信号を生成する回路と、アンテナ切替スイッチ21に対する切替指示信号を生成する回路を有する。
【0025】
ビート信号の周波数スペクトルから目標物体を示すピーク信号を検出するピーク信号検出手段14b、ピーク信号に対応するビート周波数を用いて目標物体の相対距離及び/または相対速度を検出する距離・速度検出手段14cには、各処理手順を定めたプログラムと、これを実行するCPUを含む構成が対応する。また、後に詳述する方法によりビート信号のレベルを制御する信号レベル制御手段14aには、処理手順を定めたプログラムとこれを実行するCPU、及び変調指示信号や切替指示信号を生成する回路を含む構成が対応する。
【0026】
なお、上記構成のレーダ装置は、アンテナを機械的に回動させるメカニカルスキャン式に適用できる。その場合、図示を省略する駆動機構と、アンテナ角度を検出するロータリエンコーダを備え、受信信号を受信したときのアンテナ角度に基づき目標物体の方位角を検出する。あるいは送受兼用アンテナ11のほかに受信用アンテナを複数備える構成として、アンテナ間の受信位相差を利用して受信信号の到来方向を検出する電子スキャン方式にも適用できる。
【0027】
ここで、本実施形態におけるレーダ装置の基本的な動作について説明する。
【0028】
図3は、送信信号と受信信号の周波数変化と、目標物体の相対距離、相対速度の検出原理を説明する図である。図3(A)には、時間(横軸)に対する送受信信号の周波数(縦軸)変化を示す。図3(A)において実線で示すように、送信信号の周波数は、CW期間では周波数f0(例えば76.5GHz)であり、FMCW期間では周波数fm(例えば400Hz)の三角波の周波数変調信号に従って、中心周波数f0、周波数変調幅ΔF(例えば100MHz)で周波数が直線的に上昇及び下降する。これに対し、受信信号は、破線で示すように、これを反射した目標物体の相対距離による時間的遅延ΔTと、相対速度に応じたドップ周波数γ分の周波数偏移を受ける。その結果、送受信信号には、CW期間では周波数差γ、FMCW期間におけるアップ期間で周波数差α、ダウン期間で周波数差βが生じる。よって、ビート信号のビート周波数は、図3(B)に示すように、CW期間ではドップラ周波数に対応するビート周波数γ、アップ期間ではビート周波数α、ダウン期間ではビート周波数βとなる。そして、このビート周波数γ、α、βと目標物体の相対距離R、相対速度Vには次の式(1)〜(3)で示す関係が成立する。ただし、ここでCは光速である。
【0029】
V=(γ・C)/[2・(f0−γ)] …式(1)
R=C・(α+β)/(8・ΔF・fm) …式(2)
V=C・(β−α)/(4・f0) …式(3)
ここにおいて、上記式(2)、(3)により示されるように、FMCW期間で生成されるビート信号のビート周波数α、βは相対距離と相対速度を検出するための情報を含む。よって、FMCW期間で検出されるビート信号を用いて、移動体である目標物体の相対距離と相対速度を同時に検出できる。
【0030】
ここで、ミキサ22が生成するビート信号には、目標物体ごとに異なるビート周波数のビート信号が含まれる。上記の方法により目標物体ごとの相対距離、相対速度を検出するために、ビート信号はA/D変換器24によりサンプリングされた後、信号処理装置14に取り込まれる。
【0031】
図4は、ビート信号のA/D変換について説明する図である。図4(A)は、受信信号の模式的な波形と、受信回路25の飽和レベルとの関係を示す。ここでは、受信信号にバイアスが与えられた場合を示す。そして、受信回路25に含まれる増幅器21a、ミキサ22、帯域通過フィルタ23、及びA/D変換器24それぞれの飽和レベルのうち最も低い飽和レベルHを示す。図4(B)は、図4(A)の受信信号から得られるビート信号がA/D変換されたときに得られるデジタルデータを示す。図4(A)に示すように、受信信号のレベルが飽和レベルHを超えない範囲ではビート信号の電圧値が予め定められたサンプリング周期でサンプリングされ、図5(B)に示すようなデジタルデータが得られる。
【0032】
そしてピーク信号検出手段14bは、ビート信号のデジタルデータをFFT処理することにより周波数スペクトルを検出する。
【0033】
図5は、周波数スペクトルの一例を示す図である。図5(A)は、アップ期間における周波数スペクトルを示す。ここでは、説明の便宜上、2つの目標物体が存在する場合を示す。ピーク信号検出手段14bは、アップ期間における周波数スペクトルからビート周波数α1に対応するレベルL1のピーク信号uP1と、ビート周波数α2に対応するレベルL2のピーク信号uP2を検出する。一方、図5(B)は、ダウン期間における周波数スペクトルを示す。ピーク信号検出手段14bは、ダウン期間における周波数スペクトルからビート周波数β1に対応するレベルL1のピーク信号dP1と、ビート周波数β2に対応するレベルL2のピーク信号dP2を検出する。
【0034】
上記のようにアップ期間でのピーク信号uP1、uP2とダウン期間のピーク信号dP1、dP2が検出されると、距離・速度検出手段14cは、互いに同等のレベルを有するピーク信号同士、つまりレベルL1のピーク信号uP1、dP1同士、レベルL2のピーク信号uP2、dP2同士を対応付ける(かかる処理をペアリングという)。これは、目標物体ごとの反射断面積や相対距離に応じてビート信号のレベルが異なるので、同一の目標物体からは同等レベルのピーク信号が得られる蓋然性が大きいことによる。そして、ペアリングされたピーク信号対のビート周波数を用いて、上述の式(2)、(3)により目標物体ごとの相対距離、相対速度を検出する。
【0035】
ところで、送信信号のレベルを一定とした場合、受信信号のレベルには目標物体の反射断面積や相対距離に応じてばらつきが生じる。そして、受信信号のレベルが大きくなることにより受信回路25の飽和レベルを超える場合がある。ここで、受信信号のレベルが受信回路25の飽和レベルを超える場合には、増幅器21aの飽和レベルを入力される受信信号のレベルが超える場合、ミキサ22の飽和レベルを増幅器21aから入力される受信信号のレベルが超える場合、帯域通過フィルタ23またはA/D変換器24の飽和レベルをミキサ22から入力されるビート信号のレベルが越える場合のうちいずれかが含まれる。
【0036】
かかる場合について再び図4を用いて説明すると、図4(C)に示すように、受信信号のレベルが飽和レベルHを超えると、飽和レベルを超えた部分に対応するビート信号の電圧値はサンプリングされない。その代わりに、飽和レベルの電圧値がサンプリングされる。よって、図4(D)に示すようなデジタルデータが得られる。ここにおいて、いうなれば、ビート信号は略矩形波としてサンプリングされる。
【0037】
すると、FFT処理されたときに、この略矩形波としてサンプリングされたビート信号の周波数スペクトルと、略矩形波を形成するさらに高周波の周波数スペクトルが高調波として検出される。
【0038】
図6は、受信回路25の飽和レベルを超えるレベルを有するビート信号をFFT処理したときの周波数スペクトルの例を示す。ここでは、説明の便宜上、1つの目標物体に対応するビート信号を例とする。図6(A)に示すように、アップ期間ではビート周波数αの周波数スペクトルuPと、FFT処理の分解能に応じてビート周波数(N×α)(N=2、3、4、・・・)の周波数スペクトルuP_Nが検出される。一方、図6(B)に示すように、ダウン期間では、ビート周波数βの周波数スペクトルdPとビート周波数(N×β)の周波数スペクトルdP_Nが検出される。
【0039】
ここで、周波数スペクトルuP_N、dP_Nは、飽和レベルのビート信号であるので、他のビート信号よりレベルが相対的に大きく、したがってピーク信号として検出される。かかる場合に、ピーク信号uP_N、dP_Nに基づいて相対距離、相対速度を導出すると、実在しない目標物体の相対距離、相対速度が誤検出される。そして、誤検出された情報に基づいて車両1の挙動を制御すると、走行の安全性に支障をきたすおそれがある。
【0040】
本実施形態では、ここでCW期間での検出結果を用いてFMCW期間で導出された相対距離、相対速度をフィルタリングし、実在しない目標物体の相対距離、相対速度を除外して実在する目標物体の相対距離、相対速度を検出する。具体的な第1の方法は、CW期間での送信信号の周波数をFMCW期間での最大周波数あるいはそれ以上になるように設定する方法である。第2の方法は、送信信号の送信時間を制御して、送信信号のレベルを低下させる方法である。
【0041】
まず、第1の方法について説明する。次に示す公知のレーダ方程式では、Prは受信電力、 Ptは送信電力、Gはアンテナ11の利得、δは目標物体の反射断面積、λは送信信号の波長、Rは目標物体の相対距離を示す。
【0042】
【数1】

【0043】
上記のレーダ方程式によれば、受信電力Prは送信信号の波長λと正の相関関係を有する。よって、図7に示すように、CW期間の送信信号の周波数を上昇させることで送信信号の波長λを小さくすることができ、その結果、受信電力Prを低下させることができる。一例としては、図7に示すように、CW期間の周波数f0をFMCW期間における最大周波数f0+ΔF/2以上の周波数とすることが可能である。このようにすることで、受信信号レベルを低下させることができる。
【0044】
よって、予め受信信号のレベルが受信回路25の飽和レベルより低いレベルになるような(つまり上述したように受信信号のレベルが受信回路25の飽和レベルを越える場合が生じないような)送信信号の周波数を検出しておき、CW期間ではかかる周波数の送信信号がVCO18により生成されるようなバイアス信号を変調信号生成部16に出力させる。すなわち、信号レベル制御手段16aは、送信信号の周波数変調を停止するとともにかかるバイアス信号の生成を指示する変調指示信号を生成し、変調信号生成部16に出力する。
【0045】
このようにして、CW期間ではビート信号の周波数スペクトルに高調波によるピーク信号が発生することを回避できる。このときのビート信号の周波数スペクトルを図8に示すと、ピーク信号のビート周波数は実在する目標物体から得られたドップラ周波数γを示す。よって、距離・速度検出手段14cはピーク信号のビート周波数に基づき、上述した式(1)を用いて相対速度を導出する。ここにおいて、実在する目標物体の相対距離が一意に検出される。
【0046】
そして、FMCW期間で導出される相対距離と相対速度の組合せのうち、CW期間で検出した相対速度と所定の誤差範囲内(同一目標物体とみなして車両制御を行っても安全上支障がないような誤差範囲内)で一致する相対速度を有する組合せを抽出する。そして、CW期間で検出した相対速度(またはFMCW期間で抽出した組合せに含まれる相対速度)と、FMCW期間で抽出した組合せに含まれる相対距離とを実在する目標物体の相対速度及び相対距離として検出する。そうすることで、高調波に起因する実在しない目標物体の相対速度及び相対距離の誤検出を回避できる。
【0047】
次に、第2の方法について説明する。上記のレーダ方程式によれば、受信電力Prは、送信電力Ptと負の相関関係を有する。よって、アンテナ切替スイッチ21に入力する切替指示信号のデューティ比を調節することで送信信号の送信時間を短縮し、送信電力Ptを低下させる。そうすることで、受信電力Prが低下し、これにともない受信信号のレベルが低下する。よって、予め受信信号のレベルが受信回路25の飽和レベルより低いレベルになるような送信時間を検出しておき、信号レベル制御手段14aは、CW期間ではかかる送信時間となるように切替指示信号のデューティ比を変更する。
【0048】
ここで、切替指示信号の具体例を図9に示す。図9(A)はFMCW期間における切替指示信号、図9(B)はCW期間における切替指示信号を示し、Hレベルのときが送信時間、Lレベルのときが受信時間に対応する。図示するように、例えばFMCW期間での切替指示信号が送信時間50%、受信時間50%となるようなデューティ比を有するときに、CW期間では送信時間30%、受信時間70%となるようなデューティ比に変更される。このようにすることで、CW期間での送信時間の総和が小さくなるので送信電力が低減される。なお、ここに示す切替指示信号のデューティ比は一例であって、FMCW期間よりCW期間での送信電力が低減されるようなデューティ比を任意に用いることが可能である。
【0049】
このように、CW期間では実在する目標物体の相対距離が検出される。よって、第1の方法同様にして、CW期間で検出した相対速度(またはFMCW期間で抽出した組合せに含まれる相対速度)と、FMCW期間で抽出した組合せに含まれる相対距離とを実在する目標物体の相対速度及び相対距離として検出する。そうすることで、高調波に起因する実在しない目標物体の相対速度及び相対距離の誤検出を回避できる。
【0050】
なお、上記の2種類の方法は、いずれか1つを実行してもよいし、両方同時に実行してもよい。
【0051】
ここで、上記の2種類の方法によりCW期間での受信信号のレベルを低下させると、歩行者やバイクといった反射断面積が小さい目標物体や高速道路における先行車両といった遠方の目標物体から得られるビート信号はもともとレベルが相対的に低いので、ノイズに埋もれてピーク信号として検出されないおそれがある。
【0052】
しかし、FMCW期間では受信信号のレベルを低下させることなくビート信号を生成する。すなわち、これらの目標物体から得られる受信信号は受信回路25の飽和レベルを超えることがない。よって、周波数スペクトルにおいて高調波が発生することがないので、かかる目標物体から得られるビート信号をピーク信号として検出できる。よってピーク信号からは実在する目標物体の相対距離、相対速度を一意に検出することができる。そして、FMCW期間で高調波が検出されたときには上記のフィルタリングを行い、FMCW期間で高調波が検出されなければ上記のフィルタリングを行わない手順とすることにより、相対的にレベルが低いビート信号が示す目標物体の検出漏れを回避できる。
【0053】
このようにして、反射断面積が大きい目標物体(例えばトラックなどの大型車)や近距離の目標物体(渋滞時の先行車両)から得られる受信信号のレベルが受信回路25の飽和レベルを超える場合にはCW期間での検出結果を用いてフィルタリングをすることで高調波に起因する誤検出を防止できる。その一方で、高調波を形成しないピーク信号に基づいて反射断面積が小さい目標物体や遠方の目標物体の相対距離、相対速度も確実に検出できる。
【0054】
図10は、本実施形態におけるレーダ装置の動作手順を説明するフローチャート図である。図10の手順は、CW期間あるいはFMCW期間ごとに実行される。A/D変換器24がビート信号をA/D変換すると(S2)、信号処理装置14ではビート信号にFFT処理を実行してピーク信号検出手段14bが周波数スペクトルからピーク信号を検出する(S4)。そして、ピーク信号検出手段14bは、FMCW期間のとき(S6のYES)、手順S7で高調波が発生しているかを確認する。ここでは、例えば、複数のピーク信号の周波数が他のピーク信号の周波数の整数倍であるかをピーク信号同士の組合せごとに確認する。
【0055】
そして、高調波が発生していなければ(S7のNO)、距離・速度検出手段14cは、すべてのピーク信号の組合せに基づき相対距離、相対速度を検出し、RAMに格納する(S11)。この場合、実在する目標物体について相対距離、相対速度が検出される。なお、RAMに格納した相対距離、相対速度は、連続性判定等の後、車両制御装置100に出力される。
【0056】
一方、FMCW期間であって(S6のYES)、高調波が発生したときは(S7のYES)、信号レベル制御手段14aは、上記の方法により、CW期間でのビート信号のレベルを低下させる処理を実行する(S10)。そして、距離・速度検出手段14cは、すべてのピーク信号の組合せに基づき相対距離、相対速度の組合せを導出してRAMに格納する(S11)。この場合、高調波に起因して導出された実在しない目標物体の相対距離、相対速度が含まれる。
【0057】
次の処理サイクルがCW期間の場合であって(S6のNO)、前のFMCW期間で高調波が発生していたときには(S13のYES)、距離・速度検出手段14cは、ピーク信号のビート周波数から相対速度を検出する(S14)。ここにおいて、CW期間の受信信号は受信回路25の飽和レベルを超えないので、実在する目標物体の相対速度が一意に検出される。そして、CW期間で検出した相対速度と所定の誤差範囲内(同一目標物体とみなして車両制御を行っても安全上支障がないような誤差範囲内)で一致する相対速度を含む組合せをRAMに格納したFMCW期間での検出結果から抽出する。そして、それ以外の高調波に起因する検出結果を除外するとともに、CW期間で検出した相対速度(または抽出したFMCW期間での組合せに含まれる相対速度)と、抽出したFMCW期間での組合せに含まれる相対距離とを実在の目標物体の相対速度、相対距離として検出する(S16)。
【0058】
このような手順によれば、受信信号のレベルが受信回路25の飽和レベルを超える場合にはCW期間での検出結果を用いてフィルタリングをすることで高調波に起因する誤検出を防止できる。その一方で、FMCW期間で高調波が検出されないときにはかかるフィルタリングを行わないので、反射断面積が小さい目標物体や遠方の目標物体の相対距離、相対速度も確実に検出できる。また、CW期間で目標物体の相対速度を検出する処理を実行しないので、信号処理装置14の処理負荷を軽減できる。
【0059】
また本実施形態によれば、受信信号のレベルを受信回路25の飽和レベルより低いレベルにするために、受信回路25の構成を変更する必要がない。また、信号処理装置14は、アンテナ切替スイッチ21に対する切替指示信号のデューティ比を変更し、あるいは変調信号生成部16に対する変調指示信号を変更することによりレーダ方程式で変更可能なパラメータを変更できる。よって、送受信信号のレベルを調節するための追加的な回路構成をレーダ送受信機30に設けることなく、ビート信号のレベルを低下させることができる。
【0060】
以上説明したとおり、本実施形態によれば、CW期間における受信信号のレベルを受信回路の飽和レベルより低いレベルに低下させるので、CW期間ではビート信号の周波数スペクトルからは高調波に起因するピーク信号は検出されない。よって、目標物体の相対速度が一意に検出される。そして、この相対速度に基づいてFMCW期間で検出された相対速度及び相対距離から目標物体の相対速度及び相対距離を検出するので、FMCW期間で高調波に起因するピーク信号から実在しない目標物体の相対距離、相対速度が検出されたとしても、これを除外して実在する目標物体の目標物体の相対速度及び相対距離を検出できる。よって、誤検出を回避できる。さらに、FMCW期間では受信信号のレベルを低下させずに目標物体の相対距離、相対速度を検出するので、反射断面積が小さい目標物体や遠方の目標物体といったビート信号のレベルが低い目標物体の検出漏れを回避できる。
【図面の簡単な説明】
【0061】
【図1】本実施形態におけるレーダ装置の使用状況を説明する図である。
【図2】本実施形態におけるレーダ装置の構成を説明する図である。
【図3】送信信号と受信信号の周波数変化と、目標物体の相対距離、相対速度の検出原理を説明する図である。
【図4】ビート信号のA/D変換について説明する図である。
【図5】周波数スペクトルの一例を示す図である。
【図6】A/D変換器24の飽和レベルを超えるレベルを有するビート信号をFFT処理したときの周波数スペクトルの例を示す。
【図7】ビート信号のレベルを低下させる第1の方法について説明する図である。
【図8】CW期間でレベルが低下したときのビート信号の周波数スペクトルを説明する図である。
【図9】ビート信号のレベルを低下させる第2の方法について説明する図である。
【図10】本実施形態におけるレーダ装置の動作手順を説明するフローチャート図である。
【符号の説明】
【0062】
10:レーダ装置、14:信号処理装置、14a:信号レベル制御手段、14b:ピーク信号検出手段、14c:距離・速度検出手段、30:レーダ送受信機

【特許請求の範囲】
【請求項1】
第1のレーダ送受信期間では所定周波数のレーダ信号を送受信し、第2のレーダ送受信期間では周波数変調したレーダ信号を送受信し、前記第1、第2のレーダ送受信期間ごとに送受信信号に基づき当該送受信信号の周波数差を有するビート信号を生成するレーダ送受信機の信号処理装置であって、
前記第1のレーダ送受信期間における受信信号のレベルを、前記ビート信号を生成してA/D変換する受信回路の飽和レベルより低いレベルに低下させる信号レベル制御手段と、
前記第1、第2のレーダ送受信期間ごとにA/D変換された前記ビート信号の周波数スペクトルからピーク信号を検出するピーク信号検出手段と、
前記第1のレーダ送受信期間における第1のピーク信号から目標物体の相対速度を検出し、前記検出された相対速度と前記第2のレーダ送受信期間における第2のピーク信号から導出される相対距離と相対速度の組合せに基づいて前記目標物体の相対距離を検出する距離・速度検出手段とを有することを特徴とする信号処理装置。
【請求項2】
請求項1において、
前記距離・速度検出手段は、前記第2のピーク信号が高調波を含むときには、前記検出された相対速度と前記第2のピーク信号から導出される相対距離と相対速度の組合せに基づいて前記目標物体の相対距離を検出し、前記第2のピーク信号が高調波を含まないときには、前記第2のピーク信号から前記目標物体の相対距離と相対速度を検出することを特徴とする信号処理装置。
【請求項3】
請求項1または2において、
前記信号レベル制御手段は、前記レーダ送受信機に前記所定周波数を上昇させる指示信号を出力して前記第1のレーダ送受信期間における送信信号の波長に対応するビート信号のレベルを低下させることを特徴とする信号処理装置。
【請求項4】
請求項1または2において、
前記信号レベル制御手段は、前記レーダ送受信機にレーダ信号の送信時間を短縮させる指示信号を出力して前記第1のレーダ送受信期間における受信信号のレベルを低下させることを特徴とする信号処理装置。
【請求項5】
請求項1乃至4のいずれかに記載のレーダ送受信機と信号処理装置とを有するレーダ装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2010−112937(P2010−112937A)
【公開日】平成22年5月20日(2010.5.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−288161(P2008−288161)
【出願日】平成20年11月10日(2008.11.10)
【出願人】(000237592)富士通テン株式会社 (3,383)
【Fターム(参考)】