説明

偏波制御光回路

【課題】短い屈折率制御領域で偏波分離素子を構成することができる偏波制御光回路を提供すること。
【解決手段】有効屈折率制御構造15は、コア22をクラッド21に埋め込んだ形状の埋め込み型光導波路をエッチングして樹脂23を充填した構造である。樹脂23にはコア22よりも屈折率の小さいものを使う。領域Zは最も溝位置がコア内部に入り込んでいる領域であり、主としてこの部分でTE偏光とTM偏光に対する有効屈折率に差が生じる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、波長合分波回路、光分岐挿入回路、光スイッチ、偏光ダイバーシティ回路、コヒーレント受信回路又は偏波分散補償回路などに有効な偏波制御光回路に関する。
【背景技術】
【0002】
マッハツェンダー型干渉光導波路において、TE(Transverse Electric)偏光及びTM(Transverse Magnetic)偏光に対する有効屈折率の差を局所的に設けて、TE偏光及びTM偏光を分離することが知られている(例えば、特許文献1参照。)。
【0003】
図8は、従来例1のマッハツェンダー型干渉光導波路の構成を示す図である。マッハツェンダー型干渉光導波路は、入力ポート1である導波路81、入力ポート2である導波路82、2:2光結合器83、マッハツェンダー干渉系の第1のアームである導波路84、応力付与導波路85、及び導波路86、マッハツェンダー干渉系の第2のアームである導波路87、2:2光結合器88、出力ポート1である導波路89、並びに出力ポート2である導波路90からなる。応力付与導波路85は、光導波路に応力付与材料を貼り付け、光導波路に応力を与えて光弾性効果を利用して、TE光及びTM光に対する有効屈折率に差を付けることができる。応力の大きさと応力付与部分の長さを調整することによって、第1のアームと第2のアームを伝搬するTE光には光路長差がなく、TM光に対しては光路長差が半波長であるように設定することができる。この場合、入力ポート1から入射されたTE光は出力ポート2から出力され、入力ポート1から入射されたTM光は出力ポート1から出力される。すなわち、偏光分離素子として動作する。
【0004】
図9は、従来例2のマッハツェンダー型干渉光導波路の構成を示す図である。従来例2は、従来例1の応力付与導波路85に代えて導波路コア幅を広げた領域91を設けて、局所的にTE偏光及びTM偏光に対する有効屈折率に差をつけるものである。機能は従来例1と同様である。
【特許文献1】特開2006−333139号公報(図5)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかし、これらの方法では、TE光及びTM光に対する有効屈折率差が小さく、石英導波路では、高々5×10−5程度であり、10mm以上の屈折率制御領域が必要であり、偏光分離素子寸法が大きくなる。
【0006】
本発明は、上記問題点に鑑み、短い屈折率制御領域で偏波分離素子を構成することができる偏波制御光回路を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の偏波制御光回路は、コアをクラッドに埋め込んだ形状の埋め込み型光導波路において、通常の光導波路である光導波路部と、該光導波路部の一部の領域であって該コアの両側が隣接するクラッドの一部と共にエッチングされていて、TE偏光とTM偏光の有効屈折率が異なる領域である有効屈折率制御構造部とを備えることを特徴とする。
【0008】
また、前記エッチングされている箇所に、樹脂若しくは低融点ガラスが充填され、又は、誘電体が、蒸着、スパッタ若しくは化学的気相成長法により充填されていることで、よりTE偏光とTM偏光の有効屈折率を大きく異ならせることができる。
【0009】
また、前記光導波路部と前記有効屈折率制御構造部の温度変化が相殺される特性であることで、温度無依存化することができる。
【0010】
また、前記有効屈折率制御構造部におけるTE偏光とTM偏光の光路長差が使用波長の整数倍又は半整数倍であることで、TE偏光とTM偏光の分離をすることができる。
【0011】
また、前記有効屈折率制御構造部が複数あることで、それぞれの導波路の損失を同じにすることができる。
【発明の効果】
【0012】
本願において開示される発明のうち代表的なものによって得られる効果を簡単に説明すれば、下記の通りである。
(1).TE偏光及びTM偏光に対する有効屈折率が大きく異なる有効屈折率制御構造を実現することができる。
(2).樹脂の屈折率又は有効屈折率制御構造の長さを変えて、TE偏光とTM偏光に対する光路長を制御することが可能となる。
(3).偏光分離素子、偏光無依存素子などを構成することが可能になる。
(4).TE偏光及びTM偏光に対する有効屈折率差が大きいので、素子を小型に構成することが可能である。
(5).樹脂の屈折率又は有効屈折率制御構造の長さを変えて、通常の導波路と接続し、全体の光路長を温度無依存化することも可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
以下、添付図面を参照しながら本発明を実施するための最良の形態について詳細に説明する。なお、実施例を説明するための全図において、同一の機能を有するものは同一符号を付け、その繰り返しの説明は省略する。光回路材料に石英を利用することを前提として実施例を説明するが、同様の構成は他材料系にも適用可能である。
【実施例1】
【0014】
図1は、本発明の実施例1による偏波制御光回路の構成を示す図である。ここでは、マッハツェンダー型干渉光導波路に適用した例を示す。このマッハツェンダー型干渉光導波路は、入力ポート1である導波路11、入力ポート2である導波路12、2:2光結合器13、マッハツェンダー干渉系の第1のアームである導波路14、有効屈折率制御構造15、及び導波路16、マッハツェンダー干渉系の第2のアームである導波路17、2:2光結合器18、出力ポート1である導波路19、並びに出力ポート2である導波路20からなる。従来例1の応力付与導波路85に代えて有効屈折率制御構造15を設けたものである。
【0015】
図2は、有効屈折率制御構造の拡大図及び断面図である。図2(A)は、有効屈折率制御構造の拡大図、図2(B)は、そのBB断面図、図2(C)は、そのCC断面図である。有効屈折率制御構造15は、コア22をクラッド21に埋め込んだ形状の埋め込み型光導波路をエッチングして樹脂23を充填した構造である。領域Xでは、コア22から十分に離れた位置のクラッド21をエッチングし、領域Yでは徐々にコア22の両側の一部にかけてエッチングし、領域Zでは、コア22の両側を隣接するクラッド21の一部と共にエッチングして、できた溝に樹脂23を充填した構造となっている。樹脂23にはコア22よりも屈折率の小さいものを使う。石英導波路に対しては、フッ素系樹脂で石英よりも屈折率が低い材料が市販されている。領域Xは溝がコア22から十分に離れていて、溝が光伝搬に影響を与えない領域である。領域Yは徐々に溝位置がコアに近づき、さらに、コア22内部に入り込むため、光伝搬モードが変化する遷移領域である。領域Zは最も溝位置がコア内部に入り込んでいる領域であり、主としてこの部分でTE偏光とTM偏光に対する有効屈折率に差が生じる。
【0016】
図3は、有効屈折率の計算例を示す図である。この計算では、比屈折率差0.75%、コア径6μmの石英導波路に溝を形成し、領域Zにおけるコア幅を3μmと仮定している。TE光とTM光に対する屈折率差は、1×10−3程度あることが分かる。すなわち、半波長程度の光路長差を得るためには、領域Zの長さを約500μmとすればよい。領域X、領域Yを含めても全長1mm程度で半波長程度の光路長差を得ることができるが、これは、従来技術に比較して1/10以下である。この構造を用いれば、図1において、第1のアーム(14、15、16)と第2のアーム(17)の光路長をTE光に対して等しくし、TM光に対して半波長異なるようにすることが可能である。この場合、入力ポート1から入射されたTE光は出力ポート2から出力され、入力ポート1から入射されたTM光は出力ポート1から出力される。すなわち、偏光分離素子として動作する。勿論、逆に、第1のアームと第2のアームの光路長をTM光に対して等しくし、TE光に対して半波長異なるようにすれば、入力ポート1から入射されたTE光は出力ポート1から出力され、入力ポート1から入射されたTM光は出力ポート2から出力されることは言うまでもない。また、第1のアームと第2のアームの光路長差を一方の偏光に対して波長の整数倍とし、もう一方の偏光に対して光路長差を半波長の奇数倍(波長の半整数倍)にしても、同様の動作をすることは言うまでもない。なお、有効屈折率制御構造15は若干の損失があるので、2つのアームへの分岐比を調整し、合波する光結合器への入射光強度を一致させて消光比を高めることは言うまでもない。また、両偏光に対して、アーム間の光路長差を等しくすることによって偏光無依存にすることも可能であるし、光路長差を適宜設定することによって任意の比率でTE偏光とTM偏光を合分波できることも言うまでもない。
【0017】
なお、本実施例では、有効屈折率制御構造において、溝に樹脂を充填する構造を示したが、低融点ガラスを充填したり、誘電体を蒸着、スパッタ又は化学的気相成長法により充填したりすることも可能である。また、素子を無塵状態でパッケージすれば、溝に何も充填せずに、同様の効果を得ることが可能である。
【実施例2】
【0018】
図4は、本発明の実施例2による偏波制御光回路の構成を示す図である。このマッハツェンダー型干渉光導波路は、入力ポート1である導波路41、入力ポート2である導波路42、2:2光結合器43、マッハツェンダー干渉系の第1のアームである導波路44、有効屈折率制御構造45a、及び導波路46、マッハツェンダー干渉系の第2のアームである導波路47、有効屈折率制御構造45b、及び導波路48、2:2光結合器49、出力ポート1である導波路50、並びに出力ポート2である導波路51からなる。実施例1との差異は、干渉系の両アームに有効屈折率制御構造を設けた点である。偏光分離素子として動作させるためには、一方の偏光に対して両アームでの光路長差を波長の整数倍とし、もう一方の偏光に対して両アームでの光路長差を半波長の整数倍にすればよいので、同じ樹脂を充填した長さの異なる有効屈折率制御構造を設ければよい。あるいは、有効屈折率制御構造の長さを等しくしても、異なる屈折率の樹脂を45aと45bに充填しても良いことは言うまでもない。この構成では、両アームに同様の構造を設けるため、両アームの損失がほぼ等しくなり、2つのアームへの分岐比を調整しなくても偏光分離の消光比が高くなる利点がある。また、2つの有効屈折率制御構造に異なる屈折率の樹脂を用いれば、一般に困難とされている樹脂の屈折率の絶対値を調整する必要がなく、一般に容易とされている2つの樹脂の屈折率の相対的な差で特性を定めることができるので、樹脂の屈折率調整が容易になる利点がある。
【実施例3】
【0019】
本発明の実施例3は、光路長の温度依存性を制御したり、温度無依存にしたりする有効屈折率制御構造である。図5は、図3の曲線に接線を引いた図であるが、溝内部の屈折率に依存して導波路の等価屈折率が変化することを示しており、接線の傾きは0.14程度である。図6に有効屈折率制御構造と直線導波路を縦列に接続した導波路を示す。ここで、有効屈折率制御構造の長さをL1、樹脂屈折率をnr、樹脂屈折率の温度依存性を
nr(T)=nro+(dnr/dT)T (1)
と仮定する。また、有効屈折率制御構造を構成する石英の屈折率変化は、樹脂の屈折率変化と比較すると1/20以下で無視できるので、有効屈折率制御構造の屈折率の温度変化係数は次式で近似できる。
【0020】
dnc/dT=α(dnr/dT) (2)
ここで、ncは有効屈折率制御構造の有効屈折率、αは図5の接線の傾きである。また、直線導波路の長さをL2、その有効屈折率をnsとする。このとき、次のように長さを定めれば、光路長の温度依存性を零にすることが可能である。なお、簡単のため、遷移領域の長さを無視している。
【0021】
α(dnr/dT)L1+(dns/dT)(L2−L1)=0 (3)
例えば、石英導波路の場合、導波路の有効屈折率の温度依存性は1.0×10−5である。また、エポキシ樹脂の温度依存性は−2×10−4である。図5の値、α=0.14を用いれば、
−3.8L1+L2=0 (4)
を満たすようにすれば、光路長の温度依存性は零になる。この条件を満たすように実施例2に示す偏光分離素子の各アーム長を調整すれば、温度に依存しない特性を得ることが可能である。
【実施例4】
【0022】
図7は、本発明の実施例4による偏波制御光回路の構成を示す図である。ここでは、アレイ導波路回折格子に適用した例を示す。このアレイ導波路回折格子は、入力導波路71、スラブ導波路72、アレイ導波路73、有効屈折率制御構造74、アレイ導波路75、スラブ導波路76、及び出力導波路77からなる。このアレイ導波路73、有効屈折率制御構造74、及びアレイ導波路75に実施例3を適用して(4)式を満たすようにすれば、温度無依存化することが可能である。さらに、アレイ導波路毎にTE光及びTM光に対する光路長差が波長の整数倍になるように設定すれば、偏光無依存化も同時に実現することが可能である。
【0023】
なお、本発明は上記実施例に限定されるものではない。本発明は、波長合分波回路、光分岐挿入回路、光スイッチ、偏光ダイバーシティ回路、コヒーレント受信回路又は偏波分散補償回路などに適用できる。
【0024】
波長合分波回路に適用して、温度無依存化と偏光無依存化を同時に実現することが可能であり、波長分割多重通信用装置に有用である。
【0025】
光分岐挿入回路に適用して、温度無依存化と偏光無依存化を同時に実現することが可能であり、光クロスコネクト装置に有用である。
【0026】
熱光学効果を利用する光スイッチでは、光スイッチ近傍の温度が上昇するが、温度無依存化導波路を周囲に適用することによって、安定な光回路を構成できる。
【0027】
偏光依存性のある部品、回路の偏光無依存化には、本発明による偏光ダイバーシティ回路の利用が効果的である。
【0028】
また、コヒーレント受信回路及び偏波分散補償回路では、偏光毎の光処理が必要であり、本発明による偏光ダイバーシティ回路が有効である。
【図面の簡単な説明】
【0029】
【図1】本発明の実施例1による偏波制御光回路の構成を示す図である。
【図2】有効屈折率制御構造の拡大図及び断面図である。
【図3】有効屈折率の計算例を示す図である。
【図4】本発明の実施例2による偏波制御光回路の構成を示す図である。
【図5】図3の曲線に接線を引いた図である。
【図6】有効屈折率制御構造と直線導波路を縦列に接続した導波路を示す図である。
【図7】本発明の実施例4による偏波制御光回路の構成を示す図である。
【図8】従来例1のマッハツェンダー型干渉光導波路の構成を示す図である。
【図9】従来例2のマッハツェンダー型干渉光導波路の構成を示す図である。
【符号の説明】
【0030】
11、41、81 導波路
12、42、82 導波路
13、43、83 2:2光結合器
14、44、84 導波路
15、45a、45b 有効屈折率制御構造
16、46、86 導波路
17、47、48、87 導波路
18、49、88 2:2光結合器
19、50、89 導波路
20、51、90 導波路
21 クラッド
22 コア
23 樹脂
71 入力導波路
72 スラブ導波路
73 アレイ導波路
74 有効屈折率制御構造
75 アレイ導波路
76 スラブ導波路
77 出力導波路
85 応力付与導波路
91 領域


【特許請求の範囲】
【請求項1】
コアをクラッドに埋め込んだ形状の埋め込み型光導波路において、
通常の光導波路である光導波路部と、
該光導波路部の一部の領域であって該コアの両側が隣接するクラッドの一部と共にエッチングされていて、TE偏光とTM偏光の有効屈折率が異なる領域である有効屈折率制御構造部と
を備えることを特徴とする偏波制御光回路。
【請求項2】
前記エッチングされている箇所に、樹脂若しくは低融点ガラスが充填され、又は、誘電体が、蒸着、スパッタ若しくは化学的気相成長法により充填されていることを特徴とする請求項1記載の偏波制御光回路。
【請求項3】
前記光導波路部と前記有効屈折率制御構造部の温度変化が相殺される特性であることを特徴とする請求項2記載の偏波制御光回路。
【請求項4】
前記有効屈折率制御構造部におけるTE偏光とTM偏光の光路長差が使用波長の整数倍又は半整数倍であることを特徴とする請求項1乃至3いずれかに記載の偏波制御光回路。
【請求項5】
前記有効屈折率制御構造部が複数あることを特徴とする請求項2乃至4いずれかに記載の偏波制御光回路。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2008−275708(P2008−275708A)
【公開日】平成20年11月13日(2008.11.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−116256(P2007−116256)
【出願日】平成19年4月25日(2007.4.25)
【出願人】(899000079)学校法人慶應義塾 (742)
【Fターム(参考)】