説明

内燃機関とその製造方法

【課題】低熱伝導率かつ低熱容量であって、断熱性に優れ、さらに、スイング特性に優れた陽極酸化被膜を燃焼室に臨む壁面の一部もしくは全部に具備する内燃機関と、この内燃機関の製造方法を提供する。
【解決手段】燃焼室NSに臨む壁面の一部もしくは全部に陽極酸化被膜10が形成されてなる内燃機関Nであって、陽極酸化被膜10はその内部に空隙1a,1bと該空隙1a,1bに比して微小なナノ孔1cを有し、該空隙1a,1bの少なくとも一部は封止剤2が転化してなる封止物で封止され、該ナノ孔1cの少なくとも一部は封止されていない構造を呈している。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、内燃機関とその製造方法にかかり、特に内燃機関の燃焼室に臨む壁面の一部もしくは全部に陽極酸化被膜が形成されてなる内燃機関と、この陽極酸化被膜の形成方法に特徴のある内燃機関の製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
ガソリンエンジンやディーゼルエンジン等の内燃機関は、主にエンジンブロックやシリンダヘッド、ピストンから構成されており、その燃焼室は、シリンダブロックのボア面と、このボアに組み込まれたピストン頂面と、シリンダヘッドの底面と、シリンダヘッド内に配設された吸入および排気バルブの頂面から画成されている。昨今の内燃機関に要求される高出力化にともなってその冷却損失を低減することが重要になってくるが、この冷却損失を低減する方策の一つとして、燃焼室の内壁にセラミックスからなる断熱被膜を形成する方法を挙げることができる。
【0003】
しかし、上記するセラミックスは一般に低い熱伝導率を有し、かつ高い熱容量を有することから、定常的な表面温度上昇による吸気効率の低下やノッキング(燃焼室内に熱が篭ることに起因する異常燃焼)が発生するために燃焼室の内壁への被膜素材として普及していないのが現状である。
【0004】
このことから、燃焼室の壁面に形成される断熱被膜は、耐熱性と断熱性は勿論のこと、低熱伝導率と低熱容量の素材から形成されるのが望ましい。すなわち、定常的に壁温度を上げないように、吸気行程では、新気温度に追従して壁温度を下げるために低熱容量とするのがよい。さらに、この低熱伝導率および低熱容量であることに加えて、燃焼室内での燃焼時の爆発圧や噴射圧、熱膨張と熱収縮の繰り返し応力に耐え得る素材から被膜が形成されること、およびシリンダブロック等の母材への密着性が高い素材から被膜が形成されることが望ましい。
【0005】
ここで、従来の公開技術に目を転じるに、シリンダヘッドの底面とこのシリンダヘッド内に画成されたウォータージャケットの内面の双方にミクロ的に多孔質で二酸化珪素系もしくは酸化アルミニウム系の被膜が陽極酸化にて形成されたシリンダヘッドが特許文献1に開示されている。このシリンダヘッドによれば、ヘッド底面とジャケット内面の双方にミクロ的に多孔質な被膜が設けられていることで、ヘッド底面およびジャケット内面の表面積がこの被膜によって拡大され、燃焼室で発生する熱を被膜を介して内部へ効率よく吸収することができ、ジャケット内面では内部に吸収された熱が被膜を介して冷却水へ効率よく放出されることになる。そのため、吸熱によって暖まり易く、放熱によって冷め易いものであって、温度上昇が抑えられたシリンダヘッドとなるというものである。
【0006】
このように、内燃機関の燃焼室に臨む壁面に陽極酸化被膜が形成されることにより、低熱伝導で低熱容量を有し、断熱性に優れた内燃機関を形成することができる。そして、これらの性能に加えて、さらに優れたスイング特性を有することもまた、陽極酸化被膜に要求される重要な性能となっている。ここで、「スイング特性」とは、断熱性能を具備しながらも、燃焼室内のガス温度に陽極酸化被膜の温度が追随する特性のことである。
【0007】
ところで、上記する陽極酸化被膜をミクロ的に見ると、その表面には多数の亀裂が存在しており、その内部には、上記亀裂に通じる多数の欠陥が存在しており、これらの亀裂や欠陥をなす多数の空隙が被膜の表面から内部にかけて存在しているのが一般的であり、これらの亀裂や欠陥は、1〜10μmの範囲程度の大きさであることが本発明者等によって特定されている。
【0008】
また、陽極酸化被膜の内部には、上記するマイクロオーダーの空隙のほかに、多数のナノオーダーの微小孔(ナノ孔)も存在している。
【0009】
このように、形成される陽極酸化被膜は一般に、マイクロオーダーの表面亀裂や内部欠陥等の空隙と、ナノオーダーの多数のナノ孔を内包しているが、本発明者等によれば、マイクロオーダーの空隙は被膜強度等の観点から封止(孔埋め、閉塞)されるのが望ましい一方で、多数のナノ孔は上記するスイング特性の観点からナノサイズの気孔を具備した状態で陽極酸化被膜内に残存させるのが望ましいことが特定され、本願発明に至っている。
【0010】
ここで、上記するマイクロオーダーの表面亀裂(空隙)を封止するための従来の公開技術として、特許文献2に開示の耐食表面処理品とその製造方法を挙げることができる。
【0011】
ここでは、表面亀裂に対してパーヒドロポリシラザンもしくはその縮合重合体由来のケイ素成分を充填して封止するものとしている。
【0012】
特許文献2で開示されるように、比較的大きなサイズの表面亀裂に対してパーヒドロポリシラザン等を充填することにより、空隙が封止されて被膜強度を高めることはできる。しかしながら、陽極酸化被膜に対してパーヒドロポリシラザン等を単に充填しただけでは、被膜内に存在する既述のナノ孔も封止されてしまい、スイング特性に優れた陽極酸化被膜を形成するのは極めて難しい。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0013】
【特許文献1】特開2003−113737号公報
【特許文献2】特開2005−298945号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
本発明は上記する問題に鑑みてなされたものであり、低熱伝導率かつ低熱容量であって、断熱性に優れ、さらに、スイング特性に優れた陽極酸化被膜を燃焼室に臨む壁面の一部もしくは全部に具備する内燃機関と、この内燃機関の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0015】
前記目的を達成すべく、本発明による内燃機関は、燃焼室に臨む壁面の一部もしくは全部に陽極酸化被膜が形成されてなる内燃機関であって、前記陽極酸化被膜はその内部に空隙と該空隙に比して微小なナノ孔を有し、該空隙の少なくとも一部は封止剤が転化してなる封止物で封止され、該ナノ孔の少なくとも一部は封止されていない構造を呈しているものである。
【0016】
本発明の内燃機関は、その燃焼室の一部もしくは全部に陽極酸化被膜(もしくは遮熱膜)を有するものであるが、従来の陽極酸化被膜と異なり、その表面に存在する亀裂やその内部に存在する欠陥(いずれもマイクロオーダーの空隙である)の少なくとも一部が封止剤が転化してなる封止物によって封止され、もって高強度の被膜となっており、かつ、その内部に存在する多数のナノ孔(ナノサイズの微小孔)の少なくとも一部は封止されず、もって多数の微小な気孔が内包される構造の被膜を具備する内燃機関である。
【0017】
ここで、「空隙の少なくとも一部は封止剤が転化してなる封止物で封止され」とは、陽極酸化被膜中に存在するマイクロオーダーの空隙の全部が封止物で封止された形態のほか、陽極酸化被膜の表層から一定深度より深くに存在するナノ孔のみが封止されていない形態などを含む意味である。また、「ナノ孔の少なくとも一部は封止されていない」とは、陽極酸化被膜中に存在するナノサイズの微小孔の全部が封止されていない形態のほか、陽極酸化被膜の表層から一定深度までに存在するナノ孔のみが封止されていない形態などを含む意味である。マイクロオーダーの空隙の全部が封止物で封止され、ナノサイズの微小孔の全部が封止されていない被膜形態が陽極酸化被膜の硬度とスイング特性双方の観点から望ましい実施の形態と言えるが、空隙や微小孔がマイクロオーダー、ナノオーダーの孔であることから、実際には、陽極酸化被膜の表層領域の空隙のみが封止物で封止され、かつ、表層領域の微小孔のみが封止されていない被膜形態であったり、封止物で封止されていない空隙や封止されていないナノ孔(全てのナノ孔のうちの一部)が分散した被膜形態となり得る。
【0018】
また、表面亀裂や内部欠陥等を「封止する」とは、これらを構成するマイクロオーダーサイズの空隙に封止剤を塗工等し、この封止剤が転化してなる封止物で埋めて閉塞することを意味している。この「封止剤」とは、無機物を含んだ塗料のことであり、「封止物」はこの無機物を含んだ塗料が転化してなる物質のことである。本発明者等によれば、内燃機関の燃焼室に臨む壁面に形成される陽極酸化被膜が具備するマイクロオーダーサイズの空隙寸法として、1〜10μm程度の範囲が一般的であることが特定されている。
【0019】
さらに、「ナノ孔が封止されていない」とは、ナノ孔がナノサイズの気孔を具備する態様でその内部が封止剤が転化してなる封止物で閉塞されていないことを意味している。本発明者等によれば、内燃機関の燃焼室に臨む壁面に形成される陽極酸化被膜が具備するナノ孔の気孔寸法として、20〜200nm程度の範囲が一般的であることが特定されている。なお、上記する1〜10μmの範囲やこの20〜200nmの範囲の特定は、陽極酸化被膜の断面のSEM画像写真データ、TEM画像写真データに対して一定エリア内の空隙やナノ孔をそれぞれ抽出して最大寸法を測定し、それぞれの平均値を求めることによってサイズの特定をおこなうことができる。
【0020】
本発明の内燃機関は、ガソリンエンジンやディーゼルエンジンのいずれを対象としたものであってもよく、その構成は既述するように、エンジンブロックやシリンダヘッド、ピストンから主として構成され、その燃焼室は、シリンダブロックのボア面と、このボアに組み込まれたピストン頂面と、シリンダヘッドの底面と、シリンダヘッド内に配設された吸入および排気バルブの頂面から画成されている。
【0021】
そして、上記する陽極酸化被膜は、燃焼室に臨む壁面の全部に形成されてもよいし、その一部にのみ形成されてもよく、後者の場合には、たとえばピストン頂面のみ、もしくはバルブ頂面のみに被膜が形成される等の実施の形態を挙げることができる。
【0022】
また、内燃機関の燃焼室を構成する母材は、アルミニウムやその合金、チタンやその合金、鉄系の材料にアルミメッキを施して陽極酸化処理されたものなどを挙げることができ、アルミニウムやその合金を母材とする壁面に形成される陽極酸化被膜はアルマイトとなる。なお、一般のアルミニウム合金のみならず、これに比して銅成分、ニッケル成分およびチタン成分の組成比率の高い高強度アルミニウム合金の場合には、表面亀裂や内部欠陥を構成する空隙寸法が大きくなる傾向にあることから、これらの空隙に封止剤を塗工し、封止剤が転化してなる封止物で封止することによる被膜強度向上はより一層顕著なものとなる。
【0023】
本発明の内燃機関によれば、その燃焼室に臨む壁面の一部もしくは全部に形成される陽極酸化被膜のうち、マイクロオーダーサイズの比較的大きな空隙の少なくとも一部は封止剤が転化してなる封止物で封止され、ナノオーダーサイズのナノ孔の少なくとも一部は封止されていない内部構造を呈していることによって、断熱性能に優れ、強度も高く、しかも、燃焼室内のガス温度に陽極酸化被膜の温度が追随するスイング特性にも優れた陽極酸化被膜を具備する内燃機関となる。
【0024】
ここで、前記封止物はシリカを主成分とする物質からなるのが好ましい。
【0025】
また、前記封止物を形成する前記封止剤としては、ポリシロキサンやポリシラザン、ケイ酸ナトリウムのいずれか一種を適用することができるが、中でも、陽極酸化被膜内の空隙内にスムーズに浸透する粘度を有し、かつ、高温加熱処理(焼成)をおこなわずして硬化でき、しかも、硬化してできる封止物の硬度が極めて高くなる常温硬化型の無機物を含んだ塗料のポリシロキサンもしくはポリシラザンを適用するのが好ましい。
【0026】
また、本発明は内燃機関の製造方法にもおよぶものであり、この製造方法は、燃焼室に臨む壁面の一部もしくは全部に陽極酸化被膜が形成されてなる内燃機関の製造方法であって、前記陽極酸化被膜はその内部に空隙と該空隙に比して微小なナノ孔を有しており、該ナノ孔の周囲を封孔処理する第1のステップ、封止剤を前記空隙に塗工し、該封止剤が転化してなる封止物で該空隙の少なくとも一部を封止し、ナノ孔の少なくとも一部は封止されていない陽極酸化被膜を形成する第2のステップからなるものである。
【0027】
内燃機関の燃焼室に臨む陽極酸化被膜において、マイクロオーダーサイズの空隙の少なくとも一部を封止し、ナノオーダーサイズのナノ孔の少なくとも一部を封止しないようにして陽極酸化被膜を形成する方法として、まず、第1のステップとしてナノ孔の周囲を封孔処理して密閉空間をなすナノ孔を形成する。
【0028】
ここで、「封孔処理」とは、ナノ孔の表面壁を形成して、その内部のナノサイズの気孔を確保もしくは保証するような処理のことである。この封孔処理としては、たとえば以下の複数の処理方法の実施の形態がある。
【0029】
すなわち、加圧水蒸気内に陽極酸化被膜を載置する方法や、沸騰水中に陽極酸化被膜を浸漬する方法、無機物もしくは有機物を含有する溶媒中に陽極酸化被膜を浸漬する方法などを挙げることができる。
【0030】
いずれの方法であっても、当初のナノ孔の周囲が膨張してナノ孔の内部に膨張でできた被膜が形成され、ナノ孔を構成するナノサイズの気孔をこの膨張被膜で画成し、気孔を確保することができる。なお、この封孔処理前のナノ孔の状態は、ナノサイズの孔がその外側の領域と完全に画成されておらず、ナノサイズの気孔の形状保持が保証される状態でない。したがって、このままの状態では後述する第2のステップで塗工される封止剤がナノ孔の内部に浸入し、これが転化してなる封止物によって封止され得る。
【0031】
一方、このような封孔処理では、マイクロオーダーサイズの表面亀裂や内部欠陥等の空隙の封孔処理をおこなうことができないことが本発明者等によって特定されている。既述するように、「封孔処理」とは、気孔の表面壁をその外側の領域から完全に画成する処理であるが、マイクロオーダーサイズの空隙では空隙サイズが大き過ぎ、空隙の全表面をその外側から完全に画成するように膨張膜を形成できないからである。
【0032】
第1のステップで、既述するように20〜200nm程度の範囲のサイズの多数のナノ孔が陽極酸化被膜内で形成(画成)される。
【0033】
次いで、第2のステップにおいて封止剤をマイクロオーダーサイズの空隙に塗工し、該封止剤が転化してなる封止物で空隙の少なくとも一部を封止することにより、ナノ孔の少なくとも一部は封止されていない陽極酸化被膜を形成することができる。
【0034】
ここで、封止剤としては、既述するようにポリシロキサンやポリシラザンなどを挙げることができる。これらを使用することにより、高温加熱処理(焼成)を不要とでき、比較的スムーズに小さなマイクロサイズの空隙内に浸透させることができ、硬化後には硬度の高い硬化体(たとえばシリカガラス)となって陽極酸化被膜の強度向上を図ることができるからである。
【0035】
また、封止剤の塗工方法は特に限定されるものではないが、封止剤内に陽極酸化被膜をディッピングする方法や陽極酸化被膜の表面から封止剤をスプレーする方法、ブレードコート法、スピンコート法、刷毛塗り法などを適用することができる。
【0036】
第1のステップでナノ孔の表面が封孔処理されていることから、第2のステップで塗工された封止剤のナノ孔への浸入は抑止される。その結果、スイング特性に優れた陽極酸化被膜をその燃焼室の少なくとも一部に具備する内燃機関を製造することができる。
【0037】
本発明者等によれば、たとえば乗用車用の小型過給直接噴射ディーゼルエンジンであって、機関回転数が2100rpm、平均有効圧力が1.6MPa相当の燃費最良点において、最大5%の燃費向上が得られることが見積もられており、この5%の燃費向上というのは、実験の際に、計測誤差として埋もれることなく、明らかに有意な差として燃費向上が証明できる値である。また、燃費向上と同時に、遮熱によって排気ガス温度が約15℃上昇することが見積もられているが、この排気ガス温度の上昇は、実機においてはスタート直後におけるNO低減触媒の暖気時間を短縮することに有効であり、NO浄化率が向上してNO低減が確認できる値である。
【0038】
一方、陽極酸化被膜のスイング特性を評価する際におこなわれる冷却試験(急冷試験)では、片面のみに陽極酸化被膜を施したテストピースを用い、背面(陽極酸化被膜を施していない面)を所定の高温噴流で加熱し続けながら、テストピースの正面(陽極酸化被膜を施している面)から所定温度の冷却エアーを噴射してテストピースの正面温度を低下させてその温度を測定し、被膜表面温度と時間からなる冷却曲線を作成して、温度降下速度を評価するものである。この温度降下速度は、たとえば被膜表面温度が40℃低下するのに要した時間をグラフから読み取り、40℃降下時間として評価するものである。
【0039】
複数のテストピースに対して急冷試験を実施してそれぞれのテストピースにおける40℃降下時間を測定し、燃費向上率と40℃降下時間で規定される複数のプロットに関して近似曲線を作成する。
【0040】
そして、上記する5%の燃費向上率に対応する40℃降下時間の値を読み取ると、これが45msecになることが本発明者等によって特定されている。なお、40℃降下時間が短いほど、被膜の熱伝導率および熱容量が低く、燃費向上効果が高い。
【発明の効果】
【0041】
以上の説明から理解できるように、本発明の内燃機関とその製造方法によれば、その燃焼室に臨む壁面に形成されている陽極酸化被膜の内部に存在するナノオーダーの微小孔の封孔処理をおこなって多数のナノ孔を封止剤が浸透しない状態に形成してその少なくとも一部を封止させず、次いでマイクロオーダーの比較的大きな空隙に封止剤を塗工し、該封止剤が転化してなる封止物で該空隙の少なくとも一部を封止することにより、断熱性に優れ、強度も高く、さらにスイング特性に優れた陽極酸化被膜を燃焼室に臨む壁面の一部もしくは全部に具備する内燃機関を製造することができる。
【図面の簡単な説明】
【0042】
【図1】本発明の内燃機関の燃焼室に臨む壁面に形成された陽極酸化被膜において、空隙やナノ孔に処理を施す前の状態を模擬した縦断面図である。
【図2】図1のII部の拡大図である。
【図3】(a)、(b)の順に、本発明の内燃機関の製造方法の第1のステップを説明する模式図である。
【図4】第2のステップを説明する模式図であり、かつ本発明の内燃機関の製造方法によって形成された陽極酸化被膜を説明した図である。
【図5】燃焼室に臨む壁面の全部に形成された陽極酸化被膜に対して本発明の製造方法が適用されてなる内燃機関を模擬した縦断面図である。
【図6】(a)は冷却試験の概要を説明する模式図であり、(b)は冷却試験結果に基づく冷却曲線とこれから割り出される40℃降下時間を示す図である。
【図7】燃費向上率と冷却試験における40℃降下時間の相関グラフを示す図である。
【図8】陽極酸化被膜のスイング特性と強度の関係を求めた実験結果を示す図である。
【図9】(a)は表面亀裂や内部欠陥を構成するマイクロオーダーサイズの空隙が封止剤で封止された状態を示すSEM画像写真図であり、(b)はナノ孔を示すSEM画像写真図である。
【発明を実施するための形態】
【0043】
以下、図面を参照して本発明の内燃機関とその製造方法の実施の形態を説明する。なお、図示例は内燃機関の燃焼室に臨む壁面の全部に陽極酸化被膜が形成された形態を示しているが、ピストンの頂面のみ、もしくはバルブの頂面のみ等、燃焼室に臨む壁面の一部のみに陽極酸化被膜が形成された形態であってもよい。
【0044】
図1〜図4はその順で、内燃機関の製造方法のフロー図となっている。より具体的には、図1は空隙やナノ孔に処理を施す前の状態を模擬した縦断面図であり、図2は図1のII部の拡大図であり、図3a、bはその順で、本発明の内燃機関の製造方法の第1のステップを説明する模式図であり、図4は第2のステップを説明する模式図であり、かつ本発明の内燃機関の製造方法によって形成された陽極酸化被膜を説明する図である。
【0045】
まず、不図示の内燃機関の燃焼室に臨む壁面に陽極酸化処理をおこなって陽極酸化被膜を形成する。すなわち、内燃機関は、エンジンブロックやシリンダヘッド、ピストンから主として構成され、その燃焼室は、シリンダブロックのボア面と、このボアに組み込まれたピストン頂面と、シリンダヘッドの底面と、シリンダヘッド内に配設された吸入および排気バルブの頂面から画成されているが、形成される陽極酸化被膜は、燃焼室に臨む壁面の全部に形成されている。
【0046】
内燃機関の燃焼室を構成する母材は、アルミニウムやその合金、チタンやその合金、鉄系の材料にアルミメッキを施して陽極酸化処理されたものなどを挙げることができ、アルミニウムやその合金を母材とする壁面に形成される陽極酸化被膜はアルマイトとなる。
【0047】
図1で示すように、燃焼室の壁面を構成するアルミニウム母材Bの表面に形成された陽極酸化被膜1をミクロ的に見ると、その表面には多数の亀裂1aが存在しており、その内部には、亀裂1aに通じる多数の欠陥1bが存在しており、これらの亀裂1aや欠陥1bをなす多数の空隙が被膜の表面から内部にかけて存在しているのが一般的である。
【0048】
そして、これらの亀裂1aや欠陥1bは、1〜10μmの範囲程度のマイクロオーダーサイズとなっている。なお、一般のアルミニウム合金のみならず、これに比して銅成分、ニッケル成分およびチタン成分の組成比率の高い高強度アルミニウム合金の場合には、表面亀裂や内部欠陥を構成する空隙寸法がさらに大きくなる傾向にある。
【0049】
また、陽極酸化被膜1の内部には、図2で示すように、マイクロオーダーの空隙からなる表面亀裂1aや内部欠陥1bのほかにも、多数のナノオーダーサイズの微小孔(ナノ孔1c)も存在している。そして、このナノ孔の気孔寸法としては、20〜200nm程度の範囲が一般的である。
【0050】
本発明の内燃機関の製造方法は、内燃機関の燃焼室に臨む壁面に形成される陽極酸化被膜の性能向上を図るための処理を施すことに特徴を有するものであり、マイクロオーダーサイズの空隙からなる亀裂1aや欠陥1bの少なくとも一部(すなわち、その全部、もしくは被膜1の表層から一定深度までの範囲に存在するものなど)を封止し、ナノオーダーサイズのナノ孔1cの少なくとも一部(すなわち、その全部、もしくは被膜1の表層から一定深度より深くに存在するものなど)を封止しないようにして陽極酸化被膜を形成するものである。この製造方法の第1のステップとして、ナノ孔1cの周囲を封孔処理して密閉空間をなすナノ孔を形成する。
【0051】
封孔処理とは、ナノ孔の表面壁を形成して、その内部のナノサイズの気孔を確保もしくは保証するような処理をおこない、第2のステップで塗工される封止剤がナノ孔の内部に浸入して封止すれるのを抑止するための処理である。
【0052】
この封孔処理には、加圧水蒸気内に陽極酸化被膜を載置する方法や、沸騰水中に陽極酸化被膜を浸漬する方法、無機物もしくは有機物を含有する溶媒中に陽極酸化被膜を浸漬する方法などがある。
【0053】
加圧水蒸気内に陽極酸化被膜を載置する方法では、陽極酸化被膜が施された燃焼室構成部材を十分に水洗いした後に耐圧高圧容器内に当該部材を載置し、容器内に3〜5気圧の蒸気を20〜30分間送って封孔処理がおこなわれる。
【0054】
沸騰水中に陽極酸化被膜を浸漬する方法では、陽極酸化被膜が施された燃焼室構成部材を十分に水洗いした後に、95〜100℃の純水(pHは5.5〜6.5の範囲)の加熱水浴中に当該部材を30分間浸漬して封孔処理がおこなわれる。
【0055】
無機物もしくは有機物を含有する溶媒中に陽極酸化被膜を浸漬する方法では、酢酸ニッケルもしくは酢酸コバルトの水浴中に燃焼室構成部材を浸漬し、水浴を95℃以上で10〜20分間保持する。
【0056】
水蒸気や高温の水浴中に陽極酸化被膜が置かれると、図3aで示すようにナノ孔1cの周囲の被膜がナノ孔1cの内部に向かう方向に膨張(水膨れ)し(X1方向)、最終的には、図3bで示すように、膨張してできた膨張膜1c”によってナノサイズの気孔(ナノ孔1c’)がその外側から液体が浸入できない状態で画成される。第1のステップでは、20〜200nm程度の範囲のサイズの多数のナノ孔1c’が陽極酸化被膜内で形成(画成)される。
【0057】
次に、第2のステップとして、図4で示すように、封止剤2をマイクロオーダーサイズの空隙からなる亀裂1aや欠陥1bに塗工して空隙の少なくとも一部を封止することにより、膨張膜1c”で液体が浸入できない状態となっているナノ孔1c’の少なくとも一部が封止されていない陽極酸化被膜10が形成される。
【0058】
ここで、封止剤2の塗工方法としては、封止剤2が収容された容器内に陽極酸化被膜をディッピングする方法や、陽極酸化被膜の表面から封止剤2をスプレーする方法、ブレードコート法、スピンコート法、刷毛塗り法などを適用することができる。
【0059】
封止剤2としては、ポリシロキサンやポリシラザンなどを挙げることができる。これらを使用することにより、高温加熱処理(焼成)を不要とでき、比較的スムーズに小さなマイクロサイズの亀裂1aや欠陥1b内に浸透させることができ、硬化後には硬度の高いシリカガラス等の硬化体となって陽極酸化被膜10の強度向上を図ることができる。
【0060】
第1のステップでナノ孔の表面が封孔処理されていることから、第2のステップで塗工された封止剤のナノ孔への浸入は抑止される。その結果、スイング特性に優れた陽極酸化被膜をその燃焼室の少なくとも一部に具備する内燃機関を製造することができる。
【0061】
図5は、燃焼室に臨む壁面の全部に形成された陽極酸化被膜に対して上記する製造方法が適用されてなる内燃機関を模擬したものである。
【0062】
図示する内燃機関Nは、ディーゼルエンジンをその対象としたものであり、その内部に冷却水ジャケットJが形成されたシリンダブロックSBと、シリンダブロックSB上に配設されたシリンダヘッドSHと、シリンダヘッドSH内に画成された吸気ポートKPおよび排気ポートHPとそれらが燃焼室NSに臨む開口に昇降自在に装着された吸気バルブKVおよび排気バルブHVと、シリンダブロックSBの下方開口から昇降自在に形成されたピストンPSから大略構成されている。なお、本発明の内燃機関がガソリンエンジンを対象としたものであってもよいことは勿論のことである。
【0063】
この内燃機関Nを構成する各構成部材はともにアルミニウムもしくはその合金(高強度アルミニウム合金を含む)から形成されている。
【0064】
内燃機関Nの各構成部材で画成された燃焼室NS内には、それらが燃焼室NSに臨む壁面(シリンダボア面SB’、シリンダヘッド底面SH’、ピストン頂面PS’、バルブ頂面KV’,HV’)に陽極酸化被膜10が形成されている。
【0065】
[冷却試験とその結果]
本発明者等は、以下の表1で示す成分組成の母材(アルミ合金(AC8A))に対して表2で示す条件で陽極酸化被膜を形成してなる複数種のテストピースを製作し、冷却試験を実施して陽極酸化被膜のスイング特性を評価するとともに、強度試験も同時におこない、陽極酸化被膜のスイング特性と強度の関係を求める実験をおこなった。
【0066】
【表1】

【0067】
【表2】

【0068】
陽極酸化被膜の形成に当たり、封止剤は、主成分がポリシロキサンもしくはポリシラザンであり、溶媒としてイソプロピルアルコール、キシレン、ジブチルエーテルを使用した。
【0069】
冷却試験の概要は、図6aで示すように、片面のみに陽極酸化被膜を施した試験体TPを用い、背面(陽極酸化被膜を施していない面)を750℃の高温噴射で加熱して(図中のHeat)テストピースTPの全体を250℃程度に安定させ、予め所定の流速で室温噴流を流しておいたノズルをリニアモーターでテストピースTPの正面(陽極酸化被膜を施している面)に移動させて冷却を開始する(25℃の冷却エアー(図中のAir)を提供するものであり、この際に背面の高温噴射は継続する)。テストピースTPの陽極酸化被膜表面の温度をその外部にある放射温度計で測定し、その冷却時の温度低下を測定して、図6bで示す冷却曲線を作成する。この冷却試験は燃焼室内壁の吸気行程を模擬した試験方法であり、加熱された断熱被膜表面の冷却速度を評価するものである。なお、低熱伝導率で低熱容量の断熱被膜の場合には急冷速度が速くなる傾向を示す。
【0070】
作成された冷却曲線から40℃低下するのに要する時間を読み取り、40℃降下時間として被膜の熱特性を評価する。
【0071】
一方、本発明者等によれば、実験の際に、計測誤差として埋もれることなく燃費向上率を明確に証明でき、かつ、排気ガス温度の上昇によってNO低減触媒の暖気時間を短縮し、NO低減を実現できる値として燃費改善率(燃費向上率)5%を本発明の内燃機関の燃焼室を構成する陽極酸化被膜の性能によって達成する一つの目標値としている。ここで、図7には、本発明者等によって特定されている燃費向上率と冷却試験における40℃降下時間の相関グラフを示している。
【0072】
同図より、燃費改善率(燃費向上率)5%に相当する冷却試験における40℃降下時間は45msecと特定されており、45msec以下を優れたスイング特性を示す指標とすることができる。
【0073】
一方、強度試験にはマイクロビッカース硬さ試験を適用し、評価部位は陽極酸化被膜の断面中央部とし、載荷荷重を0.025gとした。
【0074】
試験の結果を以下の表3と図8に示す。
【0075】
【表3】

【0076】
図8において、本発明者等によって特定されている、アルミ合金材の硬度−40℃降下時間の相関グラフを示している。燃費改善効果として45msec以下の範囲、ビッカース硬さ:HV0.025が300以上の範囲である図8の領域Aをスイング特性と硬度の双方がともに優れた領域(この領域はアルミ合金材よりも優れた性能を示す領域となっている)とすることができるが、実施例1,2のいずれも、この領域Aに入っていることが実証されている。
【0077】
実施例1,2はいずれも、亀裂や欠陥をなすマイクロオーダーサイズの空隙が封止剤によって封止されるとともに、多数のナノ孔は封止されない陽極酸化被膜を具備していることで、アルミ合金材と同等かそれ以上の硬度とスイング特性を有することが実証されている。
【0078】
本発明者等はさらに、実施例1の陽極酸化被膜の表面と内部のSEM画像を撮像し、さらに倍率を拡大して内部のSEM画像を撮像して、表面亀裂や内部欠陥の封止剤による封止の状態やナノ孔の状態を観察した。それぞれのSEM画像写真図を図9a、bに示す。
【0079】
図9aより、陽極酸化被膜の表面亀裂や内部欠陥には封止剤が充填され、封止剤が転化してなる封止物によってそれらの空隙が封止されていることが確認できる。
【0080】
一方、図9bより、陽極酸化被膜の内部のナノ孔はその周囲に膨張膜を具備しており(ナノ孔表面の白い部分)、ナノサイズの気孔が存在していることが確認できる。
【0081】
以上、本発明の実施の形態を図面を用いて詳述してきたが、具体的な構成はこの実施形態に限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲における設計変更等があっても、それらは本発明に含まれるものである。
【符号の説明】
【0082】
1…陽極酸化被膜、1a…表面亀裂(マイクロオーダーサイズの空隙)、1b…内部欠陥(マイクロオーダーサイズの空隙)、1c…ナノ孔、1c’…ナノ孔、1c”…表面壁、2…封止剤、10…陽極酸化被膜、B…アルミニウム母材

【特許請求の範囲】
【請求項1】
燃焼室に臨む壁面の一部もしくは全部に陽極酸化被膜が形成されてなる内燃機関であって、
前記陽極酸化被膜はその内部に空隙と該空隙に比して微小なナノ孔を有し、該空隙の少なくとも一部は封止剤が転化してなる封止物で封止され、該ナノ孔の少なくとも一部は封止されていない構造を呈している内燃機関。
【請求項2】
前記封止物がシリカを主成分とする物質からなる請求項1に記載の内燃機関。
【請求項3】
前記封止剤がポリシロキサンもしくはポリシラザンのいずれか一種からなる請求項1または2に記載の内燃機関。
【請求項4】
燃焼室に臨む壁面の一部もしくは全部に陽極酸化被膜が形成されてなる内燃機関の製造方法であって、
前記陽極酸化被膜はその内部に空隙と該空隙に比して微小なナノ孔を有しており、該ナノ孔の周囲を封孔処理する第1のステップ、
封止剤を前記空隙に塗工し、該封止剤が転化してなる封止物で該空隙の少なくとも一部を封止し、ナノ孔の少なくとも一部は封止されていない陽極酸化被膜を形成する第2のステップからなる内燃機関の製造方法。
【請求項5】
前記封止物がシリカを主成分とする物質からなる請求項4に記載の内燃機関の製造方法。
【請求項6】
前記封止剤がポリシロキサンもしくはポリシラザンのいずれか一種からなる請求項4または5に記載の内燃機関の製造方法。
【請求項7】
前記第1のステップにおける封孔処理は、加圧水蒸気内に陽極酸化被膜を載置する方法、沸騰水中に陽極酸化被膜を浸漬する方法、無機物もしくは有機物を含有する溶媒中に陽極酸化被膜を浸漬する方法のいずれか一種からなる請求項4〜6のいずれかに記載の内燃機関の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2013−60620(P2013−60620A)
【公開日】平成25年4月4日(2013.4.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−198812(P2011−198812)
【出願日】平成23年9月12日(2011.9.12)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【出願人】(000003609)株式会社豊田中央研究所 (4,200)
【出願人】(000002967)ダイハツ工業株式会社 (2,560)
【Fターム(参考)】