説明

内燃機関の制御装置

【課題】本発明は、内燃機関の制御装置に関し、プレイグニションが発生した場合の筒内圧の異常上昇を確実に回避することを目的とする。
【解決手段】本発明の内燃機関の制御装置は、プレイグニションの発生を検出するプレイグニション検出操作を実行可能なプレイグニション検出手段と、プレイグニションが検出されたサイクルにおいて直噴インジェクタから燃料を噴射するプレイグニション抑制手段と、内燃機関の運転状態が、プレイグニションが発生する可能性がある所定条件範囲内にあるか否かを判断する運転状態判断手段と、運転状態が所定条件範囲内にあると判定された場合に、運転状態が所定条件範囲内にないと判定された場合と比べて直噴インジェクタの駆動電圧を高くする制御と、運転状態が所定条件範囲内にないと判定された場合と比べて直噴インジェクタの燃料圧力を低くする制御との何れか一方または両方を実行する燃料噴射条件制御手段とを備える。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、内燃機関の制御装置に関する。
【背景技術】
【0002】
内燃機関において、プレイグニションと呼ばれる現象が発生することがある。プレイグニションとは、正常な着火タイミングよりも前に、筒内の混合気が着火する現象である。プレイグニションが発生すると、異常燃焼となり、筒内圧が異常に高く上昇し、機関がダメージを受けるおそれがある。また、プレイグニションによってノッキングが誘発され、騒音を生ずるという問題もある。
【0003】
プレイグニションの発生時にはイオンが発生し、このイオンが点火プラグの電極に到達すると、そのイオンにより点火プラグの電極間にイオン電流が流れる。下記特許文献1記載の装置は、上記イオン電流を検出し、もってプレイグニションの発生を検出する。特許文献1では、点火プラグ自体の熱によってプレイグニションが発生する、と想定されている。特許文献1記載の装置は、プレイグニションの発生を検出した場合、点火プラグに燃料が到達するように、吸気行程の上死点近傍で燃料噴射を行う。より詳しくは、筒内インジェクタから噴射された燃料がピストンの頂面に当たって点火プラグ側へ方向を変えて点火プラグに到達するように、燃料噴射を行う。そして、点火プラグに到達した燃料の気化熱によって点火プラグの温度を低下させることにより、プレイグニションを抑制する。
【0004】
下記特許文献2には、クランク角の上死点における圧縮圧力(PT)と圧縮行程中の基準筒内圧力(P0)との圧縮圧力比(ΔPT/ΔP0)及び筒内圧力(P)のクランク角(θ)に対する筒内圧力変化率(ΔP/Δθ)を算出し、これらの値を用いてプレイグニション及びノッキングの発生の有無を判定し、プレイグニションのみが発生しているときエンジンの空燃比を増大し、プレイグニション及びノッキングが発生しているとき空燃比を増大するとともに燃料噴射始め時期を遅延せしめる技術が開示されている。
【0005】
下記特許文献3には、物理モデルにより予測された筒内圧と、筒内圧センサにより計測された筒内圧とを比較することによってプレイグニションを検出し、プレイグニションが検出された場合には筒内インジェクタから燃料を再噴射することによってプレイグニションを抑制する技術が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2003−206796号公報
【特許文献2】特開2005−9457号公報
【特許文献3】特開2010−71284号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
特許文献1では、点火プラグ自体の熱によってプレイグニションが発生すると想定されているが、最近の研究によれば、プレイグニションは必ずしも点火プラグ自体の熱によって発生するとは限らない。例えば、燃焼室の壁に堆積したデポジット(カーボン)が剥離し、その剥離片が火種となってプレイグニションが発生する場合がある。このため、点火プラグの温度を低下させても、プレイグニションを確実に抑制することは困難である。
【0008】
また、特許文献1では、プレイグニションを抑制するための燃料噴射を、吸気行程の上死点近傍、すなわちプレイグニションが発生し得るクランク角より前に行う。このため、プレイグニションが検出された場合であっても、その検出したサイクルのプレイグニションの燃焼を抑制することはできない。このため、プレイグニションを検出したサイクルにおける筒内圧の異常上昇を回避することはできない。空燃比または燃料噴射始め時期を変更することによってプレイグニションを抑制する特許文献2の技術の場合も、同様に、プレイグニションを検出したサイクルにおけるプレイグニションの燃焼を抑制することはできないので、プレイグニションを検出したサイクルにおける筒内圧の異常上昇を回避することはできない。
【0009】
特許文献3には、プレイグニションを検出したサイクルにおいて筒内インジェクタから再噴射を行うことにより、そのプレイグニションの火炎を消火または減衰させることが可能になる、と記載されている。しかしながら、実際上は、このような効果を得ることは容易でない。周知のように、コントロールユニットからの噴射信号がオンになった後、インジェクタが開弁して実際に燃料が噴射されるまでには、時間遅れがある。このため、プレイグニションを検出した後に再噴射を行っても、筒内圧の異常上昇を回避できない場合がある。すなわち、燃料が実際に再噴射されたタイミングが遅かった場合には、プレイグニションによる異常燃焼が既に進行してしまっており、筒内圧が異常に高く上昇することを止めることができない。
【0010】
本発明は、上述のような課題を解決するためになされたもので、プレイグニションが発生した場合の筒内圧の異常上昇を確実に回避することのできる内燃機関の制御装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
第1の発明は、上記の目的を達成するため、内燃機関の制御装置であって、
内燃機関の気筒内に直接に燃料を噴射する直噴インジェクタと、
前記気筒内でのプレイグニションの発生を検出するプレイグニション検出操作を実行可能なプレイグニション検出手段と、
前記プレイグニション検出手段によりプレイグニションが検出されたサイクルにおいて前記直噴インジェクタから燃料を噴射するプレイグニション抑制手段と、
前記内燃機関の運転状態が、プレイグニションが発生する可能性がある所定の条件範囲内にあるか否かを判断する運転状態判断手段と、
前記運転状態が前記条件範囲内にあると判定された場合に、前記運転状態が前記条件範囲内にないと判定された場合と比べて前記直噴インジェクタの駆動電圧を高くする制御と、前記運転状態が前記条件範囲内にないと判定された場合と比べて前記直噴インジェクタの燃料圧力を低くする制御との何れか一方または両方を実行する燃料噴射条件制御手段と、
を備えることを特徴とする。
【0012】
また、第2の発明は、第1の発明において、
前記気筒内の圧力を検出する筒内圧センサと、
前記筒内圧センサで検出される筒内圧に基づいて、発熱量の指標となる指標値を算出する指標値算出手段と、
を備え、
前記プレイグニション検出手段は、前記指標値算出手段により算出される指標値に基づいてプレイグニションの発生の有無を判定することを特徴とする。
【0013】
また、第3の発明は、第2の発明において、
前記筒内圧をP、前記気筒内の容積をV、筒内ガスの比熱比をκとしたとき、前記指標値は、PVκで表されることを特徴とする。
【0014】
また、第4の発明は、第2の発明において、
前記筒内圧をP、前記気筒内の容積をV、筒内ガスの比熱比をκ、クランク角をθとしたとき、前記指標値は、d(PVκ)/dθで表されることを特徴とする。
【発明の効果】
【0015】
第1の発明によれば、プレイグニションの発生が検出された場合にプレイグニションの火炎を消火または減衰させるためのプレイグニション抑制噴射を行うときの開弁遅れ時間を短縮することができるので、プレイグニションの火炎を確実に消火または減衰させることができる。このため、筒内圧が異常に高くなることを確実に回避することができる。
【0016】
第2の発明によれば、プレイグニションの発生を早い段階で精度良く検出することができる。このため、プレイグニション抑制噴射をより迅速に行うことができ、プレイグニションの火炎をより確実に消火または減衰させることができる。
【0017】
第3の発明によれば、プレイグニションの発生を早い段階で精度良く検出することができる。このため、プレイグニション抑制噴射をより迅速に行うことができ、プレイグニションの火炎をより確実に消火または減衰させることができる。
【0018】
第4の発明によれば、プレイグニションの発生を早い段階で精度良く検出することができる。このため、プレイグニション抑制噴射をより迅速に行うことができ、プレイグニションの火炎をより確実に消火または減衰させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】本発明の実施の形態1のシステム構成を説明するための図である。
【図2】プレイグニションが発生した場合のPVκの値の変化の例を示す図である。
【図3】プレイグニションが発生した場合のd(PVκ)/dθの値の変化の例を示す図である。
【図4】内燃機関の圧縮行程および膨張行程での筒内圧を示すグラフである。
【図5】気筒内の発熱量とクランク角との関係を示す図である。
【図6】直噴インジェクタに通電が開始してからの経過時間と、時間当たりの噴射量との関係を示す図である。
【図7】本発明の実施の形態1において実行されるルーチンのフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0020】
実施の形態1.
図1は、本発明の実施の形態1のシステム構成を説明するための図である。図1に示すように、本発明の実施の形態1のシステムは、火花点火式の内燃機関10を備えている。内燃機関10の気筒数および気筒配置は特に限定されない。図1には、一つの気筒のみが代表して描かれている。
【0021】
内燃機関10の各気筒には、ピストン12と、吸気弁14と、排気弁16と、点火プラグ18と、筒内(燃焼室内)に直接に燃料を噴射する直噴インジェクタ20とが設けられている。また、各気筒には、吸気通路22と排気通路24とが接続されている。
【0022】
内燃機関10は、過給機としてのターボチャージャ26を有している。ターボチャージャ26は、コンプレッサ26aとタービン26bとを有している。コンプレッサ26aは、吸気通路22の途中に配置されており、タービン26bは、排気通路24の途中に配置されている。
【0023】
コンプレッサ26aより上流側の吸気通路22には、エアクリーナ28と、吸入空気量を検出するエアフローメータ30とが設置されている。コンプレッサ26aより下流側の吸気通路22には、インタークーラ32と、スロットル弁34とが設けられている。
【0024】
タービン26bの近傍には、タービン26bの上流側の排気通路24と下流側の排気通路24とを連通するバイパス通路38と、このバイパス通路38を開閉することのできるバイパス弁40(ウェイストゲート弁)とが設置されている。バイパス弁40が開くと、排気ガスの一部は、タービン26bを通らずにバイパス通路38を通って流れる。タービン26bより下流側の排気通路24には、排気ガスを浄化する触媒コンバータ42が設置されている。触媒コンバータ42は、流入する排気ガスの空燃比が理論空燃比の近傍にあるとき、高い浄化率が得られる。
【0025】
本実施形態のシステムは、直噴インジェクタ20を駆動する駆動回路36と、内燃機関10のクランク軸の回転角度を検出するクランク角センサ44と、筒内圧を検出する筒内圧センサ46と、直噴インジェクタ20に供給する燃料を加圧する燃料ポンプ48と、内燃機関10の運転状態を制御するECU(Electronic Control Unit)50とを更に備えている。ECU50には、上述した各種の機器が電気的に接続されている。
【0026】
ECU50は、各センサにより検出した情報に基いて各アクチュエータを駆動することにより、内燃機関10の運転を制御する。例えば、クランク角センサ44により検出される機関回転速度とエアフローメータ30により検出される吸入空気量とに基いて燃料噴射量を算出し、クランク角に基いて燃料噴射時期、点火時期等を決定した後に、直噴インジェクタ20および点火プラグ18を駆動する。本実施形態の内燃機関10では、直噴インジェクタ20からの主たる燃料噴射(通常の燃料噴射)は、吸気行程で行われる。あるいは、吸気行程から圧縮行程前半に渡って行われてもよい。この燃料噴射によって筒内に混合気が形成され、この混合気が点火プラグ18により点火され、燃焼する。
【0027】
燃料ポンプ48は、燃料圧力を、ECU50から指令された圧力に調圧して、直噴インジェクタ20に送ることができるように構成されている。すなわち、ECU50からの指令により、直噴インジェクタ20内の燃料圧力(以下、「燃圧」と称する)を調整可能になっている。
【0028】
プレイグニションとは、正常な着火タイミング(本実施形態では、点火プラグ18による点火)よりも前に筒内の混合気が着火することを言う。プレイグニションが発生する原理の全容は必ずしも明らかではないが、例えば、燃焼室の壁に堆積したデポジット(カーボン)が剥離し、その剥離片が火種となってプレイグニションが発生するような場合があると考えられる。プレイグニションは、すべての運転領域で発生する訳ではなく、特定の運転領域で発生し易い傾向がある。過給機を備えた本実施形態の内燃機関10の場合には、機関回転速度が低く、且つ機関負荷の高い領域(以下、「低回転高負荷域」と称する)において、プレイグニションが発生する可能性がある。
【0029】
プレイグニションによって燃焼が開始し、本来よりも早期に混合気が燃焼してしまうと、異常燃焼となり、筒内圧が異常に高く上昇するので、内燃機関10がダメージを受けるおそれがある。また、プレイグニションによってノッキングが誘発され、騒音を生ずるという問題もある。
【0030】
本実施形態のECU50は、筒内圧センサ46で検出される筒内圧に基づいて、プレイグニションの発生をリアルタイムに検出可能な操作(以下、「プレイグニション検出操作」と称する)を実行することができる。以下、本実施形態でのプレイグニション検出操作について説明する。ECU50は、筒内圧センサ46で検出される筒内圧をP、筒内容積をV、筒内ガスの比熱比をκとしたとき、発熱量指標値としてのPVκを演算することができる。なお、筒内容積Vの値は、クランク角θの関数であり、ECU50に予め記憶されている。比熱比κの値もECU50に予め記憶されている。PVκの値は、筒内で発生した熱量と相関する。プレイグニションによって混合気が着火すると、筒内で熱が発生するので、PVκの値が上昇する。
【0031】
ECU50は、PVκの値を所定クランク角毎または所定時間毎に繰り返し演算する。そして、算出されたPVκの値が所定の閾値を超えた場合には、プレイグニションが発生したと判定する。図2は、プレイグニションが発生した場合のPVκの値の変化の例を示す図である。図2に示す例では、丸で囲った位置で、プレイグニションが発生したと判定される。
【0032】
ところで、プレイグニションを検出する方法としては、筒内圧センサ46で検出される筒内圧P自体の値を、物理モデル等から予測されるモデル筒内圧と比較することによって、プレイグニションの発生を判定する方法も考えられる。しかしながら、圧縮行程では、プレイグニションが発生していなくても圧縮によって筒内圧が上昇していくので、筒内圧センサ46で検出される筒内圧Pがプレイグニションの影響を受けているかどうかを見分けることは必ずしも容易ではない。このため、この方法では、プレイグニションの発生を早い段階で検出することができない場合がある。
【0033】
これに対し、上述したPVκのような発熱量指標値は、プレイグニションが発生する前はほぼ一定に維持され、プレイグニションが発生した瞬間から急上昇する。それゆえ、本実施形態では、このような発熱量指標値に基づいてプレイグニション検出操作を行うことにより、プレイグニションの発生を早い段階(燃え始めの時点)で精度良く検出することができる。
【0034】
また、本実施形態のプレイグニション検出操作では、発熱量指標値として、PVκに代えて、PVκをクランク角θで微分した値であるd(PVκ)/dθを用いてもよい。ECU50は、PVκの変化量をクランク角θの変化量で除することにより、d(PVκ)/dθを算出することができる。この場合、ECU50は、d(PVκ)/dθの値を所定クランク角毎または所定時間毎に繰り返し演算する。そして、算出されたd(PVκ)/dθの値が所定の閾値を超えた場合には、プレイグニションが発生したと判定する。図3は、プレイグニションが発生した場合のd(PVκ)/dθの値の変化の例を示す図である。図3に示す例では、丸で囲った位置で、プレイグニションが発生したと判定される。
【0035】
d(PVκ)/dθを用いた場合には、PVκを用いた場合と比べて、以下のような追加の利点がある。プレイグニションが発生したときには、PVκが上昇し始めるよりも早くにd(PVκ)/dθが上昇し始める傾向がある。このため、プレイグニションの発生をより早い段階で精度良く判定することができる。更に、筒内圧センサ46の出力のオフセットドリフトの影響を受けないという利点もある。筒内圧センサ46は、内蔵されている回路の温度特性の影響により、その出力がオフセットする場合があることが知られている。図2および図3では、筒内圧センサ46の出力が正常な場合のグラフを(1)として示し、出力がオフセットした場合のグラフを(2)として示している。図2に示すように、筒内圧センサ46の出力がオフセットした場合には、PVκの値にもズレが生ずる。このため、PVκを用いた場合、筒内圧センサ46の出力がオフセットした場合の誤検出を防止するため、プレイグニションを判定する閾値を大きめに設定する必要がある。これに対し、図3に示すように、筒内圧センサ46の出力がオフセットした場合であっても、d(PVκ)/dθの値にはズレが生じにくい。このため、d(PVκ)/dθを用いた場合には、筒内圧センサ46の出力がオフセットした場合の誤検出の心配がないので、プレイグニションを判定する閾値を小さめに設定することができる。このことからも、プレイグニションの発生をより早い段階で判定することが可能となる。
【0036】
図4は、内燃機関10の圧縮行程および膨張行程での筒内圧を示すグラフである。図4中、A,B,Cは、それぞれ、プレイグニションが発生して異常燃焼した場合(後述するプレイグニション抑制噴射を行わなかった場合)の筒内圧の例を示す。一方、破線は、正常燃焼の場合、すなわち点火プラグ18での点火によって燃焼が始まった場合の筒内圧を示す。図4に示す例において、点火時期は圧縮上死点より後である。このため、正常燃焼の場合、圧縮上死点を過ぎて筒内圧が低下に転じた後、燃焼が開始して筒内圧が上昇する。
【0037】
図4中のA〜Cに示すように、プレイグニションによって燃焼が開始し、本来よりも早期に混合気が燃焼してしまうと、異常燃焼となり、筒内圧が異常に高く上昇する。プレイグニションの原因には、前述したデポジットの剥離のような偶発的な事象が含まれる。このため、プレイグニションが発生するタイミングには、ある程度のバラツキがある。図4中のAは燃え始めが最も早い態様を示し、BはAより燃え始めが遅い態様を示し、CはBより更に燃え始めが遅い態様を示している。
【0038】
プレイグニションによって着火した混合気がそのまま燃焼した場合には、図4中のA〜Cのように、筒内圧が内燃機関10の設計保証筒内圧を超えて上昇する場合がある。この場合、内燃機関10がダメージを受けるおそれがある。内燃機関10のダメージを確実に防止するためには、筒内圧が設計保証筒内圧を超えることは1サイクルであってもできる限り回避することが望まれる。したがって、プレイグニションの発生をリアルタイムに検出した場合、その検出したサイクルと同じサイクルにおいて、筒内圧の異常上昇を回避できるようにすることが理想である。換言すれば、その検出したプレイグニション自体による筒内圧の異常上昇を回避できるようにすることが理想である。この理想を実現するためには、プレイグニションを検出した場合、筒内圧が急上昇する前にプレイグニションの燃焼を抑制することが必要である。すなわち、プレイグニションによる火炎を消火あるいは減衰させ、燃え広がりを防止することができれば、筒内圧の異常上昇を回避することができる。プレイグニションの火炎を消火あるいは減衰させるには、直噴インジェクタ20から筒内に燃料を噴射することが有効である。直噴インジェクタ20から筒内に燃料を噴射することにより、プレイグニションの火炎の周囲が、燃料が濃過ぎて燃焼できない状態となるので、火炎を消火あるいは減衰させることができる。
【0039】
そこで、本実施形態では、前述したプレイグニション検出操作によってプレイグニションの発生が検出された場合には、直噴インジェクタ20から筒内に直ちに燃料を噴射するように制御する。これにより、プレイグニションの火炎を消火あるいは減衰させ、筒内圧の異常上昇を回避し、内燃機関10のダメージを防止する。このようにしてプレイグニションの火炎を消火あるいは減衰させるための燃料噴射を以下「プレイグニション抑制噴射」と称する。
【0040】
プレイグニション抑制噴射によって筒内圧の異常上昇を確実に回避するためには、プレイグニションの火炎を初期の時点で消火または減衰させることが重要である。プレイグニションの火炎が筒内に大きく広がってしまってからでは、燃料が噴射されても、火炎を消火または減衰させることは困難であり、筒内圧の異常上昇を回避することが困難だからである。したがって、プレイグニション抑制噴射によって筒内圧の異常上昇を確実に回避するためには、直噴インジェクタ20の開弁遅れ時間が短いことが望ましい。開弁遅れ時間とは、ECU50が噴射信号をオンし、駆動回路36が直噴インジェクタ20に電圧を印加し、直噴インジェクタ20のニードルバルブ(図示せず)が動いて開弁し、燃料が実際に噴射されるまでに要する時間である。プレイグニション抑制噴射を行うとき、開弁遅れ時間が短ければ、プレイグニションの火炎を初期の時点で確実に消火または減衰させることが可能となる。これに対し、開弁遅れ時間が長いと、燃料が実際に噴射されるまでの間に、プレイグニションの火炎が、もはや消火できないほどに広がってしまい、筒内圧の異常上昇を回避することが困難となる。
【0041】
以上の事項に鑑み、本実施形態では、プレイグニションが発生する可能性のある運転領域で内燃機関10が運転されているときには、プレイグニション抑制噴射を行う場合に備えて、直噴インジェクタ20の開弁遅れ時間を短縮するための第1の制御および第2の制御を行う。以下の説明では、プレイグニションが発生する可能性のある運転領域を「プレイグニション発生領域」と称する。本実施形態では、低回転高負荷域がプレイグニション発生領域に相当する。
【0042】
第1の制御は、プレイグニション発生領域で内燃機関10が運転されている場合に、プレイグニション発生領域外で内燃機関10が運転されている場合と比べて、直噴インジェクタ20へ印加する駆動電圧を高くする制御である。駆動電圧を高くすると、直噴インジェクタ20のニードルバルブを駆動するソレノイドアクチュエータの駆動力が大きくなるので、ニードルバルブの開駆動速度が速くなる。このため、開弁遅れ時間を短縮することができる。
【0043】
第2の制御は、プレイグニション発生領域で内燃機関10が運転されている場合に、プレイグニション発生領域外で内燃機関10が運転されている場合と比べて、直噴インジェクタ20の燃圧を低くする制御である。燃圧を低くすると、直噴インジェクタ20のニードルバルブの駆動負荷(駆動抵抗)が軽減するので、ニードルバルブの開駆動速度が速くなる。このため、開弁遅れ時間を短縮することができる。
【0044】
図5は、気筒内の発熱量とクランク角との関係を示す図である。上述した第1の制御および第2の制御によれば、プレイグニション抑制噴射を実行する場合の開弁遅れ時間を短縮することができる。このため、図5に示すように、プレイグニションが発生した場合に、プレイグニションの火炎を初期の時点で確実に消火または減衰させることができ、気筒内の発熱を遅らせることができる。このため、筒内圧が異常に高くなることを確実に回避することができる。
【0045】
図6は、直噴インジェクタ20に通電が開始してからの経過時間と、時間当たりの噴射量との関係を示す図である。図6に示すように、燃圧を低くした場合には、燃圧を低くしていない通常の場合と比べ、時間当たりの噴射量は低下するが、開弁遅れ時間が短縮されるので、燃料噴射が早く開始する。プレイグニションの火炎を消火または減衰させるためには、着火の初期で燃料を噴射すること、すなわち燃料噴射が早く開始することが極めて重要である。このため、燃圧を通常時より低くし、開弁遅れ時間を短縮することにより、プレイグニションの火炎を初期の時点で確実に消火または減衰させることができ、気筒内の発熱を遅らせることができる。このため、筒内圧が異常に高くなることを確実に回避することができる。
【0046】
図7は、上記の機能を実現するために本実施形態においてECU50が実行するルーチンのフローチャートである。本ルーチンは、内燃機関10の所定時間毎に実行される。図7に示すルーチンによれば、まず、内燃機関10の運転状態が、プレイグニションが発生する可能性のある所定の条件範囲内にあるか否かが判断される(ステップ100)。本実施形態では、ECU50に、プレイグニション発生領域(本実施形態では、所定の低回転高負荷域)のマップが記憶されている。このステップ100では、そのマップと現在の機関回転速度および機関負荷とが参照され、現在の機関回転速度および機関負荷がプレイグニション発生領域内にあるか否かが判断される。
【0047】
上記ステップ100で、現在の機関回転速度および機関負荷がプレイグニション発生領域内にないと判定された場合には、本ルーチンの処理がそのまま終了され、通常制御が行われる。機関運転状態(機関回転速度および機関負荷)がプレイグニション発生領域内にない場合に実行される通常制御においては、直噴インジェクタ20の駆動電圧および燃圧は、それぞれ、所定の通常時の値に制御される。
【0048】
一方、上記ステップ100で、現在の機関回転速度および機関負荷がプレイグニション発生領域内にあると判定された場合には、直噴インジェクタ20の駆動電圧が通常時より低い所定値となるように駆動回路36が制御されるとともに、燃圧が通常時より低い所定値となるように燃料ポンプ48が制御される(ステップ102)。なお、図6を参照して既述したように、燃圧が低い場合には、時間当たりの燃料噴射量が少なくなるので、燃料噴射時間を長くする補正が必要となる。このため、このステップ102により燃圧を低くする制御が行われているときには、直噴インジェクタ20から燃料を噴射する際、燃料噴射時間を長くする補正が実行される。
【0049】
また、機関回転速度および機関負荷がプレイグニション発生領域内にあると判定された場合には、前述したプレイグニション検出操作が各気筒でサイクル毎に実行され、プレイグニションが発生したか否かが判断される(ステップ104)。そして、何れかの気筒でプレイグニションが発生したと判定された場合には、直ちにプレイグニション抑制噴射を行ってプレイグニションの火炎を消火または減衰させるべく、プレイグニションが検出された気筒の直噴インジェクタ20に対して燃料噴射指示が出される。これにより、当該気筒の直噴インジェクタ20に通電(駆動電圧の印加)が開始される(ステップ106)。そして、一定時間経過後、当該気筒の直噴インジェクタ20への通電が終了される(ステップ108)。これにより、プレイグニション抑制噴射が終了される。
【0050】
本実施形態のプレイグニション検出操作では、前述したように、PVκまたはd(PVκ)/dθのような発熱量指標値に基づいてプレイグニションを検出することにより、プレイグニションの発生を早い段階(燃え始めの時点)で精度良く検出することができる。これにより、プレイグニション抑制噴射を実行する場合に、より早い時点で直噴インジェクタ20から筒内に燃料を噴射することができる。このため、プレイグニションからの異常燃焼をより確実に抑制し、筒内圧の異常上昇をより確実に回避することができる。
【0051】
ただし、本発明におけるプレイグニション検出操作は、発熱量指標値に基づいてプレイグニションを検出するものに限定されず、筒内圧センサ46で検出される筒内圧P自体の値に基づいてプレイグニションを検出するものや、点火プラグの電極間に流れるイオン電流を検出することによってプレイグニションを検出するものなどであってもよい。
【0052】
また、本実施形態では、上記ステップ102において、直噴インジェクタ20の駆動電圧を通常時より低くする第1の制御と、燃圧を通常時より低くする第2の制御との両方を実行しているが、本発明では、この第1の制御および第2の制御の何れか一方のみを実行するようにしてもよい。
【0053】
なお、以上説明した実施の形態では、火花点火内燃機関に本発明を適用した場合について説明したが、本発明は、火花点火内燃機関以外の内燃機関、例えば予混合圧縮着火内燃機関や、予混合圧縮着火と火花点火とを併用する内燃機関などにも適用可能である。
【0054】
上述した実施の形態1においては、ECU50が、上記ステップ104の処理を実行することにより前記第1の発明における「プレイグニション検出手段」が、上記ステップ106の処理を実行することにより前記第1の発明における「プレイグニション抑制手段」が、上記ステップ100の処理を実行することにより前記第1の発明における「運転状態判断手段」が、上記ステップ102の処理を実行することにより前記第1の発明における「燃料噴射条件制御手段」が、それぞれ実現されている。
【符号の説明】
【0055】
10 内燃機関
12 ピストン
14 吸気弁
16 排気弁
18 点火プラグ
19 排気ポート
20 直噴インジェクタ
21 合流部
22 吸気通路
24 排気通路
26 ターボチャージャ
36 駆動回路
46 筒内圧センサ
50 ECU

【特許請求の範囲】
【請求項1】
内燃機関の内燃機関の気筒内に直接に燃料を噴射する直噴インジェクタと、
前記気筒内でのプレイグニションの発生を検出するプレイグニション検出操作を実行可能なプレイグニション検出手段と、
前記プレイグニション検出手段によりプレイグニションが検出されたサイクルにおいて前記直噴インジェクタから燃料を噴射するプレイグニション抑制手段と、
前記内燃機関の運転状態が、プレイグニションが発生する可能性がある所定の条件範囲内にあるか否かを判断する運転状態判断手段と、
前記運転状態が前記条件範囲内にあると判定された場合に、前記運転状態が前記条件範囲内にないと判定された場合と比べて前記直噴インジェクタの駆動電圧を高くする制御と、前記運転状態が前記条件範囲内にないと判定された場合と比べて前記直噴インジェクタの燃料圧力を低くする制御との何れか一方または両方を実行する燃料噴射条件制御手段と、
を備えることを特徴とする内燃機関の制御装置。
【請求項2】
前記気筒内の圧力を検出する筒内圧センサと、
前記筒内圧センサで検出される筒内圧に基づいて、発熱量の指標となる指標値を算出する指標値算出手段と、
を備え、
前記プレイグニション検出手段は、前記指標値算出手段により算出される指標値に基づいてプレイグニションの発生の有無を判定することを特徴とする請求項1記載の内燃機関の制御装置。
【請求項3】
前記筒内圧をP、前記気筒内の容積をV、筒内ガスの比熱比をκとしたとき、前記指標値は、PVκで表されることを特徴とする請求項2記載の内燃機関の制御装置。
【請求項4】
前記筒内圧をP、前記気筒内の容積をV、筒内ガスの比熱比をκ、クランク角をθとしたとき、前記指標値は、d(PVκ)/dθで表されることを特徴とする請求項2記載の内燃機関の制御装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2012−225321(P2012−225321A)
【公開日】平成24年11月15日(2012.11.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−95838(P2011−95838)
【出願日】平成23年4月22日(2011.4.22)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【Fターム(参考)】