内燃機関の補機用転がり軸受け
【課題】 転がり軸受けの脆性(白層)剥離を防止する構造を確立する。
【解決手段】 白層は断熱せん断変形により発生する。それは軸受け内部に発生するせん断ひずみ、せん断ひずみ速度が材料特有の限界値を越えることにより起こる。それを構造面から防止するためには転動体が内輪(外輪)に衝突する事を防げばよい。そのためには衝突速度を概略3m/sec以下にすること、より具体的には組付け時のラジアルすきまを半分以上負すきまに設定すればよい。
【解決手段】 白層は断熱せん断変形により発生する。それは軸受け内部に発生するせん断ひずみ、せん断ひずみ速度が材料特有の限界値を越えることにより起こる。それを構造面から防止するためには転動体が内輪(外輪)に衝突する事を防げばよい。そのためには衝突速度を概略3m/sec以下にすること、より具体的には組付け時のラジアルすきまを半分以上負すきまに設定すればよい。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、内燃機関(エンジン)に取り付けられるオルタネータなどの補機に用いられる転がり軸受けに関するものであり、特に転がり軸受けの脆性剥離(白層剥離ともいう)の防止に関するものである。
【背景技術】
【0002】
自動車用エンジン用のオルタネータ、エアコン、アイドラプーリ等の補機のころがり軸受けは、振動、温度などの厳しい条件下で使用されるようになってきており、新しい形態の組織変化を伴う剥離が顕在化してきた。この剥離は転がり軸受けの外輪、内輪、転動体(ボールまたはローラ)いずれの部位でも発生し、その特徴は従来の一般的な転がり疲労寿命とは異なり、いったん発生するとごく短時間(従来比で約1/100〜1/1000の時間)で剥離する現象である。その剥離部分の組織は、従来の疲労寿命のようにナイタル液でエッチングしてみると黒く見える(いわゆるDEA:Dark Etching Area)組織ではなく、白い層(白層)が見える(いわゆるWEA:White Etching Area)のが特徴である。
【0003】
ベアリング業界ではこの剥離を従来の疲労寿命と区別するために脆性剥離または白層剥離と呼んでいる。従来の疲労による剥離のようにころがり寿命試験を行えば最終的に全てが疲労破壊するというのとは異なり、この脆性剥離はいまだにそのメカニズムが解明されていないこともあって、再現試験条件次第で壊れるときは非常に短時間で剥離するが、壊れない条件では全く脆性剥離は発生しないという特異性がある。そのため明確な科学的根拠のない応急処置で対応している状態で、本格的な対策を打てていないのが実情である。
【0004】
このメカニズムの有力候補として水素説がある。即ち使用時の振動などのストレスによりボールにすべりが生じそのときの熱、圧力によりグリースが分解し水素が発生し、水素脆性により剥離するという説である。その説に基づき特公平6−89783号公報(特許文献1)に見られるようにグリースからの水素の分離を抑制したり、発生した水素が鋼中に侵入しないように転送面に酸化皮膜をつけるなどして剥離を阻止する案が数々提案されているが、本発明者が実験した結果は必ずしも剥離防止にはならないのである。また、効果が見られたのと別の条件で再現試験をすると全く効果が見られないどころかかえって悪くなる現象も見られた。確かに前もって水素を強制的に鋼中に添加したものは、殆どどの条件で試験しても短時間で白層剥離はするが、通常の運転でグリースが分解してその水素が鋼中に侵入し、水素脆性により白層剥離するという結論は得られなかったのである。
【0005】
さらに発明者は、より確実にこのことを証明するために図1に示したような実験を行った。実験では図11の表1に示すような3種類のグリースを使用した。グリースAとCはその成分に水素基をもつもの、グリースBは全く水素基を持たないフッ素系のグリースのものである。
【0006】
試験条件は図中に示すが、当然ではあるが外部から水分も全く侵入することがないようにして行った。水素説によれば当然グリースBは全く白層剥離は起こらないはずであるが 結果的には白層剥離した。しかも水素基を有するグリースCよりも短時間で剥離した。(但し、試験条件によっては図1と違った効果順序になる事はありうる。ここで言いたい事は、水素基のないBグリースも白層剥離するという事実である。)即ち、水素は白層剥離の原因ではないのである。
【0007】
従来の水素説は強制的に水素を入れた試験結果(水素脆性)の印象が強すぎて、たまたまの試験結果がよかったのを酸化皮膜などによる水素進入防止効果と勘違いしたのである。言い換えれば、水素はほんの少しの加速要因である可能性は否定できないが、白層剥離の主原因ではないのである。
【0008】
事実、この説に基づいて対策したベアリングを自動車につけた実機試験においても、剥離は発生したのである。本発明者がおこなった再現試験からの結論は、水素が原因ではなく、何らかの(水素以外の)原因で白層剥離したものが、結果として鋼中に水素が観察される場合があるということである。即ち原因と結果を間違えただけのことである。
【0009】
さらに別のメカニズムとしては応力説(ストレス側の見方で言うと振動説)がある。即ち剥離を応力面から説明しようとする考え方である。この説では同じように(せん断)応力に基づく一般的な(DEAを伴う)疲労寿命との区別が付かなくなってしまう矛盾などに陥ってしまう。さらに発明者は、実機(自動車)で実験した剥離したものの中には、ストレスを調べてみるとベルト張力が低いときにエンジン減速による慣性力の逆影響でベルト張力がなくなり(0Kg以下になる)、従ってベアリングにかかる荷重が明らかに0Kgになったときに白層剥離が発生する事もある事実も突き止めた。この例などは全く応力説では説明が付かないことである。その他説明は省くが、上記水素説同様に矛盾があり、従ってその説に基づき対策したものでも実機でもいまだに白層剥離が発生しているのである。
【0010】
以上述べたように、脆性剥離に対してはどのメカニズムも実情に合わないので、実機のどのストレス因子がどのように影響するのかまったく解らない状態である。従ってその対策など全くできない状況である。さらに近年小型軽量化のためにエンジンには多数のプーリを1つのベルトで駆動するサーペンタイン方式のベルト駆動システムになってきているが、これによる張力アップ、ベルト共振、エンジン振動助長などの問題も出つつある状態で、ベアリングへのストレスも複雑化してきている。それに対しても全く対応できない状態である。特に補機の中でもオルタネータのボールベアリングの剥離は他の部品より多い傾向にあった。このように重要な機械要素部品であるにもかかわらず、転がり軸受けの脆性剥離に対しては本格的な対策ができないことは勿論、メカニズムすら確立していないという状態であった。
【特許文献1】特公平6−89783号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
以上述べたように、脆性剥離は一般的な疲労寿命(例えば、実際にオルタネータでは疲労寿命が問題になることは全くなかった)に対してきわめて短寿命であるにもかかわらず、その現象を説明できるメカニズムが確立していないため適確な対策がとれない状態になっている。仕方がないのでエンジンの補機ごとにバラバラな対応をとり、実機での試験で確認するというはなはだ非効率な方法をとっているのが現状である。そのため必要以上に大きなサイズにしたり、精度をあげたりムダなことをやっているが、それでもこの不具合が完全に直らないのが現実である。
【0012】
本発明はこのような問題を解決するために、転がり軸受けの脆性剥離に対するメカニズムを明確にしたうえで、正しく、しかも簡単な対策を行った転がり軸受けを提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0013】
上記問題を解決するために本発明者は原点に立ち返って脆性剥離の再現方法を見直してみた。従来はベアリングの剥離の再現というと(一般的な疲労寿命に影響されてか)高荷重、高回転、高温、高振動などと大きいストレスを印加して試験を行い白層剥離を再現させていたが、前述の如く実機では一見何の特徴もない条件(荷重0Kg)でも剥離が発生することに注目した。即ち、エンジンの条件を忠実にシュミレーションすれば何らかのヒントが得られるのではと考えた。その結果、従来再現試験に入れていなかったエンジンの特性を利用する事を考えた。
【0014】
内燃機関(エンジン)は爆発に関連してその気筒数に応じた回転変動を発生する(いわゆる回転変動、回転リップルのこと)。そこで実際の4気筒エンジンをシミュレーションすべくモータを制御して回転数の2倍の次数(エンジンの爆発の次数相当)で平均回転変動率2%の回転リップルを加えてオルタネータを用いて行った(これは実際のエンジンのこの回転数ではごくありふれた変動率である。アイドリング近辺では30%以上にも変動することがある)。
【0015】
試験機の略図と回転数パターンなどの条件を図2(a)に示した。このモータ回転のアップダウンの途中にはベルトの横方向(弦方向)共振を含むようにセットした。その他の条件としては’振動なし、常温、オルタネータ負荷なし’とまったく平凡なストレスである(当然ではあるがエンジンでははるかに大きなストレスであり、勿論ベルトの共振もいろいろある。たとえばベアリング荷重150Kg、20〜30G、温度100℃、オルタネータ負荷50A等)。
【0016】
このように実際のエンジン比べてこの条件は非常に低いストレスであり従来の応力説では温度、一定荷重、変動荷重、振動がまったくないので当然脆性剥離はしないような条件である。従来の仮説(水素説、応力説ともに)が荷重を重視する傾向にあり、従って大きなベアリング荷重、大きな振動を加えて再現試験する傾向にあったが、今回はあえてメカニズムを明確にするために従来の再現試験では重要視されていたストレスを低くして行った。
【0017】
その結果わずか450時間でフロント(プーリ)側のベアリングのボールが白層を有するいわゆる脆性剥離した(8個中1個のボールが剥離)。即ち、従来説では全く考えられなかったようなありふれた条件で白層剥離したのである。
【0018】
しかもこのものをよく見ると、他にもいろいろな特徴を有していた。例として、この内輪転送面の写真を図2(b)に示した。接触楕円の長径2.6mm圧こんの跡(くぼみ)が観察される(写真は斜めから撮っているので曲率の影響もあり三日月状に見える)。楕円の中央付近はボールの転送の影響で見づらくなっているが、楕円の短径としては約0.32mmと思われる。ほかにもほぼ同様の大きさの圧こんが11箇所、内輪軌道面にランダムな角度でついていた。当然ではあるが内輪軌道にはボールが転送したときにできる通常の転送跡が幅約2.8mmで円周方向についている(内輪回転であるので全周にわたって同じ幅であり、この量もベアリング荷重条件から計算される接触楕円の長径とほぼ一致している)。また未剥離のボール表面にも該内輪と同じ大きさの接触楕円の圧こん跡も観察されたが、外輪軌道輪には通常のボール転送跡は付いているが、圧こんはまったく観察されなかった。
【0019】
さらに該接触楕円部を詳細に分析すると破壊されたグリースの極圧添加剤が観察され、破損の進んだ部分は酸化した状態にもなっていた。この全体像を図3に示した。図3(a)はストレス条件、図3(b)は剥離後の分解調査結果である(リヤベアリング6002には内輪、外輪、ボール共に無数の楕円状の圧こん跡が見受けられたが、フロントほど明確なくぼみはなく接触程度であった。また剥離も見られなかったので詳細は省く)。
【0020】
あらためて、本再現試験の結果の特徴とその事実から導かれるメカニズム関連の結論を順に説明する。
【0021】
フロントベアリングの特徴と想定される事
事実1:ボールは白層剥離している。
【0022】
従って、従来の再現方法とは別のストレスの低い再現試験である。
【0023】
事実2:振動印加はなく、荷重は小さい。
【0024】
従って、力Kg、応力Kg/mm2での剥離ではない(力の次元での剥離ではない)。
【0025】
事実3:内輪とボールに”くぼみ”があり、外輪にはない。
【0026】
従って、外輪とボールとの接触部(外輪側)には作用せずに、「内輪とボールとの接触部(内輪側)だけ」に作用するストレスである(通常の荷重とすると、内輪に作用した力はボールを介して外輪に作用するので、程度の差こそあるが外輪側にもにくぼみが残らねばならないが、今回はそれが観測されなかった)。即ち、内輪とボール側だけに作用するストレスとしては衝突が考えられる。内輪とボールの衝突により永久変形として残るほどの”くぼみ”が発生し、それにより白層剥離したと推定される(衝突現象ならボールがどちらにぶつかるかで内輪または外輪に一方のみのくぼみになるということ)。
【0027】
事実4:”くぼみ”は中央部では消えているが完全な楕円形状である。
【0028】
従って、行ったり来たりの微動を伴う擬似圧こんでなく、内輪とボールの半径方向の正面衝突である。
【0029】
事実5:走行跡(正常運転の痕跡)と”ボールと内輪のくぼみ(永久変形をしている異常な痕跡部)”の接触楕円の長径はほぼ等しい(長径が等しいという事はストレス印加時の変形量は同じということ。図4参照)。
【0030】
従って、同じ変形を受けても正常運転時には弾性変形領域、異常時には塑性領域のひずみが発生した(ひずみでなく応力としてもよいが’事実2’の結果及び塑性変形ではひずみで考えることより、ひずみとした)。
【0031】
事実6:”くぼみ”部には錆(添加剤の劣化)あり。
【0032】
従って、(ストレス印加時の変形量は同じであるので)接触圧力はほぼ同じはずであることより、弾性変形時には正常に潤滑され、塑性変形時には潤滑剤が破損した。”くぼみ”発生時には潤滑されていない(摩擦ありまたは固着)。
【0033】
事実7:”くぼみ”の深さはボールの方が内輪より大きい(衝突するもの同士の相対速度は同じであり、しかもボールと内輪の硬さもほぼ等しいのでストレス印加時の変形量はほぼ等しいはずであるが、結果的には内輪よりボールの永久変形が大きい)。
【0034】
従って、ボールの方が内輪よりひずみが大きいのでボールが剥離した。即ち摩擦μの方向違い、曲率の凹凸違い、衝突質量の違いなどによりボールと内輪の対象性がずれて、同じ変形を受けてもボールと内輪では内部のひずみが異なる。
【0035】
以上の7つの事実は従来の水素説、応力説では全く説明の付かない現象であることは説明するまでもない。この事実より今回の白層生成のメカニズムとしては、半径(r)方向のボールと内輪の正面衝突により潤滑不良(または固着)を引き起こし、それによりボール内部のひずみが塑性領域(内輪内部のひずみはボールよりもすくなかった)になり白層剥離すると推定された。
【0036】
即ち、今回のベアリングの白層剥離は衝撃加工分野で言われている高速ひずみでの塑性不安定現象であり、白層は”断熱せん断変形帯”と呼ばれるもの(別名ホワイト・バンド)であるとの結論に達した。このメカニズムは図5に示すように
がベアリング内に発生するとその部分が断熱せん断状態になり局部的な急速加熱、急速冷却により白層ができるというものである。
【0037】
より具体的には一般的なベアリング材料(SUJ2)での限界値は発明者が計算した結果は
程度の値である。
【0038】
このようなひずみ速度は当然ながら負荷としては静的、動的な範疇でなく”衝撃”状態の範疇の現象である。そのストレスとしての物理量は荷重ではなく衝突速度(m/sec)で議論する分野である。この白層(ホワイト・バンド)は衝撃加工分野では常識になっていること、今はそのより具体的な原子レベル組織の詳細の研究段階であること、などいろいろなことが明確になっているのである。
【0039】
(詳細の組織状態は研究中であるが、その組織が何であろうが、グレンサイズどうであろうとも実用上は全体のメカニズムには全く支障がないので)その衝撃分野の理論を用いて発明者がボールベアリングで上記2つの限界値を越えないための条件を計算した結果、通常のベアリングサイズでは衝突速度が1m/sec以下(‘want’条件)であれば上記限界値を越す事がなく、白層剥離することが全くないということ、実質的には3〜4m/secを越える(‘must’条件は3m/secということ)と剥離が発生することを見出した(イメージ的には衝突速度が大きくなれば、
も大きくなるということが容易に理解されることと思う)。この衝突により楕円状のくぼみは生じること、この衝突時の圧力により潤滑剤が破損することなど上記7つの事実も説明できることを発明者は見出したのである。当然ではあるが転動体(ボール)と内輪(または外輪)が接触を保って転がり運動をしている間は衝突の発生はない。逆に言うと、転動体と内輪(外輪)の接触が絶たれた状態即ち”転動体が一瞬でもフリー状態になると”その後再び接触状態に戻ろうとするときに衝突が発生するということである。
【0040】
この転動体のフリー状態を誘発させるストレスにはどんなものがあるかの例を挙げてみると、
・エンジン減速時等に慣性力の影響でベルト張力が負になる。
・エンジンの爆発周波数とベルトの固有振動数との共振、などがあげられる。
【0041】
たとえば共振の例では、ベルトの固有振動数(横振動f1、縦振動f2)はベルトの単位長さあたりの質量M、ヤング率E、断面積A、スパン長さH、張力Tとし、さらに補機部品(たとえばオルタネータ)の慣性モーメントJ、プーリ半径Rとすると
【0042】
【数1】
【0043】
【数2】
である。
【0044】
この固有振動数f1、f2とエンジンの爆発成分が一致するとベルトの共振が発生することになる。(実際には縦振動f2はベルトのかかっている全てのプーリの相互作用で、数式2とはずれた部分が固有値となり、またプーリの数だけの固有振動数があるのはいうまでもない。数式2はその因子を示すためのイメージの式である。)最近のエンジンはサーペンタイン駆動が一般的になっているがエンジンや各補機の負荷変化(Tが無限に変化する)、とか各プーリスパン(Hが変わる)などの違いにより、ベルト駆動される補機のベアリングには多くの縦横の共振点が存在することになる。即ち脆性剥離の危険が大きいのである。いいかえればちょっとした再現試験条件の違いで脆性剥離発生の有無が変わってしまうのである。前記図2の例ではベルトの横共振数f1とモータの共振を利用して脆性剥離を再現させたが、その他いろいろな原因で衝突現象を作り出せ、結果白層剥離は発生する。発明者は図2の装置で回転変動周波数をベルトの縦振動数f2に一致させても同様に脆性剥離が発生することも確認している。即ち、転動体(ボール)がフリー状態になる条件さえ整えばいくらでもベアリングは脆性剥離することを発明者は発見したのである。以上ボールベアリングを例に説明したが本メカニズムはローラーベアリングなどの転動体をもつ転がり軸受け全てに適用できることは言うまでもない。
【0045】
このメカニズムによればベアリングが脆性剥離しないためには転動体(ボール、ローラ)がフリー(自由)状態になることを防止(転がり接触点が離れるのを防止)すればよいことになる。しかしながらベルト駆動である限り全面的に前記ストレスを回避する事は不可能である。そこで逆にフリー状態を誘発させるストレス(ex、共振)があっても転動体が自由に動くスペースをなくすればいいとの結論に発明者は至ったのである(転がり方向は当然ではあるが動いても接触を保っているので支障はない)。
【0046】
これをふまえ、請求項1記載の補機用転がり軸受けは、内燃機関によりベルト駆動される補機に備えられる転がり軸受けにおいて、転がり軸受けを補機に装着した状態での転がり軸受けのラジアル方向すきま(いわゆる残留すきま)の公差幅のうち、少なくとも略半分は負の値である(言い換えれば、ラジアル方向すきまの公差幅の中点は略ゼロ以下である)。
【0047】
即ち、請求項1記載の発明では、脆性剥離の原因となる転動体が自由に動けるラジアル方向のスペースがほとんどないようにした状態で使用するので、どんなストレスが外部から印加されても転動体がフリーになる(接触が離れる)ことがないので(再び接触するときの)衝突することがなくなり、脆性剥離はしないのである。
【0048】
請求項2記載の補機用転がり軸受けは、内燃機関によりベルト駆動される補機に備えられる転がり軸受けにおいて、転がり軸受けを補機に装着した状態での転がり軸受けのラジアル方向すきま(いわゆる残留すきま)が負または公差幅で−10μm以上+10μm以下の値に入ることを特徴としている。
【0049】
即ち、請求項2記載の発明では負すきま(しめシロ)の値を最悪でも−10μmにしているので、疲労寿命は低下することが殆どなく、しかも脆性剥離しない。
【0050】
請求項3記載の補機用転がり軸受けは、転がり軸受け単体でのラジアル理論内部すきま(幾何学すきまともいう)を負すきまに設定することにより、上述のラジアル方向すきまを負または公差幅で−10μm以上+10μm以下の値に入るようにする。
【0051】
即ち、請求項3記載の発明では、軸受け自体の内部すきまを負にして(組付け後の)ラジアル方向すきまを負にしているので、補機の軸、ハウジングの寸法は通常で良いので補機の組みつけが容易になる。
【0052】
請求項4記載の補機用転がり軸受けは、転動体により支持される軸と、この軸に固定された内輪と、転動体を介して内輪と接する外輪と、これら転動体、内輪、外輪を覆うハウジングとを備えており、転がり軸受け単体でのラジアル理論内部すきま(幾何学すきま)を正すきまとし、内輪と軸、または外輪とハウジングの少なくとも一方を締りばめまたは止まりばめに設定することにより、ラジアル方向すきまを負または公差幅で−10μm以上+10μmに入るようにする。
【0053】
即ち請求項4記載の発明では、転がり軸受け自体は通常の正すきまでいいので転動体を軸受けにセットするときに通常の組み付け方を取ることができる。
【0054】
請求項5記載の補機用転がり軸受けは、転動体がボールベアリングである。
【0055】
即ち、請求項5記載の発明では、転動体は補機によく使われるボールベアリングでいいので、単体でのラジアル理論内部すきまも設定しやすくコストも安く、しかも高速回転にも耐えられる。
【0056】
請求項6記載の補機用転がり軸受けは、ベルトはVリブドベルトであり、1本のベルトで複数の補機が駆動されるサーペンタイン方式である。
【0057】
即ち、請求項6記載の発明では、ベルトの固有振動数が多数存在するサーペンタイン駆動のような複雑なストレスが多い場合でも脆性剥離することなく使用できる。
【0058】
請求項7記載の補機用転がり軸受けは、補機にはオルタネータが含まれる。
【0059】
即ち、請求項7記載の発明ではプーリ比、ロータ慣性モーメントの大きな従ってエンジンからみた慣性モーメント(=プーリ比2×ロータ慣性モーメント)が補機のなかでは一番大きく共振の振幅が大きいオルタネータでも脆性剥離することがない。
【発明を実施するための最良の形態】
【0060】
より具体的に脆性剥離のメカニズムとそれに基づいた実施例を説明する。転がり軸受けの例としてボールベアリング(ボールまたはベアリングとも呼ぶ)を用いて説明する。即ち、一番効果的に衝突するためには、当然ではあるがボール及び内輪(または外輪)が互いに半径方向から衝突すればいいので、図6に示した場合を考える。尚、図6に示した補機用の転がり軸受けは、例えばエンジン(内燃機関)によって回転駆動されるオルタネータ10(図10参照)の軸受けに用いられるものであり、転動体であるボール1に支持された回転軸4、回転軸4に固定された内輪2、ボール1を介して内輪2と接する外輪3とを有し、またボール1、内輪2、外輪3を覆うハウジング5を有している。そして、オルタネータ10は、図14に示すようにサーペンタイン方式により1本のVリブドベルトによって回転駆動されるの複数の補機の1つである。
【0061】
図6の(a)は,ボールベアリング1(ボール1ともいう)の内輪2に外輪3から白抜きの矢印で示したようにラジアル荷重とスラスト荷重が作用した状態を表しており(荷重は外輪3側からでなく内輪2から作用しても相対的には同じである)、図6(b)は図6(a)のボール1と内輪2との接触部の拡大図である。ボール1は内輪2の中心からθだけ離れた点で内輪2と接触するので、内輪2の軌道輪の底からhだけ高い位置にボールがあることになる(言うまでもないがスラスト荷重は与圧として強制的に与えられるものでなくてもラジアル荷重により軸が傾くことによるスラスト成分でもよい。要は内輪2の中心からθだけ変位するものであれば何でもいい)。
【0062】
このような接触状態の中で、今何らかの原因(たとえば図示しないエンジンからの軸方向振動)でスラスト荷重と逆の方向にスラスト荷重以上の荷重が作用したとすると、その逆方向スラスト荷重とラジアル荷重Wの影響でボール1は図6(b)の矢印のような放物線を描いて内輪2の軌道輪に衝突する。その場合逆方向スラスト荷重の条件次第では軌道輪の底に衝突する(高さhだけ移動するということ)。ボールの質量をmとすると運動方程式は
【0063】
【数3】
高さhだけ落下するとそのときの衝突速度v0は
【0064】
【数4】
例えば、サイズ6202のボールベアリングでは、ラジアル方向のすきまが10μmあったとすると最大この量hだけボールが落下するので、W=60Kg、m=0.9gの場合は数式4よりv0=3.6m/secとなる。従ってこの場合には断熱せん断条件(‘must’条件3m/sec)を満足してしまい実際に脆性剥離になる可能性がある。
【0065】
数式4は(始めにθだけ接触点がずれている場合でなくても)何らかの原因でボール1がフリーになり高さhの位置エネルギーのある状態でも適用できるのは言うまでもない。たとえば、サーペンタイン駆動などに見られるようにエンジンの減速時にベルトの張力が一瞬負になる場合がある。このときはまったくボール1に荷重が作用しなくなり、ボール1が内輪2、外輪3との接触がたたれ、減速終了時に再び荷重がボ−ル1に印荷され、ボール衝突が発生することもある。その他、衝突速度を発生する可能性は種々考えられるが、いずれにしてもその値がv0=1m/sec以上あると危険領域となることがわかったのである。
【0066】
図6ではボール1は内輪2の半径方向から正面衝突すると仮定したがこの仮定はほとんどの場合正しいのである。即ち通常、ボールは内輪2と相対すべりなしに転がっているのであるから、その接触点での回転方向の絶対速度はボール1と内輪2は全く等しいはずである。従って万一何らかのストレスによりボール1がフリー状態になった(半径方向の速度を持った)としても回転方向の速度は変わらないので、再び衝突により内輪2と接触するときもボール1と内輪2の回転方向の速度差はないので、衝突としては半径方向の正面衝突になるのである(これは外輪3との衝突でも同様である)。即ち、ボール1がフリーになると衝突により断熱せん断条件になる危険が大なのである。
【0067】
図2及び図10のオルタネータ10を例に実際の寸法の公差幅でラジアル方向のすきまを見たのが図12に示す表2である(内外輪の嵌合しろと組付け後のすきまの計算式は普通の専門書に載っているので省略する。ただし、ハウジング5はアルミである)。
【0068】
この組付け後のラジアルすきまに対応する衝突速度のグラフを図7に示した(数式4参照、W=68Kg・・・図2のベアリング荷重相当)。図7の(a)は常温、(b)は高温のときを現している。
【0069】
例えば、図7(b)ではすきま6.5±4.5μm(図では概略正規分布)に対応して衝突速度V0は1.8〜4.1(加重平均3.2)m/secになっていることがわかる。即ち高温状態では断熱せん断を起こさない‘want’条件(1m/sec)は勿論、‘must’条件(3m/sec)をも平均で越してしまう。即ちもし何らかのストレスが印加されボール1がフリー状態になったら半分以上が白層剥離を起こす危険性があるということである。常温(図7(a))でも高温ほどではないがこの傾向が見られる。
【0070】
この図からもわかるように白層剥離を避けるには(衝突速度を下げるには)、組付け後のラジアルすきまを0μm以下にすればいいのである。即ち、表2の寸法諸元のうちベアリング単体での内部すきまを11〜4μmから0〜−7μm(負すきま)にかえるだけでその他の寸法はまったく変更しなくても
・常温: 0〜−16 μm
・高温: 0〜−9 μm
になり、図7からも容易に解るように衝突速度は0であり(すきまが全くないのでどんなストレスでもボールと内輪の接触が途切れる事がないということ)脆性剥離(白層剥離)は発生しない。
【0071】
しかし、図8に示したように極端に負すきまにすると疲労寿命が大幅に低下するので注意を要する(図では−13μm以上負すきまになると疲労寿命が大幅に低下して危険であることを示す。この変局点は荷重によっても変わる。尚、図中の寿命比とは、すきま0のときの疲労寿命を1としたときの疲労寿命である)。今回の例(−16μm)では常温では注意を要するが実際にはオルタネータが発電すると温度が上昇するので安全サイドにはなる。しかし、この方法はボールを内外輪に組み込むとき負すきまだと製造が困難という欠点はあるが白層剥離には効果はあることが容易に理解できると思う。
【0072】
本発明者はこの点をさらに改良すべく検討をした結果、断熱せん断の‘want’条件を満足する事は理想ではあるが、通常ベアリングに使用されている実際の材料では実質的に問題を発生しないためには断熱せん断の‘must’条件以下の衝突速度であればいいこと、及びボールがフリーになるストレスの発生頻度、万一ボールがフリー状態になってもそのボールがラジアルすきまの最大方向と一致する確率(たとえば前記の例ではボールは8個ある。フリー状態ボールとすきまの最大方向が一致する確率は1/8である)が低いことの2つの理由から‘must’条件でも実用上問題は発生しないことに気が付いたのである。
【0073】
さらに組付け後のラジアルすきまは表2に示したように最悪の組み合わせでなく、統計学的な見地から改めて検討してみるともう少し許容範囲は広がるのである。
【0074】
即ち外輪径公差ΔD1、ハウジング径公差ΔD2、内輪径公差Δd1、回転軸径公差Δd2、ベアリング内部すきま公差ΔCとすると、
【0075】
【数5】
となる(尚、実際は締りばめと隙間ばめの違いにより単純な公差のつみあげではない。全ての嵌合部が締りばめの時は数式5になる)。
【0076】
統計学の最小2乗法では、組立公差Δは
【0077】
【数6】
ここでkは部品の重要度に応じた安全係数(通常は1.5)である。
【0078】
実際に、表2の例で計算すると(ΔD1=11、ΔD2=16、Δd1=8、Δd2=8、ΔC=7)、
数式5より 組付け公差=50μm
数式6より Δ=36μmとなる。
【0079】
即ち、単品部品公差の積み上げ(最悪)公差に対して統計上では7割(=36/50)程度の組み立て公差になる。逆に言うと実機エンジンで、表2のような最悪の組み合わせ公差でのすきまの値と‘must’条件(3m/sec)で判定する場合には、見かけ上‘must’条件が4m/secに向上したと見た方が適切かも知れない(尚、図2のようなベンチでの再現試験は強制的にストレスが常に印加されるようにセットするので、ストレス頻度の確立が100%になるので4m/secではなく、3m/secで判定したほうがよい)。
【0080】
以上述べたように、発明者は実質的な効果を得るには(組付け後の)ラジアルすきまをかならずしも公差幅全域で負にする必要がないとの結論になったのである。以下その具体的な対策例を図13の表3に示した。これは再現試験で白層剥離が発生した表2の諸元に対して(単品の公差幅は同じで)寸法を変更したものである。即ち外輪部の嵌合しろはすきまの多い方向に、内輪部の嵌合しろは締りばめ方向(実際は止まりばめになっている)に、ベアリング単品の内部すきまは(製作可能なように正すきまで)縮小した寸法にしたものである。その結果、組付け後のラジアルすきまは常温、高温共に正負同じくらいの値にすることができた。
【0081】
この表3の仕様のオルタネータの衝突速度のグラフを図9に示した図9の(a)は常温、(b)は高温のときを現している。速度分布の中央値は0になっており、バラツキからみると衝突速度の‘must’条件は勿論、‘want’条件以下に大部分が入っている事がわかる。前述の統計的な話を加味すると強制的にストレスが常に印加されるようなベンチでの再現試験(図2)でも剥離の危険性がない事が類推される。実際に表3の仕様で図2の試験を実施したが白層剥離することはなかった。
【0082】
発明者はその他の条件でも試験した結果、断熱せん断の‘want’条件(1m/sec)以下に衝突速度の平均値(組付け時のラジアルすきまの公差の中央値)が入っていれば実用上の害はないということがわかったのである。即ち、ボールベアリング1をオルタネータ10に装着した状態でのラジアル方向すきま(残留すきま)の公差幅のうちの少なくとも略半分が負(いわゆるシメシロのこと)になっておれば、実質上白層剥離することはないのである。しかも従来のように正すきまのみに比べて適度に負すきまになっているので、図8からも分かるように疲労寿命も延びるのである。さらにオルタネータのように作動時(発電時)におおおきな発熱があるような補機では常温から高温まで広範に残留すきまを確保しつつ公差幅の半分を負に設定する(表2に示したような)ことを従来はしなかったが、発明者は (発熱が多い)この欠点を逆に利用して、常温では可能な限り負のすきま近くに設定しても、高温では負すきまが減り疲労寿命の危険領域から離れるという特性を有効に利用したのである。
【0083】
しかも、そのポイントはボールベアリング単体の内部すきまを通常は4μm以上を確保するものを、0μm以上にする(オルタネータの例ではCMすきまからC1またはC2すきまに)することを思いついたのである。前記図2のサイズ以外のベアリング、他の荷重でも同様に−10μm以上+10μm以下のすきまであれば疲労寿命を確保しつつ白層剥離の発生を抑えることができる。さらにオルタネータ以外のエンジンに装着される補機の転がり軸受け全てについても適応できるのは言うまでもない。
【0084】
以上、本発明によればメカニズムが明確になったので脆性剥離しないための限界値も明確であり前もっての設計検討ができるようになったので、従来のようなやみくもに実機での試験で確認するというはなはだ非効率な方法をとらなくてもよくなり、その実験結果の判断もメカニズムと照らしてできるので間違いも少ない。さらに不必要に大きなサイズのボールベアリングにしたり、不必要に高精度とする必要もなくなるのである。即ち本発明の負すきまを利用することにより、転動体がフリー状態になっても断熱せん断変形の限界値を超えることがないので、サーペンタイン駆動のような種々のストレスがある環境で使用される転がり軸受けに白層剥離(脆性剥離)が発生することがないという優れた効果がある。
【図面の簡単な説明】
【0085】
【図1】グリース材質の影響を見た試験結果の図である。
【図2】脆性剥離を再現するための試験方法とその結果の図である。
【図3】図2の結果のより具体的な図である。
【図4】ボールと内輪の接触状態を示したイメージ図である。
【図5】本発明の結果得られた脆性剥離のメカニズムを表した図である。
【図6】脆性剥離のメカニズムを説明するための図である。
【図7】従来の寸法公差の欠点を示す図である。
【図8】残留すきまと疲労寿命との関係を表す図である。
【図9】本発明になる効果を説明した図である。
【図10】本発明の転がり軸受けを備えたオルタネータの図である。
【図11】実験に使用したグリースの一覧を示す表1である。
【図12】転がり軸受けのラジアル方向すきまの例を示す表2である。
【図13】本発明に基づき具体的な対策を行ったラジアル方向すきまの例を示す表3である。
【図14】サーペンタイン方式によりエンジンが複数の補機(オルタネータを含む)を回転駆動する状態を示す図である。
【符号の説明】
【0086】
1 ボール
2 内輪
3 外輪
4 回転軸
5 ハウジング
10 オルタネータ
20 Vリブドベルト
【技術分野】
【0001】
本発明は、内燃機関(エンジン)に取り付けられるオルタネータなどの補機に用いられる転がり軸受けに関するものであり、特に転がり軸受けの脆性剥離(白層剥離ともいう)の防止に関するものである。
【背景技術】
【0002】
自動車用エンジン用のオルタネータ、エアコン、アイドラプーリ等の補機のころがり軸受けは、振動、温度などの厳しい条件下で使用されるようになってきており、新しい形態の組織変化を伴う剥離が顕在化してきた。この剥離は転がり軸受けの外輪、内輪、転動体(ボールまたはローラ)いずれの部位でも発生し、その特徴は従来の一般的な転がり疲労寿命とは異なり、いったん発生するとごく短時間(従来比で約1/100〜1/1000の時間)で剥離する現象である。その剥離部分の組織は、従来の疲労寿命のようにナイタル液でエッチングしてみると黒く見える(いわゆるDEA:Dark Etching Area)組織ではなく、白い層(白層)が見える(いわゆるWEA:White Etching Area)のが特徴である。
【0003】
ベアリング業界ではこの剥離を従来の疲労寿命と区別するために脆性剥離または白層剥離と呼んでいる。従来の疲労による剥離のようにころがり寿命試験を行えば最終的に全てが疲労破壊するというのとは異なり、この脆性剥離はいまだにそのメカニズムが解明されていないこともあって、再現試験条件次第で壊れるときは非常に短時間で剥離するが、壊れない条件では全く脆性剥離は発生しないという特異性がある。そのため明確な科学的根拠のない応急処置で対応している状態で、本格的な対策を打てていないのが実情である。
【0004】
このメカニズムの有力候補として水素説がある。即ち使用時の振動などのストレスによりボールにすべりが生じそのときの熱、圧力によりグリースが分解し水素が発生し、水素脆性により剥離するという説である。その説に基づき特公平6−89783号公報(特許文献1)に見られるようにグリースからの水素の分離を抑制したり、発生した水素が鋼中に侵入しないように転送面に酸化皮膜をつけるなどして剥離を阻止する案が数々提案されているが、本発明者が実験した結果は必ずしも剥離防止にはならないのである。また、効果が見られたのと別の条件で再現試験をすると全く効果が見られないどころかかえって悪くなる現象も見られた。確かに前もって水素を強制的に鋼中に添加したものは、殆どどの条件で試験しても短時間で白層剥離はするが、通常の運転でグリースが分解してその水素が鋼中に侵入し、水素脆性により白層剥離するという結論は得られなかったのである。
【0005】
さらに発明者は、より確実にこのことを証明するために図1に示したような実験を行った。実験では図11の表1に示すような3種類のグリースを使用した。グリースAとCはその成分に水素基をもつもの、グリースBは全く水素基を持たないフッ素系のグリースのものである。
【0006】
試験条件は図中に示すが、当然ではあるが外部から水分も全く侵入することがないようにして行った。水素説によれば当然グリースBは全く白層剥離は起こらないはずであるが 結果的には白層剥離した。しかも水素基を有するグリースCよりも短時間で剥離した。(但し、試験条件によっては図1と違った効果順序になる事はありうる。ここで言いたい事は、水素基のないBグリースも白層剥離するという事実である。)即ち、水素は白層剥離の原因ではないのである。
【0007】
従来の水素説は強制的に水素を入れた試験結果(水素脆性)の印象が強すぎて、たまたまの試験結果がよかったのを酸化皮膜などによる水素進入防止効果と勘違いしたのである。言い換えれば、水素はほんの少しの加速要因である可能性は否定できないが、白層剥離の主原因ではないのである。
【0008】
事実、この説に基づいて対策したベアリングを自動車につけた実機試験においても、剥離は発生したのである。本発明者がおこなった再現試験からの結論は、水素が原因ではなく、何らかの(水素以外の)原因で白層剥離したものが、結果として鋼中に水素が観察される場合があるということである。即ち原因と結果を間違えただけのことである。
【0009】
さらに別のメカニズムとしては応力説(ストレス側の見方で言うと振動説)がある。即ち剥離を応力面から説明しようとする考え方である。この説では同じように(せん断)応力に基づく一般的な(DEAを伴う)疲労寿命との区別が付かなくなってしまう矛盾などに陥ってしまう。さらに発明者は、実機(自動車)で実験した剥離したものの中には、ストレスを調べてみるとベルト張力が低いときにエンジン減速による慣性力の逆影響でベルト張力がなくなり(0Kg以下になる)、従ってベアリングにかかる荷重が明らかに0Kgになったときに白層剥離が発生する事もある事実も突き止めた。この例などは全く応力説では説明が付かないことである。その他説明は省くが、上記水素説同様に矛盾があり、従ってその説に基づき対策したものでも実機でもいまだに白層剥離が発生しているのである。
【0010】
以上述べたように、脆性剥離に対してはどのメカニズムも実情に合わないので、実機のどのストレス因子がどのように影響するのかまったく解らない状態である。従ってその対策など全くできない状況である。さらに近年小型軽量化のためにエンジンには多数のプーリを1つのベルトで駆動するサーペンタイン方式のベルト駆動システムになってきているが、これによる張力アップ、ベルト共振、エンジン振動助長などの問題も出つつある状態で、ベアリングへのストレスも複雑化してきている。それに対しても全く対応できない状態である。特に補機の中でもオルタネータのボールベアリングの剥離は他の部品より多い傾向にあった。このように重要な機械要素部品であるにもかかわらず、転がり軸受けの脆性剥離に対しては本格的な対策ができないことは勿論、メカニズムすら確立していないという状態であった。
【特許文献1】特公平6−89783号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
以上述べたように、脆性剥離は一般的な疲労寿命(例えば、実際にオルタネータでは疲労寿命が問題になることは全くなかった)に対してきわめて短寿命であるにもかかわらず、その現象を説明できるメカニズムが確立していないため適確な対策がとれない状態になっている。仕方がないのでエンジンの補機ごとにバラバラな対応をとり、実機での試験で確認するというはなはだ非効率な方法をとっているのが現状である。そのため必要以上に大きなサイズにしたり、精度をあげたりムダなことをやっているが、それでもこの不具合が完全に直らないのが現実である。
【0012】
本発明はこのような問題を解決するために、転がり軸受けの脆性剥離に対するメカニズムを明確にしたうえで、正しく、しかも簡単な対策を行った転がり軸受けを提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0013】
上記問題を解決するために本発明者は原点に立ち返って脆性剥離の再現方法を見直してみた。従来はベアリングの剥離の再現というと(一般的な疲労寿命に影響されてか)高荷重、高回転、高温、高振動などと大きいストレスを印加して試験を行い白層剥離を再現させていたが、前述の如く実機では一見何の特徴もない条件(荷重0Kg)でも剥離が発生することに注目した。即ち、エンジンの条件を忠実にシュミレーションすれば何らかのヒントが得られるのではと考えた。その結果、従来再現試験に入れていなかったエンジンの特性を利用する事を考えた。
【0014】
内燃機関(エンジン)は爆発に関連してその気筒数に応じた回転変動を発生する(いわゆる回転変動、回転リップルのこと)。そこで実際の4気筒エンジンをシミュレーションすべくモータを制御して回転数の2倍の次数(エンジンの爆発の次数相当)で平均回転変動率2%の回転リップルを加えてオルタネータを用いて行った(これは実際のエンジンのこの回転数ではごくありふれた変動率である。アイドリング近辺では30%以上にも変動することがある)。
【0015】
試験機の略図と回転数パターンなどの条件を図2(a)に示した。このモータ回転のアップダウンの途中にはベルトの横方向(弦方向)共振を含むようにセットした。その他の条件としては’振動なし、常温、オルタネータ負荷なし’とまったく平凡なストレスである(当然ではあるがエンジンでははるかに大きなストレスであり、勿論ベルトの共振もいろいろある。たとえばベアリング荷重150Kg、20〜30G、温度100℃、オルタネータ負荷50A等)。
【0016】
このように実際のエンジン比べてこの条件は非常に低いストレスであり従来の応力説では温度、一定荷重、変動荷重、振動がまったくないので当然脆性剥離はしないような条件である。従来の仮説(水素説、応力説ともに)が荷重を重視する傾向にあり、従って大きなベアリング荷重、大きな振動を加えて再現試験する傾向にあったが、今回はあえてメカニズムを明確にするために従来の再現試験では重要視されていたストレスを低くして行った。
【0017】
その結果わずか450時間でフロント(プーリ)側のベアリングのボールが白層を有するいわゆる脆性剥離した(8個中1個のボールが剥離)。即ち、従来説では全く考えられなかったようなありふれた条件で白層剥離したのである。
【0018】
しかもこのものをよく見ると、他にもいろいろな特徴を有していた。例として、この内輪転送面の写真を図2(b)に示した。接触楕円の長径2.6mm圧こんの跡(くぼみ)が観察される(写真は斜めから撮っているので曲率の影響もあり三日月状に見える)。楕円の中央付近はボールの転送の影響で見づらくなっているが、楕円の短径としては約0.32mmと思われる。ほかにもほぼ同様の大きさの圧こんが11箇所、内輪軌道面にランダムな角度でついていた。当然ではあるが内輪軌道にはボールが転送したときにできる通常の転送跡が幅約2.8mmで円周方向についている(内輪回転であるので全周にわたって同じ幅であり、この量もベアリング荷重条件から計算される接触楕円の長径とほぼ一致している)。また未剥離のボール表面にも該内輪と同じ大きさの接触楕円の圧こん跡も観察されたが、外輪軌道輪には通常のボール転送跡は付いているが、圧こんはまったく観察されなかった。
【0019】
さらに該接触楕円部を詳細に分析すると破壊されたグリースの極圧添加剤が観察され、破損の進んだ部分は酸化した状態にもなっていた。この全体像を図3に示した。図3(a)はストレス条件、図3(b)は剥離後の分解調査結果である(リヤベアリング6002には内輪、外輪、ボール共に無数の楕円状の圧こん跡が見受けられたが、フロントほど明確なくぼみはなく接触程度であった。また剥離も見られなかったので詳細は省く)。
【0020】
あらためて、本再現試験の結果の特徴とその事実から導かれるメカニズム関連の結論を順に説明する。
【0021】
フロントベアリングの特徴と想定される事
事実1:ボールは白層剥離している。
【0022】
従って、従来の再現方法とは別のストレスの低い再現試験である。
【0023】
事実2:振動印加はなく、荷重は小さい。
【0024】
従って、力Kg、応力Kg/mm2での剥離ではない(力の次元での剥離ではない)。
【0025】
事実3:内輪とボールに”くぼみ”があり、外輪にはない。
【0026】
従って、外輪とボールとの接触部(外輪側)には作用せずに、「内輪とボールとの接触部(内輪側)だけ」に作用するストレスである(通常の荷重とすると、内輪に作用した力はボールを介して外輪に作用するので、程度の差こそあるが外輪側にもにくぼみが残らねばならないが、今回はそれが観測されなかった)。即ち、内輪とボール側だけに作用するストレスとしては衝突が考えられる。内輪とボールの衝突により永久変形として残るほどの”くぼみ”が発生し、それにより白層剥離したと推定される(衝突現象ならボールがどちらにぶつかるかで内輪または外輪に一方のみのくぼみになるということ)。
【0027】
事実4:”くぼみ”は中央部では消えているが完全な楕円形状である。
【0028】
従って、行ったり来たりの微動を伴う擬似圧こんでなく、内輪とボールの半径方向の正面衝突である。
【0029】
事実5:走行跡(正常運転の痕跡)と”ボールと内輪のくぼみ(永久変形をしている異常な痕跡部)”の接触楕円の長径はほぼ等しい(長径が等しいという事はストレス印加時の変形量は同じということ。図4参照)。
【0030】
従って、同じ変形を受けても正常運転時には弾性変形領域、異常時には塑性領域のひずみが発生した(ひずみでなく応力としてもよいが’事実2’の結果及び塑性変形ではひずみで考えることより、ひずみとした)。
【0031】
事実6:”くぼみ”部には錆(添加剤の劣化)あり。
【0032】
従って、(ストレス印加時の変形量は同じであるので)接触圧力はほぼ同じはずであることより、弾性変形時には正常に潤滑され、塑性変形時には潤滑剤が破損した。”くぼみ”発生時には潤滑されていない(摩擦ありまたは固着)。
【0033】
事実7:”くぼみ”の深さはボールの方が内輪より大きい(衝突するもの同士の相対速度は同じであり、しかもボールと内輪の硬さもほぼ等しいのでストレス印加時の変形量はほぼ等しいはずであるが、結果的には内輪よりボールの永久変形が大きい)。
【0034】
従って、ボールの方が内輪よりひずみが大きいのでボールが剥離した。即ち摩擦μの方向違い、曲率の凹凸違い、衝突質量の違いなどによりボールと内輪の対象性がずれて、同じ変形を受けてもボールと内輪では内部のひずみが異なる。
【0035】
以上の7つの事実は従来の水素説、応力説では全く説明の付かない現象であることは説明するまでもない。この事実より今回の白層生成のメカニズムとしては、半径(r)方向のボールと内輪の正面衝突により潤滑不良(または固着)を引き起こし、それによりボール内部のひずみが塑性領域(内輪内部のひずみはボールよりもすくなかった)になり白層剥離すると推定された。
【0036】
即ち、今回のベアリングの白層剥離は衝撃加工分野で言われている高速ひずみでの塑性不安定現象であり、白層は”断熱せん断変形帯”と呼ばれるもの(別名ホワイト・バンド)であるとの結論に達した。このメカニズムは図5に示すように
がベアリング内に発生するとその部分が断熱せん断状態になり局部的な急速加熱、急速冷却により白層ができるというものである。
【0037】
より具体的には一般的なベアリング材料(SUJ2)での限界値は発明者が計算した結果は
程度の値である。
【0038】
このようなひずみ速度は当然ながら負荷としては静的、動的な範疇でなく”衝撃”状態の範疇の現象である。そのストレスとしての物理量は荷重ではなく衝突速度(m/sec)で議論する分野である。この白層(ホワイト・バンド)は衝撃加工分野では常識になっていること、今はそのより具体的な原子レベル組織の詳細の研究段階であること、などいろいろなことが明確になっているのである。
【0039】
(詳細の組織状態は研究中であるが、その組織が何であろうが、グレンサイズどうであろうとも実用上は全体のメカニズムには全く支障がないので)その衝撃分野の理論を用いて発明者がボールベアリングで上記2つの限界値を越えないための条件を計算した結果、通常のベアリングサイズでは衝突速度が1m/sec以下(‘want’条件)であれば上記限界値を越す事がなく、白層剥離することが全くないということ、実質的には3〜4m/secを越える(‘must’条件は3m/secということ)と剥離が発生することを見出した(イメージ的には衝突速度が大きくなれば、
も大きくなるということが容易に理解されることと思う)。この衝突により楕円状のくぼみは生じること、この衝突時の圧力により潤滑剤が破損することなど上記7つの事実も説明できることを発明者は見出したのである。当然ではあるが転動体(ボール)と内輪(または外輪)が接触を保って転がり運動をしている間は衝突の発生はない。逆に言うと、転動体と内輪(外輪)の接触が絶たれた状態即ち”転動体が一瞬でもフリー状態になると”その後再び接触状態に戻ろうとするときに衝突が発生するということである。
【0040】
この転動体のフリー状態を誘発させるストレスにはどんなものがあるかの例を挙げてみると、
・エンジン減速時等に慣性力の影響でベルト張力が負になる。
・エンジンの爆発周波数とベルトの固有振動数との共振、などがあげられる。
【0041】
たとえば共振の例では、ベルトの固有振動数(横振動f1、縦振動f2)はベルトの単位長さあたりの質量M、ヤング率E、断面積A、スパン長さH、張力Tとし、さらに補機部品(たとえばオルタネータ)の慣性モーメントJ、プーリ半径Rとすると
【0042】
【数1】
【0043】
【数2】
である。
【0044】
この固有振動数f1、f2とエンジンの爆発成分が一致するとベルトの共振が発生することになる。(実際には縦振動f2はベルトのかかっている全てのプーリの相互作用で、数式2とはずれた部分が固有値となり、またプーリの数だけの固有振動数があるのはいうまでもない。数式2はその因子を示すためのイメージの式である。)最近のエンジンはサーペンタイン駆動が一般的になっているがエンジンや各補機の負荷変化(Tが無限に変化する)、とか各プーリスパン(Hが変わる)などの違いにより、ベルト駆動される補機のベアリングには多くの縦横の共振点が存在することになる。即ち脆性剥離の危険が大きいのである。いいかえればちょっとした再現試験条件の違いで脆性剥離発生の有無が変わってしまうのである。前記図2の例ではベルトの横共振数f1とモータの共振を利用して脆性剥離を再現させたが、その他いろいろな原因で衝突現象を作り出せ、結果白層剥離は発生する。発明者は図2の装置で回転変動周波数をベルトの縦振動数f2に一致させても同様に脆性剥離が発生することも確認している。即ち、転動体(ボール)がフリー状態になる条件さえ整えばいくらでもベアリングは脆性剥離することを発明者は発見したのである。以上ボールベアリングを例に説明したが本メカニズムはローラーベアリングなどの転動体をもつ転がり軸受け全てに適用できることは言うまでもない。
【0045】
このメカニズムによればベアリングが脆性剥離しないためには転動体(ボール、ローラ)がフリー(自由)状態になることを防止(転がり接触点が離れるのを防止)すればよいことになる。しかしながらベルト駆動である限り全面的に前記ストレスを回避する事は不可能である。そこで逆にフリー状態を誘発させるストレス(ex、共振)があっても転動体が自由に動くスペースをなくすればいいとの結論に発明者は至ったのである(転がり方向は当然ではあるが動いても接触を保っているので支障はない)。
【0046】
これをふまえ、請求項1記載の補機用転がり軸受けは、内燃機関によりベルト駆動される補機に備えられる転がり軸受けにおいて、転がり軸受けを補機に装着した状態での転がり軸受けのラジアル方向すきま(いわゆる残留すきま)の公差幅のうち、少なくとも略半分は負の値である(言い換えれば、ラジアル方向すきまの公差幅の中点は略ゼロ以下である)。
【0047】
即ち、請求項1記載の発明では、脆性剥離の原因となる転動体が自由に動けるラジアル方向のスペースがほとんどないようにした状態で使用するので、どんなストレスが外部から印加されても転動体がフリーになる(接触が離れる)ことがないので(再び接触するときの)衝突することがなくなり、脆性剥離はしないのである。
【0048】
請求項2記載の補機用転がり軸受けは、内燃機関によりベルト駆動される補機に備えられる転がり軸受けにおいて、転がり軸受けを補機に装着した状態での転がり軸受けのラジアル方向すきま(いわゆる残留すきま)が負または公差幅で−10μm以上+10μm以下の値に入ることを特徴としている。
【0049】
即ち、請求項2記載の発明では負すきま(しめシロ)の値を最悪でも−10μmにしているので、疲労寿命は低下することが殆どなく、しかも脆性剥離しない。
【0050】
請求項3記載の補機用転がり軸受けは、転がり軸受け単体でのラジアル理論内部すきま(幾何学すきまともいう)を負すきまに設定することにより、上述のラジアル方向すきまを負または公差幅で−10μm以上+10μm以下の値に入るようにする。
【0051】
即ち、請求項3記載の発明では、軸受け自体の内部すきまを負にして(組付け後の)ラジアル方向すきまを負にしているので、補機の軸、ハウジングの寸法は通常で良いので補機の組みつけが容易になる。
【0052】
請求項4記載の補機用転がり軸受けは、転動体により支持される軸と、この軸に固定された内輪と、転動体を介して内輪と接する外輪と、これら転動体、内輪、外輪を覆うハウジングとを備えており、転がり軸受け単体でのラジアル理論内部すきま(幾何学すきま)を正すきまとし、内輪と軸、または外輪とハウジングの少なくとも一方を締りばめまたは止まりばめに設定することにより、ラジアル方向すきまを負または公差幅で−10μm以上+10μmに入るようにする。
【0053】
即ち請求項4記載の発明では、転がり軸受け自体は通常の正すきまでいいので転動体を軸受けにセットするときに通常の組み付け方を取ることができる。
【0054】
請求項5記載の補機用転がり軸受けは、転動体がボールベアリングである。
【0055】
即ち、請求項5記載の発明では、転動体は補機によく使われるボールベアリングでいいので、単体でのラジアル理論内部すきまも設定しやすくコストも安く、しかも高速回転にも耐えられる。
【0056】
請求項6記載の補機用転がり軸受けは、ベルトはVリブドベルトであり、1本のベルトで複数の補機が駆動されるサーペンタイン方式である。
【0057】
即ち、請求項6記載の発明では、ベルトの固有振動数が多数存在するサーペンタイン駆動のような複雑なストレスが多い場合でも脆性剥離することなく使用できる。
【0058】
請求項7記載の補機用転がり軸受けは、補機にはオルタネータが含まれる。
【0059】
即ち、請求項7記載の発明ではプーリ比、ロータ慣性モーメントの大きな従ってエンジンからみた慣性モーメント(=プーリ比2×ロータ慣性モーメント)が補機のなかでは一番大きく共振の振幅が大きいオルタネータでも脆性剥離することがない。
【発明を実施するための最良の形態】
【0060】
より具体的に脆性剥離のメカニズムとそれに基づいた実施例を説明する。転がり軸受けの例としてボールベアリング(ボールまたはベアリングとも呼ぶ)を用いて説明する。即ち、一番効果的に衝突するためには、当然ではあるがボール及び内輪(または外輪)が互いに半径方向から衝突すればいいので、図6に示した場合を考える。尚、図6に示した補機用の転がり軸受けは、例えばエンジン(内燃機関)によって回転駆動されるオルタネータ10(図10参照)の軸受けに用いられるものであり、転動体であるボール1に支持された回転軸4、回転軸4に固定された内輪2、ボール1を介して内輪2と接する外輪3とを有し、またボール1、内輪2、外輪3を覆うハウジング5を有している。そして、オルタネータ10は、図14に示すようにサーペンタイン方式により1本のVリブドベルトによって回転駆動されるの複数の補機の1つである。
【0061】
図6の(a)は,ボールベアリング1(ボール1ともいう)の内輪2に外輪3から白抜きの矢印で示したようにラジアル荷重とスラスト荷重が作用した状態を表しており(荷重は外輪3側からでなく内輪2から作用しても相対的には同じである)、図6(b)は図6(a)のボール1と内輪2との接触部の拡大図である。ボール1は内輪2の中心からθだけ離れた点で内輪2と接触するので、内輪2の軌道輪の底からhだけ高い位置にボールがあることになる(言うまでもないがスラスト荷重は与圧として強制的に与えられるものでなくてもラジアル荷重により軸が傾くことによるスラスト成分でもよい。要は内輪2の中心からθだけ変位するものであれば何でもいい)。
【0062】
このような接触状態の中で、今何らかの原因(たとえば図示しないエンジンからの軸方向振動)でスラスト荷重と逆の方向にスラスト荷重以上の荷重が作用したとすると、その逆方向スラスト荷重とラジアル荷重Wの影響でボール1は図6(b)の矢印のような放物線を描いて内輪2の軌道輪に衝突する。その場合逆方向スラスト荷重の条件次第では軌道輪の底に衝突する(高さhだけ移動するということ)。ボールの質量をmとすると運動方程式は
【0063】
【数3】
高さhだけ落下するとそのときの衝突速度v0は
【0064】
【数4】
例えば、サイズ6202のボールベアリングでは、ラジアル方向のすきまが10μmあったとすると最大この量hだけボールが落下するので、W=60Kg、m=0.9gの場合は数式4よりv0=3.6m/secとなる。従ってこの場合には断熱せん断条件(‘must’条件3m/sec)を満足してしまい実際に脆性剥離になる可能性がある。
【0065】
数式4は(始めにθだけ接触点がずれている場合でなくても)何らかの原因でボール1がフリーになり高さhの位置エネルギーのある状態でも適用できるのは言うまでもない。たとえば、サーペンタイン駆動などに見られるようにエンジンの減速時にベルトの張力が一瞬負になる場合がある。このときはまったくボール1に荷重が作用しなくなり、ボール1が内輪2、外輪3との接触がたたれ、減速終了時に再び荷重がボ−ル1に印荷され、ボール衝突が発生することもある。その他、衝突速度を発生する可能性は種々考えられるが、いずれにしてもその値がv0=1m/sec以上あると危険領域となることがわかったのである。
【0066】
図6ではボール1は内輪2の半径方向から正面衝突すると仮定したがこの仮定はほとんどの場合正しいのである。即ち通常、ボールは内輪2と相対すべりなしに転がっているのであるから、その接触点での回転方向の絶対速度はボール1と内輪2は全く等しいはずである。従って万一何らかのストレスによりボール1がフリー状態になった(半径方向の速度を持った)としても回転方向の速度は変わらないので、再び衝突により内輪2と接触するときもボール1と内輪2の回転方向の速度差はないので、衝突としては半径方向の正面衝突になるのである(これは外輪3との衝突でも同様である)。即ち、ボール1がフリーになると衝突により断熱せん断条件になる危険が大なのである。
【0067】
図2及び図10のオルタネータ10を例に実際の寸法の公差幅でラジアル方向のすきまを見たのが図12に示す表2である(内外輪の嵌合しろと組付け後のすきまの計算式は普通の専門書に載っているので省略する。ただし、ハウジング5はアルミである)。
【0068】
この組付け後のラジアルすきまに対応する衝突速度のグラフを図7に示した(数式4参照、W=68Kg・・・図2のベアリング荷重相当)。図7の(a)は常温、(b)は高温のときを現している。
【0069】
例えば、図7(b)ではすきま6.5±4.5μm(図では概略正規分布)に対応して衝突速度V0は1.8〜4.1(加重平均3.2)m/secになっていることがわかる。即ち高温状態では断熱せん断を起こさない‘want’条件(1m/sec)は勿論、‘must’条件(3m/sec)をも平均で越してしまう。即ちもし何らかのストレスが印加されボール1がフリー状態になったら半分以上が白層剥離を起こす危険性があるということである。常温(図7(a))でも高温ほどではないがこの傾向が見られる。
【0070】
この図からもわかるように白層剥離を避けるには(衝突速度を下げるには)、組付け後のラジアルすきまを0μm以下にすればいいのである。即ち、表2の寸法諸元のうちベアリング単体での内部すきまを11〜4μmから0〜−7μm(負すきま)にかえるだけでその他の寸法はまったく変更しなくても
・常温: 0〜−16 μm
・高温: 0〜−9 μm
になり、図7からも容易に解るように衝突速度は0であり(すきまが全くないのでどんなストレスでもボールと内輪の接触が途切れる事がないということ)脆性剥離(白層剥離)は発生しない。
【0071】
しかし、図8に示したように極端に負すきまにすると疲労寿命が大幅に低下するので注意を要する(図では−13μm以上負すきまになると疲労寿命が大幅に低下して危険であることを示す。この変局点は荷重によっても変わる。尚、図中の寿命比とは、すきま0のときの疲労寿命を1としたときの疲労寿命である)。今回の例(−16μm)では常温では注意を要するが実際にはオルタネータが発電すると温度が上昇するので安全サイドにはなる。しかし、この方法はボールを内外輪に組み込むとき負すきまだと製造が困難という欠点はあるが白層剥離には効果はあることが容易に理解できると思う。
【0072】
本発明者はこの点をさらに改良すべく検討をした結果、断熱せん断の‘want’条件を満足する事は理想ではあるが、通常ベアリングに使用されている実際の材料では実質的に問題を発生しないためには断熱せん断の‘must’条件以下の衝突速度であればいいこと、及びボールがフリーになるストレスの発生頻度、万一ボールがフリー状態になってもそのボールがラジアルすきまの最大方向と一致する確率(たとえば前記の例ではボールは8個ある。フリー状態ボールとすきまの最大方向が一致する確率は1/8である)が低いことの2つの理由から‘must’条件でも実用上問題は発生しないことに気が付いたのである。
【0073】
さらに組付け後のラジアルすきまは表2に示したように最悪の組み合わせでなく、統計学的な見地から改めて検討してみるともう少し許容範囲は広がるのである。
【0074】
即ち外輪径公差ΔD1、ハウジング径公差ΔD2、内輪径公差Δd1、回転軸径公差Δd2、ベアリング内部すきま公差ΔCとすると、
【0075】
【数5】
となる(尚、実際は締りばめと隙間ばめの違いにより単純な公差のつみあげではない。全ての嵌合部が締りばめの時は数式5になる)。
【0076】
統計学の最小2乗法では、組立公差Δは
【0077】
【数6】
ここでkは部品の重要度に応じた安全係数(通常は1.5)である。
【0078】
実際に、表2の例で計算すると(ΔD1=11、ΔD2=16、Δd1=8、Δd2=8、ΔC=7)、
数式5より 組付け公差=50μm
数式6より Δ=36μmとなる。
【0079】
即ち、単品部品公差の積み上げ(最悪)公差に対して統計上では7割(=36/50)程度の組み立て公差になる。逆に言うと実機エンジンで、表2のような最悪の組み合わせ公差でのすきまの値と‘must’条件(3m/sec)で判定する場合には、見かけ上‘must’条件が4m/secに向上したと見た方が適切かも知れない(尚、図2のようなベンチでの再現試験は強制的にストレスが常に印加されるようにセットするので、ストレス頻度の確立が100%になるので4m/secではなく、3m/secで判定したほうがよい)。
【0080】
以上述べたように、発明者は実質的な効果を得るには(組付け後の)ラジアルすきまをかならずしも公差幅全域で負にする必要がないとの結論になったのである。以下その具体的な対策例を図13の表3に示した。これは再現試験で白層剥離が発生した表2の諸元に対して(単品の公差幅は同じで)寸法を変更したものである。即ち外輪部の嵌合しろはすきまの多い方向に、内輪部の嵌合しろは締りばめ方向(実際は止まりばめになっている)に、ベアリング単品の内部すきまは(製作可能なように正すきまで)縮小した寸法にしたものである。その結果、組付け後のラジアルすきまは常温、高温共に正負同じくらいの値にすることができた。
【0081】
この表3の仕様のオルタネータの衝突速度のグラフを図9に示した図9の(a)は常温、(b)は高温のときを現している。速度分布の中央値は0になっており、バラツキからみると衝突速度の‘must’条件は勿論、‘want’条件以下に大部分が入っている事がわかる。前述の統計的な話を加味すると強制的にストレスが常に印加されるようなベンチでの再現試験(図2)でも剥離の危険性がない事が類推される。実際に表3の仕様で図2の試験を実施したが白層剥離することはなかった。
【0082】
発明者はその他の条件でも試験した結果、断熱せん断の‘want’条件(1m/sec)以下に衝突速度の平均値(組付け時のラジアルすきまの公差の中央値)が入っていれば実用上の害はないということがわかったのである。即ち、ボールベアリング1をオルタネータ10に装着した状態でのラジアル方向すきま(残留すきま)の公差幅のうちの少なくとも略半分が負(いわゆるシメシロのこと)になっておれば、実質上白層剥離することはないのである。しかも従来のように正すきまのみに比べて適度に負すきまになっているので、図8からも分かるように疲労寿命も延びるのである。さらにオルタネータのように作動時(発電時)におおおきな発熱があるような補機では常温から高温まで広範に残留すきまを確保しつつ公差幅の半分を負に設定する(表2に示したような)ことを従来はしなかったが、発明者は (発熱が多い)この欠点を逆に利用して、常温では可能な限り負のすきま近くに設定しても、高温では負すきまが減り疲労寿命の危険領域から離れるという特性を有効に利用したのである。
【0083】
しかも、そのポイントはボールベアリング単体の内部すきまを通常は4μm以上を確保するものを、0μm以上にする(オルタネータの例ではCMすきまからC1またはC2すきまに)することを思いついたのである。前記図2のサイズ以外のベアリング、他の荷重でも同様に−10μm以上+10μm以下のすきまであれば疲労寿命を確保しつつ白層剥離の発生を抑えることができる。さらにオルタネータ以外のエンジンに装着される補機の転がり軸受け全てについても適応できるのは言うまでもない。
【0084】
以上、本発明によればメカニズムが明確になったので脆性剥離しないための限界値も明確であり前もっての設計検討ができるようになったので、従来のようなやみくもに実機での試験で確認するというはなはだ非効率な方法をとらなくてもよくなり、その実験結果の判断もメカニズムと照らしてできるので間違いも少ない。さらに不必要に大きなサイズのボールベアリングにしたり、不必要に高精度とする必要もなくなるのである。即ち本発明の負すきまを利用することにより、転動体がフリー状態になっても断熱せん断変形の限界値を超えることがないので、サーペンタイン駆動のような種々のストレスがある環境で使用される転がり軸受けに白層剥離(脆性剥離)が発生することがないという優れた効果がある。
【図面の簡単な説明】
【0085】
【図1】グリース材質の影響を見た試験結果の図である。
【図2】脆性剥離を再現するための試験方法とその結果の図である。
【図3】図2の結果のより具体的な図である。
【図4】ボールと内輪の接触状態を示したイメージ図である。
【図5】本発明の結果得られた脆性剥離のメカニズムを表した図である。
【図6】脆性剥離のメカニズムを説明するための図である。
【図7】従来の寸法公差の欠点を示す図である。
【図8】残留すきまと疲労寿命との関係を表す図である。
【図9】本発明になる効果を説明した図である。
【図10】本発明の転がり軸受けを備えたオルタネータの図である。
【図11】実験に使用したグリースの一覧を示す表1である。
【図12】転がり軸受けのラジアル方向すきまの例を示す表2である。
【図13】本発明に基づき具体的な対策を行ったラジアル方向すきまの例を示す表3である。
【図14】サーペンタイン方式によりエンジンが複数の補機(オルタネータを含む)を回転駆動する状態を示す図である。
【符号の説明】
【0086】
1 ボール
2 内輪
3 外輪
4 回転軸
5 ハウジング
10 オルタネータ
20 Vリブドベルト
【特許請求の範囲】
【請求項1】
内燃機関によりベルト駆動される補機に備えられる転がり軸受けにおいて、
前記転がり軸受けを前記補機に装着した状態において、前記転がり軸受けのラジアル方向すきまの公差幅の少なくとも略半分が負であることを特徴とする補機用転がり軸受け。
【請求項2】
内燃機関によりベルト駆動される補機に備えられる転がり軸受けにおいて、
前記転がり軸受けを前記補機に装着した状態において、前記転がり軸受けのラジアル方向すきまが負または公差幅で−10μm以上+10μm以下の値に入ることを特徴とする補機用転がり軸受け。
【請求項3】
請求項1または請求項2記載の転がり軸受けにおいて、
前記転がり軸受け単体でのラジアル理論内部すきまを負すきまに設定することにより、前記転がり軸受けを前記補機に装着した状態における前記ラジアル方向すきまを負または公差幅で−10μm以上+10μm以下の値に入るようにすることを特徴とする補機用転がり軸受け。
【請求項4】
請求項1または請求項2記載の転がり軸受けにおいて、
前記転がり軸受けは、転動体により支持される軸と、前記軸に固定された内輪と、転動体を介して前記内輪と接する外輪と、これら転動体、内輪及び外輪を覆うハウジングを備えており、
前記転がり軸受け単体でのラジアル理論内部すきまを正すきまとし、前記内輪と前記軸、または前記外輪と前記ハウジングの少なくとも一方を締りばめまたは止まりばめに設定することにより、前記転がり軸受けを前記補機に装着した状態における前記ラジアル方向すきまを負または公差幅で−10μm以上+10μm以下の値に入るようにすることを特徴とする補機用転がり軸受け。
【請求項5】
請求項3または請求項4に記載の転がり軸受けにおいて、
前記転がり軸受けの転動体は、ボールベアリングであることを特徴とする補機用転がり軸受け。
【請求項6】
請求項5に記載の転がり軸受けにおいて、
前記ベルトは、Vリブドベルトであり、1本のベルトによって複数の補機が駆動されるサーペンタイン方式であることを特徴とする補機用転がり軸受け。
【請求項7】
請求項6に記載の転がり軸受けにおいて、
前記補機にはオルタネータが含まれることを特徴とする補機用転がり軸受け。
【請求項1】
内燃機関によりベルト駆動される補機に備えられる転がり軸受けにおいて、
前記転がり軸受けを前記補機に装着した状態において、前記転がり軸受けのラジアル方向すきまの公差幅の少なくとも略半分が負であることを特徴とする補機用転がり軸受け。
【請求項2】
内燃機関によりベルト駆動される補機に備えられる転がり軸受けにおいて、
前記転がり軸受けを前記補機に装着した状態において、前記転がり軸受けのラジアル方向すきまが負または公差幅で−10μm以上+10μm以下の値に入ることを特徴とする補機用転がり軸受け。
【請求項3】
請求項1または請求項2記載の転がり軸受けにおいて、
前記転がり軸受け単体でのラジアル理論内部すきまを負すきまに設定することにより、前記転がり軸受けを前記補機に装着した状態における前記ラジアル方向すきまを負または公差幅で−10μm以上+10μm以下の値に入るようにすることを特徴とする補機用転がり軸受け。
【請求項4】
請求項1または請求項2記載の転がり軸受けにおいて、
前記転がり軸受けは、転動体により支持される軸と、前記軸に固定された内輪と、転動体を介して前記内輪と接する外輪と、これら転動体、内輪及び外輪を覆うハウジングを備えており、
前記転がり軸受け単体でのラジアル理論内部すきまを正すきまとし、前記内輪と前記軸、または前記外輪と前記ハウジングの少なくとも一方を締りばめまたは止まりばめに設定することにより、前記転がり軸受けを前記補機に装着した状態における前記ラジアル方向すきまを負または公差幅で−10μm以上+10μm以下の値に入るようにすることを特徴とする補機用転がり軸受け。
【請求項5】
請求項3または請求項4に記載の転がり軸受けにおいて、
前記転がり軸受けの転動体は、ボールベアリングであることを特徴とする補機用転がり軸受け。
【請求項6】
請求項5に記載の転がり軸受けにおいて、
前記ベルトは、Vリブドベルトであり、1本のベルトによって複数の補機が駆動されるサーペンタイン方式であることを特徴とする補機用転がり軸受け。
【請求項7】
請求項6に記載の転がり軸受けにおいて、
前記補機にはオルタネータが含まれることを特徴とする補機用転がり軸受け。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【公開番号】特開2006−300097(P2006−300097A)
【公開日】平成18年11月2日(2006.11.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−118391(P2005−118391)
【出願日】平成17年4月15日(2005.4.15)
【出願人】(000004260)株式会社デンソー (27,639)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成18年11月2日(2006.11.2)
【国際特許分類】
【出願日】平成17年4月15日(2005.4.15)
【出願人】(000004260)株式会社デンソー (27,639)
【Fターム(参考)】
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