説明

分岐型生分解性ポリエステル及びその製造方法

【課題】本発明は、ポリ乳酸の問題点である硬くて脆いという性質を改善した、安全で、しかも安定的供給が可能な生分解性材料を提供する。本発明はまた、前述した生分解性材料を含む組織再生用足場材料などの医療用素材を提供する。
【解決手段】ポリグリセリンを主鎖として有し、該ポリグリセリンの水酸基を介して側鎖としてポリエステル鎖を有する分岐型生分解性ポリエステル、具体的には、一般式
(A):


(式中、Rは独立して水素原子又はポリエステル鎖を示し、Rの50%以上はポリエステル鎖であり、nは2〜20を示す。)
で表される分岐型生分解性ポリエステルに関する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、生体適合性に優れ、高い柔軟性を示す新規な分岐型生分解性ポリエステル及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
医療技術の革新や多様化に伴って、医療分野における生分解性高分子の重要性はますます高まってきており、分解制御型のドラッグデリバリーデバイスや縫合糸、骨固定材、体内での止血・接着剤、癒着防止膜など、役割を果たした後に生体内で無毒な成分に分解し、代謝・吸収される生体内分解吸収性高分子が望まれる用途が増加している。中でも、近年特に注目を集めているのが組織工学(再生医学)用の材料である。組織工学の一つの手法であるGTR(guided tissue regeneration)法では、生分解性材料を足場として細胞を培養し、細胞の増殖・組織形成に伴い、足場を提供していた分解性高分子が消失し、正常組織へと置換されることを目指している。
【0003】
これまでに医療用材料としてコラーゲンやゼラチン、フィブリンなど、生体由来の物質が多く使用されてきたが、近年ウシ海綿状脳症(BSE)やクロイツフェルトヤコブ病、エイズや肝炎などの感染症の問題が発生し、天然由来物が必ずしも安全ではないことが明らかとなってきている。医療用材料を提供するメーカーでは、原料によるばらつきがなく品質の管理が容易で、生体由来の危険因子を含まない材料として、合成高分子が理想的であるとする声も高い。これまで医療用材料として最も頻繁に研究・使用されてきた生分解性合成高分子は、ポリ−L−乳酸(PLLA)、ポリ−D−乳酸(PDLA)、ポリ−DL−乳酸(PDLLA)とその共重合体であるポリ乳酸系高分子である。
【0004】
ポリ乳酸は、その構成成分である乳酸が体内代謝物質であり、安全性に優れ、生体適合性も比較的高く、高結晶性で力学的強度を高く設定できることから、早くから生分解性医用材料としての利用が検討されてきた。最も一般的なポリ乳酸であるPLLAは、L−LAの開環重合あるいはL−乳酸の直接縮合によって合成され、結晶性が高く高強度が得られることから、骨支持プレートや骨固定ねじとして実用化されている。しかし、PLLAは高い結晶性を有するがゆえに、使用目的によっては分解速度が遅すぎることや、固く柔軟性に欠けるために軟組織に対する適合性が乏しいといった問題点も有している。
【0005】
これまでに、グリコール酸のダイマー(グリコリド)やエナンチオマーであるD−LA、ε-カプロラクトン等の他の脂肪族ラクトン類など、種々の環状モノマーとの共重合によって結晶性を低下あるいは消失させ、その力学的強度や生分解速度などを制御する試みが数多くなされてきたが、軟組織に適合できるほどの柔軟性は獲得できておらず、反応性官能基を持たないので化学修飾が困難であるという問題は未解決であった。つまり、限定された用途には適合しているものの、生分解性が要求される材料の全域をカバーするほどの広い物性レンジを持つ材料のバリエーションを提供できるには至っていない。
【0006】
従って、PLLAやその共重合体などのポリ乳酸系高分子の優れた特性を維持あるいは向上させながら、これらの問題点を解決し、化学修飾による用途の拡張と物性の制御が可能となれば、ポリ乳酸系材料の応用範囲の拡大が見込まれ、次世代の分解性バイオマテリアル設計においてこれまで以上に重要な素材になると考えられる。
【0007】
これまで、官能基を有する環状コモノマーとのランダムおよびブロック共重合や、ヒドロキシル基を有する機能分子を開始種として用いた重合反応、グラフト重合といった高分子合成の手法を活用して、様々な分子形態(ランダム、ブロック、グラフト、分岐構造)および化学的性質(反応性官能基、親疎水性)を有する乳酸共重合体の合成がなされている。
【0008】
このように、様々な様態の埋込材料が開発されてきているが、その必要条件として、生体適合性を有し、必要に応じた生分解挙動の制御が可能であるなど、処置する部位に適合した材料開発が必要とされている。例えば、手術用の縫合糸は、体内での毒性がないこと、適度な平滑性を有すること及び結節強力が高いことなどが求められている。これらの性質を付与するために、例えばラクチド又はグリコリドの単独重合体又は共重合体等の生体吸収性ポリマーからなる縫合糸をポリカプロラクトン、エチレンオキシド重合体などのフィルム形成性重合体からなる組成物等で被覆した縫合糸が提案されている(特許文献1及び2)。しかしながら、これらのポリマーは反応性の官能基を持たないため、化学修飾によるポリマー機能の改質が困難であるといった問題点もあった。
【0009】
また、非特許文献1には、主鎖としてポリグリシドールを用いた櫛型ポリ乳酸が提案されている。これは、ポリ乳酸セグメントがPLLAのみで構成された高分子であり、従来のPLLAが示す高い結晶性に起因した分解性制御の困難さと低い柔軟性・伸縮性を克服する分岐構造を有する高分子である。その結果、直鎖型のPLLAに比べて結晶性とガラス転移温度が効果的に低下し、柔軟で粘り強い力学特性を示すことが報告されている。
【0010】
従来のPLLAは剛直な材料であるため、細胞のスキャッホールド(足場材料)など軟組織に適合させる材料としては機能せず、さらにはある程度の延性を必要とするアプリケーションには不適であるなどの問題点があった。上記、櫛型PLLAでは、分岐構造化により結晶性を低下させることができるだけでなく、ポリ乳酸鎖部分が光学異性体である共重合どうしのブレンドによって、ステレオコンプレックスを形成させることにより、高い引っ張り伸びを維持したまま破断強度を向上することができるという改善点があった。
【0011】
しかし、上記櫛型ポリ乳酸は主鎖としてポリグリシドールを使用しているが、ポリグリシドールは市販されておらず、分解後体外排泄が可能な分子量(約20,000以下)のポリグリシドールを合成することも容易ではないことからその作製上安定的な供給が難しいといった問題点があった。
【特許文献1】特公平2−12106号公報
【特許文献2】特公平5−53137号公報
【非特許文献1】Ouchi T,Ichimura S,Ohya Y:Polymer 2006,47:429−434.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
本発明は、ポリ乳酸及びそれと類似した構造のポリエステル類の問題点である柔軟性に乏しいという性質を改善した、安全で、しかも安定的供給が可能な生分解性材料を提供することを目的とする。本発明はまた、前述した生分解性材料を含む組織再生用足場材料などの医療用素材を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者は、上記課題を解決すべく鋭意研究を行った結果、ポリグリセリンを主鎖として用い、この複数の水酸基にポリエステル鎖を伸張して得られる化合物(以下「分岐型ポリエステル」ともいう)が、生分解性を保持しつつ、ポリ乳酸およびそれと類似した構造のポリエステル類の問題点である柔軟性に乏しいという性質が改善され充分な柔軟性を有することを見いだした。また、この化合物は、食品添加物として実績のあるポリグリセリンを主鎖として用いているため、安全で安定的に供給できることも見いだした。かかる知見に基づき、さらに研究を重ねた結果、本発明を完成するに至った。
【0014】
即ち、本発明は、以下の分岐型生分解性ポリエステル及びその製造方法を提供する。
【0015】
項1. ポリグリセリンを主鎖として有し、該ポリグリセリンの水酸基を介して側鎖としてポリエステル鎖を有する分岐型生分解性ポリエステル。
【0016】
項2. 一般式(A):
【0017】
【化1】

【0018】
(式中、Rは独立して水素原子又はポリエステル鎖を示し、Rの50%以上がポリエステル鎖であり、nは2〜20を示す。)
で表される項1に記載の分岐型生分解性ポリエステル。
【0019】
項3. 前記一般式(A)におけるRで示されるポリエステル鎖が、脂肪族ポリエステル鎖である項2に記載の分岐型生分解性ポリエステル。
【0020】
項4. 前記一般式(A)におけるRで示されるポリエステル鎖が、ヒドロキシ酸の重合体からなるポリエステル鎖である項2に記載の分岐型生分解性ポリエステル。
【0021】
項5. 前記一般式(A)におけるRで示されるポリエステル鎖が、ポリ−L−乳酸、ポリ−D−乳酸、ポリ−DL−乳酸、ポリグリコール酸、ポリカプロラクトン、及びそれらの共重合体からなる群より選ばれる少なくとも1種である項2に記載の分岐型生分解性ポリエステル。
【0022】
項6. 前記一般式(A)におけるRで示されるポリエステル鎖が、一般式(B):
【0023】
【化2】

【0024】
(式中、Rは水素原子又はメチル基を示し、mは1〜500を示す。)
で表される項2に記載の分岐型生分解性ポリエステル。
【0025】
項7. 前記一般式(A)において、nが5〜20であり、mが20〜200である項6に記載の分岐型生分解性ポリエステル。
【0026】
項8. 数平均分子量(Mn)が300〜1,500,000である項1〜7のいずれかに記載の分岐型生分解性ポリエステル。
【0027】
項9. 数平均分子量に対する重量平均分子量の比(Mw/Mn)が1.05〜3.00である項1〜8のいずれかに記載の分岐型生分解性ポリエステル。
【0028】
項10. ガラス転移温度が−60〜55℃である項1〜9のいずれかに記載の分岐型生分解性ポリエステル。
【0029】
項11. 融点が50〜240℃である項1〜10のいずれかに記載の分岐型生分解性ポリエステル。
【0030】
項12. pH=7.4のリン酸緩衝生理食塩水(37℃)に28日間浸漬した場合、数平均分子量の減少率が30%以下であることを特徴とする項1〜11のいずれかに記載の分岐型生分解性ポリエステル。
【0031】
項13. 前記分岐型生分解性ポリエステルを厚さ約100μm、幅5.0mmダンベル型のフィルムとし、これを引っ張り試験したときの破断強度が0.1〜20MPa、ヤング率が0.1〜20MPa、破断時ひずみが50〜1,000%であることを特徴とする項1〜12のいずれかに記載の分岐型生分解性ポリエステル。
【0032】
項14. 一般式(A):
【0033】
【化3】

【0034】
(式中、Rは独立して水素原子又は一般式(B):
【0035】
【化4】

【0036】
(式中、Rは水素原子又はメチル基を示し、mは1〜500を示す。)で示されるポリエステル鎖を示し、Rの50%以上は該ポリエステル鎖であり、nは2〜20を示す。)
で表される分岐型生分解性ポリエステルの製造方法であって、一般式(C):
【0037】
【化5】

【0038】
(式中、nは前記に同じ。)
で表されるポリグリセリンに、一般式(D):
【0039】
【化6】

【0040】
(式中、Rは前記に同じ。)
で表される化合物を重合反応させることを特徴とする製造方法。
【0041】
項15. 項1〜13のいずれかに記載の分岐型生分解性ポリエステルを含む医療用材料。
【0042】
なお、本発明においてマクロイニシエーターとは、いわゆるマルチファンクショナル・イニシエーター(多官能性開始剤)と同義であり、当業者に容易に理解できる用語である。具体的には、一分子中に重合開始点となる官能基を多数有する分子を意味し、本発明では重合開始点となる水酸基を多数有するポリグリセリンがこれに相当する。また、本発明の分岐型生分解性ポリエステルでは、マクロイニシエーターであるポリグリセリンが主鎖を構成し、複数の水酸基に結合するポリエステル鎖が側鎖を構成する。
【発明の効果】
【0043】
本発明の分岐型生分解性ポリエステルは、ポリグリセリンを主鎖(マクロイニシエーター)として、これにポリエステル鎖(特に、ポリ乳酸鎖)を伸張させることによって得られる。これにより、従来の非晶性ポリ-DL-乳酸よりもさらにガラス転移温度とヤング率,破断強度を低下させことができ、ポリ乳酸自体が有する硬くて脆いという性質を大幅に改善することができる。さらに、入手が容易で、体外排泄が容易な適切な分子量を有し、安全性の高いポリグリセリンをマクロイニシエーターとすることによって、安全で安定的な材料の供給が可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0044】
本発明の分岐型生分解性ポリエステルは、ポリグリセリンを主鎖として有し、該ポリグリセリンの複数の水酸基を介してポリエステル鎖を側鎖として有している。つまり、ポリグリセリンをマクロイニシエーターとして、その水酸基の全部又は一部においてエステル結合を介してポリエステル鎖が連結した化合物である。
【0045】
本発明の分岐型生分解性ポリエステルの典型例として、例えば一般式(A):
【0046】
【化7】

【0047】
(式中、Rは独立して水素原子又はポリエステル鎖を示し、Rの50%以上はポリエステル鎖であり、nは2〜20を示す。)
で表される化合物が挙げられる。
【0048】
一般式(A)において、ポリグリセリンの重合度nは、2〜20が好ましく、5〜20がより好ましく、5〜10が最も好ましい。
【0049】
Rで示されるポリエステル鎖としては、好ましくは脂肪族ポリエステル鎖であり、より好ましくはヒドロキシ酸を重合してなるポリエステル鎖である。
【0050】
ヒドロキシ酸の重合体からなるポリエステル鎖のヒドロキシ酸としては、例えば、(D−、L−、又はDL−)乳酸、グリコール酸、カプロラクトン等が挙げられ、好ましくはグリコール酸、(D−、L−、又はDL−)乳酸等のα−ヒドロキシカルボン酸である。ヒドロキシ酸を重合してなるポリエステル鎖としては、ポリ−L−乳酸、ポリ−D−乳酸、ポリ−DL−乳酸、ポリグリコール酸、ポリカプロラクトン、及びそれらの共重合体からなるポリエステル鎖が例示される。つまり、これらのヒドロキシ酸うち一種からなるホモポリマーであっても、二種以上からなるコポリマーであっても良い。
【0051】
上記したように、一般式(A)で表される化合物において、全てのRのうちポリエステル鎖の割合が50%以上、好ましくは70%以上、より好ましくは90%以上、特に好ましくは100%である。例えば、マクロイニシエーターであるポリグリセリンがジグリセリン(n=2)の場合は、4個の水酸基のうち2個以上がポリエステル鎖を有していることが好ましく、トリグリセリン(n=3)の場合は、5個の水酸基のうち3個以上がポリエステル鎖を有していることが好ましい。
【0052】
ポリエステル鎖として、ヒドロキシ酸を重合してなるポリエステル鎖が好適である。より具体的には、一般式(B):
【0053】
【化8】

【0054】
(式中、Rは水素原子又はメチル基を示し、mは1〜500を示す。)
で表されるものが好ましい。
【0055】
一般式(B)において、Rは水素原子又はメチル基のいずれでもよいが、好ましくはメチル基である。重合度mは、1〜500が好ましく、20〜200がより好ましく、50〜100が最も好ましい。
【0056】
ポリエステル鎖として、特に好適にはポリ乳酸である。乳酸には光学異性体として、L−乳酸とD−乳酸が存在し、本発明で用いるポリ乳酸は、それぞれ単独からなるポリL−乳酸、ポリD−乳酸、D−乳酸とL−乳酸の共重合体が挙げられる。D−乳酸とL−乳酸の共重合体の場合、それらの共重合比は特に限定はない。本発明で用いるポリ乳酸の好ましい形態は、ポリエステル鎖の柔軟性の観点から、D−乳酸とL−乳酸の共重合体、特にD−乳酸とL−乳酸が等しい共重合比であるD,L−ポリ乳酸である。
【0057】
本発明の分岐型生分解性ポリエステルの数平均分子量(Mn)は、例えば300〜1,500,000であり、15,000〜600,000が好ましく、30,000〜150,000が最も好ましい。
【0058】
分岐型生分解性ポリエステルの分子量分布、即ち、数平均分子量に対する重量平均分子量の比(Mw/Mn)は、例えば1.05〜3.00であり、1.05〜2.50が好ましく、1.05〜2.00が最も好ましい。数平均分子量及び重量平均分子量は、例えばGPC(eluent:DMF、standard : poly(ethylene glycol))等の公知の方法を用いて測定できる。
【0059】
分岐型生分解性ポリエステルのガラス転移温度は、例えば、−60〜55℃であり、−20℃〜40℃が好ましく、−20℃〜30℃が最も好ましい。なお、分岐型生分解性ポリエステルが融点を有する場合には50〜240℃程度、さらに50〜175℃程度を示すこと好ましいが、特に非晶性ポリマーとなり融点を示さないことが最も好ましい。
【0060】
本発明の分岐型生分解性ポリエステルは、pH=7.4のリン酸緩衝生理食塩水(37℃)に28日間浸漬した場合、数平均分子量の減少率が30%以下、好ましくは5〜20%、より好ましくは5〜10%である。
【0061】
本発明の分岐型生分解性ポリエステルは、厚さ約100μm、幅5.0mmダンベル型のフィルムとし、これを引っ張り試験したときの破断強度が0.1〜20MPa、さらに0.1〜1MPaであり、ヤング率が0.1〜20MPa、さらに0.1〜10MPaであり、破断時ひずみが50〜1,000%、さらに500〜1,000%である。
【0062】
本発明の分岐型生分解性ポリエステルはポリグリセリンをマクロイニシエーターとして用い、該ポリグリセリンの水酸基の全部又は一部にポリエステル鎖を構成するモノマーを反応させてポリエステル鎖を伸張させることにより製造することができる。
【0063】
ポリエステル鎖の具体例として、一般式(C):
【0064】
【化9】

【0065】
(式中、nは前記に同じ。)
で表されるポリグリセリンに対し、一般式(D):
【0066】
【化10】

【0067】
(式中、Rは前記に同じ。)
で表される化合物を重合反応させることにより、一般式(A):
【0068】
【化11】

【0069】
(式中、Rは独立して水素原子又は一般式(B):
【0070】
【化12】

【0071】
(式中、R及びmは前記に同じ。)で示されるポリエステル鎖を示し、Rの50%以上は該ポリエステル鎖であり、nは前記に同じ。)
で表される分岐型生分解性ポリエステルを製造することができる。
【0072】
本発明では、一般式(C)で表されるポリグリセリンに対し、触媒の存在下、一般式(D)で表される化合物を重合させることにより、一般式(A)で表される化合物を製造することができる。
【0073】
一般式(D)で表される化合物は、グリコール酸の環状二量体、乳酸の環状二量体(例えば、D−ラクチド(D−LA)、L−ラクチド(L−LA)、DL−ラクチド(DL−LA)、又はそれらの混合物)などが挙げられるが、好ましくはD−LAとL−LAの等量混合物である。一般式(D)で表される化合物の使用量は、一般式(C)で表されるポリグリセリン中の水酸基1モルに対し、10〜100モル、好ましくは20〜50モルである。通常、上記の使用量であれば、ほぼすべてのポリグリセリンの水酸基の水素がポリエステル鎖に置換される。なお、本発明の効果が発揮される範囲でポリグリセリンの水酸基が一部残っていても良い。具体的には、Rの50%以上がポリエステル鎖となるようにすれば良い。
【0074】
触媒としては、例えば、2−エチルヘキサン酸スズ(II)、カリウム/ナフタレン等が例示され、その使用量は、一般式(C)で表されるポリグリセリン中の水酸基1モルに対し、0.01〜0.1モル、好ましくは0.02〜0.05モルである。
【0075】
反応は、一般式(C)で表されるポリグリセリン、一般式(D)で表される化合物及び触媒を、不活性ガス雰囲気(例えば、アルゴン等)下、重合(バルク重合等)させて行う。一般式(D)で表される化合物及び一般式(C)で表される化合物をともに融解させて反応させることが好適である。反応温度および反応時間は、例えば120〜180℃(好ましくは125〜160℃)で2分〜24時間程度反応させればよい。反応後は、反応物を可溶性の溶媒に溶解させて、これに貧溶媒を加えて目的物を析出させる等の方法を用いて目的物を得ることができる。
【0076】
本発明の分岐型生分解性ポリエステルは、生分解性および柔軟性を有しており、分岐度を制御することで生分解速度の調節ができる。また、本発明の分岐型生分解性ポリエステルは、生分解性、伸縮性、柔軟性および弾性を有している。
【0077】
本発明によって得られる素材は、フィルム状、糸状、スポンジ状に成型加工でき、柔軟性や弾性を有する生分解性材料の開発が可能となる。これらは例えば、医療材料および医療製品、電化製品、家具に代表される一般的な造形物、プラスチックボトル、惣菜用容器に代表される一般的な飲食業界に関わる容器などとして応用できる。
【0078】
本発明の素材は、医療用素材(材料)として好適に用いることができる。例えば、軟組織や、血管や筋肉(心筋、骨格筋、平滑筋等)などの弾性が要求される組織に対して高い力学的適合性を示すため、このような組織の再生に用いる生体内留置物として有用である。例えば、生分解性埋込材料、組織再生用足場材料、可動部位周辺の創傷被覆等が挙げられる。
【実施例】
【0079】
以下、本発明を実施例により更に具体的に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
[実施例1]
分岐型ポリ−DL−乳酸の合成
20mg(40.0μmol)のポリグリセリン500(阪本薬品製)を溶解させたメタノール溶液を重合管に加え、それをバキュームラインに連結してメタノールをエバポレートした。そこに1,150mg(7.9mmol)のD−LAと1,150mg(7.9mmol)のL−LAを加え、再度バキュームラインに連結した後に5時間凍結乾燥を行い、さらに一晩減圧乾燥を行った。乾燥後、重合管をバキュームラインより取り外し、グローブボックス内(窒素雰囲気下)でTHFに溶解した6.48mg(15.9μmol)の2−エチルヘキサン酸スズ(II)を重合管に加えた。この重合管をバキュームラインに連結し、液体窒素により固化させた後に、脱気とアルゴン置換を一セットとし、これを三セット繰り返した。一晩減圧乾燥させた後に重合管の封管を行い、160℃のオイルバス中でD−LAとL−LAを融解させた後、130℃で24時間反応させた(図1)。クロロホルムに溶解した反応物をジエチルエーテル中に滴下し、生じた沈殿物を回収した。得られた白色沈殿物を減圧乾燥し、目的物である分岐型ポリ−DL−乳酸(PDLLA)を得た。収量は2,080mg、収率は89.4%であった。
【0080】
DMSO-dを溶媒に用いて得られた分岐型PDLLAのH NMR(JEOL製GSX−400)スペクトルを測定したところ、図2の結果となった。H NMR(DMSO−d)、δ(ppm); 1.27 (3H,CH(C)OH)、1.33−1.48(3H, CHC)、4.12−4.23(1H,C(CH)OH)、5.07−5.21(1H,CCH)。
[比較例1]
直鎖型ポリ−DL−乳酸の合成
ポリグリセリンの代わりに一分子中に一個の水酸基を持つラウリルアルコールを開始剤として用いた以外は実施例1と同様な条件で重合反応を行い、直鎖型ポリ−DL−乳酸(PDLLA)を得た。精製も同様な方法で行なった。
[試験例2]
分子量測定
実施例1の分岐型PDLLAおよび比較例1の直鎖型PDLLAの数平均分子量(Mn)と分子量分布(Mw/Mn)をサイズ排除クロマトグラフィー(TOSOH製、Tosoh GPC−8020 series system、eluent: THF、standard:PS)により測定した。ポリマー3mgをDMF 0.5mlに溶かし、これを0.2μm孔のフィルターに通すことでゴミ等の固体を除去し、その後装置にシリンジを用いて打ち込んだ。分岐型PDLLAでは、Mn=62,700、Mw/Mn=1.5、分岐型PDLLAではMn=69,700、Mw/Mn=1.9であった(表1)。
【0081】
得られたポリマーからクロロホルムを溶媒に用いたキャストフィルムを調製し、以下の物性評価に用いた。6mlのクロロホルムに溶解した360mgの分岐型PDLLAおよび360mgの直鎖型PDLLA(ともにポリマー濃度4wt%) をテフロン(登録商標)シャーレ(Φ=50)にキャストし、室温・常圧下で12時間そして室温・減圧下で24時間乾燥を行なった。得られた分岐型PDLLAフィルムおよび直鎖型PDLLAフィルムの厚さはともに約100μmで、無色透明であった。
【0082】
【表1】

【0083】
[試験例2]
熱量分析
実施例1の分岐型PDLLAフィルムおよび比較例1の直鎖型PDLLAフィルムの熱分析を次のようにして行った。ポリマー5mgを秤量してアルミパンに入れ、これを示差走査熱量装置(DSC)に設置して測定を行った。測定温度範囲−100〜200℃、昇温速度10℃/min、冷却は液体窒素を用いた。
【0084】
その結果、直鎖型PDLLAフィルムおよび分岐型PDLLAフィルムのガラス転移温度はそれぞれ28.5℃と17.5℃であり、分岐構造化によりガラス転移温度が効果的に低下することが示された(表1)。また、分岐型PDLLAおよび直鎖型PDLLAともにポリ乳酸由来の融点ピークは検出されず、非晶性であることが示された。
[試験例3]
力学物性解析(引っ張り試験)
分岐構造化に伴うフィルムの力学特性変化を解析するため、実施例1の分岐型PDLLAフィルムおよび比較例1の直鎖型PDLLAフィルムの引っ張り試験を次のようにして行った。調製した各フィルムをダンベル型に切り抜き、1mm/minで引っ張り試験を行った。各サンプルにつき4回測定し、それらの平均的な応力−歪み曲線を図3に示す。
【0085】
直鎖型PDLLAフィルムのヤング率は63.5MPa、最大応力は3.43MPa、最大伸びは15%であった。一方、分岐型PDLLAのヤング率は49.0MPa、最大応力は0.93MPa、最大伸びは610%であり、分岐構造によってフィルムを延伸するために必要な応力は大きく低下し、柔らかさと粘り強さを兼ね備えた素材であることが示された。
[試験例4]
加水分解試験(in vitro)
分岐構造化に伴うフィルムの分解特性変化を解析するため、実施例1の分岐型PDLLAフィルムおよび比較例1の直鎖型PDLLAフィルムの加水分解試験を次のようにして行った。
【0086】
各フィルムを37℃でリン酸緩衝生理食塩水(pH=7.4)に一定期間浸漬させた後の重量減少率と数平均分子量の減少率を調べた。それらの結果を図4に示す。所定時間浸漬した後にフィルムを取り出し、超純水で洗浄して凍結乾燥を行い、その後フィルムの重量を測定し重量減少率を算出した。
【0087】
なお、t(日)後の重量減少率は下記式(1)、t(日)後の分子量減少率は下記式(2)から導かれる。
【0088】
重量減少率(wt%)=[(W−W)/W0]×10 (1)
(W0は初期重量(g)、Wはt(日)後の重量(g)を示す。)
分子量減少率(%)=[(Mn0−Mnt)/Mn0]×100 (2)
(Mn0は初期分子量(g/mol)、Mntはt(日)後の分子量(g/mol)を示す。)
また凍結乾燥後のフィルムをTHFに溶解し、GPC(Eluent:THF)測定により分子量減少率を算出した。分岐型PDLLAフィルムの重量減少率は対応する直鎖型PDLLAフィルムとほぼ同等であった。一方、分岐型PDLLAの分子量減少率は、直鎖型PDLLAよりも遅く、分岐型PDLLAフィルムは分解に伴う力学物性の低下がより長期間抑制されることが示唆された。
【図面の簡単な説明】
【0089】
【図1】実施例1で示す分岐型PDLLAの合成方法を示す。
【図2】実施例1で得られた分岐型PDLLAのH NMR(溶媒:DMSO−d)のチャート及び代表的なプロトンの帰属を示す。
【図3】実施例1の分岐型PDLLAフィルム(A)および比較例1の直鎖型PDLLAフィルム(B)の引っ張り試験の結果を示す。
【図4】37℃(in vitro)でのリン酸緩衝生理食塩水(pH=7.4)における、実施例1の分岐型PDLLAフィルム(◆)および比較例1の直鎖型PDLLAフィルム(▲)の重量減少率(A)と分子量減少率(B)の結果を示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ポリグリセリンを主鎖として有し、該ポリグリセリンの水酸基を介して側鎖としてポリエステル鎖を有する分岐型生分解性ポリエステル。
【請求項2】
一般式(A):
【化1】

(式中、Rは独立して水素原子又はポリエステル鎖を示し、Rの50%以上がポリエステル鎖であり、nは2〜20を示す。)
で表される請求項1に記載の分岐型生分解性ポリエステル。
【請求項3】
前記一般式(A)におけるRで示されるポリエステル鎖が、脂肪族ポリエステル鎖である請求項2に記載の分岐型生分解性ポリエステル。
【請求項4】
前記一般式(A)におけるRで示されるポリエステル鎖が、ヒドロキシ酸の重合体からなるポリエステル鎖である請求項2に記載の分岐型生分解性ポリエステル。
【請求項5】
前記一般式(A)におけるRで示されるポリエステル鎖が、ポリ−L−乳酸、ポリ−D−乳酸、ポリ−DL−乳酸、ポリグリコール酸、ポリカプロラクトン、及びそれらの共重合体からなる群より選ばれる少なくとも1種である請求項2に記載の分岐型生分解性ポリエステル。
【請求項6】
前記一般式(A)におけるRで示されるポリエステル鎖が、一般式(B):
【化2】

(式中、Rは水素原子又はメチル基を示し、mは1〜500を示す。)
で表される請求項2に記載の分岐型生分解性ポリエステル。
【請求項7】
前記一般式(A)において、nが5〜20であり、mが20〜200である請求項6に記載の分岐型生分解性ポリエステル。
【請求項8】
数平均分子量(Mn)が300〜1,500,000である請求項1〜7のいずれかに記載の分岐型生分解性ポリエステル。
【請求項9】
数平均分子量に対する重量平均分子量の比(Mw/Mn)が1.05〜3.00である請求項1〜8のいずれかに記載の分岐型生分解性ポリエステル。
【請求項10】
ガラス転移温度が−60〜55℃である請求項1〜9のいずれかに記載の分岐型生分解性ポリエステル。
【請求項11】
融点が50〜240℃である請求項1〜10のいずれかに記載の分岐型生分解性ポリエステル。
【請求項12】
pH=7.4のリン酸緩衝生理食塩水(37℃)に28日間浸漬した場合、数平均分子量の減少率が30%以下であることを特徴とする請求項1〜11のいずれかに記載の分岐型生分解性ポリエステル。
【請求項13】
前記分岐型生分解性ポリエステルを厚さ約100μm、幅5.0mmダンベル型のフィルムとし、これ
を引っ張り試験したときの破断強度が0.1〜20MPa、ヤング率が0.1〜20MPa、破断時ひずみが50〜1,000%であることを特徴とする請求項1〜12のいずれかに記載の分岐型生分解性ポリエステル。
【請求項14】
一般式(A):
【化3】

(式中、Rは独立して水素原子又は一般式(B):
【化4】

(式中、Rは水素原子又はメチル基を示し、mは1〜500を示す。)で示されるポリエステル鎖を示し、Rの50%以上は該ポリエステル鎖であり、nは2〜20を示す。)
で表される分岐型生分解性ポリエステルの製造方法であって、一般式(C):
【化5】

(式中、nは前記に同じ。)
で表されるポリグリセリンに、一般式(D):
【化6】

(式中、Rは前記に同じ。)
で表される化合物を重合反応させることを特徴とする製造方法。
【請求項15】
請求項1〜13のいずれかに記載の分岐型生分解性ポリエステルを含む医療用材料。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2008−222768(P2008−222768A)
【公開日】平成20年9月25日(2008.9.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−59906(P2007−59906)
【出願日】平成19年3月9日(2007.3.9)
【出願人】(399030060)学校法人 関西大学 (208)
【出願人】(000109543)テルモ株式会社 (2,232)
【Fターム(参考)】