説明

列車制御装置

【課題】車両特性モデルを使用して列車の定位置停止制御を行う場合、車両特性モデルを実際の車両特性に収束するようにそのモデルを調整する制御を行うことにより、制御性能を向上することにある。
【解決手段】車両特性モデルのパラメータをとして短期用と長期用の二種類を備え、列車の走行制御中に車両特性推定手段により推定された実際の減速度に基づいて短期用パラメータを調整し、停止時に次駅間の長期用パラメータを前駅間の短期用パラメータの調整結果に基づいて調整する。これら短期用及び長期用パラメータの双方に基づいて制御に供する車両特性モデルを調整し、これにより車両特性モデルが実際の車両特性に収束する方向に調整される。これを通じて、車両特性の短期的変動及び長期的変化の両方を考慮したモデルの調整がなされる。また、長期用パラメータを更に経過用と駅間用と分けた構成では、乗車率などその駅間特有の車両特性が車両特性モデルの調整に顕著に反映される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、車両特性モデルを利用して定位置停止制御など列車の走行を制御する列車制御装置に関する。
【背景技術】
【0002】
車両特性モデルを利用した列車制御システムでは、ノッチ切換えによる定位置停止制御を例にすると、この定位置停止制御において、或るブレーキノッチの選択状態で現在位置から停止するまで減速したときのその停止位置を車両特性モデルに基づき計算により予測し、その予測した停止位置と停止目標位置との間の誤差(予測された停止位置誤差、或いは、停止位置誤差の予測値という)がある場合、その誤差を縮小させるような制御指令値を算出し、出力する。この制御動作を減速走行中、所定の制御サイクルに従い繰り返すことにより、列車は停止目標位置に近い位置に停止される。車両特性モデルは、列車を手動試験運転して得た車両特性や設計仕様に定められた車両特性などに基づいて設定される。
【特許文献1】特開2001−63538号公報
【特許文献2】特開平7−99703号公報
【特許文献3】特開2003−230206号公報
【特許文献4】特開2004−80838号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
このような車両特性モデルによる制御システムにおいて、車両特性モデルとして設定された特性と実際の車両特性との間のずれ(特性誤差)が大きいと、車両特性モデルによる予測の精度が悪化し、その精度の低い予測に基づく制御となり、列車制御の性能が悪化する。例えば、応加重装置の限界を超えるような乗車率の一時的な上昇があると、実際の減速度が車両特性モデルに基づいた減速度よりも低い値になり、停止位置誤差の予測値が不正確になり、不正確な予測結果に基づいて制御が行われる結果、停止位置精度が低下したり、乗り心地が低下したりする。車両特性モデルを利用した制御の性能悪化の問題は、上記例に限られず力行制御、惰行制御、或いは制限速度維持のための減速制御でも同様に存在する。
【0004】
なお、実際の車両特性を推定し、これを制御指令に反映させる方法として、例えば列車の減速度を推定する方法(特許文献1)、車輪径データを補正する方法(特許文献2)、列車重量を推定する方法(特許文献3)、列車特性や路線特性を自動学習する方法(特許文献4)がある。
【0005】
本発明の第1の目的は、制御に供される車両特性モデルと実際の車両特性との間のずれを制御の継続中に縮小できてこれを直ちに制御に反映でき、車両特性モデルに基づく列車走行の制御の性能を向上できる列車制御装置を提供することにある。
第2の目的は、制御に供される車両特性モデルと実際の車両特性との間のずれを、車両特性の短期的変動と経年変化などの長期的変化を同時に考慮して縮小できる列車制御装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
この第1の目的を実現するための本発明の列車制御装置は、列車の速度と位置を検出する速度・位置検出手段と、少なくとも列車の力行時の加速度及び制動時の減速度の両方あるいはいずれか一方を車両特性として含む車両特性モデルを保持する車両特性モデル保持手段と、前記速度・位置検出手段で検出された速度と位置、現在の制御指令値、路線条件、及び車両条件に基づいて車両特性を推定する車両特性推定手段と、この車両特性推定手段による推定結果に基づいて車両特性モデルに関する車両特性パラメータを調整する車両特性モデル調整手段と、前記車両特性モデルとその調整後の車両特性パラメータ、並びに、前記速度・位置検出手段で検出された速度と位置、現在の制御指令値、路線条件、車両条件に基づいて駆動・制動制御装置への制御指令を算出する制御指令算出手段とからなる。
【0007】
この列車制御装置において、車両特性推定手段により推定された実際の車両特性に基づき車両特性パラメータが調整され、その調整後のパラメータにより制御指令算出手段に供される車両特性モデルが実際の車両特性に近づく方向に調整される。制御指令算出手段は、調整後の車両特性モデルに基づいて、停止位置誤差などの、目標値に対する制御結果の誤差を予測し、その予測値に基づき駆動・制動制御装置への制御指令を算出する。
【0008】
第2の目的を実現するために、列車制御装置は、車両特性パラメータとして短期用と長期用の二種類を備え、駅停車時に短期用パラメータの調整結果に基づき長期用パラメータを調整し、短期用および長期用パラメータにより車両特性モデルを調整し、その調整後の車両特性モデルに基づき制御指令算出手段が制御指令を算出する。短期用パラメータの初期値を駅停止時に長期用パラメータの調整結果に基づき調整し、長期用パラメータの初期値を短期用若しくは長期用パラメータの調整結果に基づき調整し、走行中は短期用パラメータに基づき車両特性モデルを調整し、その調整後の車両特性モデルに基づき制御指令算出手段が制御指令を算出する。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、実際の車両特性と車両特性モデルとの間にずれ(特性間誤差)があっても、走行制御中に車両特性モデルのパラメータが繰り返し調整され、これにより、車両特性モデルの制御指令に供される車両特性が実際の車両特性に近づく方向に徐々に収束され、その結果、モデルに基づく制御の性能を向上できる。また、減速制御など走行制御に供される車両特性モデルがその減速制御中、或いは加速制御中にその場で調整され、直ちに制御量に反映されるから制御性能の向上を速やかに図ることができる。
【0010】
車両特性モデルとして短期用及び長期用パラメータを備えた構成では、車両特性の変化が一時的な短期的変動に対する車両特性モデルの調整と、経年変化のように変化が持続的である長期的変動に対する車両特性モデルの調整とを同時に実現することができるので、制御性能の一層の向上を図ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
[第1実施例(図1、図2)]
この実施例の列車制御装置は、列車1に搭載されている。この列車制御装置において、路線条件データ記憶手段2には、軌道の曲線半径や勾配などのデータが記憶され、また、運行条件データ記憶手段3には、運行ダイヤ、駅情報などの運行条件のデータが記憶されている。ベース車両特性モデル保持手段4には、手動による試験走行及び設計仕様などに基づき当該列車の車両特性モデル(以下、これを制御指令算出に直接供される制御用車両特性モデルと識別するために便宜上、ベース車両特性モデルという。)が保持されており、また、制御用車両特性モデル保持手段5には、制御指令の算出に供される制御用車両特性モデルが保持される。その保持された制御用車両特性モデルは、ベース車両特性モデルに車両特性パラメータを乗ずることにより調整される(書き換えられる)ことを繰り返す。この制御用車両特性モデル保持手段5の初期値はベース車両特性モデルである。
【0012】
車両特性モデルの調整項目としては、例えば減速度、力行時の加速度、制御指令に対する応答遅れ、車両重量、乗車率、勾配抵抗式や曲線抵抗式の係数、車輪径、勾配や曲線径などの路線条件がその一例である。車両特性推定手段6は、力行走行中、惰行走行中、及び制動による減速走行(停止を目的としない減速を含む)中などの実際の走行中に、列車の走行に関する車両特性データを取得し、その取得したデータに基づいて実際の走行中の列車の各種車両特性を計算により推定するようになっている。このような推定自体は、特許文献4などによりよく知られている。
【0013】
これと同様の方法によって、この実施例の車両特性推定手段6は、路線条件データ記憶手段2から勾配や曲線データを入力し、速度・位置検出手段7から列車の速度と現在位置を示す速度及び位置データを入力し、これら両データに基づいて減速走行中に自列車の減速度を計算により推定したり、力行走行中に加速度を、惰行中に速度変化特性を、或いは乗車率を推定したりする構成になっている。前記速度・位置検出手段7は、車輪に設けられた速度発電機8からのパルス信号を受けることにより速度データを獲得し、その速度データの積分処理により距離すなわち現在位置データも獲得する構成になっている。その位置データは、軌道に沿いに既知の間隔で配置された地上子9を車上子10が検出し、その検出信号が位置補正手段11に入力されることにより、実際の列車位置と一致ように補正される。
【0014】
車両特性モデル調整手段12は、車両特性推定手段6による推定結果を前記制御用車両特性モデルに反映させるためのもので、実際の車両特性として車両特性推定手段6で推定された車両特性の状態、例えば加速度、減速度、重量、走行抵抗などの値に基づいて車両特性パラメータを調整し、調整後の車両特性パラメータをベース車両特性モデル保持手段5に保持されているベース車両特性モデルに乗じて、制御用車両特性モデルを調整(更新)するようになっている。
【0015】
この車両特性パラメータはパーセンテージとして、例えば95%、85%などと表すことができる。減速度を例にすると、パラメータを95%に調整した場合、制御用車両特性モデルの減速度の大きさがベース車両特性モデルの減速度の95%の値に調整され、その調整後の制御用車両特性モデルが制御指令を算出するデータとして使用される。この実施例では、減速走行中に推定した減速度に基づき減速度に関する車両特性パラメータを調整し、その調整結果がパラメータ保持手段13に保持される。このパラメータ保持手段13には、同一種車両特性(例えば減速度)について、短期用パラメータ保持領域13aと長期用パラメータ保持領域13bの二種類を備え、更に長期用パラメータ保持領域13bは駅間用パラメータ保持部と時間的な経過である経過用パラメータ保持部に区分されている。但し、この第1実施例では、短期用パラメータ保持領域13aのみをパラメータ保持手段として使用する実施例としている。
【0016】
出力トルク、ノッチ番号、或いは加減速度などの形式で制御指令を出力する制御指令算出手段14は、前記制御用車両特性モデル保持手段5の制御用車両特性モデルからのデータと、路線条件データ記憶手段2、運行条件データ記憶手段3、速度・位置検出手段7からのデータとに基づき列車の速度・位置の変化を予測し、その予測値に基づき制御指令値を決定し、これを駆動・制動制御装置15に出力するようになっている。この駆動・制動制御装置15は、入力した制御指令に基づき駆動・制動装置16の駆動力・制動力を制御する。
【0017】
次に上記構成の作用につき、特に定位置停止制御を例に図2を併用しながら説明する。ここで、車両特性パラメータとは、制御用車両特性モデルに基づき算出された減速度に対する車両特性推定手段6により推定された減速度の比率P(図2)である。
駅間走行開始時、パラメータ保持手段13の短期用保持部13aに保持された車両特性パラメータは初期値として100%となっており、制御用車両特性モデル保持手段5にはベース車両特性モデル保持手段4に保持されたベース車両特性モデルに車両特性パラメータ100%を乗じた制御用車両特性モデルが保持されている。この時点の制御用車両特性モデルは、車両特性パラメータが100%であることからベース車両特性モデル特性モデルと同一である。
【0018】
このように、制御開始時点では、制御指令算出手段14には、ベース車両特性モデルに、短期用保持部13aに保持された車両特性パラメータ100%を乗じて調整された車両特性モデルが制御用として与えられる。制御指令算出手段14は、その与えられた制御用車両特性モデルに基づき停止位置誤差を予測し、これが小さくなるよう制御指令を算出し、その制御指令に基づき駆動・制動制御装置15が駆動・制動装置16を制御する。
【0019】
車両特性推定手段6は、減速走行中に所定の制御サイクルに従い、車両特性の推定動作を行う。その推定は、速度・位置検出手段7からの速度データと路線条件データ記憶手段2からの路線条件データに基づき、列車速度の変化とその変化にかかった時間とから列車の減速度を求め、路線勾配抵抗や曲線抵抗を差し引いて列車の制動装置による減速度を算出する。この推定動作に伴って、車両特性モデル調整手段12は、車両特性推定手段6から推定結果(減速度推定値)を受けてパラメータ保持手段13の短期用保持部13a内に保持されている車両特性パラメータを書き換える調整動作を行う。車両特性パラメータが調整されると、その調整後のパラメータがベース車両特性モデル保持手段4に保持されているベース車両特性モデルに乗じられ、その結果が制御用車両特性モデル保持手段5に保持されているこれまでの制御用車両特性モデルに代わって新たに保持され、結果として制御用車両特性モデルが調整される。続いて制御指令算出手段14が、制御用車両特性モデル保持手段5に保持された調整後の制御用車両特性モデルに基づいて停止位置誤差を予測しその予測に基づき制御指令を算出する。
【0020】
制御サイクルに従い、再び車両特性推定手段6による実減速度の推定がなされ、その推定結果に基づいて短期用保持部13aに保持されている車両特性パラメータが調整され、その調整後の車両特性パラメータがベース車両特性モデルに乗じられて制御用車両特性モデルが調整され、その調整後の制御用車両特性モデルに基づいて制御指令の算出が行われる。
【0021】
このような、実減速度の推定動作、その推定に基づく車両特性パラメータの調整、その調整後のパラメータによる制御用車両特性モデルの調整、調整後の制御用車両特性モデルの下での制御指令の算出からなる一連の動作が、減速制御中制御サイクルに従い繰り返されるうちに、列車の減速制御に供される車両特性モデル(本例では制御用車両特性モデル)の減速度がその車両の実際の減速度に徐々に収束することとなる。
【0022】
上記の動作において、パラメータ保持手段4に保持されている車両特性パラメータは、列車が停車駅で停止されたときにこれまでの調整値がディフォルト値(本例では100%)に戻され、これによって制御用車両特性モデル保持手段5に保持されている制御用車両特性モデルもベース車両特性モデルである初期値に戻される。列車の走行中、路線の下り勾配、制限速度への接近、停車駅への接近、駅定位置への停止などにより減速制御が行われる間は、車両特性モデルの調整動作が上記同様に実行される。
【0023】
次に、車両特性パラメータの調整方法について、図2を参照しながら具体的に説明する。図2の縦軸は、車両特性モデルの減速度に対する減速度推定値の比率P(%)、横軸は、経過時間である。ここで、比率Pは制御に供される車両特性モデルの減速度と減速度推定値とを関係付ける車両特性パラメータである。
【0024】
図2の時刻T1のパラメータを100%としたとき、減速制御中に時刻T2付近で車両特性推定手段6が制御サイクルのタイミングに従い推定した減速度の大きさが、図2のように制御用車両特性モデルの90%という結果になった場合、この実施例の車両特性モデル調整手段12は、車両特性パラメータを100%から推定値90%に調整するのではなく、これらの差に後述の採用率を乗じた分だけ動かして95%に調整する。このパラメータの調整結果をパラメータ保持手段13の短期用保持部13aに保持させ、これにより制御用車両特性モデル保持手段5に保持されている制御用車両特性モデルはベース車両特性モデルの95%の大きさに調整される。この調整後の制御用車両特性モデルに基づいて制御指令算出手段14が制御指令を算出する。
【0025】
この実施例では、上記のように車両特性推定手段6により推定された減速度が制御用車両特性モデルと異なるときは、減速度推定値の制御用車両特性モデルに対する割合を調整値としてそのまま制御用車両特性モデルに反映させることなく、推定値の採用率、上記の例では50%だけ反映させたのは、異常値の除去、制御量の急変による不測の事態の回避などのためである。
【0026】
以上述べたように、この第1実施例では、制御用車両特性モデルが車両特性推定手段6による減速度の推定結果に基づき徐々に実際の特性に収束していくように調整されるから、制御用車両特性モデルにより想定された減速度と実際の減速度とのずれ、すなわち特性誤差が小さくなり、予測の精度が向上するので、停止位置の精度や乗り心地が向上する。
特に、この実施例では、走行中に減速度の推定とその推定結果に基づく制御用車両特性モデルの調整を進め、その調整結果を制御用車両特性モデルをして停止位置誤差の予測に直ちに反映させるので、特許文献4に開示された車両特性モデルの学習方式による制御とは異なり、乗車率の変動や電気制動の失効など、短期的な車両特性変動による走行乱れがその減速中に速やかに改善される。
【0027】
なお、以上述べたような、走行中に推定した車両特性に基づき調整した車両特性パラメータによる車両特性モデルの調整は、上記減速度の調整に限られず、力行時の加速度、制御指令に対する応答遅れ、車両重量、乗車率、勾配抵抗式や曲線抵抗式の係数、車輪径、勾配や曲線径などの路線条件に関しても、その任意のものに同様に行うことができる。
上記第1実施例では、図1を第2実施例以降の説明に共用するために車両特性推定手段6に短期用保持部13aと長期用保持部13bを備える構成としたが、第1実施例では短期や長期の識別は不要であるから単なる保持部であってよい。
【0028】
[第2実施例(図1、図2)]
この第2実施例は、前駅間での特性パラメータの調整結果を、初期値として使用するようにしたものである。すなわち、前駅間の走行後、短期用保持部13aに保持された最終調整後の車両特性パラメータをベース車両特性モデルに乗じて、その結果を、次駅間の制御用車両特性モデルの初期値とする構成である。なお、次駅間の初期値は前駅間での最終の調整値ではなく、前駅間での複数回の調整値の平均値であってもよい。
【0029】
この第2実施例によれば、前駅間で実際の車両特性に近づいた制御用車両特性モデルを初期値として車両特性モデルの調整が開始されるので、制御用車両特性モデルによる減速度と実減速度(減速度推定値)との間の特性間誤差中に、長期的な車両特性の変化による誤差値が占める割合を減少させることができ、特性間誤差が益々小さくなるので制御性能の一層の向上が図られる。
【0030】
[第3実施例(図1、図3)]
この実施例は、車両特性推定手段6により推定された車両特性に基づいて予測される車両特性中に経年変化分と一時的な変動分(短期的変動分)の両方が含まれていると考えられるので、それに対する対応である。すなわち、車両特性の短期的な変動への対応を目的とした第1実施例に示すようなパラメータ(短期用パラメータという)と、車両特性の経時的変化への対応のための長期用パラメータとを作成し、これら両パラメータを使用して車両特性の短期的な変動に起因する制御性能の悪化を速やかに除去し、長期的変化に起因する制御性能の悪化の除去効果を緩やかに進行させるようにしたものである。すなわち、車両特性の推定値に基づく車両特性モデルの調整動作が、一時的な短期的変動に対しては速やかに反応し、長期的変化に対しては緩やかに反応する構成としたものである。
【0031】
そのため、車両特性モデル調整手段12は、車両特性推定手段6による推定結果とベース車両特性モデルの特性と間の特性誤差の値を大きい比率で反映させる短期用パラメータと小さい比率で反映させる長期用パラメータとを作成する。これら短期用パラメータ及び長期用パラメータは、夫々パラメータ保持手段13の短期用保持部13a及び長期用保持部13bに保持されるようになっている。
【0032】
一例として図3に示すように、減速制御中のT2時刻で車両特性推定手段6により推定された減速度が制御用車両特性モデルに基づくそれの90%だったとした場合、その差10%を、例えば50%の割合で短期用パラメータに反映させ、20%の割合で長期用パラメータに反映させて、短期用パラメータを100%から95%に調整し、長期用パラメータを100%から98%に調整し、これらを夫々パラメータ保持手段13の短期用保持部13a及び長期用保持部13bに保持させる。
【0033】
この短期用保持部13aに保持された短期用パラメータ95%がベース車両特性モデル保持手段4に保持されているベース車両特性モデルに乗じられ、制御用車両特性モデル保持手段5の保持内容がその積に書き換えられる。この結果、第1実施例と同様に書き換えられた後の、すなわち調整後の制御用車両特性モデルに基づき制御指令が算出されると共に、車両特性推定手段6による減速度の推定動作がなされ、その推定結果に基づき短期用パラメータの調整がなされる。
【0034】
次駅停止時に、長期用保持部13bに保持されている長期用パラメータの調整結果が、次駅間での短期用及び長期用パラメータの調整の初期値として短期用及び長期用保持部13a、13bに保持される。この結果、新しい駅間では、前駅間の長期用パラメータの最終調整値が短期用パラメータ及び長期用パラメータの初期値として使用されるので、前駅間の車両特性の長期的変化が反映され長期用パラメータを短期用パラメータの初期値とした状態の下で制御用車両特性モデルの調整及び制御指令算出動作が開始される。こうして、前駅までの車両特性の長期的変化を反映した制御用車両特性モデルの状態からその調整制御が開始される。
【0035】
この制御用車両特性モデルの調整作用は、短期用パラメータが減速度の推定値を大きく反映した値であることから短期的変動には速やかに反応し、また、短期用パラメータの初期値が前駅間の長期用パラメータの調整結果であることから、長期的変動にも同時に反応する。なお、減速度の推定値を大きく反映したパラメータ値とは、「減速度推定値のベースモデルに対する比率」により近づくように調整した値をいう。すなわち、この「比率」と調整前のパラメータ値との差に、比較的大きな割合を乗じた分だけパラメータ値を調整するのでパラメータ値の調整量が比較的大きくなる。また、推定値を小さく反映したパラメータ値とは、上記の逆をいう。
【0036】
この結果、この第3実施例によれば、車両特性の変化が一時的な短期的変動に対する車両特性モデルの調整と、経年変化のように変化が持続的である長期的変化に対する車両特性モデルの調整とを同時に実現することができるので、制御性能の一層の向上を図ることができる。また、減速度の短期的な変動には短期用パラメータにより減速度変動への速やかな調整作用が働き、これと同時に長期用パラメータによる調整値が次駅間での制御用車両特性モデルの初期値となることから減速度の長期的な変化に対しても対応できることになる。
【0037】
[第4実施例(図1、図4)]
この第4実施例は、第3実施例とは長期用パラメータの調整方法が異なる。長期用パラメータは、第3実施例のように減速走行中に減速度推定値を反映しながら調整していくのではなく、駅間走行後に短期用パラメータの調整結果を反映することで調整する。このため、長期用パラメータの値を、駅到着のたびに前駅間での短期用パラメータの調整結果(図4のP1)に基づいて調整し、その値を次駅まで維持する。その調整のしかたとしては、前駅間の短期用パラメータ(P1)の平均値(P2)、或いは短期用パラメータの最終調整値と長期パラメータの値との差にある採用率を乗じた分だけ長期パラメータ値を動かせば良い。
【0038】
図4には、こうして調整された長期用パラメータ(P3、P4)が図示されており、そのうち、(P3)は前駅間の値、(P4)は次駅間の値である。短期用パラメータは、車両特性推定手段6による推定結果に基づき実施例3と同様の方法で調整される。これら短期用、及び長期用パラメータにより第3実施例と同様の方法で制御用車両特性モデルを調整する。この実施例によれば、長期用パラメータの調整は、駅到着時だけとなり、計算負荷を軽減することができる。
【0039】
[第5実施例(図5)]
前記第3実施例以下で述べた実施例では、車両特性の長期的変化を制御用車両特性モデルに反映させるために、長期用パラメータによって短期用パラメータの次駅間での調整の初期値が設定されることから短期用特性パラメータの調整可能範囲を予め広く取っておく必要がある。しかしながら調整可能範囲が広すぎると、車両特性推定手段6による減速度の推定結果が、外乱などにより減速度の通常の変動範囲を大きく逸脱する場合でもこれがパラメータに反映されてしまい、制御性能が悪化することが考えられる。この第5実施例はこの問題に対処したもので、第4実施例に対して構成が次のように相違する。
【0040】
この第5実施例では、長期用パラメータを乗じた制御用車両特性モデルに基づく減速度と車両特性推定手段6により推定された減速度との比率に基づいて短期用パラメータの調整を行い、駅到着のたびに短期用パラメータのこれまでの調整値をディフォルト値(本例では100%)に戻すことでこの問題を解決するようにしている。このため、車両特性推定手段6による減速度推定値に基づく短期用パラメータの調整は、各駅間で100%の状態から開始される。その短期用パラメータと長期用パラメータをベース特性モデルに乗じて制御用車両特性モデルとし、この制御用車両特性モデルに基づき第3実施例と同様に、制御指令の算出動作及び短期用パラメータの調整動作が行われる。
【0041】
以上を、具体的数値で説明すると次の通りである。次駅に到着して短期用パラメータが100%に戻され、同時に長期用パラメータの値が例えば93%に調整されたとすると、制御用車両特性モデルに基づく減速度は、ベース車両特性モデルに長期用パラメータ(93%)と短期用パラメータ100%を反映した(を乗じた)ものと同一になる。この後の減速走行中に短期用パラメータが例えば100%から90%に調整されたとすると、現在の長期用パラメータ93%を反映したベース車両特性モデルに90%を乗じた値(100%×93%×90%=84%)に制御用車両特性モデルが調整され、以後その繰り返しとなる。
【0042】
このように、次駅に到着するたびに短期用パラメータが100%に戻されると、長期用パラメータにより調整された後の制御用車両特性モデルに基づく減速度と車両特性推定手段6により推定された減速度との比率から短期用パラメータの調整が進められ、次駅で再び短期用パラメータの調整値に基づき長期用パラメータが調整され短期用パラメータが100%に戻されることを繰り返す。そのため、短期用パラメータは短期変動のみに対応することになるので、短期用パラメータ調整可能範囲を広く取る必要がなく、車両特性推定手段6の推定結果が異常値を示した場合でも、短期用パラメータの調整への影響を抑えることができる。
【0043】
この状況を図5に示す。図5には、駅到着時刻T1、T2、T3に長期用パラメータが夫々P5、P6、P7と順次調整され、短期用パラメータP8、P9がその駅間の長期用パラメータP5、P6の下で調整される様子が示されている。なお、P10は異常推定値を示す。
なお、第4実施例のように短期用パラメータの調整結果に基づき長期用パラメータの初期値を調整する場合は、その長期用パラメータの初期値の調整後に短期用パラメータをディフォルト値に戻すようにする。
【0044】
[第6実施例(図3、図6)]
この第6実施例は、第5実施例に対して次のように相違している。すなわち、長期用パラメータとして経過用パラメータと駅間用パラメータの2種類を備える。経過用パラメータ及び駅間用パラメータは、駅間走行後毎回調整し、その調整方法は第5実施例の長期用パラメータの調整と同様である。
【0045】
図6(a)に示す○、●、△は、夫々駅間A、駅間B、駅間Cにおける停止時ごとに調整された駅間用パラメータを示している。図6の(a)に○、●、△を7個ずつ示されているのは、その駅間を7回走行したことを例示している。図6(b)に示す○は経過用パラメータの調整結果を示している。駅間走行の停止時に調整された駅間用パラメータの調整結果は、その駅間名と共にデータベースに保存され、当該駅間の走行時にデータベースから読み出されて長期用パラメータの一要素として使用される。経過用パラメータは、駅間停止ごとに調整されてデータベースに保持される。また、駅間走行の停止のたびに次駅間用のパラメータがデータベースから読み出され、この駅間用パラメータと経過用パラメータの単純平均、若しくは加重平均が長期用保持部13bに長期用パラメータとして保持される。
【0046】
以上の述べた第6実施例では、長期用パラメータを車両特性の経年変化に対応する経過用パラメータと特定の駅間に対応させた駅間用パラメータとから構成するところに特徴を有する。この構成によれば、例えば、いつも乗車率が高くて減速度が低下しがちな駅間の車両特性を制御用車両特性モデルに顕著に反映させることができる。
なお、駅間用パラメータは、走行した駅間について駅間用パラメータを追加していくようにすれば、各駅停車路線の一部区間しか走行しない車両なら走行しない駅間の分を用意する必要がない。従って、列車の搭載するデータベースの容量を路線の全ての駅間分に相応させる必要がなく、走行しない駅間分だけデータベースを無駄に占有しないで済む。
【0047】
[第7実施例]
この第7実施例は、部品交換や機器の調整などにより車両特性モデルの初期設定そのものを改変する必要を生じた場合の対応例である。例えば、編成車両の全てのブレーキシューを一斉に交換する場合が考えられ、このような一斉交換がなされると、車両の実際の減速度と車両特性モデルとの間の誤差が著しく拡大し、上記実施例のような実際の運転にともない車両特性モデルのパラメータを徐々に修正する方法では長時間かかり、低い制御性能下での走行が余儀なくされる可能性がある。
【0048】
この問題に対処したこの第7実施例では、過去におけるブレーキシューの交換直後のパラメータ調整結果を車両特性モデルのパラメータの初期値として設定する。その結果、実際の走行中のパラメータの調整が現実の車両特性に近い初期値から開始されるので、パラメータの繰り返し調整による収束が短期間で実現され、制御性能の悪化状態から短期間に脱することができる。
【0049】
また、同じ車種の列車は、設計上同じ特性なので、路線の運用開始前などに多数の列車の調整を行う際、ある編成の車両特性モデルのパラメータ調整結果の平均値を、同じ車種の他の編成での車両特性車両特性モデルのパラメータ調整の初期値とすれば、各編成の「癖」にあたる部分だけを調整すればよいため、調整が速やかに収束し、現地調整期間を短縮することができる。
【0050】
[第8実施例]
この第8実施例は、前記第1〜第6実施例への追加変形態様のものである。上記各実施例は、車両特性モデルによる自動運転状態で車両特性モデルのパラメータを調整している。ところで、制御指令算出手段14が制御指令を算出しない状態、或いは、その制御指令の出力が後段装置に伝達されない状態のまま列車が走行される場合がある。このような場合の典型例が、列車を車庫から駅ホームに移動させる手動運転、或いは手動運転区間の手動運転であり、このような運転状態でも車両特性推定手段6及び車両特性モデル調整手段12に基づき、前述同様の方法で車両特性モデルのパラメータを調整する。その結果、自動運転の開始前に車両特性モデルを実際の列車特性に近づけておくことができ、自動運転を比較的高い制御性能の下で開始することができるようになる。
【0051】
[変形例]
上記実施例では、ベース車両特性モデルに車両特性パラメータを乗じて獲得した制御用の車両特性モデルを、一旦制御用車両特性モデル保持手段5に保持させる構成としているが、制御用車両特性モデル保持手段5を省いて直接制御指令算出手段に供する構成としてもよい。また、上記実施例では、短期用及び長期用パラメータの初期値の調整時点を駅停止時としているが、これに限定されるものではなく、調整後のパラメータを制御に反映させる時点前であれば、駅停止時以降の所定時点でよい。さらに、長期的変化を短期用パラメータに反映させるために、短期用パラメータを長期用パラメータにより調整して初期値としているが、ここでいう「初期値」の用語は、調整値の時間的前後を限定する趣旨ではなく、長期的変化を短期用パラメータに反映させる目的の調整値いう。
【図面の簡単な説明】
【0052】
【図1】本発明の第1実施例を示す列車制御装置のブロック図
【図2】第1実施例の車両特性モデルのパラメータ説明図
【図3】第3実施例の車両特性モデルのパラメータ説明図
【図4】第4実施例の車両特性モデルのパラメータ説明図
【図5】第5実施例の車両特性モデルのパラメータ説明図
【図6】第6実施例の車両特性モデルのパラメータ説明図

【特許請求の範囲】
【請求項1】
列車の速度と位置を検出する速度・位置検出手段と、少なくとも列車の力行時の加速度及び制動時の減速度の両方あるいはいずれか一方を車両特性として含む車両特性モデルを保持する車両特性モデル保持手段と、前記速度・位置検出手段で検出された速度と位置、現在の制御指令値、路線条件、及び車両条件に基づいて車両特性を推定する車両特性推定手段と、この車両特性推定手段による推定結果に基づいて車両特性モデルに関する車両特性パラメータを調整する車両特性モデル調整手段と、前記車両特性モデルとその調整後の車両特性パラメータ、並びに、前記速度・位置検出手段で検出された速度と位置、現在の制御指令値、路線条件、車両条件に基づいて駆動・制動制御装置への制御指令を算出する制御指令算出手段とからなる列車制御装置。
【請求項2】
車両特性モデル調整手段は、駅到着時以降の所定時点で車両特性パラメータの値を前駅間での車両特性パラメータの調整結果に基づいて調整し、その調整後の値を初期値として次駅間での車両特性パラメータの調整を開始することを特徴とする請求項1に記載の列車制御装置。
【請求項3】
車両特性モデル保持手段は車両特性パラメータを短期用と長期用の二種類を持ち、車両特性モデル調整手段は、車両特性推定手段による推定結果を前記短期用パラメータと長期用パラメータに夫々異なる比率で反映させてこれらパラメータを調整し、その反映比率を長期用パラメータの方が短期用パラメータよりも小さい値とし、制御指令算出手段は前記短期用及び長期用パラメータの双方に基づいて制御指令を算出することを特徴とする請求項1に記載の列車制御装置。
【請求項4】
車両特性モデル保持手段は車両特性パラメータを短期用と長期用の二種類を持ち、車両特性モデル調整手段は、車両特性推定手段による推定結果に基づいて短期用パラメータを調整しこの短期用パラメータの調整結果に基づいて長期用パラメータを駅到着時以降の所定時点で調整し、制御指令算出手段は短期用及び長期用パラメータの双方を用いて制御指令を算出することを特徴とする請求項1に記載の列車制御装置。
【請求項5】
制御指令算出手段が短期用パラメータにより調整された車両特性モデルに基いて制御指令を算出する構成とし、車両特性モデル調整手段は、駅到着時以降の所定時点で長期用パラメータの調整結果に基づいて短期用および長期用パラメータを調整し、その調整後の値を初期値として次駅間での短期用および長期用パラメータの調整を開始することを特徴とする請求項3または4のいずれかに記載の列車制御装置。
【請求項6】
制御指令算出手段は長期用パラメータと短期用パラメータにより調整された車両特性モデルに基づいて制御指令を算出する構成とし、車両特性モデル調整手段は駅到着時以降の所定時点で短期用パラメータの調整値をディフォルト値に戻すことを特徴とする請求項4に記載の列車制御装置。
【請求項7】
車両特性モデル保持手段は長期用パラメータを経過用と駅間用の二種類を持ち、車両特性モデル調整手段は、経過用パラメータと走行駅間に対応する駅間用パラメータとを調整し、これら経過用パラメータと駅間用パラメータの双方を長期用パラメータとして用いることを特徴とする請求項3〜6のいずれかに記載の列車制御装置。
【請求項8】
車両特性モデル保持手段は、車両特性パラメータを、自列車での過去の調整結果、または、同種の他列車での調整結果に基づき事前に調整する構成であることを特徴とする請求項2〜7いずれかに記載の列車制御装置。
【請求項9】
制御指令算出手段が動作しない場合、或いはその制御指令が駆動・制動制御装置へ伝達されない場合に、車両特性推定手段は前記速度・位置検出手段で検出された速度と位置、現在の制御指令、路線条件、及び車両条件に基づいて車両特性を推定し、車両特性モデル調整手段は車両特性推定手段による推定結果に基づいて車両特性パラメータを調整することを特徴とする請求項2〜8のいずれかに記載の列車制御装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2010−104084(P2010−104084A)
【公開日】平成22年5月6日(2010.5.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−271056(P2008−271056)
【出願日】平成20年10月21日(2008.10.21)
【出願人】(000003078)株式会社東芝 (54,554)
【Fターム(参考)】