説明

制振部材

【課題】経済性および安全性の双方において優れた、建築物等の構造物に好適な超弾性合金材を備えた制振部材を提供する。
【解決手段】鋼材1に1つ以上の超弾性合金材2を鋼材1と直列に接合するように介在させた制振部材であって、超弾性合金材2の伸びを指定値以下に規制するための伸び規制部材3を有する制振部材。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、制振部材に係り、特に超弾性合金材を備えた制振部材に関する。
【背景技術】
【0002】
地震多発地帯であるプレート境界に位置する我が国にとって、地震に対する対策は最も重要な課題の一つである。特に、地震による被害を最小限に抑えるために、建築物などの構造物の耐震性の向上が強く求められている。
【0003】
構造物の耐震性能の向上を目的として、これまでに粘性ダンパー、粘弾性ダンパー、履歴ダンパー、摩擦ダンパーといった種々の制振部材が開発されてきた。中でも履歴ダンパーは、鋼材などの金属の塑性変形により地震エネルギーを吸収することで、被害が主体構造物に及ばないようにするものであり、性能、価格、耐久性の全ての面において優れるため、最も広く用いられている。
【0004】
しかし、通常の鋼材を用いた履歴ダンパーでは残留変形が発生し得るため、比較的規模の大きな地震が頻発する我が国においては、地震の度にダンパーを新しいものに交換する必要が生じ、多大な労力およびコストを要する。
【0005】
そこで、近年、超弾性合金材を用いた制振部材の開発が行われている。超弾性合金とは、形状記憶合金の一種であり、一般的な形状記憶合金が加熱することによって変形した状態から元の形状に回復するのに対して、超弾性合金は、元の形状に回復できる温度(変態温度)が常温よりも十分に低いため、加熱することなく変形が回復するという特性を有する。そのため、超弾性合金材を用いた制振部材は、大地震後の残留変形が全く生じないか、生じたとしても非常にわずかであるため、部材の交換等が不要となる。
【0006】
特許文献1には、Ni−Ti系合金からなる超弾性を示す形状記憶合金を用いた制振ユニットが開示されている。
【0007】
特許文献2には、切削加工性に優れるCu−Al−Mn基超弾性合金を備えた制振部材が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2001−271510
【特許文献2】特開2009−52097
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
特許文献1に開示された制振ユニットに用いられているNi−Ti基超弾性合金は、機械的特性に優れるため、実用材として最も多く使用されているものの、素材が高価なため制振部材として用いる場合にコストが高くなってしまい、実用化が困難であるという問題点がある。
【0010】
特許文献2に開示された制振部材は、低コストのCu−Al−Mn基超弾性合金を用いており、かつ、Sを含有させることによって優れた加工性を付与しているため、実用化に際して非常に有望であると言える。ただし、特許文献2では、超弾性合金を備えた制振部材の構造物への設置例については開示されているものの、制振部材自体の構成について記載されていない。
【0011】
そこで、本発明は、具体的な制振部材の構成について検討し、様々な規模の地震の揺れにも対応することが可能であり、経済性および安全性を両立することのできる制振部材を提案することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは、コストを抑えつつ優れた耐震性を発揮する超弾性合金材を備えた制振部材の構成につき検討した結果、以下の知見を得た。
【0013】
(A)超弾性合金は、比較的安価なCu−Al−Mn基合金またはFe基合金を用いたとしても、普通鋼と比較すると高価である。そのため、例えば、超弾性合金材を備えた制振部材を、筋かい、方杖等の軸力により抵抗する部材として用いられる場合、筋かい、方杖等の棒材全てを超弾性合金とすることはコストが過大となることから、棒材の一部に用いることとして、通常の鋼材と超弾性合金材を直列に接合した構成とする必要がある。
【0014】
(B)上記の構成において、鋼材の引張強度を超弾性合金材の引張強度より強くすることで、地震による揺れを全て超弾性合金材の変形のみで吸収することができ、小規模の地震は当然のことながら、例えば、鉄骨造の建物で層間変位角が1/100程度になるような大地震による揺れが発生したとしても、制振部材によって地震エネルギーを残留変形が生じることなく吸収することが可能となる。
【0015】
(C)上述のように、揺れに伴う変形は全て超弾性合金材に集中する。そのため、例えば、鉄骨造の建物で層間変位角が1/50程度になるような想定を超える規模の巨大地震が発生した場合、コスト面の問題で超弾性合金の使用量を制限せざるを得ない現状においては、超弾性合金材の伸びが限界を超えて破断するおそれがある。そうなると制振部材として全く機能しなくなり、被害が主体構造物に及ぶため、最悪の場合、建築物の倒壊につながる結果となってしまう。
【0016】
(D)主体構造物への被害を最小限に抑えるためには、超弾性合金材の伸びが指定値を超えることを規制するような部材を取り付けて、超弾性合金材の破断を防止する必要がある。
【0017】
(E)前記の伸び規制部材は、地震による超弾性合金材の変形が小さい場合は、鋼材および超弾性合金材の双方に影響を及ぼさない状態とする。この場合において、揺れは超弾性合金材の変形のみで吸収し、残留変形も生じることがない。一方、巨大地震の発生によって大きな変形が発生した場合、超弾性合金材の伸びが指定値に到達した時点で、伸び規制部材が超弾性合金材の変形を規制し、それ以上の変形が鋼材の塑性変形によって吸収されるようにする。この場合、鋼材に残留変形が生じてしまうが、制振部材が破断して機能しなくなることは防止できる。
【0018】
(F)地震の揺れに伴い、制振部材には引張力だけでなく圧縮力も生じる。制振部材に圧縮力が生じた場合、座屈が生じる可能性が高い。伸び規制部材が座屈による曲げ変形を受けると本来の機能を発揮しなくなるおそれがあるため、伸び規制部材を有する超弾性合金材は、座屈の影響が少ない制振部材の端部付近に配置するのが良い。
【0019】
本発明は、このような知見に基づいてなされたものであり、下記の(1)〜(10)に示す制振部材を要旨とする。
【0020】
(1)鋼材に1つ以上の超弾性合金材を該鋼材と直列に接合するように介在させた制振部材であって、該超弾性合金材の伸びを指定値以下に規制するための伸び規制部材を有することを特徴とする制振部材。
【0021】
(2)前記鋼材の引張強度が前記超弾性合金材より高く、かつ、前記伸び規制部材の引張強度が前記鋼材より高いことを特徴とする上記(1)に記載の制振部材。
【0022】
(3)前記超弾性合金材が制振部材の一端または両端から中心方向に全長の3分の1の位置までの範囲に介在していることを特徴とする上記(1)または(2)に記載の制振部材。
【0023】
(4)制振部材の全長に対する超弾性合金材の占める割合が10〜60%であることを特徴とする上記(1)から(3)までのいずれかに記載の制振部材。
【0024】
(5)前記伸び規制部材が外面当接部を有する第1規制部材および2つの内面当接部を有する第2規制部材からなり、
該第1規制部材が、少なくとも超弾性合金材を挟んで両側の鋼材に1つずつ固定され、それぞれの外面当接部が鋼材および超弾性合金材の軸方向において、超弾性合金材の反対面に配置され、
該第2規制部材の2つの内面当接部が、前記2つの外面当接部に対向するように配置され、
超弾性合金材の伸びが指定値に到達した時点で該外面当接部および該内面当接部同士が当接することによって、それ以上の超弾性合金材の伸びを規制するものである
ことを特徴とする上記(1)から(4)までのいずれかに記載の制振部材。
【0025】
(6)建造物の筋かいまたは方杖として使用されることを特徴とする上記(1)から(5)までのいずれかに記載の制振部材。
【0026】
(7)前記超弾性合金材の化学組成が、質量%で、Al:7.8〜8.8%およびMn:7.2〜14.3%を含有し、残部がCuおよび不純物からなることを特徴とする上記(1)から(6)までのいずれかに記載の制振部材。
【0027】
(8)前記超弾性合金材の化学組成が、Cuの一部に代えて、質量%で、さらにFe:3%以下、Ni:3%以下、Co:2%以下、Sn:1%以下、Sb:1%以下、Be:1%以下、Ti:2%以下、B:0.5%以下、C:0.5%以下、W:1%以下、V:1%以下、Nb:1%以下、Mo:1%以下、Zr:1%以下、Cr:2%以下、Si:2%以下、Mg:0.5%以下、P:0.5%以下、ミッシュメタル:5%以下、Zn:5%以下、Ge:1%以下、S:0.3%以下、Bi:1%以下およびAg:2%以下から選択される1種以上を含有することを特徴とする上記(7)に記載の制振部材。
【0028】
(9)前記超弾性合金材の化学組成が、質量%で、Mn:26.2〜45.8%、Al:6.2〜9.6%およびNi:5.8〜13.4%を含有し、残部がFeおよび不純物からなることを特徴とする上記(1)から(6)までのいずれかに記載の制振部材。
【0029】
(10)前記超弾性合金材の化学組成が、Feの一部に代えて、質量%で、さらにSi:2.9%以下、Ti:4.8%以下、V:5.1%以下、Cr:5.2%以下、Co:5.8%以下、Cu:6.2%以下、Mo:9.1%以下、W:16.1%以下、B:0.2%以下およびC:0.2%以下から選択される1種以上を含有することを特徴とする上記(9)に記載の制振部材。
【発明の効果】
【0030】
本発明によれば、例えば、鉄骨造の建物において層間変位角が1/200以下の小規模の地震は当然のことながら層間変位角が1/100程度の大地震に対しても、超弾性合金材によって残留変形を生じることなく揺れを吸収することができる。さらに想定を超えるような層間変位角が1/50程度の巨大地震が発生し、超弾性合金材の伸びだけで対応できなくなったとしても、鋼材の塑性変形によって揺れを吸収することが可能となる。したがって、本発明の制振部材は、経済性および安全性の双方において優れており、建築物等の構造物に用いる制振部材に最適である。
【図面の簡単な説明】
【0031】
【図1】本発明に係る制振部材の一例を模式的に示した図である。
【図2】本発明に係る、中空の円筒状を呈する伸び規制部材を模式的に示した図である。
【図3】本発明に係る、中空の円筒状を呈する伸び規制部材の設置途中における状態を模式的に示した斜視図である。
【図4】本発明に係る、一面が開口した中空の直方体状を呈する伸び規制部材を模式的に示した斜視図である。
【図5】本発明に係る、穴のあいた2つの円盤を2本の棒で接合した形状を呈する伸び規制部材を模式的に示した斜視図である。
【図6】本発明に係る、丸棒材の中央部に形成した長孔を押し広げてフレームを形成し、その両端部の中央に穴をあけた形状を呈する伸び規制部材を模式的に示した斜視図である。
【発明を実施するための形態】
【0032】
図1は、本発明に係る制振部材の一例を模式的に示した図である。本発明の制振部材には、鋼材1、超弾性合金材2および伸び規制部材3が含まれる。本発明の制振部材は、筋かい、方杖等の棒材として用いられるのが好ましいが、これらに限られるものではない。各構成要素について、以下に詳細を示す。
【0033】
1.鋼材
本発明の制振部材に用いられる鋼材1については、特に制限はないが、普通鋼等の通常の鋼材を用いることができる。地震による揺れを全て後述の超弾性合金材2の変形のみで吸収するためには、鋼材1の引張強度を超弾性合金材2の引張強度より強くすることが好ましい。なお、鋼材は、特に鋼棒であることが好ましい。
【0034】
2.超弾性合金材
本発明の制振部材に用いられる超弾性合金材2については、Ni−Ti系合金、Cu−Al−Mn系合金、Fe系合金等を用いることができるが、中でもコストおよび性能の双方に優れたCu−Al−Mn系合金またはFe系合金を用いることが好ましい。なお、超弾性合金材は、特に超弾性合金棒として用いられるのが好ましい。
【0035】
<化学組成>
本発明の超弾性合金材の化学組成については、特に規定はないが、(A)Al:7.8〜8.8%およびMn:7.2〜14.3%を含有し、残部がCuおよび不純物からなる化学組成を有するもの、または、(B)Mn:26.2〜45.8%、Al:6.2〜9.6%およびNi:5.8〜13.4%を含有し、残部がFeおよび不純物からなる化学組成を有するものであることが望ましい。
【0036】
ここで「不純物」とは、合金を工業的に製造する際に、鉱石、スクラップ等の原料、製造工程の種々の要因によって混入する成分であって、本発明に悪影響を与えない範囲で許容されるものを意味する。
【0037】
各元素の限定理由は下記のとおりである。なお、以下の説明において含有量についての「%」は、「質量%」を意味する。
【0038】
(A)Cu−Al−Mn系合金
Al:7.8〜8.8%
Alは、超弾性を向上させるβ相を安定化させる元素であり、低温におけるα相の析出を抑制する。その含有量が7.8%未満では、高温域においてβ単相を形成できない。しかし、8.8%を超えると合金が極めて脆くなる。したがって、Al含有量は7.8〜8.8%とするのが好ましい。
【0039】
Mn:7.2〜14.3%
Mnは、含有させることにより、β相が存在し得る組成範囲を低Al側へ広げ、合金の冷間加工性が著しく向上する。その含有量が7.2%未満では、満足な冷間加工性が得られず、かつβ単相領域を形成することができない。しかし、14.3%を超えると、十分な形状回復特性が得られない。したがって、Mn含有量は7.2〜14.3%とするのが好ましい。
【0040】
本発明に係るCu−Al−Mn系超弾性合金材は、Cuの一部に代えて、さらに以下に示す量のFe、Ni、Co、Sn、Sb、Be、Ti、B、C、W、V、Nb、Mo、Zr、Cr、Si、Mg、P、ミッシュメタル、Zn、Ge、S、BiおよびAgから選択される1種以上を含有することができる。上記のうちFeからCまでの元素は、合金の強度上昇に寄与する元素であり、WからSiまでの元素は、耐摩耗性および/または耐食性に寄与する元素である。また、Mg、Pおよびミッシュメタルは、主に靱性の向上に寄与し、ZnおよびGeは、マルテンサイト変態温度の上昇に寄与し、さらに、S、BiおよびAgは、切削加工性または冷間加工性の向上に寄与する元素である。
【0041】
Fe:3%以下、
Ni:3%以下、
Co:2%以下、
Sn:1%以下、
Sb:1%以下および
Be:1%以下
Fe、Ni、Co、Sn、SbおよびBeは基地組織の強化に有効な元素であるので、必要に応じて含有させることができる。しかしながら、これらの含有量が過剰な場合、合金の靱性が悪化するので、FeおよびNiは3%以下、Coは2%以下、Sn、SbおよびBeは1%以下とするのが好ましい。上記の効果は、これらの元素から選択される1種以上を0.001%以上含有させた場合に顕著となる。
【0042】
Ti:2%以下
Tiは、合金特性を阻害する元素であるNおよびOと結合して、酸化物および窒化物を形成する。またはBと共に含有させるとホウ化物を形成し、析出強化に寄与するので、必要に応じて含有させることができる。しかしながら、含有量が過剰な場合、これらの効果は飽和してコストが嵩み、しかも、過剰でまた粗大なTi系炭窒化物が生成することにより冷間加工性が低下するので、Tiは2%以下とするのが好ましい。上記の効果は、0.001%以上含有させた場合に顕著となる。
【0043】
B:0.5%以下および
C:0.5%以下
BおよびCは粒界に偏析して、粒界を強化する効果を有するので、必要に応じて含有させることができる。しかしながら、これらの含有量が過剰な場合、この効果は飽和し、また、冷間加工性が低下するのでBおよびCは0.5%以下とするのが好ましい。上記の効果は、少なくともいずれかの元素を0.001%以上含有させた場合に顕著となる。
【0044】
W:1%以下、
V:1%以下、
Nb:1%以下、
Mo:1%以下および
Zr:1%以下
W、V、Nb、MoおよびZrは硬度を上げて耐摩耗性を向上させる効果を有するので、必要に応じて含有させることができる。また、これらの元素はほとんど合金基地に固溶しないので、bcc結晶として析出し、析出強化に有効である。しかしながら、これらの含有量が過剰な場合、これらの効果は飽和するので、W、V、Nb、MoおよびZrは1%以下とするのが好ましい。上記の効果は、これらの元素から選択される1種以上を0.001%以上含有させた場合に顕著となる。
【0045】
Cr:2%以下
Si:2%以下
Crは耐摩耗性および耐食性を維持するのに有効な元素であり、Siは耐食性を向上させる効果を有する元素であるので、必要に応じて含有させることができる。しかしながら、これらの含有量が過剰な場合、この効果は飽和するのでCrおよびSiは2%以下とするのが好ましい。上記の効果は、少なくともいずれかの元素を0.001%以上含有させた場合に顕著となる。
【0046】
Mg:0.5%以下
Mgは合金特性を阻害する元素であるNおよびOを除去するとともに、Sを硫化物として固定し、熱間加工性および靱性を向上させる効果があるので、必要に応じて含有させることができる。しかしながら、含有量が過剰な場合、粒界偏析を招き、脆化の原因となるので、Mgは0.5%以下とするのが好ましい。上記の効果は、0.001%以上含有させた場合に顕著となる。
【0047】
P:0.5%以下
ミッシュメタル:5%以下
Pおよびミッシュメタルは脱酸剤として作用し、靱性向上の効果を有するので、必要に応じて含有させることができる。しかしながら、これらの含有量が過剰な場合、この効果は飽和してコストが嵩むので、Pは0.5%以下、ミッシュメタルは5%以下とするのが好ましい。上記の効果は、Pを0.01%以上および/またはミッシュメタルを0.001%以上含有させた場合に顕著となる。
【0048】
なお、ミッシュメタルは、ランタンからルテチウムまでの計15元素の混合物であり、ミッシュメタルの含有量は上記元素の合計量を意味する。
【0049】
Zn:5%以下、
Ge:1%以下、
ZnおよびGeはマルテンサイト変態温度を上昇させる効果を有するので、必要に応じて含有させることができる。しかしながら、これらの含有量が過剰な場合、この効果は飽和するので、Znは5%以下、Geは1%以下とするのが好ましい。上記の効果は、少なくともいずれかの元素を0.001%以上含有させた場合に顕著となる。
【0050】
S:0.3%以下、
Bi:1%以下および
Ag:2%以下
Sは、Cu−Al−Mn系超弾性合金に含有させることでMnS等の硫化物が微量に形成され、優れた切削加工性が発現される。また、Biも切削加工性の向上な有効な元素であり、Agは冷間加工性を向上させる元素である。したがって、これらの元素を必要に応じて含有させることができる。この効果を得たい場合は、これらの元素から選択される1種以上を0.001%以上含有させるのが好ましい。しかしながら、これらの含有量が過剰な場合、これらの効果は飽和してコストが嵩むので、Sは0.3%以下、Biは1%以下、Agは2%以下とするのが好ましい。
【0051】
なお、上記のFeからAgまでの元素を複合して含有させる場合には、合計含有量で5%を超えるとマルテンサイト変態温度が低下し、β単相組織が不安定になるため、合計含有量の上限は、5%にすることが好ましい。
【0052】
(B)Fe系合金
Mn:26.2〜45.8%
Mnは、マルテンサイト相の生成を促進する元素である。Mnの含有量を調節することにより、マルテンサイト変態の開始温度(Ms)および終了温度(Mf)、逆マルテンサイト変態の開始温度(As)および終了温度(Af)、ならびにキュリー温度(Tc)を変化させることができる。その含有量が26.2質量%未満では、母相のBCC構造が安定過ぎてマルテンサイト変態しなくなる場合がある。一方、45.8質量%を超えると、母相がBCC構造とならなくなる。したがって、Mn含有量は26.2〜45.8%とするのが好ましい。Mn含有量は、31.4%以上とするのがより好ましく、35.6%以上とするのがさらに好ましい。また、Mn含有量は、41.4%以下とするのがより好ましく、39.2%以下とするのがさらに好ましい。
【0053】
Al:6.2〜9.6%
Alは、BCC構造を有する母相の生成を促進する元素である。その含有量が6.2質量%未満では、母相がfcc構造になる。一方、9.6質量%を超えると、BCC構造が安定過ぎてマルテンサイト変態を生じない。したがって、Al含有量は6.2〜9.6%とするのが好ましい。Al含有量は、6.7以上とするのがより好ましく、7.3%以上とするのがさらに好ましい。また、Al含有量は、9%以下とするのがより好ましく、8.4%以下とするのがさらに好ましい。
【0054】
Ni:5.8〜13.4%
Niは、母相に規則相を析出させて形状記憶特性を向上させる元素である。その含有量が5.8質量%未満では、形状記憶特性が十分でない。一方、13.4質量%を超えると、延性が低下してしまう。したがって、Ni含有量は5.8〜13.4%とするのが好ましい。Ni含有量は、5.6%以上とするのがより好ましく、6.7%以上とするのがさらに好ましい。また、Ni含有量は、11.6%以下とするのがより好ましく、9.3%以下とするのがさらに好ましい。
【0055】
本発明に係るFe系超弾性合金材は、Feの一部に代えて、さらに以下に示す量のSi、Ti、V、Cr、Co、Cu、Mo、W、BおよびCから選択される1種以上を含有することができる。
【0056】
Si:2.9%以下、
Ti:4.8%以下、
V:5.1%以下、
Cr:5.2%以下、
Co:5.8%以下、
Cu:6.2%以下、
Mo:9.1%以下、
W:16.1%以下、
B:0.2%以下および
C:0.2%以下
上記のSiからCまでの元素は、形状記憶特性、延性および耐食性を向上させる元素であるとともに、それらの含有量を調整することによってMsおよびTcを変化させることができる。また、Coは磁気特性を向上させる作用を有する。しかしながら、これらの含有量が過剰な場合、合金が脆化するおそれがあるので、それぞれの元素の含有量を上記に示す上限値以下とするのが好ましい。上記の効果は、Siを0.05%以上、Tiを0.09%以上、Vを0.1%以上、Crを0.1%以上、Coを0.1%以上、Cuを0.1%以上、Moを0.2%以上、Wを0.4%以上、Bを0.0002%以上およびCを0.0002%以上から選択される1種以上を含有させた場合に顕著となる。
【0057】
なお、上記のSiからCまでの元素を複合して含有させる場合には、合計含有量で28.1%を超えると合金が脆化するおそれがあるため、合計含有量の上限は、28.1%にすることが好ましい。合計含有量の上限は、23%とするのがより好ましく、17.2%とするのがさらに好ましい。
【0058】
<鋼材との接合>
超弾性合金材2は、鋼材1と直列に接合させる。接合方法については特に規定しないが、例えば、超弾性合金材2および鋼材1の一方に雄ねじを形成し、他方に雌ねじを形成することで接合しても良いし、両方に雄ねじを形成し、高ナット等を介して接合しても良い。この際、超弾性合金材2と鋼材1とは、逆ねじになるように雄ねじを形成するのが、施工性向上の観点から望ましい。
【0059】
<割合>
制振部材の全長に対する超弾性合金材の占める割合が10%未満であると、地震による揺れを全て超弾性合金材の変形のみで吸収することが困難になる。一方、60%を超えると、制振部材の材料にかかるコストが過大となる。したがって、制振部材の全長に対する超弾性合金材の占める割合は、10〜60%とすることが好ましい。
【0060】
3.伸び規制部材
本発明の制振部材は、超弾性合金材の伸びが指定値を超えるのを規制する伸び規制部材部材3を有する。伸び規制部材3の構造については、超弾性合金材の伸びが指定値に到達した時点で、それ以上の超弾性合金材の変形を規制することができるものであれば、特に制限はないが、例えば以下に示すような構造とすることが好ましい。
【0061】
図2は、本発明の伸び規制部材3の一例を模式的に示した図である。伸び規制部材3は、第1規制部材3aおよび第2規制部材3bの2つの部材で構成される。第1規制部材3aは、少なくとも鋼材1に固定されており、超弾性合金材2を挟んで両側の鋼材1に1つずつの計2つ形成する。図2に示すように、鋼材1と超弾性合金材2とを高ナットを用いて接合させる場合、該高ナットを第1規制部材3aとして兼用することができる。この時、第1規制部材としての高ナットは、超弾性合金材2および鋼材1の双方に固定されることになる。また、2つの第1規制部材3aは、それぞれ鋼材の軸方向外側に外面当接部(面)4を有している。
【0062】
第2規制部材3bは、1つの部材または2つ以上の部材を接合してなる部材である。第2規制部材3bは、2つの第1規制部材3aのそれぞれ外側の鋼材軸上に、軸方向内側に向いた2つの内面当接部(面)5を有している。すなわち、2つの外面当接部4および2つの内面当接部5は対向配置している。そして、超弾性合金材2の伸びが指定値に到達した時点で第1規制部材3aの外面当接部4および第2規制部材3bの内面当接部5が当接することによって、超弾性合金材2のそれ以上の伸びを規制するものである。
【0063】
上記のような働きをするものであればどのような構造でも良いが、例えば、図2および3に示すような両端に穴のあいた中空の筒状とすることができる。図3は設置途中の状態を示した斜視図である。設置状態において、超弾性合金材2および第1規制部材3aを兼用する高ナットは、第2規制部材3bである中空の筒の中に収納される。穴の大きさは、鋼材が自由に動ける程度であり、第1規制部材である高ナットが通り抜けられない程度とする。
【0064】
上記の構造とすることで、超弾性合金材2の変形が小さい場合、第2規制部材3bは、鋼材1および超弾性合金材2の双方に影響を及ぼさない状態となっており、一方、大きな変形が発生した場合、超弾性合金材2の伸びが指定値に到達した時点で、第1規制部材3aの外面当接部4と第2規制部材3bの内面当接部5とが当接し、超弾性合金材2の変形を規制する。
【0065】
伸び規制部材3に用いる材質については、特に制限はないが、普通鋼等の通常の鋼材を用いることができる。ただし、伸び規制部材3によって、超弾性合金材2の伸びを規制し、それ以上の変形を鋼材1の塑性変形によって吸収されるためには、伸び規制部材3の引張強度が鋼材1より高いことが好ましい。
【0066】
第2規制部材3bの具体的な態様については、図2および3に示すものの他、例えば、図4に示すように、一面が開口した中空の直方体としても良い。また、図5に示すように、穴のあいた2つの円盤を2本の棒でねじ止めまたは溶接により接合した形状としても良いし、図6に示すように、丸棒材の中央部に長さ方向に長孔を形成し、この長孔を押し広げてフレームを形成した後、フレームの両端部の中央に穴をあけた形状としても良い。
【0067】
前述のように、地震の揺れに伴い、制振部材に圧縮力が生じた場合、座屈が生じる可能性が高く、伸び規制部材が座屈による曲げ変形を受けると本来の機能を発揮しなくなるおそれがある。制振部材の座屈時におけるたわみは、概ねsin関数の半波の形に変形すると考えられるため、曲率は制振部材の中央程大きく、端部ほど小さくなる。したがって、伸び規制部材を有する超弾性合金材は、曲率の小さい端部付近に配置するのが良い。具体的には、超弾性合金材は、制振部材の一端または両端から中心方向に全長の3分の1の位置までの範囲に介在させるのが好ましい。
【0068】
なお、本発明に係る制振部材は、上述の態様に限定されるものではない。また、本発明の制振部材は、自動車、航空機、鉄道車両、船舶、機械等の構造材にも用いることができるが、建築物等の構造物に最も優れた効果を発揮する。
【産業上の利用可能性】
【0069】
本発明によれば、例えば、鉄骨造の建物において層間変位角が1/200以下の小規模の地震は当然のことながら層間変位角が1/100程度の大地震に対しても、超弾性合金材によって残留変形を生じることなく揺れを吸収することができる。さらに想定を超えるような層間変位角が1/50程度の巨大地震が発生し、超弾性合金材の伸びだけで対応できなくなったとしても、鋼材の塑性変形によって揺れを吸収することが可能となる。したがって、本発明の制振部材は、経済性および安全性の双方において優れており、建築物等の構造物に用いる制振部材に最適である。
【符号の説明】
【0070】
1.鋼材
2.超弾性合金材
3.伸び規制部材
3a.第1規制部材
3b.第2規制部材
4.外面当接部
5.内面当接部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
鋼材に1つ以上の超弾性合金材を該鋼材と直列に接合するように介在させた制振部材であって、該超弾性合金材の伸びを指定値以下に規制するための伸び規制部材を有することを特徴とする制振部材。
【請求項2】
前記鋼材の引張強度が前記超弾性合金材より高く、かつ、前記伸び規制部材の引張強度が前記鋼材より高いことを特徴とする請求項1に記載の制振部材。
【請求項3】
前記超弾性合金材が制振部材の一端または両端から中心方向に全長の3分の1の位置までの範囲に介在していることを特徴とする請求項1または請求項2に記載の制振部材。
【請求項4】
制振部材の全長に対する超弾性合金材の占める割合が10〜60%であることを特徴とする請求項1から請求項3までのいずれかに記載の制振部材。
【請求項5】
前記伸び規制部材が外面当接部を有する第1規制部材および2つの内面当接部を有する第2規制部材からなり、
該第1規制部材が、少なくとも超弾性合金材を挟んで両側の鋼材に1つずつ固定され、それぞれの外面当接部が鋼材および超弾性合金材の軸方向において、超弾性合金材の反対面に配置され、
該第2規制部材の2つの内面当接部が、前記2つの外面当接部に対向するように配置され、
超弾性合金材の伸びが指定値に到達した時点で該外面当接部および該内面当接部同士が当接することによって、それ以上の超弾性合金材の伸びを規制するものである
ことを特徴とする請求項1から請求項4までのいずれかに記載の制振部材。
【請求項6】
建造物の筋かいまたは方杖として使用されることを特徴とする請求項1から請求項5までのいずれかに記載の制振部材。
【請求項7】
前記超弾性合金材の化学組成が、質量%で、Al:7.8〜8.8%およびMn:7.2〜14.3%を含有し、残部がCuおよび不純物からなることを特徴とする請求項1から請求項6までのいずれかに記載の制振部材。
【請求項8】
前記超弾性合金材の化学組成が、Cuの一部に代えて、質量%で、さらにFe:3%以下、Ni:3%以下、Co:2%以下、Sn:1%以下、Sb:1%以下、Be:1%以下、Ti:2%以下、B:0.5%以下、C:0.5%以下、W:1%以下、V:1%以下、Nb:1%以下、Mo:1%以下、Zr:1%以下、Cr:2%以下、Si:2%以下、Mg:0.5%以下、P:0.5%以下、ミッシュメタル:5%以下、Zn:5%以下、Ge:1%以下、S:0.3%以下、Bi:1%以下およびAg:2%以下から選択される1種以上を含有することを特徴とする請求項7に記載の制振部材。
【請求項9】
前記超弾性合金材の化学組成が、質量%で、Mn:26.2〜45.8%、Al:6.2〜9.6%およびNi:5.8〜13.4%を含有し、残部がFeおよび不純物からなることを特徴とする請求項1から請求項6までのいずれかに記載の制振部材。
【請求項10】
前記超弾性合金材の化学組成が、Feの一部に代えて、質量%で、さらにSi:2.9%以下、Ti:4.8%以下、V:5.1%以下、Cr:5.2%以下、Co:5.8%以下、Cu:6.2%以下、Mo:9.1%以下、W:16.1%以下、B:0.2%以下およびC:0.2%以下から選択される1種以上を含有することを特徴とする請求項9に記載の制振部材。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2013−87908(P2013−87908A)
【公開日】平成25年5月13日(2013.5.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−230671(P2011−230671)
【出願日】平成23年10月20日(2011.10.20)
【出願人】(511254468)一般社団法人構造技術研究会 (1)
【Fターム(参考)】