説明

加工変質層評価方法

【課題】単結晶の加工変質層の評価を簡便かつ定量的にできるような非破壊検査を提供する。
【解決手段】単結晶の加工変質層を検出するための単結晶から得られるX線ロッキングカーブの解析方法であって、ピーク強度に対する裾部分の強度の比率に基づいて前記加工変質層を評価する方法である。この際、前記裾野部分の位置を、X線解析強度がバックグラウンドレベルまで減衰した位置、または、ピーク位置から±5000秒離れた位置とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、青色発光ダイオード等の作製に用いられるGaN単結晶基板などの単結晶の加工変質層の検出方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
窒化ガリウムバルクウエハは、青色レーザー用基板材料として実用化されており、高輝度高効率LED用基板やパワーデバイス用基板としての開発が活発化している。
【0003】
これらデバイス用の基板として用いるためには、研磨加工は欠かすことができない。研磨加工の目的は、ウエハを所定の形状に精度よく成形することであるが、ただ単に成形しただけでは、意図した性能が発揮されない。すなわち、ウエハの表面に加工によるダメージ層(加工変質層)が残存していると、ウエハ本来の物性値を劣化させたり、ウエハ上に作製される機能層に悪影響を及ぼしたりすることがある。従って、窒化ガリウムウエハに研磨加工を施す際には、最終研磨工程が終わった段階で、加工変質層が除去されていることが望ましい。
【0004】
特許文献1(WO2005/041283)では、窒化ガリウムの加工変質層についての議論がなされている。窒化ガリウムには物理的化学的性質が異なるGa面とN面があること、両者の研磨されやすさ、エッチングされやすさが異なること、研磨により加工変質層が発生すること、加工変質層はドライエッチングにより除去可能であること、などが開示されている。一方、加工変質層の有無をどのように判別するかについては記載されていない。
【0005】
窒化ガリウム単結晶の表面の加工変質層を直接測定する方法を明記している文献は見つかっていないが、窒化ガリウム単結晶層に対してX線を照射し、得られたX線ロッキングカーブの半値全幅から窒化ガリウム単結晶層の結晶品質を測定する方法が知られている(特許文献2:特許3184717号)。
【0006】
特許文献3(特許第2894154号)では、シリコン単結晶ウエハの加工変質層の測定方法が開示されている。シリコンウエハをウエットエッチングし、表面に発生するエッチピットの個数を測定する。加工変質層では、他の部分と比較してより多くのエッチピットが発生することから、加工変質層の深さを見積もることが可能としている。
【0007】
また、特許文献4(特開2001-296118)には、加工変質層を含むシリコンウエハの表面の一部を円弧状に除去し、酸溶液で処理することにより、この部分に現れた加工変質層を顕微鏡で観察し、その深さを見積もる方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】WO2005/041283
【特許文献2】特許3184717号
【特許文献3】特許第2894154号
【特許文献4】特開2001-296118
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
特許文献2(特許3184717号)では、X線ロッキングカーブの半値全幅から窒化ガリウム単結晶層の結晶品質を測定しているが、バルク状の窒化ガリウム単結晶表面の加工変質層の有無と性状を測定することは明記されていない。
【0010】
特許文献3(特許第2894154号)、特許文献4(特開2001-296118)ではシリコン表面の加工変質層を測定しているが、いずれも化学的エッチングによるものである。化学的エッチングを用いる方法は、シリコンウエハにエッチピットが発生する破壊検査であり、実際の製品を直接測定することができない。また、目視による判断であるため、観察者に依存するおそれがある。また、更に強酸を加熱して用いる必要があることから、環境に悪い。
【0011】
本発明の課題は、単結晶の加工変質層の評価を簡便かつ定量的にできるような非破壊検査を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明は、単結晶から得られるX線ロッキングカーブのピーク強度に対する裾部分の強度の比率に基づいて、単結晶の加工変質層を検出することを特徴とする、単結晶の加工変質層の検出方法に係るものである。
【発明の効果】
【0013】
単結晶の表面にX線を照射して得られるX線ロッキングカーブの半値幅は、単結晶の結晶品質を反映する。単結晶の表面に加工変質層があると、表面は、通常、モザイク化している。すなわち、非晶質層や多結晶層が生成しており、その内側にモザイク層が残留する。多結晶層が生成していると、X線ロッキングカーブがブロードになり、半値幅が大きくなるものと思われる。
【0014】
一方、本発明者が更に検討したところ、X線ロッキングカーブには、上記した非晶質層や多結晶層に起因する情報とは別種の情報源があることを見いだした。これは本発明者の発見である。
【0015】
すなわち、本発明者は、単結晶を平面研削加工して加工変質層を表面に導入した。この段階では、X線ロッキングカーブの半値幅が大きくなり、かつ、X線ロッキングカーブの裾野が大きく広がる。普通に考えると、X線ロッキングカーブは単結晶表面の結晶性を表すものであるから、X線ロッキングカーブの半値幅が小さくなれば、裾の広がりも少なくなるものと考えられる。
【0016】
本発明者は、この平面研削加工後の単結晶をダイヤモンド砥粒でラップ加工し、平面の凹凸を減らし、表面の多結晶層を除去することを試みた。このラップ加工後にX線ロッキングカーブの半値幅を測定したところ、ラップ加工前よりも小さくなっていた。これは、平面研削加工によって表面に導入された非晶質層ないし多結晶層が部分的に除去されているので、結晶品質が向上し、半値幅が小さくなったものと考えられる。
【0017】
ところが、X線ロッキングカーブの半値幅が小さくなったのにもかかわらず、ピークの裾がむしろ高くなっていることを発見した。つまり、単結晶表面の結晶性が改善しているのにもかかわらず、別の欠陥に起因するピークが生じてきたということであり、X線ロッキングカーブが表面の結晶品質以外の情報を含んでいるということを意味する。
【0018】
本発明者は、逆格子マップを利用してこの現象を更に検討した結果、X線ロッキングカーブの裾高さの上昇が、結晶品質そのものよりも、むしろ多結晶層下の歪み層の導入、増大に起因することを突き止めた。
【0019】
すなわち、図1に示すように、加工変質層の表面には、機械的応力の印加によって生じた結晶性の乱れに起因する、非晶質層、多結晶層、モザイク層が生ずる。これらはミクロに見た場合の結晶方位のずれを伴うため、X線の回折角度が本来の角度からずれることになり、X線ロッキングカーブの半値幅に直接反映する傾向がある。一方、モザイク層と完全結晶層との間には、応力漸移層(歪み層)が生成し,残留することがある。この歪みが大きい場合には、歪み層の上にクラックが生成する。
【0020】
こうした歪み層が導入されると、X線ロッキングカーブの裾の高さが大きくなることが判明した。この原因は、ラップ加工等の加工で加えられた応力により結晶格子が変形し、格子定数に僅かなバラツキが生じて回折条件が微妙に変わるためと考えられる。例えば上述の例では、ラップ加工で多結晶層を除去するために横方向に加わる応力によって、c軸長が僅かに変化した歪み層が導入されたものと考えられる。従って、同一の結晶系においては、X線ロッキングカーブの裾の高さを測定すれば、歪み層の存在および程度を定量的に測定することが可能となるわけである。この方法を用いれば、単結晶表面の加工変質層の有無および程度を非破壊で検査することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【図1】典型的な加工変質層の構造を示す模式図である。矢印は結晶の特定の方位を表す。実際には各層の間には明確な境界は存在しない。
【図2】窒化ガリウム単結晶の表面加工方法と、窒化ガリウム単結晶から得られたX線ロッキングカーブとの関係を示すグラフである。回折強度(Intensity)はピーク強度を1として規格化してある。
【図3】窒化ガリウム単結晶の表面加工方法と、窒化ガリウム単結晶から得られたX線ロッキングカーブとの関係を示すグラフである。回折強度(Intensity)はピーク強度を1として規格化してある。
【発明を実施するための形態】
【0022】
(単結晶)
本発明が対象とする単結晶としては、シリコン、GaAs、GaP、InP、SiC、III族金属の窒化物などの半導体単結晶、ニオブ酸リチウム、ニオブ酸タンタル、石英、サファイアなどの酸化物単結晶、CaF2、NaIなどのハロゲン化物単結晶が好ましい。特に好ましくは、窒化ガリウム、窒化アルミニウム、窒化インジウムおよびこれらよりなる混晶(AlInGaN)を例示できる。
【0023】
(X線ロッキングカーブ)
X線回折装置を用い、X線を単結晶に照射しながら単結晶を回折中心軸周りに回転させた際に得られる回折強度をプロットした曲線がX線ロッキングカーブである。
本発明では、好ましくは、4結晶を用いるX線回折法を利用する。この方法は、単結晶の格子定数を精密に評価し、その半値幅から結晶の完全性を評価する方法である。具体的には、X線を4個(2組)の結晶から成るモノクロメーターによって高度に単色化して試料に照射し、この試料から回折するX線のピークを得る。
【0024】
X線源は、Cu,W、Mo、Co、Fe、Cr管球を光源とする特性X線が適用可能であるが、CuK線、MoK線が好ましく、特に好ましくはCukα1 である。
【0025】
管電圧は限定されないが、20〜60kVが好ましく,例えば40kVである。
【0026】
管電流は限定されないが、30〜50mAが好ましく、例えば40mAである。
【0027】
単色化のためのモノクロメーター結晶としては、Ge(220)、Ge(440)、Ge(111)が好ましく、Ge(220)が特に好ましい。
【0028】
また、測定対象の単結晶のうちどの回折ピークを測定するかは、X線回折の知識を用いて適宜実施すればよい。
【0029】
例えば、シリコン単結晶の場合には、(100)(111)の回折ピークを測定することが好ましい。また、GaN、AlN、AlGaNのような窒化物単結晶の場合には、(0002)(10−12)(10−10)の回折ピークを測定することが好ましい。
【0030】
(X線ロッキングカーブの半値幅)
本発明でいう半値幅とは、得られたX線ロッキングカーブの半値全幅(FWHM:full width athalf-maximum)である。半値幅は、ピーク強度の50%の強度における半値幅である。
【0031】
(X線ロッキングカーブのピーク強度に対する裾部分の強度の比率)
ピーク強度とは、X線ロッキングカーブのピーク位置での強度である。裾部分の強度を測定する位置は、加工変質層が生成していない単結晶のX線ロッキングカーブを測定した場合に、回折強度がバックグラウンドレベルまで減衰する位置であることが望ましい。好適な実施形態においては、X線ロッキングカーブの裾部分の強度は、ピーク位置から+4900〜5100秒離れた位置の強度と、−4900〜5100秒離れた位置の強度との平均値である。典型的には、ピーク位置から+5000秒離れた位置の強度と、−5000秒離れた位置の強度との平均値である。
【0032】
この比率が高いと、加工変質層、特に加工歪み層が生成していることがわかる。また比率の数値を比較することによって、加工歪み層の度合いを知ることができる。
【実施例】
【0033】
市販の気相法によるGaNウエハ(未研磨)のX線ロッキングカーブ測定(0002反射)を実施した。その後、横型研削機による平面研削(砥石#600)、ダイヤモンドラップ装置によるラップ加工(砥粒3μm、0.5μm)、CMP加工(コロイダルアルミナ)、ドライエッチング加工(塩素系ガス)を施し、各工程ごとにX線ロッキングカーブ測定を実施した。測定結果を図2および図3に示す。図2では縦軸をリニア軸とし、図3では縦軸を対数軸としてプロットした。
【0034】
表1にX線ロッキングカーブ半値幅および裾部分の反射強度を示す。X線ロッキングカーブ半値幅はピーク強度の50%の強度での半値幅であり、裾部分の強度はピーク位置から±5000秒離れた位置の強度の平均値である。図3から、加工変質層および応力歪み層がない場合のX線回折強度は、ピーク位置から±5000秒離れた位置ではバックグラウンドと同等レベルである。
【0035】
【表1】

【0036】
また、発生が予想される加工変質層の模式図を図1に示す。
半値幅は平面研削でいったん大きくなるが、工程が進むにつれて減少し、CMP研磨によりほぼ未研磨と同じ状態に戻ることが判明した。これは、平面研削により、半値幅に影響を及ぼす多結晶層とモザイク層が導入されるが、ダイヤモンドラップとCMPでほぼ除去されることを示唆している。一方、裾部分の強度については、平面研削よりもむしろダイヤモンドラップで増加した。これは事前の予想と異なっており、ダイヤモンドラップにより面内水平方向に圧縮応力が導入され、c軸が僅かに大きくなった応力歪み層が発生したためと考察された。この歪みはCMPでは回復せず、ドライエッチング加工により、ようやく回復した。
【0037】
このように、X線ロッキングカーブの裾部分の強度が高くなると、加工歪み層が導入されていることを示し、この強度が低くなると、導入された加工歪み層が除去され、あるいは減少していることが理解できる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
単結晶から得られるX線ロッキングカーブのピーク強度に対する裾部分の強度の比率に基づいて、前記単結晶の加工変質層を検出することを特徴とする、単結晶の加工変質層の検出方法。
【請求項2】
前記加工変質層が歪み層であることを特徴とする、請求項1記載の方法。
【請求項3】
前記裾部分の位置が、前記加工変質層のない単結晶のX線ロッキングカーブを測定した場合に、X線回折強度がバックグラウンドレベルまで減衰した位置であることを特徴とする、請求項1記載の方法。
【請求項4】
前記裾部分の位置が、ピーク位置から±5000秒離れた位置である、請求項1または2記載の方法。
【請求項5】
前記単結晶がIII族窒化物単結晶であることを特徴とする、請求項1〜4のいずれか一つの請求項に記載の方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2011−108801(P2011−108801A)
【公開日】平成23年6月2日(2011.6.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−261626(P2009−261626)
【出願日】平成21年11月17日(2009.11.17)
【出願人】(000004064)日本碍子株式会社 (2,325)
【Fターム(参考)】