説明

加速度推定装置および車両

【課題】車両の進行方向の加速度を高精度で推定することができる加速度推定装置およびそれを備えた車両を提供することである。
【解決手段】等速用カルマンフィルタ330は、自動二輪車100の停止時および等速走行時にx方向加速度オフセットおよびz方向加速度オフセットを推定する。オフセット補正部360は、加速時および減速時にx方向加速度オフセット推定値およびz方向加速度オフセット推定値に基づいてx方向加速度およびz方向加速度を補正する。加減速用カルマンフィルタ340は、加速時および減速時に車輪速度、補正されたx方向加速度およびz方向加速度に基づいて車体1のピッチ角を推定する。加速度補正部370は推定されたピッチ角、補正されたx方向加速度およびz方向加速度に基づいてX方向加速度およびZ方向加速度を得る。車速演算部380はX方向加速度の時間積分によりX方向速度を算出する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
車両の加速度を推定する加速度推定装置およびそれを備えた車両に関する。
【背景技術】
【0002】
車両の走行速度は、車輪の回転速度に基づいて算出することができる。しかし、車両の急激な加速時には、車輪が路面に対して滑りながら回転することがある。また、急激な減速時(制動時)には、路面に対して滑ることがある。このような場合には、車輪の回転速度から算出された速度は、実際の車両の走行速度と一致しない。
【0003】
そこで、加速度センサを用いて車両の前後方向の加速度を検出し、検出された加速度を積分することにより速度を算出することが行われる。
【0004】
しかしながら、急激な加速時または減速時には、車体のピッチングにより車体が進行方向に対して上下に傾斜する。すなわち、急激な加速時には、車体の前部が浮き上がり、急激な減速時には、車体の前部が沈み込む。それにより、加速度センサにより検出される車両の前後方向の加速度は車両の走行方向の加速度と正確には一致しない。
【0005】
特許文献1には、前後方向の加速度を検出する加速度センサの不要成分を除去することにより前後方向の加速度の推定値を算出する車両用前後加速度推定装置が記載されている。
【0006】
特許文献1の前後加速度推定装置では、加速度センサの出力電圧の変化を周波数分析し、DCオフセットによるもの、温度ドリフトによるもの、道路状況によるもの、車両の加減速によるもの、および車体のピッチングによるものに分類する。そして、カルマンフィルタを用いて加速度センサによる前後加速度の検出値から特定の周波数よりも高い周波数を有する変動成分のみを取り出す。
【0007】
それにより、前後加速度の検出値から低い周波数を有するDCオフセットによる変動成分および温度ドリフトによる変動成分が除去される。その結果、経時変化および温度変化に影響されない前後方向加速度の推定値が得られるとされている。
【特許文献1】特開平10−104259号公報
【特許文献2】特開平8−268257号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
特許文献1の前後加速度推定装置では、加速度センサの検出値から特定の周波数帯域における不要成分を除去することができる。したがって、加速度センサの検出値から特定の周波数帯域の変動成分のみを除去することにより車体のピッチングによる変動成分を除去することが考えられる。
【0009】
しかしながら、特定の周波数帯域以外のピッチングによる変動成分を除去することはできない。そのため、車両の加速時および減速時に車両の前後方向の加速度を正確に推定することができない。
【0010】
一方、特許文献2には、車両の実車速を推定する実車速推定装置が記載されている。この実車速推定装置では、ロール剛性係数およびピッチング剛性係数を定義し、それらのロール剛性係数およびピッチング剛性係数を用いて横加速度センサの出力および前後加速度センサの出力を補正している。
【0011】
しかしながら、車両の加速時および減速時のピッチ角の変動は一定ではない。特許文献2の実車速推定装置では、前後加速度センサの出力とピッチ角との関係がピッチング剛性係数により定められているため、車両の任意のピッチングに対応して車両の進行方向の加速度を正確に推定することはできない。
【0012】
本発明の目的は、車両の進行方向の加速度を正確に推定することができる加速度推定装置およびそれを備えた車両を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0013】
(1)第1の発明に係る加速度推定装置は、車両の加速度を推定する加速度推定装置であって、車両に設けられ、車両の前後方向の加速度を検出する第1の加速度センサと、車両に設けられ、車両の上下方向の加速度を検出する第2の加速度センサと、第1の加速度センサの検出値および第2の加速度センサの検出値の関係に基づいて車両のピッチ角を推定するピッチ角推定手段と、ピッチ角推定手段により得られるピッチ角の推定値、第1の加速度センサの検出値および第2の加速度センサの検出値に基づいて重力方向に直交する車両の進行方向の加速度を算出する加速度算出手段とを備えたものである。
【0014】
その加速度推定装置においては、第1の加速度センサおよび第2の加速度センサが車両に設けられる。第1の加速度センサにより車両の前後方向の加速度が検出され、第2の加速度センサにより車両の上下方向の加速度が検出される。また、第1の加速度センサの検出値および第2の加速度センサの検出値の関係に基づいてピッチ角推定手段により車両のピッチ角が推定される。そして、ピッチ角の推定値、第1の加速度センサの検出値および第2の加速度センサの検出値に基づいて車両の進行方向の加速度が算出される。
【0015】
このようにして、車両の任意のピッチングによるピッチ角を高精度で推定することが可能となる。それにより、車両の進行方向の加速度を高い精度で検出することができる。
【0016】
(2)加速度推定装置は、加速度算出手段により得られる進行方向の加速度の算出値を積分することにより進行方向の速度を算出する速度算出手段をさらに備えてもよい。この場合、車両の進行方向の速度を高い精度で検出することができる。
【0017】
(3)ピッチ角推定手段は、重力方向に垂直な車両の進行方向の加速度、重力方向に平行な鉛直方向の加速度、第1の加速度センサの検出値、第2の加速度センサの検出値および車両のピッチ角の関係を用いて車両のピッチ角を推定する第1のカルマンフィルタを含んでもよい。
【0018】
この場合、第1のカルマンフィルタにより車両のピッチ角が推定される。それにより、車両の前後方向の加速度の検出値および上下方向の加速度の検出値に任意の周波数のピッチングによる重力の影響が与えられる場合でも、車両のピッチ角をより高精度で検出することが可能となる。
【0019】
(4)加速度推定装置は、車両の略等速時に、第1の加速度センサのオフセットおよび第2の加速度センサのオフセットを推定するオフセット推定手段と、車両の加速時または減速時に、オフセット推定手段により得られた第1の加速度センサのオフセットの推定値および第2の加速度センサのオフセットの推定値に基づいて第1の加速度センサの検出値および第2の加速度センサの検出値を補正する補正手段とをさらに備え、ピッチ角推定手段は、車両の加速時または減速時に、補正手段により補正された第1の加速度センサの検出値および第2の加速度センサの検出値の関係に基づいて車両のピッチ角を推定してもよい。
【0020】
ここで、車両の略等速時とは、車両の停止時および車両の走行速度の変化率が予め定められたしきい値以下のときをいう。しきい値は、例えば−0.2m/sから+0.2m/sの範囲である。
【0021】
この場合、車両の略等速時に、オフセット推定手段により第1の加速度センサのオフセットおよび第2の加速度センサのオフセットが推定される。ここで、第1の加速度センサのオフセットおよび第2の加速度センサのオフセットは、短時間では変化しない。
【0022】
車両の加速時または減速時には、車両の略等速時に得られた第1の加速度センサのオフセットの推定値および第2の加速度センサのオフセットの推定値に基づいて第1の加速度センサの検出値および第2の加速度センサの検出値が補正手段により補正される。そして、補正された第1の加速度センサの検出値および第2の加速度センサの検出値の関係に基づいて車両のピッチ角が推定される。それにより、車両のピッチ角をより高い精度で検出することができる。
【0023】
(5)加速度推定装置は、車両の車輪速度を検出する車輪速度検出器をさらに備え、オフセット推定手段は、進行方向の加速度、鉛直方向の加速度、第1の加速度センサの検出値、第2の加速度センサの検出値、進行方向の速度、鉛直方向の速度、車輪速度検出器の検出値から得られる車両の速度、および車両のピッチ角の関係を用いて、第1の加速度センサのオフセットおよび第2の加速度センサのオフセットを推定する第2のカルマンフィルタを含んでもよい。
【0024】
この場合、第2のカルマンフィルタにより第1の加速度センサのオフセットおよび第2の加速度センサのオフセットが推定される。それにより、前後方向の加速度の検出値および上下方向の加速度の検出値に任意の周波数のピッチングによる重力の影響が与えられる場合でも、第1の加速度センサのオフセットおよび第2の加速度センサのオフセットをより正確に推定することが可能となる。その結果、車両のピッチ角をより高い精度で検出することができる。
【0025】
また、第1の加速度センサおよび第2の加速度センサに与えられる観測外乱が第2のカルマンフィルタにおいて除去される。それにより、車両の進行方向の加速度に基づいて制御される制御系が観測外乱により不安定になることが防止される。
【0026】
(6)オフセット推定手段は、車輪速度検出器により検出される車輪速度の変化率が予め定められたしきい値以下の場合に、車両が略等速状態であると判定し、ピッチ角推定手段は、車輪速度検出器により検出される車輪速度の変化率がしきい値よりも高い場合に、車両が加速または減速していると判定してもよい。
【0027】
この場合、車輪速度の変化率がしきい値以下の場合に車両が略等速状態であると判定され、オフセット推定手段により第1の加速度センサのオフセットおよび第2の加速度センサのオフセットが推定される。さらに、車輪速度の変化率がしきい値よりも高い場合に車両が加速または減速していると判定され、ピッチ角推定手段により車両のピッチ角が推定される。
【0028】
それにより、車両の速度が小さく変化している場合でも、第1の加速度センサのオフセットおよび第2の加速度センサのオフセットを高精度で検出することができる。その結果、車両の加速時または減速時に、車両のピッチ角をより高精度で検出することができる。
【0029】
(7)第2の発明に係る車両は、車体と、車体に設けられた車輪と、車体に設けられた第1の発明に係る加速度推定装置と、加速度推定装置により得られる進行方向の加速度に基づいて車輪の回転を制御する制御手段とを備えたものである。
【0030】
加速度推定装置により第1の加速度センサの検出値および第2の加速度センサの検出値の関係に基づいて車両のピッチ角が推定され、ピッチ角の推定値、第1の加速度センサの検出値および第2の加速度センサの検出値に基づいて車両の進行方向の加速度が算出される。それにより、車両の進行方向の加速度を高い精度で検出することができる。
【0031】
そして、加速度推定装置により得られる車両の進行方向の加速度に基づいて制御手段により車輪の回転が制御される。
【発明の効果】
【0032】
本発明によれば、第1の加速度センサの検出値および第2の加速度センサの検出値の関係に基づいてピッチ角推定手段により車両のピッチ角が推定される。そして、ピッチ角の推定値、第1の加速度センサの検出値および第2の加速度センサの検出値に基づいて車両の進行方向の加速度が算出される。
【0033】
このようにして、車両の任意のピッチングによるピッチ角を高精度で推定することが可能となる。それにより、車両の進行方向の加速度を高い精度で検出することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0034】
以下の実施の形態では、本発明に係る加速度推定装置を自動二輪車に適用した例を説明する。
【0035】
(1)本実施の形態の基本思想
まず、本実施の形態に係る加速度検出装置を備える自動二輪車の減速時の加速度の関係について説明する。
【0036】
図1は減速時に加速度センサが受ける加速度の関係を示す図である。
【0037】
図1に示すように、自動二輪車100の前輪ブレーキによる減速時には、フロントサスペンションが縮み、かつリアサスペンションが伸びた状態となり、自動二輪車100が進行方向に対して前のめりに傾斜する。
【0038】
自動二輪車100の地上に固定された座標系を地上座標系とし、自動二輪車100に取り付けられた加速度センサに固定された座標系をセンサ座標系とする。
【0039】
地上座標系では、水平な地面600上での自動二輪車100の進行方向(重力に垂直な方向)をX方向と定義し、鉛直方向(重力の方向)をZ方向と定義する。したがって、自動二輪車100の姿勢にかかわらず地上座標系のX方向およびZ方向は変化しない。
【0040】
センサ座標系では、自動二輪車100が水平状態にあるときの自動二輪車100の水平軸の方向(車体1の前後方向)をx方向と定義し、自動二輪車100の水平軸に垂直な方向(車体1の上下方向)をz方向と定義する。したがって、自動二輪車100の姿勢によりセンサ座標系のx方向およびz方向は地上座標系のX方向およびZ方向に対して傾斜する。
【0041】
以下、地上座標系のX方向を単にX方向または進行方向と呼び、地上座標系のZ方向を単にZ方向または鉛直方向と呼ぶ。
【0042】
図1よりセンサ座標系におけるx方向の加速度Gおよびz方向の加速度Gは、地上座標系におけるX方向の加速度aおよびZ方向の加速度aを用いて次式で表される。
【0043】
=acosθ−asinθ …(1)
=asinθ+acosθ …(2)
上式(1),(2)において、θは車体1のピッチ角である。
【0044】
本実施の形態の自動二輪車100には、車体1のx方向の加速度Gを検出するx方向加速度センサおよびz方向の加速度Gを検出するz方向加速度センサが設けられる。
【0045】
x方向加速度センサによりx方向の加速度Gを検出し、z方向加速度センサによりz方向の加速度Gを検出し、ピッチ角θを求めることにより、自動二輪車100の地上座標系におけるX方向の加速度aおよびZ方向の加速度aを測定することができる。
【0046】
一般に、加速度センサにはオフセットが存在する。ここで、加速度センサのオフセットとは、加速度0m/sのときの加速度センサの出力電圧の公称値と加速度センサの実際の出力電圧の値との差を加速度の単位(m/s)に換算した値をいう。
【0047】
以下、x方向加速度センサのオフセットをx方向加速度オフセットと呼び、z方向加速度センサのオフセットをz方向加速度オフセットと呼ぶ。
【0048】
本実施の形態では、自動二輪車100の略等速時に、後述する拡張カルマンフィルタを用いてx方向加速度オフセットおよびz方向加速度オフセットを推定する。
【0049】
ここで、略等速時とは、自動二輪車100の停止時、自動二輪車100の等速走行時および自動二輪車100の走行速度の変化率が予め定められたしきい値以下のときを含む。以下の説明では、等速走行時および走行速度の変化率がしきい値以下のときを単に等速走行時と呼ぶ。
【0050】
そして、自動二輪車100の加速時および減速時に、x方向加速度オフセットおよびz方向加速度オフセットの推定値に基づいてx方向の加速度Gおよびz方向の加速度Gを補正し、x方向の加速度Gおよびz方向の加速度Gの補正値に基づいて車体1のピッチ角θを推定する。さらに、ピッチ角θの推定値を用いて自動二輪車100のX方向の加速度およびZ方向の加速度を算出する。また、X方向の加速度を積分することにより自動二輪車100のX方向の速度を算出する。
【0051】
(2)本実施の形態に係る自動二輪車の全体の構成
図2は本実施の形態に係る自動二輪車100の全体の概略構成を示す図である。この自動二輪車100には、後述するABS(アンチロック・ブレーキ・システム)が搭載される。
【0052】
図2に示すように、自動二輪車100の車体1の前部に前輪2が取り付けられ、車体1の後部に後輪3が取り付けられている。
【0053】
前輪2の中心部には前輪2とともに回転するセンサロータ4が設けられている。センサロータ4に前輪2の回転速度を検出する前輪速度センサ5が取り付けられている。また、前輪2を制動するために前輪2のブレーキディスクに接触するフロントブレーキキャリパ6が設けられている。
【0054】
後輪3の中心部には後輪3とともに回転するセンサロータ7が設けられている。センサロータ7に後輪3の回転速度を検出する後輪速度センサ8が取り付けられている。また、後輪3を制動するために後輪3のブレーキディスクに接触するリアブレーキキャリパ9が設けられている。
【0055】
車体1の前側の上部にはハンドル11が左右に揺動可能に設けられ、ハンドル11にフロントブレーキレバー12および警告灯13が設けられている。
【0056】
車体1の中央部には、油圧ユニット10が設けられている。車体1の中央部の下側にはリアブレーキペダル14が設けられている。車体1の重心位置には、x方向加速度センサ21およびz方向加速度センサ22が取り付けられている。x方向加速度センサ21およびz方向加速度センサ22としては、傾斜検出、エアバックの衝撃検出、ハードディスクの落下検出等に用いられる2軸加速度センサまたは3軸加速度センサを用いることができる。
【0057】
車体1の後部には、電子制御ユニット(以下、ECUと略記する)30およびフェイルセーフリレー31が設けられている。
【0058】
(3)ABSの構成
図3はABSの油圧系統および電気系統を示す模式図である。
【0059】
図3に示すように、フロントブレーキレバー12にマスタシリンダ15が接続され、マスタシリンダ15は油圧ユニット10に接続されている。マスタシリンダ15には、ブレーキスイッチ17が設けられている。また、リアブレーキペダル14にマスタシリンダ16が接続され、マスタシリンダ16は油圧ユニット10に接続されている。マスタシリンダ16には、ブレーキスイッチ18が設けられている。
【0060】
運転者がフロントブレーキレバー12を操作すると、マスタシリンダ15が油圧ユニット10からフロントブレーキキャリパ6に供給される作動油の圧力を上昇させる。それにより、フロントブレーキキャリパ6が駆動され、前輪2が制動される。このとき、ブレーキスイッチ17がオンすることによりECU30に前輪ブレーキ信号Bfが与えられる。
【0061】
また、運転者がリアブレーキペダル14を操作するとマスタシリンダ16が油圧ユニット10からリアブレーキキャリバ9に供給される作動油の圧力を上昇させる。それにより、リアブレーキキャリバ9が駆動され、後輪3が制動される。このとき、ブレーキスイッチ18がオンすることによりECU30に後輪ブレーキ信号Brが与えられる。
【0062】
前輪2のセンサロータ4に設けられた前輪速度センサ5からECU30に前輪2の回転速度を示す前輪速度信号Rfが与えられる。また、後輪3のセンサロータ7に設けられた後輪速度センサ8からECU30に後輪3の回転速度を示す後輪速度信号Rrが与えられる。以下、前輪2の回転速度を前輪速度と呼び、後輪3の回転速度を後輪速度と呼ぶ。
【0063】
x方向加速度センサ21からECU30にx方向加速度を示すx方向加速度信号Axが与えられる。また、z方向加速度センサ22からECU30にz方向加速度を示すz方向加速度信号Azが与えられる。
【0064】
ECU30は、前輪ブレーキ信号Bfまたは後輪ブレーキ信号Brに応答して油圧ユニット10内の油圧ポンプ用モータを駆動するためのモータ駆動信号MDをフェイルセーフリレー31を介して油圧ユニット10に出力する。
【0065】
また、ECU30は、前輪速度信号Rf、後輪速度信号Rr、x方向加速度信号Axおよびz方向加速度信号Azに基づいて、前輪用の減圧信号FPおよび後輪用の減圧信号RPをフェイルセーフリレー31を介して油圧ユニット10に出力する。
【0066】
油圧ユニット10は、前輪用の減圧信号FPに応答してフロントブレーキキャリパ6に供給される作動油の圧力を減少させる。それにより、フロントブレーキキャリパ6による前輪2の制動が緩められる。また、自動二輪車100は、後輪用の減圧信号RPに応答してリアブレーキキャリパ9に供給される作動油の圧力を減少させる。それにより、リアブレーキキャリパ9による後輪3の制動が緩められる。
【0067】
フェイルセーフリレー31は、ABSの故障時に油圧ユニット10のABSの動作を通常の制動動作に切り替える。ABSの故障時には、警告灯13が点灯する。
【0068】
(4)車速推定部の構成
図4は車速推定部の構成を示すブロック図である。
【0069】
本実施の形態に係る加速度推定装置は図4の車速推定部300に用いられる。車速推定部300は、速度選択部310、フィルタ選択部320、等速用カルマンフィルタ330、加減速用カルマンフィルタ340、オフセット記憶部350、オフセット補正部360、加速度補正部370および車速演算部380を含む。車速推定部300内の各構成要素は、図2および図3のECU30およびプログラムの機能により実現される。
【0070】
速度選択部310には、前輪速度センサ5および後輪速度センサ8からそれぞれ前輪速度信号Rfおよび後輪速度信号Rrが与えられ、x方向加速度センサ21からx方向加速度信号Axが与えられる。
【0071】
速度選択部310は、自動二輪車100の略等速時(停止時および等速走行時)には、前輪速度信号Rfを車速として選択する。加減速時には、前輪速度信号Rfおよび後輪速度信号Rrに基づいて前輪速度と後輪速度とを比較し、加速時には前輪速度および後輪速度のうち小さい方の値を車速として選択し、減速時には前輪速度および後輪速度のうち大きい方の値を車速として選択する。なお、略等速状態または加減速状態の判定は、判定時に選択されている車速の変化率に基づいて行われる。また、速度選択部310により選択された車速は車速演算部380に出力される。
【0072】
等速用カルマンフィルタ330には、速度選択部310から車速が与えられ、x方向加速度センサ21およびz方向加速度センサ22からそれぞれx方向加速度信号Axおよびz方向加速度信号Azが与えられる。等速用カルマンフィルタ330は、自動二輪車100の略等速時(停止時および等速走行時)に後述する方法でx方向加速度オフセットおよびz方向加速度オフセットを推定し、x方向加速度オフセット推定値およびz方向加速度オフセット推定値を得る。
【0073】
オフセット記憶部350は、等速用カルマンフィルタ330により得られたx方向加速度オフセット推定値およびz方向加速度オフセット推定値を記憶する。
【0074】
オフセット補正部360には、x方向加速度センサ21およびz方向加速度センサ22からそれぞれx方向加速度信号Axおよびz方向加速度信号Azが与えられ、オフセット記憶部350からx方向加速度オフセット推定値およびz方向加速度オフセット推定値が与えられる。オフセット補正部360は、自動二輪車100の加速時および減速時に、x方向加速度オフセット推定値、z方向加速度オフセット推定値、x方向加速度信号Axおよびz方向加速度信号Azに基づいてx方向加速度およびz方向加速度を補正する。
【0075】
加減速用カルマンフィルタ340は、自動二輪車100の加速時および減速時に、速度選択部310から与えられる車輪速度ならびにオフセット補正部360により補正されたx方向加速度およびz方向加速度に基づいて車体1のピッチ角を推定し、ピッチ角推定値を得る。
【0076】
フィルタ選択部320には、速度選択部310から略等速状態または加減速状態の判定結果を示す情報が与えられる。フィルタ選択部320は、判定結果を示す情報に基づき、略等速状態のときには等速用カルマンフィルタ330を動作させ、加速または減速状態のときには加減速用カルマンフィルタ340を動作させるとともに車速演算部380を動作させる。
【0077】
加速度補正部370は、加減速用カルマンフィルタ340により得られたピッチ角推定値に基づいてオフセット補正部360により補正されたx方向加速度およびz方向加速度を補正することによりX方向加速度およびZ方向加速度を得る。
【0078】
車速演算部380は、動作直前に速度選択部310から得られる車速を初期値として加速度補正部370により得られるX方向加速度を時間積分することによりX方向速度(車速)を算出し、車速を示す車速信号VXを出力する。
【0079】
(5)車速推定部の動作
図5は車速推定部300におけるx方向加速度オフセットおよびz方向加速度オフセットの推定動作と車輪速度の変化との関係を説明するための図である。図5の縦軸はオフセットおよび車輪速度を表し、横軸は時間を表す。太い実線が車輪速度の変化を示し、細い実線がx方向加速度オフセット推定値およびz方向加速度オフセット推定値の変化を示す。
【0080】
自動二輪車100の停止時および等速走行時に等速用カルマンフィルタ330においてx方向加速度オフセットおよびz方向加速度オフセットの推定動作が行われ、加速時および減速時にはx方向加速度オフセット推定値およびz方向加速度オフセット推定値が保持される。
【0081】
図6は車速推定部300の動作を示すフローチャートである。
【0082】
車速推定部300のフィルタ選択部320は、速度選択部310で選択された車輪速度の変化率が予め定められたしきい値よりも大きいか否かを判定する(ステップS1)。ここで、しきい値は、例えば−0.2〜+0.2[m/s]に設定される。
【0083】
車輪速度の変化率が予め定められたしきい値以下の場合には、フィルタ選択部320は、自動二輪車100が停止または等速走行しているとみなし、車輪速度から車速を算出する(ステップS2)。ここで、車速は後述するX方向速度観測値に相当する。
【0084】
次に、等速用カルマンフィルタ330は、後述する方法でx方向加速度センサ21のオフセット(x方向加速度オフセット)およびz方向加速度センサ22のオフセット(z方向加速度オフセット)をそれぞれ推定し、x方向加速度オフセット推定値およびz方向加速度オフセット推定値を得る(ステップS3)。この場合、後述するZ方向速度観測値はたとえば0とする。その後、ステップS1に戻る。
【0085】
ステップS1において車輪速度の変化率が予め定められたしきい値よりも大きい場合には、フィルタ選択部320は、自動二輪車100が加速または減速しているとみなし、オフセット記憶部350はx方向加速度オフセット推定値およびz方向加速度オフセット推定値の前回値(ステップS3で推定された値)を記憶する(ステップS4)。
【0086】
次に、オフセット補正部360は、オフセット記憶部350に記憶されたx方向加速度オフセット推定値およびz方向加速度オフセット推定値に基づいて後述する方法でx方向加速度センサ21の検出値およびz方向加速度センサ22の検出値をそれぞれ補正する(ステップS5)。
【0087】
次いで、加減速用カルマンフィルタ340は、オフセット補正部360により補正されたx方向加速度センサ21の検出値およびz方向加速度センサ22の検出値に基づいて後述する方法で車体1のピッチ角を推定し、ピッチ角推定値を得る(ステップS6)。
【0088】
次に、加速度補正部370は、オフセット補正部360により補正されたx方向加速度センサ21の検出値、z方向加速度センサ22の検出値およびピッチ角推定値を用いて後述する方法でx方向加速度およびz方向加速度を補正することによりX方向加速度およびY方向加速度を算出する(ステップS7)。
【0089】
さらに、車速演算部380は、X方向加速度を時間積分することにより車速を算出する(ステップS8)。その後、ステップS1に戻る。
【0090】
(6)ABS信号処理部の構成および動作
図7はABS信号処理部の構成を示すブロック図である。
【0091】
図7のABS信号処理部は、車速推定部300、第1の信号発生部400および第2の信号発生部500を含む。図7のABS信号処理部は、図2および図3のECU30およびプログラムの機能により実現される。
【0092】
第1の信号発生部400は、加速度演算部410、スリップ判定部420、加速度判定部430および減圧信号発生部440を含む。第2の信号発生部500は、加速度演算部510、スリップ判定部520、加速度判定部530および減圧信号発生部540を含む。
【0093】
第1の信号発生部400のスリップ判定部420には、前輪速度センサ5から前輪速度信号Rfが与えられ、車速推定部300から車速信号VXが与えられる。加速度演算部410には、前輪速度センサ5から前輪速度信号Rfが与えられる。
【0094】
スリップ判定部420は、前輪速度信号Rfに基づいて算出される車速と車速信号VXにより示される車速との差が予め定められた基準値よりも大きいか否かに基づいて前輪2がスリップしているか否かを判定する。
【0095】
加速度演算部410は、前輪速度信号Rfに基づいて前輪2の加速度を算出する。加速度判定部430は、加速度演算部410により算出された加速度が負から正に変化したか否かに基づいて前輪2がスリップ状態から回復しているか否かを判定する。
【0096】
減圧信号発生部440は、スリップ判定部420により前輪2がスリップしていると判定されたときに減圧信号FPを図3の油圧ユニット10に与え、加速度判定部430により前輪2がスリップ状態から回復していると判定されたときに減圧信号FPを解除する。
【0097】
第2の信号発生部500のスリップ判定部520には、後輪速度センサ8から後輪速度信号Rrが与えられ、車速推定部300から車速信号VXが与えられる。加速度演算部510には、後輪速度センサ8から後輪速度信号Rrが与えられる。
【0098】
スリップ判定部520は、後輪速度信号Rrに基づいて算出される車速と車速信号VXにより示される車速との差が予め定められた基準値よりも大きいか否かに基づいて後輪3がスリップしているか否かを判定する。
【0099】
加速度演算部510は、後輪速度信号Rrに基づいて後輪3の加速度を算出する。加速度判定部530は、加速度演算部510により算出された加速度が負から正に変化したか否かに基づいて後輪3がスリップ状態から回復しているか否かを判定する。
【0100】
減圧信号発生部540は、スリップ判定部520により後輪3がスリップしていると判定されたときに減圧信号RPを図3の油圧ユニット10に与え、加速度判定部530により後輪3がスリップ状態から回復していると判定されたときに減圧信号RPを解除する。
【0101】
(7)等速用カルマンフィルタ330によるオフセットの推定
次に、等速用カルマンフィルタ330によるx方向加速度オフセットおよびz方向加速度オフセットの推定方法について説明する。
【0102】
x方向加速度オフセット、z方向加速度オフセット、観測雑音およびプロセス雑音を考慮すると、次の状態方程式が得られる。kはステップ(離散時刻)である。
【0103】
【数1】

【0104】
観測方程式は下記式のようになる。
【0105】
【数2】

【0106】
上式(3),(4)の行列の要素を表1に示す。
【0107】
【表1】

【0108】
上式(4)のX方向速度観測値Vobx(k)は図4の前輪速度センサ5から与えられる前輪速度信号Rfにより得られる。Z方向速度観測値Vobz(k)は、停止時および等速走行時にはほとんど0であると考えられるので、ここでは0.0m/sに設定する。
【0109】
x方向加速度観測値Gobx(k)はx方向加速度センサ21からのx方向加速度信号Axにより得られ、z方向加速度観測値Gobz(k)はz方向加速度センサ22からのz方向加速度信号Azにより得られる。
【0110】
観測雑音およびプロセス雑音については、現実的および経験的に妥当性のある値をそれぞれ設定し、その値を基準としてシミュレーションにより調整する。
【0111】
上式(3)の左辺はステップk+1における状態ベクトルxk+1であり、状態ベクトルxk+1は次式のように表される。
【0112】
【数3】

【0113】
上式(3)の右辺第1項は係数ベクトルAおよびステップkにおける状態ベクトルxの積であり、係数ベクトルAおよび状態ベクトルxは次式のように表される。
【0114】
【数4】

【0115】
【数5】

【0116】
上式(3)の右辺第2項はステップkにおけるプロセス雑音ベクトルwであり、プロセス雑音ベクトルwは次式のように表される。
【0117】
【数6】

【0118】
上式(3)の右辺第3項はステップkにおける外力ベクトルuであり、外力ベクトルuは次式のように表される。
【0119】
【数7】

【0120】
上式(4)の左辺はステップkにおける観測ベクトルyであり、観測ベクトルyは次式のように表される。
【0121】
【数8】

【0122】
上式(4)の右辺第1項は係数ベクトルBおよびステップkにおける状態ベクトルxの積であり、係数ベクトルBは次式のように表される。
【0123】
【数9】

【0124】
上式(4)の右辺第2項はステップkにおける観測雑音ベクトルvであり、観測雑音ベクトルvは次式のように表される。
【0125】
【数10】

【0126】
上式(5)〜(9)から上式(3)は次式のように表される。
【0127】
【数11】

【0128】
上式(10)〜(12),(7)から上式(4)は次式のように表される。
【0129】
【数12】

【0130】
ここで、ピッチ角θを状態量(状態ベクトルの要素)に含めて以下のように拡張カルマンフィルタを用いて逐次計算によりx方向加速度オフセットおよびz方向加速度オフセットを推定する。
【0131】
ピッチ角θを含むステップkにおける状態ベクトルzは次式のように表される。
【0132】
【数13】

【0133】
添え字Tは転置行列を表す。また、関数f(z)を次式のように表す。
【0134】
【数14】

【0135】
上式(14)において、係数ベクトルFは次式のように表される。
【0136】
【数15】

【0137】
定数Aaxは例えば0であり、定数Aθpは例えば1である。ここで、ステップkにおける状態ベクトルzの推定値をzEk|kとし、ステップk−1における状態ベクトルzの推定値をzEk|k−1とし、ステップkにおける状態ベクトルzk+1の推定値をzEk+1|kとすると、フィルタ方程式は次式のようになる。
【0138】
【数16】

【0139】
【数17】

【0140】
上式(16)において、Kはカルマンゲインであり、観測ベクトルyは上式(10)で表される。また、関数h(zEk|k−1)については後述する。
【0141】
カルマンゲインKは次式のように表される。
【0142】
【数18】

【0143】
上式(18)において、Σk|k−1はステップk−1における状態ベクトルzの推定誤差の共分散行列であり、Σvkは観測雑音ベクトルvの共分散行列である。行列Hについては、後述する。
【0144】
状態ベクトルzの推定誤差の共分散行列Σk|kは次式のように表される。
【0145】
【数19】

【0146】
誤差の共分散行列方程式は次式のように表される。
【0147】
【数20】

【0148】
行列Gについては後述する。上式(18),(19)における行列Hは次式のように表される。
【0149】
【数21】

【0150】
また、上式(16)における関数h(zEk|k−1)は次式のように表される。
【0151】
【数22】

【0152】
上式(22)において、xEk|k−1はステップk−1における状態ベクトルxの推定値である。また、θpEk|k−1はステップk−1におけるピッチ角θ(k)の推定値である。行列Cは次式のように表される。
【0153】
【数23】

【0154】
上式(20)における行列Gは次式のように表される。
【0155】
【数24】

【0156】
上式(24)において、Iは単位行列である。
【0157】
上記の拡張カルマンフィルタにより自動二輪車100の停止時および等速走行時のx方向加速度オフセットεoffx(k)およびz方向加速度オフセットεoffz(k)とともにピッチ角θ(k)を推定することができる。
【0158】
(8)等速用カルマンフィルタ330のシミュレーション
ここで、上記の等速用カルマンフィルタ330のシミュレーションを行い、x方向加速度オフセットおよびz方向加速度オフセットを推定した。
【0159】
図8は加速度オフセットの真値と加速度オフセットの推定誤差との関係を示す図である。
【0160】
図8の横軸はx方向加速度オフセットおよびz方向加速度オフセットの真値を表し、縦軸は加速度オフセットの推定誤差を表す。加速度オフセットの推定誤差は、x方向加速度オフセットの推定値とx方向加速度オフセットの真値との差およびz方向加速度オフセットの推定値とz方向加速度オフセットの真値との差である。
【0161】
図8において、z方向加速度オフセットの推定誤差を白丸印で示し、x方向加速度オフセットの推定誤差を黒三角印で示す。図8に示すように、x方向加速度オフセットの推定誤差は0.06m/s以内であり、z方向加速度オフセットの推定誤差は0.001m/s以内であった。
【0162】
図9は加速度オフセットの推定過程における加速度オフセットの推定値の時間的変化を示す図である。
【0163】
図9の横軸は時間を表し、縦軸は加速度オフセットを表す。図9において、z方向加速度オフセットの真値を細い実線で示し、z方向加速度オフセットの推定値を太い実線で示し、x方向加速度オフセットの真値を細い点線で示し、x方向加速度オフセットの推定値を太い点線で示す。
【0164】
図9に示すように、x方向加速度オフセットの推定値およびz方向加速度オフセットの推定値は、共に2秒で完全に収束している。このことから、2秒以上の等速状態が存在すればx方向加速度オフセットおよびz方向加速度オフセットを推定することが可能となる。
【0165】
(9)加減速用カルマンフィルタ340によるピッチ角の推定
次に、加減速用カルマンフィルタ340によるピッチ角の推定方法について説明する。
【0166】
観測雑音およびプロセス雑音を考慮すると、次の状態方程式が得られる。kはステップ(離散時刻)である。
【0167】
【数25】

【0168】
観測方程式は下記式のようになる。
【0169】
【数26】

【0170】
上式(25),(26)の行列の要素を表2に示す。
【0171】
【表2】

【0172】
ここで、x方向加速度補正値GAobx(k)は図4のオフセット補正部360により補正されたx方向加速度であり、x方向加速度観測値Gobx(k)からx方向加速度オフセットεoffx(k)を減算した値である。また、z方向加速度補正値GAobz(k)は図4のオフセット補正部360により補正されたz方向加速度であり、z方向加速度観測値Gobz(k)からz方向加速度オフセットεoffz(k)を減算した値である。
【0173】
観測雑音およびプロセス雑音については、現実的および経験的に妥当性のある値をそれぞれ設定し、その値を基準としてシミュレーションにより調整する。
【0174】
上式(25)の左辺はステップk+1における状態ベクトルxk+1であり、状態ベクトルxk+1は次式のように表される。
【0175】
【数27】

【0176】
上式(25)の右辺第1項は係数ベクトルAおよびステップkにおける状態ベクトルxの積であり、係数ベクトルAおよび状態ベクトルxは次式のように表される。
【0177】
【数28】

【0178】
【数29】

【0179】
上式(25)の右辺第2項はステップkにおけるプロセス雑音ベクトルwであり、プロセス雑音ベクトルwは次式のように表される。
【0180】
【数30】

【0181】
上式(26)の左辺はステップkにおける観測ベクトルyであり、観測ベクトルyは次式のように表される。
【0182】
【数31】

【0183】
上式(26)の右辺第1項は係数ベクトルBおよびステップkにおける状態ベクトルxの積であり、係数ベクトルBは次式のように表される。
【0184】
【数32】

【0185】
上式(26)の第2項はステップkにおける観測雑音ベクトルvであり、観測雑音ベクトルvは次式のように表される。
【0186】
【数33】

【0187】
上式(27)〜(30)から上式(25)は次式のように表される。
【0188】
【数34】

【0189】
上式(31)〜(33),(29)から上式(26)は次式のように表される。
【0190】
【数35】

【0191】
ここで、ピッチ角θを状態量(状態ベクトルの要素)に含めて以下のように拡張カルマンフィルタを用いてピッチ角θを推定する。
【0192】
ピッチ角θを含むステップkにおける状態ベクトルzは次式のように表される。
【0193】
【数36】

【0194】
添え字Tは転置行列を表す。また、関数f(z)を次式のように表す。
【0195】
【数37】

【0196】
上式(35)において、係数ベクトルFは次式のように表される。
【0197】
【数38】

【0198】
定数Aaxは例えば0であり、定数Aθpは例えば1である。ここで、ステップkにおける状態ベクトルzの推定値をzEk|kとし、ステップk−1における状態ベクトルzの推定値をzEk|k−1とし、ステップKにおける状態ベクトルzk+1の推定値をzEk+1|kとすると、フィルタ方程式は次式のようになる。
【0199】
【数39】

【0200】
【数40】

【0201】
上式(37)において、Kはカルマンゲインであり、観測ベクトルyは上式(31)で表される。また、関数h(zEk|k−1)については後述する。
【0202】
カルマンゲインKは次式のように表される。
【0203】
【数41】

【0204】
上式(39)において、Σk|k−1はステップk−1における状態ベクトルzの推定誤差の共分散行列であり、Σvkは観測雑音ベクトルvの共分散行列である。行列Hについては、後述する。
【0205】
状態ベクトルzの推定誤差の共分散行列Σk|kは次式のように表される。
【0206】
【数42】

【0207】
誤差の共分散行列方程式は次式のように表される。
【0208】
【数43】

【0209】
行列Gについては後述する。行列Hは次式のように表される。
【0210】
【数44】

【0211】
また、上式(37)における関数h(zEk|k−1)は次式のように表される。
【0212】
【数45】

【0213】
上式(43)において、xEk|k−1はステップk−1における状態ベクトルxの推定値である。また、θpEk|k−1はステップk−1におけるピッチ角θ(k)の推定値である。行列Cは次式のように表される。
【0214】
【数46】

【0215】
上式(41)における行列Gは次式のように表される。
【0216】
【数47】

【0217】
上式(45)において、Iは単位行列である。
【0218】
上記の拡張カルマンフィルタにより自動二輪車100の加速時および減速時のピッチ角θ(k)を推定することができる。
【0219】
(10)加速度補正部370による加速度の補正
加速度補正部370は、上記の加減速用カルマンフィルタ340により得られたピッチ角の推定値を用いて次式によりx方向加速度およびz方向加速度を補正する。それにより、X方向加速度推定値およびZ方向加速度推定値を得る。
【0220】
【数48】

【0221】
上式(46)の行列の要素を表3に示す。
【0222】
【表3】

【0223】
ここで、x方向加速度補正値GAobx(k)は図4のオフセット補正部360により補正されたx方向加速度であり、x方向加速度観測値Gobx(k)からx方向加速度オフセットεoffx(k)を減算した値である。また、z方向加速度補正値GAobz(k)は図4のオフセット補正部360により補正されたz方向加速度であり、z方向加速度観測値Gobz(k)からz方向加速度オフセットεoffz(k)を減算した値である。
【0224】
上式(46)により自動二輪車100の加速時および減速時のX方向加速度推定値aExおよびZ方向加速度推定値aEzを算出することができる。
【0225】
(11)加減速用カルマンフィルタ340のシミュレーション
ここで、上記の加減速用カルマンフィルタ340および加速度補正部370のシミュレーションを行い、X方向加速度およびZ方向加速度を推定した。
【0226】
図10はX方向加速度の推定結果を示す図である。図10の横軸は時間を表し、縦軸は加速度を表す。
【0227】
図10において、X方向加速度の真値を点線で示し、加減速用カルマンフィルタ340により得られたピッチ角推定値θEpを用いて加速度補正部370により得られたX方向加速度推定値aExを実線で示し、オフセット補正部360により得られたx方向加速度補正値GAobx(k)を一点鎖線で示す。x方向加速度補正値GAobx(k)は、x方向加速度オフセットの影響が除去されているが、ピッチ角の影響を受けている。
【0228】
図10に示すように、X方向加速度推定値aExはx方向加速度補正値GAobx(k)に比較してX方向加速度の真値に近くなった。
【0229】
さらに、X方向加速度の真値、X方向加速度推定値aExおよびx方向加速度補正値GAobx(k)を時間積分することにより車速を推定した。
【0230】
図11は車速の推定結果を示す図である。図11の横軸は時間を表し、縦軸は車速推定値を表す。
【0231】
図11において、X方向加速度の真値を用いて算出された車速(X方向車速真値)を点線で示し、X方向加速度推定値aExを用いて算出されたX方向車速推定値を実線で示し、x方向加速度補正値GAobx(k)を用いて算出されたx方向車速推定値を一点鎖線で示す。
【0232】
図11に示すように、X方向加速度推定値aExを用いて算出されたX方向車速推定値は、x方向加速度補正値GAobx(k)を用いて算出されたx方向車速推定値に比較してX方向車速真値に近くなった。
【0233】
(12)本実施の形態の効果
(12−1)
本実施の形態に係る自動二輪車100においては、停止時および等速走行時に、車速推定部300の等速用カルマンフィルタ330によりx方向加速度センサ21のオフセットおよびz方向加速度センサ22のオフセットが高精度で推定される。それにより、x方向加速度センサ21の検出値およびz方向加速度センサ22の検出値に任意の周波数のピッチングによる重力の影響が与えられる場合でも、x方向加速度センサ21のオフセットおよびz方向加速度センサ22のオフセットを正確に推定することが可能となる。
【0234】
(12−2)
また、x方向加速度センサ21およびz方向加速度センサ22に与えられる観測外乱が等速用カルマンフィルタ330において除去される。それにより、車速推定部300により得られるX方向の車速により制御されるABSが観測外乱により不安定になることが防止される。
【0235】
(12−3)
また、自動二輪車100の停止時または等速走行時に得られたx方向加速度センサ21のオフセットの推定値およびz方向加速度センサ22のオフセットの推定値がオフセット記憶部350に記憶され、自動二輪車100の加速時または減速時には、オフセット記憶部350に記憶されたx方向加速度センサ21のオフセットの推定値およびz方向加速度センサ22のオフセットの推定値に基づいてx方向加速度センサ21の検出値およびz方向加速度センサ22の検出値がオフセット補正部360により補正される。それにより、自動二輪車100のx方向加速度およびz方向加速度を高い精度で検出することができる。
【0236】
(12−4)
また、自動二輪車100の加速時または減速時には、加減速用カルマンフィルタ340により車体1のピッチ角が推定される。それにより、任意の周波数のピッチングによるピッチ角を高価なジャイロセンサを用いることなく低コストかつ高精度で推定することが可能となる。
【0237】
(12−5)
さらに、ピッチ角の推定値、x方向加速度センサ21の検出値およびz方向加速度センサ22の検出値に基づいて加速度補正部370により自動二輪車100のX方向加速度およびY方向加速度が算出される。それにより、自動二輪車100のX方向加速度を高い精度で検出することができる。
【0238】
また、車速演算部380によりX方向加速度からX方向の車速が高い精度で得られる。したがって、前輪2および後輪3共にブレーキをかけた場合に、前輪2および後輪3の滑りを検出することができるとともに、車速を高精度で検出することができる。
【0239】
また、後輪3の駆動中に前輪2にブレーキをかけた場合などのように前輪2および後輪3の両方が滑っている場合には、前輪2および後輪3の車輪速度からは車体1の重心速度を求めることができない。このような場合でも、本実施の形態の車速推定部300を用いて前輪2および後輪3の滑りを検出することができるとともに、車速を高精度で検出することができる。
【0240】
(13)他の実施の形態
(a)上記実施の形態では、本発明の加速度推定装置をABSに適用した場合について説明したが、本発明はこれに限定されず、本発明の加速度推定装置を他のブレーキコントロールシステムに適用してもよく、トラクションコントロールシステムに適用してもよく、クルーズコントロールシステムに適用してもよい。トラクションコントロールシステムとは、駆動輪の駆動力またはエンジンの出力およびブレーキ力を制御することにより旋回時、発進時または加速時に最適な駆動力を得るシステムをいう。クルーズコントロールシステムとは、長距離または長時間の走行の際に自動的に車速を一定に制御するシステムをいう。
【0241】
また、本発明の加速度推定装置を電子スロットルによるドライバビリティコントロールに適用することもできる。ドライバビリティコントロールとは、運転の快適性能を得る制御をいう。本発明の加速度推定装置をドライバビリティコントロールに適用した場合には、加速度センサの誤差を低減することができるため、運転の快適性能を高精度に制御することができる。その結果、運転者に加速感の変化および変動を感じさせない滑らかな加速性を提供することが可能となる。
【0242】
さらに、本発明の加速度推定装置は、ナビゲーションシステムにおいてGPS(Global Positioning System)信号が受信できない場合に車両の加速度を推定するために利用することができる。
【0243】
(b)上記実施の形態では、車速推定部300内の各構成要素がECU30およびプログラムの機能により実現されるが、これに限定されず、車速推定部300内の複数の構成要素の一部または全てを電子回路等のハードウエアにより実現してもよい。
【0244】
(c)上記実施の形態では、オフセット推定部が拡張カルマンフィルタからなる等速用カルマンフィルタ330により構成されるが、これに限定されず、オフセット推定部が他の適応フィルタリング手法により実現されてもよい。例えば、LMS(最小平均二乗)適応フィルタまたはH∞フィルタリング等を用いてもよい。
【0245】
(d)上記実施の形態では、ピッチ角推定部が拡張カルマンフィルタからなる加減速用カルマンフィルタ340により構成されるが、これに限定されず、ピッチ角推定部が他の適応フィルタリング手法により実現されてもよい。例えば、LMS適応フィルタまたはH∞フィルタリング等を用いてもよい。
【0246】
(e)上記実施の形態の車速推定部300は、自動二輪車100に限らず、自動二輪車、四輪の自動車、三輪の自動車等の種々の車両に適用することができる。
【0247】
(14)請求項の各構成要素と実施の形態の各部との対応
以下、請求項の各構成要素と実施の形態の各部との対応の例について説明するが、本発明は下記の例に限定されない。
【0248】
上記実施の形態では、自動二輪車100が車両の例であり、x方向加速度センサ21が第1の加速度センサの例であり、z方向加速度センサ22が第2の加速度センサの例であり、加減速用カルマンフィルタ340がピッチ角推定手段または第1のカルマンフィルタの例であり、加速度補正部370が加速度算出手段の例である。
【0249】
また、前輪速度センサ5が車輪速度検出器の例であり、等速用カルマンフィルタ330がオフセット推定手段または第2のカルマンフィルタの例であり、オフセット補正部360が補正手段の例であり、車速推定部300が速度算出手段の例である。
【0250】
さらに、前輪2または後輪3が車輪の例であり、第1の信号発生部400および第2の信号発生部500が制御手段の例である。
【産業上の利用可能性】
【0251】
本発明は、自動二輪車、四輪の自動車、三輪の自動車等の種々の車両等に利用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0252】
【図1】減速時に加速度センサが受ける加速度の関係を示す図である。
【図2】本実施の形態に係る自動二輪車の全体の概略構成を示す図である。
【図3】ABSの油圧系統および電気系統を示す模式図である。
【図4】車速推定部の構成を示すブロック図である。
【図5】車速推定部におけるx方向加速度オフセットおよびz方向加速度オフセットの推定動作と車輪速度の変化率との関係を説明するための図である。
【図6】車速推定部の動作を示すフローチャートである。
【図7】ABS信号処理部の構成を示すブロック図である。
【図8】加速度オフセットの真値と加速度オフセットの推定誤差との関係を示す図である。
【図9】加速度オフセットの推定過程における加速度オフセットの推定値の時間的変化を示す図である。
【図10】X方向加速度の推定結果を示す図である。
【図11】車速の推定結果を示す図である。
【符号の説明】
【0253】
1 車体
2 前輪
3 後輪
4 センサロータ
5 前輪速度センサ
6 フロントブレーキキャリパ
7 センサロータ
8 後輪速度センサ
9 リアブレーキキャリバ
10 油圧ユニット
11 ハンドル
12 フロントブレーキレバー
13 警告灯
14 リアブレーキペダル
15,16 マスタシリンダ
17,18 ブレーキスイッチ
21 x方向加速度センサ
22 z方向加速度センサ
30 ECU
31 フェイルセーフリレー
100 自動二輪車
300 車速推定部
310 速度選択部
320 フィルタ選択部
330 等速用カルマンフィルタ
340 加減速用カルマンフィルタ
350 オフセット記憶部
360 オフセット補正部
370 加速度補正部
380 車速演算部
400 第1の信号発生部
500 第2の信号発生部
410,510 加速度演算部
420,520 スリップ判定部
430,530 加速度判定部
440,540 減圧信号発生部
600 地面
X方向の加速度
Z方向の加速度
x方向の加速度
z方向の加速度
θ ピッチ角
Ax x方向加速度信号
Az z方向加速度信号
Bf 前輪ブレーキ信号
Br 後輪ブレーキ信号
FP,RP 減圧信号
MD モータ駆動信号
Rf 前輪速度信号
Rr 後輪速度信号
VX 車速信号

【特許請求の範囲】
【請求項1】
車両の加速度を推定する加速度推定装置であって、
前記車両に設けられ、その車両の前後方向の加速度を検出する第1の加速度センサと、
前記車両に設けられ、その車両の上下方向の加速度を検出する第2の加速度センサと、
前記第1の加速度センサの検出値および前記第2の加速度センサの検出値の関係に基づいて前記車両のピッチ角を推定するピッチ角推定手段と、
前記ピッチ角推定手段により得られるピッチ角の推定値、前記第1の加速度センサの検出値および前記第2の加速度センサの検出値に基づいて重力方向に直交する車両の進行方向の加速度を算出する加速度算出手段とを備えたことを特徴とする加速度推定装置。
【請求項2】
前記加速度算出手段により得られる前記進行方向の加速度の算出値を積分することにより前記進行方向の速度を算出する速度算出手段をさらに備えたことを特徴とする請求項1記載の加速度推定装置。
【請求項3】
前記ピッチ角推定手段は、
重力方向に直交する前記車両の進行方向の加速度、重力方向と平行な鉛直方向の加速度、前記第1の加速度センサの検出値、前記第2の加速度センサの検出値および前記車両のピッチ角の関係を用いて前記車両のピッチ角を推定する第1のカルマンフィルタを含むことを特徴とする請求項1または2記載の加速度推定装置。
【請求項4】
前記車両の略等速時に、前記第1の加速度センサのオフセットおよび前記第2の加速度センサのオフセットを推定するオフセット推定手段と、
前記車両の加速時または減速時に、前記オフセット推定手段により得られた前記第1の加速度センサのオフセットの推定値および前記第2の加速度センサのオフセットの推定値に基づいて前記第1の加速度センサの検出値および前記第2の加速度センサの検出値を補正する補正手段とをさらに備え、
前記ピッチ角推定手段は、前記車両の加速時または減速時に、前記補正手段により補正された前記第1の加速度センサの検出値および前記第2の加速度センサの検出値の関係に基づいて前記車両のピッチ角を推定することを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載の加速度推定装置。
【請求項5】
前記車両の車輪速度を検出する車輪速度検出器をさらに備え、
前記オフセット推定手段は、
前記進行方向の加速度、前記鉛直方向の加速度、前記第1の加速度センサの検出値、前記第2の加速度センサの検出値、前記進行方向の速度、前記鉛直方向の速度、前記車輪速度検出器の検出値から得られる前記車両の速度、および前記車両のピッチ角の関係を用いて、前記第1の加速度センサのオフセットおよび前記第2の加速度センサのオフセットを推定する第2のカルマンフィルタを含むことを特徴とする請求項4記載の加速度推定装置。
【請求項6】
前記オフセット推定手段は、前記車輪速度検出器により検出される車輪速度の変化率が予め定められたしきい値以下の場合に、前記車両が略等速状態であると判定し、
前記ピッチ角推定手段は、前記車輪速度検出器により検出される車輪速度の変化率が前記しきい値よりも高い場合に、前記車両が加速または減速していると判定することを特徴とする請求項4または5記載の加速度推定装置。
【請求項7】
車体と、
前記車体に設けられた車輪と、
前記車体に設けられた請求項1〜6のいずれかに記載の加速度推定装置と、
前記加速度推定装置により得られる進行方向の加速度に基づいて前記車輪の回転を制御する制御手段とを備えた車両。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【公開番号】特開2007−271606(P2007−271606A)
【公開日】平成19年10月18日(2007.10.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−50316(P2007−50316)
【出願日】平成19年2月28日(2007.2.28)
【出願人】(000010076)ヤマハ発動機株式会社 (3,045)
【Fターム(参考)】