説明

化成処理方法、化成処理剤、及び化成処理部材

【課題】 いずれの金属構造物表面上においても、十分な素地隠蔽性、塗膜密着性、及び耐食性を得ることができる化成処理皮膜を形成できる化成処理方法を提供する。
【解決手段】 金属構造物を化成処理剤で処理して化成皮膜を形成する化成処理方法であって、前記化成処理剤を、ジルコニウムと、フッ素と、アミノ基を含有するアルコキシシランと、水酸基を含有するアルコキシシランと、を含むものとし、前記ジルコニウムの含有量を金属換算で100ppm以上700ppm以下とし、前記アミノ基含有アルコキシシランの含有量を固形分濃度で50ppm以上500ppm以下とし、前記ジルコニウムに対する前記フッ素のモル比を3.5以上7.0以下とし、pHを2.8以上4.5以下とした。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、化成処理方法に関し、特に、一般工業品とりわけ自動車車体の塗装前処理に適した化成処理方法、この化成処理方法に用いることができる化成処理剤、及びこの化成処理方法により形成された化成処理部材に関する。
【背景技術】
【0002】
従来から、自動車車体は、鉄裸材、亜鉛めっき鋼板等の軟鋼板やアルミニウム等の金属構造物をベースに構築されている。その表面処理技術としては、リン酸亜鉛処理が挙げられ、リン酸亜鉛皮膜を素材表面に析出させることにより、塗装の耐食性及び密着性が確保されている(特許文献1参照)。
【0003】
ところが、最近では、自動車車体の軽量化に伴い、車体に用いられる金属構造物の素材が多種多様化し、特に、高張力鋼板の適用が急増している。金属構造物は、適用される車体部位によって、求められる強度、伸び等の特性が異なり、例えば、強度としては、270MPaクラスから1500MPaクラス以上の様々な種類が存在している。尚、このうち一般に、440MPa以上の鋼板は高張力鋼板と呼ばれ、440MPa未満は軟鋼板と呼ばれている。
【0004】
このような金属構造物の素材の多種多様化に伴い、その必要とされる特性に応じて、金属構造物の組成や製法が異なったものとなる。特にSi成分量の増加に伴い素材表面のエッチング性が悪くなり、従来のリン酸亜鉛処理技術ではリン酸亜鉛皮膜の析出性にバラツキを生じ、塗膜の耐食性や密着性を確保するのが容易でない。更に、強度が1000MPaを超える超高張力鋼板においては、通常のコールドスタンプ製法では成型寸法の精度に欠けることから、成型後に高周波焼入れ等の加熱焼入れを行ったり、あるいは、成型時に加熱するホットスタンプ製法等が用いられたりするため、塗膜の密着性や耐食性の確保がより困難となる。
【0005】
そこで、非晶質皮膜析出系の表面処理技術が検討されている。例えば、特許文献2には、以下の構成からなる化成処理方法が開示されている。
即ち、この化成処理方法は、金属構造物を化成処理剤で処理して化成皮膜を形成する化成処理方法であって、前記化成処理剤を、ジルコニウムと、フッ素と、アミノ基を含有するアルコキシシランと、水酸基を含有するアルコキシシランと、を含むものとする。
この化成処理方法によれば、ジルコニウムは化成皮膜の皮膜形成成分として、フッ素は金属構造物に対するエッチング剤として、それぞれ作用することにより、金属構造物の耐食性や密着性を向上させることができる。更に、アミノ基を含有するアルコキシシランが化成皮膜と、その後に形成される塗膜の双方に作用することにより、両者の密着性を向上させることができる。
【特許文献1】特開平10−204649号公報
【特許文献2】特開2004−218070号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、特許文献2のジルコン皮膜系の表面処理方法では、例えば高張力鋼板に対する表面処理について、検討されていない。
【0007】
このように、例えば、高張力鋼版を含む、いずれの金属構造物においても、十分な素地隠蔽性、塗膜密着性、及び耐食性を得ることができる化成処理皮膜を形成できる化成処理方法は、これまでのところ確立されていない。従って、これらの素材から構成される例えば自動車車体や自動車用部品等において、このような化成処理方法を確立することは非常に有益である。
【0008】
本発明は、以上のような課題に鑑みてなされたものであり、その目的は、いずれの金属構造物表面上においても、十分な素地隠蔽性、塗膜密着性、及び耐食性を得ることができる化成処理皮膜を形成できる化成処理方法、この化成処理方法に用いることができる化成処理剤、及び、この化成処理方法により形成された化成処理部材を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは上述の課題に鑑み鋭意研究した。その結果、ジルコニウムと、フッ素と、アミノ基を含有するアルコキシシランと、に加えて、水酸基を含有するアルコキシシランを更に含む、特定の化成処理剤を用いることにより、上記課題を解決できることを見出し、本発明を完成するに至った。より具体的には、本発明は以下のようなものを提供する。
【0010】
(1) 金属構造物を化成処理剤で処理して化成皮膜を形成する化成処理方法であって、前記化成処理剤を、ジルコニウムと、フッ素と、アミノ基を含有するアルコキシシランと、水酸基を含有するアルコキシシランと、を含むものとし、前記化成処理剤中の、前記ジルコニウムの含有量を金属換算で100ppm以上700ppm以下とし、前記アミノ基含有アルコキシシランの含有量を固形分濃度で50ppm以上500ppm以下とし、前記ジルコニウムに対する前記フッ素のモル比を3.5以上7.0以下とし、前記化成処理剤のpHを2.8以上4.5以下とする化成処理方法。
【0011】
(2) 前記化成処理剤中の前記水酸基を含有するアルコキシシランの含有量を、固形分濃度で10ppm以上100ppm以下とする(1)記載の化成処理方法。
【0012】
(3) 前記水酸基を含有するアルコキシシランは、下記一般式(1)で表される(1)又は(2)記載の化成処理方法。
【化1】

(式中Rは、炭素数1〜4のアルキル基を表し、同一若しくは異なっていてもよい。Rは、炭素数1〜6のアルキレン基を表す。Yは、グルコナミド基又は式RN−で表されるアミノ基を表す。Rは、炭素数1〜6のヒドロキシアルキル基又は炭素数1〜6のアルキル基を表す。Rは、炭素数1〜6のヒドロキシアルキル基を表す。)
【0013】
(4) (1)から(3)いずれか記載の化成処理方法により化成皮膜が形成された化成処理部材。
【0014】
(5) ジルコニウムと、フッ素と、アミノ基を含有するアルコキシシランと、水酸基を含有するアルコキシシランと、を含む化成処理剤であって、前記ジルコニウムの含有量は金属換算で100ppm以上700ppm以下であり、前記アミノ基含有アルコキシシランの含有量は固形分濃度で50ppm以上500ppm以下であり、前記水酸基を含有するアルコキシシランの含有量は固形分濃度で10ppm以上100ppm以下であり、前記ジルコニウムに対する前記フッ素のモル比は3.5以上7.0以下であり、pHは2.8以上4.5以下である化成処理剤。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、例えば、冷延鋼板(軟鋼板、高張力鋼板)、熱延鋼板(軟鋼板、高張力鋼板)、亜鉛めっき鋼板、アルミニウムめっき鋼板等の鋼板、アルミニウム板等のいずれの金属構造物表面上においても、十分な素地隠蔽性、塗膜密着性、及び耐食性を得ることができる化成処理皮膜を形成できる化成処理方法、この化成処理方法に用いることができる化成処理剤、及び、この化成処理方法により形成された化成処理部材を提供することができる。
【0016】
このため、本発明によれば、金属構造物の組成の多種多様化にも対応できるため、所望の特性を備える化成処理部材を、十分な皮膜量を確保し、且つ、十分な素地隠蔽性及び塗膜密着性を得つつ、提供することができるようになる。また、素材エッジ部においても容易に皮膜を形成できるうえ、成形時のめっき割れ、傷付き等により、従来、鉄素地が露出する部分について懸念されていた赤錆発生を防止することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
以下、本発明の実施形態について説明する。
【0018】
<化成処理剤>
本発明は、金属構造物を化成処理剤で処理して化成皮膜を形成する化成処理方法であって、前記化成処理剤を、ジルコニウムと、フッ素と、アミノ基を含有するアルコキシシランと、水酸基を含有するアルコキシシランと、含む化成処理剤とするものである。
【0019】
[ジルコニウム成分]
前記化成処理剤に含まれるジルコニウムは、化成皮膜形成成分である。金属構造物にジルコニウムを含む化成皮膜が形成されることにより、基材の耐食性や耐磨耗性を向上させることができる。
【0020】
本発明に用いられるジルコニウムを含有する化成処理剤により金属構造物の表面処理を行うと、金属構造物を構成する金属の溶解反応により、化成処理剤中に溶出した金属イオンがZrF2−のフッ素を引き抜くことにより、また、界面のpHが上昇することにより、ジルコニウムの水酸化物又は酸化物が生成される。そして、このジルコニウムの水酸化物又は酸化物が、金属構造物の表面に析出していると考えられる。本発明に用いられる化成処理剤は反応型化成処理剤であるため、複雑な形状を有する金属構造物の浸漬処理にも用いることが可能である。また、化学反応により強固に金属構造物に付着した化成皮膜を得ることができるため、処理後に水洗を行うことも可能である。
【0021】
ジルコニウムの供給源としては特に限定されるものではないが、例えば、KZrF等のアルカリ金属フルオロジルコネート、(NHZrF等のフルオロジルコネート、HZrF等の可溶性フルオロジルコネート、フッ化ジルコニウム、酸化ジルコニウム、硝酸ジルコニル、炭酸ジルコニウム、等を挙げることができる。
【0022】
[ジルコニウムの含有量]
本発明に用いられる化成処理剤に含まれるジルコニウムの含有量は、金属換算で100ppm以上700ppm以下の範囲内である。100ppm未満であると、金属構造物上に十分な皮膜量が得られず、一方で700ppmを超えると、それ以上の効果は望めず経済的に不利となる。この含有量は、金属換算で200ppm以上550ppm以下であることがより好ましい。
【0023】
[フッ素成分]
本発明に用いられる化成処理剤に含まれるフッ素は、金属構造物のエッチング剤及びジルコニウムの錯化剤としての役割を果たすものである。フッ素の供給源としては特に限定されるものではないが、例えば、フッ化水素酸、フッ化アンモニウム、フッ化ホウ素酸、フッ化水素アンモニウム、フッ化ナトリウム、フッ化水素ナトリウム等のフッ化物を挙げることができる。また、錯フッ化物を供給源とすることも可能であり、例えば、ヘキサフルオロケイ酸塩、具体的には、ケイフッ化水素酸、ケイフッ化水素酸亜鉛、ケイフッ化水素酸マンガン、ケイフッ化水素酸マグネシウム、ケイフッ化水素酸ニッケル、ケイフッ化水素酸鉄、ケイフッ化水素酸カルシウム等を挙げることができる。
【0024】
[フッ素成分の含有量]
本発明に用いられる化成処理剤に含まれるフッ素の含有量としては、ジルコニウムに対するフッ素のモル比を、3.5以上7.0以下とする範囲である。ジルコニウムに対するフッ素のモル比が3.5未満であると、溶液が不安定となり沈殿が生じる場合があり、一方で、7.0を超えると、ジルコニウムフッ素錯体として安定化し、かつエッチング力が低下して十分に皮膜形成が行われないので不都合となる。このモル比は、3.8以上7.0以下であることがより好ましい。
【0025】
[アミノ基を含有するアルコキシシラン]
本発明に用いられる化成処理剤に含まれるアミノ基を含有するアルコキシシランは、分子中に少なくとも1つのアルキル鎖を有し、少なくともその一つのアルキル鎖は、少なくとも一つのアミノ基を有し、かつ、ケイ素の残りの結合手に結合している官能基が、アルコキシ基である化合物である。アミノ基を含有するアルコキシシランは、化成皮膜と、その後に形成される塗膜の双方に作用するため、両者の密着性を向上することができる。
【0026】
このような効果は、アルコキシ基が加水分解して生成するシラノールが、金属構造物の表面ないしは、ジルコニウム皮膜の表面に共有結合的に吸着されるために生じる。
【0027】
また、化成皮膜に含まれるアミノ基を含有するアルコキシシランは、金属構造物のみならず、その後に形成される塗膜にも化学結合を形成するため、相互の密着性を向上させる作用を有すると考えられる。
【0028】
アミノ基を含有するアルコキシシランとしては特に限定されるものではないが、例えば、N−2(アミノエチル)3−アミノプロピルメチルジメトキシシラン、N−2(アミノエチル)3−アミノプロピルトリメトキシシラン、N−2(アミノエチル)3−アミノプロピルトリエトキシシラン、3−アミノプロピルトリメトキシシラン、3−アミノプロピルトリエトキシシラン、3−トリエトキシシリル−N−(1,3−ジメチル−ブチリデン)プロピルアミン、N−フェニル−3−アミノプロピルトリメトキシシラン、N,N−ビス〔3−(トリメトキシシリル)プロピル〕エチレンジアミン、3−アミノプロピルトリクロロシラン等の公知のアルコキシシラン等を挙げることができる。また、アミノ基を含有するアルコキシシランとして市販されているKBM−602、KBM−603、KBE−603、KBM−903、KBE−9103、KBM−573(信越化学工業株式会社製)、XS1003(チッソ株式会社製)等をそのまま使用することも可能である。これらの中では、N−2(アミノエチル)3−アミノプロピルトリエトキシシラン(APS−L)、N−2(アミノエチル)3−アミノプロピルトリメトキシシラン(APS−L)、3−アミノプロピルトリエトキシシラン(APS−S)、3−アミノプロピルトリメトキシシランが好ましい。
【0029】
[アミノ基を含有するアルコキシシランの含有量]
本発明で用いられる化成処理剤に含まれるアミノ基を含有するアルコキシシランの含有量は、固形分濃度で50ppm以上500ppm以下の範囲内であることが好ましい。含有量が50ppm未満であると、充分な塗膜密着性を得ることができない場合がある。一方で、500ppmを超えても、それ以上の効果は望めず、経済的に不利となる。この含有量は、固形分濃度で100ppm以上300ppm以下であることがより好ましく、150ppm以上250ppm以下の範囲であることが更に好ましい。
【0030】
[水酸基を含有するアルコキシシラン]
本発明に用いられる化成処理剤に含まれる水酸基を含有するアルコキシシランは、分子中に少なくとも1つのアルキル鎖を有し、少なくともその一つのアルキル鎖は、少なくとも一つの水酸基を有し、かつ、ケイ素の残りの結合手に結合している官能基が、アルコキシ基である化合物である。水酸基を含有するアルコキシシランは、化成皮膜と、その後に形成される塗膜の双方に作用するため、両者の密着性を向上することができる。
【0031】
このような効果は、アルコキシ基が加水分解して生成するシラノールが、金属構造物の表面ないしは、ジルコニウム皮膜の表面に共有結合的に吸着されるために生じる。
【0032】
また、化成皮膜に含まれる水酸基を含有するアルコキシシランは、金属構造物のみならず、その後に形成される塗膜にも作用するため、相互の密着性を向上させる作用を有すると考えられる。水酸基を含有するアルコキシシランは、特に、カチオン電着塗料による塗膜に対しても密着性向上の効果を発揮できる。
【0033】
なお、本発明に用いられる化成処理剤に含まれる水酸基を含有するアルコキシシランは、含窒素(例えば、アミノ基やアミド基等)であることが好ましい。
【0034】
また、本発明に用いられる化成処理剤に含まれる水酸基を含有するアルコキシシランは、下記一般式(1)で表すことができる。
【0035】
【化2】

(式中Rは、炭素数1〜4のアルキル基を表し、同一若しくは異なっていてもよい。Rは、炭素数1〜6のアルキレン基を表す。Yは、グルコナミド基又は式RN−で表されるアミノ基を表す。Rは、炭素数1〜6のヒドロキシアルキル基又は炭素数1〜6のアルキル基を表す。Rは、炭素数1〜6のヒドロキシアルキル基を表す。)
【0036】
水酸基を含有するアルコキシシランとしては、特に限定されることはないが、例えば、ビス(2−ヒドロキシエチル)−3−アミノプロピルトリエトキシシラン、N−(ヒドロキシエチル)−N−メチルアミノプロピルトリメトキシシラン、及びN−(3−トリエトキシシリルプロピル)グルコナミド等を挙げることができる。
【0037】
[水酸基を含有するアルコキシシランの含有量]
本発明で用いられる化成処理剤に含まれる水酸基を含有するアルコキシシランの含有量は、固形分濃度で10ppm以上100ppm以下の範囲内であることが好ましい。含有量が10ppm未満であると、充分な塗膜密着性を得ることができない場合がある。一方で、100ppmを超えると、それ以上の効果は望めず、経済的にも不利となる。この含有量は、固形分濃度で20ppm以上80ppm以下であることがより好ましく、40ppm以上60ppm以下の範囲であることが更に好ましい。
【0038】
[化成処理剤のpH]
本発明で用いられる化成処理剤のpHは、2.8以上4.5以下であることが好ましい。pHが2.8未満であると、エッチングが過剰となり充分な皮膜形成ができなくなる場合や、皮膜が不均一となり、塗装外観に悪影響を与える場合がある。一方で、4.5を超えると、エッチングが不充分となり良好な皮膜が得られない。このpHは、2.8以上4.2以下であることがより好ましく、2.8以上3.7以下の範囲であることが更に好ましい。
【0039】
なお、化成処理剤のpHは、硝酸、硫酸等の酸性化合物、及び、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、アンモニア等の塩基性化合物を使用して調整することができる。
【0040】
[密着性及び耐食性付与剤]
本発明に用いられる化成処理剤は、更に、鉄イオン、マグネシウムイオン、亜鉛イオン、カルシウムイオン、アルミニウムイオン、ガリウムイオン、インジウムイオン及び銅イオンからなる群より選ばれる少なくとも一種の密着性及び耐食性付与剤を含有することが好ましい。本発明においては、密着性及び耐食性付与剤を含有することにより、より良好な密着性及び耐食性を有する化成皮膜を得ることができる。
【0041】
[密着性及び耐食性付与剤の含有量]
本発明に用いられる化成処理剤に任意に添加される密着性及び耐食性付与剤の含有量は、1ppm以上5000ppm以下の範囲内であることが好ましい。配合量が1ppm未満であると、充分な密着性及び耐食性付与の効果を得ることができず好ましくない。一方で、5000ppmを超えると、それ以上の効果の向上はみられず経済的に不利であり、また、塗装後の密着性が低下する場合もありうる。より好ましくは、25ppm以上1000ppm以下の範囲である。
【0042】
[その他成分]
本発明に用いられる化成処理剤は、上記成分の他に、必要に応じて、任意の成分を併用するものであってもよい。使用することができる成分としては、シリカ等を挙げることができる。このような成分を添加することで、塗装後耐食性を向上させることが可能である。
【0043】
また、化成処理剤は、実質的にリン酸イオンを含有しないものであることが好ましい。実質的にリン酸イオンを含まないとは、リン酸イオンが化成処理剤中の成分として作用するほどに含まれていないことを意味する。実質的にリン酸イオンを含まない化成処理剤を用いることにより、環境負荷の原因となるリンを実質的に使用することがなく、また、リン酸亜鉛系処理剤を使用する場合に発生するリン酸鉄、リン酸亜鉛等のようなスラッジの発生を防止することができる。
【0044】
<化成処理方法>
本発明の化成処理方法は、特に限定されるものではなく、通常の処理条件によって化成処理剤と金属構造物の表面とを接触させることによって行うことができる。例えば、浸漬法、スプレー法、ロールコート法等を挙げることができる。
【0045】
[化成処理条件]
化成処理における処理温度は、20℃以上70℃以下の範囲内であることが好ましい。20℃以下では、十分な皮膜形成が行われない可能性があり、また、夏場に温度調整が必要となるなどの不都合があり、70度以上にしても、特に効果はなく、経済的に不利となるだけである。この処理温度は、30℃以上50℃以下の範囲であることがより好ましい。
【0046】
化成処理における化成時間は、5秒以上1100秒以下の範囲内であることが好ましい。5秒以下では、十分な皮膜量が得られないので不都合であり、1100秒以上では、これ以上の皮膜量を増加させても効果が得られないので無意味である。この化成時間は、30秒以上120秒以下の範囲であることがより好ましい。
【0047】
本発明の化成処理方法は、従来から実用化されているリン酸亜鉛系化成処理剤による処理と比較して、表面調整処理を行わなくてもよい。このため、より少ない工程で金属構造物の化成処理を行うことが可能となる。
【0048】
[金属構造物]
本発明の化成処理方法において用いられる金属構造物としては、特に限定されるものではないが、例えば、鋼板、アルミニウム板等を挙げることができる。鋼板は、冷延鋼板又は熱延鋼板、及び軟鋼板又は高張力鋼板のいずれをも含むものであり、特に限定されず、例えば鉄系基材、アルミニウム系基材、及び、亜鉛系基材等を挙げることができる。鉄系基材とは鉄及び/又はその合金からなる基材、アルミニウム基材とはアルミニウム及び/又はその合金からなる基材、亜鉛系基材とは亜鉛及び/又はその合金からなる基材を意味する。
【0049】
特に、本発明においては、従来から課題となっていた、例えばホットスタンプ後のアルミニウムめっき鋼板等に対しても、ジルコン皮膜量を十分に確保することができ、アルミニウムめっき鋼板等の金属構造物においても十分な塗装密着性を得ることができる。
【0050】
また、本発明の化成処理方法は、鉄系基材、アルミニウム系基材、及び、亜鉛系基材等の複数の金属基材からなる金属構造物に対しても、同時に適用することができる。自動車車体や自動車用部品等は、鉄、亜鉛、アルミニウム等の種々の金属構造物により構成されているが、本発明の化成処理方法によれば、このような自動車車体や自動車車体用部品等に対しても、一回で良好な化成処理を施すことができる。
【0051】
本発明の金属構造物として用いられる鉄系基材としては、特に限定されず、例えば、冷延鋼板、熱延鋼板等を挙げることができる。また、アルミニウム系基材としては、特に限定されず、例えば、5000番系アルミニウム合金、6000番系アルミニウム合金、アルミニウム系の電気めっき、溶融めっき、蒸着めっき等のアルミニウムめっき鋼板等を挙げることができる。また、亜鉛系基材としては、特に限定されず、例えば、亜鉛めっき鋼板、亜鉛−ニッケルめっき鋼板、亜鉛−鉄めっき鋼板、亜鉛−クロムめっき鋼板、亜鉛−アルミニウムめっき鋼板、亜鉛−チタンめっき鋼板、亜鉛−マグネシウムめっき鋼板、亜鉛−マンガンめっき鋼板等の亜鉛系の電気めっき、溶融めっき、蒸着めっき鋼板等の亜鉛又は亜鉛系合金めっき鋼板等を挙げることができる。高張力鋼板としては、強度や製法により多種多様なグレードが存在するが、例えばJSC440J、440P、440W、590R、590T、590Y、780T、780Y、980Y、1180Y等を挙げることができる。
【0052】
[化成皮膜の平均皮膜量]
本発明の化成処理方法により得られる化成皮膜の平均皮膜量は、化成処理剤に含まれる金属の合計量で、0.1mg/m以上500mg/m以下の範囲内であることが好ましい。0.1mg/m未満であると、均一な化成皮膜が得られず、良好な密着性を得られない場合があるので好ましくない。一方で、500mg/mを超えると、それ以上の効果は得られず、経済的に不利である。この平均皮膜量は、5mg/m以上150mg/m以下の範囲であることがより好ましい。
【0053】
特に、本発明の化成処理方法においては、従来から課題となっていた、例えばホットスタンプ後のアルミニウムめっき鋼板等に対しても、ジルコン皮膜量を十分に確保することができ、アルミニウムめっき鋼板等の金属構造物においても、十分な塗装密着性を得ることが可能である。このため、アルミニウムめっき鋼板等を含む複数の金属基材からなる金属構造物に対して同時に化成処理を施した場合においても、十分な塗装密着性を得ることができる。本発明の化成処理方法によれば、例えばアルミニウムめっき鋼板に対しても、化成皮膜の平均皮膜量として10mg/m以上を確保することができる。
【0054】
[その後形成される塗膜]
本発明の化成処理方法により化成皮膜を形成した後に、化成皮膜上に形成される塗膜としては、例えば、カチオン電着塗料、溶剤塗料、水性塗料、粉体塗料等の従来公知の塗料により形成される塗膜を挙げることができる。
【0055】
このうち、カチオン電着塗料を用いてその後塗膜を形成することが好ましい。カチオン電着塗料はアミノ基及び水酸基との反応性又は相溶性を示す官能基を有する樹脂からなるため、化成処理剤に含まれるアミノ基を含有するアルコキシシラン及び水酸基を含有するアルコキシシランの働きにより、電着塗膜と化成皮膜の密着性をより高めることができるからである。カチオン電着塗料としては、特に限定されず、例えばアミノ化エポキシ樹脂、アミノ化アクリル樹脂、スルホニウム化エポキシ樹脂等からなる公知のカチオン電着塗料を挙げることができる。
【0056】
[金属構造物の前処理]
本発明の金属構造物は、上記の化成処理を実施する前に、金属構造物の表面を脱脂処理した後、水洗処理を行うことが好ましい。脱脂処理は、金属構造物の表面に付着している油分や汚れを除去するために行われるものであり、無リン・無窒素脱脂洗浄液等の脱脂剤により、通常30℃〜55℃において数分間程度の浸漬処理がなされる。所望により、脱脂処理の前に、予備脱脂処理を行うことも可能である。また、脱脂処理後の水洗処理は、脱脂剤を水洗するために、大量の水洗水によって少なくとも1回以上、スプレー処理により行われる。
【0057】
[化成処理部材の後処理]
本発明の化成処理方法により化成皮膜が形成された化成処理部材は、その後実施される塗膜形成の前に水洗処理を行うことが好ましい。化成処理後の水洗処理は、その後の各種塗装後の密着性、耐食性等に悪影響を及ぼさないようにするために、少なくとも1回以上実施される。この場合、最終の水洗は、純水で実施されることが適当である。この化成処理後の水洗処理においては、スプレー水洗又は浸漬水洗のいずれであってもよく、これらの方法を組み合わせて水洗することもできる。化成処理後に水洗処理を実施した後には、公知の方法に従って必要に応じて乾燥され、その後、各種塗装により塗膜を形成する。
【実施例】
【0058】
次に、本発明を実施例および比較例を挙げてさらに具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例にのみ限定されるものではない。なお、配合量は特に断りのない限り、質量部を表す。
【0059】
<実施例1>
市販の冷間圧延鋼板(SPCC−SD、日本テストパネル社製、70mm×150mm×0.8mm)、亜鉛めっき鋼板(GA、日本テストパネル社製、70mm×150mm×0.8mm)、6K21自動車用アルミニウム板(AL、神戸製鋼社製、70mm×150mm×0.8mm)、高張力鋼板(JSC590R、新日本製鐵社製、70mm×150mm×0.8mm)、高張力鋼板(JSC780T、新日本製鐵社製、70mm×150mm×0.8mm)、及び高張力鋼板(JSC1180Y、新日本製鐵社製、70mm×150mm×2.3mm)を金属構造物として用意した。
【0060】
[化成処理前の金属構造物の前処理]
〔脱脂処理〕
具体的には、アルカリ脱脂処理剤として「サーフクリーナーSD250(商品名)」(日本ペイント社製)の「A剤」を1.5質量%、「B剤」を0.9質量%含有する水溶液中に、上記の金属構造物を浸漬させ、43℃で2分間、脱脂処理を行った。
【0061】
〔脱脂処理後の水洗処理〕
脱脂処理をした後、水洗槽で浸漬洗浄した後、水道水で約30秒間スプレー洗浄を行った。
【0062】
[化成処理]
ジルコニウムとして硝酸ジルコニウム(日本軽金属製)、フッ素としてフッ化水素(和光純薬社製)、アミノ基を含有するアルコキシシランとして「KBM−603(商品名)」(N−2(アミノエチル)3−アミノプロピルトリメトキシシラン:信越化学工業社製)、水酸基を含有するアルコキシシランとして「SIB1140.0(商品名)」(ビス(2−ヒドロキシエチル)−3−アミノプロピルトリエトキシシラン:GELEST社製)を使用し、ジルコニウム濃度500ppm、フッ素濃度420ppm、固形分としてアミノ基を含有するアルコキシシラン濃度200ppm、水酸基を含有するアルコキシシラン濃度50ppmの化成処理剤を調製した。この化成処理剤を水酸化ナトリウム水溶液を用いて、pHを2.8に調整した。化成処理剤の温度を40℃に調整し、その後、金属構造物を60秒間浸漬処理した。
【0063】
[化成処理後の水洗処理]
化成処理を施したそれぞれの金属構造物に対して、水道水で30秒間のスプレー処理を実施した。次いで、イオン交換水で10秒間のスプレー処理を行った。
【0064】
[電着塗装]
化成処理後の水洗処理を施されたウェットな状態にある各々の金属構造物に対し、カチオン電着塗料「パワーニクス150グレー(商品名)」(日本ペイント社製)を塗布し、電着塗膜を形成した。その後、各々の金属構造物を水洗した後、170℃で25分間加熱して焼付けることで、電着塗膜を形成した。形成された電着塗膜の焼付け乾燥後の膜厚は、25μmであった。
【0065】
[中塗り塗装]
電着塗膜上に、中塗り塗料「オルガP−5A N−2.0(商品名)」(日本ペイント社製)をスプレー塗装し、温度140℃で20分間焼付けることで、中塗り塗膜を形成した。形成された中塗り塗膜の焼付け乾燥後の膜厚は、35μmであった。
【0066】
[上塗り塗装]
中塗り塗膜上に、上塗り塗料「スーパーラックM−95HB YR−511P(商品名)」(日本ペイント社製)をスプレー塗装し、温度140℃で20分間焼付けることで、上塗り塗膜を形成した。形成された上塗り塗膜の焼付け乾燥後の膜厚は、15μmであった。このようにして、試験板を得た。
【0067】
<実施例2>
水酸基を含有するアルコキシシランとして、実施例1で使用したビス(2−ヒドロキシエチル)−3−アミノプロピルトリエトキシシランに代えて、「SIT8189.0(商品名)」(N−(3−トリエトキシシリルプロピル)グルコナミド:GELEST社製)を使用した以外は、実施例1と同様の手順で、試験板を得た。得られた試験板の測定結果を表1に示した。
【0068】
<比較例1>
水酸基を含有するアルコキシシランを化成処理剤に加えなかったこと以外は、実施例1と同様の手順で、試験板を得た。得られた試験板の測定結果を表1に示した。
【0069】
<試験>
[二次密着性試験(SDT)]
実施例1〜2及び比較例1で得られた試験板に、素地まで達する縦平行カットを2本入れ、5質量%NaCl水溶液中にて、55℃で240時間の浸漬を行った。次いで、水洗及び風乾を行った後、カット部に接着テープ「CT405A−24(商品名)」(ニチバン社製)を密着させ、更に接着テープを急激に剥離した。剥離した接着テープに付着した塗料の最大幅の大きさを測定した。結果を表1に示す。
【0070】
【表1】

【0071】
[サイクル腐食試験(CCT)]
実施例1〜2及び比較例1で得られた試験板(ALを除く)に、素地まで達する縦平衡カットを入れた後、35℃、湿度95%に保たれた塩水噴霧試験器中で、35℃に保温した5%NaCl水溶液を2時間連続噴霧した。次いで、60℃、湿度20〜30%の条件下で4時間乾燥した後、50℃、湿度95%以上の湿潤下で2時間保持した。これを24時間で3回繰り返したものを1サイクルとし、これを50サイクル行った。50サイクル行った後、カット部からの片側最大膨れ幅を測定した。結果を表2に示す。
【0072】
【表2】

【0073】
表1に示される通り、金属構造物がSPC、AL、590R、780Tの場合、実施例1及び2においては、塗料の剥離が見られなかった。また、金属構造物がGA、1180Yの場合、実施例1及び2のいずれにおいても、比較例1よりも、塗料の剥離が顕著に少なかった。従って、本発明によれば、いずれの金属構造物に対して化成処理する場合であっても、より十分な素地隠蔽性及び塗膜密着性を得ることができることが分かった。
【0074】
表2に示される通り、金属構造物がいずれであっても、実施例1及び2は、比較例1よりも、顕著に腐食が抑えられていた。従って、本発明によれば、いずれの金属構造物に対して化成処理する場合であっても、より十分な耐食性を得ることができることが分かった。
【産業上の利用可能性】
【0075】
本発明により得られる化成処理部材は、いずれの金属構造物表面上においても、十分な素地隠蔽性、塗膜密着性、及び耐食性を備えるため、例えば、塗装前の自動車車体、二輪車車体等の乗物外板、各種部品、容器外面、コイルコーティング等の、塗装処理がその後施される分野において好ましく使用される。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
金属構造物を化成処理剤で処理して化成皮膜を形成する化成処理方法であって、
前記化成処理剤を、ジルコニウムと、フッ素と、アミノ基を含有するアルコキシシランと、水酸基を含有するアルコキシシランと、を含むものとし、
前記化成処理剤中の、前記ジルコニウムの含有量を金属換算で100ppm以上700ppm以下とし、前記アミノ基含有アルコキシシランの含有量を固形分濃度で50ppm以上500ppm以下とし、前記ジルコニウムに対する前記フッ素のモル比を3.5以上7.0以下とし、
前記化成処理剤のpHを2.8以上4.5以下とする化成処理方法。
【請求項2】
前記化成処理剤中の前記水酸基を含有するアルコキシシランの含有量を、固形分濃度で10ppm以上100ppm以下とする請求項1記載の化成処理方法。
【請求項3】
前記水酸基を含有するアルコキシシランは、下記一般式(1)で表される請求項1又は2記載の化成処理方法。
【化1】

(式中Rは、炭素数1〜4のアルキル基を表し、同一若しくは異なっていてもよい。Rは、炭素数1〜6のアルキレン基を表す。Yは、グルコナミド基又は式RN−で表されるアミノ基を表す。Rは、炭素数1〜6のヒドロキシアルキル基又は炭素数1〜6のアルキル基を表す。Rは、炭素数1〜6のヒドロキシアルキル基を表す。)
【請求項4】
請求項1から3いずれか記載の化成処理方法により化成皮膜が形成された化成処理部材。
【請求項5】
ジルコニウムと、フッ素と、アミノ基を含有するアルコキシシランと、水酸基を含有するアルコキシシランと、を含む化成処理剤であって、
前記ジルコニウムの含有量は金属換算で100ppm以上700ppm以下であり、前記アミノ基含有アルコキシシランの含有量は固形分濃度で50ppm以上500ppm以下であり、前記水酸基を含有するアルコキシシランの含有量は固形分濃度で10ppm以上100ppm以下であり、
前記ジルコニウムに対する前記フッ素のモル比は3.5以上7.0以下であり、
pHは2.8以上4.5以下である化成処理剤。

【公開番号】特開2007−9289(P2007−9289A)
【公開日】平成19年1月18日(2007.1.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−193430(P2005−193430)
【出願日】平成17年7月1日(2005.7.1)
【出願人】(000005326)本田技研工業株式会社 (23,863)
【出願人】(000230054)日本ペイント株式会社 (626)
【Fターム(参考)】