説明

可視光ミラー、可視光発振ガスレーザ、及びリングレーザジャイロ

【課題】従来とは異なる方法により耐紫外線性が高くかつ高反射率の可視光ミラーを実現する。
【解決手段】この課題を解決するために、本発明に係る可視光ミラーは、基板と、基板上に形成され、紫外線の照射により可視光吸収の増大が誘起される誘電体材料の層を含んだ、可視光を反射する多層膜ミラーである可視光ミラースタック層部と、可視光ミラースタック層部上に形成され、紫外線領域の所定の波長帯域における反射率が50%以上の多層膜ミラーである紫外線ミラースタック層部とを備える。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は高反射率ミラー等、誘電体多層膜光学素子の耐紫外線性を向上させる技術に関する。
【背景技術】
【0002】
リングレーザジャイロ等に用いられるHe−Neレーザ(発振波長633nm)やその他のガスレーザを反射する高反射率ミラーは一般に誘電体多層膜で構成されるが、この誘電体多層膜がレーザ媒体のプラズマから輻射される紫外線の照射を受けると、使用波長(レーザ発振波長)における吸収損失が可逆的現象として増大劣化することが知られている。
【0003】
このような問題を解決する方法として、ミラーを紫外線不感性の高屈折率/低屈折率誘電体1/4波長層対のみにより構成することが考えられ、かかる技術が特許文献1に開示されている。しかし、一般に知られている不感性材料の場合、屈折率が低いため十分な反射率を得るには層対数を多くする必要がある。そこで、層対数を減らすべくミラーを、基板上に被着される紫外線感応高屈折率/低屈折率誘電体1/4波長層対と、その上に被着される複数の紫外線不感性高屈折率/低屈折率誘電体1/4波長層対との二段階構造により構成する耐紫外線性高反射率ミラーも考えられており、特許文献2に開示されている。具体的には、紫外線感応高屈折率/低屈折率誘電体1/4波長層対として、従来から高反射率ミラーとして一般的に用いられてきたTiO/SiO層対を用いつつ、そのTiO膜のもつ吸収損失特性の悪さによる影響を軽減すべく、紫外線感応高屈折率/低屈折率誘電体1/4波長層対の上に紫外線不感性高屈折率/低屈折率誘電体1/4波長層対、例えばHfO/SiO層対を被着する。このような二段階構成にすることで、高反射率(高屈折率比)のTiO/SiO層対の適用により全体の層数を抑えつつ、紫外線感応度の高いTiO/SiO層対を紫外線不感性のHfO/SiO層対の背後に後退させることで、TiO/SiO層対部分に到達する紫外線光量を減らし、TiO/SiO層対における損失増加がミラーの反射率に与える影響を小さくしている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開平7−72330号公報
【特許文献2】特開平2−192189号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
耐紫外線性の高い可視光ミラーは従来の方法によっても実現可能ではあるが、ミラーの使用条件、製造条件等に応じ複数の実現方法の中から最も効果の高い実現方法を選択できることが望ましい。
【0006】
このような事情に鑑み、従来とは異なる方法により耐紫外線性が高くかつ高反射率の可視光ミラーを実現するという課題がある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記の課題を解決するために、本発明に係る可視光ミラーは、基板と、基板上に形成され、紫外線の照射により可視光吸収の増大が誘起される誘電体材料の層を含んだ、可視光を反射する多層膜ミラーである可視光ミラースタック層部と、可視光ミラースタック層部上に形成され、紫外線領域の所定の波長帯域における反射率が50%以上の多層膜ミラーである紫外線ミラースタック層部とを備える。
【発明の効果】
【0008】
本発明は、従来とは異なる方法により耐紫外線性が高くかつ高反射率の可視光ミラーを実現するという効果を奏する。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【図1】He−Neレーザの紫外線領域での発光スペクトルを例示する図。
【図2】紫外線感応材料からなるミラーにおいて紫外線の存否により全損失(=吸収損失+散乱損失+透過損失)に相違が生じることを例示する図。
【図3】紫外線照射環境におけるミラー全損失の測定系を例示する図。
【図4】本発明の可視光ミラーの構成を例示する図。
【図5】図4に係る可視光ミラー10の反射率性能のデータと、レーザ媒体たるHe、Ne各原子から輻射される紫外線のスペクトラムの関係を示す図。
【図6】図5の波長400nm以下部分の拡大図。
【図7】従来構成の可視光ミラーと本発明の可視光ミラーとの全損失の相違を例示する図。
【図8】可視光発振ガスレーザ30及びリングレーザジャイロ40の構成例を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0010】
[考察]
まず、図1にHe−Neレーザの紫外線領域における発光スペクトルを示す。図1から、レーザ発振光とは別にレーザ媒体のプラズマから輻射される紫外線が、紫外線領域の広い波長範囲にわたって分布していることがわかる。このように紫外線が輻射されている環境下で紫外線感応材料からなるミラーを使用した場合、ミラーの反射率が低下することによりレーザ出力が低下するという問題が生じる。この問題に対し、全ての紫外線のスペクトラムが関わっているのか、それとも一部の波長成分のみが関わっているのかについては、従来明らかにされていなかった。
【0011】
そこで発明者らは、紫外線感応材料からなる高屈折率/低屈折率誘電体1/4波長層対ミラーの一例であるTa/SiOミラーについて、紫外線が照射されていない時、照射されている時、及び4種類の紫外線カットフィルタを介して間接的に照射されている時それぞれの、使用波長633nm(レーザ発振光)におけるミラーの損失の変化を調べる実験を行った。図2にその結果を示す。なお、ミラーはTa膜19層とSiO膜18層との交互積層による37層からなるものである。実験に係る測定系には図3に示すような、参照ミラー1と参照ミラー2とを含んで構成された光共振器の光路中に、試料である上記ミラーを介在させ、He−Neレーザの光を注入して共振させて、その注入光を遮断した時の共振器内の光強度の減衰を観測することにより上記ミラーの損失を評価する、キャビティーリングダウン方式の装置を利用した。なお、紫外線照射装置の光源には水銀キセノンランプを使用しており、各紫外線カットフィルタの透過率は図2中に示すそれぞれのエッジ波長で20%以下である。
【0012】
図2に示すように、ミラーに紫外線を照射するとミラーの全損失が増加し、紫外線カットフィルタを介して照射するとその全損失は減少する。しかし、紫外線カットフィルタの帯域の選び方によっては、それが紫外線領域のうちの一部の波長成分のみを阻止するものであっても、全紫外線領域を阻止するフィルタを挿入した場合と同程度の損失減少効果が得られることがわかった。すなわち、ミラーの紫外線感応材料の損失増加を誘起しているのは、照射紫外線の波長成分の一部である。図2の例において、より具体的には、上記Ta/SiO層対でなるミラーの場合、ミラーへの照射紫外線に320nm以下カットフィルタを挿入すると、阻止域が全紫外線領域を網羅する460nm以下カットフィルタを挿入した時とほとんど差異のない全損失の変化特性が得られたが、紫外線カットフィルタを300nm以下カットのものに差し替えると、先の2つのカットフィルタの場合と比べ明らかに全損失が大きくなった。つまり、全紫外線領域を阻止するフィルタを挿入した場合と同程度の損失減少効果を得るためにカットすべき波長成分の境界は320nmと300nmとの間にある。従って、ミラーに入射する紫外線のうち少なくとも320nm以下の波長成分を十分に遮断すれば、紫外線による損失増加を抑制するという目的を達することができることがわかる。
【0013】
誘電体多層膜からなる紫外線カットフィルタを特定の多層膜ミラーのオーバーコートとして適用することを考えると、全紫外線領域を網羅する阻止域を有しかつ実際にレーザ用ミラーを被覆するのに好適な層構造を構成することは、一般には容易ではない。これに対し、多層膜ミラーに応じてその損失増大を誘起する紫外線の帯域を明らかにし、その帯域を十分に遮断するオーバーコート層を好適に多層膜ミラー上に構成することは、比較的容易である。
【0014】
以下、本発明の実施の形態について、詳細に説明する。
【実施例1】
【0015】
図4を用いて実施例1に係る可視光ミラー10を説明する。
<可視光ミラー10>
図4に第1実施形態の可視光ミラー10の構成例を示す。可視光ミラー10は、基板11と可視光ミラースタック層部12と紫外線ミラースタック層部13と保護層14とから構成される。
【0016】
<基板11>
基板11は、例えば、ガラスセラミック材料等の熱膨張率が低い材料を用いるのが望ましい。He−Neリングレーザジャイロの動作温度範囲内での温度変化について受ける寸法の変化が小さいことが望まれるためである。但し、これに限定されるものではなく、他の材料を用いてもよい。
【0017】
<可視光ミラースタック層部12>
可視光ミラースタック層部12は、基板11上に形成され、紫外線の照射により可視光吸収の増大が誘起される誘電体材料の層を含んだ、可視光を反射する多層膜ミラーである。
【0018】
例えば、可視光ミラースタック層部12は、複数の高屈折率/低屈折率誘電体1/4波長層対により構成される。可視光ミラースタック層部12には、後述する紫外線ミラースタック層部13を経た紫外線量が低減された光が到達するため、ここに適用する高屈折率の誘電体材料は、紫外線感応度の高さを気にすることなくあくまで高反射率を重視して選択することができる。このような構成に適した高屈折率の誘電体材料としては、例えばTaが挙げられ、低屈折率の誘電体材料としては、SiOが挙げられる。例えば、可視光ミラースタック層12は、おのおの使用波長633nm(レーザ発振光)の1/4波長の光学膜厚を持つTa膜19層とSiO膜18層との交互積層による37層からなる。図2より、このような構成とすることで、紫外線照射が無い時の特定の波長の可視光に対する全損失が約30ppmとなる。可視光ミラースタック層部12は、紫外線照射が無い時の特定の波長の可視光に対する全損失が50ppm以下であれば、高反射率と考えられる。なお、紫外線ミラースタック層部13を介在させない場合、図2からわかるように、この層は、紫外線照射時の全損失が約180ppmであり、照射が無いときの全損失が約30ppmであり、紫外線照射により、180ppm−30ppm=約150ppmの可視光吸収の増大が誘起される誘電体材料の層である。
【0019】
なお、本実施例は発明の内容を限定するものではない。例えば、可視光ミラースタック層部12の紫外線照射が無い時の特定の波長の可視光に対する全損失が50ppmより大きくても、紫外線照射時にトータルとして高い反射率の可視光ミラーを構成することができればよい。また、例えば、高屈折率/低屈折率誘電体に他の材料を用いてもよいし、交互積層数は、必要に応じて適宜選択してよい。
【0020】
<紫外線ミラースタック層部13>
紫外線ミラースタック層部13は、可視光ミラースタック層部12上に形成され、紫外線領域の所定の波長帯域における反射率が50%以上の多層膜ミラーからなる。
【0021】
例えば、紫外線ミラースタック層部13は、紫外線領域の所定の波長帯域における反射率が50%以上となるように、複数の高屈折率/低屈折率誘電体1/4波長層対により構成される。
【0022】
このような構成に適した高屈折率の誘電体材料としては、例えばHfO又はZrOが挙げられ、低屈折率の誘電体材料としては、SiOが挙げられる。例えば、紫外線ミラースタック層部13は、320nm以下の短波長領域において反射率が約90%を示す多層膜ミラーとして、おのおの波長270nmの1/4波長の光学膜厚を持つHfO8層とSiO8層、または、ZrO8層とSiO8層との交互積層による16層からなる。
【0023】
なお、特許文献2の第2被着部分は、本実施例と同様にHfOとSiOにより構成されるが、その光学膜厚は、使用波長633nm(レーザ発振光)の1/4波長である。一方、本実施例の紫外線ミラースタック層部13は、紫外線を反射するために、波長270nmの1/4波長の光学膜厚であり、特許文献2とは技術的思想が異なる。また、積層数も異なる。さらに、本実施例の紫外線ミラースタック層部13は、紫外線を反射するため、可視光ミラースタック層部12へ照射される紫外線は減少する。そのため、可視光ミラースタック層部12において、紫外線による物理変化や化学変化を抑制でき、可視光ミラー10は、従来より耐久性が高いという効果を奏する。
【0024】
図5は、図4に係る可視光ミラー10の反射率性能のデータ(計算値)と、レーザ媒体たるHe、Ne各原子から輻射される紫外線のスペクトラムの関係を示す。図6は、図5の波長400nm以下部分の拡大図である。図5、6から、可視光ミラー10は、紫外線領域の内320nm以下の領域では、90%以上の反射率であることが分かる。また、可視光領域の633nmを中心に上下40〜50nmにおいて99%以上の反射率である。特に、発振周波数における波長633nmでは、反射率99.9930%となる。以下、このシミュレーション結果について説明する。
【0025】
図2からわかるように、可視光ミラースタック層部12を紫外線カットフィルタにより防護することにより、紫外線が照射されることによる全損失の増加を抑制することができる。そこで、紫外線ミラースタック層部13にこのフィルタの役目を果たす紫外線反射性の多層膜ミラーを適用する。
【0026】
紫外線ミラースタック層部13において紫外線を反射すべき波長帯域、言いかえれば、紫外線防護により可視光ミラースタック層部12での全損失増加の抑制効果が効率的に得られる波長帯域は、可視光ミラースタック層部12に適用される高屈折率/低屈折率誘電体1/4波長層対の材料により異なる。例えばTa/SiOの場合は、図2からわかるように320nm以下カットフィルタ、380nm以下カットフィルタ、及び460nm以下カットフィルタのそれぞれについては効果に大差は無く、一方300nm以下カットフィルタでは全損失が相対的に大きくなっている。そこで、Ta/SiOの場合は、紫外線ミラースタック層部13に320nm以下の短波長領域において50%以上の反射率を示す多層膜ミラーを適用することにより、可視光ミラースタック層部12に可視光吸収増大を誘起する紫外線の到達を効果的に抑制することができると言える。
【0027】
なお、可視光ミラースタック層部12と紫外線ミラースタック層部13の反射する波長帯域が近い場合には、互いの反射光が干渉しやすくなる。そのため、可視光ミラースタック層部12と紫外線ミラースタック層部13の反射する波長帯域は離れていることが望ましい。よって、使用波長633nm(レーザ発振光)とする場合には、紫外線ミラースタック層部13に460nm以下の短波長領域において50%以上の反射率を示す多層膜ミラーを用いるよりも、320nm以下の短波長領域において50%以上の反射率を示す多層膜ミラーを用いるほうが高性能となる。
【0028】
なお、ZrOについてシミュレーション結果は記載していないが、ZrOのバンドギャップの大きさは、HfOと同等であることから(HfOとZrOのバルク材料のバンドギャップは、HfOが5.63eV(光の波長に換算して220nm)であり、ZrOが5.4eV(光の波長に換算して230nm)である)、同等の紫外線に対する耐久性を有すると考えられる。なぜなら、物質にバンドギャップの大きさに相当する光を照射すると、光のエネルギーの吸収が起こり、吸収したエネルギーを熱や格子緩和等で失う過程で構造欠陥などダメージが発生する。つまり、物質のバンドギャップが大きければ大きいほど、光のエネルギーの吸収が起こりにくく、ダメージが発生しないため、紫外線に対する耐久性が優れているからである。
【0029】
<可視光ミラースタック層部12と紫外線ミラースタック層部13の組合せ方法>
なお、紫外線ミラースタック層部での320nm以下の短波長領域における反射率(例えば、50%)は、紫外線遮断という観点からは高いほど望ましいが、その副作用として可視光領域の反射率の低下を招く。そのため、紫外線ミラースタック層部が備えるべき320nm以下の反射率は、可視光ミラースタック層部の紫外線感応度とのトレードオフによりケースバイケースで決することになる。例えば、可視光ミラースタック層部12に適用する高屈折率誘電体として紫外線感応度が高く高反射率(例えば、紫外線照射の無い時の特定の波長の可視光に対する損失が50ppm以下)の素材(例えば、損失が約30ppmのTa)を選択した場合には、若干の反射率の低下を招いても紫外線ミラースタック層部13に紫外線反射率が高いHfOとSiOとの交互積層又はZrOとSiOとの交互積層からなる多層膜ミラー等を適用することで、トータルとして高い反射率の可視光ミラーの実現が期待できる。一方、可視光ミラースタック層部12に紫外線感応度が比較的低い素材を使用した場合には、紫外線ミラースタック層部13に例えば紫外線反射率50%程度の多層膜ミラーを適用しても、トータルとしてある程度高い反射率の可視光ミラーの実現が期待できる。つまり、紫外線ミラースタック層部13は、紫外線の所定の波長帯域において、可視光ミラースタック層部12の紫外線感応度に応じ、50%以上の範囲から適切に選ばれた反射率を備えていればよい。また、可視光ミラースタック層部12の紫外線非照射状態での使用波長における損失が十分に小さければ、紫外線ミラースタック層部13自体が使用波長においてある程度の損失を持つことが許容される。そして、紫外線の上記所定の波長帯域は、多層膜ミラーに広帯域の紫外線を照射し、その紫外線に複数の適宜選んだ異なる阻止域を有する紫外線カットフィルタを取り替え挿入して当該多層膜ミラーの全損失を測る方法により決定することができる。
【0030】
<保護層14>
保護層14は、例えば、紫外線ミラースタック層部13の最上層(例えば、HfO層)の上に、被覆形成される。保護層14は、例えば、1/2波長光学層厚をもつSiO層であり、格別の光学的機能を有しない物理的保護層である。
【0031】
<効果>
以上のように本発明は、全損失の増加を誘起する紫外線を高い反射率で反射する、紫外線ミラースタック層部を可視光ミラースタック層部の上にオーバーコーティングするという新しい手段により、耐紫外線性が高くかつ高反射率の可視光ミラーを実現するものである。
【0032】
<シミュレーション結果>
図7に、紫外線ミラースタック層部13をオーバーコートしない可視光ミラースタック層部12(Ta/SiO層対)と保護層14のみの可視光ミラーに対して、紫外線領域に広範囲にスペクトルが分布する光を照射した場合の633nm光に対する全損失値の実験データと、特許文献2で開示された従来構成の実験データと、実施例1の図4の構成による可視光ミラー10に同様の光を照射した場合の計算値との比較を示す。実験に係る測定系は図3の構成から紫外線カットフィルタを取り除いた構成であり、この構成において紫外線照射装置をオン/オフすることにより測定を行った。図7において、丸印は紫外線を照射しない場合の633nm波長光に対する全損失値、菱印は紫外線を照射した場合の633nm波長光に対する全損失値である。実施例1の可視光ミラー10の計算値は以下のようにして求めた。紫外線ミラースタック層部13をオーバーコートしない可視光ミラースタック層部12のみの実測値において、100%の紫外線照射を受けた場合の損失増加が150ppmであるから、紫外線1%照射当りの損失増加を1.5ppmと見積もった。図5より、可視光ミラー10の損失増大を誘起する波長域における紫外線ミラースタック層部13の反射率が約90%であり、紫外線照射中の実施例1の可視光ミラー10の損失増加量計算値を(100%−90%反射)×1.5ppm=15ppmと見積もった。なお、図7において、可視光ミラー10の紫外線が無い場合の全損失値(約70ppm)は、図5の633nmの場合に得られる反射率99.9930%から得られる値である。図7からわかるように、紫外線の照射がない場合は、紫外線ミラースタック層部13をオーバーコートしないミラーの全損失が最も小さく、従来技術によるミラーの全損失がその次に小さいが、紫外線を照射した場合は、従来技術によるミラーは紫外線ミラースタック層部13をオーバーコートしないミラーと比べれば全損失の増加の抑圧効果が認められるものの、本発明の図4の構成の全損失の増加の抑圧効果は更に顕著であり、紫外線照射下での全損失の値は従来技術によるミラーを下回っている。この実験結果からも、本発明の構成が優れた耐紫外線性を有するものであることがわかる。
【0033】
例えば、特許文献2は、紫外線照射中の全損失が140ppm、可視光ミラー10の紫外線照射無しの全損失が70ppmである。よって、紫外線ミラースタック層部は、100−(140−70)/1.5=53.3%以上の反射率を有するものであれば、紫外線照射中において従来技術よりも全損失が少なくなると見積もることができる。さらに、前述の通り、紫外線ミラースタック層部13において紫外線を反射するため、従来技術に比べ、可視光ミラースタック層部12は、紫外線による物理変化や化学変化を抑制をすることができるという効果を奏する。
【0034】
よって、紫外線ミラースタック層部13が紫外線領域の所定の波長帯域における反射率が約50%であれば、従来技術と同等の全損失を実現し、さらに、より耐久性に優れた可視光ミラーを実現することができる。また、反射率が60%以上であれば、従来技術よりも全損失を少なくすることができ、より耐久性に優れた可視光ミラーを実現することができる。
【実施例2】
【0035】
実施例1に記した可視光ミラーを用いてレーザ発振用の光共振器を構成することにより、低損失の可視光発振ガスレーザ30を構成することができる。
【0036】
図8は、リングレーザジャイロ40において用いられる可視光発振ガスレーザ30の構成例を示す。例えば、特開2007−93551号公報(以下、「参考文献1」という)記載のリングレーザジャイロにおいて用いられる可視光発振ガスレーザ30内に可視光ミラー10を適用することができる。
【0037】
可視光発振ガスレーザ30の概要を説明する。例えば、可視光発振ガスレーザ30は、レーザ光発振用のキャビティ41と、レーザ光の光路を形成する3個の可視光ミラー10a,10b,10c及び図示しない電圧印加手段とを有する。
【0038】
例えば、キャビティ41内には、図示しないヘリウムとネオンとの混合物を入れる。図8に示す可視光発振ガスレーザ30は、図示しない電圧印加手段によって電圧を印加される。この電圧の印加によって、レーザ光発振用のキャビティ41、1個のレーザ光反射用ミラー10a、2個のレーザ光反射用可動ミラー10b、10cからなる閉じた光路44に、左回りのレーザ光45および右回りのレーザ光46が発振する。なお、レーザ光反射用ミラー10a、2個のレーザ光反射用可動ミラー10b、10cの鏡面部分は実施例1記載の可視光ミラー10により構成される。また、レーザ光反射用ミラー10aは、レーザ光が透過できるように適宜設計する。
【0039】
発振した左回りのレーザ光45および右回りのレーザ光46は、レーザ光反射用ミラー10aから射出する。このような構成とすることによって、低損失の可視光発振ガスレーザ30を構成することができる。
【実施例3】
【0040】
実施例1に記した可視光ミラーを用いて角速度検出用のリングレーザ共振器を構成することにより、角速度の検出精度を向上したリングレーザジャイロを構成することができる。図8は、リングレーザジャイロ40の構成例を示す。例えば、参考文献1記載のリングレーザジャイロに実施例1記載の可視光ミラーを適用することができる。
【0041】
リングレーザジャイロ40の概要を説明する。例えば、リングレーザジャイロ40は、可視光発振ガスレーザ30に加え、回転震動発生部50、周期信号発生部53、直角プリズム47、フォトセンサ48、信号処理部51、バイアス信号除去部52を有してもよい。
【0042】
実施例2記載の可視光発振ガスレーザ30から射出されたレーザ光は、リングレーザジャイロ40の直角プリズム47の作用によって干渉させられ、リングレーザジャイロ40のフォトセンサ48に干渉縞を形成する。
【0043】
リングレーザジャイロ40のフォトセンサ48によって検知された干渉縞の情報(移動方向や速さなど)は、リングレーザジャイロ40の信号処理部51に入力され、角速度情報へと変換される。信号処理部51によって出力された角速度情報は、リングレーザジャイロ40のバイアス信号除去部52の入力となる。リングレーザジャイロ40の周期信号発生部53は、適宜の周期信号を発生し出力する。周期信号発生部53によって出力された周期信号は、リングレーザジャイロ40の回転振動発生部50の入力となる。リングレーザジャイロ40の回転振動発生部50は、周期信号発生部53によって出力された周期信号に従って動作し、リングレーザジャイロ40全体に回転振動を与える。このため、光路44の周回方向に回転振動が与えられ、結果として、レーザ光の周回方向に回転振動が与えられることになる。また、回転振動発生部50は、図示しないモニタ部を備えている。このモニタ部は、キャビティ41全体の回転振動状態(位置や回転速度など)を検知し、この検知した回転振動状態をモニタ信号として出力する。信号処理部51によって出力された角速度情報、周期信号発生部53によって出力された周期信号および回転振動発生部50のモニタ部によって出力されたモニタ信号は、リングレーザジャイロ40のバイアス信号除去部52に入力される。バイアス信号除去部52は、周期信号およびモニタ信号の両方もしくは一方を用いて、角速度情報から、印加された周回方向の回転振動に相当する振動角速度信号を除去し、この結果を角速度信号として出力する。この角速度信号が、リングレーザジャイロ40ないしリングレーザジャイロ40を備える機器などの運動における角速度を表すことになる。
【0044】
このような構成とすることによって、低損失でレーザを生成することができ、それにより、角速度の検出精度を向上したリングレーザジャイロを構成することができる。
【0045】
なお、各可視光ミラー10a,10b,10cにおいて、可視光とともに紫外線も反射されるが、光共振器20内の共振条件は、可視光が強めあうように設定されているため、紫外線は、共振条件に合わなかったり、キャビティ内壁に吸収されることにより、減衰する。
【0046】
なお、実施例1から3で開示される構造および方法は、本発明の原理を説明するものである。本発明はその精神または本質的な特性から逸脱することなく他の特定的な形式で実施されてもよい。説明された実施例はあらゆる面において、限定的なものではなく、例示的かつ説明的なものとして考えられるべきである。したがって、この発明の範囲を規定するのは上の好ましい実施例の説明ではなく、特許請求の範囲である。特許請求の範囲と等価な意味および範囲内にある、ここで説明された実施例に対する変形はすべて、この発明の範囲内に包含される。
【産業上の利用可能性】
【0047】
本発明は、紫外線が含まれる光が入射される誘電体多層膜光学素子を低損失に構成したい場合において特に有用である。
【符号の説明】
【0048】
10 可視光ミラー
11 基板
12 可視光ミラースタック層部
13 紫外線ミラースタック層部
14 保護層
30 可視光発振ガスレーザ
40 リングレーザジャイロ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
基板と、
上記基板上に形成され、紫外線の照射により可視光吸収の増大が誘起される誘電体材料の層を含んだ、可視光を反射する多層膜ミラーである可視光ミラースタック層部と、
上記可視光ミラースタック層部上に形成され、紫外線領域の所定の波長帯域における反射率が50%以上の多層膜ミラーである紫外線ミラースタック層部と、
を備える可視光ミラー。
【請求項2】
請求項1に記載の可視光ミラーにおいて、
上記可視光ミラースタック層部は、紫外線照射が無い時の特定の波長の可視光に対する損失が50ppm以下であることを特徴とする可視光ミラー。
【請求項3】
請求項1又は2のいずれかに記載の可視光ミラーにおいて、
上記可視光ミラースタック層部は、TaとSiOとの交互積層からなり、
上記所定の波長帯域は、320nm以下の帯域である
ことを特徴とする可視光ミラー。
【請求項4】
請求項1乃至3のいずれかに記載の可視光ミラーにおいて、
上記紫外線ミラースタック層部は、HfOとSiOとの交互積層又はZrOとSiOとの交互積層のいずれかからなる
ことを特徴とする可視光ミラー。
【請求項5】
請求項1乃至4のいずれかに記載の可視光ミラーを用いてレーザ発振用の光共振器が構成されていることを特徴とする可視光発振ガスレーザ。
【請求項6】
請求項1乃至4のいずれかに記載の可視光ミラーを用いて角速度検出用のリングレーザ共振器が構成されることを特徴とするリングレーザジャイロ。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2010−281955(P2010−281955A)
【公開日】平成22年12月16日(2010.12.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−134068(P2009−134068)
【出願日】平成21年6月3日(2009.6.3)
【出願人】(000231073)日本航空電子工業株式会社 (1,081)
【Fターム(参考)】