説明

固体表面の加工方法及びその装置

【課題】加工速度の向上を図る。
【解決手段】レンズで集束されるガスクラスターイオンビームを用いて固体表面を加工する方法において、ガスクラスターイオンビームの、照射軸に垂直な面内方向の電流密度分布の、照射軸方向の座標に対する変化のデータを実測によって取得し、その電流密度分布のデータから定められるガスクラスターイオンビームの焦点距離よりも短い照射軸方向の範囲において取得した加工対象領域の面積毎のエッチング加工速度の、照射軸方向の座標に対する変化のデータに基づいて、加工対象の固体表面を設置する照射軸方向の座標を、加工対象領域の面積毎に決定する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は例えば半導体、その他電子デバイス用材料の表面のエッチングや平坦化、また各種デバイス表面、パターン表面、さらには金型などの複雑な構造体表面のエッチングや平坦化に用いることができ、ガスクラスターイオンビーム照射により固体表面を加工する方法及びその装置に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、ガスクラスターイオンビームを用いた固体表面の加工方法が、表面損傷が少なく、かつ表面粗さを非常に小さくすることができる点で注目を集めている。ガスクラスターイオンビームを用いた加工では、一般的にビームサイズはφ数十mm程度が用いられることが多く、このようなビームサイズのビームを走査することにより例えばφ100mm程度以上のウエハなどの平坦化が行われている。これに対し、加工領域が上記のようなビームサイズより小さい場合に対応するため、レンズを用いてビームを収束させるといったことも行われている。
【0003】
特許文献1にはこのようなガスクラスターイオンビームを用いた加工を行う加工装置の構成が記載されている。主要な構成要素として、ノズルから発生させた中性クラスターをイオン化するためのイオナイザー、クラスターイオンを加速するための電極、加速されたクラスターイオンを焦点に集めるためのレンズ、モノマーイオンを除去するための永久磁石ビームフィルタ及びクラスターイオンをワークピースに照射するための走査プレートを備えている。ここで、レンズはワークピース標的において小さなビームスポットを可能とするため、長い焦点距離(1.5メートルまで)を達成することができるようになっている。
【0004】
一方、特許文献2にはガスクラスターイオンビームを用いた窒化物の形成方法が開示されており、静電レンズを用いてガスクラスターイオンビームを微小面積に収束させることが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特表2003−521812号公報
【特許文献2】特開2000−87227号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献1及び特許文献2ではガスクラスターイオンビームに焦点を結ばせる目的でレンズを使用し、これにより加工対象物表面において小さなビームスポットサイズを可能としている。このようなレンズの使用方法により、加工対象となる微小な領域だけを加工することができる効果を期待しているものと考えられる。また、ビーム収束によりビーム電流密度を向上させ、微小領域での加工速度を向上させるという効果についても期待している可能性があるが、明確には記述されていない。
【0007】
ところで、ガスクラスターイオンビームは幅広いサイズ分布を有するクラスターから構成されているため、サイズによって収束の状況は異なり、モノマーイオンのようにビームが焦点を結んでいる位置(ビームサイズが最も小さくなる位置)において加工速度が最も向上するとは限らない。即ち、従来のレンズの使用目的は目的の微小領域のみを加工するためのビームサイズ調整が主な目的であって、加工速度を向上させる観点でのガスクラスターイオンビームに対するレンズ及びそれを用いた加工方法(装置)の最適設計については明らかではなかった。
【0008】
ビーム電流が一定であるとすると、レンズを用いてビームを収束すると、照射領域での電流密度が高まる。通常、レンズを用いることによる加工速度の向上は電流密度の向上、即ち単位時間内に照射されるイオン数が増加した結果、単位時間にスパッタされる原子数が増加する効果のことを意味する。
【0009】
一方、加工速度を向上させるにはスパッタ率を向上させる方法もある。スパッタ率はatoms/ionで定義され、1クラスターイオンあたり固体表面の構成原子をいくつスパッタできるかを示す量である。スパッタ率は例えばクラスターサイズによって異なり、サイズが大きいクラスターイオンでは小さいことが知られている。
【0010】
以上より、ガスクラスターイオンビームを用いて加工する方法(装置)において、電流密度を向上させることと、スパッタ率を向上させることの2つの観点で最適な照射条件を見いだすことができれば、加工速度を従来技術よりも向上させることができる。しかしながら、このような観点での加工方法(装置)はこれまで明らかにされていなかった。
【0011】
この発明の目的はこのような状況に鑑み、従来よりも加工速度を向上させることができる固体表面の加工方法及びその装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
請求項1の発明によれば、レンズで集束されるガスクラスターイオンビームを用いて固体表面を加工する方法は、ガスクラスターイオンビームの、照射軸に垂直な面内方向の電流密度分布の、照射軸方向の座標に対する変化のデータを実測によって取得し、その電流密度分布のデータから定められるガスクラスターイオンビームの焦点距離よりも短い照射軸方向の範囲において取得した加工対象領域の面積毎のエッチング加工速度の、照射軸方向の座標に対する変化のデータに基づいて、加工対象の固体表面を設置する照射軸方向の座標を、加工対象領域の面積毎に決定する。
【0013】
請求項2の発明では請求項1の発明において、固体表面を加工する前に、前記電流密度分布のデータを再実測し、固体表面を設置する照射軸方向の座標を、その再実測の結果に基づいて補正する。
【0014】
請求項3の発明によれば、レンズで集束されるガスクラスターイオンビームを用いて固体表面を加工する方法は、ガスクラスターイオンビームの、照射軸に垂直な面内方向の電流密度分布の、照射軸方向の座標に対する変化のデータを実測して、ガスクラスターイオンビームの焦点距離と、その焦点距離の位置においてその電流密度の最大値の半値で規定されるビームサイズの断面積とを定め、加工対象領域の面積が前記ビームサイズの断面積よりも小さい場合には、加工対象の固体表面を設置する照射軸方向の座標を、前記焦点距離の60%〜70%の範囲に選んで加工を行う。
【0015】
請求項4の発明によれば、ガスクラスターイオンビームを用い、固体表面を加工する装置は、ガスクラスターイオンビームを出射するガスクラスターイオンビーム発生装置と、ガスクラスターイオンビームを収束するためのレンズと、加工対象の固体表面をガスクラスターイオンビームの照射軸方向及びその照射軸に垂直な直交2方向に移動可能な3軸ステージと、その3軸ステージに搭載されたビーム電流検出器とを具備し、ビーム電流検出器によって検出されたガスクラスターイオンビームの、照射軸に垂直な面内方向の電流密度分布の、照射軸方向の座標に対する変化のデータと、その電流密度分布のデータから定められるガスクラスターイオンビームの焦点距離よりも短い照射軸方向の範囲において取得された加工対象領域の面積毎のエッチング加工速度の、照射軸方向の座標に対する変化のデータとを含むデータベースを有し、データベースを参照して加工対象の固体表面を設置する照射軸方向の座標を、加工対象領域の面積毎に算出し、3軸ステージの位置決めを行う構成とされる。
【0016】
[作用]
ガスクラスターイオンビームにはサイズが異なるクラスターイオンが含まれている。一般に平均クラスターサイズが2000個といった場合は2000個をピークとし、数個から数万個までのクラスターサイズを含む。それぞれのサイズによって、同じ加速エネルギーであってもクラスターを構成する1原子あたりのエネルギーが異なり、スパッタ能力も異なってくる。スパッタへ最も寄与するサイズは100個程度であるとされている。これは、1クラスターイオンあたり、多数の原子を含む方がスパッタに寄与する原子数が多くなるという点でスパッタ率が高くなるものの、1原子あたりのエネルギーは小さくなるため、この点ではスパッタ率は小さくなり、両者のバランスからこの領域のサイズが最もスパッタ率が高くなるものと考えられる。
【0017】
従って、微小領域(ビームサイズよりも小さい領域、なおビームサイズはビーム電流密度がピーク位置の半分となる位置で定義する)の加工速度を高めるには、スパッタ率が最大となるサイズのクラスターイオンを上記微小領域に収束させること及び他のサイズのクラスターイオンのスパッタへの寄与も高めることができる条件(これらのサイズのエネルギーの損失が小さくなる条件)で加工することが望ましい。
【0018】
このような条件で加工するため、ビームの収束及びレンズ・加工対象物間距離とスパッタ率との関係を調べた(図2参照)。レンズと加工対象物との距離方向(ビームの照射軸方向)をZ方向とし、Z方向におけるレンズからの距離をzとし、ビームサイズが最も小さくなる(収束する)距離(焦点距離)をz=zfとすると、zfよりも短い距離においてビームの中心付近のスパッタ率が高くなることがわかった。これは、スパッタ率が高いサイズ100個程度のクラスターイオンについてはzfよりも短い距離で収束されると考えられること、またレンズと加工対象物との距離をzfよりも近づけることで、それ以外のサイズのクラスターイオンについてもエネルギーの損失が少なくなるという2つの観点で、スパッタ率がz=zfの位置よりも大きくなったものと考えられる。なお、レンズからの距離zが大きくなると、エネルギーが小さくなるのは、残留ガスとの衝突によりクラスターが分解してサイズ(質量)が小さくなるために運動エネルギーが小さくなるためである。
【0019】
一方、ビーム全体の電流値(トータルビーム電流値)はレンズからの距離zが大きくなると共に、小さくなることが知られている。これは残留ガスとの衝突によりクラスターイオンが散乱されるためである。そのため、トータルビーム電流値の観点からはレンズからできるだけ近い位置で加工することが加工速度向上のためには有利である。
【0020】
以上のように、微小領域を加工する場合、即ちレンズで収束されたビームの中心付近のみを用いる場合にはスパッタ率が高くなる照射位置付近でzを選択し、加工領域が大きい場合、即ちビームの中心部分だけでなく全体を利用する場合にはトータルビーム電流値が高くなる位置でzを選択することが加工速度を向上させるために必要であると考えられる。いずれの場合においても加工位置はビームの焦点距離よりも小さくすればよいことがわかる。
【0021】
上記は加工対象物がどのような材料であっても成り立つ。即ち、材料によらず、1原子あたりのエネルギーが高くなるとスパッタ率が高くなり、ビーム電流値が大きいほどスパッタ速度が大きいといった共通の関係が知られていることから、図2で示されるスパッタ率とzとの関係はスパッタ率の絶対値は異なるものの、どの材料においても同様のカーブを示す。従って、どのような材料を加工する場合においても加工位置はビームの焦点距離より小さく設定できる。
【発明の効果】
【0022】
この発明によれば、加工対象領域の大きさによって最も高速に加工できる位置を選択して加工することができ、よって従来よりも加工速度を向上させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【図1】この発明の固体表面の加工方法を実現するガスクラスターイオンビーム加工装置の基本構成を示す図。
【図2】レンズからの距離とビームサイズ、スパッタ率との関係を示すグラフ。
【図3】レンズからの距離とトータルビーム電流値、加工速度との関係を示す表。
【図4】レンズからの距離と加工速度との関係を示すグラフ。
【図5】50mm角の領域をエッチングする場合のスキャン方法の一例を説明するための図。
【図6】ビームプロファイルデータの一例を示す図。
【図7】加工対象物の形状の一例及び加工領域を示す斜視図。
【発明を実施するための形態】
【0024】
以下、この発明の実施形態を説明する。
図1はこの発明によるガスクラスターイオンビームを用いる固体表面の加工装置の基本構成を示したものであり、まず、加工装置の基本構成を図1を参照して説明する。
【0025】
原料ガスをノズル11から真空のクラスター生成室12内に噴出させて、ガス分子を凝集させ、クラスターを生成する。そのクラスターをスキマー13を通してガスクラスタービームとしてイオン化室14へ導く。イオン化室14ではイオナイザー15から電子線、例えば熱電子を照射して中性クラスターをイオン化する。このイオン化されたガスクラスターイオンビームは加速電極16によって加速される。加速されたガスクラスターイオンビームはビーム収束用のレンズ17により焦点距離を調整され、プロセス室18に入射される。
【0026】
ビーム収束用のレンズ17にはアインチェルレンズを用いた。アインチェルレンズは収束機能を持たせるための基本構成を2段重ねた構成とした。1段目と2段目のレンズ印加電圧(E1,E2)を調節することにより、収束性能を制御することができる。
【0027】
プロセス室18内には加工対象物19の照射軸に垂直な面内方向の位置x,yとレンズ17からの距離zを制御するための3軸ステージ21が設けられている。この3軸ステージ21上の支持台22に加工対象物19が取り付けられ、入射されたガスクラスターイオンビーム23が加工対象物19の表面に照射される。電気的絶縁体の加工対象物19の表面を加工する場合にはガスクラスターイオンを電子により予め中性化する場合もある。また、支持台22上にはビーム電流検出器24が取り付けられ、ビーム電流検出器24は3軸ステージ21の移動によりガスクラスターイオンビーム23に対する相対位置を変化させることができる。
【0028】
ここで、レンズ17の収束特性を明らかにするため、レンズ17からの距離zとビームサイズの関係を調べた。ビームの条件として、20kVに加速したArクラスターを用い、レンズ17の印加電圧は1段目E1=18kV、2段目E2=15kVとした。ビーム電流検出器24としてファラデーカップを用い、ファラデーカップの入口に1mm角の開口部をもつアパーチャーを取り付け、ファラデーカップをX−Yスキャンすることにより、ビームの電流密度分布をマッピングした。これにより、ビームプロファイルがわかる。最もビーム電流密度が大きくなる部分(中心部)の半分の電流密度になる位置間の距離(半値幅)をビームサイズとした。
【0029】
次に、加工対象物19をシリコンとし、レンズ17からの距離zとシリコンのスパッタ率の関係を調べた。スパッタ率は、電流密度と単位面積あたりの平均加工深さとの関係から求めることができる。スパッタ率はビームの中心付近の1mm角の領域について調べた。得られたレンズ17からの距離zとビームサイズ及びスパッタ率との関係を図2に示す。焦点距離はz=50mmであった。
【0030】
次に、zが焦点距離より小さい領域であるz=10mmから50mmの範囲で、ビームの中心部の1mm角の領域での加工速度、即ち単位ビーム照射時間あたりの平均加工深さを調べた。また、開口径50mmのファラデーカップで、ビーム電流密度が最も大きくなる点を中心にφ50mmの領域内のトータルビーム電流値を測定した。結果を図3の表1に示す。z=35mmで加工速度が最も大きくなった。
【0031】
次に、z=10mmから50mmの範囲で、50mm角の領域での加工速度を調べた。50mm角の領域を均一の深さでエッチング(スパッタ)するため、50mm角の領域を含む領域をX−Yスキャンした。図5はこの様子を示したものであり、100mm×100mmのスキャン領域31をビームの中心が一定速度でスキャンされるように3軸ステージ21を制御した。図5中、32は50mm角の領域を示し、33はガスクラスターイオンビームのビームスポットを示す。
【0032】
図5中に矢印で示したように、地点aからbに至るスキャンを行い、地点bに到達後は地点aに向かって逆方向にスキャンした。これを繰り返すことにより、ビームの強度分布に関わらず、50mm角の領域32内をほぼ均一にエッチングすることができる。X軸方向の3軸ステージ21の移動速度は50mm/sとし、Y軸方向に1mmずつずらしながら100mm×100mmのスキャン領域31をスキャンした。結果を図3の表1に示す。z=10mmで加工速度が最も大きくなった。
【0033】
また、同様の方法で20mm角の領域についても40mm×40mmの領域をスキャンし、zと加工速度の関係を調べた。結果を図3の表1に示す。z=20mmで加工速度が最も大きくなった。
【実施例】
【0034】
レンズ17からの距離zとビームプロファイル(ビーム電流密度のマッピングデータ:図6に例示)の関係を各クラスターイオンビームの発生条件について調べ、データベースを作成した。ビームの発生条件としては、ガスの種類、導入圧力P、中性クラスターのイオン化条件(イオン化に用いる熱電子の加速電圧Ve及びアノードで検出される熱電子の電流Ie)及び加速電圧Vaをパラメータとした。ビームの発生条件によりクラスターイオンのサイズ分布が変化するため、レンズ17のパラメータが同じであったとしてもビームの収束状態は変化する。そのため、各ビームの発生条件において、上記関係をデータベース化しておくことが望ましい。
【0035】
次に、レンズの焦点距離より短いzの領域で、種々の加工領域サイズについて、zと加工速度の関係を調べ、データベース化した。材料としてはシリコンを用いた。加工領域サイズが1mm角と50mm角の場合のデータを図4に示す。
【0036】
ファラデーカップとサンプルの相対位置を予め正確に把握しておくことにより、ビームプロファイルと加工速度とを正確に対応付けることができる。
【0037】
次に、加工対象材料であるSKD11(ダイス鋼)のサンプルチップに対し、加工領域が1mm角の場合のz=35mmにおける加工速度を調べた。その結果、加工速度は28nm/min.であった。シリコンとの加工速度比は0.67であり、この数値をデータベースに登録した。
【0038】
なお、ビームプロファイルをzの値に対して測定することにより、zとビームサイズの関係、zとトータルビーム電流値の関係を得ることができる。これら2次的に得られる関係もデータベースに格納する。図2に示したzとビームサイズの関係のグラフと、図3の表1に示したzとトータルビーム電流値の関係はこのようなデータベース作成の過程で得られたもので、ビームの発生条件はガス種Ar,P=0.6Mpa,Va=20kV,E1=18kV,E2=15kV,Ve=300V,Ie=300mAである。
【0039】
図7に示す形状の加工対象物19に対し、以下の手順で加工を行った。加工対象物19の構成材料はSKD11(ダイス鋼)とした。加工対象物19の領域Aと領域Bを平均100nmの深さだけエッチング加工し、平坦化する。領域Aの大きさは50mm角であり、領域Bの大きさは1mm角である。
【0040】
(1)データベースを参照し、領域Aの平均加工速度が最も大きくなる距離zを、zと加工速度分布のデータから算出する。結果としてz=10mmを得る。同様に、領域Bについても算出し、結果としてz=35mmを得る。
(2)データベースを参照し、z=10mmの位置(領域Aの加工位置)において、100nmエッチングするために必要な時間を、zと加工速度分布のデータ及びシリコンとSKD11の加工速度の比から算出する。結果として照射時間として20.0分を得る。同様に、z=35mmの位置(領域Bの加工位置)についても算出し、結果として3.63分を得る。なお、z=10mm,35mmにおける現在のビーム電流値をモニタし、データベース上のzとトータルビーム電流値のデータ値との間にずれがあれば、比例計算により照射時間を補正する。
(3)続いて、z=10mmの位置に領域Aの中心が位置するように3軸ステージ21を移動する。
(4)ガスクラスターイオンビームを20.0分間照射する。
(5)次に、z=35mmの位置に領域Bの中心が位置するように3軸ステージ21を移動する。
(6)ガスクラスターイオンビームを3.63分間照射する。
以上により、加工が完了する。
【0041】
図3の表1を参照すると、ビームの中心部1mm角の領域の加工速度はz=35mmの場合に最も短くなっていることがわかる。加工速度はスパッタ率の大きさと共にビーム電流値にも依存するが、測定したzの範囲ではビーム電流値の変化はスパッタ率の違いよりも小さく、結果的にスパッタ率が最も大きくなるz=35mm(図2参照)において加工時間が最も短くなったと考えられる。
【0042】
一方、50mm角の領域を均一な深さでエッチング加工する場合には、z=10mmの位置が最も加工速度が大きくなる。これは照射領域がビームサイズよりも大きいため、ビームの中心位置でのスパッタ率の高さよりも照射領域全体のビーム電流値(トータルビーム電流値)が最も大きい距離において最も加工速度が大きくなったと考えられる。
【0043】
20mm角の領域を加工する場合は1mm角と50mm角の場合の中間となり、z=20mmで加工速度が最大になったと考えられる。
【0044】
以上のように、照射領域の大きさによって、最も加工速度が大きくなるzの位置が異なっていることがわかる。即ち、照射領域の大きさによってzの位置を調整することにより、加工速度を最大化できる。
【0045】
さらに、図4を参照すると、加工領域が1mm角程度とビームサイズよりも小さい場合には、ビームの焦点距離50mmに対してz=30〜35mmの範囲で加工速度が最も大きくなり、かつその変化が比較的小さいことがわかる。即ち、焦点距離の60%から70%の範囲で照射位置を選んで加工を行うことにより、加工速度を大きくすることができることがわかる。
【0046】
以上、説明したように、この発明では、レンズで集束されるガスクラスターイオンビームの、照射軸に垂直な面内方向の電流密度分布の、照射軸方向の座標に対する変化のデータを実測によって取得し、その電流密度分布のデータから定められるガスクラスターイオンビームの焦点距離よりも短い照射軸方向の範囲において取得した加工対象領域の面積毎のエッチング加工速度の、照射軸方向の座標に対する変化のデータに基づいて、加工対象の固体表面を設置する照射軸方向の座標を、加工対象領域の面積毎に決定するものとなっており、これにより加工対象領域の大きさに応じて最も高速に加工できる照射位置を選択して加工することができ、よって従来よりも加工速度を向上させることができる。
【0047】
また、固体表面を加工する前に、前記電流密度分布のデータを再実測し、固体表面を設置する照射軸方向の座標を、その再実測の結果に基づいて補正するようにすれば、より正確に加工最適位置を求めることができる。
【0048】
一方、上記のような方法に対し、さらに簡便に加工を行うべく、電流密度分布の、照射軸方向の座標に対する変化のデータのみを実測して、ガスクラスターイオンビームの焦点距離と、その焦点距離の位置におけるビームサイズの断面積とを求め、加工対象領域の面積がビームサイズの断面積よりも小さい場合には加工対象の固体表面を設置する照射軸方向の座標を焦点距離の60%〜70%の範囲に選んで加工を行うようにしてもよい。
【0049】
以上、加工の具体例としてエッチング深さの分布を測定する例で説明してきた。加工後の評価指標としてはエッチング深さだけでなく、表面粗さ分布や表面損傷深さなどを測定し、データベース化することもできる。これにより、加工対象領域の平均表面粗さや加工損傷深さを最適値にするため、加工速度が最も大きくなる照射位置を設定する場合にも適用可能である。
【0050】
また、データベースには加工対象として考えられる材料について、ある加工領域サイズに対し、特定のzでのみ加工速度を調べ、シリコンの加工速度との比をデータベースに登録することにより、どのような材料についてもデータベースを参照することによって加工速度が最大となる照射位置を決定することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
レンズで集束されるガスクラスターイオンビームを用いて固体表面を加工する方法であって、
前記ガスクラスターイオンビームの、照射軸に垂直な面内方向の電流密度分布の、照射軸方向の座標に対する変化のデータを実測によって取得し、
前記電流密度分布のデータから定められる前記ガスクラスターイオンビームの焦点距離よりも短い照射軸方向の範囲において取得した加工対象領域の面積毎のエッチング加工速度の、照射軸方向の座標に対する変化のデータに基づいて、加工対象の固体表面を設置する照射軸方向の座標を、加工対象領域の面積毎に決定することを特徴とする固体表面の加工方法。
【請求項2】
請求項1記載の固体表面の加工方法において、
前記固体表面を加工する前に、前記電流密度分布のデータを再実測し、前記固体表面を設置する照射軸方向の座標を、その再実測の結果に基づいて補正することを特徴とする固体表面の加工方法。
【請求項3】
レンズで集束されるガスクラスターイオンビームを用いて固体表面を加工する方法であって、
前記ガスクラスターイオンビームの、照射軸に垂直な面内方向の電流密度分布の、照射軸方向の座標に対する変化のデータを実測して、前記ガスクラスターイオンビームの焦点距離と、その焦点距離の位置においてその電流密度の最大値の半値で規定されるビームサイズの断面積とを定め、
加工対象領域の面積が前記ビームサイズの断面積よりも小さい場合には、加工対象の固体表面を設置する照射軸方向の座標を、前記焦点距離の60%〜70%の範囲に選んで加工を行うことを特徴とする固体表面の加工方法。
【請求項4】
ガスクラスターイオンビームを用い、固体表面を加工する装置であって、
ガスクラスターイオンビームを出射するガスクラスターイオンビーム発生装置と、
前記ガスクラスターイオンビームを収束するためのレンズと、
加工対象の固体表面を前記ガスクラスターイオンビームの照射軸方向及びその照射軸に垂直な直交2方向に移動可能な3軸ステージと、
その3軸ステージに搭載されたビーム電流検出器とを具備し、
前記ビーム電流検出器によって検出された前記ガスクラスターイオンビームの、照射軸に垂直な面内方向の電流密度分布の、照射軸方向の座標に対する変化のデータと、前記電流密度分布のデータから定められる前期ガスクラスターイオンビームの焦点距離よりも短い照射軸方向の範囲において取得された加工対象領域の面積毎のエッチング加工速度の、照射軸方向の座標に対する変化のデータとを含むデータベースを有し、
前記データベースを参照して前記加工対象の固体表面を設置する照射軸方向の座標を、加工対象領域の面積毎に算出し、前記3軸ステージの位置決めを行う構成とされている
ことを特徴とする固体表面の加工装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2010−251131(P2010−251131A)
【公開日】平成22年11月4日(2010.11.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−99542(P2009−99542)
【出願日】平成21年4月16日(2009.4.16)
【出願人】(000231073)日本航空電子工業株式会社 (1,081)
【Fターム(参考)】