説明

垂直磁気記録媒体における軟磁性膜層用合金およびスパッタリングターゲット材並びにその製造方法

【課題】 垂直磁気記録媒体における軟磁性層膜として用いるCo−Fe−Ni系合金およびそれを用いたスパッタリングターゲット材を提供する。
【解決手段】 原子%で、Fe:10〜45%、Ni:1〜25%、Zr,Hf,Nb,Ta,Bの1種または2種以上が、Zr+Hf+Nb+Ta+B/2:5〜10%、(ただし、Bは0%以上7%以下)、Al,Crの1種または2種が、Al+Cr:0〜5%、残部37%以上のCoおよび不可避的不純物よりなり、かつ原子比で、Fe/(Co+Fe+Ni):0.10〜0.50、Ni/(Co+Fe+Ni):0.01〜0.25を満たすことを特徴とする垂直磁気記録媒体における軟磁性膜層用合金およびこれを成膜するためのスパッタリングターゲット材並びにその製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、垂直磁気記録媒体における軟磁性層膜として用いるCo−Fe−Ni系合金およびそれを用いたスパッタリングターゲット材並びにその製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、磁気記録技術の進歩は著しく、ドライブの大容量化のために、磁気記録媒体の高記録密度化が進められており、従来の面内磁気記録媒体より更に高記録密度が実現できる、垂直磁気記録方式が実用化されている。ここに垂直磁気記録方式とは、垂直磁気記録媒体の磁性膜中の媒体面に対して磁化容易軸が垂直方向に配向するように形成したものであり、高記録密度に適した方法である。そして、垂直磁気記録方式においては、記録感度を高めた磁気記録膜層と軟磁性膜層とを有する2層記録媒体が開発されている。この磁気記録膜層には一般的にCoCrPt−SiO2 系合金が用いられている。
【0003】
一方、軟磁性膜層には、例えば特開2005−320627号公報(特許文献1)に開示されているように、Zr:1〜10原子%、Nbおよび/またはTa:1〜10原子%含有し、残部実質的にCoからなるCo合金ターゲット材の製造方法において、Co合金の溶湯を急冷凝固処理して合金粉末を作製した後、粉末粒径500μm以下の合金粉末を加圧焼結するCoZrNb/Ta合金ターゲット材が提案されている。この垂直磁気記録媒体の軟磁性膜層には高い飽和磁束密度、高い非晶質性が求められる。
【0004】
しかしながら、特許文献1におけるCoZrNb/Ta合金は垂直磁気記録媒体の軟磁性膜層に要求される飽和磁束密度と比較すると低いレベルとなってしまう課題がある。そこで、高い飽和磁束密度、非晶質性、耐食性をバランスさせた、例えば特開2007−284741号公報(特許文献2)に開示されているように、Fe−Co系合金において、Fe:Coのat比が100:0〜20:80とし、かつ、AlまたはCrの1種または2種を0.2〜5at%含有させた軟磁性ターゲット材が提案されている。
【特許文献1】特開2005−320627号公報
【特許文献2】特開2007−284741号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、上述した特許文献2のように飽和磁束密度の高い合金を軟磁性膜層として使用する場合、これを成膜するためのスパッタリングターゲット材も高飽和磁束密度となってしまい、結果的にマグネトロンスパッタ時の成膜速度や成膜工程の安定性を左右する、PTF値が低くなってしまう問題がある。なお、上述した非晶質性とは、合金を急冷凝固あるいはスパッタ成膜した時に、非晶質になる容易さを言い、耐食性とは、電子部品が使用される通常の環境で発銹しないレベルの耐候性を言う。なお、PTF値とは、マグネトロンスパッタの際に、スパッタリングターゲット材の背面に配置された磁石からの磁力線がスパッタリングターゲット材の表面に漏れる割合であり、スパッタリングの効率や成膜された薄膜の歩留りに影響する因子である。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上述したような問題を解消するために発明者らは鋭意開発を進めた結果、高い飽和磁束密度と高い非晶質性および高い耐食性を有する軟磁性膜層用のCo−Fe−Ni系合金組成とすることで達成されることを見出した。さらに、この合金を成膜するためのスパッタリングターゲット材の原料粉末に所定の粉末を用いることによって、同組成の均一な内質を持つスパッタリングターゲット材よりも、PTF値を大幅にアップさせることが可能であることを見出し、発明に至った。
【0007】
すなわち、飽和磁束密度、非晶質性および耐食性に優れた垂直磁気記録媒体用軟磁性合金、および、この合金においてマグネトロンスパッタ時に効率よく使用できる高PTF値を有するスパッタリングターゲット材を提供する。その発明の要旨とするところは、
(1)原子%で、Fe:10〜45%、Ni:1〜25%、Zr,Hf,Nb,Ta,Bの1種または2種以上が、Zr+Hf+Nb+Ta+B/2:5〜10%、(ただし、Bは0%以上7%以下)、Al,Crの1種または2種が、Al+Cr:0〜5%、残部37%以上のCoおよび不可避的不純物よりなり、かつ原子比で、
Fe/(Co+Fe+Ni):0.10〜0.50、
Ni/(Co+Fe+Ni):0.01〜0.25
を満たすことを特徴とする垂直磁気記録媒体における軟磁性膜層用合金。
【0008】
(2)前記(1)に記載の軟磁性膜層用合金を成膜するためのスパッタリングターゲット材において、2種類以上の組成の原料粉末を混合、成形したスパッタリングターゲット材において、うち少なくとも1種類の原料粉末が、原子%で、Ni:20〜34%、Co:0〜6%、Zr,Hf,Nb,Ta,Bの1種または2種以上が、Zr+Hf+Nb+Ta+B/2:3〜12%、(ただし、Bは0%以上7%以下)、Al,Crの1種または2種が、Al+Cr:0〜5%、残部Feおよび不可避的不純物よりなり、かつ原子比で、Ni/(Fe+Ni):0.27〜0.35を満たすことを特徴とするスパッタリングターゲット材。
(3)アップセット法により固化成形することを特徴とした前記(2)に記載のスパッタリングターゲット材の製造方法にある。
【発明の効果】
【0009】
以上述べたように、本発明により飽和磁束密度、非晶質性および耐食性に優れた垂直磁気記録媒体用軟磁性合金、および、この合金においてマグネトロンスパッタ時に効率よく使用できる高PTF値スパッタリングターゲット材を得ることができる極めて優れた効果を奏するものである。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
以下、本発明に係る垂直磁気記録媒体における軟磁性膜層用合金の成分組成の限定した理由を述べる。
Fe:10〜45%
Feは、Co、Niと共に強磁性を有する元素である。一方、Co、Niと比較し、耐食性を劣化させる元素である。しかし、Feが10%未満では飽和磁束密度が小さく、45%を超えると耐食性が劣化することから、その範囲を10〜45%とした。好ましくは20〜40%とする。
【0011】
Ni:1〜25%
Niは、Co、Feと共に強磁性を有する元素であるが、Co、Feと比較すると、飽和磁束密度が低い。一方、耐食性はFeより極めて高く、Coよりも若干優れる。しかし、1%未満では耐食性が劣り、25%を超えると飽和磁束密度が低くなることから、その範囲を1〜25%とした。好ましくは10〜22%とする。
【0012】
Zr,Hf,Nb,Ta,Bの1種または2種以上が、Zr+Hf+Nb+Ta+B/2:5〜10%(ただし、Bは0%以上7%以下)
Zr、Hf、Nb、Ta,Bは、Co、Feに対していずれも共晶系の状態図を持ち、アモルファス相を形成させる元素である。また、共晶組成におけるこれらの元素の濃度はBを除いて8〜13%であり、Bは20%弱である。これはNiに対してもほぼ類似している。したがって、Zr、Hf、Nb、Ta、B/2の合計量で扱うことができる。しかし、Zr+Hf+Nb+Ta+B/2が5%未満では非晶質性が充分でなく、10%を超えると非晶質性が飽和し、飽和磁束密度が低下する。したがって、その範囲を5〜10%とした。好ましくは、7.0〜9.5とする。また、Bが7%を超えると耐食性が劣化することから、7%以下とした。
【0013】
Al,Crの1種または2種が、Al+Cr:0〜5%
Al、Crは、いずれも耐食性を改善する元素であるため、5%以下の範囲で添加する。しかし、5%を超えると飽和磁束密度の低下が大きくなることから、その上限を5%とした。
【0014】
Fe/(Co+Fe+Ni):0.10〜0.50
Fe/(Co+Fe+Ni)は、上述したように、Feは、Co、Niと共に強磁性を有する元素である。一方、Co、Niと比較し、耐食性を劣化させる元素である。しかし、Fe/(Co+Fe+Ni)が0.10%未満では飽和磁束密度が小さく、0.50%を超えると耐食性が劣化することから、その範囲を0.10〜0.50%とした。好ましくは0.23〜0.43%とする。
【0015】
Ni/(Co+Fe+Ni):0.01〜0.25
Ni/(Co+Fe+Ni)は、上述したように、Niは、Co、Feと共に強磁性を有する元素であるが、Co、Feと比較すると、飽和磁束密度が低い。一方、耐食性はFeより極めて高く、Coよりも若干優れる。しかし、0.01%未満では耐食性が劣り、0.25を超えると飽和磁束密度が低くなる。したがって、その範囲を0.01〜0.25、好ましくは0.11〜0.17とする。しかし、残部Coが37%以上必要で、37%未満では耐食性の劣化が見られる。
【0016】
次に、ターゲット材の原料粉末組成について述べる。
請求項1に記載の合金は高い飽和磁束密度と高い非晶質性および高い耐食性を有する優れた合金である。ただし、高い飽和磁束密度を有していることから、これをスパッタリングターゲット材としてマグネトロンスパッタにて成膜すると、PTF値が低くなるため、成膜速度が低くなり、成膜の安定性も低くなってしまう。
【0017】
この点を改良するため、請求項1に記載の軟磁性膜層用合金を、単一組成の原料粉末を固化成形するのではなく、飽和磁束密度の比較的低い粉末を所定の割合で混合し、固化成形することにより、均一組成では高い飽和磁束密度を有する合金でありながら、スパッタリングターゲット材としては比較的低い飽和磁束密度を有する材料を得ることができ、結果としてPTF値の高いスパッタリングターゲット材を得ることが出来る。
【0018】
このとき、スパッタリングターゲット材トータルの組成を少なくとも2組成の原料粉末に分ける際、少なくとも1組成の原料粉末を下記の所定の組成とすることで飽和磁束密度を極めて低くすることができる。また、Zr,Hf,Nb,Ta,BはFe,Co,Niとのスパッタ率に差があるため、各原料粉末の添加量に大きな差がある場合、スパッタが進むに連れ、スパッタリングターゲット材表面に凹凸が発生し、パーティクルなどの不具合を発生する。
【0019】
Ni:20〜34、およびNi/(Fe+Ni):0.27〜0.35(原子比)
NiおよびNi/(Fe+Ni)が上記の範囲に入る合金粉末は、飽和磁束密度が極めて低くなり、この合金粉末を原料粉末の少なくとも一部として用い、固化成形し、スパッタリングターゲット材を得ることにより、同組成の均一なスパッタリングターゲット材と比較し、著しくPTF値を改善することが可能である。逆に、NiおよびNi/(Fe+Ni)が上記範囲を外れると、その合金粉末の飽和磁束密度が高くなってしまい、PTF値改善の効果が少なくなる。したがって、その範囲を0.27〜0.35とした。
【0020】
Co:0〜6%
Coを6%超える添加をすると合金粉末の飽和磁束密度が高くなり、PTF値改善の効果が小さくなることから、その上限を6%とした。
Zr+Hf+Nb+Ta+B/2:3〜12%
Zr+Hf+Nb+Ta+B/2が3%未満または12%を超える原料粉末を用いると、パーティクルの発生が多くなることから、その範囲を3〜12%とした。
【0021】
Al+Cr:0〜5%
請求項2の製法によると、Ni:20〜34%、Ni/(Fe+Ni):0.27〜0.35、Co:0〜6%、Zr+Hf+Nb+Ta+B/2:3〜12%を有する粉末は、残部Feであり、残組成はCoリッチな原料粉末となってしまう。そのため、残部Feの原料粉末(低耐食性)とCoリッチな原料粉末(高耐食性)を混合し固化成形するため、両粉末間で一種の局部電池が成立し、スパッタリングターゲット材としては比較的発銹しやすい材料となってしまう。
【0022】
そこで、少なくともNi:20〜34%、Ni/(Fe+Ni):0.27〜0.35、Co:0〜6%、Zr+Hf+Nb+Ta+B/2を有する残部Feの粉末に、Al+Crを5%以下で添加することにより、この粉末の耐食性をアップさせスパッタリングターゲット材として発銹しにくい材料とすることができる。Al+Crが5%を超えると効果が飽和する。また、ターゲット材トータルとして5%を超えると、このターゲットをスパッタ成膜した薄膜の飽和磁束密度を低下させてしまう。
【0023】
さらに、アップセット法にて固化成形することにより、原料粉末中の元素の拡散を抑え、原料粉末本来の低い飽和磁束密度を成形後も維持することができることを見出した。通常、混合粉末を熱間で固化成形すると、異種粉末間で原子拡散が起こり、両粉末組成の元素を有する拡散層が生成される。本発明のように低い飽和磁束密度の原料粉末を使用することで高いPTFを実現する技術においては、生成される拡散層は高飽和磁束密度となり、充分なPTF改善効果を妨げてしまう。
【実施例】
【0024】
以下、本発明について実施例によって具体的に説明する。
通常、垂直磁気記録媒体における軟磁性膜層は、その成分と同じ成分のスパッタリングターゲット材をスパッタし、ガラス基板などの上に成膜し得られる。ここでスパッタにより成膜された薄膜は急冷されている。これに対し、本発明では実施例、比較例の供試材として、単ロール式の液体急冷装置にて作製した急冷薄帯を用いている。これは実際にスパッタにより急冷され成膜された薄膜の、成分による諸特性への影響を、簡易的に液体急冷薄帯により評価したものである。
【0025】
(実施例1)
表1に示す成分組成に秤量した原料30gをφ10×40mm程度の水冷銅ハースにて減圧Ar中でアーク溶解し、急冷薄帯の溶解母材とした。急冷薄帯の作製条件は、単ロール方式で、φ15mmの石英管中にこの溶解母材にセットし、出湯ノズル径を1mmとし、雰囲気圧61kPa、噴霧差圧69kPa、銅ロール(φ300mm)の回転数3000rpm、銅ロールと出湯ノズルのギャップ0.3mmにて出湯した。出湯温度は各溶解母材の溶け落ち直後とした。このようにして作製した急冷薄帯を供試材とし、以下の項目を評価した。
【0026】
【表1】

急冷薄帯の飽和磁束密度の評価としては、VSM装置(振動試料型磁力計)にて、印加磁場15kOeで測定した。そのときの供試材の重量は15mgとした。
【0027】
また、急冷薄帯の非晶質性の評価としては、通常、非晶質材料のX線回折パターンを測定すると、回折ピークが見られず、非晶質特有のハローパターンとなる。また、完全な非晶質でない場合は、回折ピークは見られるものの、結晶材料と比較しピーク高さが低くなり、半値幅(回折ピークの1/2高さの幅)の大きいブロードなピークとなる。この半値幅は、材料の非晶質性と相関があり、非晶質性が高いほど回折ピークは、よりブロードとなり半値幅が大きくなる特徴がある。そこで、下記の方法にて非晶質性を評価した。
【0028】
ガラス板に両面テープで供試材を貼り付け、X線回折装置にて回折パターンを得た。このとき、測定面は急冷薄帯の銅ロール接触面となるように供試材をガラス板に貼り付けた。X線源はCu−Kα線で、スキャンスピード4°/minで測定した。この回折パターンのメインピークの1/2高さの幅を画像解析し、半値幅を求め、非晶質性の評価とした。また、急冷薄帯の耐食性の評価として、ガラス板に両面テープで供試材を貼り付け、5%NaCl−35℃−16hの塩水噴霧試験を行い、全面発銹:×、一部発銹:○として評価した。各評価結果を表2に示す。
【0029】
【表2】

表2に示すように、No.1〜11は本発明例であり、No.12〜19は比較例である。
【0030】
比較例No.12は成分組成としてのFe含有量が低く、かつFe/(Co+Fe+Ni)の値が低いために、飽和磁束密度が低い。比較例No.13は成分組成としてのFe含有量が高く、かつFe/(Co+Fe+Ni)の値が高く、かつCo量が少ないために、耐食性が劣る。比較例No.14は成分組成としてのNi含有量が低く、かつNi/(Co+Fe+Ni)の値が低いために、耐食性が劣る。比較例No.15は成分組成としてのNi含有量が高く、かつNi/(Co+Fe+Ni)の値が高いために、飽和磁束密度が低い。
【0031】
比較例No.16はZr+Hf+Nb+Ta+B/2の含有量が低いために、半値幅が小さい。すなわち、非晶質性が低い。比較例No.17はZr+Hf+Nb+Ta+B/2の含有量が高いために、飽和磁束密度が低い。比較例No.18は成分組成としてのB含有量が高いために、耐食性が劣る。比較例No.19はAl+Cr含有量が高いために、飽和磁束密度が低い。
【0032】
(実施例2)
次に、スパッタリングターゲット材のPTF値に及ぼす原料粉末の影響に関する実施例
について述べる。先ず、原料として使用する合金粉末をガスアトマイズ法にて作製し、飽和磁束密度を測定することで、飽和磁束密度の低い原料粉末組成を検討した。その結果を表3に示す。次にそれらの原料粉末と表4に示す残組成の原料粉末を表5のターゲット材の組成となるように混合し、固化成形し機械加工にて作製したスパッタリングターゲット材のPTF値を測定し、PTF値におよぼす原料粉末組成の影響を検討した。その結果を表5に示す。また、同時にスパッタリングターゲット材の耐食性を評価した。
【0033】
【表3】

【0034】
【表4】

【0035】
【表5】

原料粉末およびスパッタリングターゲット材の作製条件について次に示す。
【0036】
(1)原料粉末作製:ガスアトマイズ法
ガス種:Ar、ノズル径:φ6mm、ガス圧:5MPa
(2)分級:−500μm
(3)真空封入
封入缶材質:SC、缶の内寸法:φ200×100L、到達真空度:>1.3×10-1Pa(10-3torr)
【0037】
(4)成形工法
アップセット、加熱温度:950℃、圧力:540MPa、加工時間:5秒
アップセット法とは、金属製の外筒缶に原料粉末を充填、脱気、封入したビレットを所定の温度に加熱し、コンテナー内に装入し、パンチにより加圧成形する方法であり、HIP法やホットプレス法と比較し、成形圧が高くでき、短時間の加圧により成形できることに特徴がある。
【0038】
(5)機械加工
ワイヤーカット・旋盤加工・平面研磨により最終形状:φ180×7mmtに加工
原料粉末の飽和磁束密度評価としては、VSM装置(振動試料型磁力計)にて、印加磁場15kOeで測定した。そのときの供試材の重量は200mgとした。また、スパッタリングターゲット材のPTF値評価としては、ASTM F1761−00にしたがってPTF値を測定した。比較として、同組成のスパッタリングターゲット材を単一成分粉末から、同条件で固化成形したものを作製し、PTF値を測定した。その際に、混合粉末によるスパッタリングターゲット材のPTF(単位:%)から単一粉末によるスパッタリングターゲット材のPTF値(単位:%)を差し引いたPTFの差でもって評価した。
【0039】
スパッタリングターゲット材の耐食性評価としては、スパッタリングターゲット材を用いた塩水噴霧試験として、JIS Z 2371に基づき、NaCl:5質量%溶液を24時間噴霧した後のスパッタリングターゲット材外観を目視により発銹の有無を確認した。その評価基準として下記で評価した。
○:発銹なし △:スパッタリングターゲット材の一部に発銹 ×:スパッタリングターゲット材の全面に発銹
【0040】
表5に、スパッタリングターゲット材の成分(at.%)、原料粉末、PTF値の差(%)、および耐食性を示す。ただし、混合粉末によるスパッタリングターゲット材の原料粉末は、表3のNo.1〜11の粉末とその残組成の合金粉末(表4)の混合粉末とした。ここで、残組成粉末の混合量は、表4の通りとした。
【0041】
表5に示すように、B〜D、F、Jは本発明例であり、A、E、G〜I、Kは比較例である。比較例A、E、Gは使用した原料粉末No.1、5、7の飽和磁束密度が高いためPTFの改善効果が小さい。比較例H、Iのスパッタリングターゲット材を用い、Ar圧:0.5Pa、DC電力:500Wでスパッタリングしたところ、スパッタリングターゲット材表面に凹凸が多数発生し、成膜した薄膜にはパーティクルが多く、単一粉末から同条件で成形した同組成スパッタリングターゲット材を用いた薄膜と比較し、3倍のパーティクル数となった。これは用いた混合粉末(No.8と残組成8、No.9と残組成9)のZr+Nb量に、大きな差異があるためであると推測される。(Co,Fe,Niに対し、Zr,Hf,Nb,Ta,Bのスパッタ率は低いことが知られており、このスパッタ率の差異により、表面の凹凸が成長するものと推測される)。
【0042】
比較例Kのスパッタリングターゲット材の作製に使用したNo.11の粉末は、Al+Crが6at%であり、本発明例Jのスパッタリングターゲット材の作製に使用したNo.10の粉末と比較し、Crが1at%高いだけである。その結果、本発明例J、比較例Kのスパッタリングターゲット材共に耐食性は○であり、Al+Cr添加によるスパッタリングターゲット材の耐食性アップの効果が飽和していることが分かる。
【0043】
さらに、B,C,Dの組成のスパッタリングターゲット材を、No.2+残組成2、No.3+残組成3、No.4+残組成4の混合粉末を用い、950℃、147MPa、2時間のHIP処理成形を行なったところ、それぞれの単一原料粉末から作製したスパッタリングターゲット材のPTFとの差は8、11、9%であった。このことから、アップセット法による成形が、HIP法により成形した場合より、さらにPTF改善効果が高いことが分かる。
【0044】
以上のように、NiおよびNi(Fe+Ni)が0.27〜0.35の範囲に入る合金粉末は、飽和磁束密度が極めて低くなり、この合金粉末を原料粉末の少なくとも一部として用い、固化成形し、スパッタリングターゲット材を得ることにより、同組成の均一なスパッタリングターゲット材と比較し、著しくPTF値を改善することが出来たことが分かる。

特許出願人 山陽特殊製鋼株式会社
代理人 弁理士 椎 名 彊

【特許請求の範囲】
【請求項1】
原子%で、
Fe:10〜45%、
Ni:1〜25%、
Zr,Hf,Nb,Ta,Bの1種または2種以上が、Zr+Hf+Nb+Ta+B/2:5〜10%、(ただし、Bは0%以上7%以下)、Al,Crの1種または2種が、Al+Cr:0〜5%、残部37%以上のCoおよび不可避的不純物よりなり、かつ原子比で、
Fe/(Co+Fe+Ni):0.10〜0.50、
Ni/(Co+Fe+Ni):0.01〜0.25
を満たすことを特徴とする垂直磁気記録媒体における軟磁性膜層用合金。
【請求項2】
請求項1に記載の軟磁性膜層用合金を含む2種類以上の組成の原料粉末を混合、成形したスパッタリングターゲット材において、うち少なくとも1種類の原料粉末が、原子%で、
Ni:20〜34%、
Co:0〜6%、
Zr,Hf,Nb,Ta,Bの1種または2種以上が、Zr+Hf+Nb+Ta+B/2:3〜12%、(ただし、Bは0%以上7%以下)、Al,Crの1種または2種が、Al+Cr:0〜5%、残部Feおよび不可避的不純物よりなり、かつ原子比で、
Ni/(Fe+Ni):0.27〜0.35
を満たすことを特徴とするスパッタリングターゲット材。
【請求項3】
アップセット法により固化成形することを特徴とした請求項2に記載のスパッタリングターゲット材の製造方法。

【公開番号】特開2010−18869(P2010−18869A)
【公開日】平成22年1月28日(2010.1.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−182645(P2008−182645)
【出願日】平成20年7月14日(2008.7.14)
【出願人】(000180070)山陽特殊製鋼株式会社 (601)
【Fターム(参考)】