説明

垂直磁気記録媒体

【課題】高記録分解能、高信号安定性、高書き込み性能、特性均一性に優れた垂直磁気記録媒体を提供する。
【解決手段】非磁性基体1上に少なくとも下地層4、磁気記録層5、保護層6が順次積層されてなる垂直磁気記録媒体において、前記磁気記録層5は、第1の磁性層(5−1)、交換結合制御層(5−2)、第2の磁性層(5−3)を順次積層した構造を少なくとも含み、前記第1の磁性層と第2の磁性層の垂直磁気異方性定数(Ku)の値が異なり、かつ前記両磁性層のうち、少なくともKu値の大きな磁性層は非磁性の酸化物を含むものとし、さらに前記交換結合制御層(5−2)は結晶質の金属若しくは合金と酸化物とを含み、かつその結晶質の金属若しくは合金は、Pt若しくはPd或いはそれらを含む合金、若しくはCo、Ni、Feから選ばれた元素と非磁性の金属とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、磁気記録媒体、特にコンピュータの外部記憶装置を初めとする各種磁気記録装置に使用される垂直磁気記録媒体に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、磁気記録は高記録密度化に伴い、面内記録方式から垂直磁気記録方式へ移行しつつある。垂直磁気記録方式では、記録磁化が記録媒体の面内方向に対して垂直になっている。垂直磁気記録に用いられる垂直磁気記録媒体(略して垂直媒体)は主に、硬質磁性材料の磁気記録層と、磁気記録層の記録磁化を垂直方向に配向させるための下地層、磁気記録層の表面を保護する保護層、そしてこの記録層への記録に用いられる磁気ヘッドが発生する磁束を集中させる役割を担う軟磁性材料の裏打ち層から構成される。裏打ち層は無くても記録は可能なため、それを除いた構成である場合もある。
【0003】
前記磁気記録層の微細構造としては、各強磁性の粒子が磁気的に分離された構造であって、強磁性の結晶粒子を非磁性の粒界成分が取り囲む構造としたものが一般的に用いられる。現在でも一般的に用いられている面内磁気記録媒体(略して面内媒体)では、磁気記録層材料としてCoPtCrやCoPtCrTa、CoPtCrBなど、少なくともCoとCrを含む強磁性材料を用い、粒界にCrを偏析させ、磁性元素であるCoの粒界の濃度を、結晶粒内に対して相対的に下げることによりこのような構造を実現している。
【0004】
これらの材料も、例えば特許文献1のように、下地層などを用いて結晶配向を制御し、磁化容易軸を垂直方向に向けることにより、垂直媒体用の磁気記録層材料として用いることが可能である。一方、これまで面内媒体で用いられてきた材料の他に、同様な構造をとる前記硬質磁性材料として、特許文献2に開示されたCoPtCr-SiO2、特許文献3に開示された[Co/Pt]n-SiO2などが提案されている。これらは、非磁性粒界成分として酸化物や窒化物を採用している点が、先に列挙した一般的な面内媒体材料とは大きく異なる。
【0005】
磁気記録媒体に求められる特性は、まず、いかに多くの信号を書き込めるか、すなわち高記録密度化であり、これを実現するためには、磁気記録層の磁性粒子の微細化、磁性粒子の磁気的な相互作用の低減が有効である。ただし、粒子の微細化を推し進めると、いわゆる熱揺らぎによる熱安定性の劣化が起こるため、磁性粒子のもつ垂直磁気異方性エネルギーKuを増加させる必要がある。
【0006】
非特許文献1によれば、垂直媒体においては、従来の面内媒体で用いられてきた材料であるCoPtCrBに比して、酸化物を添加したCoPtCr-SiO2の方が、粒間相互作用の低減と、高Ku値の両特性に優れていることが報告されている。このことから、酸化物や窒化物を非磁性粒界成分とした硬質磁性材料の方が、垂直媒体の高記録密度化に有利であると考えられる。
【0007】
一方、HDDにおいて、記録時に必要なヘッド磁界強度は、Ku値に比例することが知られている。従って、Ku値を大きくする場合には、前記磁界強度も増加してしまい、磁化を完全に一方向に向ける飽和記録が困難になり、さらにその度合いが著しい場合は、記録が不可能になるという問題が生じる。また、粒子(粒径)の微細化を進めると、粒子にかかる反磁界が低減し、これも磁化反転磁界の増大を招く。すなわち、高記録密度化に向けた磁性粒子の微細化とKu値の増加は、磁気記録媒体の書き込み性能を劣化させるという、トレードオフの関係にある。以上のような背景から、書き込み性能を維持したまま、磁気記録媒体の信号品質や安定性を向上させる方法が求められている。
【0008】
この問題に対して、例えば特許文献4では、Ku値の大きな強磁性粒子とKu値の非常に小さな軟磁性粒子を積層して直接結合させた構造が提案されており、Ku値の非常に小さな軟磁性層の効果により反転磁界を下げ、書き込み性能の改善に成功している。さらに、非特許文献2では、特許文献4のような、Ku値の大きな差がある粒子の積層構造に関して、さらにその粒子間の交換結合力を変化させる(弱める)ことにより、さらに反転磁界を低減させることができるというシミュレーション結果が報告されている。
【0009】
本発明者らも、Ku値の異なる二層を積層して、両層の交換結合力を変化させた理論計算を行い、適度に交換結合力を弱めた場合、直接結合させた(非常に交換結合力の大きい)場合に比して反転磁界を低減できるという結果を得ている。これは、両層が同時に磁化反転を起こさず、Ku値の小さな層が先に磁化反転を起こし、それに伴い弱く交換結合したKu値の大きな層も磁化反転を開始するためであり、結果として、両層が直接結合した場合よりも(無論、Ku値の大きな単層のみの場合よりも)反転磁界が低下することによる。交換結合力を、反転磁界を最も小さくできる値に設定した場合、熱安定性の指標であるエネルギー障壁はわずかに減少するが、反転磁界の低減効果の方が顕著であるため、このような構造の磁気記録層が、書き込み性能と高密度化性能を両立した垂直磁気記録媒体に適していると考えられる。
【0010】
実際に上記のような構成を有する磁気記録媒体を実現する上で鍵となるのが、両層の交換結合力を制御する方法であり、一つの手法として、両層の間に非磁性層を挿入する方法が考えられる。目的は異なるが、2層の磁性層間に非磁性層を挿入した構造の磁気記録層を有する媒体としては、これまでに例えば特許文献5の提案がある。特許文献5では、各磁性層の膜厚が数十nm程度と比較的厚い磁性層膜厚の場合に、膜厚方向の磁気的な相互作用を低減する目的で、上層のエピタキシャル成長を妨げないような非磁性中間層を選択して挿入している。逆に、特許文献6では、磁気記録層を非晶質の中間層により分割し、エピタキシャル成長を中断した構造とすることで、熱安定性を維持する磁化反転体積を維持しながら、磁気記録媒体ノイズを低減する方法を提案している。
【0011】
ところで、前記特許文献5に記載されたような厚い磁性層を適用した場合、軟磁性裏打ち層と磁気ヘッドのスペーシングが大きくならざるを得ず、書き込み性能の面からは不利となることが明らかである。また、特許文献5には磁気記録層材料として酸化物を含む場合の記載は無い。酸化物(すなわち、酸素元素)の存在は、少なからず結合界面へ影響を及ぼす可能性があり、このような磁性層の間に挿入される層は、この点を十分に考慮する必要があると考えられる。
【0012】
また、前記特許文献6では、上下層で磁化容易軸が異なるため、垂直方向で同一の場合に比して垂直成分の信号出力が小さくなるというデメリットがあると共に、非晶質層でエピタキシャル成長を中断するために、非晶質層の直上に形成された磁性層の磁性粒子と非磁性成分との分離構造を乱してしまう、すなわち、膜厚方向に一貫して磁性粒子を成長させることは困難であった。
【0013】
以上のように、良好な書き込み性能、高信号品質(即ち、高記録分解能)及び安定性を備えた垂直磁気記録媒体の実現には、解決すべき多くの課題が残されている。
【0014】
なお、特許文献7や特許文献8にも、2つの磁気記録磁性層の間に結合層または中間層を設け、さらに磁気記録磁性層間を強磁性結合あるいは反強磁性交換結合させた垂直磁気記録媒体が開示されているが、説明の便宜上、特許文献7や特許文献8の詳細については後述する。
【特許文献1】特開2002−358615号公報
【特許文献2】特開2003−178412号公報
【特許文献3】特開2005−71401号公報
【特許文献4】特開2005−222675号公報
【特許文献5】特開平7−176027号公報
【特許文献6】特開2003−157516号公報
【特許文献7】特開2006−48900号公報
【特許文献8】特開2004−39033号公報
【非特許文献1】T.Oikawa et al.,“Microstructure and Magnetic Properties of CoPtCr-SiO2 Perpendicular Recording Media”, IEEE TRANSACTIONS ON MAGNETICS, VOL.38,NO.5,SEPTEMBER 2002, p.1976-1978
【非特許文献2】R.H.Victora et al.,“Exchange Coupled Composite Media for Perpendicular Magnetic Recording”, IEEE TRANSACTIONS ON MAGNETICS, VOL.41,NO.10,OCTOBER 2005, p.2828-2833
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0015】
この発明は、上記の点に鑑みてなされたもので、本発明の課題は、高記録分解能、高信号安定性、高書き込み性能、特性均一性に優れた垂直磁気記録媒体を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0016】
上記課題は、以下により達成される。即ち、本発明によれば、非磁性基体上に少なくとも下地層、磁気記録層、保護層が順次積層されてなる垂直磁気記録媒体において、前記磁気記録層は、第1の磁性層、交換結合制御層、第2の磁性層を順次積層した構造を少なくとも含み、かつ前記第1の磁性層と第2の磁性層の垂直磁気異方性定数(Ku)の値が異なり、かつ前記磁性層のうち、少なくともKu値の大きな方には非磁性の酸化物を含み、かつ前記交換結合制御層は結晶質の金属若しくは合金と酸化物とを含み、かつその結晶質の金属若しくは合金は、Pt若しくはPd或いはそれらを含む合金、若しくはCo、Ni、Feから選ばれた元素と非磁性の金属との合金であることを特徴とする(請求項1)。
【0017】
さらに、前記請求項1の発明の実施態様としては、下記請求項2ないし9の発明が好ましい。即ち、前記請求項1に記載の垂直磁気記録媒体において、前記交換結合制御層はPt-SiO2からなり、その膜厚は2nm以下とする(請求項2)。また、前記請求項1に記載の垂直磁気記録媒体において、前記交換結合制御層はNiFeCr-SiO2からなり、その膜厚は2nm以下とする(請求項3)。さらに、前記請求項1ないし3のいずれか1項に記載の垂直磁気記録媒体において、前記第1の磁性層及び第2の磁性層における一方の磁性層のKu値が少なくとも1×106erg/cm3以上であり、かつ他方の磁性層のKu値が1×105erg/cm3以下であることを特徴とする(請求項4)。
【0018】
また、前記請求項1ないし4のいずれか1項に記載の垂直磁気記録媒体において、前記磁気記録層中の結晶粒子は、第1の磁性層、交換結合制御層、第2の磁性層を貫いて、下地層界面から柱状に成長した構造を有し、かつその柱状の各粒子は非磁性成分によって磁気的に分離してなるものとする(請求項5)。
【0019】
さらに、前記請求項1ないし5のいずれか1項に記載の垂直磁気記録媒体において、前記磁気記録層に含まれる酸化物が、Si、Ti、Cr、Coの中から選ばれた少なくとも1つの元素の酸化物であるものとする(請求項6)。
【0020】
また、前記請求項1ないし6のいずれか1項に記載の垂直磁気記録媒体において、前記第1の磁性層及び第2の磁性層の結晶粒子は、六方細密充填構造の結晶構造(hcp構造)若しくは面心立方格子構造の結晶構造(fcc)を主体とする結晶構造を有することを特徴とする(請求項7)。
【0021】
さらに、前記請求項1ないし7のいずれか1項に記載の垂直磁気記録媒体において、前記Ku値の大きな磁性層の飽和磁化をMsh、もう一方のKu値の小さな磁性層の飽和磁化をMslとしたとき、Msh<Mslであることを特徴とする(請求項8)。
【0022】
また、前記請求項1ないし8のいずれか1項に記載の垂直磁気記録媒体において、前記Ku値の小さな磁性層の飽和磁化Mslが少なくとも800emu/cc以上であることを特徴とする(請求項9)。
【0023】
次に、上記本発明の作用効果に関して概括的に述べる。詳細は後述する。磁気記録層の非磁性成分として少なくとも酸化物を含むKu値の大きな磁性層材料を適用することにより、信号の品質と安定性に優れたポテンシャルを持たせることができる。さらに、Ku値の非常に小さな層と組み合わせ、両層間に交換結合制御層を挿入することによって、良好な書き込み性能を持たせることが可能になる。
【0024】
この時、交換結合制御層にも磁性層と同様な酸化物を含ませ、結晶粒子が酸化物で囲まれた構造とすることにより、直上の磁性層もこの構造を反映した、結晶粒子と非磁性粒界成分が分離した構造を形成することが可能となる。この際の結晶質の金属としては、前記Pt若しくはPd、或いは、Pt若しくはPdを主成分とする合金を用いることができる。
【0025】
このような金属、或いは合金を用いることで、上下層との交換結合力の粒子毎の制御が容易となる。これは、Pt若しくはPdは他の非磁性元素に比して、耐酸化性に優れることと、単体では非磁性であるが、Coなどの磁性材料と積層することにより生じる分極の量が大きいことに起因すると考えられる。すなわち、充分な膜厚均一性が確保できる1.5nm以上という、他の非磁性元素に比べ広範囲の膜厚領域で、上下層間との交換結合力を安定に保つことができる。
【0026】
この他、Co、Ni、Feから選ばれた元素と非磁性の金属との合金も好ましく用いることができる。上記金属、或いは合金は前述したような、結晶粒子と酸化物の分離構造を形成しやすい。すなわち、磁性層と交換結合制御層の結晶粒子間に良好な結合界面を形成することができる。もう一つの利点は、非磁性元素との組成比で交換結合力を制御することができる点である。結晶粒子が非磁性元素の単体或いは非磁性元素同士の合金の場合、交換結合力の制御は膜厚によってのみ行われる。例えば、0.5nm以下という、比較的薄い膜厚で交換結合力が最適になる場合は、膜厚分布による粒子間毎の結合力の分布が大きくなってしまう。本願発明によれば、十分膜厚均一性の確保できる0.5〜2.0nmという比較的厚い膜厚においても、交換結合力の制御が可能となるものである。
【0027】
さらに、Pt若しくはPdはfccの結晶構造をとり、Co、Ni、Feから選ばれた元素と非磁性の金属との合金も、Co或いはNiの組成比率を多くすることでhcp或いはfccの結晶構造を取ることが可能であり、磁性層のhcp(002)或いはfcc(111)上に、交換結合制御層のfcc(111)或いはhcp(002)がエピタキシャル成長することができる。
【0028】
以上のようにして、高記録分解能、高信号安定性、高書き込み性能、特性均一性に優れた垂直磁気記録媒体の実現が可能となる。
【0029】
なお、特許文献7はKu値の異なる2つの磁気記録磁性層の間に結合層を設け、さらに磁気記録層磁性層間を強磁性交換結合させた垂直磁気記録媒体を開示している。しかしながら、前記本願発明のように、少なくともPt若しくはPdを主成分とする交換結合制御層に関する記載はなく、結合層に酸化物を含む場合の記載もない。
【0030】
また、前記特許文献8は、2つの磁気記録磁性層の間に中間層を設け、さらに磁気記録磁性層間を反強磁性交換結合させた垂直磁気記録媒体を開示し、また中間層(M1)の材料として、例えばRu,Re,Rh,Ir,Tc,Au,Ag,Cu,Si,Fe,Ni,Pt,Pd,Cr,Mn,及びAl等の非磁性金属材料を開示している(特許文献8の段落[0052]〜[0054]参照)。しかしながら、特許文献8に記載された前記Pt若しくはPdは、非磁性金属材料の一例として単に列記されているに過ぎず、本発明の前記Pt若しくはPdの技術的意義に関する記載はない。また、特許文献8には、Ku値の異なる2つの磁気記録磁性層や酸化物を含む等のその他の本発明の構成要件や作用効果に関わる記載もない。
【発明の効果】
【0031】
この発明によれば、磁気記録層中の1つの磁性層材料として、少なくとも、Ku値が大きくかつ磁気的分離性に優れた、酸化物を非磁性粒界成分とした材料を使用し、これとKu値の非常に小さな材料からなるもう1つの磁性層とを上下に配する構造を採用し、さらには両層の交換結合が適切に制御される垂直磁気記録媒体を提供することができ、これにより高記録分解能、高信号安定性、高書き込み性能、特性均一性に優れた垂直磁気記録媒体を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0032】
次に、この発明の実施形態に関して、図面を参照して説明する。図1は本発明の実施形態に係る垂直磁気記録媒体の模式的断面図で、軟磁性裏打ち層を有する、いわゆる二層垂直媒体の構成例を示している。垂直磁気記録媒体は、非磁性基体1上に、軟磁性裏打ち層2、シード層3、下地層4、磁気記録層5及び保護層6が順次積層され、更に、保護層6の上には液体潤滑層7が形成されて構成されている。本発明においては、磁気記録層5に特徴を有している。磁気記録層5は、図のように、少なくとも磁性層(1)5−1、交換結合制御層5−2、磁性層(2)5−3の構成を含み、交換結合制御層5−2が磁性層(1)5−1と磁性層(2)5−3の間に挿入された構造になっている。
【0033】
本発明の垂直磁気記録媒体において、非磁性基体(非磁性基板)1としては、通常の磁気記録媒体用に用いられるNiPメッキを施したAl合金、化学強化ガラス或いは結晶化ガラス等を用いることができる。基板加熱温度を100℃以内に抑える場合は、ポリカーボネイト、ポリオレフィン等の樹脂からなるプラスチック基板を用いることもできる。その他、Si基板を用いることもできる。
【0034】
軟磁性裏打ち層2は、磁気記録に用いる磁気ヘッドからの磁束を制御して記録・再生特性を向上するために形成することが好ましい層で、軟磁性裏打ち層を省略することも可能である。軟磁性裏打ち層としては、結晶質のNiFe合金、センダスト(FeSiAl)合金、CoFe合金等、微結晶質のFeTaC、CoFeNi、CoNiP等を用いることができる。記録能力を向上するためには、軟磁性裏打ち層の飽和磁化は大きい方が好ましく、そのため、結晶質のNiFe合金やCoFe合金の場合、Feを20%以上含むことが好ましい。また、非晶質のCo合金、例えばCoNbZr、CoTaZrなどを用いることでより良好な電磁変換特性を得ることができる。前述のように大きな飽和磁化を得るために、Coの含有量は80%以上とすることが好ましい。
【0035】
なお、軟磁性裏打ち層2の膜厚の最適値は、磁気記録に用いる磁気ヘッドの構造や特性によって変化するが、他の層と連続成膜で形成する場合などは、生産性との兼ね合いから10nm以上500nm以下であることが望ましい。他の層の成膜前に、めっき法などによって、あらかじめ非磁性基体に成膜しておく場合はこの限りではなく、数百nm〜数μmと厚くすることも可能である。軟磁性裏打ち層2の飽和磁化が大きいため、磁区が乱れているとノイズを発生する恐れがあるため、磁区制御層を付与することも可能である。
【0036】
シード層3は、下地層4の配向性を向上するため、或いは粒径を微細化するために、下地層直下に形成することが好ましい層で、シード層3は省略することも可能である。シード層3は非磁性材料、軟磁性材料を用いることができるが、記録能力の観点からは、磁気ヘッド−軟磁性層間の距離は小さくすることが望ましい。従って、シード層3が軟磁性裏打ち層と同様に機能するように、軟磁性材料が好適に用いられ、非磁性材料とする場合はできるだけ薄くすることが望ましい。
【0037】
軟磁気特性を示すシード層3の材料としては、NiFe、NiFeNb、NiFeSi、NiFeB、NiFeCrなどのNi基合金を用いることができる。また、Co単体、或いはCoB、CoSi、CoNi、CoFe等のCo基合金、或いはCoNiFe、CoNiFeSiなどを用いることもできる。結晶構造としては、hcp若しくはfcc構造が好ましい。Feを含有する場合には、含有量が多いとbcc構造になり易いため、Feの含有量は20%以下とすることが好ましい。非磁性を示すシード層3の材料としては、NiP等のNi基合金や、CoCr等のCo基合金の他、Pt、Ta、Tiなども用いることができる。
【0038】
下地層4は、磁気記録層5の結晶配向性、結晶粒径、粒径分布、粒界偏析を好適に制御するために磁気記録層5の直下に形成することが好ましい層である。結晶構造は、磁気記録層5により適宜変更することができる。磁気記録層5がhcp若しくはfcc構造をとる場合、下地層も同様にhcp若しくはfccの結晶構造を取ることが好ましい。下地層4の材料としては、Ru、Rh、Os、IrまたはPtなどが好適に用いられる。また、Ru、Rh、Os、IrまたはPtを主成分とする合金も用いられる。また、磁気記録層5と軟磁性裏打ち層2の磁気的な相互作用を分断するために、下地層4は非磁性とすることが好ましい。磁気ヘッドと軟磁性裏打ち層2の間の磁気スペーシングを低減する意味で、膜厚は薄いほうが好ましく、3〜30nmの膜厚が好ましく用いられる。
【0039】
磁気記録層5は、少なくとも、磁性層(1)5−1、交換結合制御層5−2、磁性層(2)5−3が順次積層された構造を含む。Ku値の大きな磁性層(1)5−1とKu値の小さな磁性層(2)5−3が交換結合制御層5−2を介して磁気的に弱く結合しており、その磁性層(1)5−1と磁性層(2)5−3との交換結合力が、交換結合制御層5−2によって制御されている。
【0040】
Ku値の大きな磁性層(1)5−1は、磁気記録層5全体のKu値を担う層であり、Ku値ができるだけ大きい材料が好ましい。Ku値としては、少なくとも1×106erg/cm3以上が好ましい。磁化容易軸が基板面に対して垂直な材料で、このような性能を示す材料として、強磁性粒子が酸化物の非磁性粒界成分によって分離された構造であるものを用いる。例えば、CoPtCr−SiO2、CoPt−SiO2など、少なくともCoPtを含む強磁性材料に、酸化物を添加したものが好適に用いられる。この他、少なくともいずれか一方に酸化物を含むCo及びPtを2nm以下の薄膜で多数回積層した積層多層膜なども用いることができる。いずれも、六方細密充填構造の結晶構造(hcp構造)若しくは面心立方格子構造の結晶構造(fcc)を主体とする結晶構造とすることが好ましい。膜厚(積層多層膜であれば総膜厚)は、磁気スペーシングの関係上、必要なKu値を確保できる範囲で、きるだけ薄くすることが好ましく、20nm以下、さらに好ましくは5〜10nmとする。
【0041】
交換結合制御層5−2は、結晶質の金属若しくは合金と、酸化物とを含む。そして、結晶質となる金属或いは合金の材料としては、Pt若しくはPd、或いはそれらの合金を用いる。結晶質の合金としては、Co、Ni、Feから選ばれた元素と非磁性の金属との合金も用いることができる。結晶質部分の結晶構造としては、fcp構造或いはfcc構造をとることができる。酸化物は、交換結合制御層の粒界成分となり、下層の磁性層(1)5−1からの連続的な粒子成長を促進するために好ましく添加される。
【0042】
上下の磁性層(1)5−1と磁性層(2)5−3との交換結合力の強さは、交換結合制御層5−2の膜厚を変化させることにより、最も簡単に制御することができる。膜厚は薄すぎると、均一性が損なわれる可能性があり、厚すぎると上下層の結合が切れてしまい所期の効果を奏さない。従って、実用的な膜厚としては、概ね0.5nm〜2.0nmとすることが好ましい。
【0043】
膜厚の他、合金の組成により、結合力を制御することもできる。Pt若しくはPdを含む合金の場合、例えば、膜厚を、均一性の確保できる1.0nmとし、Pt若しくはPdへ他の非磁性元素を添加する手法を用いることができる。なお、磁性元素の添加は、上下層の交換結合力と共に、粒子間の相互作用を強める方向にも働くので好ましくないように思われるが、本発明では、交換結合制御層に酸化物を含み、粒子間の相互作用を充分に小さくすることができるため、適用が可能である。
【0044】
Co、Ni、Feから選ばれた元素と非磁性の金属との合金の場合も、組成を制御することにより、同様に交換結合力を制御することができる。例えば非磁性元素としてCrを適用した場合は、CoCr、NiFeCr、CoNiFeCrなどが一例として挙げられ、磁性元素Co、Ni、Feに対するCrの割合を変化させることにより結合力を制御することが可能である。
【0045】
Ku値の小さな磁性層(2)5−3は、磁化反転磁界を低減させる役割を主に担うため、Ku値はできるだけ小さい材料が好ましい。Ku値としては、1×105erg/cm3以下のものが好ましい。主に、Co、NiFe、CoNiFeなど、単層で軟磁気特性を示す材料が好適に用いられる。これらの材料は、飽和磁化Msが非常に大きいため、粒子間の相互作用が大きい。従って、磁性層(1)5−1と同様に、非磁性粒界成分となる材料を添加することが好ましい。非磁性粒界成分としては、磁性層(1)5−1と同様、酸化物が好適に用いられる。
【0046】
自身の反磁界を増加させることにより、磁気記録層5全体の磁化反転磁界を効果的に低減させるために、磁性層(2)5−3は、磁性層(1)5−1よりもMsは大きく、膜厚は薄いものが好ましい。すなわち、Ku値の大きな磁性層(1)5−1の飽和磁化をMsh、もう一方のKu値の小さな磁性層(2)5−3の飽和磁化をMslとしたとき、Msh<Mslとすることが好ましく、Mslは800emu/cc以上とすることがさらに好ましい。膜厚は10nm以下とすることが好ましく、さらに好ましくは5nm以下とする。
【0047】
磁性層(1)5−1、交換結合制御層5−2、磁性層(2)5−3を総合的に見た場合、磁化反転の最小単位となる1つの結晶粒子は、磁性層(1)5−1、交換結合制御層5−2、磁性層(2)5−3を貫いて、下地層界面から柱状に成長した構造をとり、かつその柱状の各磁性粒子が非磁性成分によって隔てられた構造であることが好ましい。このような構造とすることで粒子間相互作用を低減し、記録後の残留磁化状態で、磁性層(1)5−1と磁性層(2)5−3の磁化方向を膜面に対して垂直方向に一致させることができる。
【0048】
保護層5は、従来使用されている保護膜を用いることができ、例えば、カーボンを主体とする保護膜を用いることができる。単層ではなく、例えば異なる性質の二層カーボンや、金属膜とカーボン膜、酸化膜とカーボンの積層膜とすることもできる。液体潤滑層7には、例えばパーフルオロポリエーテル系の潤滑剤を用いることができる。
【実施例】
【0049】
次に、図2〜7に基づき、本発明の実施例について比較例と共に述べる。なお、これらの実施例は、本発明の磁気記録媒体を好適に説明するための代表例に過ぎず、これらに限定されるものではない。また、以後の説明において、圧力をTorrの単位で表記するが、これをSI単位であるPa(パスカル)に変換する場合には、1Torr=133Paにより換算すればよい。さらに、垂直磁気異方性エネルギーKu値(既出)は、erg/cm3の単位で表記したが、これをSI単位であるJ/m3 に変換する場合には、1erg/cm3(erg/cc)=0.1 J/m3 により換算すればよい。また、飽和磁化の単位emu/ccをSI単位に変換する場合には、1emu/cc=0.0012566Wb/m2により換算すればよい。
【0050】
(実施例1)
非磁性基体1として表面が平滑な円盤状のガラス基板を用い、これを洗浄後、スパッタリング装置内に導入し、Taターゲットを用いてArガス圧2.3mTorr下でTaを5nm形成し、続いてPtターゲットを用いてArガス圧2.3mTorr下でPtを10nm形成し、Ta/Ptシード層3を形成した。続いて、Ruターゲットを用いArガス圧11.3mTorr下でRu下地層4を膜厚20nmで成膜した。
【0051】
その後、Arガス圧30mTorr下で、Ptターゲットを用いてPtを0.6nm、Co93−(SiO27ターゲットを用いてCoを、交互に9回積層することにより、[Co−SiO2/Pt]多層積層膜の磁性層(1)5−1を形成した。引き続いて、Pt93−(SiO27ターゲットを用いてArガス圧2.3mTorr下にてPt−SiO2交換結合制御層5−2を形成したが、このときの膜厚を0.2〜4.0nmまで変化させた。
【0052】
引き続いて、Arガス圧2.3mTorr下で、Co88−(SiO212ターゲットを用いてCo−SiO2磁性層(2)5−3を2nm形成した。以上のように、磁性層(1)5−1/交換結合制御層5−2/磁性層(2)5−3からなる、[Co−SiO2/Pt]x9/Pt−SiO2/Co−SiO2磁気記録層5を形成した。なお、ここまでの各層の成膜は、ターゲット材にSiO2を含むものはRFマグネトロンスパッタリング法、それ以外のものは全てDCマグネトロンスパッタリング法により行った。次に、CVD法によりカーボンからなる保護層6を4nm成膜後、真空装置から取り出した。その後、パーフルオロポリエーテルからなる液体潤滑層7をディップ法により2nm形成し、磁気記録媒体とした。
【0053】
(比較例1)
交換結合制御層5−2のPt−SiO2を成膜せず、磁気記録層5を[Co−SiO2/Pt]x9/Co−SiO2としたこと以外は、全て実施例1と同様にして垂直磁気記録媒体とした。
【0054】
(比較例2)
磁性層(2)5−3のCo−SiO2を成膜せず、磁気記録層5を[Co−SiO2/Pt]x9としたこと以外は、全て比較例1と同様にして垂直磁気記録媒体とした。
【0055】
(比較例3)
Cr93−(SiO27ターゲットを用いてArガス圧2.3mTorr下にてCr−SiO2交換結合制御層5−2を形成したこと以外は全て実施例1と同様にして垂直磁気記録媒体とした。
【0056】
(比較例4)
Ru93−(SiO27ターゲットを用いてArガス圧2.3mTorr下にてRu−SiO2交換結合制御層5−2を形成したこと以外は全て実施例1と同様にして垂直磁気記録媒体とした。
【0057】
(実施例2)
Ta層の成膜の前に、Co88Nb7Zr5ターゲットを用い、Arガス圧2.3mTorr下でCoNbZr軟磁性裏打ち層2を100nm形成したこと以外は全て実施例1と同様にして二層垂直磁気記録媒体とした。
【0058】
(比較例5)
交換結合制御層5−2のPt−SiO2を成膜せず、磁気記録層5を[Co−SiO2/Pt]x9/Co−SiO2としたこと以外は、全て実施例2と同様にして二層垂直磁気記録媒体とした。
【0059】
(比較例6)
磁性層(2)5−3のCo−SiO2を成膜せず、磁気記録層5を[Co−SiO2/Pt]x9としたこと以外は、全て比較例5と同様にして二層垂直磁気記録媒体とした。
【0060】
(実施例3)
{(Ni80Fe2075Cr2593−{SiO27ターゲットを用いてArガス圧2.3mTorr下にてNiFeCr−SiO2交換結合制御層5−2を形成したこと以外は全て実施例1と同様にして垂直磁気記録媒体とした。
【0061】
(実施例4)
{(Ni80Fe2060Cr4093−{SiO27ターゲットを用いてArガス圧2.3mTorr下にてNiFeCr−SiO2交換結合制御層5−2を形成したこと以外は全て実施例1と同様にして垂直磁気記録媒体とした。
【0062】
次に、本実施例の垂直媒体の性能評価結果について述べる。
【0063】
まず、事前検討として、比較例2の[Co93−(SiO27/Pt]x9層(以下、単に[Co−SiO2/Pt]層と記載する。)の磁気異方性をトルクメーターで測定したところ、Ku=6.3×106erg/cc(膜平均のMs=360emu/cc)であった。また、比較例2の[Co−SiO2/Pt]層を、Co88−(SiO212層(以下、単にCo−SiO2層と記載する。)2nmで置き換えたサンプルを測定したところ、Ku=1.2×104erg/cc(膜平均のMs=1000emu/cc)であった。すなわち、実施例1と比較例1で用いた、高Ku値の[Co−SiO2/Pt]磁性層と、低Ku値のCo−SiO2磁性層では、2桁以上の大きな磁気異方性の差があることがわかった。
【0064】
次に、実施例1、比較例1〜3の磁気特性評価を行った。磁気特性評価にはVSM測定装置を用いた。+20kOe→−20kOe→+20kOeと磁場を印加しながら磁化を測定する「磁化曲線」測定と、一旦−20kOeを印加して磁化を一方向に飽和させた後、磁界0で磁化測定→磁界をある設定値まで増加後、磁界を0に戻した時に磁化測定→前記磁界設定値を+20kOeまで増加させながら繰り返しこの測定を行う、「残留磁化曲線」測定の2種類の評価を行った。
【0065】
図2〜図3にそれぞれ、比較例2、比較例1の磁化曲線及び残留磁化曲線を示し、図4〜図6に実施例1のPt−SiO2交換結合制御層の膜厚をそれぞれ、1.5、2.5、4.0nmとした場合の磁化曲線及び残留磁化曲線を示す。図2と図3において、比較例2と比較例1とを比べると、Co−SiO2層を付与した比較例1(Pt−SiO2=0nm)の場合には、比較例2に比して保磁力Hcが大幅に低減し、磁化が飽和する磁界Hsも低減している。これは、Ku値の低いCo−SiO2層を積層したためであるが、[Co−SiO2/Pt]層とCo−SiO2層は強く結合し、一体となって磁化反転を起こしているためと考えられる。
【0066】
実施例1の交換結合制御層(Pt−SiO2層)の膜厚を1.5nmとした図4では、Hc及びHsはさらに低減し、磁化曲線及び残留磁化曲線の傾きも急峻になる。この膜厚で、Hc及びHsが低減したのは、両磁性層間の交換結合力が低減され、まずCo−SiO2層の磁化反転が起きた後、[Co−SiO2/Pt]層の磁化反転が起こるためと考えられる。なお、磁化曲線の傾きが急峻になるのは、上層Co−SiO2の膜厚が2nmと薄く、かつMsも大きいために、上層が自身に及ぼす反磁界エネルギーが大きいことに起因するものと考えられる。この、膜厚1.5nmの場合に、本発明の効果が最もよく生じていることが、後述する図からわかる。
【0067】
さらに膜厚を増加させた図5のPt−SiO2=2nmの場合には、磁化曲線の形状が変化し、H≒±3kOe及びH≒±6kOe近辺での、おおむね2段階の磁化反転が行われており、この場合、両磁性層間の交換結合力が弱すぎるためと考えられる。また図5の場合、残留磁化曲線の軌跡は磁化曲線とは一致せず、1段階の曲線を示している。これは、磁界印加時は、Ku値の小さなCo−SiO2は磁界に従って反転するが、Ku値の大きな[Co−SiO2/Pt]は磁化反転しないことによる。そして、磁界を印加しない残留磁化状態では、弱いながらも層間の結合力は残っているために、Co−SiO2は[Co−SiO2/Pt]の磁化と同方向になる(戻る)ということを示している。
【0068】
図6のPt−SiO2を4.0nmとした場合には、磁化曲線と残留磁化曲線は一致し、その形状からは2段階の磁化反転をしていることがわかる。すなわち、Co−SiO2と[Co−SiO2/Pt]層の交換結合は完全に切れており、各層が独立して反転、残留磁化状態でもその状態を保持することがわかる。
【0069】
次に、図7について述べる。図7は、磁化曲線から求めた保磁力Hcと残留磁化曲線から求めた残留保磁力Hrの、交換結合制御層膜厚(Pt−SiO2膜厚)依存性を示す。交換結合制御層膜厚(Pt−SiO2膜厚)が0.2〜1.8nmの間においては、Pt−SiO2=0.0nmの場合に比してHc及びHrが低減しており、本発明の効果を示している。膜厚2nm以上では、HcとHrが一致しないことから、両層の交換結合力が弱まりすぎて効果を示さないことがわかる。
【0070】
交換結合制御層が、Cr−SiO2である比較例3、Ru−SiO2である比較例4で同様な測定を行ったところ、いずれの交換結合制御層においても、膜厚が0.5nm以上でHcとHrが一致しなかった。すなわち、0.5nmの膜厚では、すでに結合力が弱まりすぎるか或いは完全に切れている部分が生じていることになる。これらと比較して、Pt−SiO2の場合には、図7から明らかなように、膜厚2.0nm未満の比較的広範囲の膜厚領域において交換結合力を維持できる効果があることがわかる。
【0071】
次に、本発明の実用的な効果を明らかにするために、実施例2と比較例5及び比較例6の電磁変換特性の測定を行った。ここで比較するサンプル実施例2、比較例5、比較例6は、記録再生特性を十分に発揮できるよう、先に述べた実施例1、比較例1、比較例2に、それぞれ同一の軟磁性裏打ち層を付与した構造になっている。軟磁性裏打ち層として適用したCoNbZrは、アモルファス構造であるために、上層の結晶配向や微細構造に影響を与えず、Kerr効果測定装置で確認した磁気記録層の磁化曲線、磁気特性の変化はそれぞれ実施例1、比較例1、比較例2で説明したものと一致していた。なお、電磁変換特性評価は、スピンスタンドテスターにて、GMRヘッドを用いて行った。記録トラック幅は180nm、再生トラック幅140nmのヘッドを用いた。
【0072】
表1に、実施例2、比較例5、比較例6の電磁変換特性評価結果を示す。
【0073】
【表1】

【0074】
表1には、SNR(信号対雑音比)、重ねがきOW(Over Write)特性、信号出力の劣化度合(Decay)特性をまとめて示した。SNRは、線記録密度600kFCIでの値で、信号品質、すなわち記録密度の指標である。OWは、線記録密度500kFCIの信号上に70kFCIの信号を重ねがきした時の値で、媒体への書き込み易さの指標となる。Decayは記録密度50kFCIで書き込んだ信号出力の経時変化を測定したもので、信号安定性の指標である。なお、表1の実施例2における交換結合制御層(Pt−SiO2層)の膜厚は、実施例1において良好であった膜厚と同等の1.5nmとした。
【0075】
表1から、Ku値の大きい[Co−SiO2/Pt]層のみである比較例6では、OWが非常に悪く、書き込み性能の悪い媒体であることがわかる。そのため、磁化が充分に飽和しない未飽和記録が起こり、SNRも劣化し、他の比較例5及び実施例2に比べて大幅に劣ることが分かる。交換結合制御層の無い[Co−SiO2/Pt]/Co−SiO2の構成である比較例5の場合は、先に述べたKu値の小さなCo−SiO2層付与によるHcの低減効果で比較例6よりは大幅にOWが改善されている。また、飽和記録が可能になることから、SNRも比較例6よりは優れる。
【0076】
そして、比較例6に交換結合制御層を挿入した構造である実施例5では、比較例5に比べ、さらに5dBOWが改善されている。これが、上下層の交換結合力を適度に弱めた効果である。また、SNRも1.6dB良好な値となった。これは、磁気特性の変化で、磁化曲線の傾きが増加したことによる、ビット間の遷移ノイズの低減によるものと考えられる。
【0077】
また、いずれのサンプルにおいてもDecayは0であり、実施例2で交換結合力を弱めた場合でも信号出力の経時変化は見られず、ビットを安定に保持できることが明らかである。なお、前記実施例1の磁気特性の検討で、結合力を弱めすぎた、或いは完全に切れたPt−SiO2膜厚2nm以上では、OWの改善は見られず、書き込み能力の改善効果が見られなかった。
【0078】
最後に、交換結合制御層材料による効果を比較した。実施例1(Pt−SiO2)、実施例3({(NiFe)75Cr25}−SiO2)、実施例4({(NiFe)60Cr40}−SiO2)、比較例3(Cr−SiO2)の保磁力の交換結合制御層膜厚依存性を測定した。その結果、実施例1、実施例3、実施例4は、それぞれ膜厚1.5nm、1.0nm、1.5nmで保磁力が極小値をとり、この時の比較例1(すなわち、交換結合制御層がない場合)に対する保磁力の変化率はそれぞれ、−12%、−18%、−7%であり、全て保磁力の低減効果が見られた。すなわち、Ni、FeとCrとの合金を結晶質とした実施例3と実施例4では、Pt−SiO2である実施例1の場合と同様な効果が見られ、界面の結合力を適度に制御することができていることがわかる。また、実施例3と実施例4では、NiFeとCrの組成比が異なり、この例ではCr量が比較的少ない実施例4で、保磁力の低下率が大きく、NiFeとCrの組成比でも結合力を制御できることがわかる。
【0079】
一方、比較例3では、保磁力の低下がみられず、膜厚増加に対して単調に保磁力が増加し、所望の効果を得ることができない。これは、Crが添加したSiO2に含まれる酸素によって酸化される影響で、磁性層との界面の結合力を低下させていることが推測される。以上により、酸化物を含む交換結合制御層の結晶質の材料として、Co、Ni、Feのうちから選ばれた少なくとも一つの元素と非磁性の合金を適用した場合の効果が明らかとなった。
【図面の簡単な説明】
【0080】
【図1】この発明の実施形態に係る垂直磁気記録媒体の模式的断面図。
【図2】この発明の実施例に対する比較例2の磁化曲線と残留磁化曲線を示す図。
【図3】この発明の実施例に対する比較例1の磁化曲線と残留磁化曲線を示す図。
【図4】この発明の実施例1の交換結合制御層膜厚1.5nmの場合の磁化曲線と残留磁化曲線を示す図。
【図5】この発明の実施例1の交換結合制御層膜厚2.5nmの場合の磁化曲線と残留磁化曲線を示す図。
【図6】この発明の実施例1の交換結合制御層膜厚4.0nmの場合の磁化曲線と残留磁化曲線を示す図。
【図7】この発明の実施例に関わり、磁化曲線から求めた保磁力Hcと残留磁化曲線から求めた残留保磁力Hrの、交換結合制御膜厚(Pt-SiO2膜厚nm)依存性を示す図。
【符号の説明】
【0081】
1:非磁性基体、2:軟磁性裏打ち層、3:シード層、4:下地層、5:磁気記録層、5−1:磁性層(1)、5−2:交換結合制御層、5−3:磁性層(2)、6:保護層、7:液体潤滑層。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
非磁性基体上に少なくとも下地層、磁気記録層、保護層が順次積層されてなる垂直磁気記録媒体において、前記磁気記録層は、第1の磁性層、交換結合制御層、第2の磁性層を順次積層した構造を少なくとも含み、かつ前記第1の磁性層と第2の磁性層の垂直磁気異方性定数(Ku)の値が異なり、かつ前記磁性層のうち、少なくともKu値の大きな方には非磁性の酸化物を含み、かつ前記交換結合制御層は結晶質の金属若しくは合金と酸化物とを含み、かつその結晶質の金属若しくは合金は、Pt若しくはPd或いはそれらを含む合金、若しくはCo、Ni、Feから選ばれた元素と非磁性の金属との合金であることを特徴とする垂直磁気記録媒体。
【請求項2】
請求項1に記載の垂直磁気記録媒体において、前記交換結合制御層はPt-SiO2からなり、その膜厚は2nm以下とすることを特徴とする垂直磁気記録媒体。
【請求項3】
請求項1に記載の垂直磁気記録媒体において、前記交換結合制御層はNiFeCr-SiO2からなり、その膜厚は2nm以下とすることを特徴とする垂直磁気記録媒体。
【請求項4】
請求項1ないし3のいずれか1項に記載の垂直磁気記録媒体において、前記第1の磁性層及び第2の磁性層における一方の磁性層のKu値が少なくとも1×106erg/cm3以上であり、かつ他方の磁性層のKu値が1×105erg/cm3以下であることを特徴とする垂直磁気記録媒体。
【請求項5】
請求項1ないし4のいずれか1項に記載の垂直磁気記録媒体において、前記磁気記録層中の結晶粒子は、第1の磁性層、交換結合制御層、第2の磁性層を貫いて、下地層界面から柱状に成長した構造を有し、かつその柱状の各粒子は非磁性成分によって磁気的に分離してなることを特徴とする垂直磁気記録媒体。
【請求項6】
請求項1ないし5のいずれか1項に記載の垂直磁気記録媒体において、前記磁気記録層に含まれる酸化物が、Si、Ti、Cr、Coの中から選ばれた少なくとも1つの元素の酸化物であることを特徴とする垂直磁気記録媒体。
【請求項7】
請求項1ないし6のいずれか1項に記載の垂直磁気記録媒体において、前記第1の磁性層及び第2の磁性層の結晶粒子は、六方細密充填構造の結晶構造(hcp構造)若しくは面心立方格子構造の結晶構造(fcc)を主体とする結晶構造を有することを特徴とする垂直磁気記録媒体。
【請求項8】
請求項1ないし7のいずれか1項に記載の垂直磁気記録媒体において、前記Ku値の大きな磁性層の飽和磁化をMsh、もう一方のKu値の小さな磁性層の飽和磁化をMslとしたとき、Msh<Mslであることを特徴とする垂直磁気記録媒体。
【請求項9】
請求項1ないし8のいずれか1項に記載の垂直磁気記録媒体において、前記Ku値の小さな磁性層の飽和磁化Mslが少なくとも800emu/cc以上であることを特徴とする垂直磁気記録媒体。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2008−65879(P2008−65879A)
【公開日】平成20年3月21日(2008.3.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−240161(P2006−240161)
【出願日】平成18年9月5日(2006.9.5)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成17年度文部科学省科学技術試験研究「超小型大容量ハードディスクの開発」委託研究、産業活力再生特別措置法第30条の適用を受ける特許出願。
【出願人】(000005234)富士電機ホールディングス株式会社 (3,146)
【出願人】(504157024)国立大学法人東北大学 (2,297)
【Fターム(参考)】