説明

変速機の制御装置

【課題】 フィードバック制御する実油圧に油圧振動が生じる場合においても、実油圧の平均値を目標油圧の下限値に一致させて、動力伝達効率を向上することができる変速機の制御装置を提供する。
【解決手段】 目標値と実際値との偏差に基づいて、積分動作を含むフィードバック制御によって調圧される油圧により動作状態が設定される変速機の制御装置において、前記実際値の油圧振動における振幅を検出する油圧振動検出手段(ステップS203)と、前記実際値が前記目標値の下限値に到達した場合に、前記振幅検出手段により検出した前記振幅に基づいて前記積分動作における積分項の積算を変更する積分動作変更手段(ステップS106,S107)とを備えている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、油圧によって動作状態が変化する変速機の制御装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
ベルト式無段変速機やトラクション式無段変速機は、ベルトとプーリとの間の摩擦力や、ディスクとローラとの間のトラクションオイルのせん断力を利用してトルクを伝達している。したがってこれらの無段変速機のトルク容量は、そのトルクの伝達が生じる箇所に作用する圧力に応じた容量となる。
【0003】
無段変速機における上記の圧力は挟圧力と称され、その挟圧力を高くすれば、トルク容量を増大させて滑りを回避できるが、その反面、高い圧力を生じさせるために動力を必要以上に消費したり、あるいは動力の伝達効率が低下するなどの不都合がある。そのため、一般的には、意図しない滑りが生じない範囲で、油圧回路のライン圧を制御することにより挟圧力を可及的に低く設定している。
【0004】
例えば、ベルト式無段変速機を搭載した車両では、エンジンの回転数を無段変速機によって制御して燃費の向上を図ることができるので、その利点を損なわないために、無段変速機での動力伝達効率を可及的に向上させるべく、油圧回路のライン圧を制御することにより、挟圧力を滑りが生じない範囲で可及的に低く設定するように制御されている。その制御の一例としてPID制御などによるフィードバック制御がおこなわれている。すなわち、ライン圧を制御する場合、その目標油圧に対して実際の油圧(実油圧)がフィードバックされ、PID制御が実行される。
【0005】
このとき、個々の製品における油圧回路のばらつきや、作動特性のばらつきなどによって、予め設定された最低油圧に維持するように制御をおこなうことができない場合がある。そのため、特許文献1には、ライン圧の実油圧が目標油圧の最低値P0まで下がらない場合、ライン圧の目標油圧の最低値P0に対して実油圧の最低値P1より若干高いレベルの閾値Sを設定し、ライン圧の目標油圧が閾値S以下となった時に、その時点の積分値(積分(I)項)を固定し、その固定された積分項に基づき積分補正するように構成された変速機の油圧制御装置が記載されている。
【特許文献1】特開2001−263470号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
この特許文献1に記載された発明によれば、ライン圧の実油圧が閾値Sに到達した際に、積分項が固定されることによって、積分項が増大して蓄積することが制限される。そのため、油圧回路のばらつき等によって実油圧が目標油圧の最低値P0まで下がりきらない場合においても、積分項の増大による制御応答性の低下を回避し、良好な制御応答性を得ることができる、とされている。
【0007】
しかしながら、このようにライン圧の目標油圧に最低値(いわゆる下限ガード値)を設けることにより、例えば、悪路走行時に路面から受ける振動や、バルブボデーなどの構造上不可避的に発生する油圧回路の自励振動などによって、実油圧の値がある振幅を持って上下に振れるいわゆる油圧振動が生じる場合は、その油圧振動の平均値(実油圧)が目標油圧の下限ガード値より高い値に設定されてしまう。
【0008】
このことを図4に示すタイムチャートにより具体的に説明する。このタイムチャートは、例えば無段変速機を搭載した車両がドライブ(D)レンジのまま停止している状態を示していて、Dレンジで停車している状態の判定がされると、その状態では、無段変速機の挟圧力は大きな圧力を必要としないので、その挟圧力を可及的に低く設定するため、挟圧力を制御する油圧の目標油圧(すなわち油圧指令値)Ptgtが徐々に低下される。このとき、この油圧指令値Ptgtに対する実油圧Pactは、油圧回路の自励振動などに起因する油圧振動を伴って徐々に低下する。そのため、この挟圧力を設定するための油圧のフィードバック制御においては、油圧指令値Ptgtと油圧振動する実油圧Pactとの偏差を解消するため、実油圧Pactの油圧振動により、その大きさが大小あるいは正負に変動する前記偏差に応じて、積分動作における積分項が大小に変動しながら出力される。
【0009】
ここで、油圧指令値Ptgtが、油圧指令値Ptgtの下限ガード値Pllに所定値α0を加えた閾値T0(=Pll+α0)を下回ると、前述したように積分項の増大による制御応答性の低下を回避するため、積分項がその時点の値(積分制御量)に固定される。そのため、油圧振動する実油圧Pactは、閾値T0をほぼ振幅の中心として、その油圧レベルが保持される。言い換えると、油圧振動する実油圧Pactの平均値(すなわち実質的な実油圧)が、ほぼ閾値T0で、その油圧レベルが保持される。
【0010】
このように、油圧振動する実油圧Pactの平均値は、閾値T0付近の油圧レベルに保持されるが、この閾値T0は、積分項の累積分を考慮して、下限ガード値Pllよりもある程度(α0分)大きめに設定しなければならない。したがって、油圧振動する実油圧Pactの平均値を、油圧指令値Ptgtの下限ガード値Pllに保持することができず、その分だけ無段変速機の動力伝達効率が低下し、ひいては、燃費が低下する可能性があった。
【0011】
この発明は、上記の技術的課題に着目してなされたものであり、フィードバック制御する実油圧に油圧振動が生じる場合においても、実油圧の平均値を目標油圧の下限値に一致させて、動力伝達効率を向上することができる変速機の制御装置を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記の目的を達成するために、請求項1の発明は、目標値と実際値との偏差に基づいて、積分動作を含むフィードバック制御によって調圧される油圧により動作状態が設定される変速機の制御装置において、前記実際値の油圧振動における振幅を検出する油圧振動検出手段と、前記実際値が前記目標値の下限値に到達した場合に、前記油圧振動検出手段により検出した前記振幅に基づいて前記積分動作における積分項の積算を変更する積分動作変更手段とを備えていることを特徴とする制御装置である。
【0013】
また、請求項2の発明は、請求項1の発明において、前記油圧振動検出手段により検出した前記振幅に基づいて前記実際値の下限値を設定する下限ガード設定手段を備え、前記積分動作変更手段が、前記目標値と前記実際値との偏差を、前記下限ガード設定手段により設定した前記実際値の下限値に制限して前記積分項の積算を制限する手段を含むことを特徴とする制御装置である。
【発明の効果】
【0014】
請求項1の発明によれば、変速機の動作状態を設定する油圧がフィードバック制御されて調圧される際、油圧の実際値が目標値の下限値に到達した場合に、実際値の油圧振動における振幅が検出され、その振幅に基づいてフィードバック制御の積分動作における積分項の積算が変更される。そのため、油圧振動する実際値の平均値を目標値の下限値に一致させるように実際値を調圧することができ、変速機の動力伝達効率を向上させることができる。
【0015】
また、請求項2の発明によれば、フィードバック制御の積分動作における積分項の積算が変更される場合、実際値の油圧振動における振幅に基づいて実際値の下限値が設定される。そして目標値と実際値との偏差に、その実際値の下限値が限界値として設けられて、積分動作における積分項の積算が制限される。そのため、油圧振動する実際値の平均値を目標値の下限値に一致させるように実際値を調圧することができ、変速機の動力伝達効率を向上させることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
次にこの発明を具体例に基づいて説明する。先ず、この発明で対象とする動力源および無段変速機を含む駆動系統の一例を説明すると、図5は、ベルト式の無段変速機1を含む駆動系統の一例を模式的に示しており、その無段変速機1は、前後進切換機構2およびロックアップクラッチ3付きの流体伝動機構4を介して動力源5に連結されている。
【0017】
その動力源5は、内燃機関、あるいは内燃機関と電動機、もしくは電動機などによって構成されている。なお、以下の説明では、動力源5をエンジン5と記す。また、流体伝動機構4は、例えば従来のトルクコンバータと同様の構成であって、エンジン5によって回転させられるポンプインペラとこれに対向させて配置したタービンランナと、これらの間に配置したステータとを有し、ポンプインペラで発生させたフルードの螺旋流をタービンランナに供給することによりタービンランナを回転させ、トルクを伝達するように構成されている。
【0018】
このような流体を介したトルクの伝達では、ポンプインペラとタービンランナとの間に不可避的な滑りが生じ、これが動力伝達効率の低下要因となるので、ポンプインペラなどの入力側の部材とタービンランナなどの出力側の部材とを直接連結するロックアップクラッチ3が設けられている。このロックアップクラッチ3は、油圧によって制御するように構成され、完全係合状態および完全解放状態、ならびにこれらの中間の状態であるスリップ状態に制御され、さらにそのスリップ回転数を適宜に制御できるようになっている。
【0019】
前後進切換機構2は、エンジン5の回転方向が一方向に限られていることに伴って採用されている機構であって、入力されたトルクをそのまま出力し、また反転して出力するように構成されている。図5に示す例では、前後進切換機構2としてダブルピニオン型の遊星歯車機構が採用されている。すなわち、サンギヤ6と同心円上にリングギヤ7が配置され、これらのサンギヤ6とリングギヤ7との間に、サンギヤ6に噛合したピニオンギヤ8とそのピニオンギヤ8およびリングギヤ7に噛合した他のピニオンギヤ9とが配置され、これらのピニオンギヤ8,9がキャリヤ10によって自転かつ公転自在に保持されている。そして、二つの回転要素(具体的にはサンギヤ6とキャリヤ10と)を一体的に連結する前進用クラッチ11が設けられ、またリングギヤ7を選択的に固定することにより、出力されるトルクの方向を反転する後進用ブレーキ12が設けられている。
【0020】
無段変速機1は、従来知られているベルト式無段変速機と同じ構成であって、互いに平行に配置された駆動プーリ13と従動プーリ14とのそれぞれが、固定シーブと、油圧式のアクチュエータ15,16によって軸線方向に前後動させられる可動シーブとによって構成されている。したがって各プーリ13,14の溝幅が、可動シーブを軸線方向に移動させることにより変化し、それに伴って各プーリ13,14に巻掛けたベルト17の巻掛け半径(プーリ13,14の有効径)が連続的に変化し、変速比が無段階に変化するようになっている。そして、上記の駆動プーリ13が前後進切換機構2における出力要素であるキャリヤ10に連結されている。
【0021】
なお、従動プーリ14における油圧アクチュエータ16には、無段変速機1に入力されるトルクに応じた油圧(ライン圧もしくはその補正圧)が、図示しない油圧ポンプおよび油圧制御装置を介して供給されている。したがって、従動プーリ14における各シーブがベルト17を挟み付けることにより、ベルト17に張力が付与され、各プーリ13,14とベルト17との挟圧力(接触圧力)が確保されるようになっている。これに対して駆動プーリ13における油圧アクチュエータ15には、設定するべき変速比に応じた圧油が供給され、目標とする変速比に応じた溝幅(有効径)に設定するようになっている。
【0022】
上記の従動プーリ14が、ギヤ対18を介してディファレンシャル19に連結され、このディファレンシャル19から駆動輪20にトルクを出力するようになっている。したがって上記の駆動機構では、エンジン5と駆動輪20との間に、ロックアップクラッチ3と無段変速機1とが直列に配列されている。
【0023】
上記の無段変速機1およびエンジン5を搭載した車両の動作状態(走行状態)を検出するために各種のセンサが設けられている。すなわち、無段変速機1に対する入力回転数(前記タービンランナの回転数)を検出して信号を出力するタービン回転数センサ21、駆動プーリ13の回転数を検出して信号を出力する入力回転数センサ22、従動プーリ14の回転数を検出して信号を出力する出力回転数センサ23、ベルト挟圧力を設定するための従動プーリ14側の油圧アクチュエータ16の圧力を検出する油圧センサ24が設けられている。また、特には図示しないが、アクセルペダルの踏み込み量を検出して信号を出力するアクセル開度センサ、スロットルバルブの開度を検出して信号を出力するスロットル開度センサ、ブレーキペダルが踏み込まれた場合に信号を出力するブレーキセンサなどが設けられている。
【0024】
上記の前進用クラッチ11および後進用ブレーキ12の係合・解放の制御、および前記ベルト17の挟圧力の制御、ならびに変速比の制御、さらにはロックアップクラッチ3の制御をおこなうために、変速機用電子制御装置(CVT−ECU)25が設けられている。この変速機用電子制御装置25は、一例としてマイクロコンピュータを主体として構成され、入力されたデータおよび予め記憶しているデータに基づいて所定のプログラムに従って演算をおこない、前進や後進あるいはニュートラルなどの各種の状態、および要求される挟圧力の設定、ならびに変速比の設定、ロックアップクラッチ3の係合・解放ならびにスリップ回転数などの制御を実行するように構成されている。
【0025】
ここで、変速機用電子制御装置25に入力されているデータ(信号)の例を示すと、無段変速機1の入力回転数(入力回転速度)Ninの信号、無段変速機1の出力回転数(出力回転速度)Noの信号が、それぞれに対応するセンサから入力されている。また、エンジン5を制御するエンジン用電子制御装置(E/G−ECU)26からは、エンジン回転数Neの信号、エンジン(E/G)負荷の信号、スロットル開度信号、アクセルペダル(図示せず)の踏み込み量であるアクセル開度信号などが入力されている。
【0026】
無段変速機1によれば、入力回転数であるエンジン回転数を無段階に(言い換えれば、連続的に)制御できるので、これを搭載した車両の燃費を向上できる。例えば、アクセル開度などによって表される要求駆動量と車速とに基づいて目標駆動力が求められ、その目標駆動力を得るために必要な目標出力が目標駆動力と車速とに基づいて求められ、その目標出力を最適燃費で得るためのエンジン回転数が予め用意したマップに基づいて求められ、そして、そのエンジン回転数となるように変速比が制御される。
【0027】
そのような燃費向上の利点を損なわないために、無段変速機1における動力の伝達効率が良好な状態に制御される。具体的には、無段変速機1のトルク容量すなわちベルト挟圧力が、エンジントルクに基づいて決まる目標トルクを伝達でき、かつベルト17の滑りが生じない範囲で可及的に低いベルト挟圧力になるよう制御される。例えば、加減速が比較的頻繁におこなわれたり、路面の凹凸もしくは起伏がある悪路を走行している場合などのいわゆる非定常走行状態では、ベルト挟圧力が、無段変速機1を制御する油圧系統における全体の元圧となるライン圧もしくはその補正圧程度の相対的に高い圧力に設定される。
【0028】
これに対して、平坦路をある程度以上の車速で定速走行しているなどの定常走行状態もしくはこれに準ずる準定常走行状態では、滑りを生じずに入力トルクを伝達できる最低の圧力すなわち限界挟圧力を検出するために、ベルト挟圧力が徐々に低下される。そしてそのベルト挟圧力が、検出された限界挟圧力に所定の安全率もしくは滑りに対する余裕伝達トルクを設定する圧力を加えたベルト挟圧力に設定される。そして、この無段変速機におけるベルト挟圧力は、滑りを生じることなくトルクを伝達できる範囲で可及的に低い圧力であることが好ましい。
【0029】
前述したように、無段変速機1のベルト挟圧力を設定するためのライン圧(もしくはその補正圧)は、ライン圧の目標油圧に対して、その時点でのライン圧の実油圧がフィードバックされて、目標油圧と一致するように制御(PI制御あるいはPID制御)される。このとき、例えば悪路走行時に路面から受ける振動や、油圧回路の不可避的な自励振動などによって、ライン圧(実油圧)に油圧振動が生じる場合がある。そこで、この発明の制御装置では、油圧振動が発生した場合においても、その油圧振動の振幅に基づいてライン圧(実油圧)のフィードバック制御における積分項への積算を変更することによって、実油圧の平均値を目標油圧の下限値に一致させて、燃費を向上することができるように構成されている。その制御の具体例を以下に説明する。
【0030】
図1および図2は、その制御の一例を示すフローチャートであり、また図3は、それらのフローチャートで示すルーチンを実行した場合のタイムチャートである。なお、これらのフローチャートで示されるルーチンは、所定の短時間毎に繰り返し実行される。
【0031】
図1において、先ず、現時点の油圧指令値Popttgt(i)が算出され(ステップS101)、その時点における状態がフィードバック制御の実行が可能か否かが判断される(ステップS102)。フィードバック制御が可能な状態とは、例えば油圧センサなどの各種センサが正常であること、電磁弁が正常であること、エンジン回転数が所定範囲内であることなどの制御の開始条件がすべて成立する状態である。
【0032】
これらの開始条件のいずれかが成立していない場合、すなわちフィードバック制御が可能な状態ではないと判断された場合は、このステップS102で否定的に判断されて、ステップS109へ進み、フィードバック制御をおこなわない通常の挟圧力制御が実行される。そしてその後、このルーチンを一旦終了する。
【0033】
一方、上記の開始条件が全て成立していることによって、ステップS102で肯定的に判断された場合には、ステップS103へ進み、その現時点の実油圧Pscact(i)が計測され、続いて図2のフローチャートに示す所定制御が実行される。この所定制御は、実油圧下限ガード値Pd_minを設定するための制御であり、その詳細については後述する。
【0034】
ステップS104で所定制御が実行されると、積分制御における積分項へ累積する偏差Dltpd(i)が算出され(ステップS105)、続いてフラグFが“1”にセットされているか否かが判断される(ステップS106)。このフラグFは、後述するように、実油圧下限ガード値Pd_minが設定された場合に“1”にセットされ、そうでない場合には“0”にセットされる油圧下限ガード値設定フラグである。
【0035】
油圧下限ガード値設定フラグFが“1”にセットされている、すなわち実油圧下限ガード値Pd_minが既に設定されていることによって、このステップS106で肯定的に判断された場合は、ステップS107へ進み、偏差Dltpd(i)が、実油圧下限ガード値Pd_minに設定されて、積分制御が実行される(ステップS108)。
【0036】
一方、油圧下限ガード値設定フラグFが“0”にセットされていることによって、ステップS106で否定的に判断された場合には、ステップS107の制御はおこなわれずに、ステップS108へ進み、積分制御が実行される。そして、ステップS108で積分制御が実行されると、このルーチンを一旦終了する。
【0037】
次に、所定制御について、図2に示すフローチャートを参照して説明する。先ず、油圧下限ガード値設定フラグFが“0”にセットされているか否かが判断される(ステップS201)。油圧下限ガード値設定フラグFが“0”にセットされている、すなわち実油圧下限ガード値Pd_minが未だ設定されていないことによって、このステップS201で肯定的に判断された場合は、ステップS202へ進み、「油圧指令値Popttgt(i)が、指令圧下限ガード値Poptllに所定値α1を加えた閾値T1(=Poptll+α1)より小さく、かつ実油圧Pscact(i)が、油圧指令値Popttgt(i)より小さい」か否かが判断される。
【0038】
油圧指令値Popttgt(i)が、閾値T1(=Poptll+α1)以上である、すなわち油圧指令値Popttgt(i)が未だ閾値T1(=Poptll+α1)を超えていないか、あるいは実油圧Pscact(i)が、油圧指令値Popttgt(i)以上であることによって、このステップS202で否定的に判断された場合は、この所定制御のルーチンを抜けて、前述の図1のフローチャートに示すルーチンのステップS105へ戻る。
【0039】
一方、油圧指令値Popttgt(i)が、閾値T1(=Poptll+α1)より小さく、すなわち油圧指令値Popttgt(i)が閾値T1(=Poptll+α1)を超え、かつ実油圧Pscact(i)が、油圧指令値Popttgt(i)より小さいことによって、ステップS202で肯定的に判断された場合には、ステップS203へ進み、所定期間Lの間の実油圧Pscactの振幅が求められ、その振幅と指令圧下限ガード値Poptllとに基づいて実油圧下限ガード値Pd_minが設定される。具体的には、所定期間Lにおける実油圧Pscactのハイパスフィルタ値、あるいは所定期間Lにおける実油圧Pscactの「最大値−最小値」などの値によって、実油圧Pscactの振幅が求められ、その振幅の大きさと指令圧下限ガード値Poptllとに基づいて予め用意されたマップから実油圧下限ガード値Pd_minが設定される。また、同時に、油圧下限ガード値設定フラグFが“1”にセットされ、その後、この所定制御のルーチンを抜けて、前述の図1のフローチャートに示すルーチンのステップS105へ戻る。
【0040】
これに対して、油圧下限ガード値設定フラグFが“1”にセットされている、すなわち実油圧下限ガード値Pd_minが既に設定されていることによって、前述のステップS201で否定的に判断された場合は、ステップS204へ進み、「油圧指令値Popttgt(i)が、指令圧下限ガード値Poptllに所定値α2を加えた閾値T2(=Poptll+α2)より大きく、かつ実油圧Pscact(i)が、油圧指令値Popttgt(i)より大きい」か否かが判断される。
【0041】
なお、この閾値T2は、無段変速機1の運転状態に応じて、ステップS107で油圧指令値Popttgt(i)と実油圧Pscact(i)との偏差Dltpd(i)に実油圧下限ガード値Pd_minを設定するか否かを判断するために設けられた閾値である。すなわち、例えばDレンジで停車していた無段変速機1を搭載した車両が、Dレンジで発進し、その際に必要な挟圧力を確保するために油圧指令値Popttgtが増大された場合は、油圧振動まで考慮して実油圧Pscactを油圧指令値Popttgtに一致させる必要がないため、上記のステップS107における制御は必要ないと判断される。
【0042】
したがって、油圧指令値Popttgt(i)が、閾値T2(=Poptll+α2)より大きく、すなわち油圧指令値Popttgt(i)が閾値T2(=Poptll+α2)を超え、かつ実油圧Pscact(i)が、油圧指令値Popttgt(i)より大きいことによって、ステップS204で肯定的に判断された場合には、ステップS205へ進み、油圧下限ガード値設定フラグFが“0”にセットされる。すなわち、ステップS107で偏差Dltpd(i)に実油圧下限ガード値Pd_minを設ける必要はないと判断される。そしてその後、この所定制御のルーチンを抜けて、前述の図1のフローチャートに示すルーチンのステップS105へ戻る。
【0043】
一方、油圧指令値Popttgt(i)が、閾値T2(=Poptll+α2)以下である、すなわち油圧指令値Popttgt(i)が未だ閾値T2(=Poptll+α2)を超えていないか、あるいは実油圧Pscact(i)が、油圧指令値Popttgt(i)以下であることによって、このステップS204で否定的に判断された場合、すなわち、未だステップS107で偏差Dltpd(i)に実油圧下限ガード値Pd_minを設ける必要があると判断された場合は、この所定制御のルーチンを抜けて、前述の図1のフローチャートに示すルーチンのステップS105へ戻る。
【0044】
ここで、上記の制御例をタイムチャートで説明する。図3は、上記の図1,2に示すフローチャートによる制御を実行した場合の油圧(実油圧、油圧指令値)および積分制御量の挙動を示している。また、このタイムチャートは、前述した図4に示す従来技術による制御のタイムチャートと同様に、例えば無段変速機1を搭載した車両がDレンジのまま停止している状態を示していて、Dレンジで停車している状態の判定がされると、その状態では、無段変速機1の挟圧力を可及的に低く設定するため、挟圧力を制御する油圧の油圧指令値Popttgtが徐々に低下される。このとき、この油圧指令値Popttgtに対する実油圧Pscactは、油圧回路の自励振動などに起因する油圧振動を伴って徐々に低下する。この挟圧力を設定するための油圧のフィードバック制御においては、油圧指令値Popttgtと油圧振動する実油圧Pscactとの偏差Dltpdを解消するため、実油圧Pscactの油圧振動により、その大きさが大小あるいは正負に変動する偏差Dltpdに応じて、積分動作における積分項が大小に変動しながら出力される。
【0045】
そして、油圧指令値Popttgtが、その油圧指令値Popttgtの下限ガード値Poptllに所定値α1を加えた閾値T1(=Poptll+α1)を下回ると、その時点から所定時間遡った時点までの所定期間Lの間の、実油圧Pscactの油圧振動の振幅が求められる。そしてその振幅の大きさと指令圧下限ガード値Poptllとに基づいて、例えばマップから実油圧下限ガード値Pd_minが設定される。
【0046】
そして、その実油圧下限ガード値Pd_minが偏差Dltpdのガード値として設定され、それに応じてこの油圧のフィードバック制御における積分制御が実行される。すなわち、偏差Dltpdにガード値(実油圧下限ガード値)Pd_minが設けられることによって、積分制御の積分動作における積分項の積算が制限される。
【0047】
その結果、油圧振動する実油圧Pscactは、油圧指令値Popttgtの下限ガード値Poptllをほぼ振幅の中心として、その油圧レベルが保持される。言い換えると、油圧振動する実油圧Pscactの平均値(すなわち実質的な実油圧)が、ほぼ油圧指令値Popttgtの下限ガード値Poptll、すなわち可及的に低い圧力で、その油圧レベルが保持される。
【0048】
以上のように、図1ない図3で説明したこの発明に係る制御装置によれば、無段変速機1の挟圧力を設定するための油圧がフィードバック制御される際に、実油圧の油圧振動の振幅が検出され、その振幅(例えば振幅の大きさ)に基づいてフィードバック制御の積分動作における積分項の積算が制限される。そのため、実油圧に油圧振動が生じる場合であっても、実油圧の平均値を目標油圧の下限ガード値に一致させるようにフィードバック制御をおこなうことができ、その結果、燃費を向上することができる。
【0049】
ここで、上述した具体例とこの発明との関係を簡単に説明すると、上述したステップS203の機能的手段が、この発明における「油圧振動検出手段」に相当し、ステップS106,S107の機能的手段が、この発明における「積分動作変更手段」に相当し、ステップS203の機能的手段が、この発明における「下限ガード設定手段」に相当する。
【0050】
なお、この発明は上記の具体例に限定されないのであって、具体例では、ベルト式無段変速機を対象とする制御装置を例に採って説明したが、この発明は、トロイダル型無段変速機などの他の形式の無段変速機、あるいは無段変速機以外にも油圧によって動作状態が変化する変速機を対象とする制御装置に適用することができる。また、この発明で対象とする車両の駆動装置は、図5に示す構成のものに限定されない。
【図面の簡単な説明】
【0051】
【図1】この発明の制御装置による制御例を説明するためのフローチャートである。
【図2】図1のフローチャートにおける所定制御の例を説明するためのフローチャートである。
【図3】この発明の制御装置による制御の一例を説明するためのタイムチャートである。
【図4】従来の制御装置による制御の一例を説明するためのタイムチャートである。
【図5】この発明で対象とする無段変速機を含む駆動系統の一例を模式的に示す図である。
【符号の説明】
【0052】
1…無段変速機、 5…エンジン、 13…駆動プーリ、 14…従動プーリ、 15,16…油圧アクチュエータ、 25…変速機用電子制御装置(CVT−ECU)。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
目標値と実際値との偏差に基づいて、積分動作を含むフィードバック制御によって調圧される油圧により動作状態が設定される変速機の制御装置において、
前記実際値の油圧振動における振幅を検出する油圧振動検出手段と、
前記実際値が前記目標値の下限値に到達した場合に、前記油圧振動検出手段により検出した前記振幅に基づいて前記積分動作における積分項の積算を変更する積分動作変更手段とを備えていることを特徴とする変速機の制御装置。
【請求項2】
前記油圧振動検出手段により検出した前記振幅に基づいて前記実際値の下限値を設定する下限ガード設定手段を備え、
前記積分動作変更手段が、前記目標値と前記実際値との偏差を、前記下限ガード設定手段により設定した前記実際値の下限値に制限して前記積分項の積算を制限する手段を含むことを特徴とする請求項1に記載の変速機の制御装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2006−17247(P2006−17247A)
【公開日】平成18年1月19日(2006.1.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−196817(P2004−196817)
【出願日】平成16年7月2日(2004.7.2)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【Fターム(参考)】