説明

多層膜不等間隔溝ラミナー型回折格子及び同回折格子を用いた分光装置

【課題】
本発明は、従来回折格子分光器が実用とならなかった数keVの軟X線領域において装置に入射する軟X線光に含まれる複数の所望の波長の光を分別し検出器または感光物質面に結像させうる多色計(ポリクロメータ)を提供するものである。
【解決手段】
上記課題を解決するために成された本発明は、回折格子1の格子面を測定を所望する波長数の区画に分割し、そのそれぞれの区画に所望する波長の内の一波長につき、回折格子の式及び拡張Bragg条件を同時に満たすような多層膜を形成する。回折格子1の格子面にはホログラフィック露光用のレーザー干渉系を用いて不等間隔の溝パターンが形成される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、軟X線光に含まれる波長の光を空間的に分散するための回折格子、並びに、該回折格子により分散された光を検出器または感光物質面に結像させうる回折格子分光装置としての多色計(ポリクロメータ)に関する。
【背景技術】
【0002】
反射鏡の反射率を高める手段として多層膜を形成することは半世紀以上前から行われており、この多層膜は回折格子の回折効率を高めるためにも利用されている。
例えば非特許文献1に記述されているような多色計(ポリクロメータ)では、回折格子基板を凹面に形成すると共に、回折格子面上に不等間隔の溝パターンを形成し、回折格子一枚で、所望の測定波長を持つ回折光を直線上に結像させる。また、非特許文献2に記述されている多色計では、同じく回折格子面上に不等間隔の溝パターンを形成するが、回折格子基板を平面に形成し、この平面回折格子と追加の凹面鏡とを用いて所望の測定波長を持つ回折光を同じく直線上に結像させる。
上記従来技術においては、回折格子の最大回折効率を得るためには、入射光及び回折光は、回折格子の回折条件(回折格子の式)と多層膜の干渉条件(拡張Bragg条件)とを同時に満たす必要がある。
【0003】
しかし、一定の波長範囲内でこれらの条件を連続的に満たすためには補助的な光学的、機械的な機構を要し、多層膜を用いる効率上の利点を消し去ることになり実用には供することが出来ない。
【0004】
一方、数keV領域の軟X線域においては従来から用いられている金、白金等の金属単層膜を表面にもつ回折格子の場合に比較して、軟X線多層膜を蒸着した回折格子の回折効率は一桁から三桁程度増大し、通常の大きさの回折格子を用いた場合でも10%以上の回折効率を得ることはそう困難なことではなくなってきている。また、軟X線検出器の技術的進歩の結果、多くの利用分野においては回折格子1枚からなる分光系においては数%以上の回折効率が得られれば十分実用に供することが出来るようになってきている。
【非特許文献1】M. Koike, T. Namioka, E. Gullikson, Y. Haradad, S. Ishikawa, T. Imazono, S. Mrowka, N. Miyata, M. Yanagihara, J. H. Underwood, K. Sano, T. Ogiwara, O. Yoda, S. Nagai, “Varied-line-spacing laminar-type holographic grating for the standard soft X-ray flat-field spectrograph,” Proc. SPIE, 4146, 163-170 (2000).
【非特許文献2】M. Koike and T. Namioka, "Optimization and evaluation of varied line spacing plane grating monochromators for third generation synchrotron light sources, " J. Electron Spectroscopy and Related Phenomena, 80, 303-308 (1996).
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、上記事実に鑑みなされたもので、従来回折格子分光器が実用とならなかった数keVの軟X線領域において装置に入射する軟X線光に含まれる複数の所望の波長の光を分散する回折格子、並びに、回折格子を備え、該回折格子により分散された光を検出器または感光物質面に結像させうる回折格子分光装置を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記課題を解決するために成された本発明は、回折格子面を測定を所望する波長数に分割し、そのそれぞれに区画に所望する波長の内の一波長につき、回折格子の式及び拡張Bragg条件を同時に満たすような多層膜を形成する。このような多層膜蒸着は蒸着時回折格子面上に蒸着しようとする区画以外の区画をマスクで覆い、この操作を区画の数だけ繰り返すことなどして容易に実現できる。
【0007】
本発明において、前記回折格子の溝間隔は不等間隔であるのが好ましい。
本発明の第1の態様は、前記回折格子面が凹面である。これによって結像作用と分光作用とを1枚の回折格子で実現することができる。この態様においても、回折格子の溝間隔を不等間隔にし、前記複数の波長の子午面内の光線のスペクトル像点を平面上に結像させるのが好ましい。この場合において、スペクトル像点の近似縫絡線が前記回折格子からの回折光線方向に対して70度以上90度以下の角度をなすようにするのが更に好ましい。
【0008】
本発明の第2の態様は、前記回折格子の溝間隔を不等間隔にしてものにおいて、回折格子面形状が平面である回折格子と凹面鏡とを組み合わせて複数の波長の子午面内の光線のスペクトル像点が平面上に結像するようにしたものである。第2の態様の回折格子分光装置において、前記凹面鏡は、多層膜回折格子の多層膜の複数の設計波長の何れかと同じ設計波長の多層膜を反射面全面付加したものとすることができる。或いは、前記凹面鏡の反射面を複数の区画に区分し、それぞれの区画において多層膜回折格子の多層膜の複数の設計波長の何れかと同じ設計波長の多層膜を付加することができる。
【発明の効果】
【0009】
本発明に係る回折格子及びそれを用いた分光装置は、機械的な可動部なしに数波長の軟X線光をそれぞれの波長ごとに個別の位置分解能力を持たない検出器を用いて計測できることは無論のこと、一次元以上の位置分解をもつ検出器で同時に計測することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
多層膜回折格子の製作方法には二通りある。第1の方法は、基板上に多層膜を形成し、その後溝パターンをレーザー光を用いてホログラフィック法により形成し、これをマスクとしてエッチングを行い多層膜内に回折格子溝の形成を行う方法である。第2の方法は(1)基板上に溝パターンをレーザー光を用いてホログラフィック法で不等間隔溝パターンの形成を行い,次にこのパターンをマスクとして、イオンビームエッチング法により、ラミナー型などの溝形成を行うかもしくは、(2)機械刻線法により基板上に形成した軟金属内にブレーズド型等の度回折格子溝を形成し、その後いずれかの方法で形成された回折格子面上に多層膜を形成する方式がある。本発明に係る多層膜回折格子を生成する場合必ず第2の方法をとる必要がある。
【0011】
本発明は、非特許文献1及び2に記載された回折格子や多色計に、本発明の特徴である、回折格子面上を複数の区画に区分し、それぞれの区画において入射光波長の一つに対して回折格子の条件及び多層膜の拡張Bragg条件を同時に満足させることによって実現することができる。これによって、補助的な光学的、機械的な機構を要することなく、一方向から回折格子に入射する複数の波長の光に対して最大回折効率を得ることができる。
【0012】
非特許文献2に記載された発明に基づいて本発明を構築する態様では、凹面鏡に金属単層膜蒸着を付加する場合、斜入射角が0.5度以下の全反射を起こす条件で用いるか、凹面鏡にも回折格子の各区画に対応する複数の仕様をもつ多層膜を部分的に蒸着する必要がある。したがって、本発明を実施するための最も適した形態は非特許文献1で述べられた回折格子及び多色計に基づいて構築されたものである。
【実施例】
【0013】
以下、本発明の第1及び第2の実施例を図面を参照して説明する。
第1の実施例では、非特許文献1で述べられた構成をもつ多色計を例にとり定量的な回折格子、及び多色計の設計について述べる(図1参照)。回折格子は基板上に溝パターンをホログラフィック法で不等間隔溝パターンの形成を行い,次にこのパターンを元にラミナー型などの溝形成を行うものとする。
【0014】
本発明の第1の実施例に係る多色計によれば、図1に示されるように、回折格子1は、入口スリット4から入射した光により照明され、回折格子1で回折された光は像面5に分散面内で結像する。
【0015】
第1の実施例に係る多色計で用いられる一例としてのパラメータは以下の通りとする。即ち、基本的なパラメータである回折格子1の有効格子定数(回折格子中心での溝間隔)sを1/2400mm、回折次数mを+1次とする。また測定対象とする軟X線の波長を0.5、0.6、0.7nmとする。さら入射光の方向はα=87°、入口スリット4(または発光点)と回折格子1の中心Oとの距離を237mmとする。また分光されたスペクトルが結像する結像面5は、回折格子中心Oでの接平面と垂直で、結像面5の長さ方向軸線と回折格子中心Oでの接平面との交点と回折格子中心Oとの距離は235mmとする。
【0016】
回折格子面上を、例えば図2に示したように(A)、(B)、(C)の3つの区画に区分しそのそれぞれの区画に測定対象波長の0.6、0.7、0.8nmに対して回折効率が高くなるような多層膜を蒸着する。この例の場合は左右に3区画に分割したが、2区画や4区画以上に分割してもよい。また、分割の仕方も左右方向に限らず、例えば上下方向や斜め方向に分割してもよく、またはそれらの組み合わせでもかまわない。多層膜は、軽元素(または軽化合物)層と重元素(または重化合物)層とからなる層の組を多数回積層して生成される。このような多層膜積層は、積層時に回折格子面上に積層しようとする区画以外の区画をマスクで覆い、この操作を区画の数だけ繰り返すことなどによって実現できる。
【0017】
回折格子1の回折効率を最大にするには
1)回折格子の回折条件(回折格子の式)
【0018】
【数1】

【0019】
2) 多層膜回折格子のBragg条件
【0020】
【数2】

【0021】
を満たす必要がある。式(2)は拡張Bragg条件と呼ばれる場合もある。ここでlは入射光の波長、Dは軟X線多層膜の周期長、a,bは、各々、光の回折格子表面の垂線から計った入射光2の入射角、回折光3の回折角で、左廻りを正の角度とする(図3参照)。本実施例での入射光の方向は上述したようにα=87°とする。またRa, Rbはそれぞれ
【0022】
【数3】

【0023】
であり、且つnを多層膜の平均屈折率 (多層膜に使用される2つの物質の複素屈折率の実部の膜厚に基づく加重平均値)とするとd=n-1である。さらに、mG,mCはそれぞれ回折格子の回折次数、多層膜の干渉次数であるが本実施例ではmG=mC=1であるとする。多層膜の物質対が重物質Moと軽物質SiO2からなり、それぞれの波長に対して式(1),(2)の双方を満たす回折角bの値、多層膜の周期長Dを表1に示す。ここでは周期長に対する重物質層の厚さの比を0.4とした。
【0024】
【表1】

【0025】
表1は、本発明の実施例に係るラミナー型多層膜球面回折格子および多色計の主要パラメータを示す。

さらに、最適溝深さhは、
【0026】
【数4】

【0027】
となり、各波長に対する最適値を表1に示す。
また、最適なDuty比(D.R.)は溝の深さをh、凸部の幅、凹部の幅をそれぞれg1,g2とすると
【0028】
【数5】

【0029】
本実施例の場合、D.R.はほぼ0.4となる。この条件で製作したラミナー型回折格子に30周期の上述の多層膜を付加した多層膜回折格子の回折効率を数値計算により各波長について計算した結果を表1に示す。この計算では溝深さhを2.6nmとした。
【0030】
本実施例においても非特許文献1に記述されているように球面回折格子に非球面波露光法(図4参照)を用い、不等間隔溝を回折格子基板上に形成することにより、測定対象とする三波長を結像面に結像させることができる。
【0031】
図4に示されたホログラフィック露光用のレーザー干渉系によれば、2つの光源点7(C)、8(D)と回折格子1の基板との間に球面鏡6を配置し、発散光で斜めから照射して、干渉させる1光束を非球面波にすることによって、回折格子基板上で不等間隔干渉縞が得られる。
【0032】
具体的には、Namiokaらの論文(T. Namioka and M. Koike, "Aspheric wavefront recording optics for holographic gratings, " Appl. Opt., 34, 2180-2186 (1995).)で述べられているごとく1つのコヒーレント球面波と1つのコヒーレント非球面波の干渉縞を記録することにより不等間隔溝パターンをホログラフィック法により生成することができる。
【0033】
本実施例に最適な露光光学系の配置は図4を参照して、球面回折格子基板の曲率半径R=4810mm, 露光用球面鏡の曲率半径R2=4000mm, ヘリウム/カドミニウムレーザー波長λ0=441.6nm、rC=554.0mm,pD=1073.0mm, qD=251.2mm, γ = -50.054642°, δ = 17.048607°, ηd=-50.50°である。
【0034】
図4に示した露光光学系を用いて回折格子の溝パターンをレーザー光を用いてホログラフィック法で不等間隔溝パターンの形成を行い,次にこのパターンをマスクとして、石黒ら(E. Ishiguro et al., “Fabrication and characterization of reactive ion beam etched SiC gratings,”Rev. Sci. Instr., 63(1), 1439 (1992))が述べているように活性ガス(トリフロロメタン)と不活性ガス(アルゴン)を混合したエッチャン等を用いるイオンビームエッチング法により、ラミナー型の溝形成を行う。さらに、この表面にモリブデンと炭素の多層膜をイオンビームスパッタリング法、マグネトロンスパッタリング法により、図2に示した回折格子面上の三区画ごとに異なる膜周期を持つ多層膜を形成する。
【0035】
図5は、図4の露光光学系を使用して形成された回折格子を使用する図1の多色計光学系を仮定し、光線追跡法に基づいて計算した光線分布図(上)と結像面上分散方向の光線数のヒストグラム(下)とを示す。この図から分解能(=λ/Δλ)は、0.6,0.7,0.8nm毎にそれぞれ、514、957、401である。これを波長純度(Δλ)に直すと0.001〜0.002nmとなり実用上十分な波長分解を持っていることが推測できる。
【0036】
図6は、本発明の第2の実施例を示す。第2の実施例では、以上述べた回折格子一枚からなる多色計の代わりに、結像作用と分光作用を分離し、設計上の自由度を増すため、非特許文献2に記述されているように平面回折格子1’と凹面鏡9とを用いる。本実施例では、平面回折格子1’と凹面鏡9共に(A)、(B)、(C)の3つの区画に区分しそのそれぞれの区画に測定対象波長に対して回折効率が高くなるような多層膜を蒸着する。なお、凹面鏡9は、回折格子1’の多層膜の複数の設計波長の何れかと同じ設計波長の多層膜を反射面全面付加するようにしてもよい。
【0037】
以上が本発明の実施例であるが、本発明は上記例にのみ限定されるものではなく、請求の範囲により画定される本発明の範囲内で任意好適に変更可能である。
【図面の簡単な説明】
【0038】
【図1】本発明の第1の実施例に係る多色計を示す図である。
【図2】本発明の第1の実施例に係るラミナー型多層膜球面回折格子の多層膜の位置構成を示す図である。
【図3】本発明の第1の実施例に係るラミナー型多層膜球面回折格子の断面構造を示す図である。
【図4】本発明の第1の実施例に係るラミナー型多層膜球面回折格子の格子溝パターンを形成するためのホログラフィック露光光学系を示す図である。
【図5】本発明の第1の実施例に係る多色計について光線追跡法により作成し光線分布図(上)と結像面上分散方向の光線数のヒストグラム(下)を示す図である。
【図6】本発明の第2の実施例に係る、多層膜平面回折格子と多層膜凹面鏡を用いた多色計を示す図である。
【符号の説明】
【0039】
1、1’: ラミナー型多層膜球面回折格子
2: 入射光線
3: 回折光線
4: 入口スリット
5: 検出器面(結像面)
6: 露光用球面鏡
7: レーザー光源点C
8: レーザー光原点D
9: 凹面鏡

【特許請求の範囲】
【請求項1】
多層膜回折格子において、一方向から入射する複数の波長の光に対して最大回折効率が得られる様に、回折格子面上を複数の区画に区分し、それぞれの区画において入射光波長の一つに対して回折格子の条件及び多層膜の拡張Bragg条件を同時に満足するようにした、多層膜回折格子。
【請求項2】
請求項1に記載の多層膜型回折格子において、前記回折格子の溝間隔を不等間隔とした、回折格子。
【請求項3】
請求項1に記載の多層膜型回折格子において、前記回折格子面が凹面である、回折格子。
【請求項4】
請求項1に記載の多層膜型回折格子において、前記回折格子の溝間隔を不等間隔且つ回折格子面形状が凹面である、回折格子。
【請求項5】
請求項4に記載の多層膜型回折格子を用いた回折格子分光装置において、前記複数の波長の子午面内の光線のスペクトル像点が平面上に結像する、回折格子分光装置。
【請求項6】
請求項5に記載の回折格子分光装置において、スペクトル像点の近似縫絡線が前記回折格子からの回折光線方向に対して70度以上90度以下の角度をなす、回折格子分光装置。
【請求項7】
請求項2に記載の多層膜型回折格子を用いた回折格子分光装置において、凹面鏡を更に備え、前記回折格子は回折格子面形状が平面であり、前記回折格子と前記凹面鏡とを組み合わせて複数の波長の子午面内の光線のスペクトル像点が平面上に結像するようにした、回折格子分光装置。
【請求項8】
請求項7に記載の回折格子分光装置において、前記凹面鏡は、多層膜回折格子の多層膜の複数の設計波長の何れかと同じ設計波長の多層膜を反射面全面付加したものである、回折格子分光装置。
【請求項9】
請求項7に記載の回折格子分光装置において、前記凹面鏡の反射面を複数の区画に区分し、それぞれの区画において多層膜回折格子の多層膜の複数の設計波長の何れかと同じ設計波長の多層膜を付加した、回折格子分光装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2009−300303(P2009−300303A)
【公開日】平成21年12月24日(2009.12.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−156557(P2008−156557)
【出願日】平成20年6月16日(2008.6.16)
【出願人】(505374783)独立行政法人 日本原子力研究開発機構 (727)
【Fターム(参考)】