説明

密着性に優れた溶射皮膜を形成する溶射方法

【課題】溶射前に基材表面を特定の処理手段を組み合わせた粗面化と清浄化により、基材と得られる溶射皮膜とが過酷な条件下であっても密着可能な密着性を有する溶射方法を提供する。
【解決手段】金属基材表面をブラスト処理し、次いで該金属基材表面に法線方向から外力を作用させた状態で減圧アーククリーニング処理を行った後、溶射処理をする金属基材表面に密着性に優れた溶射皮膜を形成する溶射方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、金属基材上に溶射皮膜を形成する溶射方法に関し、特に、基材と溶射皮膜との密着性を改良した溶射方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
溶射皮膜と基材との密着性を良くする方法として、溶射施工については、その前処理として、従来、ブラスト処理が行われてきた。その理由は基材の錆び、塗膜など異物や汚染物を除去すると共に、基材表面に凹凸をつけて皮膜と基材との接触面積を広くし、かつ皮膜に嵌め合いによる「アンカー効果」を持たせるためである。ブラスト処理には研削材として、アルミナ、炭化珪素などが用いられるが、それらの研削材を圧縮空気により高速で射出するため、その処理には粉塵と騒音が発生し、環境と作業者に負担が大きく、改善が要求されている。
また、この方法は安価で容易であるが、ブラスト材またはその破片が表面に突き刺さり皮膜形成後にも基材/皮膜界面に残留するためある程度までの密着性しか得られない。
例えば、大気中プラズマ溶射法で軟鋼上にSUS304ステンレス鋼を成膜した場合、その実用化されているものの密着強度は高々50N/mm(またはMpa)程度である。50N/mmと言えば、プラスチックの引張強さであり、このため溶射関連の技術者の間には「溶射皮膜は剥離しやすい」という固定観念がある。
【0003】
そこで、複層金属材の製造方法で、ブラスト処理の後、ワイヤーブラシでの研磨処理を施し、次いで溶射して付着する方法が提案されている(例えば、特許文献1参照)。
また、溶射材料を溶射する方法で、被溶射材料を陰極として真空アーク放電を生起させて表面処理を行う前処理法が知られている(例えば、特許文献2参照)。
しかし、従来の前処理法を施した後の溶射による成膜方法では、溶射皮膜の密着強度は低く充分ではなく、各種機器の性能向上での要望に答えることができなかった。
これに対して、特許文献3では、金属基材表面をブラスト処理し、次いで表面酸化処理を施し、次いで真空アーククリーニング処理を行った後、溶射処理して、基材と得られる溶射皮膜の密着強度を向上さる溶射方法が記載されている。
しかし、より過酷な条件下で使用される機器などにおいては、さらなる基材と溶射皮膜との密着強度の向上が求められている。
【特許文献1】特許第3425496号公報
【特許文献2】特開平5−98412号公報
【特許文献3】特開2005−350748号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明は、溶射前に基材表面を特定の処理手段を組み合わせた粗面化と清浄化により、基材と得られる溶射皮膜とが過酷な条件下であっても密着可能な密着性を有する溶射方法を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明者らは上記課題に鑑み鋭意研究した結果、溶射前処理としてブラスト処理後に特定の減圧アーククリーニング処理を施すことにより皮膜の高密着強度を実現し得ることを見出した。そこでこの知見に基づいて本発明を完成するに至った。
すなわち本発明は、
(1)金属基材表面をブラスト処理し、次いで該金属基材表面に法線方向から外力を作用させた状態で減圧アーククリーニング処理を行った後、溶射処理をする金属基材表面に密着性に優れた溶射皮膜を形成する溶射方法、
(2)前記外力が重力であり、前記金属基材表面を下向きにして減圧アーククリーニング処理を行うことを特徴とする(1)項記載の溶射方法、
(3)前記溶射皮膜が金属、合金、セラミック、およびサーメットからなる群から選ばれる1つの材料からなることを特徴とする(1)または(2)項記載の溶射方法、
(4)前記溶射皮膜がステンレススチールからなることを特徴とする(1)〜(3)のいずれか1項に記載の溶射方法、
(5)金属基材表面をブラスト処理し、次いで該金属基材表面に法線方向から外力を作用させた状態で減圧アーククリーニング処理を行った後、金属を溶射し金属皮膜を形成し、続いて該金属基材表面に法線方向から外力を作用させた状態で減圧アーククリーニング処理を行い、セラミック溶射をする金属基材表面に密着性に優れた溶射皮膜を形成する溶射方法、
(6)前記溶射処理が減圧溶射処理である場合、溶射中にも減圧アーククリーニング処理を行うことを特徴とする(1)〜(5)のいずれか1項に記載の溶射方法、および、
(7)前記(1)〜(6)のいずれか1項に記載の溶射方法で得られる複層金属材料、
を提供するものである。
本発明において、減圧アーククリーニング(VAC)とは、10〜5000Paの圧力の領域で行われるアーククリーニングであり、真空アーククリーニングを含む概念である。
【発明の効果】
【0006】
本発明によれば、ブラスト材が界面に残留することがなく、また、界面の凹凸が深く細いため、基材と溶射皮膜との密着強度が極めて強い溶射皮膜を形成することができる。そして、その密着強度は従来方法により得られた皮膜に比べ、大きく上回ることができた。
そして、本発明により得られた溶射皮膜のある金属材料は、航空機用エシジン、発電用ガスタービンエンジン、自動車用エンジンなどに多用され、より過酷な条件にも対応することが可能となり、密着強度の向上は、機器の高性能化、長寿命、省資源、省エネルギーに直接資することができる。
また、本発明の方法は、環境負荷と作業者に負担の大きいブラスト処理時間を短縮することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0007】
本発明の密着度の優れた溶射皮膜を形成する溶射方法の好ましい実施の態様について、詳細に説明する。
本発明の溶射皮膜材料は、金属、合金、セラミック、サーメットなどこれまで利用されているどのようなものでもよく、例えば、鋼系材料、モリブデン、チタン等があり、ステンレススチール、モリブデン等が特に好ましい。
また、本発明において、表面に溶射皮膜が形成される金属基材としては、鋼材、ステンレス、アルミニウム、合金などを用いることができ、鋼材、ステンレスが好ましい。
【0008】
ブラスト処理は溶射施工の前処理として不可欠であるが、アルミナ等酸化物などをブラスト材として用いるために、ブラスト面が汚染される。これが密着力低下の一つの原因である。さらに、長時間ブラスト処理を施しても、基材が摩耗するだけで、表面粗さは高くならない。
ブラスト処理には、ブラスト材の粒度・エア圧力、ブラスト距離など多くの条件があるが、本発明で用いることのできブラスト処理はどのようなものでも良く特に限定するものではないが、本発明では例えば、#20〜100のアルミナをブラスト材とし、エア圧0.5MPa〜0.7MPaで行うのが好ましい。
さらに後述するように減圧アーククリーニング処理を行うので、ブラスト処理は従来ほど長時間行う必要はない。
【0009】
ブラスト処理により金属基材表面には凹凸が形成され、基材に存在した大部分の酸化膜は除去されているが、ブラスト材またはその破片などの不純物が残るので、溶射皮膜の高密着のために減圧アーククリーニング処理を行う。
この減圧アーククリーニング処理時に金属基材表面に酸化膜が形成されていても良い。
【0010】
次いで、ブラスト処理された金属基材に、減圧アーククリーニング処理を施す。減圧アーククリーニング処理では、チャンバー内圧力、電圧、電流、クリーニング時間など諸条件があるが、本発明ではこれらの条件を適宜設定して行うことができる。それらの条件は、例えば、チャンバー内圧力100Pa、電流20〜90A、クリーニング時間は1〜10秒が好ましい。
【0011】
図1に好ましい減圧アーククリーニング処理装置の一例の概略構成を示す。その主な構成は、真空容器1、容器内に設けられた水冷式銅電極(陽極)2、周囲を絶縁体5で覆った支持具4、支持具に支持され陰極となる被処理対象である金属基材3、DC電源6、RF(高周波)イグナイタ7、タイマースイッチ8、のぞき窓9、弁10を備えたガス吸入口11、フィルタ12を備えたガス排気口13、圧力ゲージ14からなる。
【0012】
図1に示す装置を用い、例えば、金属基材3を支持具4にセットし、ガス吸入口11から矢印方向にアルゴンガスを注入したのち、ガス排気口13から真空ポンプ等によりガスを矢印方向に排出することを何回か繰り返し、容器1内部を約100Paに減圧し、RF(高周波)イグナイタ7を用いて、アークを点弧することで、減圧アーククリーニング処理を行うことができる。
【0013】
本発明において、上記減圧アーククリーニングは、金属基材の金属基材表面に法線方向から外力を作用させた状態で行われる。
図1に示す態様では、金属基材3の表面は下向きにセットされているので、金属基材3の表面には、表面に法線方向から重力が作用している状態となっている。
本発明において、この金属基材の表面に法線方向から作用する外力としては、上記の重力に限定されるものではなく、例えば、遠心力などを挙げることができる。また、金属基材表面に作用(負荷)される外力の大きさは、10m/s(1G)以上が好ましく、30〜300m/s(3G〜30G)がさらに好ましい。
【0014】
溶射処理は、一般的に多く用いられているいかなる溶射法でもよい。大気圧プラズマ溶射法の例で説明すると、電流600〜850A、電圧35V、アルゴン圧力0.35MPa(50psi)、ヘリウム圧力0.35〜0.69MPa(50〜100psi)が適当である。
こうして密着性に優れた溶射皮膜を形成する。
【0015】
本発明は、複数層の溶射皮膜を形成することもできる。この場合、1層目の皮膜を形成した後、再度金属基材表面から法線方向に力を作用させながら減圧アーククリーニング処理を行い表面の酸化物を除去し、続いて外層の溶射皮膜を形成する。このように皮膜形成の間に減圧アーククリーニング処理を施すことによって各層間の密着強度を強力にすることができる。外層にセラミック皮膜を形成する場合にも好ましい方法である。
【0016】
本発明では、溶射処理の前工程としてブラスト処理、減圧アーククリーニング(VAC)処理をこの順序で行うことが重要である。
ブラスト処理後、VAC処理を行ったものは、ブラスト処理又はVAC処理のみのものより表断面の凹凸が大きく且つ細かい。これは、ブラスト処理後VAC処理を行うと、ブラスト処理によってできた凸部に電界が集中し陰極点が生じ、高電流密度によって、溶融、蒸発が起き、凹凸がさらに大きくなると考えられる。
【0017】
ブラスト処理後VAC処理をおこなった金属基材表面の顕微鏡写真から次のように考えられる。
(1)酸化物、ブラスト処理による残留ブラスト材などがほぼ完全に取り除かれ、清浄な表面が得られる。
(2)表面が薄く溶融し、新しい表面が露出するため、表面が活性化している。
(3)酸化物除去時の強いアークによって薄く溶融した基材の一部が上方に持ち上げられるため、粗さの山と山の間隔もブラストだけよりも小さい。このとき持ち上げられた瞬間にアークは他の部分に移るために、溶融部分が落下しながら凝固する。このため、凹凸部にキノコ型の山が形成される。キノコ型の傘の下に溶射皮膜が入り込むので、強いアンカー効果が発揮される。
このような機構によって、基材−皮膜界面は清浄であり、基材と皮膜は拡散を伴って結合し密着強度が著しく高い溶射皮膜が形成されるものと考えられる。
【0018】
さらに上記のVAC処理を、被処理金属基材表面を下向きとした下向きVACで行った場合と、被処理金属基材表面を上向きとした上向きVACで行った場合とで比較すると、形成された突起物が下向きVACの方が縦長い太いキノコ状の突起として形成することができる。これは、重力による影響と考えられ、法線方向に作用する外力によって表面形状をさらに粗面化することができる。この表面のさらなる粗面化により、溶射皮膜と基材とのより強固な密着が可能となる。
【0019】
先に記載した通り、皮膜の密着力の向上は皮膜として最も基本的な要件であり、皮膜を用いるすべての機器の性能を向上させることが可能である。その中でも、密着力の向上や酸化物の除去によって初めて可能となる具体例について詳述する。
(1)自動車用エンジンの軽量化、コンパクト化
周知のように自動車の燃費の向上は、自動車メーカーにとって重要な課題であり、燃費の向上のためには車重の低減が大きな要件である。車の部品の中で最も重いエンジンを軽くすることによって、エンジンを固定する各種の部品、メンバーも軽量化でき、波及効果が期待できる。
このためシリンダーブロックを軽量なアルミニウム合金で作製し、これに溶射法で硬質な金属を成膜して、シリンダーを作ることが各社で開発されている。この方法にはシリンダー間の寸法を縮小できると言うメリットもあり、エンジンを横置きして、前輪を駆動するレイアウトの車には一石二鳥と言える方策である。
しかし、実用化を妨げている最大の問題点は皮膜の密着力の低さの故に、各自動車メーカーとも10万キロメートル(km)、20万キロメートル(km)走行後にも、シリンダーを形成する皮膜が剥離しないという確信が持てないのが現状である。
本発明の溶射方法を用いれば、皮膜の密着力を高め、軽量・コンパクトなシリンダーの製造に有力な手法となり得ることが期待できる。
【0020】
(2)航空機用・発電用ガスタービンエンジンの高効率化
ガスタービンエンジンは高出力化と高効率化のために、タービン入り口温度はますます高くなっており、高温・高速の燃焼ガスにさらされるタービン翼には断熱皮膜(TBC)が不可欠である。現在用いられているTBCは、ボンドコートとして用いられるCoNiCrAlYと断熱の役割があるZrO−Y(PSZ)の2層からなる。しかし、特に運転が過酷な発電用ガスタービンでは、断熱皮膜の寿命は約半年と言われており、断熱皮膜の長寿命化が高効率の鍵となっている。
TBCに関しては多くの研究結果があり、皮膜の剥離の原因はボンドコートであるCoNiCrAlYの表面に発生する酸化物であることが明らかとなっている。周知のように酸化や腐食現象では、酸化物、腐食生成物が一種の触媒になって、さらに酸化、腐食が進行する。
そこでTBCの皮膜形成に当たって、本発明を適用すれば、
1.基材とCoNiCrAlYの密着強度を格段に高めることができる。
2.溶射成膜されたCoNiCrAlYの表面からほぼ完全に酸化物を除去できる。
3.CoNiCrAlYとPSZの密着力を格段に高めることができる。
などの理由から、TBCの耐剥離寿命を大幅に伸ばすことが可能と考えられる。このため航空機エンジンにこの技術が採用されれば、メインテナンスの間隔を延ばすことができ、
経済的な効果は計り知れない。
【0021】
(3)皮膜中に酸化物を含まない減圧プラズマ溶射の開発
金属皮膜を減圧プラズマ溶射装置で成膜した場合でも、たとえば走査型電子顕微鏡(SEM)で皮膜断面を観察すると、少量の酸化物が存在することは、よく経験することである。この少量の酸化物が、時として機械的性質を低下させ、耐食性を劣化させる原因となっているが、現在実用化されている溶射法では、皮膜中に全く酸化物を含まないで成膜することはできていない。したがって、溶射皮膜から酸化物を完全に除去できる技術が開発されれば、画期的といえる。
本発明において、減圧プラズマ溶射法を用いて溶射中に減圧アーククリーニング処理を連続して行えば、減圧アーククリーニング処理によるアークは酸化物に選択的に作用するので、ほとんど酸化物を含まない溶射皮膜を形成することが可能と考えられる。
【実施例】
【0022】
実施例1
先ず、鉄鋼基材(SS400)を試料とし、その端面を#20のアルミナ粒子を使用し手動でブラスト処理を行った。ブラスト空気圧0.7MPa、ノズル径8mm、基材−ノズル間距離は約100mmである。
【0023】
上記試料を図1に示した真空容器内の支持具4に設置し、金属基材試料を陰極とし、真空容器1内を100Pa以下に排気し、Arガス雰囲気とした。容器内の排気後、試料と電極間に直流電圧を印加し、直流アーク放電を生起させた。電極間距離は20mmとし、電流は20Aとし、アーク時間は10秒未満の任意の時間として減圧アーククリーニング処理を行った。
【0024】
減圧アーククリーニング処理した試料にプラズマ溶射により円筒型試料端面に溶射皮膜を形成した。溶射材料はSUS316ステンレススチールを使用し、溶射皮膜の厚さは200μmを目標とした。
溶射条件は、アーク電流:800A、溶射距離:100mm、溶射角度:90°、主ガス:Ar(0.35MPa)、補助ガス:He(0.69MPa)、吐出量:30g/分とした。
【0025】
比較例1
実施例1と同様に金属基材にブラスト処理した後、図2に示されるように、図1に示す構成から陰極と陽極とを取り換え、直流電源方向を逆向きとし、被処理金属基材表面を上向きとして減圧アーククリーニングを行った以外は、実施例1と同様に、減圧アーククリーニング処理、次いで、溶射処理を行い、金属基材表面に溶射皮膜を形成した。
なお、図2中における符号の意味は、図1における符号と同じ意味である。
【0026】
試験例1
実施例1および比較例1における減圧アーククリーニング(VAC)処理前及び一定時間VAC処理後の試料の表面を含む断面を光学顕微鏡により観察した。観察された顕微鏡写真を図3に示す。
図3中、左側のa〜fが比較例1の上向きVAC処理後の、右側のg〜lが実施例1の下向きVAC処理後の試料断面を示す。また、aおよびgはVAC処理時間が0、すなわち、ブラスト処理のみ行われた試料の断面を示す。また、bおよびhは処理時間1秒、cおよびiは処理時間3秒、dおよびjは処理時間5秒、eおよびkは処理時間7秒、fおよびlは処理時間9秒の断面を示す。なお、図3−a〜lの倍率はすべて同一で、aおよびgの下方に示される区分線は、50μmの長さを示す。
図3に示されるように、上向きVAC処理を行った比較例1(図3−a〜f)、下向きVAC処理を行った実施例1(図3−g〜l)ともいたるところにキノコ状突起の形成が見られるが、形成された突起物を比較すると、下向きVAC処理を行った実施例1の方が縦長に太いものとなった。このように、重力による影響が見てとれるため、外力によって表面形状を更に粗面化させることが期待できる。
【0027】
試験例2
実施例1および比較例1におけるVAC処理前及び一定時間VAC処理後の試料を、レーザー顕微鏡を用いて、表面粗さの算術平均高さRおよび、輪郭曲線要素の平均の長さRsmを測定した。
ここで、算術平均高さRとは粗さ曲線から、その平均線の方向に基準長さlだけ抜き取り、この抜き取り部分の平均線mをx軸(y=0)とし、そこから測定曲線までの偏差の絶対値を合計し、平均した値である。すなわち、図4の説明図に示すように粗さ曲線f(x)上の基準長さに対し、x軸と粗さ曲線で囲まれた面積を合計し、粗さの形状に関係なく平均した値である。以下に導出式を示す
【0028】
【数1】

【0029】
(式中、lは基準長さ(m)を示す。)
また、輪郭曲線要素の平均長さRsmは、図5の説明図で表されるような粗さ曲線からその平均線の方向に基準長さLだけを抜き取り、この抜き取り部分において一つの山およびそれに隣り合う一つの谷に対応する平均線の長さの和(凹凸の間隔)を求め、この多数の凹凸の間隔の算術平均値を表したものをいう。ここで粗さ曲線の平均値をm(x軸)とする。一口に山及び谷と言っても、ターゲット表面上においては様々な高さの山、様々な深さの谷が存在するが、その中で最も高いものを最大高さRzとし、Rzの10%以上の山及び谷をカウントし、それ以下のものはRsmの算出には用いなかった。以下に導出式を示す。
【0030】
【数2】

【0031】
(式中、Smiは凹凸の間隔(m)、nは基準長さ内での凹凸の間隔の個数を示す)
結果を、図6〜8に示す。図6〜8中、■は実施例1、◆は比較例1を示す。また、ブラスト処理のみの場合の値を点線で示した。
【0032】
図6は、VAC処理時間(アーク時間(s))に対する算術平均高さR(μm)の変化を示すグラフである。同じ処理時間で、Rは上向き、下向き共にブラストのみの場合より大きく、更に下向きVACを行った実施例1の方が、上向きVACを行った比較例1よりRの値が最大約2倍大きいことが示されている。
図7は、VAC処理時間(アーク時間(s))に対する輪郭曲線要素の平均の長さRsm(μm)の変化を示すグラフである。同じ処理時間では、Rsmは上向き、下向き共にブラストのみの場合より小さく、実施例1と比較例1の間で水平凹凸間隔Rsmに大きな差は無い。
図8は、VAC処理時間(アーク時間(s))に対するR/Rsm比の変化を示すグラフである。同じ処理時間で、R/Rsm比は上向き、下向き共にブラストのみの場合より大きく、下向きVACを行った実施例1の方が、上向きVACを行った比較例1よりR/Rsmの値が大きいことが示されている。
このように、下向きVAC処理の方が、上向きVAC処理やブラストのみに比べ、金属基材表面の大幅な粗面化が可能である。
【0033】
試験例3
次に、実施例1および比較例1でアーク処理時間の異なる溶射皮膜の形成された試料をJIS H 8666の溶射皮膜試験方法に準じて皮膜の密着強度を測定した。
本試験では、A試験片は、実施例1および比較例2で皮膜を形成したものである。A試験片は直径25mm、長さ40mmの円柱状で反対側の端面には引張り試験機のジグに固定するために、M16のネジが切ってある。
同寸法のB試験片にはブラストだけを施し、A試験片、B試験片を強力な接着剤で試験ロッド(相手材)に接着した。この測定ではエポキシ樹脂系の接着剤(商品名:アラルダイトAT−1、チバガイギー株式会社製)を使用し、150℃、40分加熱して接着した。この接着剤の強度は約85N/mmである。その後、A、B両試験片の他端にチャッキング用の棒材をねじ止めして、引張り試験機に取り付け、引張試験を行って皮膜の密着強度を測定した。
【0034】
図9にVAC処理時間(アーク時間(s))に対する皮膜−金属基材間の密着力(MPa=N/mm)の変化を示す。図9中、■は実施例1、◆は比較例1を示す。また、ブラスト処理のみの場合の値を点線で示した。
図9に示されるように、上向きVAC処理した比較例1より下向きVAC処理した実施例1の方が密着力は最高約20MPa大きな値を示した。
【0035】
実施例2
図1に示す装置において、陰極および陽極の部材を、図10の概略構成図に示す回転VAC部材に変更し、容器内圧力を200Paとして、金属基材表面に遠心力を作用させて、減圧アーククリーニング処理した以外は、実施例1と同様に、金属基材表面に溶射皮膜を形成した。
図10中、金属基材(陰極)21と銅電極(陽極)22は、モータ23により磁気シールド軸24を回転軸として回転する。また、25は絶縁体、26は導体である。導体26と陰極21は通電可能に形成されている。これら符号21〜26で示される部材により駆動部が形成されている。一方電極支持(絶縁)材27には、マイナス電極28とプラス電極29が固定され、マイナス電極28は回転する導体26に、プラス電極29は回転する陽極22にそれぞれ接触している。また、電極間距離30は20mmとした。VACは、回転数200rpmおよび600rpmで、アーク時間3秒(200rpm)および5秒(200rpmおよび600rpm)で行った。
得られた皮膜の密着力を試験例3と同様に測定した。結果を表1に示す。なお、表1には、比較の意味で、前処理としてブラスト単独を行った参考例、ブラストおよび逆さVACを行った実施例1、およびブラストおよび上向VACを行った比較例1の密着強度を合わせて示した。
【0036】
比較例2
金属基材表面にブラスト処理は行わず、ローレット加工により微細なピラミッド状突起を規則的に形成させ、これに実施例1(逆さVAC)、実施例2(回転VAC)および比較例1(上向きVAC)と同様にVAC処理、並びに、溶射処理を施すことにより、金属基材表面に溶射皮膜を形成した。この溶射皮膜の密着力を試験例3と同様に測定した。結果を表1にあわせて示す。
【0037】
【表1】

【0038】
表1に示すように、前処理がブラスト処理だけの参考例では32N/mmであったが、これに「上向きVAC」処理を施した比較例1では密着強度は65N/mmと倍増した。さらに試験片(陰極)を上部、陽極を下部に設置した「逆さVAC」処理した実施例1では、80〜95N/mmと言う極めて高い密着強度を達成できた。この場合、試験片には1Gの重力が負荷されていることになる。JIS H 8666に基づく密着強度測定では、皮膜付き試験片と試験ロッド(相手材)を熱硬化型の強力な接着剤で接着して引っ張り試験を行う。ブラスト+逆さVACの場合、同試験では接着剤が破断した例もあったので、実際の密着強度はさらに高いものと考えられる。
また、実施例2では、密着強度として54〜65MPa(ブラスト単独の参考例に対する相対比で1.7〜2.0倍)の高い値が得られた。実施例2における回転VACでは、上述のように、200Paの圧力下で200rpmと600rpmの回転数で行った。このときに試験表面に作用する遠心力はそれぞれ3Gと28Gである。このような高G下での密着強度はブラスト+通常(上向き)VACと同程度であった。
また、比較例2のローレット状加工+各種のVACでは密着強度は22〜32MPaとなった。密着強度が高いものとはならなかった理由としては、ローレット状加工でできるピラミッド状凸部の対頂角が90度であったためにピラミッドの熱容量が増加し、従来のVAC処理では表面が溶融せず、したがって凸部の先端形状がきのこ型にならなかったためではないかと考えられる。
【図面の簡単な説明】
【0039】
【図1】本発明を実施する減圧アーククリーニング装置の一例の概略構成図である。
【図2】比較例1で用いられた減圧アーククリーニング装置の概略構成図である。
【図3】実施例1および比較例1におけるアーク処理された試料の表面を含む断面の光学顕微鏡写真である。
【図4】算術平均高さRの説明図である。
【図5】輪郭曲線要素の平均長さRsmの説明図である。
【図6】実施例1および比較例1のVAC処理時間に対する算術平均高さRaの変化を示すグラフである。
【図7】実施例1および比較例1のVAC処理時間に対する輪郭曲線要素の平均の長さRsmの変化を示すグラフである。
【図8】実施例1および比較例1のVAC処理時間に対するR/Rsm比の変化を示すグラフである。
【図9】実施例1および比較例1のVAC処理時間に対する皮膜密着力の変化を示すグラフである。
【図10】実施例2で用いた回転VAC装置の概略構成図である。
【符号の説明】
【0040】
1 真空容器
2 銅電極(陽極)
3 金属基材(陰極)
4 支持具
5 絶縁体
6 DC電源
7 RFイグナイタ(高周波イグナイタ)
8 タイマースイッチ
9 のぞき窓
10 弁
11 ガス吸入口
12 フィルタ
13 ガス排気口
14 圧力ゲージ
21 金属基材(陰極)
22 銅電極(陽極)
23 モータ
24 磁気シールド軸
25 絶縁体
26 導体
27 電極支持(絶縁)材
28 マイナス電極
29 プラス電極
30 電極間距離

【特許請求の範囲】
【請求項1】
金属基材表面をブラスト処理し、次いで該金属基材表面に法線方向から外力を作用させた状態で減圧アーククリーニング処理を行った後、溶射処理をする金属基材表面に密着性に優れた溶射皮膜を形成する溶射方法。
【請求項2】
前記外力が重力であり、前記金属基材表面を下向きにして減圧アーククリーニング処理を行うことを特徴とする請求項1記載の溶射方法。
【請求項3】
前記溶射皮膜が金属、合金、セラミック、およびサーメットからなる群から選ばれる1つの材料からなることを特徴とする請求項1または2記載の溶射方法。
【請求項4】
前記溶射皮膜がステンレススチールであることを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項に記載の溶射方法。
【請求項5】
金属基材表面をブラスト処理し、次いで該金属基材表面に法線方向から外力を作用させた状態で減圧アーククリーニング処理を行った後、金属を溶射し金属皮膜を形成し、続いて該金属基材表面に法線方向から外力を作用させた状態で減圧アーククリーニング処理を行い、セラミック溶射をする金属基材表面に密着性に優れた溶射皮膜を形成する溶射方法。
【請求項6】
前記溶射処理が減圧溶射処理であり、溶射中にも減圧アーククリーニング処理を行うことを特徴とする請求項1〜5のいずれか1項に記載の溶射方法。
【請求項7】
前記請求項1〜6のいずれか1項に記載の溶射方法で得られる複層金属材料。

【図1】
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【図2】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図3】
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【公開番号】特開2009−68051(P2009−68051A)
【公開日】平成21年4月2日(2009.4.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−235980(P2007−235980)
【出願日】平成19年9月11日(2007.9.11)
【出願人】(599011687)学校法人 中央大学 (110)
【Fターム(参考)】