説明

希土類磁石前駆体の焼結体とこれを形成する磁性粉末の製造方法

【課題】配向度が高く、もって残留磁化の高い希土類磁石に資する焼結体と、この焼結体を形成する磁性粉末の製造方法を提供する。
【解決手段】ナノ結晶組織のNd-Fe-B系の主相である結晶粒g2と、該主相の周りにある粒界相からなる焼結体Sであって、該焼結体Sに異方性を与える熱間塑性加工が施され、さらに保磁力を向上させる合金が拡散されて形成される希土類磁石の前駆体である焼結体において、焼結体Sを構成する結晶粒g2は、容易磁化方向(c軸方向)に直交する方向から見た結晶粒g2の平面形状がc軸方向の辺とこれに直交する方向(a軸方向)の辺からなる長方形もしくはこれに近似した形状となっている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、希土類磁石の前駆体である焼結体と、この焼結体を形成する磁性粉末の製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
ランタノイド等の希土類元素を用いた希土類磁石は永久磁石とも称され、その用途は、ハードディスクやMRIを構成するモータのほか、ハイブリッド車や電気自動車等の駆動用モータなどに用いられている。
【0003】
この希土類磁石の磁石性能の指標として残留磁化(残留磁束密度)と保磁力を挙げることができるが、モータの小型化や高電流密度化による発熱量の増大に対し、使用される希土類磁石にも耐熱性に対する要求は一層高まっており、高温使用下で磁石の保磁力を如何に保持できるかが当該技術分野での重要な研究課題の一つとなっている。車両駆動用モータに多用される希土類磁石の一つであるNd-Fe-B系磁石を取り挙げると、結晶粒の微細化を図ることやNd量の多い組成合金を用いること、保磁力性能の高いDy、Tbといった重希土類元素を添加することなどによってその保磁力を増大させる試みがおこなわれている。
【0004】
希土類磁石としては、組織を構成する結晶粒(主相)のスケールが3〜5μm程度の一般的な焼結磁石のほか、結晶粒を50nm〜300nm程度のナノスケールに微細化したナノ結晶磁石があるが、中でも、上記する結晶粒の微細化を図りながら高価な重希土類元素の添加量を低減すること(フリー化)のできるナノ結晶磁石が現在注目されている。
【0005】
重希土類元素の中でもその使用量の多いDyを取り上げると、Dyの埋蔵地域は中国に偏在していることに加えて、中国によるDyをはじめとするレアメタルの生産量や輸出量が規制されていることから、Dyの資源価格は2011年度に入って急激に上昇している。そのため、Dy量を減らしながら保磁力性能を保証するDyレス磁石や、Dyを一切使用せずに保磁力性能を保証するDyフリー磁石の開発が我が国において国家を挙げた重要な開発課題の一つとなっており、このことがナノ結晶磁石の注目度を高くしている大きな要因の一つである。
【0006】
ナノ結晶磁石の製造方法を概説すると、たとえばNd-Fe-B系の金属溶湯を冷却ロール上に吐出してこれを急冷凝固し、得られた急冷リボン(急冷薄帯)を粉砕して磁性粉末を製造し、この磁性粉末を加圧成形しながら焼結して焼結体を製造する。この焼結体に対し、磁気的異方性を付与するために、熱間塑性加工(熱間塑性加工による加工度(圧縮率)が大きい場合、たとえば圧縮率が10%程度以上の場合を、熱間強加工もしくは単に強加工と称することができ、焼結体を強加工前駆体と称することもできる)を施して成形体を製造する。このように、希土類磁石の製造に際しては、その前駆体としてまず焼結体が製造され、次いで成形体が製造されることになる。なお、この焼結体から熱間塑性加工を施して成形体を製造する方法が特許文献1に開示されている。
【0007】
熱間塑性加工で得られた成形体に対し、保磁力性能の高い重希土類元素やその合金等を種々の方法で付与することでナノ結晶磁石からなる希土類磁石が製造される。
【0008】
焼結体が粗大粒子を具備しない結晶粒からなる場合に、これに熱間塑性加工を施すことにより、結晶粒(典型的にはNd2Fe14B相)は熱間塑性加工によるすべり変形にともなって結晶粒が回動(もしくは回転)し、加工方向(プレス方向)に磁化容易軸(c軸)が配向して高い配向度の成形体が得られ、残留磁化を高めることができるという知見が得られている。ここで、ナノ結晶粒の中でも最大粒径が300nm以上の結晶粒を本明細書では「粗大粒」と定義付けることにするが、この粗大粒が存在すること、もしくはその割合が高くなると結晶粒の回動が抑制され、上記する配向度が低下し易くなることも分かっている。
【0009】
しかしながら、これまで、このように配向度の高い希土類磁石を得る上で、その前駆体である焼結体の結晶粒の形状に着目した技術は存在していない。本発明者等は鋭意研究を重ね、希土類磁石の前駆体である焼結体の結晶粒の形状を規定することによって、配向度が高く、もって残留磁化の高い希土類磁石を特定できることを見出している。
【0010】
また、焼結体形成用の磁性粉末を製造するに当たり、既述するように金属溶湯を急冷凝固して急冷リボンを製作しているが、この急冷リボンの製作の際の急冷速度によっては非晶質の急冷リボン、非晶質と結晶粒(結晶質)の混ざった急冷リボン、結晶粒のみからなる急冷リボンなど、様々な組織の急冷リボンが形成されることが知られている。
【0011】
そして、本発明者等は、この急冷リボンが形成される際の急冷速度によって焼結体形成用の磁性粉末の組織が決定されることも見出している。磁性粉末の組織如何によって焼結体の結晶粒の形状が変化し、これが成形体の配向度の良否に繋がることになる。
【0012】
そこで、本明細書は、配向度の高い希土類磁石をその前駆体である焼結体の結晶粒の形状から規定するとともに、このような焼結体を形成するための磁性粉末の製造方法を提供するものである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0013】
【特許文献1】特開2011−100881号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
本発明は上記する問題に鑑みてなされたものであり、配向度が高く、もって残留磁化の高い希土類磁石に資する焼結体と、この焼結体を形成する磁性粉末の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0015】
前記目的を達成すべく、本発明による希土類磁石前駆体の焼結体は、ナノ結晶組織のNd-Fe-B系の主相である結晶粒と、該主相の周りにある粒界相からなる焼結体であって、該焼結体に異方性を与える熱間塑性加工が施され、さらに保磁力を向上させる合金が拡散されて形成される希土類磁石の前駆体である焼結体において、焼結体を構成する前記結晶粒は、容易磁化方向(c軸方向)に直交する方向から見た結晶粒の平面形状がc軸方向の辺とこれに直交する方向(a軸方向)の辺からなる長方形もしくはこれに近似した形状となっているものである。
【0016】
結晶粒の平面形状が長方形等になる場合に、この立体形状は、結晶粒の表面が低指数(ミラー指数)の面で囲まれる多面体(六面体(直方体)や八面体、さらにはこれらに近似した立体)となっている。たとえば六面体の場合に、(001)面に配向軸が形成され(容易磁化方向(c軸方向)が六面体の上下面)、側面は(110)、(100)もしくはこれらに近い面指数で構成される。
【0017】
ここで、「長方形に近似した形状」とは、長方形のように直交する4つの角度を有していない四角形や、四角形以外の多角形、扁平状の楕円形などを包含する意味である。したがって、焼結体の組織を構成する結晶粒は、平面形状が長方形のもののみからなる形態、長方形のものと長方形に近似した形状(楕円形等)のものが混在した形態、長方形に近似した形状のみからなる形態がある。
【0018】
結晶粒の平面形状が長方形、長方形に近似した形状のいずれであっても、c軸方向が短辺となり、c軸に直交する方向が長辺となる結晶粒を有する希土類磁石前駆体である焼結体は、その形状ゆえに以後の熱間塑性加工の際に結晶粒が回動し易く、その配向度が90%程度かそれ以上(93、94%程度)となることが本発明者等によって特定されている。なお、成形体や希土類磁石を構成する結晶粒の配向度の測定は、VSM(試料振動型磁化測定装置)を使用して測定することができる。
【0019】
また、本発明による希土類磁石前駆体の焼結体の好ましい実施の形態は、前記平面形状において、c軸方向の辺長をt1、a軸方向の辺長をt2とした際に、1.4≦t2/t1≦10の範囲にあるものである。
【0020】
c軸方向の短辺の辺長をt1、a軸方向の長辺の辺長をt2とした際に、そのアスペクト比t2/t1を1.4≦t2/t1≦10の範囲とすることにより、より一層配向度の高い結晶粒を有する焼結体を規定することができる。
【0021】
本発明者等によれば、アスペクト比t2/t1を種々変化させた際の配向度(もしくは残留磁化(Mr)/飽和磁化(Ms))を検証した結果、アスペクト比t2/t1の上昇にともなって配向度が向上する傾向が特定されており、アスペクト比t2/t1が1.4で増加曲線の変曲点を向かえ、アスペクト比t2/t1が3程度で90%強の最大値にサチュレートすることが実証されている。この変曲点を与える1.4をアスペクト比t2/t1の下限値に規定したものである。
【0022】
一方、焼結体の結晶粒の粒径範囲(たとえば焼結体の100μm四方内をTEM観察して内部に存在するすべての結晶粒の粒径の最大値と最小値を特定し、その中で最大となる粒径と最小となる粒径)が、20nm〜200nmの範囲が高い配向度を有する上で好ましいことが本発明者等によって特定されている。
【0023】
a軸方向の辺長t2が最大値である200nm、c軸方向の辺長t1が最小値である20nmの場合に、アスペクト比t2/t1は10となる。この望ましい結晶粒径範囲から規定される10をアスペクト比t2/t1の上限値に規定したものである。
【0024】
また、本発明は希土類磁石前駆体の焼結体を形成する磁性粉末の製造方法にも及ぶものであり、この製造方法は、前記焼結体を形成する磁性粉末の製造方法であって、Nd-Fe-B系の金属溶湯を冷却ロール表面に吐出し、急冷速度が105〜106K/sの範囲で液体急冷して金属溶湯を凝固させて急冷リボンを製造し、これを粉砕して磁性粉末を製造するものである。
【0025】
本発明者等によれば、急冷速度が105〜106K/sの範囲の場合に、急冷リボンの組織が、c軸方向に直交する方向から見た結晶粒の平面形状がc軸方向の辺とこれに直交するa軸方向の辺からなる長方形もしくはこれに近似した形状となっている結晶粒から構成されることが特定されている。
【0026】
ここで、「急冷速度」とは、溶湯が回転速度v(m/s)で回転する冷却ロールに接する直前の範囲を指定し、その範囲内で最大となる温度をT1と規定し、冷却ロールで凝固後L(m)の範囲を指定し、その中で最大の温度をT2としてT1との温度差ΔTを求め、冷却ロールの回転速度を加味して算出される速度のことである。
【0027】
急冷リボンを粉砕して磁性粉末を製造する際の粉砕方法は、ボールミルやビーズミルなどの高回転の粉砕機による方法では急冷粉に著しく歪が導入されて磁気特性が低下することが懸念されるため、乳鉢、カッターミル、ポットミル、ジョークラッシャー、ジェットミルなどの低エネルギーで粉砕できる装置を使用して粉砕するのがよい。
【0028】
また、製造方法の他の実施の形態は、Nd-Fe-B系の金属溶湯を冷却ロール表面に吐出し、急冷速度が105〜106K/sの範囲外で液体急冷して金属溶湯を凝固させ、次いで500〜800℃で熱処理をおこなって急冷リボンを製造し、これを粉砕して磁性粉末を製造するものである。
【0029】
急冷速度が105〜106K/sの範囲外の場合、すなわち、105 K/sよりも遅い速度範囲、もしくは106K/sよりも速い速度範囲においては、急冷リボンの組織が非晶質のみからなる組織、もしくは一部に非晶質を含む組織、もしくは等軸粒(上記するアスペクト比t2/t1が1.4よりも小さくて、いびつな球形に近い形状)を含む組織を呈することが本発明者等によって特定されている。
【0030】
非晶質をその全部もしくは一部に含むような組織の急冷リボンに対しては、さらに500〜800℃で熱処理をおこなうことによってアスペクト比t2/t1を大きくする粒成長、すなわち、a軸方向の成長が顕著な異方成長を生じさせ、c軸方向に直交する方向から見た結晶粒の平面形状がc軸方向の辺とこれに直交するa軸方向の辺からなる長方形もしくはこれに近似した形状の結晶粒からなる組織の急冷リボンとすることができる。
【0031】
上記する磁性粉末を使用して本発明の焼結体が製造され、この焼結体に熱間塑性加工(もしくは強加工)を施すことによって異方性を有する成形体が製造される。
【0032】
製造された成形体に対し、保磁力性能の高い重希土類元素(Dy、Tb、Hoなど)やその合金等(Dy-Cu、Dy-Alなど)を種々の方法で粒界拡散させることにより、磁化と保磁力の双方に優れたナノ結晶磁石からなる希土類磁石が得られる。
【発明の効果】
【0033】
以上の説明から理解できるように、本発明の希土類磁石前駆体の焼結体とこれを形成する磁性粉末の製造方法によれば、焼結体を構成する結晶粒に関し、容易磁化方向(c軸方向)に直交する方向から見た結晶粒の平面形状がc軸方向の辺とこれに直交するa軸方向の辺からなる長方形もしくはこれに近似した形状となっていることにより、その後の熱間塑性加工の際に結晶粒が回動もしくは回転し易く、その配向度が高くなることにより、残留磁化の高い希土類磁石に資する焼結体が得られる。
【図面の簡単な説明】
【0034】
【図1】(a)は急冷リボンの製造方法を説明した図であり、(b)は焼結体の製造方法を説明した図であり、(c)は成形体の製造方法を説明した図である。
【図2】急冷速度に応じた急冷リボンの組織を説明した図であって、(a)は急冷速度が107K/s程度の速度で製造された場合の組織図であり、(b)は106〜107K/sの速度で製造された場合の組織図であり、(c)は105〜106K/sの速度で製造された場合の組織図であり、(d)は105よりも遅い速度で製造された場合の組織図である。
【図3】急冷速度の規定方法を説明した模式図である。
【図4】(a),(b),(c)はいずれも、焼結体を構成する結晶粒の実施の形態を示す図である。
【図5】図4で示す焼結体に熱間塑性加工を施して形成された成形体の組織図である。
【図6】(a)実施例2の成形体前駆体の焼結体のSEM画像図であり、(b)は実施例3の成形体前駆体の焼結体のTEM画像図であり、(c)は比較例の成形体前駆体の焼結体のSEM画像図であり、(d)は(c)を拡大したTEM画像図である。
【図7】焼結体を構成する結晶粒のアスペクト比t2/t1と、それぞれの焼結体から形成される成形体の配向度の関係に関する実験結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0035】
以下、図面を参照して本発明の希土類磁石前駆体の焼結体と、焼結体を形成する磁性粉末の製造方法の実施の形態を説明する。
【0036】
(磁性粉末の製造方法)
図1a、1b、1cはこの順に、急冷リボンの製造、次いでこの急冷リボンを粉砕してなる磁性粉末を用いた焼結体の製造、次いでこの焼結体に熱間塑性加工を施してなる成形体の製造というフロー図になっている。図1aは急冷リボンの製造方法を説明する図であり、図2は急冷速度に応じた急冷リボンの組織を説明した図であって、図2aは急冷速度が107K/s程度の速度で製造された場合の組織図、図2bは106〜107K/sの速度で製造された場合の組織図、図2cは105〜106K/sの速度で製造された場合の組織図、図2dは105よりも遅い速度で製造された場合の組織図をそれぞれ示している。
【0037】
図1aで示すように、たとえば50kPa以下に減圧したArガス雰囲気の不図示の炉中で、単ロールによるメルトスピニング法により、合金インゴットを高周波溶解し、希土類磁石を与える組成の溶湯を銅製の冷却ロールRに噴射して急冷リボンB(急冷薄帯)を製作し、これを粗粉砕する。なお、急冷リボンBのうち、冷却ロールR側の領域(たとえば急冷リボンBの厚みのうちで冷却ロールR側となる半分の厚みの領域)をロール面、その反対側の領域をフリー面と称することができ、双方の領域は冷却ロールRからの距離が異なるために結晶粒の粒成長の速度が相違する。
【0038】
合金溶湯の組成(NdFeB磁石組成)は(Rl)x(Rh)yTzBsMtの組成式で表され、RlはYを含む1種類以上の軽希土類元素、RhはDy、Tbよりなる1種類以上の重希土類元素、TはFe、Ni、Coを少なくとも1種類以上を含む遷移金属、MはGa、Zn、Si、Al、Nb、Zr、Ni、Cu、Cr、Hf、Mo、P、C、Mg、Hg、Ag、Auよりなる1種類以上の金属、13≦x≦20、0≦y≦4、z=100-a-b-d-e-f、4≦s≦20、0≦t≦3であり、主相(RlRh)2T14B)と粒界相(RlRh)T4B4相、 RlRh相の組織構成、もしくは、主相(RlRh)2T14B)と粒界相(RlRh)2T17相、RlRh相の組織構成のものを適用できる。
【0039】
急冷リボンBを粗粉砕する方法は、乳鉢、カッターミル、ポットミル、ジョークラッシャー、ジェットミルなどの低エネルギーで粉砕できる装置を使用して粉砕する。粗粉砕してできた磁性粉末の粒度は、50μm〜1000μm程度の範囲に調整されるのが好ましく、粗大粒を有する磁性粉末を排除するための方策として磁気吸着分離法の適用を挙げることができる。
【0040】
これは、低磁性磁石に磁性粉末を吸着させ、低磁性磁石に吸着される磁性粉末は粗大粒を有しているために保磁力が低いもの、低磁性磁石に吸着されない磁性粉末は粗大粒を有していないために保磁力が高いものとし、たとえば磁気吸着されなかった磁性粉末を集めて焼結体の製造に使用することができる。この際、粒度が1000μmを超えるとこの磁気分離法の適用が困難であり、また、50μmよりも小さいと粉砕時に導入される歪による磁気特性低下が顕著になるといった理由から、好ましい磁性粉末の粒度範囲を50μm〜1000μm程度としている。
【0041】
ここで、急冷速度によって製造される急冷リボンBの組織が多様に異なることを図2を参照して説明する。
【0042】
まず、「急冷速度」を図3を参照して説明する。同図で示すように、高周波ノズルと冷却ロールR、赤外カメラF(たとえばNECアビオ製:TS9230H-A01型)からなるシステムを構成し、高周波ノズルから吐出された溶湯Yが回転速度V(m/s)で回転する冷却ロールRに接する点Q1における凝固前の温度T1(K)、冷却ロールRで凝固されてQ1からL(m)離れた点Q2における温度T2(K)をそれぞれ赤外カメラFで測定し、T2とT1の温度差ΔTを求め、冷却ロールの回転速度V(m/s)を加味してΔTV/L(K/s)なる急冷速度が算出される。
【0043】
図2に戻り、図2aで示す組織図は、急冷速度が107K/s程度の速度で製造された場合の組織図である。同図で示すように、急冷速度が107K/s程度かそれ以上の高速急冷の場合には、結晶粒成長が起きず、非晶質組織を有する急冷リボンとなる。
【0044】
一方、図2bで示す組織図は、急冷速度が106〜107K/sの範囲の速度で製造された場合の組織図である。同図で示すように、この速度範囲で急冷された場合には、ロール面側の領域は非晶質のままであるものの、フリー面側の領域には微細な結晶粒g1が生じ、結晶粒g1と非晶質が混じり合った組織を有する急冷リボンとなる。
【0045】
また、図2cで示す組織図は、急冷速度が105〜106K/sの範囲の速度で製造された場合の組織図である。同図で示すように、この速度範囲で急冷された場合には、組織全体が粗大粒を含まない結晶粒g1を有する急冷リボンとなる。なお、このような急冷速度条件下で形成された急冷リボンから磁性粉末を製造し、この磁性粉末を焼結してなる焼結体を構成する結晶粒の粒径範囲(最大粒径と最小粒径の範囲)は20nm〜200nm程度の範囲となり易いことが本発明者等によって特定されている。そして、強加工前駆体である焼結体を構成する当該粒径範囲の結晶粒は、熱間塑性加工時に回動(もしくは回転)し易く、配向度の高い成形体が得られ易くなる。
【0046】
さらに、図2dで示す組織図は、急冷速度が105よりも遅い速度で製造された場合の組織図である。同図で示すように、この速度範囲で急冷された場合には、フリー面側の結晶粒の粒成長が促進されて最大粒径が300nm以上の粗大粒wが形成される。
【0047】
急冷速度を105〜106K/sの範囲の速度に調整し、図2cで示す結晶組織を有する急冷リボンが得られた場合は、これを50μm〜1000μm程度の粒度範囲に粉砕して焼結体形成用の磁性粉末とする。
【0048】
一方、図2a,bで示すように非晶質を組織の一部に含む急冷リボンが得られた場合は、この急冷リボンを500〜800℃で熱処理をおこなうことにより、結晶粒の粗大化を抑制しながら非晶質を粒成長させることができ、結果として図2cで示すような組織全体が粗大粒を含まない結晶粒を有する急冷リボンとなる。
【0049】
このように、急冷速度が105〜106K/sの範囲で液体急冷して金属溶湯を凝固させて急冷リボンを製造し、これを粉砕する、もしくは、急冷速度が105〜106K/sの範囲外で液体急冷して金属溶湯を凝固させ、次いで500〜800℃で熱処理をおこなって急冷リボンを製造し、これを粉砕することより、希土類磁石前駆体の焼結体を形成する磁性粉末が製造される。
【0050】
(焼結体とその製造方法)
図1bは焼結体の製造方法を説明した図である。製造された磁性粉末pを図1bで示すように超硬ダイスDとこの中空内を摺動する超硬パンチPで画成されたキャビティ内に充填し、超硬パンチPで加圧しながら(X方向)加圧方向に電流を流して通電加熱することにより、ナノ結晶組織のNd-Fe-B系の主相(20nm〜200nm程度の粒径範囲の結晶粒)と、主相の周りにあるNd-X合金(X:金属元素)等の粒界相からなる焼結体Sが製造される。
【0051】
ここで、通電加熱による加熱温度は結晶粒の粗大化が生じない程度の低温域である550〜700℃の範囲で、かつ、粗大化を抑制できる圧力範囲である40〜500MPaの圧力で加圧し、保持時間を60分以内とし、不活性ガス雰囲気下で焼結体の製造をおこなうのがよい。
【0052】
次に、形成された希土類磁石前駆体である焼結体の結晶粒の平面形状を図4a,b,cを参照して説明する。
【0053】
図示する結晶粒はいずれも、容易磁化方向(c軸方向)に直交する方向(紙面に対して直交する方向)から見た結晶粒g2の平面形状を示しており、この平面形状はc軸方向の短辺とこれに直交する方向(a軸方向)の長辺からなる長方形もしくはこれに近似した形状となっている。なお、この長方形には正方形も含むものとする。
【0054】
図4aで示す結晶粒g2の平面形状は長方形であり、容易磁化方向(c軸方向)の短辺とこれに直交するa軸方向の長辺からなる多様な寸法の長方形の結晶粒g2が組織を構成している。
【0055】
ここで、t1、t2は20nm以上で200nm以下の範囲にあり、アスペクト比t2/t1は1.4≦t2/t1≦10の範囲にある。
【0056】
この最大粒径と最小粒径の測定(確認)方法として、焼結体のTEM画像の一定範囲(たとえば100μm四方)において包含される全ての結晶粒g2の最大粒径と最小粒径を測定し、最大粒径の中で最も大きな粒径が200nm以下、最も小さな粒径が20nm以上であることを確認するといった方法が挙げられる。
【0057】
a軸方向の辺長t2が最大値である200nm、c軸方向の辺長t1が最小値である20nmの場合に、アスペクト比t2/t1は10となり、この望ましい結晶粒径範囲から規定される10が上記するアスペクト比t2/t1の上限値である。なお、下限値の規定根拠の説明は後述の実験結果を説明する段落箇所でおこなう。
【0058】
一方、図4bで示す結晶粒g2の平面形状は楕円形であり、その長軸がa軸方向の長辺、短軸がc軸方向の短辺となり、本明細書においてこの楕円形は「長方形に近似した形状」である。図4aと同様に、t1、t2は20nm以上で200nm以下の範囲にあり、アスペクト比t2/t1は1.4≦t2/t1≦10の範囲にある。
【0059】
さらに、図4cで示す結晶粒g2の平面形状は、平行四辺形、六角形、細長のトラック形などとなっており、これらも楕円形と同様に「長方形に近似した形状」である。また、図4a,bと同様に、t1、t2は20nm以上で200nm以下の範囲にあり、アスペクト比t2/t1は1.4≦t2/t1≦10の範囲にある。
【0060】
結晶粒g2の平面形状が図4a,b,cで示すように長方形やこれに近似した形状の場合に、この立体形状は、結晶粒の表面が低指数(ミラー指数)の面で囲まれる多面体(六面体(直方体)や八面体、さらにはこれらに近似した立体)となっている。たとえば六面体の場合に、(001)面に配向軸が形成され(容易磁化方向(c軸方向)が六面体の上下面)、側面は(110)、(100)もしくはこれらに近い面指数で構成される。
【0061】
(成形体とその製造方法)
図1cは成形体の製造方法を説明した図である。製造された焼結体Sをその長手方向(図1bでは水平方向が長手方向)の端面に超硬パンチPを当接させ、超硬パンチPで加圧しながら(X方向)熱間塑性加工(強加工)を施すことにより、磁気的異方性を有するナノ結晶粒からなる結晶組織の成形体Cが製造される。
【0062】
この熱間塑性加工においては、塑性変形が可能でかつ結晶粒の粗大化が生じ難い低温域である600〜800℃程度で、さらに、粗大化を抑制できる短時間の歪速度0.01〜30/s程度で塑性加工をおこなうのがよく、成形体の酸化防止のために不活性ガス雰囲気下でおこなわれるのが望ましい。
【0063】
次に、形成された希土類磁石前駆体である成形体Cの組織構造を図5を参照して説明する。なお、図示する成形体Cは図4aで示す平面形状が長方形の結晶粒g2を有する焼結体に熱間塑性加工を施して製造された成形体である。
【0064】
焼結体を構成する結晶粒g2が、容易磁化方向(c軸方向)の短辺(長さt1)とこれに直交するa軸方向の長辺(長さt2)からなる長方形(組織の一部に長方形に近似する形状のものが含まれていてもよい)の平面形状を有し、20nm〜200nm程度の粒径範囲の結晶粒であり、さらに、アスペクト比t2/t1が1.4≦t2/t1≦10の範囲にある結晶組織を有していることで、図4aで示すように等方性の結晶粒g2が強加工時に容易に回動し、図5で示すように結晶粒g3が高い配向度で並んだ、異方性を有する成形体となる。
【0065】
90%程度かそれ以上の高い配向度の結晶粒g3からなる成形体に対し、DyやTb等の重希土類元素を単体で、もしくはこれと遷移金属等の合金などを成形体を構成する粒界相内に拡散浸透させることにより、磁化と保磁力の双方に優れた希土類磁石が製造される。
【0066】
「焼結体の結晶粒の平面形状の長辺および短辺のアスペクト比と、焼結体を熱間塑性加工してなる成形体の配向度の関係を求めた実験とその結果」
本発明者等は、以下の方法で実施例1〜3の成形体と比較例の成形体を製作し、各成形体の前駆体である焼結体のTEM画像から結晶方位を解析してc軸方向の短辺長さの平均値を短辺t1とし、c軸方向に直交するa軸方向の長辺長さの平均値を長辺t2として双方のアスペクト比を測定し、さらに、それぞれの成形体の配向度をVSM(試料振動型磁化測定装置)を使用して測定した。以下、実施例1〜3と比較例の製作方法を説明するとともに、各焼結体のアスペクト比と成形体の配向度に関する実験結果を表1と図7に示す。また、実施例2、3と比較例のSEM画像図、TEM画像を図6に示す。
【0067】
(実施例1)
片側冷却により、粗大粒を含有しないNd13.64Pr0.19Fe75.66Co4.47B5.47Ga0.57(mass%)組成の急冷粉を作製し、粉砕した後、磁気分離によって非晶質と結晶質に分離した。次に、非晶質の磁性粉末のみを集め、温度650℃、30分間熱処理を実施した後に、400MPa印加し、620℃、5分間保持して焼結体を製作した。TEMにて焼結体の組織観察を実施した後に、温度780℃、歪速度:8/sで熱間塑性加工を実施して実施例1の成形体を製作した。
【0068】
(実施例2)
片側冷却により、粗大粒を含有しないNd13.64Pr0.19Fe75.66Co4.47B5.47Ga0.57(mass%)組成の急冷粉を作製し、粉砕した後、磁気分離によって非晶質と結晶質に分離した。次に、結晶質の磁性粉末のみを集め、400MPa印加し、620℃、5分間保持して焼結体を製作した。TEMにて焼結体の組織観察を実施した後に、温度780℃、歪速度:8/sで熱間塑性加工を実施して実施例2の成形体を製作した。
【0069】
(実施例3)
片側冷却により、粗大粒を含有しないNd16Fe77.4B5.4Ga0.5Al0.5Cu0.2(at%)組成の急冷粉を作製し、粉砕した後、磁気分離によって非晶質と結晶質に分離した。次に、非晶質の磁性粉末のみを集め、温度575℃、30分間熱処理を実施した後に、300MPa印加し、570℃、5分間保持して焼結体を製作した。TEMにて焼結体の組織観察を実施した後に、温度650℃、歪速度0.02/sで熱間塑性加工を実施して実施例3の成形体を製作した。
【0070】
(比較例)
片側冷却により、粗大粒を含有しないNd16Fe77.4B5.4Ga0.5Al0.5Cu0.2(at%)組成の急冷粉を作製し、粉砕した後、磁気分離によって非晶質と結晶質に分離した。次に、非晶質の磁性粉末のみを集め、300MPa印加し、570℃、5分間保持して焼結体を製作した。TEMにて焼結体の組織観察を実施した後に、温度650℃、歪速度0.1/sで熱間塑性加工を実施して比較例の成形体を製作した。
【0071】
図6aは実施例2の成形体前駆体の焼結体のSEM画像図、図6bは実施例3の成形体前駆体の焼結体のTEM画像図、図6cは比較例の成形体前駆体の焼結体のSEM画像図、図6dは図6cを拡大したTEM画像図である。
【0072】
図6a,bより、実施例2、3の焼結体の結晶粒の平面形状は長方形もしくはこれに近似した形状となっていることが確認でき、結晶粒の短辺は30〜40nm(20nm以上)、長辺は150nm程度かそれ以下(200nm以下)となっていることが確認できる。
【0073】
それに対し、図6c、dより、比較例の焼結体の結晶粒の平面形状は円形に近似した形状(等軸粒)となっていることが確認できる。
【0074】
【表1】

【0075】
図7は、実施例1〜3と比較例の4つの計測値と、これら計測値を通る近似曲線を示している。
【0076】
表1および図7より、実施例1のアスペクト比1.4が曲線の変曲点となっており、これよりも小さな範囲で配向度が急激に低下し(比較例は実施例1の20%程度減、実施例2,3の30%程度減)、これ以上の範囲では配向度が90%程度にサチュレートしていることが確認できる。
【0077】
この実験結果より、上記するアスペクト比t2/t1の好ましい範囲である1.4≦t2/t1≦10の下限値を規定している。
【0078】
この実験結果より、焼結体を構成する結晶粒が、c軸方向の短辺(長さt1)とこれに直交するa軸方向の長辺(長さt2)からなる長方形もしくはこれに近似した平面形状を有し、20nm〜200nm程度の粒径範囲の結晶粒であり、さらに、アスペクト比t2/t1が1.4≦t2/t1≦10の範囲にある結晶組織を有していることで、この焼結体を強加工した際に結晶粒が容易に回動し、高い配向度の成形体、したがって、高い残留磁化を有する希土類磁石前駆体である成形体を製造することができる。
【0079】
以上、本発明の実施の形態を図面を用いて詳述してきたが、具体的な構成はこの実施形態に限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲における設計変更等があっても、それらは本発明に含まれるものである。
【符号の説明】
【0080】
R…冷却ロール、B…急冷リボン(急冷薄帯)、D…超硬ダイス、P…超硬パンチ、S…焼結体、C…成形体、p…磁性粉末、g1…急冷リボンの結晶粒、g2…焼結体の結晶粒、g3…成形体の結晶粒、w…粗大粒

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ナノ結晶組織のNd-Fe-B系の主相である結晶粒と、該主相の周りにある粒界相からなる焼結体であって、該焼結体に異方性を与える熱間塑性加工が施され、さらに保磁力を向上させる合金が拡散されて形成される希土類磁石の前駆体である焼結体において、
焼結体を構成する前記結晶粒は、容易磁化方向(c軸方向)に直交する方向から見た結晶粒の平面形状がc軸方向の辺とこれに直交する方向(a軸方向)の辺からなる長方形もしくはこれに近似した形状となっている希土類磁石前駆体の焼結体。
【請求項2】
前記平面形状において、c軸方向の辺長をt1、a軸方向の辺長をt2とした際に、1.4≦t2/t1≦10の範囲にある請求項1に記載の希土類磁石前駆体の焼結体。
希土類磁石。
【請求項3】
前記t1、t2が20nm以上200nm以下の範囲にある請求項2に記載の希土類磁石前駆体の焼結体。
【請求項4】
請求項1に記載の希土類磁石前駆体の焼結体を形成する磁性粉末の製造方法であって、
Nd-Fe-B系の金属溶湯を冷却ロール表面に吐出し、急冷速度が105〜106K/sの範囲で液体急冷して金属溶湯を凝固させて急冷リボンを製造し、これを粉砕して磁性粉末を製造する、希土類磁石前駆体の焼結体を形成する磁性粉末の製造方法。
【請求項5】
請求項1に記載の希土類磁石前駆体の焼結体を形成する磁性粉末の製造方法であって、
Nd-Fe-B系の金属溶湯を冷却ロール表面に吐出し、急冷速度が105〜106K/sの範囲外で液体急冷して金属溶湯を凝固させ、次いで500〜800℃で熱処理をおこなって急冷リボンを製造し、これを粉砕して磁性粉末を製造する、希土類磁石前駆体の焼結体を形成する磁性粉末の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2013−84802(P2013−84802A)
【公開日】平成25年5月9日(2013.5.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−224071(P2011−224071)
【出願日】平成23年10月11日(2011.10.11)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【Fターム(参考)】