説明

希土類磁石

【課題】 十分に優れた耐食性を有する希土類磁石を提供すること。
【解決手段】 本発明の希土類磁石は、磁石素体と、この磁石素体の表面上に保護膜として機能する酸化皮膜とを備えている。この磁石素体は、希土類元素、Feを含む遷移元素、及び、Bを含有するものである。また、酸化皮膜は、少なくとも磁石素体と同様の希土類元素を含有している。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、希土類磁石に関し、より詳しくは、表面に酸化皮膜を備える希土類磁石に関する。
【背景技術】
【0002】
高性能の永久磁石としては、希土類磁石が知られている。希土類磁石は、従来の空調機、冷蔵庫等の家庭用電化製品のみならず、産業機械、ロボット、燃料電池車、ハイブリッドカー等の駆動用モータへの応用が検討されており、これらの小型化、省エネルギー化を実現し得るものとして期待されている。このような希土類磁石のなかでも、R−Fe−B(Rは希土類元素)系の磁石は、25MGOeを超えるような高いエネルギー積を示す高性能磁石であることから注目を集めている。
【0003】
しかし、このような希土類磁石は、磁石の主成分として希土類元素及び鉄を含有していることから極めて酸化されやすかった。このため、これらの磁石は耐食性が低い傾向にあり、長期使用による経時的な磁気特性の低下を避けることが困難であった。
【0004】
そこで、このようなR−Fe−B系の希土類磁石を用いる場合には、その耐食性を向上させることを目的として、磁石素体の表面上に保護膜を形成することが行われている。具体的には、磁石素体の表面を酸化して酸化皮膜を形成する方法が知られている(例えば、特許文献1参照)。
【特許文献1】特公昭62−54868号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、上記従来技術のように酸化皮膜を形成した希土類磁石は、未だ十分な耐食性を有するものとは言い難かった。具体的には、上記従来の希土類磁石は、高湿条件下で放置された場合に、表面からその構成材料の一部が粉体として脱落する現象(粉落ち)が生じ、希土類磁石の重量減少が見られる場合があった。
【0006】
そこで、本発明はこのような事情に鑑みてなされたものであり、十分に優れた耐食性を有する希土類磁石を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記目的を達成するために、本発明の希土類磁石は、磁石素体と、この磁石素体の表面上に形成された酸化皮膜とを備え、磁石素体は、希土類元素、Feを含む遷移元素、及び、Bを含み、酸化皮膜は、少なくとも希土類元素を含有するものであることを特徴とする。
【0008】
本願発明の希土類磁石は、保護膜として、磁石素体と同様の希土類元素を含む酸化皮膜を有するものである。このような酸化皮膜は、磁石素体と同様の希土類元素を含有しているため、極めて応力が発生し難く、クラック等の発生が少ないものとなる。また、この酸化皮膜は、磁石素体と同様の希土類元素を含んでいることから、磁石素体に対する密着性が良好である。このため、この酸化皮膜は、磁石素体からの剥離も少ないものとなる。したがって、このような酸化皮膜を備える希土類磁石は、酸化皮膜のクラックや剥離等に起因する粉落ちが極めて少ないものとなる。
【0009】
また、上記酸化皮膜は、1μm以下の厚みを有しているとより好ましい。本発明者らの検討によると、上述した粉落ちや変色等は、保護膜である酸化皮膜の厚さが厚すぎる場合にも生じやすいことが判明した。すなわち、十分な耐食性を得ようとして厚い酸化皮膜を形成すると当該酸化皮膜に応力が発生し易くなり、これによりクラック等が生じ易くなって、これが粉落ちの原因となる場合もあった。また、このようにクラックが生じると、磁石素体が外気に触れて劣化する場合があり、これが磁束劣化の一因となっている場合もあった。これに対し、本発明においては、酸化皮膜を1μm以下と薄くしていることから、このようなクラック等も生じ難くなり、粉落ちが一層低減される。
【0010】
上記本発明の希土類磁石において、酸化皮膜は、希土類元素としてNdを含むものであるとより好ましい。このような酸化皮膜は、希土類元素を含む磁石素体に対する密着性に優れており、このため、粉落ちの発生を更に低減することが可能となる。
【0011】
また、酸化皮膜は、20nm以上の厚さを有していることが好ましい。酸化皮膜の厚さが薄すぎると、磁石素体を保護する効果が不十分となる傾向にあり、その結果、磁石素体の劣化が生じるおそれがある。かかる不都合を確実に回避するためには、酸化皮膜を上述した厚さ以上とするのが好適である。
【0012】
ここで、酸化皮膜中に含まれる希土類元素は、磁石素体に含まれる希土類元素に由来するものであるとより好ましい。つまり、酸化皮膜は、磁石素体の表面を酸化して得られたものであり、この酸化皮膜中に、磁石素体中の希土類元素が含まれていると更に好ましい。このようにして得られた酸化皮膜は、微視的には多数の凹凸を有する磁石素体の表面形状に沿った形状を有するものとなる。その結果、希土類磁石は、酸化皮膜と磁石素体との密着性が更に良好なものとなり、粉落ち等が更に生じ難いものとなる。
【0013】
また、磁石素体は、希土類元素として少なくともNdを含有しており、且つ、酸化皮膜は、希土類元素としてNdを含有していると更に好ましい。こうすれば、磁石素体と酸化皮膜の両方がNdを含むこととなり、クラック、剥離等の発生が更に抑制される。その結果、希土類磁石は、粉落ちが一層少ないものとなる。
【0014】
さらに、酸化皮膜は、Feを更に含むことがより好ましい。これにより、酸化皮膜は、磁石素体と同種の元素を2種類含むこととなる。その結果、希土類磁石においては、酸化皮膜と磁石素体との密着性が更に向上し、粉落ち等が一層生じ難くなる。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、磁石素体の表面上に酸化皮膜からなる保護膜を備えており、十分に優れた耐食性を有する希土類磁石を提供することが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
以下、本発明の好適な実施の形態について、図面を参照して詳細に説明する。なお、全図を通じて、同一の要素には同一の符号を付し、重複する説明は省略する。
【0017】
図1は、実施形態の希土類磁石を模式的に示す斜視図であり、図2は図1の希土類磁石をII−II線により切断した断面構造を模式的に示す図である。図1及び2に示されるように、本実施形態の希土類磁石1は、磁石素体3と、その磁石素体3を覆うように形成された酸化皮膜5とから構成されるものである。
【0018】
(磁石素体)
磁石素体3は、希土類元素、遷移元素及びB(ホウ素)を主として含む永久磁石であり、R−T−B系として表記される磁石材料である。
【0019】
磁石素体3に含まれる希土類元素とは、長周期型周期表の第3族に属するスカンジウム(Sc)、イットリウム(Y)及びランタノイド元素のことをいう。なお、ランタノイド元素には、例えば、ランタン(La)、セリウム(Ce)、プラセオジウム(Pr)、ネオジム(Nd)、サマリウム(Sm)、ユーロピウム(Eu)、ガドリニウム(Gd)、テルビニウム(Tb)、ジスプロシウム(Dy)、ホルミウム(Ho)、エルビウム(Er)、ツリウム(Tm)、イッテルビウム(Yb)、ルテチウム(Lu)等が含まれる。
【0020】
磁石素体3の構成材料としては、上記希土類元素と、希土類元素以外の遷移元素とを組み合わせて含有させたものが好ましい。この場合、希土類元素としては、Nd、Sm、Dy、Pr、Ho及びTbからなる群より選ばれる少なくとも一種の元素が好ましく、これらの元素にLa、Ce、Gd、Er、Eu、Tm、Yb及びYからなる群より選ばれる少なくとも一種の元素を更に含有したものであるとより好適である。
【0021】
また、希土類元素以外の遷移元素は、少なくとも鉄(Fe)を含み、コバルト(Co)、チタン(Ti)、バナジウム(V)、クロム(Cr)、マンガン(Mn)、ニッケル(Ni)、銅(Cu)、ジルコニウム(Zr)、ニオブ(Nb)、モリブデン(Mo)、ハフニウム(Hf)、タンタル(Ta)、タングステン(W)からなる群より選ばれる少なくとも一種の元素を更に含んでいてもよい。遷移元素としては、Fe及びCoを含むことがより好ましい。
【0022】
このように、磁石素体3の構成材料は、R−Fe−B系のものであると好ましい。この材料において、Rとしては、Ndを主成分として含む希土類元素が好ましい。このようなR−Fe−B系の磁石材料は、実質的に正方晶系の結晶構造の主相を有しており、また、この主相の粒界部分に希土類元素の配合割合が高い希土類リッチ相、及びホウ素原子の配合割合が高いホウ素リッチ相を有している。これらの希土類リッチ相及びホウ素リッチ相は磁性を有していない非磁性相であり、このような非磁性相は通常、磁石構成材料中に0.5〜50体積%含有されている。また、主相の粒径は、通常1〜100μm程度である。
【0023】
この磁石材料においては、Rの含有量が8〜40原子%であると好ましい。Rの含有量が8原子%未満である場合、主相の結晶構造がα鉄とほぼ同じ結晶構造となり、保持力(iHc)が小さくなる傾向にある。一方、40原子%を超えると希土類リッチ相が過剰に形成されてしまい、残留磁束密度(Br)が小さくなる傾向にある。
【0024】
また、Feの含有量は42〜90原子%であると好ましい。Feの含有量が42原子%未満であると残留磁束密度が小さくなり、また、90原子%を超えると保持力が小さくなる傾向にある。さらに、Bの含有量は2〜28原子%であると好ましい。Bの含有量が2原子%未満であると菱面体構造が形成されやすく、これにより保持力が小さくなる傾向にあり、また28原子%を超えると、ホウ素リッチ相が過剰に形成されて、残留磁束密度が小さくなる傾向にある。
【0025】
磁石素体3においては、R−Fe−B系におけるFeの一部がCoで置換されていてもよい。このようにFeの一部をCoで置換すると、磁気特性を低下させることなく温度特性を向上させることができる。この場合、Coの置換量は、Feの含有量よりも大きくならない程度とすることが望ましい。Co含有量がFe含有量を超えると、磁石素体3の磁気特性が小さくなる傾向にある。
【0026】
また上記構成材料におけるBの一部は、炭素(C)、リン(P)、硫黄(S)又は銅(Cu)等の元素により置換されていてもよい。このようにBの一部を置換することによって、磁石素体3の製造が容易となるほか、製造コストの低減も図れるようになる。このとき、これらの元素の置換量は、磁気特性に実質的に影響しない量とすることが望ましく、構成原子総量に対して4原子%以下とすることが好ましい。
【0027】
さらに、保持力の向上や製造コストの低減等を図る観点から、磁石素体3は、上記元素に加え、アルミニウム(Al)、チタン(Ti)、バナジウム(V)、クロム(Cr)、マンガン(Mn)、ビスマス(Bi)、ニオブ(Nb)、タンタル(Ta)、モリブデン(Mo)、タングステン(W)、アンチモン(Sb)、ゲルマニウム(Ge)、スズ(Sn)、ジルコニウム(Zr)、ニッケル(Ni)、ケイ素(Si)、ガリウム(Ga)、銅(Cu)、ハフニウム(Hf)等の元素を含有していてもよい。
【0028】
この場合、これらの元素の添加量は、磁気特性に影響を及ぼさない範囲とすることが好ましく、構成原子総量に対して10原子%以下とすることが好ましい。また、その他、不可避的に混入する成分としては、酸素(O)、窒素(N)、炭素(C)、カルシウム(Ca)等が考えられ、これらは構成原子総量に対して3原子%程度以下の量で含有されていても構わない。
【0029】
このような構成を有する磁石素体3は、粉末冶金法によって製造することができる。この方法においては、まず鋳造法やストリップキャスト法等の公知の合金製造プロセスにより所望の組成を有する合金を作製する。次に、この合金をジョークラッシャー、ブラウンミル、スタンプミル等の粗粉砕機を用いて10〜100μmの粒径となるように粉砕した後、更にジェットミル、アトライター等の微粉砕機により0.5〜5μmの粒径となるように粉砕する。こうして得られた粉末を、好ましくは600kA/m以上の磁場強度を有する磁場のなかで、0.5〜5t/cmの圧力で成形する。
【0030】
その後、得られた成形体を、好ましくは不活性ガス雰囲気又は真空中、1000〜1200℃で0.5〜10時間焼結させた後に急冷する。さらに、この焼結体に、不活性ガス雰囲気又は真空中、500〜900℃で1〜5時間の熱処理を施し、必要に応じて焼結体を所望の形状に加工して、磁石素体3を得る。
【0031】
なお、後述する酸化皮膜5の磁石素体3に対する密着性を良好にする観点からは、酸化皮膜5を形成する前に磁石素体3の表面に所定の処理を施しておくことが望ましい。所定の処理としては、例えば、酸溶液による洗浄(酸洗浄)が挙げられる。すなわち、酸化皮膜を形成する前段において磁石素体3の表面に対して酸洗浄が施されることが好ましい。これにより清浄な表面を有する磁石素体3が得られ、磁石素体3と酸化皮膜5との密着性が向上する。
【0032】
酸洗浄で使用する酸としては、硝酸を用いることが好ましい。一般の鋼材にメッキ処理を施す場合、塩酸、硫酸等の非酸化性の酸が用いられることが多い。しかし、本実施形態での磁石素体3のように、磁石素体3が希土類元素を含む場合には、これらの酸を用いて処理を行うと、酸により発生する水素が磁石素体3の表面に吸蔵され、吸蔵部位が脆化して多量の粉状未溶解物が発生する。この粉状未溶解物は、表面処理後の面粗れ、欠陥および密着不良を引き起こすため、上述した非酸化性の酸を酸洗浄処理液に含有させないことが好ましい。したがって、水素の発生が少ない酸化性の酸である硝酸を用いることが好ましい。
【0033】
このような酸洗浄による磁石素体3の表面の溶解量は、表面から平均厚みで5μm以上、好ましくは10〜15μmとするのが好適である。磁石素体3の表面の加工による変質層や酸化層を完全に除去することで、後述する熱処理により、所望の酸化膜をより精度よく形成することができる。
【0034】
酸洗浄に用いられる処理液の硝酸濃度は、好ましくは1規定以下、特に好ましくは0.5規定以下である。硝酸濃度が高すぎると、磁石素体3の溶解速度が極めて速く、溶解量の制御が困難となり、特にバレル処理のような大量処理ではバラツキが大きくなり、製品の寸法精度の維持が困難となる傾向がある。また、硝酸濃度が低すぎると、溶解量が不足する傾向がある。このため、硝酸濃度は1規定以下とすることが好ましく、特に0.5〜0.05規定とすることが好ましい。また、処理終了時のFeの溶解量は、1〜10g/l程度とする。
【0035】
酸洗浄を行った磁石素体3の表面から少量の未溶解物、残留酸成分を完全に除去するため、超音波を使用した洗浄を実施することが好ましい。この超音波洗浄は、磁石素体3の表面に錆を発生させる塩素イオンが極めて少ない純水中で行うのが好ましい。また、上記超音波洗浄の前後、及び酸洗浄の各過程で必要に応じて同様な水洗を行ってもよい。
【0036】
(酸化皮膜)
酸化皮膜5は、磁石素体3の表面上に、その略全面を覆うように形成された薄膜状の皮膜であり、磁石素体3を保護する保護層として機能するものである。酸化皮膜5は、少なくとも磁石素体3に含まれるのと同じ希土類元素、好ましくはNdを含有している。酸化皮膜中における希土類元素の形態としては、酸化物の形態が挙げられ、例えばNdの場合、Ndが例示できる。
【0037】
また、酸化皮膜5は、上述した希土類元素のほかに、磁石素体3に含まれるのと同じ遷移元素を含有していると好ましい。この遷移元素は、特にFeであるとより好ましい。この遷移元素も同様に、酸化物の形態で存在することができ、例えば、Feの場合、Fe等が挙げられる。
【0038】
なお、酸化皮膜5は、Nd、Feに限られず、その他の希土類元素や遷移元素を含有していてもよい。これらの元素は、いずれも磁石素体3に含まれているものであると好ましく、例えば、上述のように、磁石素体3におけるFeがCoで置換されている場合、Coを更に含んでいてもよい。
【0039】
これらの酸化皮膜5の構成元素は、例えば、EPMA(X線マイクロアナライザー法)、XPS(X線光電子分光法)、AES(オージェ電子分光法)又はEDS(エネルギー分散型蛍光X線分光法)等の公知の組成分析法を用いて測定することができる。
【0040】
酸化皮膜5は、その厚さが1μm以下であると好ましく、20nm〜1μmであるとより好ましく、50nm〜0.5μmであるとより好ましく、50nm〜0.3μmであると更に好ましい。酸化皮膜5の厚さが1μmを超えると、希土類磁石1を高湿条件に晒した場合に、酸化皮膜5にクラック等が生じて粉落ちが見られたり、このクラックから空気等が進入して磁石素体が劣化したりするおそれがある。一方、20nm未満であると、酸化皮膜5による磁石素体3の保護効果が十分に得られず、磁石素体3の劣化が生じやすくなる傾向にある。
【0041】
ここで、酸化皮膜5の厚さとは、希土類磁石1全面に形成された酸化皮膜5の平均の厚さであり、例えば、所定の断面において、複数点で測定した酸化皮膜5の厚さを平均した値として近似することができる。このような酸化皮膜5の厚さは、例えば、所定の切断面を走査型電子顕微鏡で観察することによって測定することができる。
【0042】
このような酸化皮膜5は、好適な場合、磁石素体3の表面に所定の酸化処理を施すことにより形成する。これによって、酸化皮膜5は、磁石素体3に含まれている元素の酸化物から主として構成されるものとなる。すなわち、酸化皮膜5中の希土類元素は、磁石素体3中の希土類元素に由来するものとなり、酸化皮膜5中のFeは、磁石素体3中のFeに由来するものとなる。
【0043】
酸化処理としては、例えば、酸化性ガスを含む酸化性雰囲気中で、磁石素体3を熱処理する方法が挙げられる。酸化性雰囲気は、酸化性ガスを含有する雰囲気であり、具体的には、大気、酸素雰囲気(好ましくは酸素分圧調整雰囲気)、水蒸気雰囲気(好ましくは水蒸気分圧調整雰囲気)等の酸化が促進される雰囲気である。酸化性ガスとしては、例えば、酸素、水蒸気等が挙げられる。
【0044】
なかでも、酸化性雰囲気としては、水蒸気雰囲気が好ましい。水蒸気雰囲気としては、水蒸気と不活性ガスとを含む雰囲気が挙げられる。この場合、水蒸気分圧は10hPa以上であることが好ましく、不活性ガスとしては窒素が好ましい。酸化性雰囲気を水蒸気雰囲気とすると、より簡易に酸化皮膜5を形成できる傾向にあることから好ましい。
【0045】
そして、酸化皮膜5の形成においては、この酸化皮膜5の厚さが上述した好適な範囲内となるように、処理時間、処理温度及び酸化性ガス分圧を適宜調整する。まず、処理温度は、150〜500℃の範囲から調整することが好ましく、200〜450℃の範囲から調整することがより好ましい。この処理温度が500℃を超えると、酸化皮膜5が厚くなりすぎる傾向にあるほか、磁石素体3の磁気特性が劣化する傾向にある。一方、150℃未満であると、酸化皮膜5が十分な厚さとなり難い傾向にある。
【0046】
また、処理時間は、1分〜24時間の範囲から調整することが好ましく、5分〜10時間の範囲から調整することがより好ましい。処理時間が24時間を超えると、酸化皮膜5が厚くなりすぎるほか、磁石素体3の磁気特性が劣化する傾向にある。一方、1分未満であると、所望の酸化皮膜を形成するのが困難となる傾向にある。
【0047】
さらに、酸化性ガス分圧は、例えば、酸化性ガスが水蒸気である場合、水蒸気分圧は、10〜2000hPaの範囲から調整することが好ましい。
【0048】
上述した範囲内の厚さを有する酸化皮膜5を形成する方法としては、例えば、以下のような方法が挙げられる。すなわち、まず、上述した3つの条件をそれぞれ変化させながら、酸化皮膜5の厚さと各条件との相関を求める。そして、得られた相関に基づいて、所望の厚さの酸化皮膜5が得られるように、上記3つのパラメータのうちの少なくとも一つを調整する。このとき、これら3つの条件は、上述した好適な範囲内から選択されることが好ましい。
【0049】
このように構成された希土類磁石1によれば、以下に示す作用・効果が得られるようになる。すなわち、まず、保護膜である酸化皮膜5は、磁石素体3の表面に1μm以下の厚さで形成されている。このような厚さの酸化皮膜5は、従来の保護層に比して極めて薄くて柔軟である。したがって、例えば、希土類磁石1を高湿条件においたとしても、この酸化皮膜5には応力等が発生し難く、クラック等が生じることも極めて少ない。その結果、希土類磁石1においては、酸化皮膜5のクラック等に起因する、粉落ちや磁石素体3の劣化が極めて生じ難い。
【0050】
また、希土類磁石1における酸化皮膜5は、好適な場合、磁石素体3の表面を酸化して形成されたものである。この場合、酸化皮膜5は、磁石素体3の表面上に塗布等により形成された従来の保護層に比して、磁石素体3の表面形状に沿って良好に形成されることとなる。よって、本実施形態の酸化皮膜5は、磁石素体3との密着性が良好なものとなる。その結果、希土類磁石1においては、酸化皮膜5の剥離等が大幅に低減され、これによっても粉落ち等が極めて生じ難くなる。
【0051】
このように、希土類磁石1は、その表面に上述した特性を有する酸化皮膜5を備えていることから、高湿条件に晒された場合であっても粉落ち等が生じ難く、また、磁石素体3自体の劣化も少ないなど、極めて耐食性に優れるものとなる。
【0052】
なお、本発明の希土類磁石は、必ずしも上述した形態に限られず、本発明の趣旨を逸脱しない範囲で適宜変更が可能である。
【0053】
例えば、上述した実施形態においては、酸化皮膜の形成方法として、酸化性雰囲気下での熱処理を例示したが、これに限られず、例えば、磁石素体3の表面にレーザーや電子線等を照射することにより酸化皮膜を形成してもよい。この場合、レーザー等の出力は、酸化皮膜の厚さが本発明の範囲内となるように適宜調整することが望ましい。
【0054】
また、磁石素体表面上には、上述した酸化皮膜に限られず、樹脂や酸化皮膜等の他の保護膜が更に形成されていてもよい。ただし、上述した効果を十分に得るためには、本発明における酸化皮膜が、磁石素体に対して最も内側の層に形成されていることが好ましい。
【実施例】
【0055】
以下、本発明を実施例により更に詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
[実施例1〜9、比較例1〜2]
【0056】
(希土類磁石の製造)
粉末冶金法により、組成が14.7Nd−77.6Fe−1.6Co−6.1B(数字は原子百分率を表す)である鋳塊を作製し、これを粗粉砕した。その後、不活性ガスによるジェットミル粉砕を行って、平均粒径約3.5μmの微粉末を得た。得られた微粉末を金型内に充填し、磁場中で成形した。次いで、真空中で焼結後、熱処理を施して焼結体を得た。得られた焼結体を20mm×10mm×2mmの寸法に切り出し加工し、さらにバレル研磨を施し、磁石素体を得た。
【0057】
次に、得られた磁石素体を2%HNO水溶液中に2分間浸漬した後、超音波水洗を施した。続いて、この酸洗浄(酸処理)を施した磁石素体に対し、酸素濃度7%の雰囲気下、表1に示す温度及び時間の条件に従って熱処理をそれぞれ施し、磁石素体の表面上に酸化皮膜を形成して、実施例1〜9及び比較例1〜2の希土類磁石を得た。
【0058】
(酸化皮膜の厚さの測定)
実施例1〜9及び比較例1〜2の希土類磁石を、集束イオンビーム加工装置を用いて切断面を形成し、走査型電子顕微鏡によりこの切断面を観察した。そして、得られた走査型電子顕微鏡写真より、各希土類磁石における酸化皮膜の厚さを測定した。得られた結果をまとめて表1に示す。
【0059】
(高温高湿処理による重量減少の測定)
まず、実施例1〜9及び比較例1〜2の希土類磁石の製造後すぐの重量をそれぞれ測定した。次に、各希土類磁石に対し、プレッシャー・クッカー・テストを行った。試験条件は、温度120℃、圧力0.2MPa、湿度100%RHの環境下に100時間放置することとした。そして、処理後の各希土類磁石の重量を測定し、処理前の希土類磁石に対する重量減少の値を測定した。得られた結果をまとめて表1に示す。なお、表1中、重量減少の値は、単位表面積あたりの重量(mg/cm)で示した。
【0060】
(外観変化の評価)
実施例1〜9及び比較例1〜2の希土類磁石に対し、上述と同様のプレッシャー・クッカー・テストを行い、処理後の各希土類磁石の外観を観察した。外観の変化が殆ど見られなかったものを○とし、変色や粉落ち等が生じて若干の変化が見られたものを△とし、変色や粉落ちが顕著に生じていたものを×として、得られた結果をまとめて表1に示した。
【0061】
【表1】

【0062】
表1より、本発明の酸化皮膜を有していた実施例1〜9の希土類磁石は、比較例1〜2の希土類磁石に比べて、重量減少が小さく、外観変化も少ないことが確認された。なお、実施例7の希土類磁石の所定の切断面をEDS(Voyager III、Noraan Instruments社製)を用いて観察し、酸化皮膜を分析した結果、酸化皮膜からは主な成分としてNd、Fe及びOが検出された。また、比較例1の希土類磁石に形成された酸化皮膜に対し、X線回折を行ったところ、酸化皮膜からは希土類元素に由来するX線回折ピークは得られなかった。これらのことから、実施例7において形成された酸化皮膜には希土類元素が含まれており、比較例1において形成された酸化皮膜には希土類元素が含まれていないことが確認された。
【0063】
(磁束劣化の測定)
ます、実施例1〜4及び比較例2の希土類磁石に対して、着磁を行って磁束を測定した。次に、各希土類磁石に対して、上述と同様のプレッシャー・クッカー・テストを行った。そして、処理後の各希土類磁石に対して再着磁を行い、磁束を測定して、処理前の希土類磁石に対する磁束劣化を測定した。
【0064】
その結果、実施例1の希土類磁石では、0.5%の磁束劣化が見られ、実施例2の希土類磁石では、0.4%の磁束劣化が見られた。また、実施例3の希土類磁石では、0.3%の磁束劣化が見られ、実施例4の希土類磁石では0.3%の磁束劣化が見られた。さらに、比較例2の希土類磁石では、0.8%の磁束劣化が見られた。なお、これらの磁束劣化の値は、処理前の磁束の値に対する処理後の磁束の値の減少率(%)で示した。
【0065】
これらの結果より、酸化皮膜の厚さが本発明における範囲内であった実施例1〜4の希土類磁石では、磁束劣化の値が小さかったのに比して、酸化皮膜を形成させなかった比較例2の希土類磁石では磁束劣化が顕著であった。
【図面の簡単な説明】
【0066】
【図1】実施形態の希土類磁石を模式的に示す斜視図である。
【図2】図1の希土類磁石をII−II線により切断した断面構造を模式的に示す図である。
【符号の説明】
【0067】
1…希土類磁石、3…磁石素体、5…酸化皮膜。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
磁石素体と、該磁石素体の表面上に形成された酸化皮膜と、を備え、
前記磁石素体は、希土類元素、Feを含む遷移元素、及び、Bを含み、
前記酸化皮膜は、少なくとも前記希土類元素を含有するものである、
ことを特徴とする希土類磁石。
【請求項2】
前記酸化皮膜は、1μm以下の厚みを有していることを特徴とする請求項1記載の希土類磁石。
【請求項3】
前記酸化皮膜は、前記希土類元素としてNdを含むことを特徴とする請求項1又は2記載の希土類磁石。
【請求項4】
前記酸化皮膜は、20nm以上の厚さを有していることを特徴とする請求項1〜3のいずれか一項に記載の希土類磁石。
【請求項5】
前記酸化皮膜に含まれる前記希土類元素は、前記磁石素体に含まれる前記希土類元素に由来するものであることを特徴とする請求項1〜4のいずれか一項に記載の希土類磁石。
【請求項6】
前記酸化皮膜は、Feを更に含むことを特徴とする請求項1〜5のいずれか一項に記載の希土類磁石。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2006−156853(P2006−156853A)
【公開日】平成18年6月15日(2006.6.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−347854(P2004−347854)
【出願日】平成16年11月30日(2004.11.30)
【出願人】(000003067)TDK株式会社 (7,238)
【Fターム(参考)】