説明

常温非時効性に優れた歪時効硬化型鋼板およびその製造方法

【課題】 50MPa以上のBH(焼付硬化性)量と常温非時効性を両立する歪み時効硬化型鋼板およびその製造方法を提供する。
【解決手段】 質量%で、C:0.0022〜0.007%、Si:0.7%以下、Mn:0.1〜2.0%、P:0.1%以下、S:0.01%以下、Se:0.005〜0.02%、Al:0.1%以下、Cu:0.02〜0.5%、N:0.01%以下、Ti:0.04%以下、Nb:0.08%以下を含み、さらに、(14/47×[Ti]+14/93×[Nb])/[N]で計算される値が0.7以上かつ1.6以下であり、残部がFeおよび不可避的不純物からなり、硫化物、セレン化物あるいは硫セレン化物のうち1種または2種以上の析出物とFeの界面の総面積が鋼中における単位体積あたり2×10−2[μm2 /μm3 ]以上であり、BH量が50MPa以上であり、かつ100℃にて1時間熱処理後の引張試験における降伏点伸びが0.5%以下であることを特徴とする常温非時効性に優れた歪時効硬化型鋼板。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、例えば、自動車のパネル部材、構造用部材、足廻り部材、及び電機製品用内外板パネルなどの使途に好適である常温保持中の品質劣化の少ない歪時効硬化型鋼板およびその製造方法に関するものであり、引張強度で250MPaから450MPa程度の強度の鋼板に適用が可能である。
【背景技術】
【0002】
車体重量軽減のニーズから自動車用鋼板においては高強度化の要請が高い。ところが、一般的に材料の高強度化は形状凍結性の低下や成形時の割れといったプレス成形性の劣化を伴うことが知られており、加工性を低下させずに高強度化する方法が強く望まれていた。
【0003】
このような要望に対し、成形加工性を確保した上で高強度化を達成する技術として、成形加工時には軟質に保たれ、成形加工後の電着塗装焼付工程でおこる歪時効硬化現象を利用して降伏強度あるいは引張強度を増加させる、いわゆる焼付硬化性(Bake Hardenability:BH) を利用した技術が知られている。この種の鋼板は、成形加工時にはC原子あるいはN原子を固溶させて成形性を確保しておき、電着塗装焼付工程において成形加工時に鋼板内に生じた転位にC原子あるいはN原子を固着させるか、あるいは転位上に炭化物あるいは窒化物を微細分散析出させることによって、降伏強度あるいは引張強度の上昇を図るものである。
【0004】
しかしながら、高いBH量を得るために鋼板の固溶C量あるいは固溶N量を高めると常温時効劣化が生じ、その結果、加工時にストレッチャーストレインと呼ばれる歪み模様が発生したり、低加工歪み領域で十分なBH量が得られなくなるという問題があった。このように歪み時効硬化性と常温非時効特性の確保は二律相反するものと考えられており、実際、常温非時効性を確保した上で得られる最大のBH量は高々30〜40MPa程度であった。
【0005】
これを解決する手段として、特許文献1には焼鈍後の組織をフェライト相と低温変態生成相との複合組織とし、高r値、高BH、高延性および常温非時効性を兼ね備えた冷延鋼板が開示されている。しかしながら、この技術では、複合組織を得るために極めて高い温度の焼鈍が必須となり、連続焼鈍時に板破断等のトラブルの原因となるという実操業上の問題点を有していた。
【0006】
また、特許文献2には、Nbを添加した極低炭素冷延鋼板において焼鈍後の冷却速度を制御することによって粒界中のC濃度を高めて、高BHと常温遅時効性との両立が可能であることが示されている。しかしながら、常温非時効性を確保した上で得られるBH量は50MPa程度であった。
【0007】
また、特許文献3には、フェライトの結晶粒界中のN濃度を所定の範囲内に定めて、高BHと常温遅時効性との両立を可能にする技術が示されている。しかしながら、この方法では常温時効時の全伸びの劣化は抑制されるものの、ストレッチャーストレイン発生の原因となる降伏点伸び発生の抑制には配慮が無い。さらにこの方法によると、結晶粒が粗大になるほど常温遅時効を確保した上で得られるBH量は減少し、従って、実鋼板への適用範囲は極めて限られるという問題点を有していた。
【0008】
また、特許文献4には固溶状態のCおよびN量とフェライト結晶粒径を制御することにより降伏応力と引張強度の双方を上昇させた歪時効硬化特性、耐衝撃性および加工性に優れた高張力冷延鋼板およびその製造方法が提案されている。また、特許文献5には、フェライト粒径を制御した、固溶N利用型の耐衝撃性に優れた高張力熱延鋼板およびその製造方法が提案されている。また、特許文献6には加工性および歪み時効硬化特性に優れた高張力溶融亜鉛めっき鋼板およびその製造方法が提案されている。しかし、これらの方法は高いBH特性を得ることは可能であるものの、常温非時効性が得られないという問題を有していた。また高いBHと常温非時効性とを両立できる結晶粒径が極めて限定されているため、様々な結晶粒径を有する多くの鋼板にこの技術を適用することはできないという問題点を有していた。
【特許文献1】特許第2818319号公報
【特許文献2】特開平7−300623号公報
【特許文献3】特開2000−297350号公報
【特許文献4】特開2001−335889号公報
【特許文献5】特開2001−226744号公報
【特許文献6】特開2001−247946号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は上記の如き実状に鑑みてなされたものであって、電着塗装工程を経て作られる自動車用のパネル部材用途、構造部材用途に好適な、いかなる結晶粒径の場合でも50MPa以上のBH量と常温非時効性を両立する歪み時効硬化型鋼板およびその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは上記の課題を達成するために、高BHを得た上で常温時効中での降伏点伸びの発生を抑制するための方法について検討を重ねた。その結果、製品板の鋼中の固溶N量をできる限り少なくするような成分選択を行い、かつ鋼中に微細な硫化物、セレン化物あるいは硫セレン化物粒子を高密度で析出させ、さらにこれら析出物とFeの界面にCを偏析させる工程を経ることにより、常温非時効性を確保した上で従来技術以上の高BHを達成できることを見出した。
【0011】
次いで、発明者らはC原子の存在状態に着目してこの原因を調査した。その結果、100℃以下の低温保持中においては、C原子は固溶Cあるいは極微細析出物として硫化物とFeの界面にトラップされて拡散しにくくなる一方で、170℃程度の高温では界面から脱離し、このために高BHと常温非時効が両立されているという全く新しい事実を見出し、本発明を完成するに至った。
【0012】
本発明は、前記課題を解決するために次の構成からなる。すなわち、本発明は常温非時効性に優れた歪時効硬化型鋼板であって、
(1)第1の発明は、鋼板硫化物、セレン化物、硫セレン化物のうち1種または2種以上の析出物とFeとの界面の総面積が、鋼中における単位体積あたり2×10-2[μm2 /μm3 ]以上であり、BH量が50MPa以上であり、かつ100℃にて1時間熱処理後の引張試験における降伏点伸びが0.5%以下であることを特徴とする。
【0013】
(2)第2の発明は、質量%で、
C :0.0022〜0.007%
Si:0.7%以下
Mn:0.1〜2.0%
P :0.1%以下
S :0.004〜0.02%
Al:0.1%以下
Cu:0.02〜0.5%
N :0.01%以下
Ti:0.04%以下
Nb:0.08%以下
を含み、下式で計算される値が0.7以上かつ1.6以下であり、
(14/47×[Ti]+14/93×[Nb])/[N]
残部がFeおよび不可避的不純物からなることを特徴とする前記(1)記載の歪み時効硬化型鋼板である。
【0014】
(3)第3の発明は、質量%で、
C :0.0022〜0.007%
Si:0.7%以下
Mn:0.1〜2.0%
P :0.1%以下
S :0.01%以下
Se:0.005〜0.02%
Al:0.1%以下
Cu:0.02〜0.5%
N :0.01%以下
Ti:0.04%以下
Nb:0.08%以下
を含み、下式で計算される値が0.7以上かつ1.6以下であり、
(14/47×[Ti]+14/93×[Nb])/[N]
残部がFeおよび不可避的不純物からなることを特徴とする前記(1)記載の歪み時効硬化型鋼板である。
【0015】
(4)第4の発明は、前記(2)または(3)記載の組成に加えて質量%で、下記a群〜d群の1群または2群以上を含有することを特徴とする。
a群:Mo、Cr、Vのうち1種または2種を合計で0.001〜2.0%
b群:Niを0.01〜0.6%
c群:Bを0.0003〜0.003%
d群:Ca、Mg、Zr、Ce、REMのうち1種または2種以上を合計で
0.001〜0.01%
【0016】
(5)第5の発明は、前記(1)〜(4)の何れか1項に記載の歪み時効硬化型鋼板に、電気めっき又は溶融めっきが施されていることを特徴とする。
【0017】
更に、本発明は常温非時効性に優れた歪時効硬化型鋼板の製造方法であって、
(6)第6の発明は、前記(2)〜(4)の何れか1項に記載の組成からなるスラブを1200℃以上に加熱し、1050〜1000℃間の板厚減少率30%以上、1000〜900℃間での板厚減少率30%以上となる熱間圧延を行い、仕上圧延後、100〜300℃間の滞留時間が10s以上かつ300s以内である冷却を行うことを特徴とする。
【0018】
(7)第7の発明は、前記(6)記載の方法で冷却した鋼板を、その後巻き取り処理を行うことを特徴とする。
【0019】
(8)第8の発明は、前記(2)〜(4)の何れか1項に記載の組成からなるスラブを1200℃以上に加熱し、1050〜1000℃間の板厚減少率30%以上、1000〜900℃間での板厚減少率30%以上となる熱間圧延を行い、仕上圧延後、巻取処理を行い、次いで該熱延板を冷間圧延した後、該冷延板の連続焼鈍工程あるいは連続めっき工程において、A1温度以上の焼鈍と100〜300℃間の滞留時間が10s以上かつ300s以内である冷却を行うことを特徴とする。
【0020】
(9)第9の発明は、前記(6)〜(8)の何れか1項に記載の方法により製造した鋼板に、伸び率:3%以下の調質圧延またはレベラー加工を施すことを特徴とする。
【発明の効果】
【0021】
本発明は、電着塗装焼付処理を施す自動車用のパネル部材、構造部材、足廻り部材および電機製品用内外板パネルの使途に好適であり、常温保持中の品質劣化の少ない歪時効硬化型鋼板を得ることができ、引張強度で250MPaから450MPa程度の強度の鋼板に適用が可能である。本発明は、高い歪み硬化能を有する歪み時効硬化型鋼板を安価に提供することができ、主に自動車の軽量化に寄与し、工業的に価値が高い。
【発明を実施するための最良の形態】
【0022】
以下に、本発明について詳細に説明する。
【0023】
まず、成分の限定理由について説明する。成分含有量は、質量%で表している。
C:Cは鋼のミクロ組織を制御するための添加元素である。しかし、0.007質量%を超えると焼鈍プロセス中に粗大炭化物が硫化物あるいはセレン化物上に生成し、これら析出物と母相Fe界面へのC偏析を阻害する。一方、0.0022質量%未満であると50MPa以上のBH量を得ることができない。このため本発明ではCの含有量を0.0022〜0.007質量%の範囲に限定した。なお、硫化物あるいはセレン化物上に形成されうる炭化物の粗大化を極力抑制するためには0.005質量%以下が望ましい。
【0024】
Si:Siは鋼板のミクロ組織および強度の調整に用いられる。しかしながら、Siの含有量が0.7質量%を超えると化成処理性やめっきの密着性が悪くなる。従ってSi含有量を0.7質量%以下の範囲に制限した。下限は特に限定することなく本発明の効果を奏することができるが、不純物として不可避的に0.001質量%以上含有する場合が多い。
【0025】
Mn:Mnは鋼中に硫化物、セレン化物あるいは硫セレン化物を形成させるために添加される。また同時に強度の調整にも用いられる。Mnの含有量が0.1質量%未満であると多量の硫化物あるいはセレン化物が析出せず、一方、2.0質量%を超えると成形加工性の劣化を招く。従って、Mn含有量を0.1〜2.0質量%の範囲に制限した。なお、硫化物をより微細かつ高密度に析出させるためには、Mn含有量は1.0質量%以下であることがより望ましい。
【0026】
P:Pは熱延組織の微細化能を有し、また強力な固溶強化元素であることから鋼板の強度の調整に用いられる。ただし、含有量が0.1質量%を超えると2次加工性が劣化し、さらに、連続溶融亜鉛メッキ時に合金化反応が極めて遅くなるために、生産性が低下する。従ってP含有量の範囲を0.1質量%以下に制限した。下限は特に限定することなく本発明の効果を奏することができるが、不純物として不可避的に0.001質量%以上含有する場合が多い。
【0027】
S:Sは硫化物あるいは硫セレン化物を形成させるために添加される。Seを添加しない場合は、S含有量が0.004質量%未満であると、多量の硫化物を形成させることが困難になり、0.02質量%を超えると熱間脆性を起こす可能性がある。このため、その範囲を0.004〜0.02質量%に限定した。硫化物の析出量を増大させるためには0.008質量%以上の添加がより望ましい。一方、Seを添加する場合には、S含有量が0.01質量%を超えると熱間脆性が顕著になるので、その範囲を0.01質量%以下に制限した。
【0028】
Se:Seはセレン化物あるいは硫セレン化物を形成させるために添加される。含有量が0.005質量%未満であると、多量のセレン化物を形成させることが困難になる。一方、Se含有量が0.02質量%を超えるとスラブ加熱中に析出物を溶体化することが困難になりセレン化物が粗大かつ疎に分散するので、その範囲を0.005〜0.02質量%に限定した。
【0029】
Al:Alは脱酸に用いられる。ただしAl含有量が0.1質量%を超えると表面品位が低下するので、その上限を0.1質量%に制限する。下限は特に限定しないが、脱酸コストを低減できるので、0.001質量%以上とすることが好ましい。
【0030】
Cu:Cuは本発明で重要な添加元素の一つであり、Mnと同時に添加することでMnを単独で添加した場合に比べて硫化物あるいはセレン化物を微細かつ高密度に分布させる効果を奏する。Cu含有量が0.02質量%未満であると微細かつ高密度の分散効果が十分でなく、また0.5質量%を超えると熱間加工割れが起こる。従って、その適正添加範囲を0.02〜0.5質量%に限定したが、より好ましくは0.04質量%以上である。
【0031】
N:Nは窒化物として加熱オーステナイト粒径の粗大化抑制効果を通じて、結晶粒径を制御するために添加される場合がある。しかし、N含有量が0.01質量%を超えると焼鈍プロセスにおいて硫化物あるいはセレン化物上に鉄窒化物、Al窒化物等が形成されやすくなる。その結果、硫化物あるいはセレン化物周囲へのC偏析を阻害し、常温非時効性が得られにくくなる。従って、その範囲を0.01質量%以下に限定した。より好ましくは0.005質量%以下である。
【0032】
Ti:TiはNを窒化物として固定することで、常温非時効性に有害な固溶Nを減少させるために用いられる。しかしながら、Ti含有量が0.04質量%を超えるとTi炭化物あるいはTi炭硫化物が形成され、固溶Cが減少するために、高いBHを得ることが困難になる。従って、その範囲を0.04質量%以下に限定した。なお、60MPa以上のBHを得るためには、0.02質量%以下であることがより望ましい。
【0033】
Nb:NbはNを窒化物として固定することで常温非時効性に有害な固溶Nを減少させるために用いられる。しかしながら、含有量が0.08質量%を超えると炭化物あるいは炭硫化物が形成され、固溶Cが減少するために、高いBHを得ることが困難になる。従って、その範囲を0.08質量%以下に限定した。なお、60MPa以上のBHを得るためには0.04質量%以下であることがより望ましい。
【0034】
(14/47×[Ti]+14/93×[Nb])/[N]値:この値が0.7未満であると、BH値と常温非時効性との適正なバランスが悪化し、また1.6を超えると50MPa以上のBHが得られない。従って、その範囲を0.7〜1.6に制限した。なお、安定的に60MPa以上のBHを得るためには上限は1.4以下であることがより望ましい。また、より優れた常温非時効性を得るためには、下限が0.8以上であることが望ましい。
【0035】
本発明では、上記した組成に加えて、更にa群〜d群のうちの1群または2群以上を含有しても、本発明の目的を達成することができる。
【0036】
a群:Mo、Cr、Vのうち1種または2種を合計で0.001〜2.0質量%
Mo、CrおよびVは鋼板強度の調整のために添加される。これらの元素の含有量が合計で0.001質量%未満であるとその効果が得られず、2.0質量%を超えると、コスト高になる。従って、その合計含有量の範囲を0.001〜2.0質量%に制限した。これらの元素は、常温非時効性を向上させる効果があり、0.001〜2.0質量%の範囲内で添加することが望ましい。特にMoは常温非時効性を向上させる効果が大きいので、0.01質量%以上含有することがより好ましい。
【0037】
b群:NiはCu添加による熱間加工割れを抑制するために用いられる。
0.01質量%未満であると熱間割れを抑制することが難しく、0.6質量%を超えるとコスト的に割高となる。従って、その適正添加範囲を0.01〜0.6質量%に限定した。
【0038】
c群:Bを0.0003〜0.003質量%
Bは0.0003質量%以上含有することにより粒界に偏析し、Pによる2次加工割れを抑制する効果があり、さらに成形加工性を改善させる効果がある。しかし、0.003質量%を超えると鉄炭硼化物を形成し、高いBH量を得ることが困難になる。従って、その範囲を0.0003〜0.003質量%と限定した。
【0039】
d群:Ca、Mg、Zr、Ce、REMのうち1種または2種以上を合計で0.001〜0.01質量%
Ca、Mg、Zr、CeおよびREMは酸素系介在物の形態、分布の制御に用いる元素であり、これらの元素のうち1種又は2種以上を合計で0.001質量%以上含有することが好ましい。しかしながら、合計の含有量が0.01質量%を超えると、成形加工性の悪化の原因となる。そのため、合計量の範囲を0.001〜0.01質量%とする。なお、本発明において、REMとはLaおよびランタノイド系列の元素を指すものとする。
【0040】
なお、不可避不純物として重要な元素としてO(酸素)がある。O量は脱酸の方法によりその残留量が大きく変化するが、不可避的に0.0005質量%以上含有する場合が多い。本発明の場合にはその不可避的残留量は0.003質量%以下程度であり、これを不可避不純物としてのO量の上限とする。
【0041】
本発明に係る技術はフェライト単相組織鋼だけではなく、フェライトの他にベイナイト、マルテンサイト、パーライトのうち1種以上の組織を含む複合組織鋼にも適用可能である。ただし、本発明に係る鋼板は硫化物/Fe界面あるいはセレン化物/Fe界面でのC原子トラップ効果を十分に発現させるために、フェライト面積率を90%以上とすることが好ましい。フェライトの平均結晶粒径は特に限定する必要はなく、あらゆる結晶粒径で本発明の効果を奏功することができる。ただし、細粒であるほど界面でのC原子トラップ効果が小さくなるので、4μm以上の粒径であることが望ましい。より好ましくは9μm以上である。
【0042】
鋼中における単位体積あたりのFeと硫化物との界面、Feとセレン化物との界面あるいはFeと硫セレン化物との界面の総面積が2×10−2[μm2 /μm3 ]未満であるとC原子を十分にトラップすることができないか、あるいは硫化物あるいはセレン化物上に粗大なセメンタイトが形成され、その結果、常温非時効性が得られない。従って、その総面積の範囲を2×10−2[μm2 /μm3 ]以上に制限した。好ましくは、5×10−2以上である。
【0043】
常温非時効性は人工時効後の降伏点伸びによって評価するのが簡易で好適である。本発明によって得られる鋼板は、硫化物あるいはセレン化物分布を適正化していない従来鋼と比した時に、常温非時効を確保した上で得られるBH量の向上代は15MPa以上であり、具体的にはBH量(2%予歪、上部降伏点での評価値:JIS G3135に準拠)で50MPa以上でも安定して常温非時効性を得ることができる。なお、BH鋼板としてはBH量が高いほど好ましく、本発明鋼板では常温非時効性を確保した上で60MPa以上のBH量を得ることも可能である。ここで常温非時効性とは、100℃で1時間熱処理を施したのちの引張試験における、降伏点伸びが0.5%以下である性質を意味する。ストレッチャーストレインが発現しないようにするためには、上記の降伏点伸びが0.3%以下であることが好ましい。なお、本発明の鋼板は常温時効による降伏点伸びの発生を抑制するとともに、全伸び値の低下も抑制することができる。
【0044】
次に、製造方法の限定理由について説明する。
熱間圧延に供するスラブは、例えば連続鋳造スラブや薄スラブキャスターなどで製造したものであればよく、特に限定されない。また、鋳造後に直ちに熱間圧延を行う連続鋳造−直接圧延(CC−DR)のようなプロセスの場合は、1200℃以上で硫化物あるいはセレン化物を再溶解させる工程が省略されるので、本発明は特に適合する。
【0045】
熱延スラブ加熱温度は、鋳造中あるいは粗圧延中に析出した硫化物、セレン化物、あるいは硫セレン化物を再溶解させる必要があるので、1200℃以上にする必要がある。
【0046】
熱延は、硫化物あるいはセレン化物の析出温度域である1050〜900℃間で行う。これにより、硫化物あるいはセレン化物を歪み誘起析出させて、微細かつ高密度に分布させる。1050〜1000℃間および1000〜900℃間の板厚減少率がそれぞれ30%未満であると、硫化物が高密度で形成されにくいので、板厚減少率の範囲をそれぞれ30%以上に限定した。より好ましくは、板厚減少率40%以上である。
【0047】
なお、熱延工程中における任意の2点の温度をそれぞれTA 、TB (但し、TAはTBより前段の圧延時の温度)とすると、TA 〜TB 温度間の板厚減少率は以下の式で定義される。
TA 〜TB 温度間の板厚減少率(%)=100×((TA 温度通過時の板厚)
−(TB 温度通過時の板厚))/(TA温度通過時の板厚)
【0048】
仕上げ圧延温度は特に規定しないが、製品板の加工性を確保するためには(Ar変態点−100)℃以上とすることが好ましい。
【0049】
熱延板が最終製品となる場合は、仕上げ圧延後に100〜300℃間の滞留時間が10〜300sである冷却を行う。この冷却工程は、硫化物、セレン化物あるいは硫セレン化物からなる析出物とFeとの界面にCを多量に偏析させるかあるいはセメンタイトを極微細に析出させるために必須の工程である。従って、常温保持中の降伏点伸び発現抑制(常温非時効性)を得るために必須の工程である。100〜300℃間の滞留時間が300sを超えると粗大なセメンタイトが析出し、50MPa以上のBH量を得ることが困難となるので、300s以下と規定する。その後、必要に応じて巻取りを行う。巻取り温度は特に限定しないが、前記の冷却条件を確保するため、300℃以下とすることが好ましい。なお、巻取り処理は必ずしも行う必要はない。
【0050】
冷延焼鈍板が最終製品となる場合には、熱間圧延後に鋼板の巻取り処理を行う。巻取り温度は特に定める必要はないが、Nを窒化物として固定し、より優れた常温非時効性を得るためには450〜750℃の温度範囲で行うことがより望ましい。
【0051】
巻取後は冷却し、続いて酸洗等の通常公知の処理を行い、冷間圧延を行う。冷間圧延の条件については、圧延パスの回数、圧下率については特に規定する必要はなく常法に従えばよい。なお、冷間圧延は必ずしも行う必要はない。
【0052】
連続焼鈍工程又は連続焼鈍及びめっき工程における加熱速度については常法に従えばよい。焼鈍温度については、A1変態点未満では熱延中に析出したセメンタイトを再固溶させることができず、BH量を確保することが困難になる。従って、焼鈍温度の範囲をA1温度以上に制限した。上限については特に定める必要は無いが、熱延中に固定した窒化物の再固溶を抑止できる点で950℃以下であることが望ましい。
【0053】
尚、A1変態点は以下の式により求めることができる。
A1=723+29×Si−11×Mn−17×Ni+17×Cr
【0054】
上記焼鈍終了後、必要に応じて過時効処理をし、あるいは必要に応じて溶融亜鉛めっきをし、さらに必要に応じてめっき相の合金化処理を行う。亜鉛めっきおよび合金化の条件は特に定めないが、添加したCが、粒界に析出するのを抑止するという観点からめっき浴中への浸漬時間および合金化炉中の保持時間はそれぞれ100s以下であることが好ましい。
【0055】
焼鈍後、あるいはめっき処理後(合金化処理後も含む)に100〜300℃間の滞留時間が10〜300sである冷却を行う。なお、焼鈍後に過時効処理を行なう場合には、前述の温度域で滞留時間を確保するため、100〜300℃の温度範囲で、10〜300s滞留させることが熱効率上好ましい。なお、100〜300℃間の滞留時間が10s以上である冷却工程は、硫化物、セレン化物あるいは硫セレン化物からなる析出物とFeとの界面にCを多量に偏析させるため、あるいはセメンタイトを極微細に析出させるために必須の工程である。従って、常温保持中の降伏点伸び発現抑制(常温非時効性)を得るために必須の工程である。
【0056】
100〜300℃間は結晶粒内において以上の原子移動を最も迅速に起こさせるための温度域であり、この温度範囲内の滞留時間が10s未満では常温非時効性を得ることが難しく、また300sを超えると硫化物、セレン化物あるいは硫セレン化物からなる析出物とFeとの界面に粗大なセメンタイトが形成され、高いBH値が得られなくなる。従って、滞留時間の範囲を10〜300sに制限した。なお、より優れた常温非時効性を得るという観点からは、30s以上の保持がより好ましい。
【0057】
調質圧延は、常温非時効性の向上と形状矯正のために行い、圧下率3%以下の範囲で行うのがよい。圧下率が3%を超えるとBH量が低下する傾向があるので、これを上限とする。
【0058】
めっき工程あるいはめっき合金化工程を経ずに作られた本発明の冷延鋼板は、各種めっき用原材として好適である。めっき層の形成は電気めっき法、溶融めっき法のいずれでも良く、めっきの主成分としては、例えば亜鉛、クロム、錫、ニッケルが例として挙げられる。
【0059】
なお、硫化物あるいはセレン化物とFe母相間の界面面積は抽出レプリカ法により硫化物あるいはセレン化物を抽出し、これを分析透過電子顕微鏡により測定する方法が好適である。この方法により得られる析出物分布密度と平均析出物径より単位面積当たりの界面面積を求め、この単位面積当たりの界面面積を溶解した試料厚さで除することにより、単位体積当たりの界面面積を求める。なお、界面面積は析出物を球形と仮定して算出する。溶解試料厚さが定かでないときは、一般的な値である0.1μmを用いるものとする。硫化物種は、Mn、Cu、Cr、Ti、Nbの硫化物、およびこれら元素を複合的に含有した硫化物(例えば、(Mn,Cu)S)のいずれでも同じような硫化物周囲へのC偏析能あるいは極微細炭化物析出能を有する。セレン化物種は、Mn、Cu、Cr、Ti、Nbのセレン化物、およびこれら元素を複合的に含有したセレン化物(例えば、(Mn,Cu)Se)のいずれでも同じようなセレン化物周囲へのC偏析能あるいは極微細炭化物析出能を有する。なお、硫セレン化物(例えば、(Mn,Cu)(S、Se))についても同様である。
【0060】
以下、この発明を実施例により詳細に説明する。
【実施例】
【0061】
表1に示す成分の鋼を溶製し、表2に示す条件でスラブを再加熱、熱間圧延、冷却、巻取りを行った。このようにして得られた熱延鋼板を酸洗の後、70〜85%の冷延率で冷間加工を行い、脱脂処理を行ったのち、連続焼鈍ラインおよび連続亜鉛めっきラインによる熱処理を行った。なお、No.7、No.8、No.9は熱延板が最終製品の例であり、仕上げ熱延後、冷却を行い、No.7とNo.9については巻取り処理を行った。このようにして得られた鋼板について、引張試験、BH試験および組織観察を行った。各試験、観察の条件を以下に示す。
【0062】
引張試験はJIS5号試験片を用い、歪み速度10−3/sの条件で行った。常温保持中の材質変化は、100℃×60分の促進時効前後の引張試験結果を比較することにより評価した。BH試験の予変形量は2%、塗装焼付処理に対応する時効条件は170℃×20分で行い、再引張時において上部降伏点で評価したBH量をとった。フェライトの平均結晶粒径はJISG0552の試験方法に従って測定した。試験結果を表3に示す。調質圧延は全て1.0%の伸び率で行った。なお、実施例に示す鋼の組織はすべてフェライト単相組織であった。
【0063】
試料No.1、No.20ではS量あるいはSe量が適正範囲外で十分な量の硫化物/Fe界面が得られず、その結果常温非時効特性が得られなかった。試料No.2、No.6、No.12、No.16では熱延条件あるいはスラブ加熱温度が適正範囲外のため十分な量の硫化物(セレン化物、硫セレン化物)/Fe界面が得られず、その結果常温非時効特性が得られなかった。No.5では300〜100℃間の滞留時間が不足でCが硫化物/Fe界面に十分に偏析しないか極微細析出せず、その結果常温非時効性が得られなかった。No.9では300〜100℃間の滞留時間が長すぎてCが硫化物/Fe界面にセメンタイトとして粗大析出し、その結果常温非時効性が得られなかった。試料No.14では(14/47×[Ti]+14/93×[Nb])/[N]の値が過大であるために、固溶C量が少なくなり、そのため高いBH値そのものが得られなかった。試料No.16では(14/47×[Ti]+14/93×[Nb])/[N]の値が過大であるために高いBHが得られず、さらにCu量が適正範囲以下であったために、硫化物/Fe界面の面積が小さくなり、常温非時効性が得られなかった。試料No.17ではC量が適正範囲外であったためにセメンタイトが粗大析出し、その結果常温非時効特性が得られなかった。試料No.15、19では(14/47×[Ti]+14/93×[Nb])/[N]の値が過小であったために、固溶Nが残留し、その結果常温非時効性が得られなかった。
【表1】

【表2】

【表3】



【特許請求の範囲】
【請求項1】
硫化物、セレン化物、硫セレン化物のうち1種または2種以上の析出物とFeとの界面の総面積が、鋼中における単位体積あたり2×10-2[μm2 /μm3 ]以上であり、BH量が50MPa以上であり、かつ100℃にて1時間熱処理後の引張試験における降伏点伸びが0.5%以下であることを特徴とする常温非時効性に優れた歪時効硬化型鋼板。
【請求項2】
質量%で、
C :0.0022〜0.007%
Si:0.7%以下
Mn:0.1〜2.0%
P :0.1%以下
S :0.004〜0.02%
Al:0.1%以下
Cu:0.02〜0.5%
N :0.01%以下
Ti:0.04%以下
Nb:0.08%以下
を含み、下式で計算される値が0.7以上かつ1.6以下であり、
(14/47×[Ti]+14/93×[Nb])/[N]
残部がFeおよび不可避的不純物からなることを特徴とする請求項1記載の常温非時効性に優れた歪時効硬化型鋼板。
【請求項3】
質量%で、
C :0.0022〜0.007%
Si:0.7%以下
Mn:0.1〜2.0%
P :0.1%以下
S :0.01%以下
Se:0.005〜0.02%
Al:0.1%以下
Cu:0.02〜0.5%
N :0.01%以下
Ti:0.04%以下
Nb:0.08%以下
を含み、下式で計算される値が0.7以上かつ1.6以下であり、
(14/47×[Ti]+14/93×[Nb])/[N]
残部がFeおよび不可避的不純物からなることを特徴とする請求項1記載の常温非時効性に優れた歪時効硬化型鋼板。
【請求項4】
前記組成に加えて、さらに質量%で、下記a群〜d群の1群または2群以上を含有することを特徴とする請求項2又は3に記載の常温非時効性に優れた歪時効硬化型鋼板。
a群:Mo、Cr、Vのうち1種または2種を合計で0.001〜2.0%
b群:Niを0.01〜0.6%
c群:Bを0.0003〜0.003%
d群:Ca、Mg、Zr、Ce、REMのうち1種または2種以上を合計で
0.001〜0.01%
【請求項5】
請求項1〜4の何れか1項に記載の鋼板に電気めっき又は溶融めっきが施されていることを特徴とする常温非時効性に優れた歪時効硬化型鋼板。
【請求項6】
請求項2〜4のいずれかに記載の化学成分からなるスラブを1200℃以上に加熱し、1050〜1000℃間の板厚減少率30%以上、1000〜900℃間での板厚減少率30%以上となる熱間圧延を行い、仕上圧延後、100〜300℃間の滞留時間が10s以上かつ300s以内である冷却を行うことを特徴とする請求項1〜4の何れか1項に記載の常温非時効性に優れた歪時効硬化型鋼板の製造方法。
【請求項7】
前記冷却後、巻取り処理を行うことを特徴とする請求項6記載の常温非時効性に優れた歪時効硬化型鋼板の製造方法。
【請求項8】
請求項2〜4のいずれかに記載の化学成分からなるスラブを1200℃以上に加熱し、1050〜1000℃間の板厚減少率30%以上、1000〜900℃間での板厚減少率30%以上となる熱間圧延を行い、仕上圧延後、巻取処理を行い、次いで該熱延板を冷間圧延した後、該冷延板の連続焼鈍工程あるいは連続めっき工程において、A1温度以上の焼鈍と100〜300℃間の滞留時間が10s以上かつ300s以内である冷却を行うことを特徴とする請求項1〜4の何れか1項に記載の常温非時効性に優れた歪時効硬化型鋼板の製造方法。
【請求項9】
請求項6〜8の何れか1項に記載の方法により製造した鋼板に、伸び率:3%以下の調質圧延またはレベラー加工を施すことを特徴とする常温非時効性に優れた歪時効硬化型鋼板の製造方法。


【公開番号】特開2006−124799(P2006−124799A)
【公開日】平成18年5月18日(2006.5.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−316554(P2004−316554)
【出願日】平成16年10月29日(2004.10.29)
【出願人】(000006655)新日本製鐵株式会社 (6,474)
【Fターム(参考)】