説明

弾性表面波センサ及び弾性表面波センサシステム

【課題】 小型化可能で高いQ値及び優れた周波数温度特性を発揮し、特に液相系に適した高感度なSAWセンサを提供する。
【解決手段】 SAWセンサ1は、回転Yカット水晶板であり、そのカット面及びSAWの伝搬方向をオイラー角表示で(0°,−64〜−49.3°+90°,90±5°)=(0°,26〜40.7°,90±5°)とした水晶平板からなる圧電基板1を用いる。圧電基板の表面には、IDT2,3が、Al又はAlを主成分とする合金からなる電極膜で形成され、該電極膜の膜厚HをSAWの波長をλとして、0.04<H/λ<0.12に設定する。SAWの伝搬面には、目的の物質を認識するための受容体5が設けられる。IDTの両側には、更に1対の反射器15,15を設けることができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、特定の化学物質を検出しかつ/又はその物性を測定するために、トランスデューサとして弾性表面波(SAW:surface acoustic wave)素子を利用した弾性表面波センサ、及び弾性表面波センサシステムに関する。
【背景技術】
【0002】
最近、特にバイオテクノロジや医療などの技術分野において、測定対象の化学物質を認識する受容体の化学的又は物理的変化を検出するために、SAW素子をトランスデューサとして利用したSAWセンサが開発されている(例えば、非特許文献1,2を参照)。一般にSAWセンサは、圧電基板のSAW伝搬面に検出物質反応膜などの受容体を有する。受容体に目的の化学物質が結合してその重量が変化すると、SAWの伝搬速度が変化するので、これを発振周波数の変化として測定することにより、目的物質及び/又はその物性を高精度に検出することができる。
【0003】
例えば、圧電基板上に受容体としてガス吸着体をIDT(すだれ状トランスデューサ)からなる励振電極と受信電極との間に配置したSAWデバイスが知られている(例えば、特許文献1を参照)。また、圧電基板のSH−SAW(横波型弾性表面波)伝搬面に電気的短絡と電気的開放及び試料セルとを設け、同一液体を負荷した場合に電気的短絡と電気的開放間に生じるSAW伝搬速度の変化からpH、導電性などの物性を検出する弾性表面波バイオセンサが知られている(特許文献2を参照)。更に、単一の圧電基板に、それぞれIDTからなる送信電極と受信電極間にセンサセルを有する3つのSAWセンサを並設し、測定液の力学量と電気量とを同時に計測できるようにしたマルチチャネル型の溶液センサシステムが知られている(例えば、特許文献3を参照)。
【0004】
他方、通信・情報機器などの電子機器に広く使用されているSAWデバイスは、一般に小型化、高いQ値(共振尖鋭度)、及び優れた周波数安定性が要求されている。これらの要求を満足するSAWデバイスとして、STカット水晶基板を用いたSAWデバイスがある。STカット水晶基板は、結晶X軸を回転軸としてXZ面を結晶Z軸より反時計方向に42.75°回転した平面(XZ’面)を主面として切り出した水晶板であり、結晶X軸方向に伝搬するレイリー波と呼ばれる(P+SV)波であるSAWを利用する。
【0005】
ところが、レイリー波は、SAW伝搬面上に液体を負荷すると、縦波が液体中に放射されて減衰するため、特に液相系のSAWセンサには使用できない。そこで、液相系のSAWセンサには、36°回転Y板X伝搬LiTaO を圧電基板に用いたSH−SAWが広く採用されている(例えば、非特許文献2を参照)。この圧電基板は、目的とするSAW以外の不要SAW(縦波等のスプリアス振動)が発生せず、電気機械結合係数が大きいので、高感度のセンサを実現できる(例えば、特許文献3を参照)。
【0006】
また、回転Yカット水晶板のカット角θを結晶Z軸より反時計方向に−50°回転させた付近に設定し、かつ弾性波の伝搬方向を結晶X軸に対して垂直方向にした、オイラー角(0°,θ+90°,90°)=(0°,40°,90°)の水晶平板を圧電基板とする弾性波素子が知られている(例えば、非特許文献3、特許文献4を参照)。この弾性波素子は、変位の主成分が基板面に平行(SH成分)な表面進行体積波(SSBW)をIDTにより励起し、その振動エネルギを電極直下に閉じ込めることを特徴とする。
【0007】
更に、この回転Yカット水晶板からなる圧電基板上に800±200対もの多数対のIDTを形成し、かつ該IDTにより励振される弾性波の波長をλとしたとき、IDTの電極膜厚を2%λ以上、好ましくは4%λ以下にした多対IDT型の弾性波共振器が知られている(例えば、特許文献5を参照)。これにより、グレーティング反射器を利用せずに、IDT自体の反射だけでSAWエネルギを閉じ込め、Q値を高めることができる。
【0008】
【非特許文献1】工業所有権総合情報館編,「特許流通支援チャート・化学2・バイオセンサ」,社団法人発明協会,2002年6月29日,p.3〜5及び16〜18
【非特許文献2】日本学術振興会弾性波素子技術第150委員会編,「弾性波デバイス技術」,オーム社,2004年8月20日,p.405〜412
【非特許文献3】Meirion Lewis,"Surface Skimming Bulk Wave, SSBW",IEEE Ultrasonics Symp. Proc.,1977,p.744〜752
【特許文献1】特開平8−68781号公報
【特許文献2】特開平6−133759号公報
【特許文献3】特開平9−80035号公報
【特許文献4】特公昭62−016050号
【特許文献5】特公平01−034411号
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかしながら、36°回転Y板X伝搬LiTaO には、次のような問題がある。第一に、図10に破線で示すように、温度に対する周波数変動が−20ppm/℃で、非常に大きいという問題がある。そのため、温度変化によるノイズが大きく、S/N比が低下する虞がある。これを解消するためには、例えば使用温度に関して発振周波数を調節する特別な回路を付加しなければならないなど、難しい温度管理が必要になる。
【0010】
また、図11に示すように、中心周波数f に関して或る程度の帯域幅をもった周波数特性を有し、伝送特性がブロードでQ値が小さい、という問題がある。そのため、これを用いたSAWセンサは、測定周波数の所謂ゆらぎが大きく、測定精度を低下させる虞がある。従って、測定精度を確保するためには、このゆらぎ成分を除去するなどの余分な信号処理やデータ処理が必要になる。
【0011】
これに対し、水晶は、図10に実線で示すように、温度に対する周波数安定性が優れており、温度管理が容易である。しかしながら、STカット水晶基板は、小型で高いQ値、優れた周波数安定性を実現できる反面、上述したように、使用するSAWがレイリー波であるため、液相系のセンサには使用できないという問題がある。
【0012】
また、上述した特許文献5,6に記載の回転Yカット水晶板は、SSBW波が基本的に基板内部に潜って進んでいく波であるため、効率的なエネルギ閉じ込め効果が得られず、SAWの反射効率が悪い、という問題がある。従って、小型で高いQ値のSAWデバイスを実現することは困難である。特に特許文献6に記載の多対IDT型SAW共振子は、高いQ値を得るのに必要なIDT対数が非常に多いので、それだけデバイスサイズが大きくなり、小型化の要求を満足できない、という問題がある。
【0013】
そこで本発明は、上述した従来の問題点に鑑みてなされたものであり、その目的は、小型化可能で高いQ値及び優れた周波数温度特性を発揮し、特に液相系に適した高感度なSAWセンサ、及びかかるSAWセンサからなる複数のチャネルを単一の圧電基板上に有するマルチチャネル型のSAWセンサシステムを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本願発明者らは、図1に示すように、回転Yカット水晶板からなりかつSAWの伝搬方向を結晶X軸に関して90±5°とした圧電基板と、該圧電基板の表面に形成したAl又はAlを主成分とする合金からなるIDTとを備え、該IDTにより励振されるSAWをSH波としたSAWデバイスについて、様々な実験を行い、そのカット角θ、励振するSAWの波長λで基準化したIDTの電極膜厚H/λ、Q値、及び周波数温度特性の関係を詳細に検討した。その結果、前記回転Yカット水晶板のカット角θを結晶Z軸より反時計方向に−64°<θ<−49.3°の範囲に設定し、かつ電極膜厚H/λを0.04<H/λ<0.12の範囲に設定することにより、励振波を基板表面に集中させてSAWの反射効率を向上させ、小型でQ値が高くかつ周波数安定性が優れたSAWデバイスを提供し得ることを見い出した。
【0015】
本発明は、本願発明者らのかかる知見に基づいてなされたものである。
本発明によれば、上記目的を達成するために、圧電基板と、該圧電基板の表面に形成したIDTと、該IDTにより励振されるSAWの伝搬面に固定され、目的の物質を認識するための受容体とを備え、圧電基板が回転Yカット水晶板であり、そのカット面及びSAWの伝搬方向をオイラー角表示で(0°,−64〜−49.3°+90°,90±5°)=(0°,26〜40.7°,90±5°)とした水晶平板からなり、IDTが、Al又はAlを主成分とする合金からなる電極膜で形成され、かつ、該電極膜の膜厚Hが、SAWの波長をλとして、0.04<H/λ<0.12であるSAWセンサが提供される。
【0016】
このように圧電基板及びIDTを構成することにより、本発明のSAWセンサは、SH波が励振されるので、液相系のセンサにも使用することができ、かつ、良好な温度特性及び高いQ値が得られるので、CI値を低く抑制でき、高感度かつ高い測定精度のセンサを実現することができる。
【0017】
或る実施例では、SAWの伝搬方向に沿ってIDT及び受容体を挟むようにそれらの両側に配置される1対の反射器を更に備えることにより、それらの間にSAWエネルギを閉じ込める効果を高め、圧電基板端面からの反射波を少なくしかつ損失を少なくしてQ値を高め、CI値を小さくし、より優れた共振特性が得られるので、SAWセンサの感度を向上させることができる。
【0018】
別の実施例では、SAWセンサのIDTが励振用IDTと受信用IDTとからなり、かつ受容体が励振用IDTと受信用IDTとの間に配置された2ポート共振子型である。
【0019】
また、或る実施例では、SAWセンサのIDTが1組の交差指電極を有する1つのIDTからなる1ポート共振子型であり、トランスバーサル型に比して1個のIDTを省略できるので、小型化及び製造コストの低減を図ることができる。この場合、受容体は、交差指電極の電極指と電極指との間に配置することができ、またはIDTと一方の反射器との間に配置することができる。
【0020】
本発明の別の側面によれば、上述した本発明のSAWセンサを複数個有し、それらSAWセンサがSAWの伝搬方向に関して直列にかつ/又は並列に配置されると共に、各SAWセンサを単一の共通の圧電基板に設けることにより、各チャネルの感度及び測定精度を向上させたマルチチャネル型のSAWセンサシステムが提供される。特に、各チャネルのSAWセンサが1対の反射器を有する場合には、それらを同時に発振させても、隣接するチャネルから励振されたSAWの影響及び圧電基板端面によるSAW反射波の影響を有効に排除することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0021】
以下に、添付図面を参照しつつ、本発明の好適な実施例について詳細に説明する。
先ず、本発明のSAWセンサを構成するSAW共振子について説明する。このSAW共振子は、図1に示すように、回転Yカット水晶基板のカット角θを結晶Z軸より反時計方向に−64〜−49.3°回転した付近に設定し、かつSAWの伝搬方向を結晶X軸に対して略垂直方向(90±5°)にした水晶平板である。この圧電基板において励振されるSAWは、SH波である。圧電基板の表面に形成するIDTの電極材料は、Al又はAlを主成分とする合金である。尚、本実施例において、IDTの電極膜厚Hは、それにより励振されるSAWの波長λで基準化した値H/λで表わすこととする。
【0022】
図1に示す圧電基板にカット角θ=−51°の回転Yカット90°X伝搬水晶基板(オイラー角表示で(0°,39°,90°))を用い、共振周波数を315MHz、電極膜厚H/λを0.06、IDTの対数を100とし、更に本数100のグレーティング反射器を設けたSAW共振子を試作し、その特性を測定した。また、SAWの伝搬方向に沿って、IDTを構成する電極指のピッチ(=電極指の幅+電極指間のスペース)に対する電極指の幅をライン占有率mrとし、mr=0.60に設定した。比較例として、STカット水晶板を圧電基板としかつ同じ設計条件で従来のSAW共振子を製作し、その諸特性を測定した。
【0023】
図2は、それらの周波数温度特性を示している。同図から分かるように、本発明のSAW共振子は、頂点温度Tpが約25℃であり、温度による周波数変動量が、従来のSTカット水晶SAW共振子に比してその約0.6倍程度に小さくなった。このように、本発明においては、優れた周波数安定性が得られる。
【0024】
また、一般にSAW共振子の最適設計において重要なことは、周波数温度特性が優れ、Qが高くかつ容量比γが小さい、即ち良感度(figure of merit=Q/γ)が大きいことである。本発明のSAW共振子は、Q値が27500、良感度(Q/γ)が21.2、2次温度係数が−0.020(ppm/℃ )であった。これに対し、従来のSTカット水晶SAW共振子は、Q値が15000、良感度(Q/γ)が10.7、2次温度係数が−0.034(ppm/℃)であった。これらを比較すると、本発明のSAW共振子は、従来のSTカット水晶SAW共振子に比して、Q値が1.8倍強、良感度(Q/γ)が約2倍も大きい値を得られていることが分かる。
【0025】
更に、本発明のSAW共振子における電極膜厚H/λとQ値の関係を図3に示す。同図から、本発明のSAW共振子は、0.04<H/λ<0.12の範囲において、STカット水晶SAW共振子よりも高いQ値を得られることが分かる。更に、本発明のSAW共振子における電極膜厚を0.05<H/λ<0.10の範囲に設定することにより、20000以上のより高いQ値を得ることができる。
【0026】
このように、本発明においては、電極膜厚H/λを大きく設定することにより、SAWを圧電基板表面に集中させてSAWの反射効率を良くし、SAWエネルギの閉じ込め効果を高めることができる。従って、従来よりも高いQ値を実現しつつ、圧電基板を小型化することができる。
【0027】
更に、実用的な使用温度範囲(−50℃〜+125℃)において優れた周波数安定性を実現するために、2次温度係数だけでなく、頂点温度Tpについても詳細に検討した。その結果、本発明のSAW共振子において、カット角θを−50.5°としたとき、電極膜厚H/λと頂点温度Tpとの関係は、次の近似式で表わされる。
Tp(H/λ)=−41825×(H/λ)+2855.4×(H/λ)−26.42 …(1)
これから、電極膜厚H/λを大きくすると、頂点温度Tpは下がることが分かる。
【0028】
また、本発明のSAW共振子において、電極膜厚H/λを0.06としたとき、カット角θと頂点温度Tpとの関係は、次の近似式で表わされる。
Tp(θ)=−43.5372×θ−2197.14 …(2)
これから、カット角θの絶対値を小さくすると、頂点温度Tpは下がることが分かる。
【0029】
上記式(1)及び式(2)から、電極膜厚H/λを0.04<H/λ<0.12としたとき、頂点温度Tpを実用的な使用温度範囲(−50〜+125℃)に設定するには、カット角θを−59.9°≦θ≦−48.9°の範囲に設定すれば良いことが分かる。
【0030】
また、電極膜厚H/λ及びカット角θの双方を考慮したとき、頂点温度Tpは、上記式(1)及び式(2)から次の近似式で表わされる。
Tp(H/λ,θ)=Tp(H/λ)+Tp(θ)=−41825×(H/λ)+2855.4×(H/λ)−43.5372×θ−2223.56 …(3)
この式(3)から、頂点温度Tpを使用温度範囲(−50〜+125℃)に設定するためには、次式(4)で表される範囲に電極膜厚H/λ及びカット角θを設定すれば良いことが分かる。
0.9613≦−18.498×(H/λ)+1.2629×(H/λ)−0.019255×θ≦1.0387 …(4)
【0031】
このようにカット角θを−59.9゜≦θ≦−48.9゜の範囲に、かつIDTの電極膜厚H/λを0.04<H/λ<0.12とすることにより、実用的な使用温度範囲(−50℃〜+125℃)において、従来より小型で、高いQ値及び優れた周波数安定性のSAWセンサを実現できる。
【0032】
更に、より最適な設計条件について検討すると、電極膜厚H/λは図3から、20000以上のQ値が得られる0.05<H/λ<0.10の範囲に設定するのが好ましい。また、頂点温度Tpをより実用的な使用温度範囲(0°〜70℃)に設定するためには、カット角θは、−55.7°≦θ≦−50.2°の範囲に設定するのが好ましく、更に、上記式(3)から得られる次式(5)の範囲に、カット角θ及び電極膜厚H/λを設定するのが好ましい。
0.9845≦−18.518×(H/λ)+1.2643×(H/λ)−0.019277×θ≦1.0155 …(5)
【0033】
更に、広い範囲のカット角θについて実験を行ったところ、以下に説明するように、より詳細な条件を見い出すことができた。上述した本発明のSAW共振子において、頂点温度Tpが−50℃,0℃,70℃,125℃であるとき、水晶基板のカット角θと電極膜厚H/λとの関係は、Tp特性を示す次の近似式で表される。
Tp=−50(℃)の場合:
H/λ≒−1.02586×10−4×θ −1.73238×10−2×θ−0.977607×θ−18.3420
Tp=0(℃)の場合:
H/λ≒−9.87591×10−5×θ−1.70304×10−2×θ−0.981173×θ−18.7946
Tp=+70(℃)の場合:
H/λ≒−1.44605×10−4×θ−2.50690×10−2×θ−1.45086×θ−27.9464
Tp=+125(℃)の場合:
H/λ≒−1.34082×10−4×θ−2.34969×10−2×θ−1.37506×θ−26.7895
【0034】
これらのTp特性を示す近似式から、頂点温度Tpを実用的使用温度範囲−50≦Tp≦125に設定するためには、Tp=−50℃及びTp=125℃における近似式の曲線に囲まれた領域、即ち、
−1.34082×10−4×θ−2.34969×10−2×θ−1.37506×θ−26.7895<H/λ<−1.02586×10−4×θ−1.73238×10−2×θ−0.977607×θ−18.3420
となるように、カット角θ及び電極膜厚H/λを設定すれば良いことが分かる。また、このときの電極膜厚H/λの範囲を、上述したように従来よりも優れた特性が得られる0.04<H/λ<0.12とし、その範囲に対応して、カット角θの範囲を−64.0<θ<−49.3とすることが好ましい。
【0035】
更に、より最適な条件について検討すると、頂点温度Tp(℃)は、より実用的な使用温度範囲0≦Tp≦70に設定することが望ましい。そのためには、Tp特性を示す上記近似式から、Tp=0℃及びTp=70℃における近似式の曲線に囲まれた領域、即ち、
−1.44605×10−4×θ−2.50690×10−2×θ−1.45086×θ−27.9464<H/λ<−9.87591×10−5×θ−1.70304×10−2×θ−0.981173×θ−18.7946
となるように、カット角θ及び電極膜厚H/λを設定すれば良い。このとき、電極膜厚H/λは、上述したように20000以上のQ値が得られる0.05<H/λ<0.10の範囲にするのが望ましく、その電極膜厚の範囲に対応して、カット角θを−61.4<θ<−51.1に設定することが好ましい。
【0036】
以上の詳細な検討結果から、本発明のSAW共振子は、カット角θが−64.0゜<θ<−49.3゜、好ましくは−61.4°<θ<−51.1°の範囲にある回転Yカット水晶基板を圧電基板として、SAWの伝搬方向がX軸に対して略垂直方向に励振されるSH波を用い、IDTをAlまたはAlを主とした合金の電極材料で形成し、その電極膜厚H/λを0.04<H/λ<0.12、好ましくは0.05<H/λ<0.10とすることが好ましい。これにより、従来のSTカット水晶SAW共振子よりも高いQ値及び優れた温度特性が得られると共に、頂点温度Tpを上述した実用的な使用温度範囲内に設定することができる。
【0037】
更に、IDTのライン占有率mrを上述した値0.60に固定せず、変化させた場合のTp特性について検討した。その結果、電極膜厚とライン占有率との積H/λ×mrは、その値を大きくする程、頂点温度Tpは下がることが分かった。
【0038】
次に、頂点温度Tpが−50℃,0℃,70℃,125℃であるとき、電極膜厚とライン占有率との積H/λ×mrと水晶基板のカット角θとの関係は、Tp特性を示す次の近似式で表される。
Tp=−50(℃)の場合:
H/λ×mr≒−6.15517×10−5×θ−1.03943×10−2×θ−0.586564×θ−11.0052
Tp=0(℃)の場合:
H/λ×mr≒−5.92554×10−5×θ−1.02183×10−2×θ−0.588704×θ−11.2768
Tp=70(℃)の場合:
H/λ×mr≒−8.67632×10−5×θ−1.50414×10−2×θ−0.870514×θ−16.7678
Tp=125(℃)の場合:
H/λ×mr≒−8.04489×10−5×θ−1.40981×10−2×θ−0.825038×θ−16.0737
【0039】
これらのTp特性を示す近似式から、頂点温度Tpを実用的使用温度範囲−50≦Tp≦125に設定するためには、Tp=−50℃及びTp=125℃における近似式の曲線に囲まれた領域、即ち、
−8.04489×10−5×θ−1.40981×10−2×θ−0.825038×θ−16.0737<H/λ×mr<−6.15517×10−5×θ−1.03943×10−2×θ−0.586564×θ−11.0052
となるように、カット角θ及び電極膜厚とライン占有率との積H/λ×mrを設定すれば良いことが分かる。また、このときの電極膜厚H/λの範囲を、上述したように従来よりも優れた特性が得られる0.04<H/λ<0.12とし、その範囲に対応して、カット角θの範囲を−64.0<θ<−49.3とすることが好ましい。
【0040】
更に、より最適な条件について検討すると、頂点温度Tp(℃)は、より実用的な使用温度範囲0≦Tp≦70に設定することが望ましい。そのためには、Tp特性を示す上記近似式から、Tp=0℃及びTp=70℃における近似式の曲線に囲まれた領域、即ち、
−8.67632×10−5×θ−1.50414×10−2×θ−0.870514×θ−16.7678<H/λ×mr<−5.92554×10−5×θ−1.02183×10−2×θ−0.588704×θ−11.2768
となるように、カット角θ及び電極膜厚とライン占有率との積H/λ×mrを設定すれば良い。このとき、電極膜厚H/λは、上述したように20000以上のQ値が得られる0.05<H/λ<0.10とするのが望ましく、その電極膜厚の範囲に対応して、カット角θを−61.4<θ<−51.1に設定することが好ましい。
【0041】
図4は、本発明によるSAWセンサの第1実施例を示している。このSAWセンサは、所謂トランスバーサル型構造で、圧電基板1の表面には、励振用IDT2と受信用IDT3とそれらの間のSAW伝搬面に配置した検出物質反応膜などの受容体4とを有する。受容体4は、検出対象となる化学物質の性状・特質などに対応して、例えばガス吸着体、酵素、微生物、抗体、DNAなど従来公知の様々なものを用いることができ、それらを固定した膜、セルなど従来公知の様々な形態で使用される。前記受容体に目的の化学物質が化学的に結合してその重量が変化すると、励振用IDT2により励振されたSAW5の伝搬速度が変化し、これを受信用IDT3が発振周波数の変化として測定することにより、目的物質及び/又はその物性を高精度に検出することができる。
【0042】
圧電基板1は、回転Yカット水晶基板のカット角θを結晶Z軸より反時計方向に−64〜−49.3°回転した付近に設定し、かつSAWの伝搬方向を結晶X軸に対して略垂直方向(90±5°)にした水晶平板である。この回転Yカット水晶基板は、カット面及びSAWの伝搬方向を(0°,26〜40.7°,90±5°)のオイラー角で表示することができる。各IDT2,3は、Al又はAlを主成分とする合金の電極材料で、フォトリソグラフィ、蒸着、スパッタリングなどの従来方法を用いて形成されている。各IDT2,3の電極膜厚Hは、該IDTにより励振されるSAWの波長をλとして、0.04<H/λ<0.12に設定される。
【0043】
本実施例のSAWセンサは、このように設定した回転Yカット水晶基板を圧電基板1に用いかつIDT2,3を形成することによって、SH波を励振する。そのため、優れた表面波エネルギの閉じ込め効果が得られ、それにより伝搬損失を少なくしてQ値を高くし、CI値を小さくして、図5に示すように優れた共振特性を得ることかできる。また、SH波を励振するので、本実施例のSAWセンサは、液相系のセンサにも使用することができる。更に、良好な温度特性及び高いQ値が得られるので、CI値を低く抑制でき、高感度かつ高い測定精度のセンサを実現することができる。
【0044】
図6は、本発明によるSAWセンサの第2実施例を示している。このSAWセンサ10は、同様に回転Yカット水晶板のカット面及びSAWの伝搬方向をオイラー角表示で(0°,26〜40.7°,90±5°)とした水晶平板からなる圧電基板11の表面略中央に、1組の交差指電極12a、12bからなるIDT13が形成されている。IDT13の略中央には、前記交差指電極を構成する電極指と電極指間のSAW伝搬面に受容体14が配置されている。IDT13は、Al又はAlを主成分とする合金の電極材料で形成され、かつその電極膜厚Hは、励振されるSAWの波長をλとして、0.04<H/λ<0.12に設定されている。
【0045】
IDT13及び受容体14の左右両側には、それぞれ格子構造の反射器15、15が配置されている。前記反射器は、IDT13と同様に、かつそれと同時にAl又はAlを主成分とする合金で形成することができる。この1ポート共振子型のSAWセンサ10において、入力側交差指電極12aと出力側交差指電極12b間に所定の高周波信号電圧を印加すると、圧電基板11の表面に入力信号と同じ周波数のSAWが励振される。SAWはIDT13の左右両側に伝搬し、左右の反射器15、15に反射されてIDT13の中心に向けて戻る結果、前記両反射器間にSAWの定在波が発生する。このように両反射器15、15間に表面波エネルギが閉じ込められることによって、SAWの圧電基板11の端面による反射波の影響を有効に排除することができる。
【0046】
受容体14が検出対象の化学物質を吸着するなどしてその重量が増加すると、SAWの伝搬速度が変化し、その周波数が変化する。この周波数変化を測定することによって、目的の化学物質を検出しかつ/又はその濃度、pHなど物性を測定することができる。前記反射器による表面波エネルギの閉じ込め効果により、圧電基板11端面によるSAW反射波の影響を排除できるだけでなく、伝搬損失を少なくしてQ値を高くし、CI値を小さくして、より優れた共振特性が得られるので、SAWセンサの感度が向上し、高精度な検出・測定が可能になる。
【0047】
図7は、図6に示す第2実施例のSAWセンサの変形例を示している。この変形例のSAWセンサ20は、第2実施例と同じ1ポート共振子型の構成を有するが、圧電基板21表面に、入力側及び出力側交差指電極22a,22bからなるIDT23と受容体24とをSAWの伝搬方向に沿って並置し、それらの両側に反射器25、25を配置した点において、第1実施例と異なる。
【0048】
この変形例においても、IDT23の前記両交差指電極間に所定の高周波信号電圧を印加すると、それと同じ周波数のSAWが圧電基板21表面に励振され、IDT23の左右両側に伝搬しかつ左右の反射器25、25に反射され、前記両反射器間にSAWの定在波が発生する。この表面波エネルギの閉じ込め効果によって、SAWの圧電基板21端面による反射波の影響を有効に排除できる。
【0049】
IDT23と一方の反射器25間のSAW伝搬面に配置された受容体24が検出対象の化学物質を吸着すると、それによる重量の変化がSAW伝搬速度の変化となり、周波数変化として検出する。これにより、同様に目的の化学物質の検出及び/又は物性の測定を高精度に行うことができる。
【0050】
図8は、本発明によるSAWセンサの第3実施例を示している。このSAWセンサ30は2ポート共振子型で、同様に回転Yカット水晶板のカット面及びSAWの伝搬方向をオイラー角表示で(0°,26〜40.7°,90±5°)とした水晶平板からなる圧電基板31を有する。圧電基板31表面には、第1実施例と同様に励振用IDT32及び受信用IDT33と、前記両IDT間のSAW伝搬面に配置された受容体34とを備え、更にそれらを挟むように左右両側にそれぞれ配置された格子構造の反射器35、35が設けられている。励振用IDT32及び受信用IDT33は、それぞれAl又はAlを主成分とする合金の電極材料で形成され、かつその電極膜厚Hは、励振されるSAWの波長をλとして、0.04<H/λ<0.12に設定されている。
【0051】
励振用IDT32に所定の高周波信号電圧を印加すると、それと同じ周波数のSAWが圧電基板31表面に励振され、第2実施例の場合と同様にIDT32の左右両側に伝搬しかつ左右の反射器35、35に反射されるので、前記両反射器間にSAWの定在波が発生する。この表面波エネルギの閉じ込め効果によって、同様にSAWの圧電基板31端面による反射波の影響を有効に排除できる。
【0052】
励振用IDT32により励振されたSAWは受信用IDT33により受信され、その周波数が測定される。このとき、受容体34が検出対象の化学物質を吸着することによりその重量が変化していると、SAW伝搬速度の変化が周波数変化として検出されるので、同様に目的の化学物質の検出及び/又は物性の測定を高精度に行うことができる。
【0053】
_ 図9は、本発明によるマルチチャネル型SAWセンサシステムの実施例を示している。このSAWセンサシステム40は、単一かつ共通の圧電基板41の表面に多数のSAWセンサ42がSAWの伝搬方向に関して直列かつ並列に、本実施例では4×4のマトリクス状に配列されている。本実施例の各SAWセンサ42は、図6に示す第2実施例のSAWセンサと同じ構成を有し、圧電基板41表面に1組の交差指電極からなるIDT43と、その略中央に前記交差指電極間のSAW伝搬面に配置された受容体44と、それらの左右両側にそれぞれ配置された格子構造の反射器45、45とを備える。
【0054】
圧電基板41は、同様に回転Yカット水晶板のカット面及びSAWの伝搬方向をオイラー角表示で(0°,26〜40.7°,90±5°)とした水晶平板である。また、各SAWセンサ42のIDT43は、それぞれAl又はAlを主成分とする合金の電極材料で形成され、かつその電極膜厚Hは、励振されるSAWの波長をλとして、0.04<H/λ<0.12に設定されている。
【0055】
各SAWセンサ42において、IDT43に所定の高周波信号電圧を印加すると、それと同じ周波数のSAWが圧電基板41表面に励振され、該IDTの左右両側に伝搬しかつ左右の反射器45、45に反射される。これにより、各チャネル毎にそれぞれ左右の反射器間でSAWの定在波が発生する。このように各SAWセンサ42においてそれぞれ両反射器45、45間に表面波エネルギが閉じ込められる結果、各チャネルの感度が向上することに加えて、各チャネルのSAWセンサを同時に発振させた場合でも、SAWがその伝搬方向に隣接する別のチャネルのSAWセンサまで伝搬するのを有効に防止することができる。また、上述した第1及び第2実施例のSAWセンサと同様に、圧電基板41端面による反射波の影響も有効に排除することができる。
【0056】
_ 以上、本発明についてその好適な実施例を用いて説明したが、本発明はその技術的範囲内において上記実施例に様々な変形・変更を加えることができる。例えば、図9のSAWセンサシステムにおいて、各SAWセンサ42を図6乃至図8のSAWセンサで置き換えることができ、また複数のSAWセンサ42をSAWの伝搬方向に関して直列又は並列に1列に配置したり、様々な形に配列することができる。また、図4のSAWセンサは、これをSAWの伝搬方向に関して複数個並列に配置することによって、同様にマルチチャネル型のSAWセンサシステムが得られる。
【図面の簡単な説明】
【0057】
【図1】本発明に使用する回転Yカット90°X伝搬水晶板を示す説明図。
【図2】本発明のSAWセンサを構成するSAW共振子の周波数温度特性を、従来のSTカット水晶板を用いた場合と比較して示す線図。
【図3】本発明によるSAWセンサの電極膜厚H/λとQ値との関係を示す。
【図4】本発明によるSAWセンサの第1実施例を示す平面図。
【図5】図4に示すSAWセンサの伝送特性を示す波形図。
【図6】本発明によるSAWセンサの第2実施例を示す平面図。
【図7】図5の第1実施例の変形例を示す平面図。
【図8】本発明によるSAWセンサの第3実施例を示す平面図。
【図9】本発明によるマルチチャネル型のSAWセンサシステムの実施例を示す平面図。
【図10】LiTaO 及び水晶の周波数温度特性を示す線図。
【図11】LiTaOの伝送特性を示す線図。
【符号の説明】
【0058】
1,11,21,31,41…圧電基板、2,32…励振用IDT、3,33…受信用IDT、4,14,24,34,44…受容体、5…SAW、10,20,30,42…SAWセンサ、12a、12b,22a,22b…交差指電極、13,23,43…IDT、15,25,35,45…反射器、40…SAWセンサシステム。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
圧電基板と、前記圧電基板の表面に形成したIDTと、前記IDTにより励振される弾性表面波の伝搬面に固定され、目的の物質を認識するための受容体とを備え、前記圧電基板が回転Yカット水晶板であり、そのカット面及び前記弾性表面波の伝搬方向をオイラー角表示で(0°,26〜40.7°,90±5°)とした水晶平板からなり、前記IDTが、Al又はAlを主成分とする合金からなる電極膜で形成され、かつ、前記電極膜の膜厚Hが、前記弾性表面波の波長をλとして、0.04<H/λ<0.12であることを特徴とする弾性表面波センサ。
【請求項2】
前記弾性表面波の伝搬方向に沿って前記IDT及び前記受容体を挟むようにそれらの両側に配置される1対の反射器を更に備えることを特徴とする請求項1に記載の弾性表面波センサ。
【請求項3】
前記IDTが励振用IDTと受信用IDTとからなり、前記受容体が前記励振用IDTと前記受信用IDTとの間に配置されていることを特徴とする請求項1又は2に記載の弾性表面波センサ。
【請求項4】
前記IDTが1組の交差指電極を有する1つのIDTからなり、前記受容体が前記交差指電極の電極指と電極指との間に配置されていることを特徴とする請求項2に記載の弾性表面波センサ。
【請求項5】
前記IDTが1つのIDTからなり、前記受容体が前記IDTと一方の前記反射器との間に配置されていることを特徴とする請求項2に記載の弾性表面波センサ。
【請求項6】
請求項1乃至5のいずれかに記載される複数の弾性表面波センサを有し、前記複数の弾性表面波センサが前記弾性表面波の伝搬方向に関して直列にかつ/又は並列に配置されると共に、前記各弾性表面波センサが単一の共通の圧電基板に設けられていることを特徴とする弾性表面波センサシステム。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【公開番号】特開2007−78428(P2007−78428A)
【公開日】平成19年3月29日(2007.3.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−264448(P2005−264448)
【出願日】平成17年9月12日(2005.9.12)
【出願人】(000002369)セイコーエプソン株式会社 (51,324)
【Fターム(参考)】