成膜プロセスの解析装置、その解析方法および記憶媒体
【課題】従来のオイラー法では容易に解析できなかった溶射粒子の偏平・凝固現象を解析し、これまでに解析が不可能であった多相材料の変形挙動や、周囲のガス相の取り込みによる気孔の形成過程までを取り扱うことができる溶射プロセスの解析装置を提供する。
【解決手段】溶射粒子に熱・運動エネルギーを付与して基材上に成膜を行うプロセスの解析装置であって、溶射粒子の物性、基材衝突前の溶射粒子の形状、速度を入力する入力部と、溶射粒子を質量の総和が前記溶射粒子と等しい複数のモデル粒子に置き換えるモデル作成部と、これら個々のモデル粒子の運動をモデル粒子に固定した座標系によって記述した運動方程式を解く演算部と、得られた個々のモデル粒子の速度、圧力等のデータから溶射粒子の変形挙動を表わす出力部とを具備する。
【解決手段】溶射粒子に熱・運動エネルギーを付与して基材上に成膜を行うプロセスの解析装置であって、溶射粒子の物性、基材衝突前の溶射粒子の形状、速度を入力する入力部と、溶射粒子を質量の総和が前記溶射粒子と等しい複数のモデル粒子に置き換えるモデル作成部と、これら個々のモデル粒子の運動をモデル粒子に固定した座標系によって記述した運動方程式を解く演算部と、得られた個々のモデル粒子の速度、圧力等のデータから溶射粒子の変形挙動を表わす出力部とを具備する。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、多相材料の変形挙動や、周囲のガス相の取り込みによる気孔の形成過程までを取り扱うことができる成膜プロセスの解析装置、その解析方法および記憶媒体に関する。
【背景技術】
【0002】
材料の溶射粒子を加熱・吹き付けにより基材上に堆積させて皮膜を形成する溶射法は、エネルギー機器や運送機器、半導体関連機器、建築構造材料などの部材への耐磨耗性や耐食性、耐熱性の付与などの様々な用途に用いられている。
【0003】
溶射法によって形成される皮膜の特性(気孔率、残留応力、耐食性、耐熱性、電気伝導率等)は、個々の溶射粒子の扁平挙動と溶射粒子同士の積み重なりの状態によって大きく変化することから、これらの現象を解析する技術は、実用上重要である。
【0004】
これまでにも、溶射法の粒子扁平挙動を実験的、数値的に解析する試みが数多くなされてきた。
【0005】
例えば、古典的な解析モデルとしては、粒子の扁平後の形状をディスク形状に近似したMadjeskiモデルがよく知られている。
【0006】
このモデルによれば、扁平後の粒子の形状は以下の式(1)によって与えられる。
【数1】
ここで、ζmは、初期の粒子径と扁平後のディスクの幅との比、ReはReynolds数、WeはWeber数である。
【0007】
このモデルは、実際の挙動を比較的良く表現できることが報告され、本モデルをベースとして材料やプロセスに応じて様々な補正がなされている。
【0008】
また、数値流体解析的な方法による解析も多くなされており、非圧縮性流体の解析スキームであるSOLA法と流体の存在率を表すVOF関数とを組み合わせた手法等を中心として多くの報告がなされている。
【0009】
従来の数値流体解析的な方法では、流体が占める領域を格子分割し、それぞれの格子位置での速度や圧力などの変数値を時間ステップごとに解析する方法が用いられていた。
【0010】
しかしながら、例えば、オイラー法に基づく格子を用いた数値解析手法では、溶射液滴の扁平挙動のような初期の粒子が大きく変形、あるいは飛散する現象(いわゆるスプラッシュ現象)については、解析が困難であった。
【0011】
このため、格子を溶射粒子の変形に伴って移動させるALE(Arbitrary Lagrangian Eulerian)法や、逐次格子の再分割を行うAdaptive Mesh法なども用いられているが、計算の収束や合理的な解を得るためには数多くの試行錯誤が必要であり、一般的なプロセス技術者が利用できるような、汎用性の高い計算手法は未だ見出されていないのが現状である。
【0012】
また、対象とする液滴の扁平挙動のように、自由表面を取り扱う場合には、数値拡散等の問題によって表面が次第にぼやけるなどの問題点も指摘されている。
【0013】
一方、現在、格子を利用しない解析手法として、流体を等価な複数個のモデル粒子に置き換え、それぞれのモデル粒子の相互作用によって流動を解析する粒子法が発展しつつある。
【0014】
例えば、MPS法(Moving Particle Semi-Implicit Method)は、粒子法を用いて流体の流動現象を非統計的に表現する計算手法として、注目されている(特開平7-334484、特開2002-137272)。
【0015】
MPS法では、非圧縮性流体の流動を記述する次式(2)のような支配方程式を用いている。
【数2】
ここで、uは流速、Pは圧力、ρは密度、νは動粘性係数、fは外力、Dはラグランジュ微分を示す。
【0016】
上式(2)の右辺第一項の圧力項以外を陽的に計算し、これにより得られたモデル粒子の仮の速度と位置から生じる圧力勾配を、別途圧力のポアソン方程式を陰的に解いて求め、上記モデル粒子の速度と位置の修正を行いながら、時間展開している。
【特許文献1】特開平7-334484号公報
【特許文献2】特開2002-137272号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0017】
このような粒子法は、(1)ラグランジュ法に属することから、一般的なオイラー法の支配方程式の離散化で問題となる対流項の計算が不要であり、数値拡散や数値振動の問題が生じにくいこと、(2)格子法のように変形に伴う格子のゆがみを考慮する必要がなく、液滴の分裂や飛散などの現象を容易に再現することが可能であること、(3)モデル粒子の有無によって自由表面が表されるため、計算の進行にともなって表面形状がぼやける問題が無いこと等の利点を持っている。
【0018】
しかし、本粒子法を溶射法による粒子の扁平・凝固挙動に適用した事例はなく、溶射プロセスを表現するためには、実材料のモデル化などの問題点が残されている。
【0019】
上述したように、溶射粒子の扁平・凝固プロセスの解析において、従来のオイラー法に基づく格子分割による解析手法は、対象物が大変形することによる計算の破綻や、自由表面の取扱いに関する困難さ等の問題があるので、実材料を対象とした汎用的な解析手段を確立する必要がある。
【0020】
したがって、本発明は、従来のオイラー法では容易に解析できなかった溶射粒子の偏平・凝固現象を解析し、これまでに解析が不可能であった多相材料の変形挙動や、周囲のガス相の取り込みによる気孔の形成過程までを取り扱うことができる成膜プロセスの解析装置、解析方法、記憶媒体を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0021】
上述した目的を達成するために、請求項1に記載の成膜プロセスの解析装置は、溶射粒子に熱・運動エネルギーを付与して基材上に成膜を行うプロセスの解析装置であって、溶射粒子の物性、基材衝突前の溶射粒子の形状、速度を入力するデータ入力部と、溶射粒子を質量の総和が溶射粒子と等しい複数のモデル粒子に置き換えるモデル作成部と、これら個々のモデル粒子の運動をモデル粒子に固定した座標系によって記述した運動方程式を解く演算部と、得られた個々のモデル粒子の速度、圧力等のデータから溶射粒子の変形挙動を表わす出力部とを具備することを特徴とする。
【0022】
また、請求項7に記載の溶射装置は、上記成膜プロセスの解析装置に加えて、解析装置による粒子の扁平挙動の解析結果に基づいて溶射ガンの出力やガス流量、溶射距離、ガンのトラバース速度等のプロセス条件を制御するフィードバック回路を具備することを特徴とする。
【0023】
また、請求項8に記載の成膜プロセスの解析方法は、溶射粒子に熱・運動エネルギーを付与して基材上に成膜を行うプロセスにおいて、入力部が、溶射粒子の物性、基材衝突前の溶射粒子の形状、速度を入力するステップと、演算部が、溶射粒子を質量の総和が溶射粒子と等しい複数のモデル粒子に置き換えて、これら個々のモデル粒子の運動をモデル粒子に固定した座標系によって記述した運動方程式を解くステップと、出力部が、得られた個々のモデル粒子の速度、圧力等のデータから溶射粒子の変形挙動を表すステップとを有することを特徴とする。
【0024】
さらに、請求項10に記載の記憶媒体は、上記解析方法で用いられた各ステップを記録したことを特徴とする。
【発明の効果】
【0025】
本発明によれば、これまでのメッシュを用いたオイラー法では容易に解析できなかった溶射粒子の偏平・凝固現象を安定して解くことができる。また、これまでに解析が不可能であった多相材料の変形挙動や、周囲のガス相の取り込みによる気孔の形成過程までを取り扱うことができ、従来にない溶射プロセスの解析装置を実現することが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0026】
以下、本発明に係る溶射粒子の扁平挙動に関する解析装置、解析方法、記録媒体と溶射装置の実施形態について、図面を参照して説明する。
【実施例1】
【0027】
図1は、本発明の実施の典型的な形態を示す。本発明の成膜プロセスの解析装置40は、主としてデータ入力部1、モデル作成部2、演算部3、出力部4から構成されている。
【0028】
先ず、データ入力部1は、溶射粒子や基材の形状、基材衝突前の溶射粒子の速度・温度等の成膜プロセス条件と、各種材料の密度や粘性係数、表面張力係数、比熱、熱伝導率、界面熱抵抗、凝固潜熱等の材料物性値を入力する部位である。
【0029】
各種の材料物性値については、解析毎に値を入力することも可能であるが、一般的には、データを蓄積するデータ保管部を入力部に設けたほうが効率的である。
【0030】
粒子の速度や温度については、近年のセンサー技術の進歩によって、溶射施工時に容易に計測することが可能になりつつあることから、これらの計測データを成膜プロセスの入力値として利用すれば、溶射時にオンラインで解析を行うこともできる。
【0031】
次に、モデル作成部2では、データ入力部1で入力された形状データに基づいて、モデル粒子を用いた粒子や基材形状のモデル化を行う。
【0032】
図2は、球形の溶射粒子と基材とを、点で描いたモデル粒子7によってモデル化した例を示したものである。図中、5は溶射粒子、6は基材、点はモデル粒子7を示す。
【0033】
その後の演算において、流体の非圧縮性による拘束条件を与えるために、モデル粒子7の数密度(単位面積あたりの粒子数)を一定に保つよう解析を進めることから、初期の粒子の配置は、少なくとも同一の材料内では、密度が一定となるよう配置する必要がある。
【0034】
図3(A)および(B)は、このためのモデル粒子7の配置方法を示したものである。
【0035】
図3(A)は、直交する格子の格子点上にモデル粒子7を配置したものであり、この配置は、最もモデル化が簡単である。しかしながら、このような配置は、最密充填構造ではないために、溶射粒子の衝突/偏平現象のような衝撃的な力が材料に加わった場合、解析手法に起因する圧力変動が大きくなり、結果として解析誤差が大きくなる場合がある。
【0036】
このような時には、図3(B)図のような千鳥格子による配置を用い、圧力変動を小さくするような対策を取ることも可能である。
【0037】
演算部3では、粒子法を用いた流動解析と熱伝導・凝固解析が行われ、得られた結果から、粒子の変形形状や、凝固速度、残留応力、皮膜内部の気孔率、密着強度等の推定が行なわれる。
【0038】
上記粒子法のアルゴリズムとしては、メッシュレスのラグランジュ法による解析手法であれば、特定の手法に限定されることは無いが、解析の汎用性や安定性、解析精度等の観点から、前述した越塚らによって開発されたMPS法(Moving Particle Semi-Implicit Method)が好適である。
【0039】
図4は、MPS法による流動解析の計算フローを示したものである。
【0040】
ステップS1で、流動解析をはじめると、ステップS2で、各種の計算条件を入力し、ステップS3で、粒子の初期配置、初期速度、圧力を設定した後、ステップS4で、下記の式(3)の支配方程式における右辺第2項の粘性項と、第3項の外力項(主として重力項と表面張力項)の計算を行なう。
【数3】
ここで、uは流速、Pは圧力、ρは密度、νは動粘性係数、fは外力、Dはラグランジュ微分を示す。
【0041】
また、図5は、着目モデル粒子19と隣接モデル粒子20との位置関係を示したものであるが、中央の着目モデル粒子19と、隣接モデル粒子20との相互作用が働く範囲をreとし、次式(4)のような重み関数wを導入する。
【数4】
ここで、rは着目する粒子とそれ以外の粒子との距離である。MPS法によるラプラシアンモデルを用いると、粘性項における速度のラプラシアンは、次式(5)のように計算される。
【数5】
【0042】
ここで、dは次元数、n0は初期の粒子数密度、λは物理量の分布の分散を解析解と一致させるための定数である。
【0043】
ステップS5で、これらの方法によって粘性項と外力項による粒子の暫定的な位置の更新を行う。
【0044】
ステップS6で、粘性項と外力項によって更新された粒子座標では、非圧縮性の条件である粒子数密度一定の条件が満たされないので、暫定的な粒子数密度n*と初期配置での粒子数密度n0との差をソース項とした圧力のポアソン方程式を考える。
【数6】
ここで、kは計算ステップ、Δtは時間刻み、ρは密度を表す。
【0045】
ステップS7で、左辺の圧力のラプラシアンを上述したようなMPS法によるラプラシアンモデルで記述し、陰的にポアソン方程式を解いて圧力場を更新する。そして、圧力場の勾配から粒子の速度と位置を修正して、ステップS8で、流動解析の1回目の計算ステップを終了する。
【0046】
さらに、ステップS9で、時間を更新して、ステップS4の前に戻り、2回以降の計算を繰り返し、最後に、ステップS10で、所定の回数だけ繰り返して、流動解析を終了する。
【0047】
一方、熱伝導の解析では、次式(7)のような熱伝導方程式をMPS法による相互作用モデルによって解く。
【数7】
ここで、Tは温度、kは熱伝導率、Cpは比熱、Qは熱源である。
【0048】
凝固潜熱については、エンタルピー変化(いわゆるエンタルピー法)として、もしくは比熱に補正を加える(いわゆる比熱換算法)ことによって、熱伝導方程式に取り込み、それぞれのモデル粒子に固相率を設定することによって、凝固の解析を粒子法によって扱うことが可能となる。
【0049】
また、図1中の演算部3では、以上のような流動解析と熱伝導・凝固解析との連成解析の結果から、基材上に付着した粒子の座標値から凝固後の粒子の幅や厚さ等の形状データを推定したり、すべての粒子で固相率が100%となる時間から凝固速度を推定したり、凝固直後の粒子と周囲の固相粒子との間に線形バネを導入し、さらに変形が進行した後のバネに蓄積されるエネルギーから残留応力の値を推定したりすることができる。
【0050】
さらに、図1中の出力部4では、時系列的なモデル粒子の位置や温度の変化、各種の予測値のデータ出力を行う。
【0051】
図6は、解析の一例として、溶射粒子5を融点直上の温度に加熱し、基材6に衝突させたときの偏平・凝固の様子を、時間ステップを追って、点で描いたモデル粒子7の密度の変化として示したものである。
【0052】
このように粒子法を用いれば、計算が破綻することなく溶射粒子5の偏平挙動を解析することが可能であり、本手法による粒子の変形後の広がりは、これまでに広く利用されてきたMadjeskiモデルとも30%程度の誤差を持って定量的によく一致することが明らかにされている。
【実施例2】
【0053】
図7(A)および図7(B)は、高融点相を剛体として取り扱った多相材料のモデル化を示したものであり、図7(B)は、図7(A)に粒子の座標を補正したものである。
【0054】
本実施例では、少なくとも2つの化学組成(融点)の異なる相からなる溶射粒子5の偏平挙動をモデル化する方法について述べる。因みに、21は低融点相モデル粒子であり、22は高融点相モデル粒子である。
【0055】
このような系の最も単純な取扱いとしては、流動解析において、高融点側の相モデル粒子22を剛体として取り扱うことである。
【0056】
したがって、すべてのモデル粒子を同等に流動解析した後、高融点相のモデル粒子22については、高融点相の重心からのそれぞれの高融点相モデル粒子の相対的な位置関係が変化しないよう、すなわち重心周りの回転運動だけが許されるように、図7(B)のように、粒子の座標に補正を加える。
【0057】
このような方法によって、融点の異なる相から構成されるモデル粒子21,22の偏平・凝固挙動も解析することが可能であり、高融点相としてタングステン炭化物や、クロム炭化物等の化合物、低融点相としてクロムやコバルト、ニッケルなどを対象とすれば、耐磨耗用溶射材料として広く利用されているサーメット系の材料の解析が実現される。
【実施例3】
【0058】
図8は、溶射時に、基材27上で、溶射粒子5のモデル粒子25の中にガス相のモデル粒子26が巻き込まれて、気孔が発生する様子を示したものであり、周辺に存在する空気を一緒に解析した場合に、界面に形成された気孔の状況を模式的に示している。
【0059】
このように、粒子法を用いれば、空気をモデル化した溶射粒子26が皮膜内部に残存している領域を求めることにより、皮膜の気孔率や気孔の分布を推定することが可能となる。
【0060】
溶射粒子と空気とは、密度差が大きいことから、重い粒子である溶射粒子のモデル粒子25だけの挙動を計算した後、空気のモデル粒子26の圧力計算を行う2段階の圧力場の計算アルゴリズムを用いると、安定した計算が可能である。
【0061】
なお、このような粒子法の計算によって、界面でのモデル粒子の配置が得られるが、溶射粒子のモデル粒子と基材との間に適当なばね要素を仮定すれば、溶射皮膜の密着強度の推定が可能になる。
【実施例4】
【0062】
図9は、溶射施工時のオンラインでの溶射粒子の速度・温度計測装置と、本発明の溶射粒子の変形解析装置、ならびに解析結果の溶射装置へのフィードバック回路とを備えた知能化溶射装置の全体構成を示したものである。
【0063】
図9において、28は、溶射ガン29を備えた溶接ロボットであり、ロボット制御装置38によって座標位置等が制御される。また、溶射ガン29は、溶射フレーム30や溶射フレーム30中に含まれる飛行溶射粒子31の条件等を溶射ガン制御装置39によって制御され、溶射フレーム30中の飛行溶射粒子31を基材32の表面に溶射する。
【0064】
34は、撮像素子としてCCD等を採用したカメラであり、溶射フレーム30および飛行溶射粒子31を撮影する。撮影された画像は、画像解析装置35に入力されて解析されるようになっている。
【0065】
この画像解析装置35の解析結果および扁平・凝固解析装置36による解析結果は、それぞれ溶射施工データ蓄積部37に蓄積される。そして、溶射施工データ蓄積部37に蓄積されたデータは、ロボット制御装置38および溶射ガン制御装置39にフィードバックされる。
【0066】
オンラインでの溶射粒子の温度計測には、放射温度計が用いられることが多い。一方、粒子速度の計測には、個々の粒子から発せられる放射光の軌跡を画像解析によって測定するものや、測定領域から発せられる放射光のスペクトルの時間変化から測定するものや、溶射粒子にレーザー光を照射し、粒子から出てくる反射光の軌跡を捉えて測定するものなどが広く知られているが、本発明の解析装置の入力データとしては、いずれの粒子速度の計測手法を用いてもよい。
【0067】
解析装置による解析結果を、例えば、最良の皮膜形成における溶射粒子の変形データと比較して、両者の差に基づいて、溶射ガンの出力やガス流量、溶射距離、ガンのトラバース速度等のプロセスパラメータを制御するような、フィードバック機構を設けることによって、従来にない溶射装置の知能化を達成することが可能となる。
【産業上の利用可能性】
【0068】
従来のオイラー法では容易に解析できなかった溶射粒子の偏平・凝固現象を安定して解くことができ、これまでに解析が不可能であった多相材料の変形挙動や、周囲のガス相の取り込みによる気孔の形成過程までを取り扱うことが不可欠な用途ならいずれにも適用できる。
【図面の簡単な説明】
【0069】
【図1】本発明の溶射粒子の扁平・凝固解析装置の典型的な実施例である。
【図2】溶射粒子と基材の粒子法によるモデル化の例である。
【図3】モデル粒子の初期配置の例である。
【図4】MPS法による流動解析の計算フローである。
【図5】着目モデル粒子と隣接モデル粒子との位置関係を示す例である。
【図6】本発明の解析装置による溶射粒子の扁平・凝固解析の例である。
【図7】多相材料のモデル化(高融点相の剛体としての取扱い)の例である。
【図8】ガス相のモデル粒子の巻き込みによる気孔の発生を示す例である。
【図9】オンライン計測機構とプロセスフィードバック機構を有する溶射装置の実施例である。
【符号の説明】
【0070】
1…データ入力部、2…モデル作成部、3…演算部、4…出力部、5…溶射粒子、6…基材、7…直交格子を用いたモデル粒子の初期配置、8…千鳥格子を用いたモデル粒子の初期配置、19…着目モデル粒子、20…隣接モデル粒子、21…低融点相モデル粒子、22…高融点相モデル粒子、23…時間ステップ1、24…時間ステップ2、25…溶射粒子モデル粒子、26…周囲ガス相モデル粒子、27…基材、28…溶射ロボット、29…溶射ガン、30…溶射フレーム、31…飛行溶射粒子、32…基材、33…皮膜、34…CCDカメラ、35…画像解析装置、36…扁平・凝固解析装置、37…溶射施工データ蓄積部、38…ロボット制御装置、39…溶射ガン制御装置、S1…解析ステップ1、S2…解析ステップ2、S3…解析ステップ3、S4…解析ステップ4、S5…解析ステップ5、S6…解析ステップ6、S7…解析ステップ7、S8…解析ステップ8、S9…解析ステップ9、S10…解析ステップ10
【技術分野】
【0001】
本発明は、多相材料の変形挙動や、周囲のガス相の取り込みによる気孔の形成過程までを取り扱うことができる成膜プロセスの解析装置、その解析方法および記憶媒体に関する。
【背景技術】
【0002】
材料の溶射粒子を加熱・吹き付けにより基材上に堆積させて皮膜を形成する溶射法は、エネルギー機器や運送機器、半導体関連機器、建築構造材料などの部材への耐磨耗性や耐食性、耐熱性の付与などの様々な用途に用いられている。
【0003】
溶射法によって形成される皮膜の特性(気孔率、残留応力、耐食性、耐熱性、電気伝導率等)は、個々の溶射粒子の扁平挙動と溶射粒子同士の積み重なりの状態によって大きく変化することから、これらの現象を解析する技術は、実用上重要である。
【0004】
これまでにも、溶射法の粒子扁平挙動を実験的、数値的に解析する試みが数多くなされてきた。
【0005】
例えば、古典的な解析モデルとしては、粒子の扁平後の形状をディスク形状に近似したMadjeskiモデルがよく知られている。
【0006】
このモデルによれば、扁平後の粒子の形状は以下の式(1)によって与えられる。
【数1】
ここで、ζmは、初期の粒子径と扁平後のディスクの幅との比、ReはReynolds数、WeはWeber数である。
【0007】
このモデルは、実際の挙動を比較的良く表現できることが報告され、本モデルをベースとして材料やプロセスに応じて様々な補正がなされている。
【0008】
また、数値流体解析的な方法による解析も多くなされており、非圧縮性流体の解析スキームであるSOLA法と流体の存在率を表すVOF関数とを組み合わせた手法等を中心として多くの報告がなされている。
【0009】
従来の数値流体解析的な方法では、流体が占める領域を格子分割し、それぞれの格子位置での速度や圧力などの変数値を時間ステップごとに解析する方法が用いられていた。
【0010】
しかしながら、例えば、オイラー法に基づく格子を用いた数値解析手法では、溶射液滴の扁平挙動のような初期の粒子が大きく変形、あるいは飛散する現象(いわゆるスプラッシュ現象)については、解析が困難であった。
【0011】
このため、格子を溶射粒子の変形に伴って移動させるALE(Arbitrary Lagrangian Eulerian)法や、逐次格子の再分割を行うAdaptive Mesh法なども用いられているが、計算の収束や合理的な解を得るためには数多くの試行錯誤が必要であり、一般的なプロセス技術者が利用できるような、汎用性の高い計算手法は未だ見出されていないのが現状である。
【0012】
また、対象とする液滴の扁平挙動のように、自由表面を取り扱う場合には、数値拡散等の問題によって表面が次第にぼやけるなどの問題点も指摘されている。
【0013】
一方、現在、格子を利用しない解析手法として、流体を等価な複数個のモデル粒子に置き換え、それぞれのモデル粒子の相互作用によって流動を解析する粒子法が発展しつつある。
【0014】
例えば、MPS法(Moving Particle Semi-Implicit Method)は、粒子法を用いて流体の流動現象を非統計的に表現する計算手法として、注目されている(特開平7-334484、特開2002-137272)。
【0015】
MPS法では、非圧縮性流体の流動を記述する次式(2)のような支配方程式を用いている。
【数2】
ここで、uは流速、Pは圧力、ρは密度、νは動粘性係数、fは外力、Dはラグランジュ微分を示す。
【0016】
上式(2)の右辺第一項の圧力項以外を陽的に計算し、これにより得られたモデル粒子の仮の速度と位置から生じる圧力勾配を、別途圧力のポアソン方程式を陰的に解いて求め、上記モデル粒子の速度と位置の修正を行いながら、時間展開している。
【特許文献1】特開平7-334484号公報
【特許文献2】特開2002-137272号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0017】
このような粒子法は、(1)ラグランジュ法に属することから、一般的なオイラー法の支配方程式の離散化で問題となる対流項の計算が不要であり、数値拡散や数値振動の問題が生じにくいこと、(2)格子法のように変形に伴う格子のゆがみを考慮する必要がなく、液滴の分裂や飛散などの現象を容易に再現することが可能であること、(3)モデル粒子の有無によって自由表面が表されるため、計算の進行にともなって表面形状がぼやける問題が無いこと等の利点を持っている。
【0018】
しかし、本粒子法を溶射法による粒子の扁平・凝固挙動に適用した事例はなく、溶射プロセスを表現するためには、実材料のモデル化などの問題点が残されている。
【0019】
上述したように、溶射粒子の扁平・凝固プロセスの解析において、従来のオイラー法に基づく格子分割による解析手法は、対象物が大変形することによる計算の破綻や、自由表面の取扱いに関する困難さ等の問題があるので、実材料を対象とした汎用的な解析手段を確立する必要がある。
【0020】
したがって、本発明は、従来のオイラー法では容易に解析できなかった溶射粒子の偏平・凝固現象を解析し、これまでに解析が不可能であった多相材料の変形挙動や、周囲のガス相の取り込みによる気孔の形成過程までを取り扱うことができる成膜プロセスの解析装置、解析方法、記憶媒体を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0021】
上述した目的を達成するために、請求項1に記載の成膜プロセスの解析装置は、溶射粒子に熱・運動エネルギーを付与して基材上に成膜を行うプロセスの解析装置であって、溶射粒子の物性、基材衝突前の溶射粒子の形状、速度を入力するデータ入力部と、溶射粒子を質量の総和が溶射粒子と等しい複数のモデル粒子に置き換えるモデル作成部と、これら個々のモデル粒子の運動をモデル粒子に固定した座標系によって記述した運動方程式を解く演算部と、得られた個々のモデル粒子の速度、圧力等のデータから溶射粒子の変形挙動を表わす出力部とを具備することを特徴とする。
【0022】
また、請求項7に記載の溶射装置は、上記成膜プロセスの解析装置に加えて、解析装置による粒子の扁平挙動の解析結果に基づいて溶射ガンの出力やガス流量、溶射距離、ガンのトラバース速度等のプロセス条件を制御するフィードバック回路を具備することを特徴とする。
【0023】
また、請求項8に記載の成膜プロセスの解析方法は、溶射粒子に熱・運動エネルギーを付与して基材上に成膜を行うプロセスにおいて、入力部が、溶射粒子の物性、基材衝突前の溶射粒子の形状、速度を入力するステップと、演算部が、溶射粒子を質量の総和が溶射粒子と等しい複数のモデル粒子に置き換えて、これら個々のモデル粒子の運動をモデル粒子に固定した座標系によって記述した運動方程式を解くステップと、出力部が、得られた個々のモデル粒子の速度、圧力等のデータから溶射粒子の変形挙動を表すステップとを有することを特徴とする。
【0024】
さらに、請求項10に記載の記憶媒体は、上記解析方法で用いられた各ステップを記録したことを特徴とする。
【発明の効果】
【0025】
本発明によれば、これまでのメッシュを用いたオイラー法では容易に解析できなかった溶射粒子の偏平・凝固現象を安定して解くことができる。また、これまでに解析が不可能であった多相材料の変形挙動や、周囲のガス相の取り込みによる気孔の形成過程までを取り扱うことができ、従来にない溶射プロセスの解析装置を実現することが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0026】
以下、本発明に係る溶射粒子の扁平挙動に関する解析装置、解析方法、記録媒体と溶射装置の実施形態について、図面を参照して説明する。
【実施例1】
【0027】
図1は、本発明の実施の典型的な形態を示す。本発明の成膜プロセスの解析装置40は、主としてデータ入力部1、モデル作成部2、演算部3、出力部4から構成されている。
【0028】
先ず、データ入力部1は、溶射粒子や基材の形状、基材衝突前の溶射粒子の速度・温度等の成膜プロセス条件と、各種材料の密度や粘性係数、表面張力係数、比熱、熱伝導率、界面熱抵抗、凝固潜熱等の材料物性値を入力する部位である。
【0029】
各種の材料物性値については、解析毎に値を入力することも可能であるが、一般的には、データを蓄積するデータ保管部を入力部に設けたほうが効率的である。
【0030】
粒子の速度や温度については、近年のセンサー技術の進歩によって、溶射施工時に容易に計測することが可能になりつつあることから、これらの計測データを成膜プロセスの入力値として利用すれば、溶射時にオンラインで解析を行うこともできる。
【0031】
次に、モデル作成部2では、データ入力部1で入力された形状データに基づいて、モデル粒子を用いた粒子や基材形状のモデル化を行う。
【0032】
図2は、球形の溶射粒子と基材とを、点で描いたモデル粒子7によってモデル化した例を示したものである。図中、5は溶射粒子、6は基材、点はモデル粒子7を示す。
【0033】
その後の演算において、流体の非圧縮性による拘束条件を与えるために、モデル粒子7の数密度(単位面積あたりの粒子数)を一定に保つよう解析を進めることから、初期の粒子の配置は、少なくとも同一の材料内では、密度が一定となるよう配置する必要がある。
【0034】
図3(A)および(B)は、このためのモデル粒子7の配置方法を示したものである。
【0035】
図3(A)は、直交する格子の格子点上にモデル粒子7を配置したものであり、この配置は、最もモデル化が簡単である。しかしながら、このような配置は、最密充填構造ではないために、溶射粒子の衝突/偏平現象のような衝撃的な力が材料に加わった場合、解析手法に起因する圧力変動が大きくなり、結果として解析誤差が大きくなる場合がある。
【0036】
このような時には、図3(B)図のような千鳥格子による配置を用い、圧力変動を小さくするような対策を取ることも可能である。
【0037】
演算部3では、粒子法を用いた流動解析と熱伝導・凝固解析が行われ、得られた結果から、粒子の変形形状や、凝固速度、残留応力、皮膜内部の気孔率、密着強度等の推定が行なわれる。
【0038】
上記粒子法のアルゴリズムとしては、メッシュレスのラグランジュ法による解析手法であれば、特定の手法に限定されることは無いが、解析の汎用性や安定性、解析精度等の観点から、前述した越塚らによって開発されたMPS法(Moving Particle Semi-Implicit Method)が好適である。
【0039】
図4は、MPS法による流動解析の計算フローを示したものである。
【0040】
ステップS1で、流動解析をはじめると、ステップS2で、各種の計算条件を入力し、ステップS3で、粒子の初期配置、初期速度、圧力を設定した後、ステップS4で、下記の式(3)の支配方程式における右辺第2項の粘性項と、第3項の外力項(主として重力項と表面張力項)の計算を行なう。
【数3】
ここで、uは流速、Pは圧力、ρは密度、νは動粘性係数、fは外力、Dはラグランジュ微分を示す。
【0041】
また、図5は、着目モデル粒子19と隣接モデル粒子20との位置関係を示したものであるが、中央の着目モデル粒子19と、隣接モデル粒子20との相互作用が働く範囲をreとし、次式(4)のような重み関数wを導入する。
【数4】
ここで、rは着目する粒子とそれ以外の粒子との距離である。MPS法によるラプラシアンモデルを用いると、粘性項における速度のラプラシアンは、次式(5)のように計算される。
【数5】
【0042】
ここで、dは次元数、n0は初期の粒子数密度、λは物理量の分布の分散を解析解と一致させるための定数である。
【0043】
ステップS5で、これらの方法によって粘性項と外力項による粒子の暫定的な位置の更新を行う。
【0044】
ステップS6で、粘性項と外力項によって更新された粒子座標では、非圧縮性の条件である粒子数密度一定の条件が満たされないので、暫定的な粒子数密度n*と初期配置での粒子数密度n0との差をソース項とした圧力のポアソン方程式を考える。
【数6】
ここで、kは計算ステップ、Δtは時間刻み、ρは密度を表す。
【0045】
ステップS7で、左辺の圧力のラプラシアンを上述したようなMPS法によるラプラシアンモデルで記述し、陰的にポアソン方程式を解いて圧力場を更新する。そして、圧力場の勾配から粒子の速度と位置を修正して、ステップS8で、流動解析の1回目の計算ステップを終了する。
【0046】
さらに、ステップS9で、時間を更新して、ステップS4の前に戻り、2回以降の計算を繰り返し、最後に、ステップS10で、所定の回数だけ繰り返して、流動解析を終了する。
【0047】
一方、熱伝導の解析では、次式(7)のような熱伝導方程式をMPS法による相互作用モデルによって解く。
【数7】
ここで、Tは温度、kは熱伝導率、Cpは比熱、Qは熱源である。
【0048】
凝固潜熱については、エンタルピー変化(いわゆるエンタルピー法)として、もしくは比熱に補正を加える(いわゆる比熱換算法)ことによって、熱伝導方程式に取り込み、それぞれのモデル粒子に固相率を設定することによって、凝固の解析を粒子法によって扱うことが可能となる。
【0049】
また、図1中の演算部3では、以上のような流動解析と熱伝導・凝固解析との連成解析の結果から、基材上に付着した粒子の座標値から凝固後の粒子の幅や厚さ等の形状データを推定したり、すべての粒子で固相率が100%となる時間から凝固速度を推定したり、凝固直後の粒子と周囲の固相粒子との間に線形バネを導入し、さらに変形が進行した後のバネに蓄積されるエネルギーから残留応力の値を推定したりすることができる。
【0050】
さらに、図1中の出力部4では、時系列的なモデル粒子の位置や温度の変化、各種の予測値のデータ出力を行う。
【0051】
図6は、解析の一例として、溶射粒子5を融点直上の温度に加熱し、基材6に衝突させたときの偏平・凝固の様子を、時間ステップを追って、点で描いたモデル粒子7の密度の変化として示したものである。
【0052】
このように粒子法を用いれば、計算が破綻することなく溶射粒子5の偏平挙動を解析することが可能であり、本手法による粒子の変形後の広がりは、これまでに広く利用されてきたMadjeskiモデルとも30%程度の誤差を持って定量的によく一致することが明らかにされている。
【実施例2】
【0053】
図7(A)および図7(B)は、高融点相を剛体として取り扱った多相材料のモデル化を示したものであり、図7(B)は、図7(A)に粒子の座標を補正したものである。
【0054】
本実施例では、少なくとも2つの化学組成(融点)の異なる相からなる溶射粒子5の偏平挙動をモデル化する方法について述べる。因みに、21は低融点相モデル粒子であり、22は高融点相モデル粒子である。
【0055】
このような系の最も単純な取扱いとしては、流動解析において、高融点側の相モデル粒子22を剛体として取り扱うことである。
【0056】
したがって、すべてのモデル粒子を同等に流動解析した後、高融点相のモデル粒子22については、高融点相の重心からのそれぞれの高融点相モデル粒子の相対的な位置関係が変化しないよう、すなわち重心周りの回転運動だけが許されるように、図7(B)のように、粒子の座標に補正を加える。
【0057】
このような方法によって、融点の異なる相から構成されるモデル粒子21,22の偏平・凝固挙動も解析することが可能であり、高融点相としてタングステン炭化物や、クロム炭化物等の化合物、低融点相としてクロムやコバルト、ニッケルなどを対象とすれば、耐磨耗用溶射材料として広く利用されているサーメット系の材料の解析が実現される。
【実施例3】
【0058】
図8は、溶射時に、基材27上で、溶射粒子5のモデル粒子25の中にガス相のモデル粒子26が巻き込まれて、気孔が発生する様子を示したものであり、周辺に存在する空気を一緒に解析した場合に、界面に形成された気孔の状況を模式的に示している。
【0059】
このように、粒子法を用いれば、空気をモデル化した溶射粒子26が皮膜内部に残存している領域を求めることにより、皮膜の気孔率や気孔の分布を推定することが可能となる。
【0060】
溶射粒子と空気とは、密度差が大きいことから、重い粒子である溶射粒子のモデル粒子25だけの挙動を計算した後、空気のモデル粒子26の圧力計算を行う2段階の圧力場の計算アルゴリズムを用いると、安定した計算が可能である。
【0061】
なお、このような粒子法の計算によって、界面でのモデル粒子の配置が得られるが、溶射粒子のモデル粒子と基材との間に適当なばね要素を仮定すれば、溶射皮膜の密着強度の推定が可能になる。
【実施例4】
【0062】
図9は、溶射施工時のオンラインでの溶射粒子の速度・温度計測装置と、本発明の溶射粒子の変形解析装置、ならびに解析結果の溶射装置へのフィードバック回路とを備えた知能化溶射装置の全体構成を示したものである。
【0063】
図9において、28は、溶射ガン29を備えた溶接ロボットであり、ロボット制御装置38によって座標位置等が制御される。また、溶射ガン29は、溶射フレーム30や溶射フレーム30中に含まれる飛行溶射粒子31の条件等を溶射ガン制御装置39によって制御され、溶射フレーム30中の飛行溶射粒子31を基材32の表面に溶射する。
【0064】
34は、撮像素子としてCCD等を採用したカメラであり、溶射フレーム30および飛行溶射粒子31を撮影する。撮影された画像は、画像解析装置35に入力されて解析されるようになっている。
【0065】
この画像解析装置35の解析結果および扁平・凝固解析装置36による解析結果は、それぞれ溶射施工データ蓄積部37に蓄積される。そして、溶射施工データ蓄積部37に蓄積されたデータは、ロボット制御装置38および溶射ガン制御装置39にフィードバックされる。
【0066】
オンラインでの溶射粒子の温度計測には、放射温度計が用いられることが多い。一方、粒子速度の計測には、個々の粒子から発せられる放射光の軌跡を画像解析によって測定するものや、測定領域から発せられる放射光のスペクトルの時間変化から測定するものや、溶射粒子にレーザー光を照射し、粒子から出てくる反射光の軌跡を捉えて測定するものなどが広く知られているが、本発明の解析装置の入力データとしては、いずれの粒子速度の計測手法を用いてもよい。
【0067】
解析装置による解析結果を、例えば、最良の皮膜形成における溶射粒子の変形データと比較して、両者の差に基づいて、溶射ガンの出力やガス流量、溶射距離、ガンのトラバース速度等のプロセスパラメータを制御するような、フィードバック機構を設けることによって、従来にない溶射装置の知能化を達成することが可能となる。
【産業上の利用可能性】
【0068】
従来のオイラー法では容易に解析できなかった溶射粒子の偏平・凝固現象を安定して解くことができ、これまでに解析が不可能であった多相材料の変形挙動や、周囲のガス相の取り込みによる気孔の形成過程までを取り扱うことが不可欠な用途ならいずれにも適用できる。
【図面の簡単な説明】
【0069】
【図1】本発明の溶射粒子の扁平・凝固解析装置の典型的な実施例である。
【図2】溶射粒子と基材の粒子法によるモデル化の例である。
【図3】モデル粒子の初期配置の例である。
【図4】MPS法による流動解析の計算フローである。
【図5】着目モデル粒子と隣接モデル粒子との位置関係を示す例である。
【図6】本発明の解析装置による溶射粒子の扁平・凝固解析の例である。
【図7】多相材料のモデル化(高融点相の剛体としての取扱い)の例である。
【図8】ガス相のモデル粒子の巻き込みによる気孔の発生を示す例である。
【図9】オンライン計測機構とプロセスフィードバック機構を有する溶射装置の実施例である。
【符号の説明】
【0070】
1…データ入力部、2…モデル作成部、3…演算部、4…出力部、5…溶射粒子、6…基材、7…直交格子を用いたモデル粒子の初期配置、8…千鳥格子を用いたモデル粒子の初期配置、19…着目モデル粒子、20…隣接モデル粒子、21…低融点相モデル粒子、22…高融点相モデル粒子、23…時間ステップ1、24…時間ステップ2、25…溶射粒子モデル粒子、26…周囲ガス相モデル粒子、27…基材、28…溶射ロボット、29…溶射ガン、30…溶射フレーム、31…飛行溶射粒子、32…基材、33…皮膜、34…CCDカメラ、35…画像解析装置、36…扁平・凝固解析装置、37…溶射施工データ蓄積部、38…ロボット制御装置、39…溶射ガン制御装置、S1…解析ステップ1、S2…解析ステップ2、S3…解析ステップ3、S4…解析ステップ4、S5…解析ステップ5、S6…解析ステップ6、S7…解析ステップ7、S8…解析ステップ8、S9…解析ステップ9、S10…解析ステップ10
【特許請求の範囲】
【請求項1】
溶射粒子に熱・運動エネルギーを付与して基材上に成膜を行うプロセスの解析装置であって、
前記溶射粒子の物性、基材衝突前の前記溶射粒子の形状、速度を入力するデータ入力部と、
前記溶射粒子を質量の総和が前記溶射粒子と等しい複数のモデル粒子に置き換えるモデル作成部と、
これら個々のモデル粒子の運動を前記モデル粒子に固定した座標系によって記述した運動方程式を解く演算部と、
得られた個々の前記モデル粒子の速度、圧力等のデータから前記溶射粒子の変形挙動を表わす出力部と
を具備することを特徴とする成膜プロセスの解析装置。
【請求項2】
前記入力部は、前記溶射粒子の凝固潜熱のデータと基材衝突前の前記溶射粒子の初期温度分布を、さらに入力し、
前記演算部は、前記モデル粒子の運動方程式に加えて、逐次熱伝導方程式を解くことによって温度分布、ならびに凝固領域を解析すること
を特徴とする請求項1に記載の成膜プロセスの解析装置。
【請求項3】
前記演算部は、前記モデル粒子の運動方程式および熱伝導方程式に加えて、前記モデル粒子の凝固後の変位量によって皮膜内部に発生する残留応力を予測すること
を特徴とする請求項2に記載の成膜プロセスの解析装置。
【請求項4】
前記演算部は、さらに、化学組成の異なる複数の相を有する溶射粒子の変形挙動を解析する場合に、高融点の相を表すモデル粒子が、該高融点の相の重心を原点として、前記モデル粒子同士の相対的な位置関係が変化しないように、モデル粒子の位置に補正を加えること
を特徴とする請求項1乃至3のいずれか1項に記載の成膜プロセスの解析装置。
【請求項5】
前記演算部は、さらに、成膜プロセス時に周辺に存在するガス相をモデル粒子によって表現し、基材上に任意の凹凸を表現した前記モデル粒子を用いて、成膜時の界面に形成される気孔の形態や量を推定すること
を特徴とする請求項1乃至4のいずれか1項に記載の成膜プロセスの解析装置。
【請求項6】
溶射施工時の溶射粒子の温度を放射温度計によって計測する温度計測部と、前記溶射粒子の速度を、個々の溶射粒子が発する放射光の輝点座標の時間変化、もしくは放射光のスペクトルの時間変化、もしくはレーザーを照射したときの反射光による輝点座標の時間変化から測定する速度測定部と
をさらに具備することを特徴とする請求項1乃至5のいずれか1項に記載の成膜プロセスの解析装置。
【請求項7】
請求項6記載の成膜プロセスの解析装置に加えて、前記解析装置による粒子の扁平挙動の解析結果に基づいて溶射ガンの出力やガス流量、溶射距離、ガンのトラバース速度等のプロセス条件を制御するフィードバック回路
を具備することを特徴とする溶射装置。
【請求項8】
溶射粒子に熱・運動エネルギーを付与して基材上に成膜を行うプロセスにおいて、
入力部が、前記溶射粒子の物性、基材衝突前の前記溶射粒子の形状、速度を入力するステップと、
演算部が、前記溶射粒子を質量の総和が前記溶射粒子と等しい複数のモデル粒子に置き換えて、これら個々のモデル粒子の運動を前記モデル粒子に固定した座標系によって記述した運動方程式を解くステップと、
出力部が、得られた個々の前記モデル粒子の速度、圧力等のデータから前記溶射粒子の変形挙動を表すステップと
を有することを特徴とする成膜プロセスの解析方法。
【請求項9】
前記演算部が、成膜時に界面に形成される気孔の形態や量の解析値に基づいて、皮膜の密着面積から密着強度を予測するステップ
を有することを特徴とする請求項請求項8に記載の成膜プロセスの解析方法。
【請求項10】
請求項8又は9に記載の解析方法で用いられた各ステップを記録したことを特徴とする記憶媒体。
【請求項1】
溶射粒子に熱・運動エネルギーを付与して基材上に成膜を行うプロセスの解析装置であって、
前記溶射粒子の物性、基材衝突前の前記溶射粒子の形状、速度を入力するデータ入力部と、
前記溶射粒子を質量の総和が前記溶射粒子と等しい複数のモデル粒子に置き換えるモデル作成部と、
これら個々のモデル粒子の運動を前記モデル粒子に固定した座標系によって記述した運動方程式を解く演算部と、
得られた個々の前記モデル粒子の速度、圧力等のデータから前記溶射粒子の変形挙動を表わす出力部と
を具備することを特徴とする成膜プロセスの解析装置。
【請求項2】
前記入力部は、前記溶射粒子の凝固潜熱のデータと基材衝突前の前記溶射粒子の初期温度分布を、さらに入力し、
前記演算部は、前記モデル粒子の運動方程式に加えて、逐次熱伝導方程式を解くことによって温度分布、ならびに凝固領域を解析すること
を特徴とする請求項1に記載の成膜プロセスの解析装置。
【請求項3】
前記演算部は、前記モデル粒子の運動方程式および熱伝導方程式に加えて、前記モデル粒子の凝固後の変位量によって皮膜内部に発生する残留応力を予測すること
を特徴とする請求項2に記載の成膜プロセスの解析装置。
【請求項4】
前記演算部は、さらに、化学組成の異なる複数の相を有する溶射粒子の変形挙動を解析する場合に、高融点の相を表すモデル粒子が、該高融点の相の重心を原点として、前記モデル粒子同士の相対的な位置関係が変化しないように、モデル粒子の位置に補正を加えること
を特徴とする請求項1乃至3のいずれか1項に記載の成膜プロセスの解析装置。
【請求項5】
前記演算部は、さらに、成膜プロセス時に周辺に存在するガス相をモデル粒子によって表現し、基材上に任意の凹凸を表現した前記モデル粒子を用いて、成膜時の界面に形成される気孔の形態や量を推定すること
を特徴とする請求項1乃至4のいずれか1項に記載の成膜プロセスの解析装置。
【請求項6】
溶射施工時の溶射粒子の温度を放射温度計によって計測する温度計測部と、前記溶射粒子の速度を、個々の溶射粒子が発する放射光の輝点座標の時間変化、もしくは放射光のスペクトルの時間変化、もしくはレーザーを照射したときの反射光による輝点座標の時間変化から測定する速度測定部と
をさらに具備することを特徴とする請求項1乃至5のいずれか1項に記載の成膜プロセスの解析装置。
【請求項7】
請求項6記載の成膜プロセスの解析装置に加えて、前記解析装置による粒子の扁平挙動の解析結果に基づいて溶射ガンの出力やガス流量、溶射距離、ガンのトラバース速度等のプロセス条件を制御するフィードバック回路
を具備することを特徴とする溶射装置。
【請求項8】
溶射粒子に熱・運動エネルギーを付与して基材上に成膜を行うプロセスにおいて、
入力部が、前記溶射粒子の物性、基材衝突前の前記溶射粒子の形状、速度を入力するステップと、
演算部が、前記溶射粒子を質量の総和が前記溶射粒子と等しい複数のモデル粒子に置き換えて、これら個々のモデル粒子の運動を前記モデル粒子に固定した座標系によって記述した運動方程式を解くステップと、
出力部が、得られた個々の前記モデル粒子の速度、圧力等のデータから前記溶射粒子の変形挙動を表すステップと
を有することを特徴とする成膜プロセスの解析方法。
【請求項9】
前記演算部が、成膜時に界面に形成される気孔の形態や量の解析値に基づいて、皮膜の密着面積から密着強度を予測するステップ
を有することを特徴とする請求項請求項8に記載の成膜プロセスの解析方法。
【請求項10】
請求項8又は9に記載の解析方法で用いられた各ステップを記録したことを特徴とする記憶媒体。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【公開番号】特開2009−74972(P2009−74972A)
【公開日】平成21年4月9日(2009.4.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−245003(P2007−245003)
【出願日】平成19年9月21日(2007.9.21)
【出願人】(000003078)株式会社東芝 (54,554)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成21年4月9日(2009.4.9)
【国際特許分類】
【出願日】平成19年9月21日(2007.9.21)
【出願人】(000003078)株式会社東芝 (54,554)
【Fターム(参考)】
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