説明

成膜装置,整合器,及びインピーダンス制御方法

【課題】 プラズマが着火した直後において発生し得る,負荷インピーダンスの急変に起因するプラズマの消失を回避するためのインピーダンス制御を実現する。
【解決手段】 本発明による成膜装置は,高周波電源9と,整合回路23と,その整合回路を介して高周波電源9から電力を受け取り,その電力によって成膜対象である樹脂ボトル2を収容する成膜室11の内部でプラズマを発生させる外部電極5と,整合回路23のインピーダンスを制御するための制御部26とを具備する。制御部26は、高周波電源9が外部電極5に電力を供給し始めた第1時刻tから始まる第1期間において整合回路23のインピーダンスを一定に保ち、第1期間が終了する第2時刻tから始まる第2期間において、外部電極5からの反射波電力に応答して整合回路23のインピーダンスを制御する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は,成膜装置,整合器,及び整合回路インピーダンス制御方法に関し,特に,プラズマ放電を用いて成膜を行う成膜装置,その成膜装置に搭載される整合器,及びその整合器の整合回路のインピーダンスを制御する整合回路インピーダンス制御方法に関する。
【背景技術】
【0002】
低温で薄膜を形成する技術の一つが,高周波電力やマイクロ波電力によって発生されるプラズマ放電を利用するプラズマCVD法である。プラズマCVD法は,プラズマ放電によって成膜に関連する化学種を励起することができるため,成膜温度を低くすることができる。
【0003】
プラズマCVD法に必要不可欠な技術の一つが,プラズマ放電を発生する電力系統におけるインピーダンスの整合である。インピーダンスの整合は,プラズマの着火を確実に行い,且つ,プラズマを安定させるために重要である。インピーダンスの整合は,一般に,高周波電力やマイクロ波電力を発生する電源と,成膜室に設けられた電極との間に接続されている整合器によって行われる。成膜室を形成するチャンバー自体が電極として使用される場合には,当該チャンバーと電源との間に整合器が設けられる。この整合器のインピーダンスを適切に制御することにより,インピーダンスの整合が実現される。
【0004】
このような背景から,整合器のインピーダンスを適切に制御するための技術が様々に提案されている。例えば,特開平9−260096号公報(特許文献1)は,インピーダンスの変化によりプラズマの着火ポイントがずれても自動的にインピーダンス整合を行い,プラズマを確実に着火させるための技術を開示している。この公報に開示されているインピーダンス整合方法は,予め設定されたインピーダンスを基準としてプラズマが着火するインピーダンスの整合ポイントを探索する工程と,プラズマの着火が確認されると,安定したプラズマ放電を形成させる予め設定された基準となるインピーダンスの整合ポイントに自動的に移行させる工程と,移行された整合ポイントを基準として形成されたプラズマ放電を安定させるインピーダンスの整合ポイントを自動的に探索する工程とを有している。このようなインピーダンス整合方法では,プラズマの着火に最適なインピーダンス整合を自動で行うので,短時間で安定したプラズマの着火を行うことができる。加えて,処理室内のインピーダンスの変化によるプラズマの未着火やプラズマの着火までの長時間化を防止することができる。
【0005】
特開平8−96992号公報(特許文献2)は,整合器のインピーダンスの制御の最適化により,プラズマ処理装置の運転を安定化させる技術を開示している。この公報に開示されているプラズマ処理装置の運転方法は,成膜が開始された後の所定の時間の間だけ整合器のインピーダンスを制御し,当該時間の経過後は整合器のインピーダンスを一定に維持する。このような運転方法を使用することにより,整合器のインピーダンスを頻繁に変えないので,プラズマへの入力パワーが安定し,従って,プラズマ処理装置の運転が安定化する。
【0006】
特開2003−240454号公報(特許文献3)は,プラズマ処理中の異常放電等に起因する負荷インピーダンスの突発的変化に対して適切に対処するためのプラズマ処理方法を開示している。この公報に記載のプラズマ処理方法は,整合器のインピーダンス調整を予め定められたインピーダンス可変範囲内でのみ行う。このようなプラズマ処理方法では,負荷インピーダンスの大きな変化が生じても,整合器のインピーダンスが正常時のインピーダンスから大きくずれることはないため,異常放電を助長したり,異常放電が治まった後にインピーダンスが適性値に復帰するまでに長時間を有するなどの問題を抑制することができる。
【0007】
インピーダンス整合を実現する上で考慮すべき事項の一つは,プラズマが着火した直後における整合器のインピーダンスの制御である。プラズマが着火した直後には,負荷インピーダンス(即ち,プラズマ,電極,及び成膜室によって形成されるインピーダンス)が急変する。この負荷インピーダンスの急変に応答してインピーダンスを自動的に整合しようとすると,整合動作の遅れによってインピーダンスの制御系の動作が発散し,却ってプラズマの消失を招くことがある。プラズマが着火した直後における整合器のインピーダンスの制御は,負荷インピーダンスの急変に起因するプラズマの消失を回避するように行われることが重要である。
【0008】
プラズマが着火した直後における整合器のインピーダンスの制御の最適化は,数秒のような極めて短時間の成膜が多数回繰り返して行われる場合に特に重要である。例えば,PETボトルのような樹脂製の容器の表面に,酸素や二酸化炭素の透過を防止するための透過防止膜を形成する場合が該当する;樹脂製の容器は耐熱性に劣るため,樹脂製の容器に透過防止膜を形成する場合には,短時間で透過防止膜の成膜を完了して容器の温度の上昇を防がなくてはならない。
【0009】
成膜時間が極めて短時間である場合の困難性の一つは,インピーダンス制御の応答を速くすることには限界があることである。インピーダンス整合は,一般に,可変コンデンサの容量を機械的に制御することによって行われるため,インピーダンス制御の応答を速くすることには限界がある。しかし,インピーダンス制御の応答が成膜時間に対して充分に高速でないと,負荷インピーダンスの急変後において制御動作が収束するまでに必要な時間の,成膜時間に対する割合が大きくなる。これは,膜質の不均質性を招くため好ましくない。
【0010】
加えて,インピーダンス整合技術では,成膜が多数回繰り返されたときの負荷インピーダンスの変動への対策が重要である。成膜が多数回繰り返されると,成膜室に膜が堆積するために負荷インピーダンスが徐々に変動する。インピーダンス整合は,このような負荷インピーダンスの緩やかな変動に対して対応できなくてはならない。
【特許文献1】特開平9−260096号公報
【特許文献2】特開平8−96992号公報
【特許文献3】特開2003−240454号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明は,このような背景からなされたものである。
本発明の一の目的は,プラズマが着火した直後において発生し得る,負荷インピーダンスの急変に起因するプラズマの消失を回避するためのインピーダンス制御を提供することにある。
本発明の他の目的は,成膜が多数回繰り返されることによる,負荷インピーダンスの緩やかな変動に対応するためのインピーダンス制御を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記の目的を達成するために,本発明は,以下に述べられる手段を採用する。その手段を構成する技術的事項の記述には,[特許請求の範囲]の記載と[発明を実施するための最良の形態]の記載との対応関係を明らかにするために,[発明を実施するための最良の形態]で使用される番号・符号が付加されている。但し,付加された番号・符号は,[特許請求の範囲]に記載されている発明の技術的範囲の解釈に用いてはならない。
【0013】
一の観点において,本発明による成膜装置は,電源(9)と,整合回路(23)と,整合回路(23)を介して電源(9)から電力を受け取り,その電力によって成膜対象(2)を収容する成膜室(11)の内部でプラズマを発生させる電極(5)と,整合回路(23)のインピーダンスを制御するための制御部(26)とを具備する。制御部(26)は、電源(9)が電極(5)に前記電力を供給し始めた第1時刻(t)から始まる第1期間において整合回路(23)のインピーダンスを一定に保ち、第1期間が終了する第2時刻(t)から始まる第2期間において、電極(5)からの反射波電力に応答して整合回路(23)のインピーダンスを制御する。
【0014】
このような成膜装置では,電源(9)から電極(5)への電力の供給が開始された後,所定の時間だけ整合回路(23)のインピーダンスが固定されるため,負荷インピーダンスの急変が起こってもインピーダンスの制御動作が発散することはない。このため,インピーダンスの制御動作の発散に起因するプラズマの消失を防止することができる。
【0015】
好適には,制御部(26)は、電源(9)が電力の供給を停止する第3時刻(t)における整合回路(23)のインピーダンスである終了時インピーダンスに応答して,次期インピーダンスを決定し、且つ、整合回路(23)のインピーダンスを次期インピーダンスに設定し,電源(9)は、整合回路(23)のインピーダンスが次期インピーダンスに設定された後の第4時刻(t)から整合回路(23)を介して電極(5)に電力を供給し始める。第3時刻における整合回路(23)のインピーダンスである終了時インピーダンスは,直前の成膜室(11)の状態を示す良好なパラメータである。かかる終了時インピーダンスを使用して次期インピーダンスを設定することにより,成膜が多数回繰り返されることによる,負荷インピーダンスの緩やかな変動に対応して適切に次期インピーダンスを決定することができる。
【0016】
制御部(26)は、終了時インピーダンスから予め決められたオフセット量だけずれたインピーダンスを、次期インピーダンスとして決定することが好適である。
【0017】
また,制御部(26)は、外部から入力される選択指令(12)に応答して複数のオフセット量のうちから一のオフセット量を選択し、且つ、終了時インピーダンスから選択された一のオフセット量だけずれたインピーダンスを、次期インピーダンスとして決定することが好適である。
【0018】
他の観点において,本発明による整合器(10)は,電源(9)に接続される入力端子(21)と、成膜室(11)の内部でプラズマを発生する電極(5)に接続される出力端子(22)と、入力端子(21)と出力端子(22)との間に接続される整合回路(23)と、整合回路(23)のインピーダンスを制御するための制御部(26)とを具備する。制御部(26)は、入力端子(21)から出力端子(22)に向かう進行波電力が第1閾値を超えた第1時刻(t)から始まる第1期間において整合回路(23)のインピーダンスを一定に保ち、第1期間が終了する第2時刻(t)から始まる第2期間において、出力端子(22)から入力端子(21)に向かう反射波電力に応答して整合回路(23)のインピーダンスを制御する。制御部(26)は、第2時刻(t)の後、進行波電力が第2閾値から低下した場合、進行波電力が第2閾値から低下した第3時刻(t)における整合回路(23)のインピーダンスである終了時インピーダンスに応答して次期インピーダンスを決定し、且つ、整合回路(23)のインピーダンスを次期インピーダンスに設定することが好ましい。第1閾値と第2閾値は,一致していることも可能であり,相違していることも可能である。
【0019】
更に他の観点において,本発明によるインピーダンス制御方法は,整合回路(23)と,整合回路(23)を介して電力を受け取り,その電力によって成膜対象(2)を収容する成膜室(11)の内部でプラズマを発生する電極(5)とを備える成膜装置(1)のためのインピーダンス制御方法である。当該インピーダンス制御方法は,
(A)整合回路(23)のインピーダンスを第1インピーダンスに設定するステップと、
(B)(A)ステップの後、整合回路(23)を介する電極(5)への電力の供給を開始するステップと、
(C)電力の供給の開始から始まる第1期間においてインピーダンスを一定値に保つステップと、
(D)第1期間に続く第2期間において、電極(5)からの反射波電力に応答してインピーダンスを制御するステップ
とを具備する。
【0020】
更に他の観点において,本発明によるインピーダンス制御方法は,
(E)第2時刻(t)から始まる第2期間において,整合回路(23)を介して電極(5)に電力を供給するステップと,
(F)第2期間において,電極(5)からの反射波電力に応答して整合回路(23)のインピーダンスを制御するステップと,
(G)第2時刻(t)の後の第3時刻(t)において電力の供給を停止するステップと,
(H)第3時刻(t)における整合回路(23)のインピーダンスである終了時インピーダンスに応答して次期インピーダンスを決定し、且つ、整合回路(23)のインピーダンスを次期インピーダンスに設定するステップと,
(I)整合回路(23)のインピーダンスが次期インピーダンスに設定された後の第4時刻(t)から整合回路(23)を介して電極(5)に電力を供給し始めるステップ
とを具備する。
【0021】
以上のような成膜装置,整合器,及びインピーダンス制御方法は,樹脂ボトルをコーティングするための樹脂ボトルコーティング装置に適用されることが特に好適である。
【発明の効果】
【0022】
本発明によれば,プラズマが着火した直後において発生し得る,負荷インピーダンスの急変に起因するプラズマの消失を回避するためのインピーダンス制御を実現できる。
また,本発明によれば,成膜が多数回繰り返されることによる,負荷インピーダンスの緩やかな変動に対応するためのインピーダンス制御を実現できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0023】
以下,添付図面を参照しながら,本発明による成膜装置の実施の一形態が詳細に説明される。本実施の形態の成膜装置は,図1に示されているように,樹脂ボトル2(例えばPET(polyethylene terephthalate)ボトル)の内面にDLC(diamond like carbon)膜を形成するための樹脂ボトルコーティング装置1である。DLC膜は,酸素及び二酸化炭素が樹脂ボトル2を不所望に透過するのを防止するための透過防止膜である。樹脂ボトル2は,その多くが酸素,二酸化炭素を微少に透過する性質を有しており,透過防止膜を形成することは,樹脂ボトル2に収容される飲料,薬品,その他の液体の品質を維持するために重要である。
【0024】
樹脂ボトルコーティング装置1は,基台3と,絶縁板4と,外部電極5と,排気管6と,内部電極7と,原料ガス供給管8と,高周波電源9と,整合器10とを備えている。
【0025】
絶縁板4は,基台3の上に取り付けられており,基台3と外部電極5とを絶縁する機能を有している。絶縁板4は,セラミックで形成されている。
【0026】
外部電極5は,その内部に成膜対象である樹脂ボトル2を収容する成膜室11を形成し,更に,その成膜室11にプラズマを発生する役割を有している。外部電極5は,何れも金属で形成された本体部5aと蓋体5bとから構成されており,成膜室11は,蓋体5bを本体部5aから分離することによって開閉可能である。成膜対象である樹脂ボトル2は,蓋体5bを本体部5aから分離することによって形成される開口から成膜室11に挿入される。外部電極5の本体部5aは,整合器10を介して高周波電源9に接続されている。DLC膜が成膜される場合,高周波電源9から外部電極5にプラズマを発生するための高周波電力が供給される。
【0027】
排気管6は,成膜室11を排気するためのものであり,真空ポンプ(図示されない)に接続されている。成膜室11に樹脂ボトル2が挿入されると,真空ポンプによって排気管6を介して成膜室11が排気される。
【0028】
内部電極7は,外部電極5によって形成される成膜室11に挿入されている。内部電極7は接地されており,高周波電源9から外部電極5に高周波電力が供給されると,外部電極5と内部電極7との間に高電圧が発生する。この高電圧により成膜室11にプラズマ放電が発生する。内部電極7は,樹脂ボトル2に挿入可能な形状を有しており,樹脂ボトル2は,内部電極7がその内部に収容されるように成膜室11に導入される。内部電極7は,原料ガス供給管8に接続されており,原料ガス供給管8から供給される原料ガスを成膜室11に導入する役割も果たしている。より具体的には,内部電極7には噴出孔7aが形成されており,原料ガスは噴出孔7aから樹脂ボトル2の内面に噴出される。成膜室11にプラズマ放電が発生している状態で原料ガスが噴出されると,樹脂ボトル2の内面に,DLC膜が形成される。
【0029】
高周波電源9は,プラズマ放電を発生するための高周波電力を外部電極5に供給するためのものである。DLC膜の成膜の間,高周波電源9は,高周波電力を外部電極5に供給し続ける。
【0030】
整合器10は,外部電極5と高周波電源9との間に接続され,それらの間のインピーダンス整合を実現する役割を有している。図2は,整合器10の構成を示している。整合器10は,入力端子21と,出力端子22と,整合回路23と,電流検出素子24と,電圧検出素子25と,制御部26とを備えている。
【0031】
入力端子21は,高周波電源9に接続され,出力端子22は外部電極5に接続される。高周波電源9が出力した電力は,入力端子21に入力され,更に,出力端子22から外部電極5に供給される。ただし,インピーダンスの不整合に起因して,高周波電源9から外部電極5に供給される電力の一部は反射される。入力端子21から出力端子22に向かう電力は,高周波電源9から外部電極5に向かう電力であり,以下,進行波電力と呼ばれる。一方,出力端子22から入力端子21に向かう電力は,外部電極5によって反射された電力であり,以下,反射波電力と呼ばれる。
【0032】
整合回路23は,入力端子21と接地端子29との間に接続されている可変コンデンサ23aと,入力端子21と出力端子22との間に直列に接続されている可変コンデンサ23bとコイル23cとを備えている。可変コンデンサ23a,23bは,その可動電極を動かすことにより,その容量を調整可能である。整合回路23のインピーダンスは,可変コンデンサ23a,23bの容量を調節することによって調節される。
【0033】
電流検出素子24と電圧検出素子25とは,進行波電力及び反射波電力を計測するために使用される。電流検出素子24は,入力端子21を流れる電流を計測し,電圧検出素子25は,入力端子21の電圧を計測する。計測された電流及び電圧は制御部26に出力され,制御部26が進行波電力及び反射波電力を算出するために使用される。
【0034】
制御部26は,電流検出素子24と電圧検出素子25とによって計測された電流及び電圧から進行波電力及び反射波電力を算出し,その進行波電力及び反射波電力に応答して可変コンデンサ23a,23bの容量,即ち,整合回路23のインピーダンスを制御する。進行波電力は,制御部26が高周波電源9の動作状態を検知するために使用される;制御部26は,進行波電力が所定の閾値を超えて増加すると,高周波電源9が外部電極5に電力を供給し始めたと判断する。その後,進行波電力が所定の閾値を超えて減少すると,制御部26は,高周波電源9が外部電極5への電力を停止したと判断する。一方,反射波電力は,外部電極5と高周波電源9との間のインピーダンス整合を実現するために使用される。可変コンデンサ23a,23bの容量は,反射波電力が最小になるように制御され,可変コンデンサ23a,23bの制御により,外部電極5と高周波電源9との間のインピーダンス整合が実現される。
【0035】
樹脂ボトルコーティング装置1は,成膜処理効率を上げるよう,複数台をロータリ状に配置して機器を構成する。各樹脂ボトルコーティング装置1は,ロータリの回転に伴う処理シーケンスに従い,所定のボトル供給,成膜処理,ボトル排出処理を繰り返す。
【0036】
このように構成された樹脂ボトルコーティング装置1によって樹脂ボトル2にDLC膜を形成する成膜手順が,図3を参照しながら以下に詳細に記述される。
【0037】
本実施の形態の成膜手順において重要な点が2つある。一つは,図3に示されているように,高周波電源9から外部電極5への高周波電力の供給が開始された直後では,整合回路23のインピーダンス(即ち,可変コンデンサ23a,23bの容量)が固定され,積極的な整合回路23のインピーダンスの制御は行われない。これは,プラズマが着火した直後の負荷インピーダンスの急変に起因するプラズマの消失を回避するためである。既述のように,プラズマが着火した直後に整合回路23のインピーダンスを積極的に制御すると,整合動作の遅れによってインピーダンスの制御系の動作が発散し,却ってプラズマの消失を招くことがある。インピーダンスの制御系の動作が発散することによるプラズマの消失を防止するために,高周波電源9から外部電極5への高周波電力の供給が開始された後,所定の時間だけ整合回路23のインピーダンスは固定される。整合回路23のインピーダンスが固定される期間は,以下,整合休止期間と呼ばれる。
【0038】
高周波電力の供給が開始された直後に整合回路23のインピーダンスの制御が行われないことは,インピーダンスの不整合を招くため好適でないと考えられるかもしれない。しかし,このような不都合は,整合休止期間における整合回路23のインピーダンスを適切に選択することにより概ね回避できる。整合回路23のインピーダンスを最適に選択すれば,インピーダンスの完全な整合は実現できないものの,成膜に不都合でない程度に反射波を抑えることはできる。整合休止期間において整合回路23のインピーダンスの制御が行われないことは,むしろ,負荷インピーダンスの急変に起因するプラズマの消失を防止するために有効である。
【0039】
但し,高周波電力供給の観点から見た場合,整合休止期間中は完全な整合はなされないことからプラズマへの入力電力が減少する。高周波電力供給期間中の電力をプラズマに十分供給するためには,自動整合期間に対して放電休止期間が十分少ないことが望まれる。例としては,全電力供給期間を3.0秒とした場合には,整合休止期間は0.3秒程度に設定することとなる。
【0040】
もう一つの重要な点は,高周波電源9から外部電極5への高周波電力の供給が終了した後,次に高周波電源9から外部電極5への高周波電力の供給が開始されるときの整合回路23のインピーダンスが,高周波電力の供給が終了した時点における,整合回路23のインピーダンスから予め定められたオフセット量だけ異なるように決定されることである。言い換えれば,次に高周波電源9から外部電極5への高周波電力の供給が時刻tにおいて一旦終了した後,次に高周波電力の供給が開始される時刻tにおける整合回路23のインピーダンスは,時刻tにおける整合回路23のインピーダンスから所定のオフセットだけ異なるように決定される。
【0041】
このような整合回路23のインピーダンスの制御は,成膜室11の状態の変化に起因する負荷インピーダンスの緩やかな変動に対処するために有効である。既述のように,本実施の形態では,高周波電力の供給が開始された直後の整合休止期間において整合回路23のインピーダンスの制御が行われない。これは,高周波電力の供給の開始時の整合回路23のインピーダンスを,プラズマの着火が可能であり,且つ,反射波電力がある程度抑制されるように決定する必要性を生じさせる。このためには,高周波電力の供給の開始時の整合回路23のインピーダンスを,経験的に定められる一定値にすることも考えられる。しかしながら,高周波電力の供給の開始時の整合回路23のインピーダンスが完全に一定値であると,負荷インピーダンスの緩やかな変動に対処することができない。そこで,本実施の形態では,高周波電力の供給の開始時の整合回路23のインピーダンスが,その直前に高周波電力の供給が終了した時の整合回路23のインピーダンスに基づいて決定される。なぜなら,高周波電力の供給が終了する時刻tにおける整合回路23のインピーダンスは,その時点における成膜室11の状態を反映する最も良い指標の一つであるからである。高周波電力の供給が終了する時刻tにおける整合回路23のインピーダンスを基準として,次に高周波電力の供給が開始される時刻tにおける整合回路23のインピーダンスを決定することにより,負荷インピーダンスの緩やかな変動に有効に対処することができる。
【0042】
上記オフセット量に関しては,時刻tにおける整合回路23のインピーダンスが,自動整合動作により反射電力が最小になるよう制御された結果であることを考慮すると,次放電サイクルの整合休止期間の反射電力を少なくするために少ないオフセット量とすることが望まれる。例としては,整合回路23のインピーダンス可変可能な範囲を0〜100%とすると,数%の数値をオフセット量として設定することとなる。
【0043】
以下では,DLC膜を形成する成膜手順が,時系列的に説明される。
DLC膜の成膜が開始されるまでに,樹脂ボトル2が成膜室11に導入され,更に,図3に示されているように,可変コンデンサ23a,23bが初期的に,ある容量値に設定される。
【0044】
DLC膜の成膜は,成膜室11に原料ガスを導入するとともに,高周波電源9から外部電極5への高周波電力の供給を開始することによって開始される。高周波電源9から外部電極5への高周波電力の供給が開始された時刻は,図3では時刻tとして参照されている。整合回路23の制御部26は,進行波電力が所定の閾値を超えたことを感知することにより,高周波電力の供給の開始を検知する。
【0045】
時刻tから始まる整合休止期間においては,可変コンデンサ23a,23bの容量,即ち,整合回路23のインピーダンスの積極的な制御は行われない。整合回路23の制御部26は,高周波電力の供給の開始を検知した後,所定の時間だけ可変コンデンサ23a,23bの容量を固定する。整合休止期間の間には負荷インピーダンスの急変が発生するが,負荷インピーダンスの急変に応答する制御は行われない。これにより,負荷インピーダンスの急変に起因するプラズマの消失が回避される。
【0046】
整合休止期間が終了する時刻tに,制御部26は,反射波電力に応答した可変コンデンサ23a,23bの容量の制御を開始する。制御部26は,反射波電力が最小になるように,整合回路23のインピーダンスを積極的に制御する。整合回路23のインピーダンスが積極的に制御される期間は,図3では,自動整合期間として参照されている。
【0047】
その後,高周波電源9は,DLC膜の成膜を終了させるために,時刻tより後の時刻tに高周波電力の供給を停止する。整合回路23の制御部26は,進行波電力が減少して所定の閾値を下回ったことを感知することにより,高周波電力の供給の停止を検知する。高周波電力の供給の停止を検知すると,整合回路23の制御部26は,可変コンデンサ23a,23bの容量を,所定のオフセット値だけずらす。即ち,高周波電力の供給が停止される時刻tにおける可変コンデンサ23a,23bの容量を,それぞれ,Ca3,Cb3としたとき,制御部26は,可変コンデンサ23a,23bの容量を,それぞれCa3+ΔC,Cb3+ΔCに設定する。
【0048】
続いて,DLC膜が成膜された樹脂ボトル2が成膜室11から排瓶され,次にDLC膜が成膜されるべき樹脂ボトル2が成膜室11に給瓶される。続いて,上記と同様の過程により,DLC膜の成膜が行われる。次に高周波電力の供給が開始される時刻tにおける可変コンデンサ23a,23bの容量は,それぞれ,Ca3+ΔC,Cb3+ΔCである。高周波電力の供給が開始される時刻tにおける可変コンデンサ23a,23bの容量が,高周波電力の供給が停止される時刻tにおける可変コンデンサ23a,23bの容量Ca3,Cb3に基づいて決定されていることは,成膜室11の状態の変化に起因する負荷インピーダンスの緩やかな変動に応答して,インピーダンス整合を最適に実現するために有効である。
【0049】
可変コンデンサ23a,23bのインピーダンスの容量のオフセット量ΔC,ΔCは,予め用意された一定値であることが可能である。
【0050】
オフセット量ΔC,ΔCの適正値選択は以下のように説明される。成膜装置に高周波電力を供給し,整合器を手動動作し,プラズマが付いていない状態で反射電力が小さくなる整合条件を探す。プラズマが着火したときの整合位置を整合初期値Caini,Cbiniとする。あるいは,成膜装置に高周波電力を供給し,整合器を手動動作し,プラズマが付いていない状態で電極にかかる電圧が高くなった状態の整合条件を探す。プラズマが着火したときの整合位置を整合初期値Cini,Ciniとする。
【0051】
成膜装置に高周波電力を供給し,プラズマを着火させ,整合器を自動動作させてプラズマのインピーダンスに追従させ,所定時間成膜させる。このときの放電終了時の整合位置をCend,Cendとする。
【0052】
これらの情報をもとにオフセット量は以下のように選択される。
ΔC = Cini−Cend
ΔC = Cini−Cend
【0053】
オフセット量はさらに繰り返し成膜を行い,反射電力がより少なく,且つ,プラズマ着火性が良好なΔC及びΔCとなるよう調整することで,最適化をおこなう。
【0054】
プラズマCVDによるPETボトルのDLCコーティング装置において,繰り返し成膜(未コートボトル設置−真空排気−プラズマCVD−大気開放−ボトル取り出し)を行ったときの整合器オフセット量ΔC,ΔCの例を示す。
[成膜条件]
PETボトル容量 : 350ml
高周波電源周波数 : 13.56MHz
高周波電力 : 700W
原料ガス : アセチレン
成膜時圧力 : 100mTorr
オフセット量
ΔC : −0.1〜―3.5%
ΔC : 0.1〜3.5%
【0055】
本実施の形態において,成膜対象の樹脂ボトルの材料,形状の変更や,DLC膜の成膜条件の変更に対応して,オフセット量ΔC,ΔCを適切に決定するためには,オフセット量の組(ΔC,ΔC)は,予め用意された複数のオフセット量の組(ΔCα,ΔCα),(ΔCβ,ΔCβ),(ΔCγ,ΔCγ),・・・,のうちから選択可能であることが好適である。この場合,図4に示されているように,制御部26には,複数のオフセット量の組(ΔCα,ΔCα),(ΔCβ,ΔCβ),(ΔCγ,ΔCγ),・・・を記憶する記憶部26aが設けられ,更に,外部から,オフセット量の組を選択するための選択指令12が与えられる。制御部26は,その選択指令12に応答して複数のオフセット量の組(ΔCα,ΔCα),(ΔCβ,ΔCβ),(ΔCγ,ΔCγ),・・・のうちから一のオフセット量の組を選択し,選択されたオフセット量の組を,高周波電力の供給の開始時の可変コンデンサ23a,23bの容量を決定するために使用する。
【図面の簡単な説明】
【0056】
【図1】図1は,本発明による成膜装置の実施の一形態を示す概念図である。
【図2】図2は,本実施の形態における整合器の構成を示すブロック図である。
【図3】図3は,本実施の形態における成膜手順を示すタイミングチャートである
【図4】図4は,本実施の形態における整合器の他の構成を示すブロック図である。
【符号の説明】
【0057】
1:樹脂ボトルコーティング装置
2:樹脂ボトル
3:基台
4:絶縁板
5:外部電極
5a:本体部
5b:蓋体
6:排気管
7:内部電極
7a:噴出孔
8:原料ガス供給管
9:高周波電源
10:整合器
11:成膜室
12:選択指令
21:入力端子
22:出力端子
23:整合回路
23a,23b:可変コンデンサ
23c:コイル
24:電流検出素子
25:電圧検出素子
26:制御部
26a:記憶部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
電源と,
整合回路と,
前記整合回路を介して前記電源から電力を受け取り,前記電力によって成膜対象を収容する成膜室の内部でプラズマを発生させる電極と,
前記整合回路のインピーダンスを制御する制御部
とを具備し、
前記制御部は、前記電源が前記電極に前記電力を供給し始めた第1時刻から始まる第1期間において前記整合回路のインピーダンスを一定に保ち、前記第1期間が終了する第2時刻から始まる第2期間において、前記電極からの反射波電力に応答して前記整合回路のインピーダンスを制御する
成膜装置。
【請求項2】
請求項1に記載の成膜装置であって、
前記電源は、前記第2時刻の後の第3時刻において前記電力の供給を停止し、
前記制御部は、前記第3時刻における前記整合回路のインピーダンスである終了時インピーダンスに応答して次期インピーダンスを決定し、且つ、前記整合回路のインピーダンスを前記次期インピーダンスに設定し、
前記電源は、前記整合回路のインピーダンスが前記次期インピーダンスに設定された後の第4時刻から前記整合回路を介して前記電極に電力を供給し始める
成膜装置。
【請求項3】
請求項2に記載の成膜装置であって、
前記制御部は、前記終了時インピーダンスから予め決められたオフセット量だけずれたインピーダンスを、前記次期インピーダンスとして決定する
成膜装置。
【請求項4】
請求項2に記載の成膜装置であって、
前記制御部は、外部から入力される選択指令に応答して複数のオフセット量のうちから一のオフセット量を選択し、且つ、前記終了時インピーダンスから前記選択された一のオフセット量だけずれたインピーダンスを、前記次期インピーダンスとして決定する
成膜装置。
【請求項5】
請求項1に記載の成膜装置であって、
前記第1期間及び前記第2期間では、前記成膜室に成膜対象が収容され、且つ、前記成膜対象に形成される膜の原料ガスが導入される
成膜装置。
【請求項6】
請求項2に記載の成膜装置であって、
前記制御部は、前記第4時刻から始まる第3期間において前記整合回路のインピーダンスを一定に保ち、
前記第1期間及び前記第2期間では、前記成膜室に第1成膜対象が収容され、且つ、前記第1成膜対象に形成される膜の原料ガスが導入され、
前記第3期間では、前記第1成膜対象とは別の第2成膜対象が前記成膜室に収容され、且つ、前記第2成膜対象に形成される膜の原料ガスが導入される
成膜装置。
【請求項7】
電源と,
整合回路と,
前記整合回路を介して前記電源から電力を受け取り,前記電力によって成膜対象を収容する成膜室の内部でプラズマを発生させる電極と,
前記整合回路のインピーダンスを制御する制御部
とを具備し、
前記制御部は、第2時刻から始まる第2期間において前記電極からの反射波電力に応答して前記整合回路のインピーダンスを制御し、
前記電源は、前記第2時刻の後の第3時刻において前記電力の供給を停止し、
前記制御部は、前記第3時刻における前記整合回路のインピーダンスである終了時インピーダンスに応答して次期インピーダンスを決定し、且つ、前記整合回路のインピーダンスを前記次期インピーダンスに設定し、
前記電源は、前記整合回路のインピーダンスが前記次期インピーダンスに設定された後の第4時刻から前記整合回路を介して前記電極に電力を供給し始める
成膜装置。
【請求項8】
請求項7に記載の成膜装置であって、
前記第2期間では、前記成膜室に第1成膜対象が収容され、且つ、前記第1成膜対象に形成される膜の原料ガスが導入され、
前記第4時刻から始まる第3期間では、前記第1成膜対象とは別の第2成膜対象が前記成膜室に収容され、且つ、前記第2成膜対象に形成される膜の原料ガスが導入される
成膜装置。
【請求項9】
電源に接続される入力端子と、
成膜室の内部でプラズマを発生する電極に接続される出力端子と、
前記入力端子と前記出力端子との間に接続される整合回路と、
前記整合回路のインピーダンスを制御するための制御部
とを具備し、
前記制御部は、前記入力端子から前記出力端子に向かう進行波電力が第1閾値を超えた第1時刻から始まる第1期間において前記整合回路のインピーダンスを一定に保ち、前記第1期間が終了する第2時刻から始まる第2期間において、前記出力端子から前記入力端子に向かう反射波電力に応答して前記整合回路のインピーダンスを制御する
整合器。
【請求項10】
請求項9に記載の整合器であって,
前記制御部は、前記第2時刻の後、前記進行波電力が第2閾値から低下した場合、前記進行波電力が第2閾値から低下した第3時刻における前記整合回路のインピーダンスである終了時インピーダンスに応答して次期インピーダンスを決定し、且つ、前記整合回路のインピーダンスを前記次期インピーダンスに設定する
整合器。
【請求項11】
整合回路と,
前記整合回路を介して電力を受け取り,前記電力によって成膜対象を収容する成膜室の内部でプラズマを発生する電極
とを備える成膜装置のためのインピーダンス制御方法であって,
(A)前記整合回路のインピーダンスを第1インピーダンスに設定するステップと、
(B)前記(A)ステップの後、前記整合回路を介する前記電極への電力の供給を開始するステップと、
(C)前記電力の供給の開始から始まる第1期間において前記インピーダンスを一定値に保つステップと、
(D)前記第1期間に続く第2期間において、前記電極からの反射波電力に応答して前記インピーダンスを制御するステップ
とを具備する
インピーダンス制御方法。
【請求項12】
整合回路と,
前記整合回路を介して電力を受け取り,前記電力によって成膜対象を収容する成膜室の内部でプラズマを発生する電極
とを備える成膜装置のためのインピーダンス制御方法であって,
(E)第2時刻から始まる第2期間において,前記整合回路を介して前記電極に電力を供給するステップと,
(F)前記第2期間において,前記電極からの反射波電力に応答して前記整合回路のインピーダンスを制御するステップと,
(G)前記第2時刻の後の第3時刻において前記電力の供給を停止するステップと,
(H)前記第3時刻における前記整合回路のインピーダンスである終了時インピーダンスに応答して次期インピーダンスを決定し、且つ、前記整合回路のインピーダンスを前記次期インピーダンスに設定するステップと,
(I)前記整合回路のインピーダンスが前記次期インピーダンスに設定された後の第4時刻から前記整合回路を介して前記電極に電力を供給し始めるステップ
とを具備する
インピーダンス制御方法。
【請求項13】
電源と,
整合回路と,
前記整合回路を介して前記電源から電力を受け取り,前記電力によって樹脂ボトルを収容する成膜室の内部でプラズマを発生させる電極と,
前記整合回路のインピーダンスを制御するための制御部
とを具備し、
前記制御部は、前記電源が前記電極に前記電力を供給し始めた第1時刻から始まる第1期間において前記整合回路のインピーダンスを一定に保ち、前記第1期間が終了する第2時刻から始まる第2期間において、前記電極からの反射波電力に応答して前記整合回路のインピーダンスを制御する
樹脂ボトルコーティング装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2006−213967(P2006−213967A)
【公開日】平成18年8月17日(2006.8.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−28307(P2005−28307)
【出願日】平成17年2月3日(2005.2.3)
【出願人】(505193313)三菱重工食品包装機械株式会社 (146)
【出願人】(000253503)麒麟麦酒株式会社 (247)
【Fターム(参考)】