説明

手動変速機の同期装置

【課題】シンクロナイザーリングの内周面における螺旋溝、縦溝の占める面積を低減しながら、シンクロナイザーリングの内周面とコーン面との間の排油性を維持する。
【解決手段】コーン面と摩擦係合する内周面51に、螺旋溝531と、この螺旋溝531に交差する複数の縦溝532とが形成されたシンクロナイザーリング50を備え、シンクロナイザーリング50のクラッチギヤ側の側面には、縦溝532から連続して、回転中心側から遠心側に向かって、溝幅を拡大しつつ溝深さを縮小した油排出促進溝541が形成された手動変速機の同期装置100。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、車両に搭載される手動変速機の同期装置に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車に搭載される手動変速機の同期装置において、シンクロナイザーリングの内周面とコーン面との間の排油性を向上させるための技術が従来より提案されている(例えば特許文献1〜3を参照。)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】実開昭62−156651号公報
【特許文献2】実開平5−58965号公報
【特許文献3】特開平7−119756号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
手動変速機の同期装置のシンクロナイザーリングには、多くの場合、黄銅などの比較的摩耗し易い材料が使用されている。また、シンクロナイザーリングの内周面には、螺旋状に形成された螺旋溝や回転軸線方向に形成された縦溝が設けられており、その溝の面積分だけコーン面に対する接触面積が少なくなっている。この種のシンクロナイザーリングは、内周面が摩耗し易く、耐久性の向上が求められていた。
【0005】
シンクロナイザーリングの内周面の耐久性を向上させるには、(1)シンクロナイザーリングのサイズを全体的に大きくして内周面の面圧を低減する。(2)焼結材などの耐摩耗性に優れた材料をシンクロナイザーリングに採用する。(3)シンクロナイザーリングの内周面における螺旋溝、縦溝の占める面積を低減する。以上(1)〜(3)の対策が考えられる。
【0006】
しかし、(1)の対策によれば、コストアップ、重量増等の別の問題が生じるので採用は困難である。また、(2)の対策によっても、コストアップの問題が生じるので採用が困難である。
【0007】
また、(3)の対策によれば、シンクロナイザーリングの内周面とコーン面との間の排油性が低下して、シンクロナイザーリングのコーン面に対する摩擦係合力(特に摩擦係合初期における摩擦係合力)が低下する。このため、(3)の対策を採用するには、シンクロナイザーリングの内周面における螺旋溝、縦溝の占める面積を低減しても、シンクロナイザーリングの内周面とコーン面との間の排油性を低下させないようにすることが必要であった。
【0008】
本発明は上記の実情に鑑みて創案されたものであり、シンクロナイザーリングの内周面における螺旋溝、縦溝の占める面積を低減しても、シンクロナイザーリングの内周面とコーン面との間の排油性を維持することが可能な手動変速機の同期装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記目的を達成するための手段として、本発明の手動変速機の同期装置は、以下のように構成されている。
【0010】
すなわち、本発明の手動変速機の同期装置は、コーン面と摩擦係合する内周面に、螺旋溝と、この螺旋溝に交差する複数の縦溝とが形成されたシンクロナイザーリングを備えるものを前提としており、前記シンクロナイザーリングのクラッチギヤ側の側面には、前記縦溝から連続して、回転中心側から遠心側に向かって、溝幅を拡大しつつ溝深さを縮小した油排出促進溝が形成されていることを特徴とするものである。
【0011】
かかる構成を備える手動変速機の同期装置によれば、油排出促進溝が縦溝に連続して設けられていることから、縦溝内での油の流れは、縦溝の端部で途切れることなく、油排出促進溝内に連続して形成される。このため、油排出促進溝が設けられていないシンクロナイザーリングと比較して縦溝内での油の排出が促進され、その結果、シンクロナイザーリングの内周面とコーン面との間の油の排油性が向上する。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、油排出促進溝によって縦溝内での油の排出が促進されることから、シンクロナイザーリングの内周面における螺旋溝、縦溝の占める面積を低減しても、シンクロナイザーリングの内周面とコーン面との間の排油性を維持することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】本発明の実施の形態に係る手動変速機の同期装置の断面図である。
【図2】本発明の実施の形態に係るシンクロナイザーリングの断面図である。
【図3】本発明の実施の形態に係るシンクロナイザーリングの部分側面図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明の実施の形態について図面を参照して説明する。
【0015】
図1に示す同期装置100は、クラッチハブ10、スリーブ20、ボール30、キー40、シンクロナイザーリング50、クラッチギヤ60、変速ギヤ70等を備えている。このうち、シンクロナイザーリング50、クラッチギヤ60および変速ギヤ70は、それぞれ低速段用および高速段用(例えば3速段用および4速段用)が設けられている。
【0016】
クラッチハブ10は、入力軸1にスプライン嵌合されており、入力軸1と一体に回転する。
【0017】
スリーブ20は、その内歯21がクラッチハブ10の外歯(不図示)に噛合しており、クラッチハブ10および入力軸1と一体に回転する。このスリーブ20は、入力軸1の軸線N方向に移動可能であり、シフトレバー操作が行われることで、シフトレバーと連動するセレクター2によって軸線N方向に移動される。
【0018】
ボール30は、キー40内で径方向(入力軸1の径方向)へ移動可能に嵌め込まれており、図示しないスプリングによりスリーブ20の内周面側に押圧されている。ボール30は、ニュートラル時には、図1に示すように、スリーブの内周面に形成された凹部22に嵌入されており、セレクター2によってスリーブ20が移動されると、凹部22から脱離可能となっている。
【0019】
キー40は、スリーブ20の凹部22に係合して軸線N方向に移動するボール30とともに同方向に移動してシンクロナイザーリング50の内側面53を押圧する。
【0020】
シンクロナイザーリング50は、キー40にその内側面53を押圧されることで、軸線N方向クラッチギヤ60側に移動し、その内周面51をコーン面61に摩擦係合させる。また、シンクロナイザーリング50の外周部には、スリーブ20の内歯21に噛合可能に形成されたシンクロナイザーリングギヤ52が設けられている。なお、シンクロナイザーリング50の構造については後にさらに詳細に説明する。
【0021】
クラッチギヤ60は、その内周部が変速ギヤ70にスプライン嵌合されており、変速ギヤ70と一体に回転する。クラッチギヤ60の外歯62は、スリーブ20の内歯21に噛合可能となっている。また、クラッチギヤ60には、シンクロナイザーリング50の内周面と摩擦係合するコーン面61が一体に設けられている。コーン面61は、同期装置100の軸線N方向中心位置に向かって縮径し、軸線Nを中心とする円錐台の側面状に形成されている。
【0022】
変速ギヤ70は、入力軸1の外周にベアリング3を介して相対回転自在に設けられており、図示しない出力軸に回転一体に設けられた他のギヤと常時噛合する外歯71を有している。
【0023】
上記同期装置100において、図示しないシフトレバーがシフト操作されると、セレクター2は、スリーブ20をいずれか一方へ(図1において右側又は左側)移動させる。このスリーブ20の移動に伴って、スリーブ20の凹部22に係合したボール30とキー40も同方向へ移動し、キー40は、シンクロナイザーリング50の内側面53を押圧する。すると、シンクロナイザーリング50の内周面51は、クラッチギヤ60に設けられたコーン面61に押し付けられ、摩擦係合による回転同期が始まる。
【0024】
さらに、スリーブ20が同方向に移動すると、ボール30がスリーブ20の凹部22から脱離して、スリーブ20の内歯21は、シンクロナイザーリングギヤ52に噛合する。そして、回転同期完了後、シンクロナイザーリング50の内歯21がクラッチギヤ60の外歯62に噛合して変速動作が完了する。
【0025】
つぎに、シンクロナイザーリング50の構造について詳細に説明する。
【0026】
シンクロナイザーリング50は、前記コーン面61と摩擦係合する、円錐台の側面状の内周面51を有している。そして、この内周面51には、螺旋状に形成された螺旋溝531と、この螺旋溝531に交差して形成された複数の縦溝532とが設けられている。図2に示すように、この縦溝532の溝底部532aも内周面51と同様に傾斜しているため、縦溝内の油は、シンクロナイザーリング50の回転による遠心作用によって、クラッチギヤ60側へ排出される。
【0027】
螺旋溝531は、シンクロナイザーリング50の内周面53がコーン面61に押し付けられる際に、内周面53とコーン面61との間の油を逃がして摩擦係合力を高めるために設けられている。また、螺旋溝531内の油は、縦溝532に流れ込み、既述したように、遠心作用により、クラッチギヤ60側へ排出される。
【0028】
シンクロナイザーリング50のクラッチギヤ60側の側面54(以下「外側面54」ともいう。)には、縦溝532から連続した油排出促進溝541が形成されている。この油排出促進溝541は、図2および図3に示すように、溝幅がシンクロナイザーリング50の回転中心側から遠心側に向かって拡大しており、溝深さがシンクロナイザーリング50の回転中心側から遠心側に向かって縮小したものとなっている。より詳細には、油排出促進溝541の溝幅は、シンクロナイザーリング50の回転中心側から遠心側に向かって一定の角度で拡大している。また、油排出促進溝541の溝底部541aは、シンクロナイザーリング50の回転中心側から遠心側に向かって溝深さが一定の勾配で縮小している。
【0029】
本実施形態に係るシンクロナイザーリング50は、油排出促進溝541を有することから以下の作用効果を奏する。
【0030】
すなわち、油排出促進溝541は、縦溝532に連続していることから、遠心作用により形成される縦溝532内での油の流れは、縦溝532の端部で途切れることなく、油排出促進溝541内でも連続して形成される。このため、油排出促進溝541が設けられていないシンクロナイザーリングと比較して縦溝532内の油の排出が促進され、その結果、シンクロナイザーリング50の内周面53とコーン面61との間の排油性が向上する。
【0031】
流体工学の分野において、管路の流路断面積が急激に広がる場合に、その広がり度合いに応じて大きな損失ヘッドが生じることがよく知られている。この理論に当てはめると、従来のシンクロナイザーリングでは、油排出促進溝が設けられていないため、縦溝内(管路)の流路断面積は、その端部において急激に拡大するものであるといえる。よって、縦溝内の損失ヘッドは比較的大きくなる。
【0032】
一方、本実施形態に係るシンクロナイザーリング50によれば、縦溝532(管路)に連続して油排出促進溝541が設けられていることから、縦溝532の端部における流路断面積の拡大は比較的緩和されているといえる。よって、油排出促進溝541が設けられていないシンクロナイザーリングと比較して管路(縦溝532内の流れ)の損失ヘッドは低減され、縦溝532内の油の排出が促進される。
【0033】
また、図2に示すように、油排出促進溝541の溝底部541aは、回転中心側から遠心側に向かって溝深さが縮小するように一定の勾配にて形成されているため、油排出促進溝541の溝底部541aと縦溝532の溝底部532aとの成す角θは、90°より大きくなっている。これにより、縦溝532から油排出促進溝541に流れ込んだ油は、油排出促進溝541に沿って流れ易くなり、縦溝532内の油の排出が更に促進されることとなる。
【0034】
なお、流体工学の分野において、曲がり管路内の流路断面で2次流れが生じ、その曲がり角α(ここで、α=180°−θである。)が大きいほど損失ヘッドが大きくなることがよく知られている。この理論に当てはめると、従来のシンクロナイザーリングでは、油排出促進溝が設けられていないため、縦溝(管路)の端部における曲がり角αは90°となる。これに対し、本実施形態に係るシンクロナイザーリング50では、縦溝532(管路)に連続して油排出促進溝541が設けられていることから、θは90°より大きくなり(図2参照)、曲がり角αは従来のシンクロナイザーリングの曲がり角αである90°より小さくなる。この結果、本実施形態に係るシンクロナイザーリング50の縦溝532内の損失ヘッドの方が従来のシンクロナイザーリングの縦溝内の損失ヘッドよりも低くなり、縦溝532内の油の排出が促進されるといえる。
【0035】
縦溝532内の油は、図1の拡大図の矢印Pに示す方向に流れて排出されるが、この場合、縦溝532の下流側の流路断面積が大きい方が縦溝532内での油の排出が促進される。本実施形態に係るシンクロナイザーリング50によれば、上記油排出促進溝541が設けられていることで、縦溝532の下流側の流路断面積は、シンクロナイザーリング50の外側面54とクラッチギヤ60との間の隙間Lに油排出促進溝541内の流路断面積が加算されたものとなるため、従来のシンクロナイザーリングと比較して、縦溝の下流側の流路断面積が大きくなる。よって、本実施形態に係るシンクロナイザーリング50の縦溝532内での油の排出は、油排出促進溝541が設けられていない従来のシンクロナイザーリングと比較して促進される。
【0036】
ところで、図3の矢印Cに示す方向にシンクロナイザーリング50が回転すると、縦溝532から出た油は、半径方向に対して回転方向へ傾斜した矢印Bに示す方向を主流とした流れを油排出促進溝541内で形成する。油排出促進溝541は、回転中心側から遠心側に向かって一定角度で拡大していることから、この主流の形成を妨げないようになっており、その分、縦溝532内の油の排出が促進される。
【0037】
また、油排出促進溝541の回転方向後側の側壁541bは、油排出促進溝541内での油の主流から外れてよどんだ流れを遠心側に押し出すように作用する。このことによっても、縦溝532内の油の排出が促進される。
【0038】
以上に説明したシンクロナイザーリング50を備える同期装置100によれば、油排出促進溝541によって、縦溝532内の油の排出が促進され、その結果、シンクロナイザーリング50の内周面53とコーン面61との間の排油性が向上する。
【0039】
したがって、本実施形態に係るシンクロナイザーリング50を備える同期装置100によれば、シンクロナイザーリング50の内周面53に占める縦溝532および螺旋溝531の溝面積を低減しても、上記排油性を従来と同程度に維持することが可能である。そして、シンクロナイザーリング50の内周面53に占める溝面積を低減することで、コーン面61に対する接触面積を増加させることができ、シンクロナイザーリング50の内周面53の耐久性を向上させることができる。
【0040】
また、シンクロナイザーリングに高い耐久性が要求されることから焼結材等の高価な材料を使用せざるを得なかった同期装置においては、本発明を適用することで、高い耐久性を確保しつつ、シンクロナイザーリングの材料として黄銅等の比較的安価な材料を採用することができる。
【産業上の利用可能性】
【0041】
本発明は、例えば、自動車に搭載される手動変速機の同期装置に適用可能である。
【符号の説明】
【0042】
N 軸線
50 シンクロナイザーリング
51 内周面
54 外側面(クラッチギヤ側の側面)
60 クラッチギヤ
61 コーン面
100 同期装置
531 螺旋溝
532 縦溝
541 油排出促進溝

【特許請求の範囲】
【請求項1】
コーン面と摩擦係合する内周面に、螺旋溝と、この螺旋溝に交差する複数の縦溝とが形成されたシンクロナイザーリングを備える手動変速機の同期装置において、
前記シンクロナイザーリングのクラッチギヤ側の側面には、前記縦溝から連続して、回転中心側から遠心側に向かって、溝幅を拡大しつつ溝深さを縮小した油排出促進溝が形成されていることを特徴とする手動変速機の同期装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2011−144822(P2011−144822A)
【公開日】平成23年7月28日(2011.7.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−3973(P2010−3973)
【出願日】平成22年1月12日(2010.1.12)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【Fターム(参考)】