説明

揮発性を有する抗酸化剤。

【課題】揮発性に富み、空気中への放散が容易なため作用対象および対象空間に高効率の抗酸化作用を発揮できる新規な抗酸化剤を、主に木材を原料として低廉なコストで実現する。
【解決手段】主として樹木の精油由来物質を主成分とする木材特有の優れた香気を有する抗酸化剤であって、好ましくは精油由来物質に係る精油は、シナモン葉精油、スギ材精油、ヒバ材精油、ベイヒバ材精油、ベイスギ材精油、シナモン樹皮精油のいずれかであり、さらに前記精油由来物質はテルペン由来のトロポロン類である抗酸化剤を提供して上記課題を解決する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本願発明は、食品、食品添加物、飼料、化粧品、医薬などの酸化による品質低下を防ぐために必要な、安全性が高く、且つ強力な抗酸化剤に関し、なお詳しくは天然物に由来して気中における揮発性に優れた新規な抗酸化剤に関するものである。
【発明の背景】
【0002】
上述の分野、特に市場の大きい食品加工、化粧品などの分野では、従来、抗酸化剤としては化学合成品が広く用いられている。
この種のものとして、例えばBHA(ブチルヒドロキシアニソール)およびBHT(ブチルヒドロキシトルエン)がその代表例として挙げられ、エリソルビン酸ナトリウム、クエン酸イソプロピル、dl−痾−トコフェロール、没食子酸プロピル等が食品の種類に応じて使い分けられている。
【0003】
ところが、今日、化学合成品による食品添加物の安全性に対する消費者意識が高まり、BHAやBHT等の化学物質に替えて、天然物質由来の抗酸化剤の採用を考慮せざるを得ない状況にある。
【0004】
このような天然物由来の抗酸化剤としては、例えば、各種植物油に含まれるトコフェロール類、各種植物組織中に含まれるフラボン、ケルセチン、ルチン等のフラボン誘導体、茶葉、コーヒー豆、カカオ豆等に含まれるコーヒー酸、没食子酸、フェルラ酸等のフェノール酸誘導体やカテキン等のポリフェノール類、綿実油に含まれるゴシポール、米ぬか中の繃−オリザノール、ゴマ油中のセザモール・セザモリン、各種香辛料類の抽出物、タンパク加水分解物(ペプチド、アミノ酸)などが知られている。
【0005】
ところが、これら従来の一般的な抗酸化性物質は、いずれも揮発性が小さいため、空気中に放出拡散させることが困難であり、その機能を十分発揮することができなかった。
このため、揮発性の抗酸化剤の開発が試みられており、この種の抗酸化剤として、例えば、1,8?シネオールを主な有効成分とするユーカリ葉油や多年性草本の一種であるヘリクリサム属植物の抽出物の中性画分からなるものが、特許文献としても開示されてはいる。
【0006】
しかしながら、このような従来技術はその質、量の両面において市場の要望を十分に満たすことはできず、原剤料が安価であり、かつその供給が容易である新規、有効な抗酸化剤の提供が求められているのが実情である。
本願発明者らは、木材の精油、特にその香り成分中に抗酸化作用を有する物質が含まれることを知見し、この知見を基に本願発明をなすに至った。
【0007】
なお、本願発明に関連する技術が以下のような文献において開示されている。
【特許文献1】特開2005−110760
【特許文献2】特開2001−39809
【特許文献3】特開2001−031516
【特許文献4】特開平09−249686
【特許文献5】特開平07−138250
【特許文献6】特開平05−171144
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本願発明は、揮発性に富み、空気中への放散が容易なため作用対象および対象空間に高効率の抗酸化作用を発揮できる新規な抗酸化剤を、主に木材を原料として低廉なコストで提供する技術を実現する。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本願発明は、樹木の精油由来物質を主成分として木材特有の優れた香気を有する抗酸化剤を提供して上記従来の課題を解決しようとするものである。
【0010】
また、上記の抗酸化剤において、前記精油由来物質に係る精油は、シナモン葉精油、スギ材精油、ヒバ材精油、ベイヒバ材精油、ベイスギ材精油、シナモン樹皮精油のいずれかで構成することがある。
【0011】
さらに、上記いずれか記載の抗酸化剤において、前記精油由来物質はテルペン由来物質で構成することがある。
【0012】
またさらに、上記の抗酸化剤において、前記テルペン由来物質はトロポロン類で構成することがある。
【0013】
また、上記の抗酸化剤において、前記トロポロン類は、次式(1)で表されるツヤ酸、次式(2)で表されるツヤ酸メチルエステル、次式(3)で表されるネズコン、次式(4)で表されるβ‐ツヤプリシンのいずれかであり、これらのうちいずれか1又は2以上を主成分として構成することがある。
【化1】

【化2】

【化3】

【化4】

【0014】
本願発明はさらに、ベイスギ材から超臨界二酸化炭素抽出法又は水蒸気抽出法により抽出した次式(1)で表されるツヤ酸、次式(2)で表されるツヤ酸メチルエステル、次式(3)で表されるネズコン、次式(4)で表されるβ‐ツヤプリシンのうちいずれか1又は2以上を主成分とする木材特有の優れた香気を有する抗酸化剤を提供して、上記従来の課題を解決する。

【化1】

【化2】

【化3】

【化4】

【0015】
そして、本願発明は次式(1)で表されるツヤ酸、次式(2)で表されるツヤ酸メチルエステル、次式(3)で表されるネズコン、次式(4)で表されるβ‐ツヤプリシンのうちいずれか1又は2以上を主成分とする抗酸化剤を提供する。

【化1】

【化2】

【化3】

【化4】

【発明の効果】
【0016】
本願発明は、上記構成により、次のような効果を奏する。
(1) 優れた揮発性を有するため、空気中への放散が容易であり作用対象および対象空間に高効率の抗酸化作用を発揮できる。
(2) また、主として木材を原料としているので生産コストが低廉であり、得られる抗酸化剤は木材特有の優れた香気を有している。
(3) 汎用されている合成抗酸化剤であるBHTに比較して極めて高い抗酸化活性を具備する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
本願発明において、抗酸化剤は、以下の各構造式(1)、(2)、(3)および(4)としてそれぞれ表されるツヤ酸、ツヤ酸メチルエステル、ネズコン、β‐ツヤプリシンのうちのいずれか1又は2以上を主成分として構成される。
【化1】

【化2】

【化3】

【化4】

【0018】
そして、ツヤ酸、ツヤ酸メチルエステル、ネズコン、β‐ツヤプリシンは、樹木由来の天然物を用いることにより、得られる抗酸化剤は木材特有の優れた香気を有するものとなり、その利用領域、利用価値が拡大する。
【0019】
樹木由来の天然物としては、シナモン葉精油、スギ材精油、ヒバ材精油、ベイヒバ材精油、ベイスギ材精油、シナモン樹皮精油等であり、これらの精油を抗酸化剤の主成分として用いることにより揮発性に優れ強力な抗酸化活性を有する抗酸化剤を実現できる。
図1は、樹木精油類の抗酸化活性に係る値を示すグラフであり、グラフにおいて数値1.0は合成抗酸化剤BHT(2,6-ジ‐tert-ブチル-p-クレゾール)の抗酸化活性値に対応している。
【0020】
抗酸化活性の測定はベータカロチン褪色法により以下のようになされている。
a:反応液(イ)4,900μlと検定溶液(ロ)100μlの混合液を摂氏50度で加熱する。
* 反応液(イ):
リノール酸溶液(0.1g/mlCHCl3)200μl+Tween40(0.2g/mlCHCl3)1000μl+ベータカロチン(0.01g/mlCHCl3)500μlの溶媒を窒素で揮発させて、水100mlを添加した後、45mlに対して5mlの0.2Mリン酸緩衝液を添加して生成
* 検定溶液精油(ロ):0.1%エタノール溶液
b:上記プロセスaに次いで、470nmにおける吸光度を15分後、45分後に測定。
【0021】
活性の求め方は、次式による。
抗酸化活性=試料溶液(O.D.15min-O.D.45min)/BHT1mg/100ml(O.D.15min-O.D.45min)
図1のグラフにおいて、上記式の数値が1より大の場合、BHTより褪色が激しい進行を示し、1より小の場合はBHTよりも褪色が緩やかな進行を示している。すなわち、値が小さいほど活性は高くなる。
かくして、図1のグラフに示す結果から、ベイスギ材油、ベイヒバ材油、スギ材油、ヒバ材油、シナモン葉油、シナモン樹皮油の活性が高く、特にベイスギ材油の活性が顕著である。
【0022】
超臨界二酸化炭素抽出法による抽出物の抗酸化活性を上述の精油の場合と同様にベータカロチン褪色法により測定し、その測定値と上記の数種の精油の測定値を比較したところ、図2に示すグラフのような結果を得た。 超臨界二酸化炭素抽出法による抽出物(ベイスギSEF1,ベイスギSEF2)のいずれも図1のグラフに示すベイスギ剤油より優れた活性値を示している。ベイスギSEF1およびベイスギSEF2の超臨界二酸化炭素抽出の圧力条件は、平方センチメートルあたり、それぞれ200kgfと100kgfであり、抽出温度、抽出時間はいずれも摂氏40度、8時間である。なお、このグラフでも数値1はBHTの数値を示している。
【0023】
図3は、ベイスギの前記超臨海二酸化炭素抽出物の構成成分を示す表であり、ツヤ酸メチルエステル、ネズコン、β-ツヤプリシン、ツヤ酸等の精油の香り成分(テルペン)の構成成分(トロポロン類)が大部を占めている。
【0024】
図4は、香り成分(テルペン)の構成成分(トロポロン類)であるツヤ酸メチルエステル、ネズコン、β-ツヤプリシン、ツヤ酸のそれぞれの抗酸化活性を上述の精油の場合と同様にベータカロチン褪色法による測定した数値を示すグラフであり、いずれの成分もBHTの活性値1に比べて強い抗酸化活性を示しているが、特にネズコン、β-ツヤプリシン、ツヤ酸が強い活性を有するのが判明する。
【0025】
上記より、抗酸化剤は、ネズコン、β-ツヤプリシン、ツヤ酸、ツヤ酸メチルエステルのうちいずれか1又は2以上を主成分として構成するのが望ましく、これらが樹木から抽出される成分である場合、さらに木材特有の優れた香気を有する抗酸化剤が得られる。
【0026】
なお、樹木における香り成分(テルペン)の構成成分(トロポロン類)であるツヤ酸メチルエステル、ネズコン、β-ツヤプリシン、ツヤ酸等の抽出は水蒸気抽出法によっても良い。 図5はベイスギ材の水蒸気抽出により得た構成成分を示す表である。この抽出法による場合、強い抗酸化活性を示すネズコン、ツヤ酸、β-ツヤプリシンの量が超臨界二酸化炭素抽出法に比べて少ない。
【0027】
以上より、抗酸化剤は、ベイスギ材の超臨界二酸化炭素抽出法による香り成分(テルペン)又はこの構成成分(トロポン類)であるツヤ酸メチルエステル、ネズコン、β-ツヤプリシン、ツヤ酸のうちいずれか1又は2以上を主成分として構成するのが望ましい。
【実施例】
【0028】
イ:超臨界抽出法による抗酸化活性成分の抽出
ベイスギ木粉(40−60メッシュに粉砕したもの)100g(乾燥重量)に対して超臨界二酸化炭素により抽出を実施して、図3のグラフに示すような成分を抽出した。なお、抽出圧力は平方センチメートル当たり200kgfまたは100kgf、抽出温度は摂氏40度、抽出時間は8時間で、抽出物の収率は0.45%であった。
【0029】
ロ:水蒸気抽出法による抗酸化活性成分の抽出
ベイスギ木粉(40−60メッシュに粉砕したもの)100g(乾燥重量)の水蒸気抽出により精油(収率0.11%)を生成した。この精油の構成成分は図5のグラフに示される。
【0030】
前記抽出により得た、抽出物又は抽出物中のツヤ酸メチルエステル、ネズコン、β-ツヤプリシン、ツヤ酸のうちいずれか1又は2以上を主成分とする抗酸化剤により、定法により最終生成品としての抗酸化剤を得た。
【0031】
以上説明したように、本願発明にあっては、抗酸化剤の主成分を樹木等から抽出したツヤ酸メチルエステル、ネズコン、β-ツヤプリシン、ツヤ酸のうちいずれか1又は2以上で構成することが望ましいが、前記核物質を含有する樹木の精油あるいは精油中の香り成分を主成分としてもよい。
【0032】
ツヤ酸メチルエステル、ネズコン、β-ツヤプリシン、ツヤ酸等は、例えば 超臨界抽出物を無水酢酸、ピリジンにてアセチル化し、得られたアセチ
ル化物をカラムクロマトグラフィー(酢酸エチル:ノルマルヘキサン=6: 4)で分離し、ツヤ酸、ネズコン及びβ-ツヤプリシンアセテート、ツヤ酸メチルエステルをそれぞれ得、次いで、β-ツヤプリシンアセテートは定法により脱アセチル化してβ-ツヤリシンを得るようにして、それぞれ単離する。 なお、これらの物質で抗酸化剤を生成するに際して、これらは必ずしも天然物由来であることを要しない。
【図面の簡単な説明】
【0033】
【図1】樹木精油類の抗酸化活性の測定値を示すグラフである。
【図2】樹木精油とベイスギ材の超臨界二酸化炭素抽出物の抗酸化活性値の比較を示すグラフである。
【図3】ベイスギの前記超臨界二酸化炭素抽出物の構成成分を示す表である。
【図4】ベイスギ材を対象とする超臨界二酸化炭素抽出物の主要成分の抗酸化活性の測定値を示すグラフである。
【図5】ベイスギ材の水蒸気抽出により得た構成成分を示す表である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
樹木の精油由来物質を主成分として木材特有の優れた香気を有する抗酸化剤。
【請求項2】
請求項1記載の抗酸化剤において、前記精油由来物質に係る精油は、シナモン葉精油、スギ材精油、ヒバ材精油、ベイヒバ材精油、ベイスギ材精油、シナモン樹皮精油のいずれかであることを特徴とする木材特有の優れた香気を有する抗酸化剤。
【請求項3】
請求項1又は2記載の抗酸化剤において、前記精油由来物質はテルペン由来物質であることを特徴とする木材特有の優れた香気を有する抗酸化剤。
【請求項4】
請求項3記載の抗酸化剤において、前記テルペン由来物質はトロポロン類であることを特徴とする木材特有の優れた香気を有する抗酸化剤。
【請求項5】
請求項4記載の抗酸化剤において、前記トロポロン類は、次式(1)で表されるツヤ酸、次式(2)で表されるツヤ酸メチルエステル、次式(3)で表されるネズコン、次式(4)で表されるβ‐ツヤプリシンのいずれかであり、これらのうちいずれか1又は2以上を主成分とする木材特有の優れた香気を有する抗酸化剤。


【化1】

【化2】

【化3】

【化4】

【請求項6】
ベイスギ材から超臨界二酸化炭素抽出法又は水蒸気抽出法により抽出した次式(1)で表されるツヤ酸、次式(2)で表されるツヤ酸メチルエステル、次式(3)で表されるネズコン、次式(4)で表されるβ‐ツヤプリシンのうちいずれか1又は2以上を主成分とする木材特有の優れた香気を有する抗酸化剤。
【化1】

【化2】

【化3】

【化4】

【請求項7】
次式(1)で表されるツヤ酸、次式(2)で表されるツヤ酸メチルエステル、次式(3)で表されるネズコン、次式(4)で表されるβ‐ツヤプリシンのうちいずれか1又は2以上を主成分とする抗酸化剤。
【化1】

【化2】

【化3】

【化4】


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2009−7391(P2009−7391A)
【公開日】平成21年1月15日(2009.1.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−167203(P2007−167203)
【出願日】平成19年6月26日(2007.6.26)
【出願人】(501186173)独立行政法人森林総合研究所 (91)
【Fターム(参考)】