説明

散乱イオン測定装置,散乱イオン測定方法

【課題】 磁場の発生領域(平行磁場領域)内に設置された試料に対してイオンビームを照射する際に,前記試料の測定部に対して前記イオンビームを十分に収束させた上で照射することにより,前記照射半径を小さくすることが可能な散乱イオン測定装置,散乱イオン測定方法を提供すること。
【解決手段】 イオンビーム2の進行方向に沿って複数の収束電磁石7を配列し,前記平行磁場領域の境界面状において前記イオンビーム2を収束させる。これにより,前記平行磁場領域には前記イオンビーム2の再収束点が形成されるので,試料1をその測定部が前記再収束点と一致するように配置する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は,イオンビームを分析対象の試料に照射し,該試料から散乱される散乱イオンを検出することにより前記試料の分析を行う散乱イオン測定装置に関するものであり,特にイオンビームに平行かつ一様な磁場を用いた平行磁場型の散乱イオン測定装置,散乱イオン測定方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
試料の元素の特定,及び前記試料の分析を行うための装置として,ラザフォード後方散乱分析装置等が知られている。前記ラザフォード後方散乱分析装置は,一定のエネルギーを有するイオンビームを試料に入射し,前記試料によって散乱された散乱イオンをイオン検出部に入射させて検出する散乱イオン測定装置の一例であって,前記散乱イオンのエネルギースペクトルを測定することにより,前記試料を分析し得るものである。
ラザフォード後方散乱分析装置の中でも特に高精度で散乱イオンのエネルギーを測定することが可能なものとして,例えば特許文献1に記載のような,平行磁場型ラザフォード後方散乱分析装置が知られている。
従来例における平行磁場型ラザフォード散乱装置の構成概略図を図1(a)及び(b)に示す。
【0003】
図1(a)に示される平行磁場型ラザフォード後方散乱分析装置B(散乱イオン検出装置の一例)は,イオンを一定方向に加速し,全ての前記イオンが一定のエネルギーを持ったイオンビームを発生させるための加速器部X1と,前記イオンビームを分析対象である試料1に入射し,前記試料1によって散乱された散乱イオンのエネルギーを検出し,検出されたエネルギーから前記試料1の元素特定を行うための超伝導スペクトロメータ部X2とによって概略構成される。
【0004】
前記加速器部X1によって400keV程度に加速されたイオンビーム2は,図1(b)に示されるように,前記超伝導スペクトロメータX2内に設置された前記試料1に入射される。前記超伝導スペクトロメータX2内には超伝導ソレノイドコイル3が設置されている。前記超伝導スペクトロメータX2内には前記超伝導ソレノイドコイル3(平行磁場生成手段の一例)により,前記イオンビーム2の入射方向(以下,進行方向という)に平行且つ一様な磁場B1が生じている。前記磁場B1は,前記試料1の測定箇所(測定部)とこれに対向配置された後述の検出器6(イオン検出部の一例)を含む前記超伝導スペクトロメータX2内の空間(所定の空間の一例)において生じるものである。以下は,前記磁場B1に平行にz軸をとるものとし,前記磁場B1と直行する平面をxy平面とする。また,前記磁場B1の発生領域(前記超伝導スペクトロメータX2内の空間)を平行磁場領域という。
前記イオンビーム2を構成する各イオンの進行方向が前記磁場B1と平行である場合,前記試料1に入射するまでは前記イオンビーム2は前記磁場B1によるローレンツ力を受けず,従って前記イオンビーム2は前記試料1に向かって直進する。
尚,前記イオンビーム2の進行方向は前記磁場B1と平行になるように(即ち,z軸に沿う方向となるように)前記加速器部X1により調節されるものである。従って,前記進行方向をz軸方向と同一視することが可能である。
一方,前記試料1によって散乱角θで散乱された散乱イオン4は,xy方向に速度成分を持つことから,前記磁場B1によってローレンツ力を受け,xy平面内でサイクロトロン運動を行う。従って前記散乱イオン4は,前記超伝導スペクトロメータX2内で図2に示される螺旋軌道を描く。質量m,電荷qe,エネルギーE[eV],散乱角θで散乱された散乱イオン4の軌道は,次式(1)で与えられる。
x=Rsinωc
y=R{1−cosωct } …(1)
z=vcosθt
ただし,(x,y,z)=(0,0,0)は前記試料1の位置,t=0は前記試料1にイオンが散乱された瞬間である。ωcは,
ωc =qeB/m…(2)
で与えられるサイクロトロン周波数であり,2π/ωcがサイクロトロン運動の周期である。また,(x,y)=(0,0),つまりz軸は前記イオンビーム2の入射軸である。
【0005】
方程式(x,y)=(0,0)の解はt=2π/ωcとその整数倍であり,つまりt=2π/ωcの周期で前記散乱イオン4は前記イオンビーム2の入射軸(z軸)に戻ってくる。t=2π/ωcのときのz座標はz=vcos(2πθ/ωc)であり,角度θで散乱されたイオンは,前記z軸上の点z(n)=n×vcos(2πθ/ωc)を通過する。nは当該散乱イオン4がサイクロトロン運動を行った周回数である。vは前記散乱イオン4の速さであり,散乱イオンのエネルギーEと次式(3)の関係にあることから,前記散乱イオン4はエネルギーに依存した軌道を描き,また,前記z軸上に戻ってくる時間及びそのz座標も(3)式で算出されるエネルギーに依存する。
E=1/2mv2 …(3)
従って,前記散乱イオン4の軌道が特定できれば,前記散乱イオン4のエネルギーを算出することが可能である。
【0006】
そこで,前記散乱イオン4の軌道の特定のために,前記散乱イオン4の軌道上に前記z軸上のみに小さな開口部をもつアパーチャ5を設置し,また,前記散乱イオン4を検出するための構成として,中心部に開口部を有する,例えば2次元の位置検出が可能な検出器6を用いる。尚,前記アパーチャ5は前記試料1と前記検出器6との間に配置される。前記検出器6は,前記散乱イオン4の検出器への入射位置が判別できるものである。前記アパーチャ5のz軸上の位置によって,前記散乱イオン4の軌道が選別される。また,前記散乱イオン4は,その軌道によって前記検出器6上における検出位置が異なる。前記検出器6において,前記散乱イオン4のうち一定の散乱角及びエネルギーを有するものは,全て中心からの距離R’が一定の位置で検出される。前記散乱イオン4は,前記アパーチャ5のz軸方向の配設位置,及び前記検出器6上における検出位置の中心からの距離R’により,その軌道が特定され,特定された軌道からエネルギーが求められる。
前記散乱イオン4のエネルギースペクトルを得る方法としては,前記試料1と前記アパーチャ5との距離を固定した上で前記磁場B1の強度を変化させる方法,前記磁場B1の強度を固定した上で前記試料1と前記アパーチャ5との距離を変化させる方法などがある。これらの測定条件を変化させることによって,前記検出器6に到達できる前記散乱イオン4のエネルギーを変化させることができるので,様々な条件下で前記散乱イオン4の検出を行うことにより,前記散乱イオン4のエネルギースペクトルを得ることが可能である。
【特許文献1】特開平7−190963号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら,イオンビーム2は加速器部X1により加速される際にある一定の広がり角度を持った状態で超伝導スペクトロメータ部X2内(平行磁場領域)に入射される。従って,前記イオンビーム2の進行方向が前記平行磁場領域に生じている一様な磁場B1に平行であったとしても,個々のイオンは前記磁場B1に平行には入射しない。進行方向が前記磁場B1に平行でないイオンは,前記平行磁場領域を進行する際に前記磁場B1よりローレンツ力を受け,xy平面内でサイクロトロン運動を行う。
従って,前記イオンビーム2の径がサイクロトロン運動における回転半径R程度に広がってしまい,前記試料1の測定部に対するイオンビームの照射半径が大きくなり,照射密度を確保できないという問題点がある。また,広すぎる照射半径により,前記試料1の測定部以外の部分に前記イオンが入射してしまうため,それらの部分で散乱された散乱イオンが検出されてしまい,試料の分析精度が低下するという問題点もある。
従って,本発明は上記事情に鑑みてなされたものであり,その目的とするところは,磁場の発生領域(平行磁場領域)内に設置された試料に対してイオンビームを照射する際に,前記試料の測定部に対して前記イオンビームを十分に収束させた上で照射することにより,前記照射半径を小さくすることが可能な散乱イオン測定装置,散乱イオン測定方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記目的を達成するために本発明は,イオンビームを試料の測定部に入射し.,該試料の測定部から散乱されるイオンを検出する散乱イオン測定装置であって,前記試料の測定部と散乱イオンの検出部とを含む領域に前記イオンビームと平行に平行磁場領域を生成し,前記イオンビームを前記平行磁場領域の境界面上で収束させることを特徴とする散乱イオン測定装置として構成される。
前記平行磁場領域の境界面上の収束点で前記イオンビームを収束させた場合,前記イオンビームの有するイオン各々はやはり前記磁場中でサイクロトロンを行う(それにより,前記イオンビームの軸上から離れる)が,前記イオン各々は前記磁場中において再び前記イオンビームの軸上で収束する。このような再収束点上に前記試料の測定部を配置することにより,前記測定部のみに前記イオンビームを集中照射することが可能である。
【0009】
ここで,前記平行磁場領域に対して前記イオンビームの進行方向の上流側に磁極部材が配置された場合,前記イオンビームを収束させる構成の一部又は全部を,前記磁極部材の前記進行方向上流側に形成された掘り込み部に嵌装することが考えられる。
前記イオンビームの収束には,例えば電磁石等を用いることが考えられるが,この場合前記電磁石を前記掘り込み部に嵌装して前記収束点に近接配置することにより,より強い前記イオンビームに対する収束効果を得ることが可能である。
尚,前記磁場は通常可変となっており(試料分析は前記磁場を変更しつつ行うことによる),また,前記イオンビームの再収束点は前記磁場によって変化するものである。そこで,前記イオンビームの進行方向において前記収束点から前記試料の測定部までの間隔を調節する第1の調節機構を具備するのが望ましい。
また,前記散乱イオンをエネルギーにより分別するアパーチャが前記試料の測定部と前記イオン検出部との間に設けられている場合もあるが,前記アパーチャと前記試料の測定部,前記イオン検出部と前記試料の測定部との間隔を調節する第2,第3の調節機構を具備する例も考えられる。
【0010】
尚,前記平行磁場領域の磁場強度に基づいて前記再収束点の位置は計算可能である。そこで,前記磁場強度に基づいて計算された前記再収束点と前記試料の測定部とが一致するように前記第1の調節機構を制御することが考えられる。この場合には,磁場を変動させて前記再収束点が移動した場合でも前記試料の測定部がそれを追従するように位置制御が行われるので,手動による配置調節等の煩雑な作業を行う必要がない。
ところで,前記試料の測定部と前記アパーチャとの前記進行方向における間隔をL1とし,前記アパーチャと前記イオン検出部との前記進行方向における間隔をL2とすると,以下の式(4)の関係を満たす場合にエネルギースペクトルを測定する際のエネルギー分解能が最も高められることが知られている。
L1=2×L2 …(4)
そこで,前記第1の調節機構の制御(言い換えると,前記磁場の強度)に基づいて,上記の関係が満たされるように前記第2,第3の調節機構を制御することが考えられる。この場合にも,やはり前記磁場の変動に対して前記アパーチャ,前記イオン検出部が適切な位置になるように位置制御が行われ,手動による配置調節等の煩雑な作業を回避することができる。
尚,本発明は散乱イオンを測定する散乱イオン測定方法であると捉える事も可能である。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば,磁場の発生領域内に設置された試料に対してイオンビームを照射する際に,前記試料の測定部に対して前記イオンビームを収束照射することが可能であり,測定部に対するイオンビームの照射密度が高密度化される。また,前記試料の測定部以外の部分に前記イオンが入射するのを防止することが可能であり,それらの部分での散乱イオン発生により試料の分析精度が低下するのを防止することが可能である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
以下添付図面を参照しながら,本発明の実施の形態について説明し,本発明の理解に供する。尚,以下の実施の形態は,本発明を具体化した一例であって,本発明の技術的範囲を限定する性格のものではない。
ここに,図1は従来例における平行磁場型ラザフォード後方散乱分析装置の構成図,図2は散乱イオンの飛行経路を表す図,図3は本発明の実施形態に係る平行磁場型ラザフォード後方散乱装置の概略構成図,図4は平行磁場領域におけるイオンの軌道を示すグラフ,図5は収束電磁石により収束されるイオンの軌道を示すグラフ,図6は本発明の実施形態に係る平行磁場型ラザフォード後方散乱装置における収束電磁石周辺の概略構成図,図7は収束電磁石の配置の相違による収束作用の相違を説明する表,図8は磁場の強度及びイオンのエネルギーとイオンのサイクロトロン運動における収束距離(一周期の間に進行する距離)との関係を表す表である。尚,従来例と同様の構成については同様の符号を付すものとして,その説明を省略する。
【0013】
(1)本発明の実施形態に係る平行磁場型ラザフォード後方散乱分析装置の概略について。
以下,図3を参照しつつ,本発明の実施形態に係る平行磁場型ラザフォード後方散乱分析装置(散乱イオン検出装置の一例)の概略構成について説明する。図3に示されるように,本発明の実施形態に係る平行磁場型ラザフォード後方散乱分析装置Aは,加速器部X1,超伝導スペクトロメ−タ部X2’,制御駆動部X3等を有して概略構成される。前記加速器部X1は従来例における平行磁場型ラザフォード後方散乱分析装置Bの有するものと同様のものであり,即ち不図示のイオン源から発生するイオンを加速電圧Vにより400keV程度に加速し,イオンビーム2を生成するものである。
前記超伝導スペクトロメータ部X2’は,前記加速器部X1により生成されたイオンビーム2の進行方向に沿って配列された複数の収束電磁石7,前記超伝導スペクトロメータ部X2の外壁部材である磁極部材8a及び8b,分析対象の試料1が設置される試料設置台9,前記試料1により散乱された散乱イオン4(図1参照)をそのエネルギーにより分別する(即ち,散乱イオンの一部を通過させる)アパーチャ5, 前記散乱イオンを検出する検出器6(イオン検出部の一例),磁場B1を発生させる超伝導ソレノイドコイル3,前記試料設置台9と一体であり前記試料設置台9を前記イオンビーム2の進行方向(以下,z軸方向)に沿って変位させる第1位置調節機構10,前記アパーチャ5と一体であり前記アパーチャ5を前記イオンビーム2の進行方向(以下,z軸方向)に沿って変位させる第2位置調節機構11,前記検出器6と一体であり前記検出器6を前記イオンビーム2の進行方向(z軸方向)に沿って変位させる第3位置調節機構12,支持柱13等を有する。
前記制御駆動部X3は,CPU,記憶部等を有し当該平行磁場型ラザフォード後方散乱分析装置Aの統括的な制御を行う制御部14,該制御部14の制御に基づいて前記第1変位機構10,前記第2変位機構11,前記第3変位機構12を駆動する駆動源15等を有する。
尚,本実施形態では,平行磁場を生成するために超伝導ソレノイドコイル3を用いるものとするが,本発明はこれに限られるものではなく,平行磁場の生成にはさまざまな方法を用いること可能であり,例えば永久磁石等により平行磁場を発生させること等が考えられる。
【0014】
(2)本発明の実施形態に係る平行磁場型ラザフォード後方散乱分析装置の特徴点について。
本発明の主たる特徴は,複数の前記収束電磁石7により前記試料1に入射する前記イオンビーム2を偏向収束させること,またその偏向収束による前記イオンビーム2の収束点の形成位置にある。以下,当該特徴点について詳述する。
前記超伝導スペクトロメータX2’の内部空間は前記磁極部材8a及び8bにより形成される空間である。詳しくは,前記磁極部材8a(後述の平行磁場領域の上流側の部材),前記磁極部材8b(下流側の部材)は,前記z軸に直交する磁極面8A,磁極面8Bを有しており,該磁極面8A及び磁極面8Bが互いに対向配置され,これにより前記内部空間が形成される。前記磁極部材8aは前記イオンビーム2が入射可能な開口部O1を有しており,前記イオンビーム2は前記開口部O1より前記超伝導スペクトロメータX2’の内部空間に入射する。
前記試料1の分析を行う際には,前記超伝導ソレノイドコイル3によって前記イオンビーム2の進行方向に沿って一様かつ平行な磁場B1を生じさせる。また,前記磁極部材8a及び8bの磁性により前記開口部O1に対する前記磁場B1の漏洩が極力防がれている。従って,前記イオンビーム2の入射軸(進行方向に沿う軸,即ちz軸)上において前記磁場B1が生じるのは,前記試料1の測定部,前記検出器6を含む前記該磁極面8Aから磁極面8Bまでの領域(以下,平行磁場領域)とみなすことが可能である。即ち,イオンビーム2の軸上においては,前記磁極面8Aは磁場B1が生じる前記平行磁場領域とその外側のイオンビーム侵入側(加速器部X1側)の領域(磁場B1が生じていない領域)との境界面であると考えられる。尚,前記磁極部材8a及び前記超伝導ソレノイドコイル3が平行磁場生成手段の一例である。
【0015】
前記加速器部X1により生成された前記イオンビーム2は,径を拡大させつつ前記超伝導スペクトロメータX2’に向けて進行する。この状態を保ったまま前記超伝導スペクトロメータX2’内における前記平行磁場領域に入射すると,前記イオンビーム2におけるイオンは前記磁場B1よりローレンツ力を受け,サイクロトロン運動を行う。これにより,前記イオンビーム2の径にサイクロトロン運動の回転半径R程度の不確定性が生じ,前記試料1の測定部に対するイオンビームの照射密度,照射精度が低下するという問題点がある。
そこで,この実施形態に係る平行磁場型ラザフォード後方散乱分析装置Aでは,前記収束電磁石7(イオンビーム収束手段の一部の一例)各々により,前記平行磁場領域に侵入する前記イオンビーム2を前記境界面において収束させる方法を採用する。
このようにすることで,前記試料1の測定部に対して前記イオンビーム2をその収束状態で入射させることが可能である。以下にその理由を説明する。尚,以下に登場する座標は従来例での説明と同様のもの,即ち前記磁場B1の方向をz軸とし,それに直交する平面をxy平面とする。また,以下ではxyz空間の原点を前記収束点(イオンビーム2の入射軸と前記境界面との交点)とする。更に,(x,y)=0,即ちz軸が前記イオンビーム2の入射軸である。
【0016】
(3)超伝導スペクトロメータ内でのイオンの軌道について。
図4は前記平行磁場領域に入射後の前記イオンの軌道を表すグラフである。以下,図4を参照しつつ,前記イオンの軌道について説明する。
前記イオンビームを形成するイオンの質量をm,電荷をqe,加速器部X1による加速電圧をV,速さ(速度の絶対値)をvとすると,前記イオンの速さは以下の式(5)により表される。
v=√(2qeV/m) …(5)
前記イオンの発散角θ’(前記イオンの進行方向と前記z軸とのなす角)は数mradと非常に小さく,θ’≪1の関係を満たすと考えられる。従って,前記イオンの速度のz軸成分vzは以下の式(6)の関係により近似される。即ち,前記vzは近似的には前記発散角θ’に依存しておらず,従って各イオン間で相違が生じない。
vz=vcosθ’≒v=√(2qeV/m) …(6)
上述のように前記収束電磁石7により前記イオンビーム2が偏向され,前記収束点(x,y,z)=(0,0,0)において全てのイオンが収束し,その後前記磁場B1の発生領域である前記平行磁場領域に入射する。前記平行磁場領域では,図4に示されるように前記イオンはサイクロトロン運動を行う。サイクロトロン周波数ωcは上述の式(2)により与えられるので,前記磁場B1に対する入射時間をt=0とすると,t=2π/ωcの周期で各イオンは前記z軸に戻ってくる。このような周期も前記発散角θ’に依存しておらず,各イオンで相違が生じない。
t=n×2π/ωc(即ち,前記周期の自然数倍)のときの前記イオンのz座標はz(n)=n×vz×2π/ωcであるが,vz,2π/ωc共に各イオンに対して同一であるため,z(n)も各イオンに対して同一である。
即ち,前記収束点において前記イオンビーム2を収束させて前記平行磁場領域に入射させた場合,全てのイオンは前記平行磁場領域におけるz(n)=n×vz×2π/ωcの点(再収束点という)に再び収束する。例えば,前記イオンとしてヘリウム一価イオンを用いた場合,z(n)=n×1.82×10-3×√V/Bである。このような再収束点と前記試料1の測定部とが一致するように前記試料1を設置すれば,前記試料1の測定部に対して前記イオンビーム2が収束状態で照射される。
【0017】
図5(a),(b)は,前記イオンビーム2を構成するイオン各々の軌道を表すグラフ,図5(c)は前記境界面に対するイオン各々の到達箇所をプロットしたグラフである。図5(a)は前記軌道をzx平面でプロットしたもの,図5(b)は前記軌道をzy平面でプロットしたものである。図5(a),(b)に示されるように,前記収束電磁石7の収束作用により前記イオンはx方向,y方向共に前記境界面上の収束点((x,y)=(0,0))に略収束する。収束の精度(前記到達箇所のバラツキの程度)は,以下に示すように数10μmのオーダーである。
前記収束電磁石7の前記イオンに対する収束作用はx方向,y方向で各々異なっている。その結果,図5(c)に示されるように,前記境界面上の前記イオンの到達箇所のx方向に対するバラツキは40μm程度である一方,y方向におけるバラツキは20μm程度である。
前記試料1に前記イオンビーム2が照射されるときの各イオンのバラツキ(前記イオンビーム2のスポット径と考えられる)も同様のサイズとなる。
【0018】
(4)収束電磁石の配置について。
図6は収束電磁石7の配置を説明するための概念図である。以下,図6を参照しつつ,当該平行磁場型ラザフォード後方散乱分析装置Aで採用されている前記収束電磁石7の配置について説明する。
前記収束電磁石7による収束作用は,前記収束電磁石7が前記収束点に近い程強い(即ち,前記イオンの到達箇所のバラツキを縮小する)ことが知られている。そこで,図6(a)に示されるように,前記磁極部材8aの前記イオンビーム2の進行方向上流側には掘り込み部8yが形成されている。また,前記掘り込み部8yには,4つの前記収束電磁石7のうちの2つが嵌装されて配置されている。一方,図6(b)は前記磁極部材8aに掘り込み部を設けず,前記収束電磁石7を前記磁極部材8aの前記進行方向上流側に配置した場合の図である。
図6(a)のように前記収束電磁石7を配置した場合と,図6(b)のように前記収束電磁石7を配置した場合との収束作用の相違を図7の表に示す。図7に記載の数値は,前記加速器部X1により生成された時点での前記イオンビーム2のスポット径と,前記収束点における前記イオンビームのスポット径との比を表すものである。図7に示されるように,図6(a)に示される配置の方が,図6(b)に示される配置よりもx,y方向共に高い収束作用を得ることが可能である。
尚,前記掘り込み部の深さは,前記磁場B1の一様性に影響を与えない範囲であればどのような深さに形成してもよく,その深さに応じて前記収束電磁石7を嵌装する個数を変化させても良い。例えば,前記掘り込み部を深く形成することが可能な場合には,前記収束電磁石7の全てを前記掘り込み部に嵌装する例も考えられる。
【0019】
(5)試料の位置決めについて。
図8は前記磁場B1及び前記イオンに付与するエネルギーと,前記イオンのサイクロトロン運動における収束距離(一周期の間に進行する距離,言い換えると前記収束点と前記再収束点との間隔)との関係を表す表である。
図8に示されるように,前記超伝導ソレノイドコイル3により発生する前記磁場B1の強度により,前記イオンビーム2が再収束する点は前記進行方向に対して変化し,即ち前記試料1を設置すべき位置も変化する。そこで,前記試料1の前記進行方向(z軸方向)の位置を可変とするべく,当該平行磁場型ラザフォード後方散乱分析装置Aは以下の機構を有する。
前記超伝導スペクトロメータX2の内部空間には前記z軸と同軸の支持柱13が設けられている。また,前記試料1が設置される前記試料設置台9は,前記支持柱13により前記z方向に摺動可能に支持されている前記第1位置調節機構10と一体である。前記第1位置調節機構10が前記支持柱13に対して摺動されることにより,前記収束点から前記試料の測定部までの間隔が調節可能である。
【0020】
尚,前記第一位置調節機構10は前記制御駆動部X3の有する前記駆動源15の駆動軸に接続されており,前記駆動源15の駆動に伴って前記支持柱13に対して摺動される。前記駆動源15は,前記制御部14の制御により駆動されるものであり,その駆動制御量は以下のように決定される。
前述のように,前記試料1により散乱される散乱イオンの広いエネルギー範囲のスペクトルを得る場合には,前記磁場B1の強度が逐次変更される場合がある。当該平行磁場型ラザフォード後方散乱分析装置Aでは,前記磁場B1の強度変更は前記制御部14により制御される。前記制御部14は,前記磁場B1の強度を変更する毎に,変更後の前記磁場B1の強度に対して,前記イオンビーム2の再収束点のz方向に対する位置座標を演算する(上述のz(n)のうち,n=1の点を演算する)。また,その演算結果に基づいて,前期再収束点と前記試料1の測定部とが一致するような,前記第1位置調節機構10のz軸上の位置を計算する。その計算結果を前記駆動源15の駆動制御量に換算し,それに基づいて前記駆動源15を制御する。尚,前記駆動源15及び前記制御部14が第1の位置制御手段の一例である。
このように,前記磁場B1の強度が変更され再収束点の位置が変化しても,前記試料1の測定部が前記再収束点を追従するように前記第1位置調節機構10の位置調節制御がなされる。
【0021】
(6)アパーチャ及び検出器の位置決めについて。
前記試料1と同様に,前記アパーチャ5,前記検出器6も前記イオンビームの進行方向(z軸方向)に対して位置調節が可能である。即ち,前記アパーチャ5は,前記支持柱13により前記z軸方向(前記イオンビーム2の進行方向)に摺動可能に支持されている,前記第2位置調節機構11と一体である。同様に,前記検出器6(イオン検出部の一例)も,前記支持柱13により前記z軸方向(前記イオンビーム2の進行方向)に摺動可能に支持されている,前記第3位置調節機構12と一体である。
前記第2位置調節機構11,前記第3位置調節機構12も前記駆動源15の駆動軸に接続されており,前記駆動源15の駆動に伴って前記支持柱13に対して前記z軸方向に摺動される。尚,前記駆動源15は,前記第1位置調節機構10,前記第2位置調節機構11,前記第3位置調節機構12各々を独立に駆動可能であり,前記第2位置調節機構11,前記第3位置調節機構12各々の前記z軸方向における位置も前記制御部14により制御される。
【0022】
以下,前記制御部14による前記第2位置調節機構11,前記第3位置調節機構12各々の位置調節制御について詳述する。
前記z軸方向における前記試料1の測定部と前記アパーチャ5との間隔をL1,前記z軸方向における前記アパーチャ5と前記検出器6との間隔をL2とする。前記試料1により散乱された散乱イオンのエネルギー分解能は,上記の式(4)が満たされる場合に最も高くなることが知られている。
従って,前記制御部14は前記駆動源15の駆動制御量を,上記の式(4)を満たすように決定する。尚,前記制御部14及び前記駆動源15が第2の位置制御手段の一例である。
上述のように,現在設定されている前記磁場B1の強度に基づいて前記第1位置調節機構10の位置が決定されている。また,前記第1位置調節機構10と前記第2位置調節機構11との間隔(前記試料1の測定部と前記アパーチャ5との間隔をL1に相当)は前記制御部14に予め入力され記憶されており,前記制御部14は,前記第1調節機構10の位置調節に追従するような前記第2位置調節機構11の位置調節を前記駆動源15に行わせる。
また,前記制御部14は,上記の(4)式を満たすような前記第3位置調節機構13の位置を演算し,その演算結果を前記駆動源15が前記第3位置調節機構13を駆動する駆動制御量に換算する。また,該駆動制御量に基づいて前期駆動源15の駆動制御を行い,前記前記第3位置調節機構13の位置調節を行う。
以上により,前記アパーチャ5,前記検出器6の位置が,高いエネルギー分解能を得る上記の式(4)の関係を満たすように前記第1位置調節機構10と前記第2位置調節機構11の位置調節制御が行われる。
【実施例】
【0023】
上述の実施形態では,試料設置台9,アパーチャ5,検出器6各々のz軸方向の位置が制御部14により自動で制御される例について開示したが,本発明はこれに限られるものではない。例えば,前記第1位置調節機構10,前記第2位置調節機構11,前記第3位置調節機構12を超伝導スペクトロメータ部の外装に設けられたハンドルの駆動軸と連結しておくものとすると,ハンドルの回転操作に基づいて前記第1位置調節機構10,前記第2位置調節機構11,前記第3位置調節機構12がz軸方向に沿って摺動され,これにより手動で試料設置台9,アパーチャ5,検出器6各々のz軸方向の位置調節が可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【図1】従来例における平行磁場型ラザフォード後方散乱分析装置の構成図。
【図2】散乱イオンの飛行経路を表す図。
【図3】本発明の実施形態に係る平行磁場型ラザフォード後方散乱装置の概略構成図。
【図4】平行磁場領域におけるイオンの軌道を示すグラフ。
【図5】収束電磁石により収束されるイオンの軌道を示すグラフ。
【図6】本発明の実施形態に係る平行磁場型ラザフォード後方散乱装置における収束電磁石周辺の概略構成図。
【図7】収束電磁石の配置の相違による収束作用の相違を説明する表。
【図8】磁場の強度及びイオンのエネルギーとイオンのサイクロトロン運動における収束距離(一周期の間に進行する距離)との関係を表す表。
【符号の説明】
【0025】
1…試料
2…イオンビーム
3…超伝導ソレノイドコイル(平行磁場生成手段)
4…散乱イオン
5…アパーチャ
6…検出器(イオン検出部の一例)
7…収束電磁石(イオンビーム収束手段の一例)
8…磁極部材
9…試料設置台
10…第1位置調節機構
11…第2位置調節機構
12…第3位置調節機構
13…支持柱
14…制御部
15…駆動源

【特許請求の範囲】
【請求項1】
イオンビームを試料の測定部に照射し,該試料の測定部から散乱される散乱イオンをイオン検出部に入射させて検出する散乱イオン測定装置であって,
前記試料の測定部とこれに対向配置された前記イオン検出部とを含む所定範囲において前記試料の測定部に向かう前記イオンビームの進行方向に平行な平行磁場領域を生成する平行磁場生成手段と,
前記平行磁場領域に進入する前記イオンビームを該平行磁場領域とその外側の領域との略境界面上の収束点に収束させるイオンビーム収束手段と,
を具備してなることを特徴とする散乱イオン測定装置。
【請求項2】
前記平行磁場生成手段が,前記平行磁場領域に対する前記イオンビームの進行方向の上流側に配置される磁極部材を備え,
前記イオンビーム収束手段の一部又は全部が前記磁極部材の前記進行方向上流側に形成された掘り込み部に嵌装されてなる請求項1に記載の散乱イオン測定装置。
【請求項3】
前記イオンビームの進行方向における前記収束点から前記試料の測定部までの間隔を調節可能とする第1の位置調節機構を具備してなる請求項1又は2のいずれかに記載の散乱イオン測定装置。
【請求項4】
前記並行磁場領域の磁場強度に基づいて前記第1の位置調節機構を制御することにより,前記平行磁場領域に進入した前記イオンビームが再び収束する再収束点と前記試料の測定部とが略一致するよう前記収束点から前記試料の測定部までの間隔を調節する第1の位置制御手段を具備してなる請求項3に記載の散乱イオン測定装置。
【請求項5】
前記試料の測定部と前記イオン検出部との間に配置され前記散乱イオンの一部を通過させるアパーチャと,
前記イオンビームの進行方向における前記アパーチャの位置を調節可能とする第2の位置調節機構と,
を具備してなる請求項1〜4のいずれかに記載の散乱イオン測定装置。
【請求項6】
前記イオンビームの進行方向における前記イオン検出部の位置を調節可能とする第3の位置調節機構を具備してなる請求項1〜5のいずれかに記載の散乱イオン測定装置。
【請求項7】
前記並行磁場領域の磁場強度に基づいて前記第2の位置調節機構及び前記第3の位置調節機構を制御することにより,前記試料の測定部と前記アパーチャとの前記進行方向における間隔が,前記アパーチャと前記イオン検出部との前記進行方向における間隔の略倍となる位置に調節する第2の位置制御手段を具備してなる請求項6に記載の散乱イオン測定装置。
【請求項8】
イオンビームを試料の測定部に照射し,該試料の測定部から散乱される散乱イオンをイオン検出部に入射させて検出する散乱イオン測定方法であって,
前記試料の測定部とこれに対向配置された前記イオン検出部とを含む所定範囲において前記試料の測定部に向かう前記イオンビームの進行方向に平行な平行磁場領域を所定の平行磁場生成手段により生成させるとともに,前記平行磁場領域に進入する前記イオンビームを所定のイオンビーム光収束手段により前記並行磁場領域とその外側の領域との略境界面上の収束点に収束させ,該収束点に収束させた後の前記イオンビームをそれが再び収束する位置に配置された前記試料の測定部に照射させてなることを特徴とする散乱イオン測定方法。
【請求項9】
前記収束点と前記試料の測定部との間の略中点の位置に前記散乱イオンの一部を通過させるアパーチャを配置した状態で前記散乱イオンを検出してなる請求項8に記載の散乱イオン測定方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2006−331747(P2006−331747A)
【公開日】平成18年12月7日(2006.12.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−151489(P2005−151489)
【出願日】平成17年5月24日(2005.5.24)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成16年度,独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構,「ナノメータ極薄膜の高分解能・高速組成分析技術に関する基盤研究」委託研究,産業活力再生特別措置法第30条の適用を受ける特許出願
【出願人】(000001199)株式会社神戸製鋼所 (5,860)
【Fターム(参考)】