説明

新規化合物アミコラマイシン、その製造方法及びその用途

【課題】薬剤耐性菌、家畜肺炎起因菌等の幅広い病原性細菌に対し、優れた抗菌活性を有する新規化合物、その互変異性体、乃至それらの塩、及びそれらの製造方法を提供する。
【解決手段】アミコラトプシス(Amycolatopsis)属に属する、受託番号FERM P−21465のアミコラトプシス・エスピー(Amycolatopsis sp.)MK575−fF5株微生物の培養物から得られる含窒素複素環含有配糖体であるアミコラマイシン(Amycolamicin)、その互変異性体、乃至それらの塩、及びそれらの製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、薬剤耐性菌、家畜肺炎起因菌等の幅広い病原性細菌に対し、優れた抗菌活性を有する新規化合物、その製造方法及びその用途、並びに、前記新規化合物の生産菌である新規微生物に関する。
【背景技術】
【0002】
病原性細菌に起因する感染症に対する治療には、通常、抗生物質等の薬剤の投与による化学療法が行われる。しかしながら、薬剤を汎用することにより、病原性細菌がこれらの薬剤を無毒化する能力を獲得してしまい、薬剤の効かない耐性菌が出現してくるという問題が従来から生じていた。実際に、医療現場を中心として、多くの薬剤耐性菌の存在が問題とされている。
例えば、黄色ブドウ球菌(Staphylococcus aureus)は、化膿性疾患、肺炎、食中毒等の起因菌として知られるが、抗生物質メチシリン等の多くの薬剤に対する耐性を獲得したメチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)の出現が臨床上大きな問題となっている。現在、MRSAに対する代表的な治療薬としては、バンコマイシン、テイコプラニン、アルベカシン、リネゾリドなどが使用されているが、完全にMRSAを排除することは一般に困難であるとされており、また、これらのうち、バンコマイシンについては、既にバンコマイシン耐性黄色ブドウ球菌(VRSA)の出現が報告されており、その使用には十分な注意が必要であるとされている(例えば、特許文献1参照)。
このような薬剤耐性菌の問題を克服するために、これらの従来の抗生物質とは異なる化学構造骨格を有し、かつ優れた抗菌活性を有する新たな化合物の開発が、望まれているのが現状である。
【0003】
また、ヒトのみならず、ヒト以外の動物においても、病原性細菌に起因する感染症は大きな問題となり得、例えば、ウシやブタ等の家畜肺炎などは、畜産業上これを効果的に予防又は治療することが望まれる。そのため、このような家畜肺炎の起因菌に対して優れた抗菌活性を有する新たな化合物の開発も、望まれているのが現状である。
【0004】
【非特許文献1】Sievert DM,et al:Staphylococcus aureus Resistant to Vancomycin − United States,2002.MMWR July 5,2002;51:565−567.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、前記従来における諸問題を解決し、以下の目的を達成することを課題とする。即ち、本発明は、薬剤耐性菌、家畜肺炎起因菌等の幅広い病原性細菌に対し、優れた抗菌活性を有する新規化合物、その互変異性体、乃至それらの塩、及びそれらの製造方法、並びに、前記新規化合物、その互変異性体、乃至それらの塩の生産菌である新規微生物、及び前記新規化合物、その互変異性体、乃至それらの塩を利用した抗菌剤を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
前記課題を解決するため、本発明者らは鋭意検討した結果、新規な微生物として、アミコラトプシス属に属する菌株を分離することに成功し、この菌株が、新規な構造骨格を有する抗生物質を産生していることを見出した。本発明者らは、この抗生物質が薬剤耐性菌、家畜肺炎起因菌等の幅広い病原性細菌に対して優れた抗菌活性を有していることを見出し、更に、この抗生物質の化学構造を分析することで、これが新規化合物であることを確認し、本発明の完成に至った。なお、本発明者らは、この新規化合物を「アミコラマイシン(Amycolamicin)」と命名した。
【0007】
本発明は、本発明者らによる前記知見に基づくものであり、前記課題を解決するための手段としては、以下の通りである。即ち、
<1> 下記構造式(1)で表されることを特徴とする化合物、その互変異性体、乃至それらの塩である。
【化2】

<2> 前記<1>に記載の化合物、その互変異性体、乃至それらの塩の製造方法であって、アミコラトプシス(Amycolatopsis)属に属し、前記<1>に記載の化合物、その互変異性体、乃至それらの塩を生産する能力を有する微生物を培養し、得られた培養物から前記<1>に記載の化合物、その互変異性体、乃至それらの塩を採取することを特徴とする化合物、その互変異性体、乃至それらの塩の製造方法である。
<3> アミコラトプシス(Amycolatopsis)属に属し、前記<1>に記載の化合物、その互変異性体、乃至それらの塩を生産する能力を有する微生物が、受託番号FERM P−21465のアミコラトプシス・エスピー(Amycolatopsis sp.)MK575−fF5株である前記<2>に記載の化合物、その互変異性体、乃至それらの塩の製造方法である。
<4> アミコラトプシス(Amycolatopsis)属に属し、前記<1>に記載の化合物、その互変異性体、乃至それらの塩を生産する能力を有することを特徴とする微生物である。
<5> 受託番号FERM P−21465のアミコラトプシス・エスピー(Amycolatopsis sp.)MK575−fF5株である前記<4>に記載の微生物である。
<6> 前記<1>に記載の化合物、その互変異性体、乃至それらの塩を有効成分として含むことを特徴とする抗菌剤である。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、前記従来における諸問題を解決し、前記目的を達成することができ、薬剤耐性菌、家畜肺炎起因菌等の幅広い病原性細菌に対し、優れた抗菌活性を有する新規化合物、その互変異性体、乃至それらの塩、及びそれらの製造方法、並びに、前記新規化合物、その互変異性体、乃至それらの塩の生産菌である新規微生物、及び前記新規化合物、その互変異性体、乃至それらの塩を利用した抗菌剤を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
(化合物、その互変異性体、乃至それらの塩)
本発明の化合物は、下記構造式(1)で表されることを特徴とする。下記構造式(1)で表される化合物は、本発明者らが分離した新規化合物であり、以下、「アミコラマイシン(Amycolamicin)」と称することがある。
【化3】

【0010】
前記構造式(1)で表される化合物、即ち前記アミコラマイシンの物理化学的性状としては、次の通りである。即ち、
(1) 外観は、白色パウダー状である。
(2) 分子式は、C4460Cl14で表される。
(3) 高分解能質量分析(HRESIMS:負イオンモード)による、実験値は、m/z 937.3386(M−H)であり、計算値は、m/z 937.3405(C4459Cl14として)である。
(4) 比旋光度は、[α]23=−21.6°(c0.5,メタノール)、である。
(5) 赤外線吸収スペクトルは、図1に示す通りである。
(6) 紫外線吸収スペクトルは、図2に示す通りである。
(7) プロトン核磁気共鳴スペクトルとして、600MHzにおいて重メタノール中で30℃にて測定したプロトンNMRスペクトルは、図3に示す通りである。
(8) 炭素13核磁気共鳴スペクトルとして、150MHzにおいて重メタノール中で30℃にて測定した炭素13NMRスペクトルは、図4に示す通りである。
(9) 薄層クロマトグラフィーとして、シリカゲル60F254(メルク社製)の薄層クロマトグラフィーでは、展開溶媒としてクロロホルム:メタノール(9:1、容量比)を用いて展開したときのRf値は、0.31である。
【0011】
化合物が、前記構造式(1)で表される構造を有するか否かは、適宜選択した各種の分析方法により確認することができ、例えば、前記プロトン核磁気共鳴スペクトル、前記炭素13核磁気共鳴スペクトル、前記赤外部吸収スペクトル、前記マススペクトル等の分析を行うことにより、確認することができる。
【0012】
なお、前記アミコラマイシンは互変異性を有しており、したがって、前記アミコラマイシンにはその互変異性体も含まれる。前記アミコラマイシンの互変異性体の構造式としては、例えば、下記に示す4種の構造式などが挙げられるが、これらに限定されるものではない。前記アミコラマイシンは、このような数種類の構造パターンをとり得、ある一定の状態では固定されていない状態で存在しているものと考えられる。
【化4】

【0013】
そのため、前記アミコラマイシンは、例えば、前記プロトン核磁気共鳴スペクトル、前記炭素13核磁気共鳴スペクトル等の分析を行った際に、図3、図4とは多少異なるチャートを示す場合がある。ただし、前記構造式(1)で表されるような構造を有する化合物が、実際には数種類の構造パターンをとり得、ある一定の状態で固定されていないことは、当業者であれば容易に把握ができる事項であり、そのため、例えば前記プロトン核磁気共鳴スペクトル、前記炭素13核磁気共鳴スペクトル等におけるチャートが、多少異なる状態を示した場合であっても、当業者であれば前記アミコラマイシンを、容易に同定することが可能である。
【0014】
また、前記アミコラマイシンは、塩の状態であってもよい。前記塩としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、ナトリウム、カリウム等とのアルカリ金属塩;カルシウム、マグネシウム等とのアルカリ土類金属塩;メチルアミン、エチルアミン、ジエタノールアミン等との有機アミン塩;などが挙げられる。
【0015】
前記アミコラマイシン、その互変異性体、乃至それらの塩は、前記アミコラマイシンの生産菌から得られたものであってもよいし、化学合成により得られたものであってもよい。中でも、前記アミコラマイシン、その互変異性体、乃至それらの塩は、後述する本発明の、化合物、その互変異性体、乃至それらの塩の製造方法により、得られることが好ましい。
【0016】
前記アミコラマイシン、その互変異性体、乃至それらの塩は、後述する試験例1〜4に示されるように、薬剤耐性菌、家畜肺炎起因菌を含む幅広いグラム陽性細菌及び陰性細菌に対して優れた抗菌活性を有するものである。そのため、前記アミコラマイシン、その互変異性体、乃至それらの塩は、例えば、後述する本発明の抗菌剤の有効成分として、好適に利用可能である。
【0017】
(化合物、その互変異性体、乃至それらの塩の製造方法)
本発明の化合物、即ちアミコラマイシン(Amycolamicin)、その互変異性体、乃至それらの塩の製造方法は、アミコラトプシス(Amycolatopsis)属に属し、アミコラマイシン、その互変異性体、乃至それらの塩を生産する能力を有する微生物を培養し、得られた培養物からアミコラマイシン、その互変異性体、乃至それらの塩を採取することを特徴とする。なお、以下、微生物の培養により得られるアミコラマイシンを、「抗生物質アミコラマイシン」と称することがある。
【0018】
即ち、抗生物質アミコラマイシンの製造は、抗生物質アミコラマイシンを生産する生産菌(以下、単に「アミコラマイシン生産菌」と称することがある)を栄養培地中に接種し、抗生物質アミコラマイシンの生産に良好な温度で培養することによって行われ、これにより抗生物質アミコラマイシンを含む培養物が得られる。
このような目的に用いる栄養培地としては、放線菌の培養に利用しうるものが使用される。栄養源としては、例えば、市販されている大豆粉、ペプトン、酵母エキス、肉エキス、コーン・スティープ・リカー、硫酸アンモニウム等の窒素源が使用できる。また、トマトペースト、グリセリン、でん粉、グルコース、ガラクトース、デキストリン等の炭水化物、或いは脂肪などの炭素源が使用できる。さらに食塩、炭酸カルシウム等の無機塩を培地に添加して使用することができる。その他、必要に応じて微量の金属塩を培地に添加して使用することができる。これらの材料は、抗生物質アミコラマイシンの生産菌が利用し、抗生物質アミコラマイシンの生産に役に立つものであればよく、公知の放線菌の培養材料はすべて用いることができる。
【0019】
抗生物質アミコラマイシンの生産には、アミコラトプシス属に属し、抗生物質アミコラマイシンの生産能を有する微生物が使用される。具体的には、本発明者らの分離したアミコラトプシス・エスピーMK575−fF5株(FERM P−21465、詳細は後述する本発明の微生物の項目に記す)が、抗生物質アミコラマイシンを生産できることが本発明者らによって明らかにされている。また、抗生物質アミコラマイシンを生産できるその他の菌株についても、抗生物質生産菌の単離の常法によって、自然界より分離することが可能である。また、前記アミコラトプシス・エスピーMK575−fF5株を含め、抗生物質アミコラマイシンの生産菌を、放射線照射やその他の変異処理に供することにより、抗生物質アミコラマイシンの生産能を高めることも可能である。さらに、遺伝子工学的手法による抗生物質アミコラマイシンの生産も可能である。
【0020】
抗生物質アミコラマイシン生産のための種母培地としては、例えば、寒天培地上、アミコラマイシン生産菌の斜面培養から得た生育物を使用することができる。抗生物質アミコラマイシンの製造に当たっては、アミコラマイシン生産菌を適当な培地で好気的に培養することが好ましく、その培養液から目的のものを採取するためには、常用の手段を用いることができる。培養温度としては、アミコラマイシン生産菌の発育が実質的に阻害されずに、抗生物質アミコラマイシンを生産しうる範囲であれば、特に制限はなく、使用する生産菌に応じて適宜選択することができるが、中でも、25〜35℃の範囲内の温度が好ましい。
【0021】
例えば、前記アミコラトプシス・エスピーMK575−fF5株による抗生物質アミコラマイシンの生産は、通常は3〜9日間で最高に達するが、一般に充分な抗菌活性が培地に付与されるまで続けることが好ましい。この培養液中の抗生物質アミコラマイシンの力価の経時変化は、例えば、HPLC法や、スタフィロコッカス・アウレウス等を被検菌とする円筒平板法等により測定することができる。
【0022】
前記製造方法においては、得られた培養物から抗生物質アミコラマイシンを採取するが、採取法としては、微生物の生産する代謝物を採取するのに用いられる手段を適宜利用することができる。例えば、水と混ざらない溶媒による抽出の手段、各種吸着剤に対する吸着親和性の差を利用する手段、ゲルろ過、向流分配を利用したクロマトグラフィー等を単独又は組み合わせて利用し、抗生物質アミコラマイシンを採取することができる。また、分離した菌体からは、適当な有機溶媒を用いた溶媒抽出法や菌体破砕による溶出法により、抗生物質アミコラマイシンを菌体から抽出し、上記と同様に単離精製して採取することができる。
以上のようにして前記製造方法を行うことができ、これにより、抗生物質アミコラマイシン(アミコラマイシン)、乃至その互変異性体を得ることができる。
また、前記アミコラマイシン、乃至その互変異性体は酸性物質であり、前記アミコラマイシン、乃至その互変異性体の塩は、例えば、製薬学的に許容できるアルカリ金属等の各種金属、若しくは第4級アンモニウム塩などの有機塩基と、通常公知の方法を用いて製造することができる。
【0023】
(微生物)
本発明の微生物は、アミコラトプシス(Amycolatopsis)属に属し、前記した本発明の化合物、即ちアミコラマイシン(Amycolamicin)、その互変異性体、乃至それらの塩を生産する能力を有することを特徴とする。前記微生物は、アミコラトプシス属に属し、アミコラマイシン、その互変異性体、乃至それらの塩を生産する能力を有し、そのために、前記した本発明の化合物、その互変異性体、乃至それらの塩の製造方法において、アミコラマイシン生産菌として使用され得る微生物であれば、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができる。
【0024】
このような微生物の中でも、特に、平成8年5月、財団法人微生物化学研究会 微生物化学研究センターにおいて、宮城県仙台市の土壌より分離された放線菌で、MK575−fF5の菌株番号が付された微生物を使用することが好ましい。前記MK575−fF5株の菌学的性状は、以下の通りである。
【0025】
l.形態
基生菌糸はよく分技し、ジグザグ状を呈する。また分断が認められる。気菌糸は着生する場合としない場合がある。着生した場合、気菌糸は比較的長く、直状或いは不規則な曲状で、円筒形の胞子状に分断する。その表面は平滑で、大きさは約0.4〜0.6x0.8〜2.2ミクロンである。又、気菌糸が絡まり合い球状を呈する場合がある。輪生技、菌束糸、胞子のう及び運動性胞子は認められない。
【0026】
2.各種培地における生育状態
色の記載について[ ]内に示す標準は、コンティナー・コーポレーション・オプ・アメリカのカラー・ハーモニー・マニュアル(Container Corporation of America の color harmony manual)を用いた。
(1)イースト・麦芽寒天培地(ISP−培地2、27℃培養)
発育はうす黄[2 gc,Bamboo]を呈し、白の気菌糸をうっすら着生する場合と着生しない場合がある。溶解性色素は認められない。
(2)オートミール寒天培地(ISP−培地3、27℃培養)
発育はうす黄[2 gc,Bamboo]を呈し、白の気菌糸をうっすら着生する場合と着生しない場合がある。溶解性色素は認められない。
(3)スターチ・無機塩寒天培地(ISP−培地4、27℃培養)
発育はうす黄[2 ea,Lt Wheat]〜にぶ黄[3 nc,Amber]を呈し、白の気菌糸をわずかに着生する場合がある。溶解性色素は認められない。
(4)グリセリン・アスパラギン寒天培地(ISP−培地5、27℃培養)
発育はにぶ黄だいだい[3 lc,Amber]を呈し、うすだいだい[4 ea,Light Apricot]の気菌糸を着生する場合と着生しない場合がある。溶解性色素は認められない。
(5)チロシン寒天培地(ISP−培地7、27℃培養)
発育はうす黄[3 ca,Pearl Pink]〜にぶ黄だいだい[3 lc,Amber]を呈し、うすだいだい[4 ca,Fresh Pink]の気菌糸を着生する場合と着生しない場合がある。溶解性色素は認められない。
(6)スクロース・硝酸塩寒天培地(27℃培養)
無色〜うす黄だいだい[3 ea,Lt Melon Yellow]の発育上に、白の気菌糸をうっすらと着生する場合と着生しない場合がある。溶解性色素は認められない。
【0027】
3.生理的性質
(1)生育温度範囲
グルコース・アスパラギン寒天培地(グルコース 1.0%、L−アスパラギン 0.05%、リン酸水素二カリウム 0.05%、ひも寒天 3.0%、pH7.0)を用い、10℃、20℃、24℃、27℃、30℃、37℃、45℃及び50℃の各温度で試験した結果、10℃、45℃、50℃での生育は認められず、20℃〜37℃の範囲で生育した。生育至適温度は30℃付近である。
(2)スターチの加水分解(スターチ・無機塩寒天培地、ISP−培地4、27℃培養)
21日間の培養で、陰性である。
(3)メラニン様色素の生成(トリプトン・イースト・プロス、ISP−培地1;ペプトン・イースト・鉄寒天培地、ISP−培地6;チロシン寒天培地、ISP−培地7;いずれも27℃培養)
いずれの培地においても陰性である。
(4)炭素源の利用性(プリドハム・ゴドリーブ寒天培地、ISP−培地9;27℃培養)
D−グルコース、L−アラビノース、D−キシロース、D−フルクトース、スクロース、イノシトール、ラムノース、ラフィノース及びD−マンニトールを利用して発育する。
(5)硝酸塩の還元反応(0.1% 硝酸カリウム含有ペプトン水、ISP−培地8、27℃培養)
陽性である。
【0028】
4.菌体成分
(1)細胞壁組成
メソ型の2,6−ジアミノピメリン酸を含有する。
(2)全菌体中の還元糖
アラビノース、ガラクトースを含み、A型である。
(3)イソプレノイド・キノン
主要なメナキノンとしてMK−9(H)及び少量のMK−10(H)を含有する。
(4)リン脂質
PII型(ホスファチジルエタノールアミンを含み、ホスファチジルコリン及び未知のグルコサミン含有リン脂質を含まない)。
(5)ミコール酸
含有しない。
【0029】
5.16SrRNA遺伝子解析
16SrRNA遺伝子の部分塩基配列(1455nt)を決定し、国際塩基配列データベース(GenBank/DDBJ/EMBL)による相同性検索を行った。その結果、MK575−fF5株の塩基配列は以下に示したとおり、アミコラトプシス(Amycolatopsis)属放線菌の16SrRNA遺伝子と高い相同性を示した。Amycolatopsis kentuckyensis(99.1%)、Amycolatopsis rifamycinica(99.03%)、Amycolatopsis mediterranei(98.9%)、Amycolatopsis balhimycetica(98.82%)等である。なお、カッコ内は塩基配列の相同値を表記した。
【0030】
以上の性状を要約すると、MK575−fF5株の基生菌糸はジグザグ状を呈し、分断する。気菌糸は直状或いは不規則な曲状で、円筒形の胞子状に分断する。輪生技、菌束糸、胞子のう及び運動性胞子は認められない。種々の培地で、発育は無色〜黄だいだいを呈する。白〜うすだいだいの気菌糸を着生する場合と着生しない場合がある。溶解性色素は認められない。生育至適温度は、30℃付近である。メラニン様色素の生成及びスターチの水解性は陰性、硝酸塩の還元反応は陽性である。
MK575−fF5株の菌体成分は、全菌体加水分解物中にメソ型の2,6−ジアミノピメリン酸、アラビノース、ガラクトースを含み、細胞壁タイプIV型、全菌体の還元糖はA型を示した。また、ミコール酸は含有せず、リン脂質はPII型(ホスファチジルエタノールアミンを含み、ホスファチジルコリン及び未知のグルコサミン含有リン脂質を含まない)、主要なメナキノンはMK−9(H)であった。
16SrRNA遺伝子の部分塩基配列を公知菌株のデータと比較したところ、アミコラトプシス属放線菌の塩基配列と高い相同性を示した。
【0031】
これらの性状により、前記MK575−fF5株はアミコラトプシス(Amycolatopsis,文献,Interenational Journal of Systematic Bacteriology,36巻,29−37頁,1986年)属に属すると考えられた。そこで、前記MK575−fF5株をアミコラトプシス・エスピー(Amycolatopsis sp.)MK575−fF5株とした。なお、前記MK575−fF5株は、独立行政法人産業技術総合研究所特許生物寄託センターに寄託申請し、平成19年12月12日、FERM P−21465として受託された。
【0032】
(抗菌剤)
本発明の抗菌剤は、前記した本発明の化合物、即ちアミコラマイシン(Amycolamicin)、その互変異性体、乃至それらの塩を有効成分として含み、必要に応じて適宜その他の成分を含む。
【0033】
前記抗菌剤中の、アミコラマイシン、その互変異性体、乃至それらの塩の含有量としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができる。また、前記抗菌剤は、アミコラマイシン、その互変異性体、乃至それらの塩そのものであってもよい。
【0034】
前記その他の成分としては、特に制限はなく、例えば、薬理学的に許容され得る担体の中から目的に応じて適宜選択することができ、具体例としては、エタノール、水、デンプンなどが挙げられる。前記抗菌剤中の、前記その他の成分の含有量としては、特に制限はなく、アミコラマイシン、その互変異性体、乃至それらの塩の効果を損なわない範囲内で、目的に応じて適宜選択することができる。
【0035】
前記抗菌剤の剤型としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、粉末状、カプセル状、錠剤状、液状等の剤型とすることができる。これらの剤型の前記抗菌剤は、常法に従い製造することができる。
前記抗菌剤の個体への投与方法としては、特に制限はなく、例えば、前記抗菌剤の剤型などに応じて適宜選択することができ、経口又は非経口で投与することができる。
前記抗菌剤の投与量としては、特に制限はなく、投与対象個体の年齢、体重、体質、症状、他の成分を有効成分とする医薬の投与の有無など、様々な要因を考慮して適宜選択することができる。
前記抗菌剤の投与対象となる動物種としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、ヒト、サル、ブタ、ウシ、ヒツジ、ヤギ、イヌ、ネコ、マウス、ラット、トリなどが挙げられる。
【0036】
前記抗菌剤は、有効成分としてアミコラマイシン、その互変異性体、乃至それらの塩を含むことから、後述する試験例1〜4に示されるように、薬剤耐性菌、家畜肺炎起因菌を含む幅広いグラム陽性細菌及び陰性細菌に対して優れた抗菌活性を有するものである。したがって、前記抗菌剤は、後述する試験例1〜4に示されるような薬剤耐性菌、家畜肺炎起因菌等の病原性細菌に起因する感染症の予防又は治療に、好適に利用可能である。なお、前記抗菌剤は、単独で使用されてもよいし、他の成分を有効成分とする医薬と併せて使用されてもよい。また、前記抗菌剤は、他の成分を有効成分とする医薬中に、配合された状態で使用されてもよい。
【実施例】
【0037】
以下に実施例及び試験例を挙げて本発明を具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例及び試験例に何ら限定されるものではない。また、以下の実施例及び試験例中、「%」は、特に明記のない限り「質量%」を表す。
【0038】
(実施例1:アミコラマイシン(Amycolamicin)の製造)
寒天斜面培地に培養したアミコラトプシス・エスピー(Amycolatopsis sp.)MK575−fF5株(FERM P−21465として寄託)を、ガラクトース 2%、デキストリン 2%、グリセリン 1%、バクトソイトン(ディフコ社製) 1%、コーン・スティープ・リカー 0.5%、硫酸アンモニウム 0.2%、炭酸カルシウム 0.2%を含む液体培地(pH7.4に調整)を三角フラスコ(500ml容)に110mlずつ分注して常法により120℃で20分滅菌した培地に接種した。その後に30℃で4日間回転振とう培養し、種母培養液を得た。
【0039】
グリセリン 0.5%、デキストリン 0.5%、バクトソイトン(ディフコ社製) 0.25%、酵母エキス(日本製薬製) 0.075%、硫酸アンモニウム 0.05%、炭酸カルシウム 0.05%(pH7.4に調整)の組成の培地100リットルをタンク培養槽(200リットル容)中に調製し、さらに滅菌し、生産培地とした。この生産培地に、上記の種母培養液の2体積%量を接種し、27℃、通気量100リットル、200rpmの培養条件で4日間タンク培養した。
【0040】
このようにして得られた培養液を遠心分離して、培養ろ液80リットルと菌体2.5Kgを分離した。つづいて、菌体に12リットルのメタノールを加えてよく撹拌し、菌体からアミコラマイシンをメタノールで抽出した。これを減圧下でメタノールを除き、アミコラマイシンを含む菌体抽出液2リットルを得た。菌体抽出液2リットルに酢酸エチル6リットルを加え、十分撹拌し、アミコラマイシンを酢酸エチル抽出した。得られた酢酸エチル6リットルは、無水硫酸ナトリウムで乾燥した後、減圧下で濃縮乾固して、アミコラマイシンを含む粗精製物18gを得た。このアミコラマイシンを含む粗精製物の18gに、ヘキサンを200ミリリットル加え、ヘキサン可溶成分を除去し、アミコラマイシンを含むヘキサン不溶画分を3.3g得た。このヘキサン不溶画分3.3gをメタノールで溶解して、セファデックスLH−20(内径28mm×450mm、ファルマシア バイオテク社製)カラムにのせ、クロマトグラフィーを行った。1フラクションを8gずつ分画すると、活性画分はフラクション12から15に溶出され、これを集めて減圧下で濃縮乾固し、1584mgのアミコラマイシンを含む粗精製物を得た。この粗精製物1584mgは、少量のメタノールに溶解し、その溶液にキーゼルグール(メルク社製)50mlを加え、溶媒を減圧下で濃縮乾固した。このキーゼルグールを、シリカゲルカラム(内径32mm×長さ175mm、メルク社製)の上にのせ、クロマトグラフィーを行った。展開溶媒としてクロロホルム:メタノール:水=100:0:0(200ミリリットル)、95:5:0(450ミリリットル)、1:95:5:0.25(450ミリリットル)、1:90:10:0.5(450ミリリットル)で順次展開を行った。1フラクションを18gずつ分画すると、アミコラマイシンはフラクション76から103に溶出され、これを集めて減圧下で濃縮乾固し、827mgの純粋なアミコラマイシンを得た。
【0041】
得られたアミコラマイシンの物理化学的性状を測定したところ、以下の通りであり、これらのことから、アミコラマイシンが、下記構造式(1)で表される構造を有する新規化合物であることが確認された。また、このアミコラマイシンは互変異性を有していた。
(1) 外観は、白色パウダー状である。
(2) 分子式は、C4460Cl14で表される。
(3) 高分解能質量分析(HRESIMS:負イオンモード)による、実験値は、m/z 937.3386(M−H)であり、計算値は、m/z 937.3405(C4459Cl14として)である。
(4) 比旋光度は、[α]23=−21.6°(c0.5,メタノール)、である。
(5) 赤外線吸収スペクトルは、図1に示す通りである。
(6) 紫外線吸収スペクトルは、図2に示す通りである。
(7) プロトン核磁気共鳴スペクトルとして、600MHzにおいて重メタノール中で30℃にて測定したプロトンNMRスペクトルは、図3に示す通りである。
(8) 炭素13核磁気共鳴スペクトルとして、150MHzにおいて重メタノール中で30℃にて測定した炭素13NMRスペクトルは、図4に示す通りである。
(9) 薄層クロマトグラフィーとして、シリカゲル60F254(メルク社製)の薄層クロマトグラフィーでは、展開溶媒としてクロロホルム:メタノール(9:1、容量比)を用いて展開したときのRf値は、0.31である。
【化5】

【0042】
また、得られたアミコラマイシンの抗菌活性を、以下の試験例1〜4で確認した。
【0043】
(試験例1)
薬剤耐性菌(メチシリン耐性菌、バンコマイシン耐性菌等)を含む各種の微生物に対するアミコラマイシンの抗菌スペクトルを、日本化学療法学会標準法に基づき、ミュラ・ヒントン寒天培地上で倍数希釈法により測定した。最小発育阻止濃度(MIC)の測定結果を表1に示す。
【0044】
(試験例2)
薬剤耐性菌(ペニシリン耐性肺炎球菌、マクロライド耐性肺炎球菌、ペニシリン耐性インフルエンザ菌等)を含む各種の微生物に対するアミコラマイシンの抗菌スペクトルを、日本化学療法学会標準法に基づき、5体積%緬羊血液添加ミュラ・ヒントン寒天培地上、5体積%CO雰囲気下で倍数希釈法により測定した。最小発育阻止濃度(MIC)の測定結果を表2に示す。
【0045】
(試験例3)
家畜肺炎起因菌に対するアミコラマイシンの抗菌スペクトルを、日本化学療法学会標準法に基づき、ブレイン・ハート・インヒュージョン寒天培地上で倍数希釈法により測定した。最小発育阻止濃度(MIC)の測定結果を表3に示す。
【0046】
(試験例4)
表3に示されたもの以外の家畜肺炎起因菌に対するアミコラマイシンの抗菌スペクトルを、日本化学療法学会標準法に基づき、5体積%フィールズ・エンリッチメント添加ミュラ・ヒントン寒天培地上、5体積%CO雰囲気下で倍数希釈法により測定した。最小発育阻止濃度(MIC)の測定結果を表4に示す。
【0047】
【表1】

【0048】
【表2】

【0049】
【表3】

【0050】
【表4】

【0051】
表1〜4の結果から、アミコラマイシンは、薬剤耐性菌、家畜肺炎起因菌を含む幅広いグラム陽性細菌及び陰性細菌に対して優れた抗菌活性を有していることが示された。また、これらの中でも、MRSAを含むStaphylococcus aureus、VREを含むEnterococcus faecalisfaecium、マクロライド耐性菌及びペニシリン耐性菌を含むStreptococcus pneumoniae、ペニシリン耐性菌を含むHaemophilus infulenzaeMannheimia haemolyticaPasteurella multocida、及び、Histophilus somniに対して、特に優れた抗菌活性を有していることが示された。
【産業上の利用可能性】
【0052】
本発明の新規化合物(アミコラマイシン)、その互変異性体、乃至それらの塩は、薬剤耐性菌、家畜肺炎起因菌等の幅広い病原性細菌に対して優れた抗菌活性を有することから、新たな抗菌剤として好適に利用可能である。
【図面の簡単な説明】
【0053】
【図1】図1は、アミコラマイシンのKBr錠剤法で測定した赤外線吸収スペクトルのチャートである。縦軸:透過率(%)、横軸:波数(cm−1)。
【図2】図2は、アミコラマイシンのメタノール中での紫外線吸収スペクトルのチャートである。縦軸:吸光度(Abs)、横軸:波長(nm)。
【図3】図3は、アミコラマイシンの重メタノール中で30℃にて測定した600MHzにおけるプロトン核磁気共鳴スペクトルのチャートである。横軸:ppm単位。
【図4】図4は、アミコラマイシンの重メタノール中で30℃にて測定した150MHzにおける炭素13NMRスペクトルのチャートである。横軸:ppm単位。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記構造式(1)で表されることを特徴とする化合物、その互変異性体、乃至それらの塩。
【化1】

【請求項2】
請求項1に記載の化合物、その互変異性体、乃至それらの塩の製造方法であって、アミコラトプシス(Amycolatopsis)属に属し、請求項1に記載の化合物、その互変異性体、乃至それらの塩を生産する能力を有する微生物を培養し、得られた培養物から請求項1に記載の化合物、その互変異性体、乃至それらの塩を採取することを特徴とする化合物、その互変異性体、乃至それらの塩の製造方法。
【請求項3】
アミコラトプシス(Amycolatopsis)属に属し、請求項1に記載の化合物、その互変異性体、乃至それらの塩を生産する能力を有する微生物が、受託番号FERM P−21465のアミコラトプシス・エスピー(Amycolatopsis sp.)MK575−fF5株である請求項2に記載の化合物、その互変異性体、乃至それらの塩の製造方法。
【請求項4】
アミコラトプシス(Amycolatopsis)属に属し、請求項1に記載の化合物、その互変異性体、乃至それらの塩を生産する能力を有することを特徴とする微生物。
【請求項5】
受託番号FERM P−21465のアミコラトプシス・エスピー(Amycolatopsis sp.)MK575−fF5株である請求項4に記載の微生物。
【請求項6】
請求項1に記載の化合物、その互変異性体、乃至それらの塩を有効成分として含むことを特徴とする抗菌剤。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2009−203195(P2009−203195A)
【公開日】平成21年9月10日(2009.9.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−47795(P2008−47795)
【出願日】平成20年2月28日(2008.2.28)
【出願人】(000173913)財団法人微生物化学研究会 (29)
【Fターム(参考)】