説明

新規(+)−メントン誘導体およびその製造方法

【課題】本発明は、新規な(+)−メントン誘導体、好ましくはアセチルコリンエステラーゼ活性阻害作用を有する(+)−メントン誘導体、及び当該(+)−メントン誘導体の位置特異的かつ立体選択的な製造方法、並びに当該(+)−メントン誘導体を有効成分とするアセチルコリンエステラーゼ活性阻害剤を提供することを目的とする。
【解決手段】(+)−メントンをヤガ科昆虫、例えば、ハスモンヨトウまたはその生体内酵素で処理することにより生物変換して、得られた(+)−メントン誘導体を採取することによって、新規な(+)−メントン誘導体を得ることができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、新規な(+)−メントン誘導体、その製造方法、および当該(+)−メントン誘導体を有効成分として含有するアセチルコリンエステラーゼ活性阻害剤に関する。
【背景技術】
【0002】
テルペノイドは、香味料や香料の原料だけではなく、生理活性物質としても有用である。多くの生理活性テルペノイドは、植物の二次代謝産物として産生される。そして、このようなテルペノイドは、植物、微生物および昆虫に対し生物活性を有することが知られている。新規な生理活性テルペノイドの探索が行われているが、立体特異性や位置特異性のために有機合成によって創出するのは困難を伴う。
【0003】
生物変換とは、目的の化合物を得るために、生物触媒として生体中の酵素類を使用した生物学的な合成プロセスであり、穏和な条件下で位置特異的に化合物を産生することを特徴とする。ゆえに生物変換は、生物活性化合物の選択的製造のための有利な方法である。
【0004】
これまでに、バクテリア、菌類、酵母あるいは藻を用いた生物変換が試みられている。しかしながら、これらの方法では、収率や生産量が必ずしも満足できるものではなかった。
【0005】
昆虫の幼虫は、テルペノイドが含まれた植物類を食物として大量に摂取することから、テルペノイドに対する酵素活性が高いと考えられ、大量の代謝産物を得ることが可能となる。また、昆虫の飼育は、他の動物に比べて容易である。
【0006】
以前に本発明者らは、ハスモンヨトウ幼虫によるp−メンタン骨格を有する種々のモノテルペノイドの生物変換を検討し、(+)−および(−)−リモネンが8,9位の二重結合、および7位の炭素(アリリックメチル基)が酸化されることを見出した(M.Miyazawa,T.Wada and H.Kameoka,(1998), J.Agric.Food Chem.,46,300-303)。また、(+)−および(−)−メントール、γ−テルピネン、(−)−α−フェランドレン、(R)および(S)−テルピネン−4−オールの7位の炭素が優先的に酸化されることを見出した(M.Miyazawa,S.Kumagae and H.Kameoka,(1999), J.Agric.Food Chem.,47,3938-3940、M.Miyazawa and T.Wada,(2000), J.Agric.Food Chem.,48,2893-2895、M.Miyazawa and S.Kumagae,(1999), J.Agric.Food Chem.,47,4312-4314)。しかしながら、ハスモンヨトウによる(+)−メントンの生物変換は知られていない。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、新規な(+)−メントン誘導体、好ましくはアセチルコリンエステラーゼ活性阻害作用を有する(+)−メントン誘導体を提供することを目的とする。また、本発明は、当該(+)−メントン誘導体の位置特異的かつ立体選択的な製造方法を提供することを目的とする。さらに、本発明は、当該(+)−メントン誘導体を有効成分とするアセチルコリンエステラーゼ活性阻害剤を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、昆虫の生物変換能力に着目し、新規な生理活性物質の創製を目的として、種々の天然物化合物を種々の昆虫の幼虫により生物変換し、その代謝産物を探索してきた。そして、ハスモンヨトウ(スポドプテラ リツラ:Spodoptera litura)の幼虫による環状モノテルペノイド類の生物変換について検討したところ、(+)−メントンを摂取したハスモンヨトウ幼虫の排泄物中に、強いアセチルコリンエステラーゼ活性阻害作用を有する物質が産生されていることを見出した。この(+)−メントンを摂取したハスモンヨトウ幼虫の排泄物中に産生されるアセチルコリンエステラーゼ活性阻害物質を詳細に検討した結果、(+)−メントン骨格を有する化合物であることを確認すると共に、その単離、精製に成功した。
【0009】
したがって、第1の態様において、本発明は、式
【化1】

〔一般名:
化合物1−1:(+)−(1S,4R)−7−ヒドロキシメントン、
化合物1−3:(1S,4R,8S)−(+)−p−メント−3−オン−9−オイック酸〕
である、遊離形又は塩形の(+)−メントン誘導体を提供する。
【0010】
また別の態様において、本発明は、式
【化2】

〔一般名:
化合物1−2:(1S,3R,4R)−(−)−7−ヒドロキシネオメントール〕のいずれかで表される(+)−メントン誘導体を製造するにあたり、次式で表される基質(+)−メントン〔1−0〕を当該(+)−メントン誘導体を産生する能力を有するヤガ科に属する昆虫により処理することを特徴とする方法を提供する:
【化3】


【0011】
さらに別の態様において、本発明は有効成分として上記(+)−メントン誘導体を含有するアセチルコリンエステラーゼ活性阻害剤を提供する。
【発明の効果】
【0012】
おどろくべきことに、本発明で得られる(+)−メントン誘導体は、アセチルコリンエステラーゼに対して顕著な活性抑制作用を示す。したがって、本発明の(+)−メントン誘導体はアルツハイマー病治療薬として有用である。
【0013】
通常、アセチルコリンは、神経シナプス間隙において、酵素アセチルコリンエステラーゼの作用でコリンと酢酸に分解することで、作用した後すぐに除去される。一方、脳内のアセチルコリンの不足はアルツハイマー病と関連があるとされ、アセチルコリンエステラーゼの阻害剤はアルツハイマー病の治療薬として用いられる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
用語の定義
本明細書中において使用される用語は、指示がない限り、当業者によって通常理解される通りの意味で用いられている。
【0015】
(+)−メントン誘導体の製造方法
本発明の目的物質である(+)−メントン誘導体を製造するには、基質(+)−メントンをヤガ科に属する当該(+)−メントン誘導体産生能を有する昆虫またはその生体内酵素によって処理し、産生された(+)−メントン誘導体を採取すればよい。ここで言う「処理」とは、昆虫による(+)−メントンの摂食等の常套の生物変換手段を含む意味で用いられており、「採取」とは、常套の分離、抽出及び精製手段を含む工程を意味している。
【0016】
ここで(+)−メントン誘導体の製造に使用されるヤガ科昆虫の一例としては、ハスモンヨトウ(スポドプテラ リツラ:Spodoptera litura)がある。その他の具体例としては、シロナヨトウ、アカマダラヨトウ、クシヒゲスジキリヨトウ、シロイチモジヨトウ、アフリカシロナヨトウ、スジキリヨトウ、クシナシスジキリヨトウなどが挙げられるが特にSpodoptera属に属する種が好ましい。また、昆虫は成虫、幼虫のいずれを用いてもよい。好ましくは、幼虫を用いる。幼虫を用いる場合、ヤガ科昆虫の幼虫としては、1齢期〜老齢期のいずれの時期の幼虫も使用できる。
【0017】
生体内酵素とは、昆虫が当該反応工程に利用している酵素として同定されるあらゆる酵素を意味し、適当な条件下、例えば昆虫体内の条件下におくことにより、昆虫そのものを利用している場合と同様に反応を進行させることが可能である。
【0018】
(+)−メントン誘導体生産昆虫の飼育に用いられる飼料としては、市販の人工飼料を用いることができ、例えばインセクタ(登録商標、日本農産工業社製)を用いることができる。人工飼料は、粉末のものが望ましいが、ペレット状の飼料を粉砕して用いてもよい。
【0019】
上記飼料に(+)−メントンを混合し昆虫に給餌することで、(+)−メントンの生物変換を行うことができる。この際、人工飼料の量は昆虫が12〜24時間で完全に食下できる量が望ましい。なお、上記の(+)−メントン含有人工飼料の食下に要する時間は一例であり、本発明はこれらの記載によっては限定されない。
【0020】
昆虫体内で産生された(+)−メントン代謝産物を採取することにより目的化合物を得ることができる。例えば、昆虫がハスモンヨトウの場合、以下の方法により目的化合物を採取することができる。ハスモンヨトウ以外の昆虫も同様の方法で代謝産物を採取することができる。
【0021】
ハスモンヨトウ体中で産生された代謝産物は糞とともに体外に排泄される。そこで、糞を定期的に回収し、有機溶媒等で抽出した後、カラムクロマトグラフィー等の各種分離手段により代謝産物を採取できる。あるいは、ハスモンヨトウを擂りつぶし、有機溶媒等で抽出した後、常法処理によって目的代謝産物を採取する方法も挙げられる。
【0022】
回収した糞などから(+)−メントン誘導体を抽出するには、塩化ナトリウム等の飽和溶液とした後、水と混和する有機溶媒、例えばメタノール、エタノールなどの低級アルコール類、アセトン、メチルエチルケトンなどを使用すればよい。また、水と混和しない有機溶媒、例えばクロロホルム、塩化メチレン、酢酸エチルなどを使用してもよい。
【0023】
このようにして得られた抽出液から減圧下に溶媒を留去すれば、(+)−メントン誘導体を含む粗抽出物を得ることができる。
【0024】
この粗抽出物から(+)−メントン誘導体を単離、精製するには、通常の脂溶性低分子物質の単離、精製手段を適用することができる。すなわち、セファデックスLH−20(ファルマシア製、登録商標)などを用いるゲル濾過型クロマトグラフィー、シリカゲルなどの吸着剤を用いる吸着クロマトグラフィー、シリカゲルなどの順相系担体を用いる高速液体クロマトグラフィーなどを単独または組み合わせて実施すればよい。
【0025】
セファデックスLH−20を用いる場合は、一般に極性有機溶媒と非極性有機溶媒との組み合わせ、例えばメタノールとクロロホルムまたは塩化メチレンなどの混合溶媒により溶出される。
【0026】
シリカゲルを用いる吸着クロマトグラフィーを使用する場合は、ヘキサンとクロロホルム、酢酸エチルまたは塩化メチレンなどの混合溶媒を溶出溶媒とするのが適している。
【0027】
シリカゲルを担体とする高速液体クロマトグラフィーの場合には、塩化メチレンとベンゼンまたはメタノールの混合溶媒あるいは塩化メチレン単独を溶出溶媒として用いる。このような精製手段を適用することにより、前記に示される(+)−メントン誘導体の1種またはそれ以上が単離される。
【0028】
代替的方法として、(+)−メントンを、ヤガ科に属する昆虫から単離された生体内酵素と接触させることにより、(+)−メントン誘導体を得ることが可能である。
【0029】
(+)−メントン誘導体
本発明で得られる(+)−メントン誘導体は、好ましくは、
【化4】

即ち、
(+)−(1S,4R)−ヒドロキシメントン〔1−1〕
(1S,3R,4R)−(−)−7−ヒドロキシネオメントール〔1−2〕
(1S,4R,8S)−(+)−p−メント−3−オン−9−オイック酸〔1−3〕
のいずれかである。
【0030】
本発明で得られる(+)−メントン誘導体は、遊離形または塩形であり得る。塩は、本発明の(+)−メントン誘導体の、常套の無機または有機酸との酸付加塩、または常套の無機または有機塩基との塩基塩であり、好ましくは、生理的に許容し得る塩である。
【0031】
本発明で得られる(+)−メントン誘導体は、アセチルコリンエステラーゼに対して顕著な活性抑制作用を示す。当該活性は適当なin vitroあるいはin vivo試験、例えば実施例2に記載の試験により容易に確認することができる。本発明のβ−セリネン誘導体は、好ましくは化合物17μLをアセチルコリンエステラーゼ(シグマ製)溶液(0.04ユニット/mL)に加え、25℃で5分間インキュベートし、さらに続いて75mLのATCを13μL加えて25℃で20分間インキュベートしたとき、アセチルコリンエステラーゼの活性を10%以上、好ましくは20%以上、とりわけ好ましくは30%以上阻害することができる。
【0032】
したがって、本発明の(+)−メントン誘導体はアセチルコリンエステラーゼ活性阻害剤として使用することができる。好ましくは、本発明のメントン誘導体は、常套の製剤化手段により、賦形剤、pH調整剤、香料、界面活性剤、キレート剤、増粘剤、防腐剤等の常套の助剤を適宜使用して、液体、乳液、粉末、顆粒、錠剤、ローション、軟膏、注射溶液、クリームなど、任意の剤型に調製して用いることができる。例えば化粧料として本発明のメントン誘導体を製剤するとき、ローション、乳液、クリーム等の剤型が好ましい。
【0033】
また、本発明の(+)−メントン誘導体を含有するアセチルコリンエステラーゼ活性阻害剤は、動物に投与することを意図するとき、任意の形態で、例えば経口、経腸、非経腸、局所または経皮投与することができ、食品に配合することを意図するとき、常套の混合等の手段により食品中に配合することができる。
【0034】
本発明の(+)−メントン誘導体は、アセチルコリンエステラーゼ活性阻害剤として、液体状、粉末状、顆粒状、錠剤など、任意の剤型に調製して用いることができる。さらに賦形剤、pH調整剤、香料、界面活性剤、キレート剤、増粘剤、防腐剤などの任意の助剤を適宜使用することができる。
【実施例1】
【0035】
幼虫の飼育
ハスモンヨトウの幼虫は、ナイロンメッシュスクリーンで覆われたプラスチックケース(幅200×300mm、高さ100mm、100匹/ケース)の中で、25℃、70%の相対湿度、および連続照明の条件で飼育した。初齢期から市販の人工飼料(インセクタ(登録商標)LF:日本農産工業製)を与えた。4齢期からインゲンマメ(100g)、寒天(12g)および水(600mL)を含有する人工飼料に変更した。
【0036】
化合物
(+)−メントン〔1−0〕はFluka株式会社から購入した。
【0037】
ガスクロマトグラフィ(GC)
GCは、水素炎イオン化型検出器、キャピラリーカラム(DB−5、島津製作所製:長さ30m×内径0.25mm)、および25:1のスプリット注入ユニットを備えたHP 5890Aガスクロマトグラフ(ヒューレット・パッカード製)を使用した。移動相はヘリウムガスを30.0cm/秒の流速で用いた。オーブン温度は4℃/分の昇温速度で130℃〜240℃にプログラムされた。注入口温度は270℃、検出器温度は280℃に設定した。ピーク面積はHP 3396 SeriesII検出器(ヒューレット・パッカード製)により計算した。
【0038】
ガスクロマトグラフィ質量分析(GC/MS)
GC/MSは、スプリット注入ユニット、キャピラリーカラム(HP−5MS、ヒューレット・パッカード製:長さ30m×内径0.25mm)を備えたガスクロマトグラフ(HP 5890A、ヒューレット・パッカード製)を質量分析計(HP 5972A、ヒューレット・パッカード製)に直結した。昇温プログラムはGCと同一である。移動相はヘリウムガスを30.0cm/秒の流速で用いた。イオン源部温度は280℃、電子エネルギーは70電子ボルト(eV)であった。イオン化法は電子衝撃法(EI)を使用した。
【0039】
赤外吸収スペクトル(IR)
IRは、フーリエ変換赤外分光光度計を備えた日本分光製FT/IR−470型により得た。溶媒にはクロロホルムを使用した。
【0040】
核磁気共鳴スペクトル(NMR)
NMRは、日本電子製FX−500(500MHz(H)、125.65MHz(13C)を用い、TMS(H)またはクロロホルム(13C)を内部標準とし、CDClで測定した。
【0041】
比旋光度
比旋光度は、日本分光製DIP−1000デジタル旋光光度計を用いて測定した。
【0042】
(+)−メントンの給餌
寒天を含まない人工飼料はミキサーで混合した後、800mgの(+)−メントン〔1−0〕を1mg/gの割合で直接ミキサーに加えた。寒天を水に溶かし煮沸後、ミキサーに加えた。飼料を混合し、ステンレス鋼トレー(幅220×310mm、高さ30mm)の中で冷やした。(+)−メントンを含有する飼料は、給餌時まで冷蔵庫で保存した。4齢期〜5齢期の幼虫(平均重量0.5g)を新しいケース(100匹/ケース)に移した。極微量の飼料を幼虫に与えた。800匹の幼虫に2日間(+)−メントン含有飼料(0.6〜0.7g、0.7mg/匹)を与えた後、(+)−メントンを含有しない人工飼料を2日間与えた。糞を5時間毎に収集し(4日間の合計)、300mLのジエチルエーテルに保存した。飼料と糞を区別するために、排出された糞は直ちに抽出された。
【0043】
糞からの代謝物質の単離と構造決定
糞は300mLのジエチルエーテルで2回抽出した後、300mLの酢酸エチルでさらに2回抽出した。抽出液を減圧下に溶媒を除去し、粗抽出物1628mgを得た。粗抽出物を酢酸エチルに溶解し、5%の炭酸水素ナトリウム溶液に加えられた。攪拌後、酢酸エチル層から中性画分594mgを得た。水層(酸性画分)を分離し、1N塩酸で酸性化し、酢酸エチルで抽出した。攪拌後、水層から酸性画分1034mgを得た。
【0044】
中性画分はGC/MSによって分析した。代謝産物〔1−1〕および〔1−2〕がこの画分に含まれていた。酸性画分はジアゾメタンのエタノール溶液と一晩反応後、GC/MSによって分析し、代謝産物〔1−3〕の存在が確認された。中性および酸性画分は、ヘキサン−酢酸エチル系を展開溶媒とするシリカゲルカラムクロマトグラフィーに供され、1−1:70.4mg、1−2:52.9mg、1−3:116.4mgを単離した。代謝産物の構造は以下のMS、IR、およびNMRデータから決定した。糞抽出物のGCのピーク面積から算出した各代謝産物の割合は、〔1−1〕:25.0%、〔1−2〕:20.1%、および〔1−3〕:46.1%であった。
【0045】
ハスモンヨトウの幼虫による生物変換では、人工飼料を介して(+)−メントンを投与し、幼虫の糞から代謝産物を単離した。(+)−メントンを含有しない人工飼料が給餌された幼虫を対照とした。糞抽出物をGC分析に供した。いずれの代謝産物も対照群の糞からは検出されなかった。
ハスモンヨトウ幼虫による(+)−メントンの生物変換では、(+)−ヒドロキシメントン〔1−1〕、(1S,3R,4R)−(−)−7−ヒドロキシネオメントール〔1−2〕、および(1S,4S,8R)−(+)−p−メント−3−オン−9−オイック酸〔1−3〕の3種の代謝産物が単離された。
代謝物質の構造は、二次元NMR(COSY、HMQCおよびHMBC)を用いて確認した。
【0046】
代謝産物〔1−1〕のHR−EI−MS分析では、分子式C1018であった。
代謝産物〔1−1〕のIR分析では、3367cm−1に新たな水酸基の存在が示された。
H−NMRおよび13C−NMRのシグナルを(+)−メントン〔1−0〕と比較した。
H−NMRでは、0.86および0.92ppm(J=6.6Hz)に2つのメチル基の二重線シグナルが示された。また、3.50ppm(J=5.5Hz)に新たにメチレンプロトンの二重線が確認された。H−8(2.12ppm)と2つのメチル基(0.86および0.92ppm)間でのカップリングが観察された(J=6.6Hz)。COSYスペクトルでは、H−1(1.97−1.99ppm)と新たなメチレンプロトン(3.50ppm)の間で相互クロスピークを伴う構造が確認された。HMBCスペクトルでは、メチン炭素(56.3ppm;C−1、25.0ppm;C−8)を伴う2つのメチル基(0.86および0.92ppm)とメチン炭素(42.6ppm;C−1)を伴う新たなメチレンプロトン(3.50ppm)の間で相互クロスピークが観測された。かくして、代謝産物〔1−1〕は、(+)−メントンのC−7位がヒドロキシル化された化合物であることが確認された。比旋光度は(+)体であった。これらのデータより代謝産物〔1−1〕は(+)−(1S,4R)−ヒドロキシメントンであると決定した。
【0047】
代謝産物〔1−2〕のHR−EI−MS分析では、分子式C1020であった。
代謝産物〔1−2〕のIR分析では、3358cm−1に新たな水酸基の存在が示されるとともに、カルボニル基のピークが消失していた。
H−NMRおよび13C−NMRのシグナルを(+)−メントン〔1−0〕と比較した。
H−NMRでは、0.93および0.97ppm(J=6.6Hz)に2つのメチル基の二重線シグナルが示された。また、3.45ppm(J=6.0Hz)に新たにメチレンプロトンの二重線が確認された。H−8(1.54ppm)と2つのメチル基(0.93および0.97ppm)間でのカップリングが観察された(J=6.6Hz)。COSYスペクトルでは、H−1(1.86−1.89ppm)と新たなメチレンプロトン(3.45ppm)の間で相互クロスピークを伴う構造が確認された。HMBCスペクトルでは、メチン炭素(48.3ppm;C−4、29.2ppm;C−8)を伴う2つのメチル基(0.93および0.97ppm)とメチン炭素(33.8ppm;C−1)を伴う新たなメチレンプロトン(3.45ppm)の間で相互クロスピークが観測された。
さらにH−NMRでは、4.17ppm(dddd,J=1.5、2.4、2.5、4.0Hz)にH−4(0.95ppm)とカップリング定数(J=2.5Hz)を有する新たなメチンプロトンが確認された。C−3の水酸基の配位はエカトリアルと確認された。
かくして、代謝産物〔1−2〕は、(+)−メントンのC−7位がヒドロキシル化され、さらにケトン基が還元された化合物であることが確認された。比旋光度は(−)体であった。これらのデータより代謝産物〔1−2〕は(1S,3R,4R)−(−)−7−ヒドロキシネオメントールであると決定した。
【0048】
代謝産物〔1−3〕のHR−EI−MS分析では、分子式C1016であった。
代謝産物〔1−3〕のIR分析では、3550〜3400cm−1に新たな水酸基の存在が示されるとともに、1687cm−1に新たなカルボニル基のピークが確認された。
H−NMRおよび13C−NMRのシグナルを(+)−メントン〔1−0〕と比較した。
H−NMRでは、0.97(J=6.6Hz)および1.03ppm(J=7.2Hz)に2つのメチル基の二重線シグナルが示された。また、3.45ppm(J=6.0Hz)に新たにメチレンプロトンの二重線が確認された。H−8(1.54ppm)と2つのメチル基(0.97ppm)間でのカップリングが観察された(J=6.6Hz)。COSYスペクトルでは、H−1(1.82−1.86ppm)と二重線のメチレンプロトン(1.03ppm)の間で相互クロスピークを伴う構造が確認された。HMBCスペクトルでは、メチンプロトン(1.54ppm;H−8、2.67ppm;H−4)とカルボニル炭素(182.2ppm;C−9)の間で相互クロスピークが観測された。
かくして、代謝産物〔1−3〕は、(+)−メントンのC−9位がヒドロキシル化された化合物であることが確認された。比旋光度は(+)体であった。これらのデータより代謝産物〔1−3〕は(1S,4R,8S)−(+)−p−メント−3−オン−9−オイック酸であると決定した。
【0049】
化合物〔1−1〕
化合物〔1−1〕:(+)−(1S,4R)−ヒドロキシメントン
無色油状、[α]D22 +24.7(CHCl3; c=1.00)
IR(KBr法):3367、2951、2871、1703cm-1
H−NMR(CDCl3、500.0MHz) δ0.86 (3H, d, J=6.6, H-10), 0.92 (3H, d, J=6.6, H-9), 1.43 (1H, dddd, J=2.8, 3.6, 4.3 12.1, H-5), 1.43-1.49 (1H, m, H-6), 1.93-1.95 (1H, m, H-6), 1.97-1.99 (1H, m, H-1), 2.08 (1H, dddd, J=2.5, 10.5, 11.6, 12.1, H-5), 2.12 (1H, dqq, J=6.6, 6.6, 7.0, H-8), 2.11 (1H, ddd, J=3.6, 7.0, 10.5, H-4), 2.14 (1H, dd, J=11.3, 14.2, H-2), 2.42 (1H, ddd, J=1.4, 2.2, 14.2, H-2), 3.50 (2H, d, J=5.5, H-9)
13C−NMR(CDCl3 , 250.0MHz) δ18.6 (C-9), 21.1 (C-10), 25.0 (C-8), 27.4 (C-5), 28.1 (C-6), 42.6 (C-1), 45.2 (C-2), 56.3 (C-4), 67.1 (C-7), 212.1 (C-3)
HR−EI−MS m/z 170.1298 [M]+ , cald. For C10H18O2; EI-MS, m/z (rel intensity) 170 [M]+ (24), 155 (22), 139 (17), 128 (35), 110 (30), 97 (49), 82 (38), 69 (87), 55(95), 43 (52), 41 (100)。
【0050】
化合物〔1−2〕
化合物〔1−2〕:(1S,3R,4R)−(−)−7−ヒドロキシネオメントール
無色油状、[α]D22 -7.2(CHCl3; c=1.00)
IR(KBr法):2967、1706、1720cm-1
H−NMR(CDCl3,500.0MHz)δ0.95 (1H, dddd, J=2.2, 2.5, 6.8, 11.0, H-4), 0.92-0.99 (1H, m, H-6), 0.93 (3H, d, J=6.6, H-9), 0.97 (3H, d, J=6.6, H-10), 1.15 (1H, dddd, J=1.4, 3.4, 4.0, 13.3, H-2), 1.31 (1H, dddd, J=4.3, 10.5, 11.0, 13.6, H-5), 1.54 (1H, dqq, J=6.6, 6.6, 6.8, H-8), 1.73 (1H, ddddd, J=1.5, 2.2, 2.7, 3.2, 13.6 H-5), 1.80-1.86 (1H, m, H-6), 1.86-1.89 (1H, m, H-1), 1.94 (1H, ddd, J=2.4, 11.2, 13.3, H-2), 3.45 (2H, d, J=6.0, H-7), 4.17 (1H, dddd, J=1.5, 2.4, 2.5, 4.0, H-3)
13C−NMR(CDCl3 , 250.0MHz)δ20.6 (C-10), 21.1 (C-9), 23.5 (C-5), 29.2 (C-6), 29.2 (C-8), 33.8 (C-1), 36.8 (C-2), 48.3 (C-4), 67.1 (C-3), 68.4 (C-7)
HR−EI−MS m/z 172.2932 [M]+ , cald. For C10H20O2: EIMS, m/z (rel intensity) 172 [M]+ (7), 154 (6), 139 (51), 81 (68), 69 (65), 55 (90), 41 (100)。
【0051】
化合物〔1−3〕
化合物〔1−3〕:(1S,4R,8S)−(+)−p−メント−3−オン−9−オイック酸
無色油状、[α]D22 +35.1(CHCl3; c=1.00)
IR(KBr法):3550-3400, 2953, 1706, 1687cm-1
H−NMR(CDCl3,500.0MHz)δ0.97 (3H, d, J=6.6, H-10), 1.03 (3H, d, J=7.2, H-7), 1.36-1.40 (1H, m, H-6), 1.42 (1H, dddd, J=3.8, 10.1, 11.3, 12.6, H-5), 1.54 (1H, dq, J=7.2, 8.2, H-8), 1.82-1.86 (1H, m, H-1), 1.90-1.95 (1H, m, H-6), 2.05 (1H, dd, J=10.3, 14.5, H-2), 2.13 (1H, dddd, J=2.4, 3.3, 4.1, 12.6, H-5), 2.40 (1H, ddd, J=1.5, 2.2, 14.5, H-2), 2.67 (1H, ddd, J=3.3, 11.3, 8.2, H-4), 2.67 (1H, ddd, J=1.5, 2.2, 14.5, H-2)
13C−NMR(CDCl3 , 250.0MHz)δ14.0 (C-10), 22.3 (C-7), 28.8 (C-5), 33.7 (C-6), 35.3 (C-1), 38.4 (C-8), 50.1 (C-2), 51.7 (C-4), 182.2 (C-9), 210.7 (C-3)
HR−EI−MS m/z 184.1088 [M]+ , cald. For C10H16O3; EIMS, m/z (rel intensity) 184 [M]+ (3), 166 (7), 138 (6), 112 (35), 111 (28), 69 (100), 55 (43), 41 (57)。
【実施例2】
【0052】
アセチルコリンエステラーゼ阻害活性
アセチルコリンエステラーゼ阻害活性はEllmanらの分光光度法(G.L.Ellman, K.D.Courtney, V.Andres Jr., R.M.Featherstone, (1961), Biochem.Pharmacol., 7, 88-95)により測定した。17μLの(+)−メントン〔1−0〕または各代謝産物(〔1−1〕および〔1−3〕:エチルアルコール溶液)、0.1Mリン酸緩衝液(pH7.0)に溶かした0.01Mのイールマン試薬(DTNB:東京化成製)33μL、アセチルコリンエステラーゼ(シグマ製)167μL(0.04units/mL、0.1Mリン酸緩衝液(pH8.0)に溶解)、および0.1Mリン酸緩衝液(pH8.0)800μLを試験管に加え、25℃で5分間インキュベートした。その後、75mMのアセチルチオコリン アイオダイド(ATC:東京化成製)13μLを加え、25℃で20分間インキュベートした。吸光光度計により412nmの吸光度を測定した。化合物を含まない対照試験は、非酵素的加水分解のためにブランクにより補正された。各測定は少なくとも3回繰り返した。アセチルコリンエステラーゼ阻害活性は以下の式により決定した。
アセチルコリンエステラーゼ阻害活性(%)=[(A−B)/(Cp−Cn]×100
A:試料((+)−メントン〔1−0〕または代謝産物(〔1−1〕、〔1−3〕)、DTNB、アセチルコリンエステラーゼ、0.1Mリン酸緩衝液、およびATC)の吸光度
B:ブランク((+)−メントン〔1−0〕、代謝産物(〔1−1〕、〔1−3〕)または((-)-プレゴン)、DTNB、および0.1Mリン酸緩衝液)の吸光度
Cp:陽性対照(エチルアルコール、DTNB、アセチルコリンエステラーゼ、および0.1Mリン酸緩衝液)の吸光度
Cn:陰性対照(エチルアルコール、DTNB、および0.1Mリン酸緩衝液)の吸光度
結果を表1に示す。
【表1】

【0053】
したがって、代謝産物である化合物〔1−1〕および〔1−3〕は(-)-プレゴンおよび(+)-メントンよりも顕著なアセチルコリンエステラーゼ阻害活性を有する。

【特許請求の範囲】
【請求項1】

【化1】

のいずれかで表される遊離形又は塩形の(+)−メントン誘導体。
【請求項2】
アセチルコリンエステラーゼ活性阻害活性を有する、請求項1に記載の誘導体。
【請求項3】

【化2】

のいずれかで表される遊離形又は塩形の(+)−メントン誘導体を有効成分として含有する、アセチルコリンエステラーゼ活性阻害剤。
【請求項4】

【化3】

のいずれかで表される遊離形又は塩形の(+)−メントン誘導体を製造するにあたり、基質(+)−メントンを上記(+)−メントン誘導体の少なくともいずれかの産生能を有するヤガ科に属する昆虫またはその生体内酵素により処理することを特徴とする方法。
【請求項5】
(+)−メントン誘導体を生産する能力を有するヤガ科に属する昆虫がハスモンヨトウである、請求項4に記載の方法。

【公開番号】特開2009−114090(P2009−114090A)
【公開日】平成21年5月28日(2009.5.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−286429(P2007−286429)
【出願日】平成19年11月2日(2007.11.2)
【出願人】(000125347)学校法人近畿大学 (389)
【出願人】(000238201)扶桑薬品工業株式会社 (42)
【Fターム(参考)】