説明

方向性電磁鋼板およびその製造方法

【課題】実機トランスに組上げた場合に、優れた低騒音性を発現する電子ビーム照射による磁区細分化処理を行った方向性電磁鋼板を提供する。
【解決手段】フォルステライト被膜による鋼板への付与張力が、圧延方向および圧延方向と直角な方向ともに2.0MPa以上であって、かつ電子ビーム照射面における熱歪み導入領域のスポット径Aと照射ピッチBの比が0.5≦B/A≦5.0の関係を満足する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、トランスなどの鉄心材料として好適な方向性電磁鋼板およびその製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
方向性電磁鋼板は、主にトランスの鉄心として利用され、その磁化特性が優れていること、特に鉄損が低いことが求められている。
そのためには、鋼板中の二次再結晶粒を(110)[001]方位(いわゆる、ゴス方位)に高度に揃えることや製品鋼板中の不純物を低減することが重要である。さらに、結晶方位の制御や、不純物を低減することは、製造コストとの兼ね合い等で限界がある。そこで、鋼板の表面に対して物理的な手法で不均一性を導入し、磁区の幅を細分化して鉄損を低減する技術、すなわち磁区細分化技術が開発されている。
【0003】
例えば、特許文献1には、最終製品板にレーザーを照射し、鋼板表層に高転位密度領域を導入し、磁区幅を狭くすることで、鋼板の鉄損を低減する技術が提案されている。特許文献2には、電子ビームの照射により磁区幅を制御する技術が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特公昭57-2252号公報
【特許文献2】特公平06-072266号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、上述した磁区細分化処理を施した方向性電磁鋼板を実機トランスに組上げた場合に、実機トランスの騒音が大きくなる場合があった。
また、鉄損特性については、更なる改善が要求されている。
【0006】
本発明は、上記の現状に鑑み開発されたもので、実機トランスに組上げた場合に、優れた低騒音性および低鉄損特性を得ることができる方向性電磁鋼板を、その有利な製造方法と共に提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
発明者らは、実機トランスに組上げた際に、優れた低騒音性および低鉄損特性を得ることができる方向性電磁鋼板を開発するために、「鋼板の圧延方向と交差する方向の電子ビームの照射ピッチ」および「鋼板表面のフォルステライト被膜の張力」の2つの因子につき、磁区細分化効果への影響を調査した。
その結果、電子ビーム照射による磁区細分化処理済の方向性電磁鋼板において、フォルステライト被膜の張力をアップし、さらに点状に照射する電子ビームの照射面における熱歪み導入領域の直径と電子ビームの照射ピッチとの関係を適正に制御することで鉄損が改善することを見出した。
本発明は、上記した知見に基づき開発されたものである。
【0008】
すなわち、本発明の要旨構成は次のとおりである。
1.表面にフォルステライト被膜をそなえ、電子ビーム照射による磁区細分化処理済の方向性電磁鋼板であって、該フォルステライト被膜による鋼板への付与張力が、圧延方向および圧延方向と直角な方向ともに2.0MPa以上であり、かつ電子ビーム照射面における熱歪み導入領域の直径Aと照射ピッチBとが、次式(1)
0.5≦B/A≦5.0 ・・・(1)
の関係を満足することを特徴とする方向性電磁鋼板。
【0009】
2.方向性電磁鋼板用スラブを、熱間圧延し、ついで必要に応じて熱延板焼鈍を施したのち、1回または中間焼鈍を挟む2回以上の冷間圧延を施して、最終板厚に仕上げたのち、脱炭焼鈍を施し、ついで鋼板表面にMgOを主成分とする焼鈍分離剤を塗布してから、最終仕上げ焼鈍を行った後、張力コーティングを施し、該仕上げ焼鈍後または該張力コーティング後に、電子ビーム照射による磁区細分化処理を行う方向性電磁鋼板の製造方法において、
(i) 焼鈍分離剤の目付け量を10.0g/m2以上とする、
(ii) 焼鈍分離剤塗布後のコイル巻き取り張力を30〜150N/mm2の範囲とする、
(iii) 最終仕上げ焼鈍工程の冷却過程における700℃までの平均冷却速度を50℃/h以下に制御する、
(iv) 電子ビーム径を0.5mm以下とし、かつ電子ビーム径A´と照射ピッチBとを、次式(2)
1.0≦B/A´≦7.0 ・・・(2)
の範囲に制御する、
(v) 電子ビーム径と照射ピッチ以外の照射条件を調整して、ビーム照射面における熱歪み導入領域の直径Aと照射ピッチBとを、次式(1)
0.5≦B/A≦5.0 ・・・(1)
の範囲に制御する
ことを特徴とする方向性電磁鋼板の製造方法。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、電子ビームを用いた磁区細分化による鉄損低減効果が、実機トランスにおいても効果的に維持される方向性電磁鋼板を得ることができるため、実機トランスにおいて、優れた低鉄損性を発現することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】(a)、(b)は電子ビームの照射において、点状照射とそうでないものを示す図である。
【図2】熱歪み導入領域のスポット径の概念を模式的に示す図である。
【図3】照射ピッチ/ビーム径と履歴損劣化代との関係を示すグラフである。
【図4】照射ピッチ/ビーム径と渦電流損改善代との関係を示すグラフである。
【図5】照射ピッチ/ビーム径と全鉄損改善代との関係を示すグラフである。
【図6】圧延方向の張力と鉄損改善代との関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明について具体的に説明する。
本発明では、電子ビーム照射による磁区細分化処理済の方向性電磁鋼板において、フォルステライト被膜の張力をアップすること、および電子ビーム径および電子ビームを点状照射した鋼板表面における熱歪み導入領域の直径と電子ビームの照射ピッチとの関係を適正に制御することが重要である。
なお、本発明における電子ビーム径(以下、単にビーム径ともいう)とは、電子ビームの照射直径を意味する。また、電子ビームの点状照射とは、図1(a)および(b)にそれぞれ示すように2つのビーム径と同じ大きさの領域(図中、ビームスポットという)が重ならないことを意味する。
また、「熱歪み導入領域の直径(以下、スポット径ともいう)」とは、図2に示すように、直接的には電子ビームによる熱歪み導入領域の直径を意味するが、熱歪み導入によって生じた磁区不連続部領域の幅によっても求められる。
ここに、電子ビームを照射した場合は、電子ビームのビーム径と同じ大きさの領域が加熱されるものの、鋼板に与えられた熱は拡散するので、一般的に、熱歪み導入領域のスポット径はビーム径よりも大きくなる。なお、本発明において、特に断らない場合、径は直径を意味する。
【0013】
以下、本発明を完成に至らしめた実験について説明する。
フォルステライト被膜の張力が種々に異なるサンプルに電子ビームを照射した。ここに、鉄損に及ぼす張力の影響を調査した。照射条件は、加速電圧:40kV、ビーム電流:1.5 mA、ビーム走査速度:5m/sec、ビーム径:0.2mm、圧延方向と交差する方向の照射ピッチ:0.05, 0.10, 0.15, 0.25, 0.5, 1.0, 1.4, 3.0, 5.0および10.0mmならびに圧延方向の照射間隔:7.5mmで実施した。
【0014】
図3に、電子ビーム照射により鋼板に導入された熱歪みに起因した履歴損の劣化代を示す。被膜張力が強いもの(被膜張力が良好なもの)では、圧延方向と交差する方向の電子ビームの照射ピッチがある値になるまでは、鉄損の劣化代が変化しないことが分かる。一方、被膜張力が弱い場合には、圧延方向と交差する方向の照射ピッチが大きくなるにつれて、鉄損の劣化代が増大する。
【0015】
次に、図4に、電子ビーム照射により鋼板に導入された熱歪みに起因した渦電流損の改善代を示す。同図に示したとおり、渦電流損は、フォルステライト被膜の張力差によらず、ある照射ピッチまでは改善代が増大し、その後は改善代が減少するという傾向を示した。
【0016】
また、全鉄損の改善代を図5に示す。同図に示したとおり、フォルステライト被膜の張力が強く、かつ圧延方向と交差する方向の照射ピッチを大きくして点状照射した場合には、鉄損改善代が特に大きくなる範囲があることが分かる。
【0017】
次に、フォルステライト被膜の張力と鉄損改善代との関係について調査した結果を図6に示す。
この時、電子ビームの照射条件は、加速電圧:40kV、ビーム電流:1.5 mA、ビーム走査速度:5m/sec、ビーム径:0.2mm、圧延方向と交差する方向の照射ピッチ:0.25mm 圧延方向の照射間隔:7.5mmとした。
図6に示したように、フォルステライト被膜の張力が圧延方向および圧延方向と直角な方向(以下、圧延直角方向という)ともに2.0MPa以上の場合に、鉄損が大きく改善されることが判明した。
【0018】
その後、上記のフォルステライト被膜の張力および電子ビームの照射条件を好適な範囲とした上で、電子ビームの加速電圧、ビーム電流量およびビーム走査速度など、その他の照射条件を変更して、鋼板へ導入する熱歪みの量を変えたところ、より大きな鉄損改善代を得るためには、ビーム照射面における熱歪みの導入領域のスポット径Aと照射ピッチBとの比が以下の式(1)の関係を満足する必要があることが分かった。
0.5≦B/A≦5.0 ・・・(1)
【0019】
従って、本発明では、電子ビーム照射による磁区細分化処理を施すに際して、大きな鉄損改善効果を得るために、フォルステライト被膜の張力を向上し、かつ電子ビーム径と照射ピッチの制御を適正に行った上で、電子ビーム径および照射ピッチ以外の照射条件を調整して、ビーム照射面における熱歪み導入領域のスポット径Aと照射ピッチBとの比を上掲式(1)の範囲に制御するものとした。
【0020】
ここに、本発明における被膜張力測定方法は、以下のとおりである。
製品(張力コーティング塗布材)より、圧延方向の張力を測定する場合は、圧延方向280mm×圧延方向30mm、 圧延直角方向の張力を測定する場合は、圧延直角方向280mm×圧延方向30mmのサンプルを切り出し、両面の張力コーティングをアルカリ溶液で剥離する。ついで、片面のフォルステライト被膜を塩酸溶液で除去し、その除去前後の鋼板反り量を測定して得られた反り量を以下の換算式(3)にて張力換算する。この方法で求めた張力は、フォルステライト被膜を除去しなかった面に付与されている張力である。
本発明では、張力がサンプル両面に付与されているので、上記した方法で鋼板の片面の張力を求め、さらに同じ製品の別の場所のサンプルを用いて、反対面の張力を同様の方法で求めて、平均値を導出し、その平均値をサンプルに付与されている張力とする。

【0021】
上記した条件で、鉄損が大幅に改善する理由は、明確にはなっていないが、発明者らは次のように考えている。
(点状照射によって渦電流損の改善代が増加する理由)
鋼板への投入熱量が同じ場合、電子ビームの照射ピッチが狭いと、照射線上の領域に一定量の熱量が投入されて、均一な圧縮応力分布となる。一方、照射ピッチを広くして、局所部により多くの熱量を投入すると、局所的に大きな圧縮応力が付与されて、不均一な応力分布となる。本発明では、これらの圧縮応力分布の差によって、照射部以外へ付与される引張応力分布に差が生じ、渦電流損改善代が向上したものと考えている。
また、ある一定以上の照射ピッチで、渦電流損改善代が低下することも、上記した圧縮応力分布の変化により、圧縮応力が低い領域が増加した結果と考えている。
【0022】
さらに、照射ピッチおよびビーム径以外の照射条件の調整により、ビーム照射面における熱歪み導入領域のスポット径Aと照射ピッチBの比を前述したとおりにする必要がある理由も、この応力不均一を維持するためと考えられる。というのは、照射ピッチおよびビーム径以外の照射条件が不適切な場合、照射ピッチおよびビーム径制御によって発生した応力不均一が容易に解消されてしまうからである。
【0023】
(フォルステライト被膜の張力アップで履歴損劣化が抑制される理由)
本発明では、フォルステライト被膜が鋼板に付与する応力によって、熱歪みにより発生する応力が緩和され、鋼板の履歴損劣化を抑制していると考えられる。
すなわち、熱歪が導入される照射部付近において、磁歪振動波形が歪み、騒音に高調波成分が重畳されることで騒音が増大するが、このような磁歪振動波形の歪みの低減に、フォルステライト被膜の張力をアップすることが極めて有効に作用していると考えられる。
【0024】
次に、製造方法に関するポイントについて述べる。
本発明における製造方法のポイントの一つは、鋼板に付与したフォルステライト被膜の張力をアップさせることである。フォルステライト被膜の張力をアップさせる手段としては、
I 焼鈍分離剤の塗布量を10.0g/m2以上にする、
II 焼鈍分離剤塗布後のコイル巻き取り張力を30〜150N/mm2に制御する、
III 最終仕上げ焼鈍時の冷却過程における700℃までの平均冷却速度を50℃/h以下に制御する
ことが重要である。
【0025】
ここに、最終仕上げ焼鈍はコイル状で行われるため、冷却時に温度ムラが発生しやすく、鋼板の熱膨張量が場所によって異なりやすい、そのために、鋼板のさまざまな方向に応力が付与されることとなる。また、コイルをタイトに巻いている場合、鋼板間の空隙がないため、鋼板に大きな応力が付与されるが、この大きな応力によって、フォルステライト被膜がダメージを受けてしまうこととなる。
従って、フォルステライト被膜へのダメージを抑制するためには、鋼板間に少しの空隙を与えて、鋼板に発生する応力を低減することおよび冷却速度を低減してコイル内の温度差を低減することが有効となる。
【0026】
以下、上記I〜IIIの制御によりフォルステライト被膜の張力がアップする理由を述べる。
焼鈍分離剤は、焼鈍中に水分やCO2などを放出するため、焼鈍分離剤を塗布した領域は、塗布時より体積が減少する。すなわち、体積が減少するということは、塗布領域に空隙が生じることを意味しているので、焼鈍分離剤の塗布量の多少がコイル内の応力緩和に作用することとなる。
従って、本発明では、焼鈍分離剤の目付け量が少ないと空隙が不十分であることから、焼鈍分離剤の塗布量を10.0g/m2以上に限定する。
【0027】
また、巻き取り張力を低減した場合は、高張力で巻き取った場合よりも鋼板間に生じる空隙が増える。その結果、コイル内に発生する応力は低減する。しかしながら、巻き取り張力が低すぎるとコイルが崩れてしまうので低すぎるのも問題がある。従って、冷却時の温度ムラによって発生する応力を緩和し、かつコイルが崩れない巻き取り張力条件が必要であり、その範囲は30〜150N/mm2である。
【0028】
さらに、最終仕上げ焼鈍時の冷却速度を低減すると、鋼板内の温度分布が低減されるため、コイル内応力は緩和される。応力緩和の観点からは、冷却速度は遅ければ遅いほどよいが、生産効率の観点からは好ましくなく、5℃/h以上とするのが好ましい。コイル内応力の緩和を、冷却速度制御のみで行った場合は、冷却速度を5℃/h以上とすることはできないが、本発明では、焼鈍分離剤の塗布量の制御と巻き取り張力の制御とを組み合わせているので、冷却速度が50℃/hまでは許容される。
このように、焼鈍分離剤の塗布量、巻き取り張力および冷却速度の制御を行い、コイル内の応力を緩和させることによって、圧延方向および圧延直角方向のフォルステライト被膜張力をアップさせることが可能になる。
【0029】
ポイントの二つ目は、電子ビーム径を0.5mm以下とし、かつ点状に照射することである。ここに、電子ビーム径が大きすぎると板厚方向への電子ビームの侵入代が小さくなり、最適な応力分布が得られなくなる。よって、電子ビーム径は0.5mm以下とし、できるだけ狭い領域に電子を照射することで、板厚方向へ侵入するエネルギー量を増加させることが必要である。より好ましくは0.3mm以下である。また、電子ビーム径A´と圧延方向と交差する方向の照射ピッチBの比を、次式(2)
1.0≦B/A´≦7.0 ・・・(2)
の範囲に制御することが必要である。
というのは、比(B/A´)が1.0未満では、照射ピッチが狭すぎて不均一な応力分布が発生しないからである。一方、比(B/A´)が7.0超の場合は、応力発生ポイントが離れすぎ、応力が低い領域が発生するため、磁区細分化効果が不十分になり鉄損改善効果が低下する。
【0030】
さらに、上述した照射条件を満足した上で、加速電圧、ビーム電流量およびビーム走査速度といったその他の照射条件を調整し、鋼板に導入する熱量を制御して、ビーム照射面における熱歪み導入領域のスポット径Aと照射ピッチBとの比を、次式(1)
0.5≦B/A≦5.0 ・・・(1)
の範囲に制御することが必要である。
というのは、この関係を満足しないビーム電流値や走査速度を設定した場合は、最適な応力分布が得られないからである。
【0031】
上述した結果を基に、レーザー照射による磁区細分化においても同様の効果を得ることができるか否かにつき、別途検討を行なったが、レーザー照射では電子ビーム照射で認められた効果は見いだせなかった。
というのは、レーザーと電子ビームとで鋼板内における熱の伝わり方が異なる。ここに、電子ビームの方が板厚方向への侵入が容易なので、鋼板に発生する応力分布がそれぞれ異なることが推定される。従って、レーザ照射による磁区細分化の過程においては、鋼板に発生する応力分布が鉄損を低減する領域を生じさせることがなかったためと考えている。
【0032】
次に、本発明に従う方向性電磁鋼板の製造条件に関して具体的に説明する。
本発明において、方向性電磁鋼板用スラブの成分組成は、二次再結晶が生じる成分組成であればよい。
また、インヒビターを利用する場合、例えばAlN系インヒビターを利用する場合であればAlおよびNを、またMnS・MnSe系インヒビターを利用する場合であればMnとSeおよび/またはSを適量含有させればよい。勿論、両インヒビターを併用してもよい。この場合におけるAl、N、SおよびSeの好適含有量はそれぞれ、Al:0.01〜0.065質量%、N:0.005〜0.012質量%、S:0.005〜0.03質量%、Se:0.005〜0.03質量%である。
【0033】
さらに、本発明は、Al、N、S、Seの含有量を制限した、インヒビターを使用しない方向性電磁鋼板にも適用することができる。
この場合には、Al、N、SおよびSe量はそれぞれ、Al:100 質量ppm以下、N:50 質量ppm以下、S:50 質量ppm以下、Se:50 質量ppm以下に抑制することが好ましい。
【0034】
本発明の方向性電磁鋼板用スラブの基本成分および任意添加成分について具体的に述べると次のとおりである。
C:0.08質量%以下
Cは、熱延板組織の改善のために添加をするが、0.08質量%を超えると製造工程中に磁気時効の起こらない50質量ppm以下までCを低減することが困難になるため、0.08質量%以下とすることが好ましい。なお、下限に関しては、Cを含まない素材でも二次再結晶が可能であるので特に設ける必要はない。
【0035】
Si:2.0〜8.0質量%
Siは、鋼の電気抵抗を高め、鉄損を改善するのに有効な元素であるが、含有量が2.0質量%に満たないと十分な鉄損低減効果が達成できず、一方、8.0質量%を超えると加工性が著しく低下し、また磁束密度も低下するため、Si量は2.0〜8.0質量%の範囲とすることが好ましい。
【0036】
Mn:0.005〜1.0質量%
Mnは、熱間加工性を良好にする上で必要な元素であるが、含有量が0.005質量%未満ではその添加効果に乏しく、一方1.0質量%を超えると製品板の磁束密度が低下するため、Mn量は0.005〜1.0質量%の範囲とすることが好ましい。
【0037】
上記の基本成分以外に、磁気特性改善成分として、次に述べる元素を適宜含有させることができる。
Ni:0.03〜1.50質量%、Sn:0.01〜1.50質量%、Sb:0.005〜1.50質量%、Cu:0.03〜3.0質量%、P:0.03〜0.50質量%、Mo:0.005〜0.10質量%およびCr:0.03〜1.50質量%のうちから選んだ少なくとも1種
Niは、熱延板組織を改善して磁気特性を向上させるために有用な元素である。しかしながら、含有量が0.03質量%未満では磁気特性の向上効果が小さく、一方1.5質量%を超えると二次再結晶が不安定になり磁気特性が劣化する。そのため、Ni量は0.03〜1.5質量%の範囲とするのが好ましい。
【0038】
また、Sn、Sb、Cu、P、MoおよびCrはそれぞれ磁気特性の向上に有用な元素であるが、いずれも上記した各成分の下限に満たないと、磁気特性の向上効果が小さく、一方、上記した各成分の上限量を超えると、二次再結晶粒の発達が阻害されるため、それぞれ上記の範囲で含有させることが好ましい。
なお、上記成分以外の残部は、製造工程において混入する不可避的不純物およびFeである。
【0039】
次いで、上記した成分組成を有するスラブは、常法に従い加熱して熱間圧延に供するが、鋳造後、加熱せずに直ちに熱間圧延してもよい。薄鋳片の場合には熱間圧延しても良いし、熱間圧延を省略してそのまま以後の工程に進んでもよい。
【0040】
さらに、必要に応じて熱延板焼鈍を施す。この時、ゴス組織を製品板において高度に発達させるためには、熱延板焼鈍温度として800〜1100℃の範囲が好適である。熱延板焼鈍温度が800℃未満であると、熱間圧延でのバンド組織が残留し、整粒した一次再結晶組織を実現することが困難になり、二次再結晶の発達が阻害される。一方、熱延板焼鈍温度が1100℃を超えると、熱延板焼鈍後の粒径が粗大化しすぎるために、整粒した一次再結晶組織の実現が極めて困難となる。
【0041】
熱延板焼鈍後は、1回または中間焼鈍を挟む2回以上の冷間圧延を施した後、再結晶焼鈍を行い、焼鈍分離剤を塗布する。焼鈍分離剤を塗布した後に、二次再結晶およびフォルステライト被膜の形成を目的として最終仕上げ焼鈍を施す。
【0042】
最終仕上げ焼鈍後には、平坦化焼鈍を行って形状を矯正することが有効である。なお、本発明では、平坦化焼鈍前または後に、鋼板表面に絶縁コーティングを施す。ここに、この絶縁コーティングは、本発明では、鉄損低減のために、鋼板に張力を付与できるコーティング(以下、張力コーティングという)を意味する。なお、張力コーティングとしては、シリカを含有する無機系コーティングや物理蒸着法、化学蒸着法等によるセラミックコーティング等が挙げられる。
【0043】
本発明では、上述した最終仕上げ焼鈍後または張力コーティング後の方向性電磁鋼板に、いずれかの時点で鋼板表面に電子ビームを照射することにより、磁区細分化を施す。本発明で電子ビームを照射する場合、10〜200kVの加速電圧で、0.1〜100mAの電流値とすることが好ましい。また、本発明では、圧延方向に、1〜20mm程度の間隔で電子ビームの照射を施すことが好ましい。なお、鋼板に付与される塑性歪の深さは、10〜40μm程度とするのが好適である。
本発明において電子ビームの照射方向は、圧延方向と交差する方向に行う必要があるが、この照射方向は、圧延方向に45〜90度程度の方向に対して行うことが好ましい。
【0044】
本発明において、上述した工程や製造条件以外については、従来公知の電子ビームを用いた磁区細分化処理を施す方向性電磁鋼板の製造方法を適用することができる。
【実施例】
【0045】
〔実施例1〕
表1に示す成分組成になる鋼スラブを連続鋳造にて製造し、1430℃に加熱後、熱間圧延により板厚:1.6mmの熱延板としたのち、1000℃で10秒の熱延板焼鈍を施した。ついで、冷間圧延により中間板厚:0.55mmとし、酸化度PH2O/PH2=0.37、温度:1100℃、時間:100秒の条件で中間焼鈍を実施した。その後、塩酸酸洗により表面のサブスケールを除去したのち、再度、冷間圧延を実施して、板厚:0.23mmの冷延板とした。
【0046】
ついで、酸化度PH2O/PH2=0.45、均熱温度:850℃で150秒保持する脱炭焼鈍を施したのち、MgOを主成分とする焼鈍分離剤を塗布した。このとき表2に示すように、焼鈍分離剤塗布量と焼鈍分離剤塗布後の巻き取り張力を変化させた。その後、二次再結晶と純化を目的とした最終仕上げ焼鈍を1180℃、60hの条件で実施した。
この最終仕上げ焼鈍では、700℃以上の温度領域の冷却過程における平均冷却速度を変化させた。ついで、50%のコロイダルシリカとリン酸マグネシウムからなる張力コーティングを付与した。
【0047】
その後、加速電圧:50kV, ビーム電流:2.0mA,ビーム走査速度:15m/秒、ビーム径:0.18mm、圧延方向の照射間隔:6.0mm、圧延方向と交差する方向の照射ピッチ:0.5mm圧延方向と交差する角度:80度の照射条件で点状に電子ビームを照射する磁区細分化処理を施して製品とし、鉄損および被膜張力を測定した。
ついで、各製品を斜角せん断し、750kVAの三相トランスを組み立て、50Hz、1.7Tで励磁した状態での鉄損および騒音を測定した。本トランスにおける騒音の設計値は62dBである。
上記した鉄損および騒音の測定結果を表2に併記する。
【0048】
【表1】

【0049】
【表2】

【0050】
表2に示したとおり、電子ビームによる磁区細分化処理を施し、本発明の範囲を満足する方向性電磁鋼板を用いた場合、実機トランスの騒音は低く、設計値を満足する特性が得られている。また、鉄損特性の劣化も抑制されている。
これに対し、No.2,3,8,11は焼鈍分離剤の塗布量が本発明の範囲外、No.10,11,12は巻き取り張力が本発明の範囲外、No.7,12は冷却速度が本発明の範囲外となっており、鋼板に付与した張力が本発明を満足しておらず、そのいずれもが騒音の設計値を満足していない。
【0051】
〔実施例2〕
表1に示す成分組成になる鋼スラブを連続鋳造にて製造し、1430℃に加熱後、熱間圧延により板厚:1.6mmの熱延板としたのち、1000℃で10秒の熱延板焼鈍を施した。ついで、冷間圧延により中間板厚:0.55mmとし、酸化度PH2O/PH2=0.37、温度:1100℃、時間:100秒の条件で中間焼鈍を実施した。その後、塩酸酸洗により表面のサブスケールを除去したのち、再度、冷間圧延を実施して、板厚:0.23mmの冷延板とした。
【0052】
ついで、酸化度PH2O/PH2=0.45、均熱温度:850℃で150秒保持する脱炭焼鈍を施したのち、MgOを主成分とする焼鈍分離剤を塗布した。このとき、焼鈍分離剤の塗布量は12g/m2、巻き取り張力は60N/mm2とした。その後、二次再結晶と純化を目的とした最終仕上げ焼鈍を1180℃、60hの条件で実施した。この二次再結晶焼鈍の冷却過程において700℃までの平均冷却速度を15℃/hとした。ついで、50%のコロイダルシリカとリン酸マグネシウムからなる張力コーティングを付与した。
【0053】
その後、電子ビームおよびレーザで磁区細分化処理を行い、製品とし、鉄損および被膜張力を測定した。なお、電子ビーム・レーザともに、ビーム径および圧延方向と交差する方向の照射ピッチ、またビーム電流値および走査速度については表3に示すように変化させた。そのほかの条件はそれぞれ以下の通りである。
a) 電子ビーム:加速電圧:150kV 、圧延方向の照射間隔:5mm、圧延方向と交差する角度:90度
b) レーザ:波長:0.53μmのパルスレーザ、ビーム走査速度:300mm/秒、レーザ出力:15W、圧延方向の照射間隔:5mm
ついで、各製品を斜角せん断し、500kVAの三相トランスを組み立て、50Hz、1.7Tで励磁した状態での鉄損および騒音を測定した。本トランスにおける騒音の設計値は55dBである。
上記した鉄損および騒音の測定結果を表3に併記する。
【0054】
【表3】

【0055】
表3に示したとおり、電子ビームによる磁区細分化処理を施し、本発明の範囲を満足する方向性電磁鋼板を用いた場合、実機トランスの騒音は低く、設計値を満足する特性が得られている。また、鉄損特性の劣化も抑制されている。
これに対し、レーザーで磁区細分化を行ったNo.6,8,10の比較例、また電子ビームによる磁区細分化処理を施したものの、熱歪み導入領域のスポット径Aやビーム径A’、これらと照射ピッチBとの関係などが本発明の範囲外であるNo.2,4,5,9,12,13,14の比較例は、そのいずれもが鉄損性に劣っていた。


【特許請求の範囲】
【請求項1】
表面にフォルステライト被膜をそなえ、電子ビーム照射による磁区細分化処理済の方向性電磁鋼板であって、該フォルステライト被膜による鋼板への付与張力が、圧延方向および圧延方向と直角な方向ともに2.0MPa以上であり、かつ電子ビーム照射面における熱歪み導入領域の直径Aと照射ピッチBとが、次式(1)
0.5≦B/A≦5.0 ・・・(1)
の関係を満足することを特徴とする方向性電磁鋼板。
【請求項2】
方向性電磁鋼板用スラブを、熱間圧延し、ついで必要に応じて熱延板焼鈍を施したのち、1回または中間焼鈍を挟む2回以上の冷間圧延を施して、最終板厚に仕上げたのち、脱炭焼鈍を施し、ついで鋼板表面にMgOを主成分とする焼鈍分離剤を塗布してから、最終仕上げ焼鈍を行った後、張力コーティングを施し、該仕上げ焼鈍後または該張力コーティング後に、電子ビーム照射による磁区細分化処理を行う方向性電磁鋼板の製造方法において、
(i) 焼鈍分離剤の目付け量を10.0g/m2以上とする、
(ii) 焼鈍分離剤塗布後のコイル巻き取り張力を30〜150N/mm2の範囲とする、
(iii) 最終仕上げ焼鈍工程の冷却過程における700℃までの平均冷却速度を50℃/h以下に制御する、
(iv) 電子ビーム径を0.5mm以下とし、かつ電子ビーム径A´と照射ピッチBとを、次式(2)
1.0≦B/A´≦7.0 ・・・(2)
の範囲に制御する、
(v) 電子ビーム径と照射ピッチ以外の照射条件を調整して、ビーム照射面における熱歪み導入領域の直径Aと照射ピッチBとを、次式(1)
0.5≦B/A≦5.0 ・・・(1)
の範囲に制御する
ことを特徴とする方向性電磁鋼板の製造方法。



【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2012−36445(P2012−36445A)
【公開日】平成24年2月23日(2012.2.23)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−178002(P2010−178002)
【出願日】平成22年8月6日(2010.8.6)
【出願人】(000001258)JFEスチール株式会社 (8,589)
【Fターム(参考)】