説明

施釉された製品へのインクジェット印刷用のインクセット

【課題】ガラス釉薬が表面に設けられた琺瑯やタイルにインクジェット印刷でき、500℃以上の温度で焼成された時に、インクとガラス釉薬成分との化学反応によって、高い明度と彩度が発現するCMYK4色の水性遷移金属塩インクとガラス釉薬成分で構成するインクセットを提供する。
【解決手段】琺瑯やタイルのガラス釉薬成分にチタン、アンチモン、或いはニオブ酸化物の少なくとも1種類を0.1−10%含有させることによって、遷移金属塩のアミン中和水溶液からなるシアン(C)、マゼンタ(M)、イエロー(Y)及びブラック(K)インク4原色と焼成時に化学反応させ、インクの発色を高明度、高彩度にする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、琺瑯やタイルのようにガラス釉薬層をもつ製品の表面にインクジェット印刷され、500℃以上の高温で焼成された時に、そのインク中の遷移金属と釉薬中の特定元素成分との化学反応によって発色するインクジェット印刷用インクセットに関する。
【背景技術】
【0002】
現在、琺瑯やタイル表面の加飾には、スクリ−ン印刷、ロ−ル印刷や転写紙が使用されている。スクリ−ン印刷やロ−ル印刷の場合、先ず得たい模様のスクリ−ンやゴム版と、ガラスと有色無機顔料を水と共に粉砕した着色ペ−ストを用意する。該着色ペ−ストを施釉されたタイル表面に印刷転写した後、700℃から1200℃以上の高温で焼成し、溶融した釉薬層の上にその装飾が完成する。しかし、これらの方法は、所謂解像度の高い繊細な模様の形成には適していない。緻密な線や点を形成しようとしても、ガラスや無機顔料の微粉砕や、スクリ−ンの目開きやロ−ルの微細加工には限界があるからである。
【0003】
また、複雑な多色印刷を実施する場合、希望する色の数だけ調色した顔料ペ−ストが必要となり、インクセットでのインクジェット印刷のように、基本原色の使用によって希望する中間色を瞬時に作り出すことはできない。
【0004】
水性の遷移金属塩や錯体がガラス釉薬上で発色することは知られており、例えば特許文献1には、有機金属キレート化合物インクでセラミックへの焼成回路作成方法が記載されているが、これは単色や数色のインクのみに関するものであり、印刷品質の高い明度や彩度を合わせ持つCMYK4原色揃ったインク成分についての報告は無い。
【0005】
ガラス釉薬が施された層は吸水性があり容易に水性インクが表面に定着するが、そのインクは、焼成時に溶融したガラス釉薬層に浸透し、釉薬中の特定の元素成分との化学反応によって狙った色相が発現すること、また、その明度や彩度が、その発色に影響を与えるガラス釉薬中の特定元素成分の種類と量によって決定されるという原理認識は全く無い。同じく特許文献2および3にも、セラミック基材印刷へのインクセットの概念やガラス釉薬との化学反応による発色についての知見は、全く見られない。これらの特許記載のインクでは満足する明度、彩度を得ることは到底不可能である。具体的には、これらのインクでガラス釉薬上に印刷し焼成しても、非常に薄い発色しか得ることはできない。
【0006】
工業的価値のあるインクジェットインクは、高印刷品質のCMYK4原色があって始めて、それらの混色で発現する中間色も高品質にすることができるものである。
【特許文献1】特開昭63−283981号公報
【特許文献2】特開2004−256319号公報
【特許文献3】特許第3789860号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、上記の実情に鑑み、ガラス釉薬層の特定成分元素とCMYK4色水性金属塩インクとの化学反応を利用して、高印刷品質の琺瑯やタイル用インクセットを供給するものである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の水性インクセットでは、各々のインクは、水、水溶性有機溶媒、染料、500℃以上の焼成で分解する水溶性遷移金属塩或いは水溶性遷移金属錯体と、中和安定化及びpH調整の水溶性アミン類を含有する。このインクセットで琺瑯やタイル釉薬面に印刷焼成すると、CMKについては満足な発色が得られるものの、Yについては非常に弱く薄い黄色しか得られずインクセットとしては不十分である。黄色が発色しなければ、特に緑系の発色は得ることができない。
【0009】
しかしながら、ガラス釉薬中に、チタン、アンチモン或いはニオブの少なくとも1種類の酸化物を含有させることによって非常に強い黄色発色を得ることを見出した。その量は、少なくとも1種の酸化物が釉薬成分中に0.1−10%である。該酸化物の含有量が0.1%未満であると、不十分な黄色発色しか得られないし、また、10%を超えると、赤味が強い黄色、黄土色や茶色発色となる。その時、他のCMK色も強く影響を受け、色が暗くくすみ、高い明度と彩度を持つ基本4原色を得ることができなくなる。
【0010】
請求項1に係る発明は、施釉されるガラス釉薬中に、チタン、アンチモンおよびニオブの少なくとも1種の酸化物が0.1−10%含まれてなる釉薬組成物である。
【0011】
請求項2に係る発明は、被印刷物に請求項1に記載のガラス釉薬組成物から形成された釉薬層の表面にインクジェット印刷を施すための、シアン(C)インク組成物、マゼンタ(M)インク組成物、イエロー(Y)インク組成物およびブラック(K)インク組成物からなるインクセットであって、各インク組成物は、500℃以上の焼成で分解し、ガラス釉薬中の該元素との化学反応によって有色酸化物を生成する水溶性遷移金属塩または水溶性遷移金属錯体と、同金属塩または金属錯体の中和安定化およびpH調整のためのアミン類とを含有するインクジェット印刷用インクセットである。
【0012】
請求項3に係る発明は、施釉されるガラス釉薬中に、チタン、アンチモンおよびニオブの少なくとも1種の酸化物が0.1−10%含まれてなる釉薬組成物である。
【0013】
請求項4に係る発明は、請求項2記載のシアン(C)インク組成物が、水溶性コバルト塩または水溶性コバルト錯体と、アミン類からなるインクジェット印刷用インクセットである。
【0014】

請求項5に係る発明は、請求項2記載のマゼンタ(M)インク組成物が、水溶性金塩または水溶性金錯体と、アミン類からなるインクジェット印刷用インクセットである。
【0015】
請求項6に係る発明は、請求項2記載のイエロー(Y)インク組成物が、水溶性クロム塩若しくは水溶性クロム錯体、または水溶性ニッケル塩若しくは水溶性ニッケル錯体とアミン類からなるインクジェット印刷用インクセットである。
【0016】
請求項7に係る発明は、請求項2記載のブラック(K)インク組成物が、水溶性ルテニウム塩または水溶性ルテニウム錯体と、アミン類からなるインクジェット印刷用インクセットである。
【0017】
以下、本発明インクを詳細に説明する。
【0018】
シアンインクとなる水溶性のコバルト塩及び錯体としては、塩化コバルト、硝酸コバルト、硫酸コバルト、酢酸コバルト、クエン酸コバルト、グルコン酸コバルトやアセチルアセトナトコバルト等が適している。これらを希望するシアン色調によって混合して使用することや、他の水溶性の遷移金属塩や錯体と併用することは可能である。
【0019】
マゼンタインクとなる水溶性の金塩や錯体としては、塩化金、テトラクロロ金酸ナトリウムや金コロイド等が適している。これらを希望するアゼンタ色調によって混合して使用することや、他の水溶性の遷移金属塩や錯体と併用することは可能である。
【0020】
イエロ−インクとなる水溶性のクロム塩や錯体としては、塩化クロム、酢酸クロム、硫酸クロム、硝酸クロム、アセチルアセトナトクロム等が、また、水溶性のニッケル塩及び錯体は、塩化ニッケル、酢酸ニッケル、硫酸ニッケル、硝酸ニッケル、アセチルアセトナトニッケル等が適している。これらを希望するイエロ−色調によって同じ金属同士混合して使用すること、相互に併用すること、或いはバナジウムやチタンのような他の水溶性の遷移金属や錯体と併用することは可能である。
【0021】
黒インクとなる水溶性のルテニウム塩や錯体としては、塩化ルテニウム、ニトロシル塩化ルテニウムやルテニウムレッド等が適している。これらを希望するブラック色調によって混合して使用することや、他の水溶性の遷移金属塩や錯体と併用することは可能である。これら水溶性遷移金属塩または遷移金属錯体は、5から70%の範囲で使用されるが、好ましい色相は、5から30%である。
【0022】
これらのインクを中和安定化し、pHを調整するために使用される水溶性アミン類は、メチルアミン、エチルアミンのような第一級アミン、ジメチルアミンやジエチルアミンのような第二級アミン、トリメチルアミン、トリエチルアミン、トリエタノ−ルアミンやN,N−ジイソプロピルエチルアミンのような第三級アミンの少なくとも一種から選ばれる。これらの一種或いは数種は、4色すべてのインクに使用しても或いは一つのインクのみに使用しても良い。中和剤の添加量は、使用される金属塩或いは金属錯体量によるが、1.0から20%の範囲が好ましい。
【0023】
また、これらの各インクは、500℃以上の高温で焼成されて始めてガラス釉薬成分と反応して発色するが、インク水溶液の色そのものは薄く焼成後の色とは大きく異なるため、焼成前の色と焼成後の色が合致するよう各インクは染料で着色するほうが望ましい。そのために、酸性液で安定な各色の染料を0.5から2.0%添加する。
【0024】
インクの粘度、表面張力の調節や、ノズル部分でのインクの乾燥や固化を防止するために、アルコ−ル類、グリコ−ル類やグリセリンが、単独或いは混合してインクの5−40%の範囲で使用される。代表的なものとして、イソプロピルアルコ−ル、エチレングルコ−ル、1、3プロパンジオ−ル、トリエチレングルコ−ル等が挙げられる。
【0025】
更に、プリンタ−との濡れ性や吐出安定性を付与するための界面活性剤、消泡剤、防黴剤等も1.0%以下の量で使用することができる。
【発明の効果】
【0026】
本発明によれば、琺瑯やタイルのガラス釉薬成分にチタン、アンチモン、或いはニオブ酸化物の少なくとも1種類が0.1−10%含有されているので、インクジェット印刷用インクセット中の遷移金属塩または遷移金属錯体が500℃以上の焼成で分解し、ガラス釉薬中の該元素との化学反応によって有色酸化物を生成し、インクの発色を高明度、高彩度にする。
【発明を実施するための最良の形態】
【0027】
つぎに、本発明を具体的に説明するために、本発明の実施例およびこれとの比較を示すための比較例をいくつか挙げる。
【0028】
下記配合でタイル用ガラス釉薬と琺瑯用ガラス釉薬を作製し、また、CMYKインクセットを作製した。これらを表1,表2および表3にそれぞれ示す。
【0029】

タイル用ガラス釉薬
【表1】

【0030】
11-3870,12-3699は、東罐マテリアル・テクノロジー製タイル用透明釉薬。
【0031】
SGX-1135は、同じくタイル用アンチモン釉薬。
【0032】
酸化チタン、三酸化アンチモンおよび五酸化ニオブを全く含まないT1およびT6の釉薬は、本発明に対応しないものであるが、比較のために示す。
【0033】

琺瑯用ガラス釉薬
【表2】

【0034】
06-1603,06-1613は、東罐マテリアル・テクノロジー製琺瑯用アンチモン釉薬。
【0035】
02-1139は、同じく琺瑯用チタン釉薬。
【0036】
酸化チタンおよび三酸化アンチモンを全く含まないH1,H3およびH5の釉薬は、本発明に対応しな いものであるが、比較のために示す。
【0037】

CMYKインクセット組成
【表3】

【0038】
実施例1および比較例1
IJ-1のインクジェットインクセットをプリンターにセットし、タイル用ガラス釉薬T1-T9組成で施釉された各々のタイルの上に、CMYK4色を720×720DPIの解像度でベタ印刷した。それらをローラーハースキルンで、最高温度は1150℃、40分間焼成した。それらの測色値を表4に示す。
【0039】
表4からわかるように、酸化チタン、三酸化アンチモンおよび五酸化ニオブを全く含まないT1およびT6の釉薬を用いた比較例1では、黄色の発色が非常に薄く弱かった。これに対し、該元素を配合した釉薬を用いた実施例1では、高明彩度の黄色が発現した。
【表4】

【0040】
実施例2および比較例2
IJ-1のインクジェットインクセットで、琺瑯用ガラス釉薬H1-H6組成で施釉された各々の琺瑯板の上に実施例1と同じ操作で印刷を行ない、800℃で2分間焼成した。それらの測色値を表5に示す。
【0041】
表5からわかるように、酸化チタンおよび三酸化アンチモンを全く含まないH1,H3およびH5の釉薬を用いた比較例2では、黄色の発色が非常に薄く弱く、インクセットの1原色として機能しない。これに対し、該元素を配合した釉薬を用いた実施例2では、高明彩度の黄色が発現した。
【表5】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
施釉されるガラス釉薬中に、チタン、アンチモンおよびニオブの少なくとも1種の酸化物が0.1−10%含まれてなる釉薬組成物。
【請求項2】
被印刷物に請求項1に記載のガラス釉薬組成物から形成された釉薬層の表面にインクジェット印刷を施すための、シアン(C)インク組成物、マゼンタ(M)インク組成物、イエロー(Y)インク組成物およびブラック(K)インク組成物からなるインクセットであって、各インク組成物は、500℃以上の焼成で分解し、ガラス釉薬中の該元素との化学反応によって有色酸化物を生成する水溶性遷移金属塩または水溶性遷移金属錯体と、同金属塩または金属錯体の中和安定化およびpH調整のためのアミン類とを含有するインクジェット印刷用インクセット。
【請求項3】
請求項2記載のアミン類が、第一級アミン、第二級アミンおよび第三級アミンの内から選ばれた少なくとも一種であるインクジェット印刷用インクセット。
【請求項4】
請求項2記載のシアン(C)インク組成物が、水溶性コバルト塩または水溶性コバルト錯体と、アミン類からなるインクジェット印刷用インクセット。
【請求項5】
請求項2記載のマゼンタ(M)インク組成物が、水溶性金塩または水溶性金錯体と、アミン類からなるインクジェット印刷用インクセット。
【請求項6】
請求項2記載のイエロー(Y)インク組成物が、水溶性クロム塩若しくは水溶性クロム錯体、または水溶性ニッケル塩若しくは水溶性ニッケル錯体とアミン類からなるインクジェット印刷用インクセット。
【請求項7】
請求項2記載のブラック(K)インク組成物が、水溶性ルテニウム塩または水溶性ルテニウム錯体と、アミン類からなるインクジェット印刷用インクセット。

【公開番号】特開2010−89992(P2010−89992A)
【公開日】平成22年4月22日(2010.4.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−261479(P2008−261479)
【出願日】平成20年10月8日(2008.10.8)
【出願人】(000229874)東罐マテリアル・テクノロジー株式会社 (27)
【Fターム(参考)】