説明

木造建築物用制震ダンパー

【課題】 粘弾性ダンパーおよび摩擦ダンパーの双方の利点を有し、既設の木造建築物にも容易に取り付け可能で、コンパクトな木造建築物用制震ダンパーを提供する。
【解決手段】 梁に固定される変位板部材12の変位端12bと柱に固定される固定板部材13の固定対向面部13aとの間に、変位板部材12の突出方向に沿ってせん断変形可能な粘弾性体14が設けられ、粘弾性ダンパー構造が構成される。また、粘弾性体14と固定板部材13との間には、カバー部材15が設けられており、固定板部材13の固定対向面部13aとカバー部材15の背面部15aとは、突出方向の直交方向に沿って摺動可能に対向している。固定対向面部13aと背面部15aとの間には摩擦材16等の摩擦付与部が介在しており、これにより摩擦ダンパー構造が構成される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、木造建築物用制震ダンパーに関し、特に、木造建築物を新築する際にも取り付けることができるだけでなく、既設の木造建築物に対して耐震補強のために後付けで用いることができる木造建築用制震ダンパーに関する。
【背景技術】
【0002】
従来から、木造建築物の耐震性を向上するために、さまざまな耐震構造が開発され、また実用化がされており、代表的な耐震構造の一つとして制震ダンパーが挙げられる。制震ダンパーは、地震の揺れによる変位を減衰するための構造を含んでおり、当該変位を収束させて木造建築物の変形を小さくする。
【0003】
具体的な制震ダンパーとしては、例えば、鋼材や鉛等の金属の変形を利用したダンパー、摩擦力によるエネルギー消費を利用した摩擦ダンパー、粘弾性体による速度依存型の粘弾性抵抗を利用した粘弾性ダンパー等が知られている。さらに最近では、摩擦ダンパーと粘弾性ダンパーとを組み合わせた耐震構造も提案されている。
【0004】
例えば、特許文献1には、粘弾性ダンパーと摩擦ダンパーとを直列に組み合わせた制振部材が開示されている。この制振部材では、摩擦材を介して摩擦摺動部材と圧接部材とを締付け手段で押圧して成形した摩擦ダンパーが用いられ、また、粘弾性ダンパーとしては、その変形上限値を摩擦ダンパーの滑り荷重と当該粘弾性ダンパーの剛性との比になるように設定したものが用いられている。特許文献1では、制振部材の具体的な例として、ブレース(筋交い)への適用が開示されている。
【0005】
また、特許文献2には、粘弾性ダンパーと摩擦ダンパーとが直列に設けられた構成の制震構造が開示されている。この制震構造では、柱と横架材とで形成される軸組フレーム内に、粘弾性ダンパーと摩擦ダンパーとを直列で接続した複合ダンパーが架設されており、粘弾性ダンパーには、粘弾性体のせん断変形を規制するストッパ機構が設けられている。特許文献2においても、制震構造の具体的な例として、ブレースへの適用が開示されている。
【0006】
特許文献1および2のいずれの技術においても、適用例としてブレースが開示されている。ブレースは柱と梁との構面内に設けられる斜材であって、それ自体で耐震性を向上させることができる。それゆえ、このブレースに制振部材や耐震構造を適用することで、木造建築物のさらなる耐震性の向上を図ることが可能である。
【0007】
ところで、木造建築物の耐震性能の向上に関しては、ブレースを設けることに加えて、柱および梁の交点である仕口を強化することも重要となる。仕口は、柱や梁等の軸組材の接続部位であるため、木造軸組構造において力が集中しやすい部位である。それゆえ、仕口には十分な強度が求められるので、軸組材の接合箇所にはさまざまな凹凸形状(ほぞ、ほぞ穴等)が施され、この凹凸形状を互いに組み合わせることで仕口が構成される。地震の揺れによって仕口が外れると、木造軸組構造が崩れてしまい、木造建築物の破損等を招く可能性がある。
【0008】
そこで、仕口を補強する制震ダンパーすなわち仕口ダンパーも、従来からさまざまな構成のものが開示されている。具体的には、例えば、特許文献3には、仕口を構成する一方の軸組材に固定される直角二等辺三角形状の変位板と、他方の軸組材に固定される直角二等辺三角形状の変位板と、これら変位板の間の間隙に充填された粘弾性体と、から構成される粘弾性ダンパーが開示されている。この粘弾性ダンパーは、地震時に生ずる仕口部の回転変形を利用して、変位板同士を変位板面内の相反する方向に回転変位させることで、粘弾性体のせん断変形により地震エネルギーを吸収している。
【0009】
前記構成の仕口ダンパー(粘弾性ダンパー)は、構造がコンパクトであり、かつ、各変位板をそれぞれ軸組材に固定する程度でよいので、木造建築物への取り付けも容易となる。それゆえ、木造建築物を新築する際に用いることができるだけでなく、既設の木造建築物に後から取り付けることができ、施工性にも優れたものとなっている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開2001−342749号公報
【特許文献2】特開2006−257674号公報
【特許文献3】特許3667123号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
前述した特許文献1および2に開示の技術は、いずれも粘弾性ダンパーおよび摩擦ダンパーとの組合せからなる耐震構造体であるため、それぞれの制震ダンパーの特性を生かすことができるので、耐震性のさらなる向上を図ることが可能である。しかしながら、その基本構成は、粘弾性ダンパーと摩擦ダンパーとを単純に直列に接続した構造であることから、耐震構造体として見れば、各ダンパーの接続方向に長尺化してしまう。実際、いずれの特許文献においても、実質的に長尺部材であるブレースへの適用が開示されているのみである。それゆえ、前記構成の耐震構造体は、公知の仕口ダンパーのように、既設の木造建築物に取り付けることが難しく、また、基本構成である粘弾性ダンパーおよび摩擦ダンパーの接続構造は長尺化するため仕口ダンパーに適用することが難しい。
【0012】
一方、前述した特許文献3に開示の技術は、一対の変位板の間にシート状の粘弾性体を挟持し、仕口を構成する各軸組材にそれぞれの変位板を固定する構成であるため、コンパクトな構造を実現することができる。しかしながら、揺れによる変位を減衰するための構成は粘弾性体のみであり、摩擦ダンパー等の他の構成を含んでいないため、特許文献1および2に開示の耐震構造体と比較すれば、耐震性に向上の余地がある。
【0013】
本発明はこのような課題を解決するためになされたものであって、粘弾性ダンパーおよび摩擦ダンパーの双方の利点を有し、かつ、既設の木造建築物にも容易に取り付けることができる、コンパクトな木造建築物用制震ダンパーを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明に係る木造建築物用制震ダンパーは、前記の課題を解決するために、第一軸組材および第二軸組材を交差する方向に接合した接合部を補強する木造建築物用制震ダンパーであって、前記第一軸組材および前記第二軸組材により形成される交差角を挟んで、これら軸組材のそれぞれに固定される第一剛性体および第二剛性体を備え、当該第一剛性体および第二剛性体は互いに対向する対向面部を有し、さらに、前記各対向面部の間の位置で、前記第一剛性体に固定され、少なくとも前記第一軸組材に交差する方向に沿ってせん断変形可能に構成されている粘弾性体と、当該粘弾性体の周囲の少なくとも一部を覆い、前記第二剛性体の前記対向面部に対応する背面部を有するカバー部材と、当該カバー部材の前記背面部と、前記第二剛性体の前記対向面部とを対向させた状態で、前記第二軸組材に交差する方向に沿って摺動可能に当該カバー部材を保持する摺動保持部と、前記カバー部材と前記第二剛性体との間に設けられ、両者の摺動に対して摩擦抵抗を付与する摩擦付与部と、を備えている構成である。
【0015】
前記構成の木造建築物用制震ダンパーにおいては、前記摩擦付与部は、前記カバー部材の背面部および前記第二剛性体の対向面部との間に配置される摩擦材である構成であってもよい。
【0016】
また、前記構成の木造建築物用制震ダンパーにおいては、前記摩擦付与部は、前記カバー部材の背面部および前記第二剛性体の対向面部を粗面加工し、これら面同士を直接当接させて構成されている構成であってもよい。
【0017】
また、前記構成の木造建築物用制震ダンパーにおいては、前記摺動保持部は、少なくとも、前記第二軸組材に交差する方向に沿って、前記カバー部材または前記第二剛性体に設けられている長円状の貫通孔と、当該貫通孔に貫通した状態で前記第二剛性体または前記カバー部材に固定され、前記貫通孔の長手方向に沿って移動可能な軸部材と、から構成されていてもよい。
【0018】
また、前記構成の木造建築物用制震ダンパーにおいては、前記カバー部材の内面に設けられ、前記粘弾性体が予め設定される上限値までせん断変形したときに当該粘弾性体の外周面に当接し、前記上限値を超えるせん断変形を防止する過剰変形防止部材をさらに備えている構成であってもよい。
【0019】
また、前記構成の木造建築物用制震ダンパーにおいては、前記粘弾性体は、弾性を有する容器内にダイラタンシー材を封入したものである構成であってもよい。
【0020】
また、前記構成の木造建築物用制震ダンパーにおいては、前記第二剛性体、前記粘弾性体、前記カバー部材、前記摺動保持部、および前記摩擦付与部は、ユニット化された複合ダンパー部として構成され、前記第一剛性体は、前記第二軸組材に沿って延伸するように設けられる長板状の側部を有し、前記複合ダンパー部は、前記第一剛性体に対しては、前記側部の長手方向のいずれの箇所にも取り付け可能に構成されてもよい。
【発明の効果】
【0021】
以上のように、本発明は、粘弾性ダンパーおよび摩擦ダンパーの双方の利点を有し、かつ、既設の木造建築物にも容易に取り付けることができる、コンパクトな木造建築物用制震ダンパーを提供することができる、という効果を奏する。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【図1】本発明の実施の形態1に係る木造建築物用制震ダンパーを軸組材の接合部(仕口)に取り付けた構成の一例を正面図、側面図および下面図の対比で示す模式的対比図である。
【図2】図1に示す木造建築物用制震ダンパーの要部である複合ダンパー部の構成の一例を正面図および下面図の対比で示す模式的対比図である。
【図3】図2に示す複合ダンパー部が備える粘弾性体の構成の一例を示す模式的分解図である。
【図4】(a)は、図1に示す木造建築物用制震ダンパーを取り付けた接合部が地震の揺れを受けて変形したときの状態を示す模式的平面図であり、(b)は、(a)に示す状態における複合ダンパー部の動作の一例を下方から示す模式的部分断面図である。
【図5】(a)は、図4(a)に示す接合部が地震の揺れを受けて変形したときの状態を側方から示す模式的側面図であり、(b)は、(a)に示す状態における複合ダンパーの動作の一例を水平方向の断面で示す模式的部分断面図である。
【図6】本発明の実施の形態に係る木造建築物用制震ダンパーを用いる際に想定される木造建築物の構造特性を、荷重−変形関係で示すグラフである。
【図7】(a),(b)は、図1に示す木造建築物用制震ダンパーにおいて、固定板部材の柱への固定位置を変えた例を示す模式的正面図である。
【図8】(a),(b)は、本発明の実施の形態2に係る木造建築物用制震ダンパーの複合ダンパー部の他の構成を示す模式的下面図である。
【図9】(a)は、本発明の実施の形態2に係る木造建築物用制震ダンパーの複合ダンパー部のさらに他の構成を示す模式的下面図であり、(b)は、(a)に示す複合ダンパー部の構成の一例を、水平方向の断面および側面図の対比で示す模式的対比図である。
【発明を実施するための形態】
【0023】
以下、本発明の好ましい実施の形態を、図面を参照しながら説明する。なお、以下では全ての図を通じて同一又は相当する要素には同一の参照符号を付して、その重複する説明を省略する。
【0024】
(実施の形態1)
[木造建築物用制震ダンパーの基本構成]
まず、本発明の実施の形態1に係る木造建築物用制震ダンパーの基本構成の代表例について、図1を参照して具体的に説明する。なお、以下の説明では、便宜上、本発明に係る木造建築物用制震ダンパーを単に「制震ダンパー」と略す。
【0025】
図1に示すように、本実施の形態に係る制震ダンパー10は、木造建築物を構成する軸組材20を交差する方向に接合した接合部を補強するために、それぞれの軸組材20に取り付けられる。図1に示す例では、軸組材20として梁21および柱22を例示しており、これら梁21および柱22の接合部である仕口を補強するために、制震ダンパー10が取り付けられている。
【0026】
なお、図1は、向かって左上の平面図と、これに対応する側面図(平面図の向かって右側の図)および下面図(平面図の下の図)との三図を対比した図である。各図の対比関係は一点鎖線で示している。また、側面図は、平面図を二点鎖線矢印Iで示す方向から目視した図に対応し、下面図は、平面図を二点鎖線矢印IIで示す方向から目視した図に対応する。
【0027】
制震ダンパー10は、図1の平面図および側面図に示すように、複合ダンパー部11Aおよび変位板部材12を備えており、複合ダンパー部11Aには固定板部材13が含まれている。変位板部材12および固定板部材13は、いずれも制震ダンパー10において軸組材20に固定される剛性体である。
【0028】
変位板部材12は、仕口(接合部)を構成する軸組材20の一方(第一軸組材、図1では梁21)に固定される板状部材であり、本実施の形態では、略直角三角形の外形を有している。そして、直角を形成する二辺のうち一方は短い辺(便宜上、短辺と称する。)となっており他方は長い辺(便宜上、長辺と称する。)となっている。さらに、変位板部材12の短辺に対応する端部が固定端12aとなっており、長辺および斜辺で形成される角に対応する端部が変位端12bとなっている。
【0029】
固定端12aは梁21に変位板部材12を固定するための端部であり、変位端12bは、他方の軸組材20(第二軸組材)である柱22に向かって突出し、梁21の傾斜に応じて変位する端部となっている。固定端12aは、図1の側面図に特に示すように、変位板部材12の表面に対して直立するように折り曲げられており、この折り曲げ部分が梁21の側面に当接する状態で固定されている。
【0030】
また、変位板部材12の斜辺に対応する側部は仕口から見て外側に位置し、長辺に対応する側部は仕口に近接して位置している。さらに、長辺に対応する側部は、図1の下面図に特に示すように、固定端12aと同様、変位板部材12の表面に対して直立するように折り曲げられている。以下の説明では、便宜上、この折り曲げられた長板状の側部を折曲側部12cと称する。
【0031】
複合ダンパー部11Aは、図1の下面図に示すように固定板部材13を含んでいる。この固定板部材13は、本実施の形態では、断面がL字状となるように折り曲げられた形状を有しており、折り曲げ部位から見て一方の平板部位は柱22の側面に固定される固定片部13dであり、他方の平板部位は、変位板部材12の変位端12bに対向するように位置する対向片部13eである。この対向片部13eは、後述するダンパー構造を介して、変位板部材12の変位端12bにつながっている。より具体的には、変位端12bの折曲側部12cを挟み込むようにダンパー構造が保持しており、このダンパー構造が固定板部材13の対向片部13eに固定されている。
【0032】
変位板部材12および固定板部材13は、いずれも取付ビス30により軸組材20(梁21または柱22)の側面に固定されている。図1に示す例では、変位板部材12の固定端12aは8本の取付ビス30により梁21の側面に固定されており、固定板部材13の固定片部13dは6本の取付ビス30により柱22の側面に固定されている。なお、変位板部材12および固定板部材13を軸組材20に固定するための具体的な構成は特に限定されるものではなく、軸組材20の種類や仕口の構成等に応じて、ビス以外の公知のファスナー部材(釘、ボルト、リベット等)を用いてもよい。
【0033】
[複合ダンパー部の構成]
次に、本実施の形態に係る制震ダンパー10が備える複合ダンパー部11Aの具体的な構成の一例について、図2を参照して具体的に説明する。なお、図2は、向かって左上の平面図と、これに対応する下面図(平面図の下の図)と、平面図に示す複合ダンパー部11Aに含まれる摩擦材16の平面図(平面図の向かって右側の図)との三図を対比した図であり、各図の対比関係は一点鎖線で示している。また、下面図は、図1と同様に、平面図を二点鎖線矢印IIで示す方向から目視した図に対応する。
【0034】
複合ダンパー部11Aは、図2に示すように、前述した固定板部材13に加えて、粘弾性体14、カバー部材15、摩擦材16、粘弾性体固定部材154、および摺動保持部155等を備えている。そして、固定板部材13の対向片部13eの表面の大部分(表面部13a)は、変位板部材12の変位端12bの表面の一部(表面部12d)に対向している。そこで、説明の便宜上、固定板部材13の表面部13aを「固定対向面部13a」と称し、変位板部材12の変位端12bの表面部12dを「変位端対向面部12d」と称する。
【0035】
固定対向面部13aと変位端対向面部12dとの間には、摩擦材16、カバー部材15、および粘弾性体14が位置している。このうち粘弾性体14は、変位端12bの折曲側部12cに固定され、少なくとも変位板部材12の突出方向(固定端12aから見て変位端12bに向かう方向、変位板部材12の長手方向)に沿ってせん断変形可能に構成されている。なお、本実施の形態では、変位板部材12の突出方向は、梁21から見て鉛直下方であるので、以下の説明では、当該突出方向を単に「下方向」と表現する。
【0036】
具体的には、変位端12bの折曲側部12cを挟み込むように一対の粘弾性体14が配置され、これら粘弾性体14は折曲側部12cに固定されているとともに、粘弾性体固定部材154によりカバー部材15にも固定されている。それゆえ、後述するように、一対の粘弾性体14は、変位端12bの折曲側部12cのみを挟み込んで固定されるだけではなく、柱22に沿って延伸する折曲側部12cのいずれの箇所にも固定可能となっている。
【0037】
粘弾性体14は、図2に示す例では円筒形状を有しており、周方向にせん断変形可能となっている。この粘弾性体14の具体的な構成は特に限定されないが、その好ましい構成の一例について、図3を参照して具体的に説明する。
【0038】
図3に示すように、本実施の形態に係る粘弾性体14は、略蛇腹状の外形を有する筒状体である弾性風袋141と、当該弾性風袋141の内部に収納されるダイラタンシー材142と、弾性風袋141の両端の開口を閉止する弾性蓋体143と、当該弾性蓋体143で閉止された弾性風袋141の両端面に当接する一対の固定板144とを備えている。
【0039】
弾性風袋141は、例えばゴム等のエラストマー材料または他の弾性材料により構成され、図3に示す例では、両端側が略円筒状となっており、中腹部位には外側に突出する2段の突出部が設けられている。ダイラタンシー材142は、本実施の形態では、バレイショデンプン(いわゆる片栗粉)を、耐圧性を有する弾性袋体(例えばゴム袋等)に封入したものとなっている。なお、図3では、ダイラタンシー材142は材料構成を説明する上で、吹き出し矢印の形態で模式的に図示している。また、ダイラタンシー材142の主成分は、バレイショデンプンに限定されず、コースターチ等の他のデンプンであってもよいし、デンプン以外の公知のダイラタント流体であってもよい。
【0040】
弾性蓋体143は、弾性風袋141と同様にゴム等のエラストマー材料で構成され(通常は同じ材料)、弾性風袋141の両端の開口を閉止する形状を有している。各開口を閉止した状態では、公知の接着剤等により弾性風袋141に固定されればよい。弾性蓋体143で各開口が閉止されることにより、弾性風袋141の内部にダイラタンシー材142が封入されて粘弾性体14本体が構成される。固定板144は、例えば、公知の金属材料で円板状に構成され、粘弾性体14本体となる閉止された弾性風袋141の両端に当接される。これにより本実施の形態に係る粘弾性体14が構成される。
【0041】
なお、本実施の形態では、粘弾性体14本体には筒状の弾性風袋141を用いているが、本発明はこれに限定されず、平坦な底面を有する容器状であってもよいし、断面が略U字状を有する容器状であってもよい。したがって、粘弾性体14は、弾性を有する容器内にダイラタンシー材を封入したものであればよい。
【0042】
前記構成の粘弾性体14はカバー部材15の内部に収められる。このカバー部材15は、図2の下面図に示すように、粘弾性体14の周囲の少なくとも一部を覆うように設けられ、固定対向面部13aに対向する背面部15aを有している。変位板部材12および固定板部材13を基準とすれば、カバー部材15は、変位板部材12の変位端12bと固定板部材13の対向片部13eとの間に設けられ、粘弾性体14の少なくとも一部を覆い、当該粘弾性体14が固定されている。
【0043】
本実施の形態では、カバー部材15は略C字状の断面を有しており、C字状の内部に2つの粘弾性体14が直列で配置され、これらの間に折曲側部12cが配される。粘弾性体14を基準とすれば、2つの粘弾性体14の一方の端面は、互いに対向して折曲側部12cを挟んでおり、他方の端面は外側に位置してカバー部材15の内面に当接する。そして、粘弾性体14の一方の端面は折曲側部12cに固定され、他方の端面は粘弾性体固定部材154によりカバー部材15に固定される。
【0044】
カバー部材15の背面部15aは、当該カバー部材15内に収められた2つの粘弾性体14の軸方向に対して平行となるように位置している。したがって、カバー部材15は、粘弾性体14の他方の端面に当接する一対の立設部位と、これら立設部位をつなぐように設けられる連結部位とを有し、連結部位の外側に背面部15aが設けられることになるなお、連結部位の内側には粘弾性体14が収められている。
【0045】
背面部15aは固定対向面部13aに対向する面を構成しており、本実施の形態では、摩擦材16を間に挟み込んだ状態で、これらの面が摺動可能に対面している。また、これらの面は、摺動保持部155により摺動可能に対面させた状態で保持されている。本実施の形態における摺動保持部155は、対面ボルト151、対面保持ナット152およびワッシャー153、並びに、固定板部材13に設けられた固定長円孔13cにより構成されている。
【0046】
対面ボルト151は、本実施の形態では、対向片部13eからカバー部材15の背面部15aに挿入するように設けられており(図4(b)参照)、カバー部材15には対面ボルト151が挿入される貫通孔(図2には図示せず)が形成されている。固定板部材13には固定長円孔13cが設けられているため、対面ボルト151は、この固定長円孔13cに挿入されることになる。対面ボルト151の一端には対面保持ナット152の雌ネジに対応する雄ネジが形成され、他端にはカバー部材15の貫通孔から脱離しないためのストッパが形成されている。
【0047】
固定長円孔13cは、固定板部材13に形成されている長円状の貫通孔であり、その長手方向は、本実施の形態では、変位板部材12が突出する下方向に直交する方向、すなわち水平方向となっている。固定長円孔13cの長さは、予め所定の長さに設定されており、対面ボルト151は、この貫通孔の内部で移動可能となっている。そして、後述するように、固定長円孔13cの長さによって、固定板部材13に対するカバー部材15の摺動が制限される。なお、本実施の形態では、固定板部材13とカバー部材15との間にシート状の摩擦材16が介在しているので、摩擦材16にも、固定板部材13と同形状の貫通孔である摩擦材長円孔16aが設けられている。
【0048】
なお、図2に示す例では、摩擦材16は固定板部材13の固定対向面部13aに取り付けられているので、摩擦材長円孔16aが設けられているが、本発明はこれに限定されず、カバー部材15の背面部15aに取り付けられてもよい。この場合、摩擦材16に摩擦材長円孔16aを設ける必要はない。
【0049】
対面保持ナット152は、対面ボルト151の先端にねじ込まれて取り付けられる。摩擦材長円孔16aおよび固定長円孔13cを貫通した状態の対面ボルト151に対面保持ナット152を固定板部材13に当接するまでねじ込むことで、背面部15aと固定対向面部13aとを摺動可能に対面させた状態で保持することができる。なお、摺動方向は、固定長円孔13cが設けられている方向に限定されるので、本実施の形態では、水平方向に摺動することになる。対面保持ナット152のねじ込み(締め付け)の程度によって、背面部15aと固定対向面部13aとの対面状態を調節することができる。
【0050】
ワッシャー153は、対面保持ナット152と固定板部材13との間に位置するよう対面ボルト151に挿入される。ワッシャー153は、対面保持ナット152の座面陥没を防止したり、固定長円孔13cに対する座面を安定化させたりする目的で用いられるが、摺動保持部155の必須構成ではなく、無くてもよい。ワッシャー153としては公知の平座金、ばね座金等を好適に用いることができる。
【0051】
なお、本実施の形態に係る摺動保持部155は、ボルト部材を長円孔に挿入してナット部材により締め付ける構成と有しているが、摺動保持部155の構成はこれに限定されず、少なくとも、柱22に交差する方向に沿って、カバー部材15または固定板部材13に設けられている長円状の貫通孔と、この貫通孔に貫通した状態で固定板部材13またはカバー部材15に固定され、前記貫通孔の長手方向に沿って移動可能な軸部材とから構成されていればよく、好ましくは、固定板部材13およびカバー部材15を圧接状態で対向させるように軸部材に挿入される栓部材を含んでいればよい。
【0052】
本実施の形態では、軸部材が対面ボルト151であり、貫通孔が固定長円孔13cであり、栓部材が対面保持ナット152であるが、本発明においては、ボルト状でない軸部材を用いることができ、ナット状でない栓部材を用いることが可能である。また、本実施の形態では、貫通孔は固定板部材13に設けられており、軸部材(対面ボルト151)はカバー部材15に固定されているが、貫通孔は、固定板部材13ではなくカバー部材15に設けられ、軸部材は、カバー部材15ではなく固定板部材13に固定されてもよい。
【0053】
また、本実施の形態において、粘弾性体14をカバー部材15に固定するために用いられる粘弾性体固定部材154も、前記構成の摺動保持部155と同様に、ボルト−ナット(およびワッシャー)により構成されている。この場合、カバー部材15にボルトを貫通させ得る程度の貫通孔を形成しておけばよい。また、粘弾性体14、カバー部材15、変位板部材12の変位端12b等の種類、形状、材質等の諸条件に応じて、ボルト−ナット以外の公知の固定部材も好適に用いることができる。
【0054】
摩擦材16は、前述したように、カバー部材15の背面部15aおよび固定板部材13の固定対向面部13aとの間に配置されるシート状の部材であり、背面部15aと固定対向面部13aとの摺動を摩擦力により阻害する部材である。摩擦材16の具体的な構成は特に限定されず、公知の樹脂製のシート材、不織布製のシート材等を好適に用いることができる。
【0055】
なお、本実施の形態に係る複合ダンパー部11Aは、前述した固定板部材13、粘弾性体14、カバー部材15、摩擦材16、粘弾性体固定部材154、および摺動保持部155以外の構成を備えていてもよい。
【0056】
[木造建築物用制震ダンパーの動作]
次に、本実施の形態に係る制震ダンパー10を軸組材20の接合部(仕口)に取り付けたときの当該制震ダンパー10の動作の一例について、図4(a),(b)および図5(a),(b)を参照して具体的に説明する。なお、図4(a),(b)および図5(a)は、図1における平面図、下面図および側面図にそれぞれ対応し、図5(b)は、図5(a)の二点鎖線III方向の矢視断面図である。
【0057】
前述した構成の複合ダンパー部11Aは、本実施の形態に係る制震ダンパー10のダンパー機能を実現するためのダンパー構造を構成している。このダンパー構造は、摩擦ダンパー構造と粘弾性ダンパー構造との二つに区分することができる。このうち摩擦ダンパー構造は、固定板部材13の固定対向面部13a、摩擦材16、およびカバー部材15の背面部15a、並びに摺動保持部155により構成され、粘弾性ダンパー構造は、カバー部材15および粘弾性体14、並びに粘弾性体固定部材154により構成されている。
【0058】
木造建築物が地震の揺れを受け、図1に示す梁21および柱22の仕口に変位が生じ図4(a)に示すように、梁21ではなく柱22がブロック矢印M1に示すように水平方向に揺れたとする。ここで、柱22に固定されている固定板部材13は、梁21に固定されている変位板部材12を基準として見れば、摩擦ダンパー構造により変位可能な状態にあるということができる。それゆえ、柱22に水平方向の変形が生じると、図5(b)のブロック矢印S1に示すように、カバー部材15は水平方向に摺動する。ここで、カバー部材15の摺動方向および摺動範囲は、固定板部材13に設けられる固定長円孔13cにより制限されるので、カバー部材15は必要以上に大きく摺動することがなく、柱22の揺れによる変位を良好に吸収することができる。
【0059】
また、柱22の変位の吸収は、図4(a)のブロック矢印M1の方向(向かって右方向)だけでなく、反対方向(向かって左方向)でも同様に実現されるので、柱22が左右に振動するように揺れたとしても、摩擦ダンパー構造によって当該揺れによる変位は良好に吸収される。しかも、カバー部材15の間に摩擦材16を介在しているので、摩擦力により水平方向の変位をより一層良好に吸収することができる。
【0060】
また、図4(a)および図5(a)に示すように、梁21がブロック矢印M2に示す方向、すなわち、上下方向に揺れるとする。このとき、梁21に固定されている変位板部材12は、上下方向に移動することになる。
【0061】
説面の便宜上、図4(a)および図5(a)では、ブロック矢印M2は下方向のみを図示しているが、このような上下方向の揺れが生じると、変位板部材12の変位端12bは、図5(a)のブロック矢印S2に示すように、破線の標準位置P2から突出するように下方向に移動する。ここで、変位端12bには一対の粘弾性体14が固定されており、これら粘弾性体14はカバー部材15を介して固定板部材13に固定されている。また、固定板部材13は柱22に固定されており変位することはなく、固定板部材13に対してカバー部材15は、水平方向のみ摺動可能となっているが、揺れは上下方向であることから、カバー部材15が水平方向に摺動することはない。
【0062】
それゆえこの状態では、図5(b)に示すように、変位端12bの下方向への移動に伴って一対の粘弾性体14がブロック矢印Dで示す下方向にせん断変形し、このせん断変形によって変位端12bの下方向の変位は粘弾性体14により吸収される。図5(a),(b)におけるブロック矢印S2は下方向の揺れ(ブロック矢印M2)に対応する移動であるが、上方向の揺れに対応する上方向の動きも同様であるので、この変位の吸収は、下方向だけでなく上方向でも同様に実現される。したがって、梁21が上下に振動するように揺れたとしても、粘弾性ダンパー構造によって当該揺れによる変位は良好に吸収されることになる。
【0063】
このように、本実施の形態では、変位板部材12の一端に、粘弾性体14による粘弾性ダンパー構造と、摩擦材16等の摩擦付与部を利用した摩擦ダンパー構造とが組み合わせて設けられていることになる。それゆえ、耐震構造体としての長尺化や大型化を招くことなく、粘弾性ダンパーおよび摩擦ダンパーを組み合わせた制震ダンパー10を実現することができる。また、前記構成では、変位板部材12を一方の軸組材20(例えば梁21)に固定し、固定板部材13を他方の軸組材20(例えば柱22)に固定すれば、従来の仕口ダンパーと同様に容易に仕口に取り付けることができるので、新築の木造建築物だけでなく、既設の木造建築物にも容易に後付けすることができる。
【0064】
さらに、本実施の形態では、粘弾性体14のせん断変形方向と、固定板部材13に対するカバー部材15の摺動方向とが互いに直交する関係にあることから、例えば、地震による中規模の揺れによる変位を粘弾性体14(粘弾性ダンパー構造)で減衰し、大規模の揺れによる変位を摩擦ダンパー構造で減衰する等、揺れによる変位の吸収の分散化を図ることができる。この点について、図6を参照して具体的に説明する。
【0065】
図6は、木造建築物、特に木造軸組工法建築物における構造特性を荷重−変形の関係で示すグラフであり、『伝統構法を生かす木造耐震設計マニュアル −限界耐力計算による耐震設計・来診補強設計法』(著・木造軸組構法建物の耐震設計マニュアル編集委員会、株式会社学芸出版社、2004年第1版発行)の第73ページの図2.2「伝統的な耐震要素が支配的な木造軸組の構造特性」に相当する。
【0066】
図6における縦軸Qは、伝統的な軸組構法の木造建築物に加えられる水平力(単位:kN)であり、横軸Rは、軸組材20の接合部における層間変形角(単位:rad )である。層間変位角は、地震による水平力によって建築物が受ける歪を評価するための指標であり、接合部の水平方向における変位量を当該接合部の高さで除算した値(変位量/高さ=層間変形角)である。
【0067】
図6に示すように、層間変形角R=1/120が木造建築物の損傷限界とされており、この値を超えると木造建築物は小破する。さらに、層間変形角R=1/60を超えると木造建築物は中破し、層間変形角R=1/30を超えると大破し、層間変形角R=1/15を超えると倒壊するとされている。それゆえ、図6に示すグラフでは、層間変形角R=1/120が木造建築物の「損傷限界」として規定され、層間変形角R=1/15が「安全限界」として規定されている。
【0068】
そこで、本実施の形態では、粘弾性ダンパー構造で層間変形角R=1/30までの揺れ、すなわち中規模の揺れによる変位の収束を図り、摩擦ダンパー構造で層間変形角R=1/15までの揺れ、すなわち大規模な揺れによる変位の収束を図るように、複合ダンパー部11Aの構造を設計している。例えば、粘弾性ダンパー構造においては、層間変形角R=1/30までの揺れによる変位を吸収し得るせん断変形能力を有する粘弾性体14を選択すればよい。また、摩擦ダンパー構造においては、固定長円孔13cの長手方向の長さ、すなわちカバー部材15が摺動可能な長さを、層間変形角R=1/15となるように設定すればよい。
【0069】
なお、層間変形角R=1/15を超えれば、木造建築物は倒壊する可能性が高いと判断されるので、固定長円孔13cの長さは層間変形角R=1/15以下となるように設定すればよい。カバー部材15が層間変形角R=1/15を超える範囲で摺動可能となっている場合、地震の揺れによりカバー部材15が過剰に摺動する可能性があり、揺れによる変位を良好に減衰できない可能性がある。それゆえ、カバー部材15の摺動は安全限界で制限されるように構成されていることが好ましい。
【0070】
[制震ダンパーの可変構成]
ここで、地震の揺れにより木造建築物に加えられる水平方向の応力(地震力)は、当該木造建築物の重量に依存する。したがって、一般的な粘弾性ダンパーであれば、木造建築物に想定される地震力の大きさに合わせて粘弾性体の断面積を変化させる必要がある。これに対して、本実施の形態に係る制震ダンパー10は、固定板部材13の柱22への固定位置を変えることにより、粘弾性体14の断面積を変えることなく、想定される地震力に応じた制震性能を発揮することが可能となっている。この点について、図1および図7(a),(b)を参照して具体的に説明する。
【0071】
変位板部材12は、固定板部材13とともに制震ダンパー10を構成する一対の剛性体であるが、固定板部材13が実質的に柱22に固定されて変位することの無い剛性体であるのに対して、変位板部材12は、梁21の傾斜に応じて変位可能な剛性体である。それゆえ、粘弾性体14の断面積が同じ状態で変位板部材12が短ければ、小さな揺れに対応可能であり、長くなれば、より大きな揺れに対応可能になる。
【0072】
ここで、本実施の形態では、変位板部材12は、柱22に沿って延伸するように設けられる折曲側部12cを有している。この折曲側部12cは長板状であり、前述したように、この折曲側部12cの長手方向のいずれの箇所であっても粘弾性体14を固定することが可能となっている。さらに、本実施の形態では、固定板部材13、粘弾性体14、カバー部材15、摺動保持部155、および摩擦材16等は、ユニット化されて複合ダンパー部11Aを構成している。したがって、粘弾性体14を折曲側部12cのいずれの箇所にも固定可能であるということは、粘弾性体14とともにユニット化されている固定板部材13の柱22への固定位置を容易に変更することが可能となる。
【0073】
このように、固定板部材13の柱22への固定位置が変更可能であれば、実質的に変位板部材12の長さを調節することが可能になる。それゆえ、木造建築物に想定される地震力に合わせて、さまざまな断面積の粘弾性体14を選択して用いることなく、また、さまざまな長さの変位板部材12を選択して用いることなく、制震ダンパー10の耐震性能を調節することができる。
【0074】
例えば、図1に示すように、複合ダンパー部11Aが変位端12bに設置されていれば、大きな地震力が想定される木造建築物に好適な制震性能を実現できる。また、図7(a)に示すように、複合ダンパー部11Aの設置位置が変位端12bから見て梁21側となる位置に移動させれば、固定板部材13の固定位置も梁21側に移動するので、例えば、中規模の地震力に合わせて耐震性能を調節することができる。さらに、図7(b)に示すように、複合ダンパー部11Aの設置位置をさらに梁21側となる位置に移動させれば、比較的小さな地震力に合わせて耐震性能を調節することができる。
【0075】
なお、変位板部材12の形状は、本実施の形態では略直角三角形の形状であるが、この形状に限定されず、少なくとも、固定板部材13の固定対向面部13aに対向する対向面を有していればよい。ただし、変位板部材12は、接合部を構成する各軸組材20の間で配置される支持部材としての機能もあるため、固定端12aを軸組材20の一方に固定したときに、接合部を構成する他方の軸組材20に向かって変位端12bを突出させる構成であると好ましい。それゆえ、変位板部材12は、変位端12b側が狭く固定端12a側が広い形状であることが好ましい。このような形状の例としては、略直角三角形以外に、矩形、等脚台形、半楕円形等を挙げることができる。
【0076】
ただし、長板状の折曲側部12cを柱22に沿って設ける観点から、変位板部材12は、略直角三角形状または矩形状であることがより好ましい。また、変位板部材12は、梁21(一方の軸組材20)に対する固定状態を良好に確保する観点から、変位板部材12の両端のうち固定端12aは軸組材20に対する固定面を確保するために、ある程度の幅を有することが好ましい。一方、変位端12bの幅は特に限定されないが、図1、図7(a),(b)に示すように、変位板部材12の大きさは制震ダンパー10の大部分を占めるので、制震ダンパー10をよりコンパクトにする観点から、当該変位板部材12はなるべく小さい方が好ましい。このような理由から、変位板部材12の形状は、略直角三角形であることが特に好ましい。
【0077】
なお、変位板部材12のより好ましい形状である直角三角形の具体的な種類は特に限定されず、本実施の形態のように、半正三角形(正三角形を二等分した直角三角形)に近い形状であってもよいし、直角二等辺三角形に近い形状であってもよい。また、変位板部材12の長さ(略直角三角形状の場合、長辺(折曲側部12c)の長さに相当)は、変位板部材12に対する複合ダンパー部11Aの固定位置に応じて適宜設定可能であり、特に限定されない。
【0078】
[変形例]
本実施の形態では、制震ダンパー10を構成する2個の剛性体は、変位板部材12および固定板部材13であり、このうち変位板部材12は、梁21に固定されて先端側の変位を粘弾性ダンパー構造により吸収する機能を有し、固定板部材13は、柱22に固定されて基本的に変位しない機能を有するが、本発明はこれに限定されず、例えば、変位板部材12および固定板部材13を固定する軸組材20を入れ換えてもよい。すなわち、本発明に係る制震ダンパー10は、第一軸組材および第二軸組材を交差する方向に接合した接合部を補強するために用いることができるので、変位板部材12および固定板部材13が固定される軸組材20の種類は特に限定されない。
【0079】
また、本実施の形態では、前記の通り、変位板部材12および固定板部材13は剛性体としての機能が異なるため、それぞれの機能が分担されているが、2個の剛性体が略等価の機能を有するように構成されてもよい。すなわち、本発明に係る制震ダンパー10は、第一軸組材および第二軸組材により形成される交差角を挟んで、これら軸組材のそれぞれに固定される第一剛性体および第二剛性体と、これらの間に配置されるダンパー構造とを備えていればよい。なお、本実施の形態では、梁21が第一軸組材であり柱22が第二軸組材であるので、梁21に固定される変位板部材12が第一剛性体となり、柱22に固定される固定板部材13が第二剛性体となる。
【0080】
また、前記ダンパー構造は、前述した複合ダンパー部11Aのように固定板部材13(剛性体)が含まれていなくてもよい。すなわち、本発明に係る制震ダンパー10は、摩擦ダンパー構造および粘弾性ダンパー構造を含むようにユニット化されたダンパー構造を備えていればよく、それゆえ、ユニット化されたダンパー構造は、固定板部材13、粘弾性体14、カバー部材15、摺動保持部155、および摩擦材16(あるいは摩擦付与部)がユニット化された構成に限定されない。
【0081】
また、本実施の形態では、固定板部材13はL字状の断面形状となっているが、固定板部材13の形状は特に限定されず、接合部を構成する軸組材20の他方(変位板部材12が固定されている軸組材20でない方)に固定され、固定対向面部13aの一部が変位板部材12の変位端対向面部12dに対向するような形状となっていればよい。固定板部材13の他の形状としては、例えば、T字状の断面形状等を挙げることができる。
【0082】
また、変位板部材12および固定板部材13の材料は特に限定されず、軸組材20で固定された状態で、地震の揺れによる変位を減衰できる強度を有するものであれば、公知のさまざまな材料を用いることができる。一般的には、スチール等の金属材が好適に用いられる。
【0083】
また、本実施の形態では、摺動保持部155は、軸部材(対面ボルト151)、貫通孔(固定長円孔13c)、栓部材(対面保持ナット152)、ワッシャー153等により構成されているが、本発明はこのような構成に限定されず、固定板部材13とカバー部材15との摺動を保持できるような構成であれば、公知の他の構成を用いることができる。例えば、固定板部材13およびこれに重ね合わされたカバー部材15の連結部位の辺縁を挟み込むような部材等を摺動保持部155として用いることができる。
【0084】
また、本実施の形態に係る制震ダンパー10は、図7(a),(b)に示すように、折曲側部12cのどの位置にも複合ダンパー部11Aを設置することができ、固定板部材13の柱22への固定位置を適宜変更することができる。それゆえ、本実施の形態に係る制震ダンパー10は「木造建築物用可変制震ダンパー」ということができるが、本発明はこれに限定されず、複合ダンパー部11Aは、変位板部材12の変位端12aにのみ取り付けられる構成(可変でない制震ダンパー)であってもよい。
【0085】
また、本発明に係る制震ダンパー10が適用される接合部は、仕口のように、一対の軸組材20を交差する方向に接合した部位であればよく、継ぎ手のように複数本の軸組材20を延長するように接合するような部位には適用されない。また、接合部を構成する軸組材20は、本実施の形態で説明した梁21および柱22のみに限定されず、梁21およびブレース材(筋交い)、柱22およびブレース材等の組合せであってもよい。
【0086】
(実施の形態2)
本発明の実施の形態2に係る制震ダンパー10は、前述した実施の形態1に係る制震ダンパー10と基本的には同様の構成を有しているが、ダンパー構造のうち、粘弾性ダンパー構造または摩擦ダンパー構造が前記実施の形態1に係る複合ダンパー部11Aとは異なっている。このような構成の制震ダンパー10について、図8(a),(b)および図9(a),(b)を参照して具体的に説明する。
【0087】
まず、図8(a)に示すように、本実施の形態に係る複合ダンパー部11Bは、前記実施の形態1に係る複合ダンパー部11Aとほぼ同様の構成を有しているが、粘弾性ダンパー構造を構成する粘弾性体14が1個のみである。具体的には、前記実施の形態1に係る複合ダンパー部11Aは、変位端12bの折曲側部12cを挟持するように一対の粘弾性体14を備えていたが、本実施の形態に係る複合ダンパー部11Bは、2個のうち1個のみを残した構成となっている。なお、2個の粘弾性体14のうちいずれを残すかについては特に限定されない。
【0088】
また、図8(b)に示すように、本実施の形態に係る他の複合ダンパー部11Cは、前記実施の形態1に係る複合ダンパー部11Aとは異なり、摩擦材16を備えておらず、代わりに、固定板部材13が粗面加工された摩擦対向面部13bを有しており、カバー部材15が粗面加工された摩擦背面部15bを有している構成となっている。このように摩擦対向面部13bおよび摩擦背面部15bを直接当接させる構成であっても、固定板部材13とカバー部材15との間に摩擦力を付与することができる。
【0089】
それゆえ、本発明に係る制震ダンパー10は、カバー部材15と固定板部材13との間に設けられ、当該固定対向面部13aと背面部15aとの間に摩擦抵抗を付与できる摩擦付与部を備えていればよく、当該摩擦付与部の具体的な構成は特に限定されない。摩擦付与部の他の構成としては、粗面加工に代えて公知の表面処理を行う構成、シート状ではない摩擦材を介在させる構成等が挙げられるが特に限定されない。
【0090】
また、図9(a),(b)に示すように、本実施の形態に係る他の複合ダンパー部11Dは、カバー部材15の内面に設けられる過剰変形防止部材17を備える構成であってもよい。過剰変形防止部材17は、背面部15aの裏側の内面である裏内面15dに設けられた突起状部材であり、粘弾性体14のせん断変形方向すなわち上下方向に、当該粘弾性体14を挟み込むような位置で対をなして配置されている。図9(a),(b)に示すように、粘弾性体14は折曲側部12cを挟持するように2個設けられているので、過剰変形防止部材17は、それぞれの粘弾性体14を挟み込むように2個ずつ、合計4個設けられている。
【0091】
過剰変形防止部材17の具体的な構成は特に限定されず、粘弾性体14が予め設定される上限値までせん断変形したときに、当該粘弾性体14の外周面に当接することで、上限値を超えるせん断変形を防止するものであればよい。本実施の形態では、背面部15aの裏側の内面である裏内面15dに枕頭ボルトをねじ込んで固定し、これにより突起状の過剰変形防止部材17を実現している。せん断変形の変位量を調節する場合には、枕頭ボルトの頭部直径を変えた枕頭ボルトを用いればよい。また、ボルトではなくナットを利用してもよいし、ボルトやナットとは異なる突起状部材を裏内面15dに設けてもよい。
【0092】
なお、本発明は前記実施の形態の記載に限定されるものではなく、特許請求の範囲に示した範囲内で種々の変更が可能であり、異なる実施の形態や複数の変形例にそれぞれ開示された技術的手段を適宜組み合わせて得られる実施の形態についても本発明の技術的範囲に含まれる。
【産業上の利用可能性】
【0093】
本発明は、新築または既設を問わず、仕口等のように木造建築物の軸組材の接合部を補強し、木造建築物の耐震性の向上を図るための分野に広く好適に用いることができる。
【符号の説明】
【0094】
10 制震ダンパー
11A〜11D 複合ダンパー部
12 変位板部材(第一剛性体)
12b 変位端
12c 折曲側部(長板状の側部)
13 固定板部材(第二剛性体)
13a 固定対向面部(対向面部)
13c 固定長円孔(長円状の貫通孔)
13e 対向片部
14 粘弾性体
15 カバー部材
15a 背面部
16 摩擦材(摩擦付与部)
17 過剰変形防止部材
20 軸組材
21 梁(第一軸組材)
22 柱(第二軸組材)
151 対面ボルト(軸部材)
152 対面保持ナット(栓部材)
155 摺動保持部



【特許請求の範囲】
【請求項1】
第一軸組材および第二軸組材を交差する方向に接合した接合部を補強する木造建築物用制震ダンパーであって、
前記第一軸組材および前記第二軸組材により形成される交差角を挟んで、これら軸組材のそれぞれに固定される第一剛性体および第二剛性体を備え、
当該第一剛性体および第二剛性体は互いに対向する対向面部を有し、
さらに、
前記各対向面部の間の位置で、前記第一剛性体に固定され、少なくとも前記第一軸組材に交差する方向に沿ってせん断変形可能に構成されている粘弾性体と、
当該粘弾性体の周囲の少なくとも一部を覆い、前記第二剛性体の前記対向面部に対応する背面部を有するカバー部材と、
当該カバー部材の前記背面部と、前記第二剛性体の前記対向面部とを対向させた状態で、前記第二軸組材に交差する方向に沿って摺動可能に当該カバー部材を保持する摺動保持部と、
前記カバー部材と前記第二剛性体との間に設けられ、両者の摺動に対して摩擦抵抗を付与する摩擦付与部と、
を備えていることを特徴とする、
木造建築物用制震ダンパー。
【請求項2】
前記摩擦付与部は、前記カバー部材の背面部および前記第二剛性体の対向面部との間に配置される摩擦材であることを特徴とする、
請求項1に記載の木造建築物用制震ダンパー。
【請求項3】
前記摩擦付与部は、前記カバー部材の背面部および前記第二剛性体の対向面部を粗面加工し、これら面同士を直接当接させて構成されていることを特徴とする、
請求項1に記載の木造建築物用制震ダンパー。
【請求項4】
前記摺動保持部は、少なくとも、
前記第二軸組材に交差する方向に沿って、前記カバー部材または前記第二剛性体に設けられている長円状の貫通孔と、
当該貫通孔に貫通した状態で前記第二剛性体または前記カバー部材に固定され、前記貫通孔の長手方向に沿って移動可能な軸部材と、
から構成されていることを特徴とする、
請求項1に記載の木造建築物用制震ダンパー。
【請求項5】
前記カバー部材の内面に設けられ、前記粘弾性体が予め設定される上限値までせん断変形したときに当該粘弾性体の外周面に当接し、前記上限値を超えるせん断変形を防止する過剰変形防止部材をさらに備えていることを特徴とする、
請求項1に記載の木造建築物用制震ダンパー。
【請求項6】
前記粘弾性体は、弾性を有する容器内にダイラタンシー材を封入したものであることを特徴とする、請求項1に記載の木造建築物用制震ダンパー。
【請求項7】
前記第二剛性体、前記粘弾性体、前記カバー部材、前記摺動保持部、および前記摩擦付与部は、ユニット化された複合ダンパー部として構成され、
前記第一剛性体は、前記第二軸組材に沿って延伸するように設けられる長板状の側部を有し、
前記複合ダンパー部は、前記第一剛性体に対しては、前記側部の長手方向のいずれの箇所にも取り付け可能に構成されていることを特徴とする、請求項1に記載の木造建築物用制震ダンパー。



【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2013−7236(P2013−7236A)
【公開日】平成25年1月10日(2013.1.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−141753(P2011−141753)
【出願日】平成23年6月27日(2011.6.27)
【出願人】(509329165)株式会社アクト・ファクトリー (1)
【Fターム(参考)】