説明

析出硬化型マルテンサイトステンレス鋼の使用

本発明は、クロム10〜14wt%、ニッケル7〜11wt%、モリブデン0.5〜6wt%、銅0.5〜4wt%、アルミニウム0.05〜0.55wt%、チタン0.4〜1.4wt%、炭素+窒素0.3wt%以下、硫黄0.05wt%未満、燐0.05wt%未満、マンガン0.5wt%以下、シリコン0.5wt%以下、タンタル、ニオブ、バナジウム、タングステン各0.2wt%以下、コバルト任意に0.9wt%以下、ボロン任意に0.0001〜0.1wt%、残部鉄および通常の不純物から成る組成を有するクロム・ニッケル系析出硬化型マルテンサイトステンレス鋼に関する。この鋼は、従来一時的あるいは永続的に人体の内外に用いられてきた外科用のインプラント材および骨接合材の製造に用いられる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、析出硬化型マルテンサイトステンレス鋼の新規な使用に関し、詳しくは、外科手術により人体に適用し残置するインプラント材および骨接合材の製造のための使用に関する。
【背景技術】
【0002】
析出硬化型マルテンサイトステンレス鋼がWO93/07303により公知である。極めて高い耐食性と良好な延性とを兼備したステンレス鋼の組成が開示されている。この鋼の特に適した用途は、注射カニューレ、歯科用器材、医療器材の製造用とされている。
【0003】
WO01/14601A1には、析出硬化、溶体化焼鈍、急冷、硬化の工程を行なって、均一な硬さ450HV以上を得る、医療用、歯科用の器材を製造する方法が提案されている。
【0004】
この方法の適用例として、析出硬化型マルテンサイトステンレス鋼を医療用器材の製造が示されている。
【0005】
インプラント材や骨接合材のような医療用に鋼を適用する際には、多くの制限要件を満たす必要がある。
【0006】
用途によっては、板状のインプラント材や骨接合材およびネジや釘等の固定具は不利な形状をしていて、厚さや直径に対する長さの比率などが好ましくない。このように、インプラント材や骨接合材は不利な形状をしているため、使用中に頻繁に負荷される軽重の曲げ加重に対して非常に弱い。インプラント材や骨接合材に検知できないような僅かな曲げが負荷されても、次に荷重がかかったときに破断する可能性がある。使用中には頻繁に非常に大きな曲げ荷重がかかるので、場合によってはインプラント材や骨接合材が直ぐに破壊することもある。そのため、部材が短寿命であるばかりでなく、患者が負傷する危険もある。
【0007】
そこで、緊急の要請として、硬さが高くて耐食性を備えると同時に、破壊抵抗をも有するインプラント材および骨接合材が求められている。硬さや破壊抵抗以前に、耐食性と生体適合性を兼備することが決定的に重要である。使用中に血液や他の体液が腐食媒体となる。したがって、もしもインプラント材や骨接合材の腐食が生ずると、患者は腐食生成物に汚染されて術後合併症を発症する危険がある。
【0008】
もう一つの典型的な用途は、外科用である。その場合、金属製のプレート、釘、ネジといった所謂骨接合材を、骨折した骨同士の接合や、手術で縫合した骨同士の接合に用いてインプラントすることが多い。これらインプラント材は通常は骨が完全に治癒するまで残置し、その後も患者の体内に残置される。市販の骨接合材は前記のような鋼種の所謂ステンレス鋼で製造されている。骨接合材用としては、機械的性質や耐食性に加えて、生体適合性が強く求められるため、製造用素材の選択は非常に限られている(後出の表1に示す材料の全てがこの条件を備えているわけではない)。公知のインプラント材の破壊抵抗は特に残置期間が長いと低下することが知られている。そのため術後の患者は、最初のうちは特に気をつけて、骨接合材を施した骨にかかる負担をできるだけ小さくするように強く要請される。使わない筋肉組織の退化を防ぐために、できるだけ早期に病院内で訓練を行なって、退化を完全に防げないまでも、退化を遅らせることが必要である。施術された骨に対して患者が要請された注意を怠ったり、不適当な動きをしたりすると、骨接合材やインプラント材に曲げ荷重がかかって破壊を生ずる可能性がある。その結果、インプラント材による骨同士の接合が解消してしまい、破壊したインプラント材の鋭利な端部で患者が重傷を負ってしまう。いずれにしても、インプラント材が破壊してしまうと、損傷を修復するためにもう一度手術が必要になる。材料の耐久性が低いために生ずるもう一つの危険は、微妙な振動によってプレート間のネジ止めが緩んでしまい、骨の治癒が長引くことである。
【0009】
そこで、安定で耐食性があり生体適合性を備え、高強度と高延性とを兼備した骨接合材あるいはインプラント材が直ちに必要とされている。
【0010】
現在、このような器具およびインプラント材を形成および製造する材料として、良く知られていて良く研究されている一群の合金が用いられている。この合金としては、マルテンサイトステンレス鋼、オーステナイトステンレス鋼、析出硬化型ステンレス鋼がある。これら公知の合金はそれぞれ、耐食性、強度、成形性(加工性)、延性といった性質に優れた点があるが、個々に欠点もあって特定の要請に適さないところがある。特定の用途に対して種々の問題点や欠点があるものは、回転工具、外科用インプラント、外科用骨接合材(外科用プレート、ネジ、釘)の市販材である。
【0011】
【表1】

【0012】
AISI 420等のマルテンサイトステンレス鋼は、高強度ではあるが延性が伴わない。AISI 300系のようなオーステナイトステンレス鋼は、高耐食性と高強度とを併せ持ち用途によっては十分な延性も備えているが、更に高強度化するには冷間で強加工する必要があるため、中間製品の段階でも非常に高強度にならざるを得ず、成形性の低下を招く。析出硬化型ステンレスには、多種多様な鋼種があり、その性質も異なる。それでも多くの共通点がある。例えば、ほとんどの鋼種で溶解精錬が1段プロセス、通常は真空2段プロセスで2段目が真空中である。別の観点では、多量の析出物形成元素として、アルミニウム、ニオブ、タンタル、チタンなどが必要であり、多くの場合これらを複合する必要がある。ここで「多量」とは1.5%以上の意味である。多量とすることにより強度は向上するが、延性および成形性は低下する。USP3,408,871に開示されている鋼種は、最終製品の延性が良好であるが、兼備可能な強度は2,000N/mmに過ぎない。また、半製品の製造中に欠点が生ずる可能性がある。例えば、焼鈍状態で割れが発生し易い。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
本発明は、安定で耐食性があり生体適合性を備え、高強度と高延性とを兼備した骨接合材あるいはインプラント材を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明の一観点によれば、後述の組成を有する析出硬化型マルテンサイトステンレス鋼を、人体に適用して残置する外科用インプラント材、外科用骨接合材、外科用のプレート、ネジおよび釘などに使用する。
【発明の効果】
【0015】
本発明の驚異的な効果の一つとして、析出効果型マルテンサイトステンレス鋼は、高い破壊抵抗および曲げ抵抗と硬さおよび耐食性とを兼備することが決定的に重要である用途に用いると有利である。
【0016】
本発明の驚異的な効果のもう一つとして、後述する良好な生体適合性を備えると同時に、耐食性が良好で、延性が高く、成形性が良好で、2,500〜3,000N/mmという著しく高い強度を備えている。本発明鋼はこれらの優れた性質を兼備しているため、短期および長期にわたって患者の体内に残置される医療用材料に用いると極めて有利である。
【0017】
本発明の析出硬化型マルテンサイトステンレス鋼は下記の組成(wt%)を有する。
【0018】
クロム :10〜14
ニッケル :7〜11
モリブデン :0.5〜6
銅 :0.5〜4
アルミニウム :0.05〜0.55
チタン :0.4〜1.4
炭素+窒素 :0.3以下
硫黄 :0.05未満
燐 :0.05未満
マンガン :0.5以下
シリコン :0.5以下
タンタル、ニオブ、バナジウム、チタン: 各々0.02以下
コバルト :任意に9.0以下
ボロン :任意に0.0001〜0.1
残部 :鉄および通常の不純物
【実施例】
【0019】
本発明により使用する鋼および従来の回転工具に使用する2鋼種について、硬化状態の同一形状サンプルの引張強さ、破断伸び、硬さを測定した。
【0020】
本発明鋼の供試材組成は前記望ましい実施形態により、クロム12.0wt%、ニッケル9.1wt%、モリブデン4.0wt%、銅2.0wt%、チタン0.9wt%、アルミニウム0.35wt%、炭素0.12wt%未満、窒素0.012wt%未満であった。比較鋼の鋼種は1.4112および1.4108であり、組成は表1に示した。試験片は中実ロッドであり、半径4.5mmの円形断面である。試験片は全て析出硬化処理を施した。本発明の硬化処理は475℃×4時間にて行った。鋼種1.4112と鋼種1.4108の硬化処理は親空中、1000℃で40〜60分で行なった。その後、両鋼種は、窒素中で50℃まで冷却した。鋼種1.4108は、更に160℃で2時間保持した。各供試材の硬化処理は、全鋼種について硬さが揃うように行なった。各鋼種の試験片を試験した。結果を下記の表2にまとめて示す。
【0021】
【表2】

【0022】
各鋼種について破壊点を調べた結果、本発明鋼は極めて靭性の高い破壊挙動を示すことが判明した。破面はいわゆる「漏斗状破面」であった。これに対して、鋼種1.4112および1.4108は、ほぼ100%の脆性破面であった。本発明の試験片は、破断伸びが良好であり、破断しない伸び量が大きい。多数回の曲げにも破断しなかった。これに対して鋼種1.4112および1.4108は1回の曲げで破断した。
【0023】
驚くべきことに、人体に適用して残置する外科用のプレート、釘、ネジ等のインプラント材および骨接合材の製造に本発明の鋼を用いると、従来鋼に比べて破断伸びが大きくて非常に有利であった。従来鋼の場合は、硬さおよび耐食性と生体適合性とが各用途に応じて最優先されていて、破断抵抗は妥協が許されていた。回転工具および骨接合材の製造に用いる本発明鋼により、市販の従来鋼の破壊特性の欠点を克服できた。本発明により製造した工具および骨接合材は、硬さ、高耐食性、良好な生体適合性、優れた破壊抵抗を兼備している。曲げに対しても、破壊抵抗が確保され、例えば形成外科用のインプラント材は、他の優れた特性を犠牲にすることなく、多数回の曲げに耐えることができる。更に、本発明の鋼は、機械加工が容易であり、硬化した状態でもフライス加工が容易であるため、製品の製造に非常に有利である。更に、人体に適用して残置するインプラント材および骨接合材の製造に適用する利点として、硬化処理温度が425〜525℃で比較的低いので、製造時のエネルギーコストを大幅に低減できる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記組成(wt%):
クロム :10〜14
ニッケル :7〜11
モリブデン :0.5〜6
銅 :0.5〜4
アルミニウム :0.05〜0.55
チタン :0.4〜1.4
炭素+窒素 :0.3以下
硫黄 :0.05未満
燐 :0.05未満
マンガン :0.5以下
シリコン :0.5以下
タンタル、ニオブ、バナジウム、およびタングステン:各0.2以下
コバルト :任意に9.0以下
ボロン :任意に0.0001〜0.1
残部 :鉄および通常の不純物
から成る析出硬化型クロム・ニッケル系マルテンサイトステンレス鋼の、外科手術により人体に適用し残置するインプラント材および骨接合材の製造のための使用。

【公表番号】特表2006−523482(P2006−523482A)
【公表日】平成18年10月19日(2006.10.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−505448(P2006−505448)
【出願日】平成16年3月5日(2004.3.5)
【国際出願番号】PCT/EP2004/050265
【国際公開番号】WO2004/078224
【国際公開日】平成16年9月16日(2004.9.16)
【出願人】(505277521)サンドビック インテレクチュアル プロパティー アクティエボラーグ (284)
【Fターム(参考)】