説明

格子定数測定装置及び方法

【課題】従来の4軸ゴニオメータよりも簡素な3軸ゴニオメータを用いて格子定数の測定を可能にし,かつ,従来よりも試料表面上のX線照射面積の変化を小さくする。
【解決手段】試料ホルダー36とX線検出器48の間に,開口幅可変の第1スリット50と第2スリット52を配置する。第1スリットの開口は,回折平面(入射X線と回折X線とを含む平面)に平行に延びている。第2スリットの開口は回折平面に垂直に延びている。X線検出器と第1スリットと第2スリットは2Θ軸の周りに2θ回転する。試料ホルダー36は,2Θ軸と同軸のΩ軸の周りにω回転でき,かつ,回折平面内に存在するΦ軸の周りにφ回転できる。この3軸ゴニオメータと二つのスリット50,52を用いて,少なくとも三つのミラー指数について,回折X線が検出できる三つの角度2θ,ω,φを測定し,それに基づいて格子定数を算出する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、X線回折法を用いて単結晶試料の格子定数を測定する装置及び方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
X線回折法を用いて単結晶試料の格子定数を測定する代表的な方法として,4軸ゴニオメータを備えたX線回折装置(以下,4軸回折計という)を使う方法がある。図1は4軸回折計の基本構成を示す斜視図である。単結晶試料10に入射X線12を照射し,試料10からの回折X線14をX線検出器16で検出する。試料駆動系の全体はω回転台18に載っていて,ω回転台18はΩ軸の周りをω回転する。ω回転台18にはχサークル20が固定されている。χサークル20の内面上にはχ揺動台22が載っていて,このχ揺動台22はχサークル20の内面上をスライドする。これにより,χ揺動台22はΧ軸(Χは,ギリシャ文字のカイの大文字)の周りにχ回転(χは,ギリシャ文字のカイの小文字)する。χ揺動台22にはφ回転棒24が回転可能に取り付けられていて,φ回転棒24はΦ軸の周りにφ回転する。φ回転棒24の先端には試料10が固定されている。2θ回転台25は,上述のΩ軸と同軸の2Θ軸の周りに2θ回転する。この2θ回転台25にはX線検出器16が搭載されている。
【0003】
上述のω回転,χ回転及びφ回転により,試料10の表面を任意の方向に向けることができる。そして,上述の2θ回転により,入射X線12に対する回折X線14の角度2θを所望の値に設定することができる。
【0004】
格子定数を測定するには,少なくとも3種類の回折斑点を見つけて,各回折斑点を検出できたときの角度群(2θ,ω,χ,φ)を決定する必要がある。その測定結果に基づいて,各回折斑点に相当するミラー指数(hkl)を決定でき,さらに,角度群(2θ,ω,χ,φ)の値を用いて,単結晶試料の格子定数を算出することができる。
【0005】
4軸回折計の構造と,上述の角度群(2θ,ω,χ,φ)の値を用いた格子定数算出方法は,例えば,次の非特許文献1に開示されている。
【非特許文献1】高良編,実験物理学講座20「X線回折」,共立出版,1988年,133〜140頁
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上述の4軸ゴニオメータは四つの回転軸,すなわち,2Θ軸,Ω軸,Χ軸及びΦ軸,を利用するものであり,ゴニオメータの構造が複雑である。特に,χサークル20とχ揺動台22を利用するχ回転駆動機構の存在がゴニオメータの構造を複雑にしている。もしχ回転を利用することなく格子定数の測定が可能になれば,ゴニオメータの構造を簡素化できて,大きな利点となる。
【0007】
また,試料をχ回転させると,次のような欠点もある。試料をχ回転させることは,入射X線に対する試料表面のあおり角を変化させることを意味する。入射X線と回折X線を含む平面を回折平面と定義し,試料表面の法線と,この法線を回折平面上に投影したときの線分とのなす角度を「あおり角」と定義すると,試料をχ回転させることで,あおり角が変化することになる。図1において,Φ軸がΩ軸及び2Θ軸と一致する状態をΧ軸の原点(χ=0度)と定義すると,χ=90度のときに,試料10の表面の法線が回折平面内に来て,このときに試料10のあおり角がゼロになる。χ回転によってあおり角を変化させると,試料表面上のX線照射面積が変化することになる。あおり角の絶対値を大きくすればするほど,X線照射面積が増加する。試料上の特定の微小領域における格子定数を知りたい場合には,X線照射面積が大きく変化してしまうと,目的の微小領域以外からの情報も含まれることになって,好ましくない。なお,試料をω回転させることによっても試料上のX線照射面積は変化するが,ω回転とχ回転を組み合わせると,X線照射面積は著しく変化するので,試料表面を回折平面に直交するような位置で固定してχ回転をなくすことにより,X線照射面積の大きな変化を抑制することができる。
【0008】
本発明は,上述の問題点を解決するためになされたものであり,その目的は,従来の4軸ゴニオメータよりも簡素な3軸ゴニオメータを用いて格子定数の測定を可能にし,かつ,従来よりも試料表面上のX線照射面積の変化を小さくできるような格子定数測定装置及び方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の格子定数測定装置は,従来の4軸ゴニオメータのΧ(カイ)軸を固定したものに相当する3軸ゴニオメータを使うとともに,開口の延びる方向が互いに垂直な関係にある二つのスリットを用いることで,ゴニオメータの構成を従来よりも簡素にして格子定数の測定を可能にしたものである。本発明の格子定数測定装置は次の構成を備えている。(ア)単結晶試料を保持可能な試料ホルダー。(イ)前記試料ホルダー上の単結晶試料に入射X線を照射するX線源。(ウ)前記単結晶試料からの回折X線を検出するX線検出器。(エ)前記試料ホルダーと前記X線検出器の間に配置されている第1スリットであって,前記入射X線と前記回折X線とを含む回折平面に平行に延びる開口を備えていて,その開口幅が可変の第1スリット。(オ)前記試料ホルダーと前記X線検出器の間に配置されている第2スリットであって,前記回折平面に垂直に延びる開口を備えていて,その開口幅が可変の第2スリット。(カ)前記回折平面に垂直な2Θ軸の周りに,前記X線検出器と前記第1スリットと前記第2スリットを2θ回転させる2θ回転駆動機構。(キ)前記2Θ軸と同軸のΩ軸の周りに前記試料ホルダーをω回転させるω回転駆動機構。(ク)前記回折平面内に存在するΦ軸の周りに前記試料ホルダーをφ回転させるφ回転駆動機構。(ケ)前記単結晶試料からの回折X線を,前記第1スリットと前記第2スリットを介して前記X線検出器で検出できる検出状態を作り出すために,前記φ回転駆動機構によって前記試料ホルダーをφ回転させ,前記ω回転駆動機構によって前記試料ホルダーをω回転させ,前記2θ回転駆動機構によって前記X線検出器と前記第1スリットと前記第2スリットを2θ回転させる,回転制御手段。(コ)前記検出状態における,前記2θ回転駆動機構の回転角度2θと,前記ω回転駆動機構の回転角度ωと,前記φ回転駆動機構の回転角度φとを取得する回転角度取得手段。(サ)前記回転角度取得手段で取得した三つの回転角度2θ,ω,φに基づいて前記単結晶試料の格子定数を算出する格子定数算出手段。
【0010】
また,本発明の格子定数測定方法は次の段階を備えている。(ア)単結晶試料を保持可能な試料ホルダーと,前記試料ホルダー上の単結晶試料に入射X線を照射するX線源と,前記単結晶試料からの回折X線を検出するX線検出器と,前記試料ホルダーと前記X線検出器の間に配置されている第1スリットであって前記入射X線と前記回折X線とを含む回折平面に平行に延びる開口を備えていてその開口幅が可変の第1スリットと,前記試料ホルダーと前記X線検出器の間に配置されている第2スリットであって前記回折平面に垂直に延びる開口を備えていてその開口幅が可変の第2スリットと,前記回折平面に垂直な2Θ軸の周りに前記X線検出器と前記第1スリットと前記第2スリットを2θ回転させる2θ回転駆動機構と,前記2Θ軸と同軸のΩ軸の周りに前記試料ホルダーをω回転させるω回転駆動機構と,前記回折平面内に存在するΦ軸の周りに前記試料ホルダーをφ回転させるφ回転駆動機構とを備えるX線回折装置を準備する段階。
(イ)前記試料ホルダーに前記単結晶試料を取り付ける段階。(ウ)前記単結晶試料に前記入射X線を照射して,前記単結晶試料の任意の結晶格子面からの前記回折X線が前記第1スリットと前記第2スリットを介して前記X線検出器で検出されるように,前記2θ回転駆動機構の回転角度2θと,前記ω回転駆動機構の回転角度ωと,前記φ回転駆動機構の回転角度φとからなる角度群(2θ,ω,φ)を決定する段階。(エ)前記単結晶試料の少なくとも3種類の結晶格子面について,前記角度群(2θ,ω,φ)を決定する段階を繰り返す段階。(オ)少なくとも3種類の前記角度群(2θ,ω,φ)に基づいて,前記単結晶試料の格子定数を算出する段階。
【0011】
さらに,上述の格子定数測定方法において,前記角度群(2θ,ω,φ)を決定する段階は次の段階を含むことができる。(カ)前記単結晶試料の所望のミラー指数の結晶格子面について,前記X線源のX線波長における回折角2θ1を求めて,前記入射X線に対して前記2Θ軸の周りの初期角度2θ1の位置に前記X線検出器と前記第1スリットと前記第2スリットを配置する段階。(キ)前記第1スリットの開口幅を第1の値に設定し,前記第2スリットの開口幅を第2の値に設定して,前記回折X線が前記第1スリットと前記第2スリットを介して前記X線検出器で検出されるように,前記ω回転駆動機構の回転角度ωと,前記φ回転駆動機構の回転角度φとを決定する粗いω,φ決定段階。(ク)前記第1スリットの開口幅を前記第1の値よりも小さい第3の値に設定し,前記第2スリットの開口幅を前記第2の値よりも小さい第4の値に設定して,前記第1のω,φ決定段階で決定された回転角度ω,φの付近でピークサーチを実施して,ピーク角度ω,φの精度を高める精密なω,φ決定段階。(ケ)前記精密なω,φ決定段階で決定されたピーク角度ω,φの位置において,前記回折X線が前記第1スリットと前記第2スリットを介して前記X線検出器で検出されるように,前記2θ回転駆動機構の回転角度2θを決定する段階。
【発明の効果】
【0012】
本発明は,従来の4軸ゴニオメータよりも簡素な3軸ゴニオメータを用いて格子定数を測定することができる。また,従来の4軸ゴニオメータのΧ(カイ)軸を固定しているので,従来よりも試料表面上のX線照射面積の変化を小さくできる。したがって,微小領域の格子定数測定においては,目的とする微小領域だけからの回折情報に基づいて格子定数を算出することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
以下,図面を参照して本発明の実施例を詳しく説明する。図2は本発明の一実施例の格子定数測定装置の斜視図である。この格子定数測定装置は,3軸ゴニオメータを備えたX線回折装置で構成されている。3軸ゴニオメータは互いに独立な三つの回転軸線,2Θ軸,Ω軸及びΦ軸,を備えている。このX線回折装置はベース26を備えていて,このベース26に2θ回転台28とω回転台30が回転可能に搭載されている。2θ回転台28は2Θ軸の周りに回転可能である。その回転角度を2θで表し,その回転を2θ回転と呼ぶことにする。ω回転台30は2Θ軸と同軸のΩ軸の周りに回転可能である。その回転角度をωで表し,その回転をω回転と呼ぶことにする。
【0014】
ω回転台30の上面はΩ軸に垂直であり,この上面にブラケット32の水平部38が固定されている。ブラケット32の直立部40にはφ回転駆動モータ34が固定されていて,その出力軸は試料ホルダー36に固定されている。試料ホルダー36はφ回転駆動モータ34によりΦ軸の周りに回転可能である。その回転角度をφで表し,その回転をφ回転と呼ぶことにする。試料ホルダー36の表面はΦ軸に垂直である。試料ホルダー36の表面には試料42を取り付けることができる。3軸ゴニオメータの中心44は試料42の表面上に位置する。そして,2Θ軸,Ω軸及びΦ軸は3軸ゴニオメータの中心44を通過する。
【0015】
2θ回転台28には検出器アーム46が固定されている。検出器アーム46にはX線検出器48と第1スリット50と第2スリット52が固定されている。二つのスリット50,52はゴニオメータ中心44とX線検出器48の間に配置されている。
【0016】
X線源54からの入射X線56は試料42の表面に当たり,試料42からの回折X線58は第1スリット50と第2スリット52を通過してX線検出器48で検出される。入射X線56と回折X線58を含む平面を回折平面と定義すると,この回折平面は2Θ軸及びΩ軸に対して垂直である。そして,Φ軸は回折平面内に存在する。この実施例では回折平面は水平である。第1スリット50の開口は回折平面に平行に(この実施例では水平方向に)延びている。第2スリット52の開口は回折平面に垂直に(この実施例では鉛直方向に)延びている。
【0017】
三つの回転軸,すなわち2Θ軸,Ω軸及びΦ軸,の原点は次のとおりである。2Θ軸は,X線検出器48が入射X線56の延長線上にあるときを2θ=0とする。Ω軸は,Φ軸が入射X線56に垂直であるときをω=0とする。Φ軸は,任意の角度位置をφ=0とすることができる。この3軸ゴニオメータと従来の4軸ゴニオメータとは,次のような関係にある。図1の従来の4軸ゴニオメータにおいて,Φ軸がΩ軸に一致するようなχ揺動台22の位置をΧ軸の原点(χ=0)とすると,χ=90度の位置にχ揺動台22を固定して,2Θ軸,Ω軸及びΦ軸だけを可変にしたものが,本発明で使用する3軸ゴニオメータに相当する。
【0018】
図3は3軸ゴニオメータを使って任意の回折X線をX線検出器の方向に向かせる手法を説明する斜視図である。この図3は,現実の空間(実空間)に存在する入射X線56,試料42及び回折X線58と,逆格子空間上のエバルトの反射球60とを重ね合わせて示したものである。X線の波長をλとすると,入射X線56に平行で大きさが1/λとなるようなベクトルを入射ビームベクトル62と定義することができて,この入射ビームベクトル62の原点を試料42上のX線照射点,すなわちゴニオメータ中心44,にとる。このゴニオメータ中心44を中心にして半径1/λの球を描くと,これがエバルトの反射球60となる。逆格子空間の原点は入射ビームベクトル62の先端点Oに位置する。逆格子の任意の格子点Aがエバルトの反射球60の表面上に位置するときにX線回折が生じる。このとき,回折X線を表すベクトル64a(これを,回折ビームベクトルと呼ぶ)はゴニオメータ中心44から格子点A点に向かうベクトルとなる。回折ビームベクトル64aから入射ビームベクトル62をベクトル的に引き算したものが,散乱ベクトル66aである。
【0019】
X線源とゴニオメータ中心44とX線検出器とを含む平面が検出平面(この実施例ではゴニオメータ中心44を含む水平面である)であり,試料42を回転することで,逆格子の格子点Aを(すなわち,散乱ベクトル66aの先端を),エバルトの反射球60と検出平面とが交差する円68の上にもってくれば,検出平面上に位置するX線検出器で回折X線58を検出することができる。このとき,回折平面が検出平面に一致する。そこで,まず,試料42をΦ軸の周りにφ回転して,散乱ベクトル66aを検出平面上にもってきて,これを散乱ベクトル66bとする。A点はB点に移動する。試料42を実空間においてΦ軸の周りにφ回転させると,逆格子は逆格子空間の原点Oの周りにφ回転するからである。次に,試料42をΩ軸の周りにω回転して,散乱ベクトル66bを円68の上にもってきて,これを散乱ベクトル66cとする。B点はC点に移動する。試料42を実空間においてΩ軸の周りにω回転させると,逆格子は逆格子空間の原点Oの周りにω回転するからである。このときの回折ビームベクトル64cは検出平面上に位置し,実空間上の回折X線58も検出平面上に位置する。このように,φ回転とω回転を組み合わせることで,逆格子の任意の格子点A点を円68の上にもってくることができる。
【0020】
したがって,原理的には,試料42を適切に回転すれば,任意の結晶格子面からの回折X線を,検出平面上に位置するX線検出器で検出することが可能になる(ただし,回折X線の方向が試料表面より下に向くときは検出不能である)。その際,X線検出器は,2Θ軸の周りに適切に回転して,回折X線を検出できるような角度2θにもってくる必要がある。したがって,任意の回折X線について,その回折X線を検出できたときの角度群(2θ,ω,φ)が決まることになる。
【0021】
この発明は,第1スリット50と第2スリット52を使うことで,角度群(2θ,ω,φ)の決定精度を高めている。第1スリット50の開口は回折平面(入射X線56と回折X線58を含む平面であり,検出平面に一致する)に平行に延びていて,その開口幅はS1である。この第1スリット50は可変スリットであり,その開口幅S1は変更可能である。第2スリット52の開口は回折平面に垂直に延びていて,その開口幅はS2である。この第2スリット52も可変スリットであり,その開口幅S2は変更可能である。
【0022】
図4は第1スリット50の開口幅S1と回転角度φの検出精度との関係を示した斜視図である。逆格子の格子点はC点に存在し,入射ビームベクトル62と回折ビームベクトル64cと散乱ベクトル66cは図示の位置にある。回折X線58は第1スリット50と第2スリット52を通過してX線検出器で検出される。ゴニオメータ中心44を通過するΦ軸の周りに試料を実空間で微小角度Δφだけφ回転させると,逆格子の格子点Cは逆格子空間の原点Oを通過するΦ軸の周りにΔφだけ回転する。この微小回転によりC点は回折平面(円68で代表される)に対して垂直方向に微小距離だけ移動する。したがって,試料のφ回転により,回折X線58は上下に振れることになる。第1スリット50の開口は回折平面に平行に延びているので,その開口幅S1を絞ることで,回折X線58が検出できるΔφの範囲を定めることができる。すなわち,開口幅S1によって回転角度φの検出精度が定まることになる。また,散乱ベクトルと試料表面の法線とのなす角度が大きいほど,回転角度φの検出精度が高くなる。
【0023】
同様に,図5は第2スリット52の開口幅S2と回転角度ωの検出精度との関係を示した斜視図である。ゴニオメータ中心44を通過するΩ軸の周りに試料を実空間で微小角度Δωだけω回転させると,逆格子の格子点Cは逆格子空間の原点Oを通過するΩ軸の周りにΔωだけ回転する。この微小回転によりC点は回折平面(円68で代表される)の面内で微小距離だけ移動する。したがって,試料のω回転により,回折X線58は左右に振れることになる。第2スリット52の開口は回折平面に垂直に延びているので,その開口幅S2を絞ることで,回折X線58が検出できるΔωの範囲を定めることができる。すなわち,開口幅S2によって回転角度ωの検出精度が定まることになる。また,回転角度ωを固定して,第2スリット52をゴニオメータ中心44の周りに2θ回転させると,第2スリット52から見れば回折X線58が左右に振れることになるので,第2スリット52の開口幅S2は,回転角度2θの検出精度も定めていることになる。
【0024】
図6は回転角度ωの可能な範囲を説明する平面図である。この図6では,入射X線56に対する回折X線58の角度(回折角)が2θ1であるような結晶格子面70での回折を考えている。試料42はゴニオメータ中心44の周りをω回転する。図6(A)はω=0°のときに回折X線58が検出できるような試料42を示している。この試料42は,試料表面に対して結晶格子面70がθ1だけ時計方向に傾斜しているものである。このとき,試料42の表面は入射X線56に平行になる。ω回転の正方向は,上から見て試料42を時計方向に回転させる方向にとるものとする。ωが負になると,入射X線56が試料42の側面に当たってしまうので,試料表面からの回折X線を測定することは不可能になる。図6(B)はω=θ1のときに回折X線58が検出できるような試料42を示している。この試料42は,試料表面に対して結晶格子面70が平行になっている。図6(C)はω=2θ1のときに回折X線58が検出できるような試料42を示している。この試料42は,試料表面に対して結晶格子面70がθ1だけ反時計方向に傾斜しているものである。ωが2θ1よりも大きくなると,回折X線58が試料42の内部を通過することになるので,回折X線58を検出することは不可能になる。したがって,回折角が2θ1となるような結晶格子面からの回折X線を探すには,ω回転の角度範囲は0〜2θ1の範囲にする必要がある。
【0025】
次に,角度群(2θ,ω,φ)を決定する手順を説明する。図7及び図8は,ひとつの結晶格子面(すなわち,1組のミラー指数)について,その回折X線を探索して回折X線が検出できたときの角度群(2θ,ω,φ)を決定する手順を示すフローチャートである。図7において,単結晶試料の任意のミラー指数(hkl)の結晶格子面について,その回折角2θ1を求める。単結晶試料の材質は既知であり,そのミラー指数を指定すれば,特定のX線波長に対して回折角2θ1が決まる。そこで,図2の2θ回転台28の2Θ軸周りの回転角度2θを2θ1に設定する。第1スリット50の開口幅S1は10mmと広くしておき,第2スリット52の開口幅S2も10mmと広くしておく。試料42のΩ軸周りの回転角度ωは0°に設定する。この状態で,試料42をΦ軸の周りにφ回転して,0〜360°の範囲で粗スキャンする。その粗スキャンの途中で,X線検出器48が回折ピークを検出するかどうかを探索する。回折ピークが見つからないときは,ωを1°だけ増加して,同様の作業を実行する。回折ピークが見つからないでωが2θ1を超えるところまできたら,そのときは,作業を終了する。この場合は,目的のミラー指数の結晶格子面は,ω=0〜2θ1の範囲の試料回転と,φ=0〜360°の範囲の試料回転の組み合わせでは,回折X線が検出できる位置にもってくることができなかったことになる。そのときは,別のミラー指数についての回折ピークの探索に移ることになる。
【0026】
ωが2θ1に達する前のどこかのωにおいて,φ回転の粗スキャンによって回折ピークが出始めたら,その時点でのωとφの値,すなわちω1とφ1,を取得する。その後は,回折ピークが検出される角度群(2θ,ω,φ)を高精度に決定する作業を以下のように実行する。
【0027】
図3の第2スリット52の開口幅S2を10mmから0.2mmまで狭くする。図7のフローチャートの端子Dは図8のフローチャートの端子Dにつながっている。図8において,ωをω1−1°に設定する。すなわち,回折ピークが出始めたときのω1よりも1°だけ手前の角度からωの刻みをスタートする。この状態で,試料42をΦ軸の周りにφ回転して,0〜360°の範囲で(あるいは,上述のφ1の付近で)粗スキャンする。その粗スキャンの途中で,回折ピークが見つからないときは,ωを0.1°だけ増加して,同様の作業を実行する。回折ピークが出始めたら,その時点でのωとφの値,すなわちω2とφ2,を取得する。
【0028】
次に,ωを現在の角度位置(すなわちω2)に固定して,φ2付近でφを精細スキャンして,検出したX線強度が最大となるピーク角度の位置φ3を決定し,これを取得する。粗スキャンと精細スキャンの違いは次のとおりである。粗スキャンでは,スキャン速度を速くして,サンプリング幅を比較的広くしてX線強度を測定する。一方,精細スキャンでは,スキャン速度を遅くして,サンプリング幅を狭くしてX線強度を測定する。
【0029】
φ3が決定したら,φをφ3に固定して,ω2付近でωを精細スキャンして,検出したX線強度が最大となるピーク角度ω3を決定し,これを取得する。
【0030】
次に,もう一方の第1スリット50の開口幅S1を10mmから0.2mmまで狭くする。そして,ωを上述のω3に設定する。上述のφ3付近でφを精細スキャンしてピーク角度φ4を決定し,これを取得する。そして,φをφ4に固定して,ω3付近でωを精細スキャンして,検出したX線強度が最大となるピーク角度ω4を決定し,これを取得する。さらに,第1スリット50の開口幅S1を0.1mmまで狭くして,上述のφ4付近でφを精細スキャンしてピーク角度φ5を決定し,これを取得する。φについては,このφ5が最終的な決定角度となる。そして,φをφ5に固定して,ω4付近でωを精細スキャンして,検出したX線強度が最大となるピーク角度ω5を決定し,これを取得する。ωについては,このω5が最終的な決定角度となる。
【0031】
次に,φをφ5に固定して,2θ1付近で2θを精細スキャンして,ピーク角度2θ2を決定し,これを取得する。さらに,第2スリット52の開口幅S2を0.02mmまで狭くして,2θ2付近で2θを精細スキャンして,ピーク角度2θ3を決定し,これを取得する。
【0032】
以上の手順により,2θ=2θ3,ω=ω5,φ=φ5が決定し,これで,目的のミラー指数(hkl)について,回折X線を検出できた角度群(2θ,ω,φ)が決定した。この実施例で使用したX線回折装置は,ゴニオメータの測角精度が,2θ,ω,φについて,それぞれ1000分の1°である。また,光学系の分解能は100分の3°である。2θ,ω,φの検出精度は,試料の結晶性にも依存し,試料の結晶性が100分の3°よりも悪ければ,2θ,ω,φの検出精度は試料の結晶性に依存し,試料の結晶性が100分の3°よりも良好であれば,2θ,ω,φの検出精度は100分の3°となる。
【0033】
次に,別のミラー指数について,同様の手順を実施して,別の角度群(2θ,ω,φ)を決定する。このようにして,少なくとも三つのミラー指数について,好ましくは多くのミラー指数について,角度群(2θ,ω,φ)を決定する。
【0034】
3種類以上のミラー指数について角度群(2θ,ω,φ)が決定したら,これらの角度群に基づいて単結晶試料の格子定数(a,b,c,α,β,γ)を算出できる。その算出式は上述の非特許文献1に記載されている。非特許文献1は4軸ゴニオメータを使う場合の算出式を記載しているが,その算出式において,χ=90°とすれば,本発明で使用している3軸ゴニオメータでの算出式となる。
【0035】
次に,ミラー指数(hkl)の選択例を説明する。図9はアルミニウムのミラー指数(hkl)とその構造因子の一覧表である。構造因子の大きい順に示してある。回折X線強度は構造因子に比例するので,図9の一覧表は,回折X線強度が大きい順にミラー指数を示したものと言える。この中から,適当なものを3種類以上選択して,上述の角度群(2θ,ω,φ)を決定することになる。
【0036】
図10は格子定数測定装置の制御系を示すブロック図であり,装置部分は平面図である。2θ回転台28は2θ回転駆動機構72により駆動され,ω回転台30はω回転駆動機構74により駆動され,試料ホルダー36はφ回転駆動モータ34(θ回転駆動機構に相当する)により駆動される。第1スリット50の開口幅は,その開口幅可変機構86により調節され,第2スリット52の開口幅は,その開口幅可変機構88により調節される。
【0037】
2θ回転駆動機構72とω回転駆動機構74とφ回転駆動モータ34に対しては,制御装置78内の回転制御手段80から駆動信号が出力される。また,2θ回転駆動機構72に付属する角度センサで検出した2θ信号と,ω回転駆動機構74に付属する角度センサで検出したω信号と,φ回転駆動モータ34に付属する角度センサで検出したφ信号は,制御装置78内の回転角度取得手段82で取得される。第1スリットの開口幅可変機構86と第2スリットの開口幅可変機構88に対しては,制御装置78内の開口幅制御手段90から駆動信号が出力される。
【0038】
制御装置78内の格子定数算出手段84は,回転角度取得手段82で取得した3種類以上の角度群(2θ,ω,φ)に基づいて,単結晶試料の格子定数を算出する。
【0039】
上述の実施例では,検出した回折X線のミラー指数が既知であるものとして,角度群(2θ,ω,φ)を決定したが,検出した回折X線のミラー指数が未知であってもよい。その場合は,3種類以上の回折X線について,得られた角度群(2θ,ω,φ)に基づいてミラー指数の指数付けの作業をすることになる。
【図面の簡単な説明】
【0040】
【図1】従来の4軸回折計の基本構成を示す斜視図である。
【図2】本発明の一実施例の格子定数測定装置の斜視図である。
【図3】3軸ゴニオメータを使って任意の回折X線をX線検出器の方向に向かせる手法を説明する斜視図である。
【図4】第1スリット50の開口幅S1と回転角度φの検出精度との関係を示した斜視図である。
【図5】第2スリット52の開口幅S2と回転角度ωの検出精度との関係を示した斜視図である。
【図6】回転角度ωの可能な範囲を説明する平面図である。
【図7】回折X線が検出できたときの角度群(2θ,ω,φ)を決定する手順を示すフローチャートである。
【図8】図7に示すフローチャートのつづきである。
【図9】アルミニウムのミラー指数とその構造因子の一覧表である。
【図10】格子定数測定装置の制御系を示すブロック図であり,装置部分は平面図である。
【符号の説明】
【0041】
26 ベース
28 2θ回転台
30 ω回転台
34 φ回転駆動モータ
36 試料ホルダー
42 試料
44 3軸ゴニオメータの中心
46 検出器アーム
48 X線検出器
50 第1スリット
52 第2スリット
54 X線源
56 入射X線
58 回折X線
72 2θ回転駆動機構
74 ω回転駆動機構
78 制御装置
80 回転制御手段
82 回転角度取得手段
84 格子定数算出手段
86 第1スリットの開口幅可変機構
88 第2スリットの開口幅可変機構
90 開口幅制御手段

【特許請求の範囲】
【請求項1】
次の構成を備える格子定数測定装置。
(ア)単結晶試料を保持可能な試料ホルダー。
(イ)前記試料ホルダー上の単結晶試料に入射X線を照射するX線源。
(ウ)前記単結晶試料からの回折X線を検出するX線検出器。
(エ)前記試料ホルダーと前記X線検出器の間に配置されている第1スリットであって,前記入射X線と前記回折X線とを含む回折平面に平行に延びる開口を備えていて,その開口幅が可変の第1スリット。
(オ)前記試料ホルダーと前記X線検出器の間に配置されている第2スリットであって,前記回折平面に垂直に延びる開口を備えていて,その開口幅が可変の第2スリット。
(カ)前記回折平面に垂直な2Θ軸の周りに,前記X線検出器と前記第1スリットと前記第2スリットを2θ回転させる2θ回転駆動機構。
(キ)前記2Θ軸と同軸のΩ軸の周りに前記試料ホルダーをω回転させるω回転駆動機構。
(ク)前記回折平面内に存在するΦ軸の周りに前記試料ホルダーをφ回転させるφ回転駆動機構。
(ケ)前記単結晶試料からの回折X線を前記第1スリットと前記第2スリットを介して前記X線検出器で検出できる検出状態を作り出すために,前記φ回転駆動機構によって前記試料ホルダーをφ回転させ,前記ω回転駆動機構によって前記試料ホルダーをω回転させ,前記2θ回転駆動機構によって前記X線検出器と前記第1スリットと前記第2スリットを2θ回転させる,回転制御手段。
(コ)前記検出状態における,前記2θ回転駆動機構の回転角度2θと,前記ω回転駆動機構の回転角度ωと,前記φ回転駆動機構の回転角度φとを取得する回転角度取得手段。
(サ)前記回転角度取得手段で取得した三つの回転角度2θ,ω,φに基づいて前記単結晶試料の格子定数を算出する格子定数算出手段。
【請求項2】
次の段階を備える格子定数測定方法。
(ア)単結晶試料を保持可能な試料ホルダーと,前記試料ホルダー上の単結晶試料に入射X線を照射するX線源と,前記単結晶試料からの回折X線を検出するX線検出器と,前記試料ホルダーと前記X線検出器の間に配置されている第1スリットであって前記入射X線と前記回折X線とを含む回折平面に平行に延びる開口を備えていてその開口幅が可変の第1スリットと,前記試料ホルダーと前記X線検出器の間に配置されている第2スリットであって前記回折平面に垂直に延びる開口を備えていてその開口幅が可変の第2スリットと,前記回折平面に垂直な2Θ軸の周りに前記X線検出器と前記第1スリットと前記第2スリットを2θ回転させる2θ回転駆動機構と,前記2Θ軸と同軸のΩ軸の周りに前記試料ホルダーをω回転させるω回転駆動機構と,前記回折平面内に存在するΦ軸の周りに前記試料ホルダーをφ回転させるφ回転駆動機構とを備えるX線回折装置を準備する段階。
(イ)前記試料ホルダーに前記単結晶試料を取り付ける段階。
(ウ)前記単結晶試料に前記入射X線を照射して,前記単結晶試料の任意の結晶格子面からの前記回折X線が前記第1スリットと前記第2スリットを介して前記X線検出器で検出されるように,前記2θ回転駆動機構の回転角度2θと,前記ω回転駆動機構の回転角度ωと,前記φ回転駆動機構の回転角度φとからなる角度群(2θ,ω,φ)を決定する段階。
(エ)前記単結晶試料の少なくとも3種類の結晶格子面について,前記角度群(2θ,ω,φ)を決定する段階を繰り返す段階。
(オ)少なくとも3種類の前記角度群(2θ,ω,φ)に基づいて,前記単結晶試料の格子定数を算出する段階。
【請求項3】
請求項2に記載の格子定数測定方法において,前記角度群(2θ,ω,φ)を決定する段階は次の段階を含むことを特徴とする格子定数測定方法。
(カ)前記単結晶試料の所望のミラー指数の結晶格子面について,前記X線源のX線波長における回折角2θ1を求めて,前記入射X線に対して前記2Θ軸の周りの初期角度2θ1の位置に前記X線検出器と前記第1スリットと前記第2スリットを配置する段階。
(キ)前記第1スリットの開口幅を第1の値に設定し,前記第2スリットの開口幅を第2の値に設定して,前記回折X線が前記第1スリットと前記第2スリットを介して前記X線検出器で検出されるように,前記ω回転駆動機構の回転角度ωと,前記φ回転駆動機構の回転角度φとを決定する粗いω,φ決定段階。
(ク)前記第1スリットの開口幅を前記第1の値よりも小さい第3の値に設定し,前記第2スリットの開口幅を前記第2の値よりも小さい第4の値に設定して,前記第1のω,φ決定段階で決定された回転角度ω,φの付近でピークサーチを実施して,ピーク角度ω,φの精度を高める精密なω,φ決定段階。
(ケ)前記精密なω,φ決定段階で決定されたピーク角度ω,φの位置において,前記回折X線が前記第1スリットと前記第2スリットを介して前記X線検出器で検出されるように,前記2θ回転駆動機構の回転角度2θを決定する段階。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2006−162407(P2006−162407A)
【公開日】平成18年6月22日(2006.6.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−353553(P2004−353553)
【出願日】平成16年12月7日(2004.12.7)
【出願人】(000250339)株式会社リガク (206)
【Fターム(参考)】