説明

歯車及びこれを備えた車両用差動装置

【課題】ねじりトルクに対する歯車の十分な機械的強度を確保して装置全体の大型・重量化及びコスト高を阻止することができる車両用差動装置を提供する。
【解決手段】車軸上にギヤ軸を有するサイドギヤ3,4と、サイドギヤ3にギヤ軸を平行にして噛合する第1ピニオンギヤ5と、サイドギヤ4及び第1ピニオンギヤ5にそれぞれギヤ軸を平行にして噛合する第2ピニオンギヤ6と、サイドギヤ3,4及び第1ピニオンギヤ5・第2ピニオンギヤ6を収容するギヤ収容空間20Bを有するデフケース2とを備えた車両用差動装置1において、第2ピニオンギヤ6は、各ピッチ円直径が互いに異なるギヤ部6A,6Bを有し、ギヤ部6A,6Bは、同一の歯数に設定され、かつ歯筋60及び歯溝61を共有して連続形成されている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、歯車及びこれを備えた車両用差動装置に関し、特に2つのギヤ部を有する歯車、及びこれを備えた左右輪間又は前後輪のディファレンシャル装置間に配置される車両用差動装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来の車両用差動装置として、例えば各ギヤ軸を平行にして噛合する複数の歯車(ピニオンギヤとサイドギヤ)を備えたものがある(特許文献1)。
【0003】
この車両用差動装置は、エンジントルクを受けて回転駆動されるデフケースと、このデフケース内で車軸上に配置された出力ギヤとしての1対のサイドギヤと、これら1対のサイドギヤのうち一方のサイドギヤに噛合する第1ピニオンギヤと、1対のサイドギヤのうち他方のサイドギヤ及び第1ピニオンギヤにそれぞれ噛合する2つのギヤ部を有する第2ピニオンギヤとから構成されている。
【0004】
デフケースは、2つの車軸をそれぞれ挿通させる1対の車軸挿入孔を有している。デフケース内には、1対のサイドギヤ,第1ピニオンギヤ及び第2ピニオンギヤを収容するギヤ収容空間が設けられている。
【0005】
1対のサイドギヤは、ギヤ収容空間に収容され、かつデフケースの回転軸線上に配置されている。1対のサイドギヤのうち一方のサイドギヤは、そのピッチ円直径が他方のサイドギヤのピッチ円直径より小さい寸法に設定されている。1対のサイドギヤの内面には、車軸がそれぞれスプライン嵌合によって連結されている。
【0006】
第1ピニオンギヤは、1対のサイドギヤのうち一方のサイドギヤ(ピッチ円直径の小さいサイドギヤ)の周囲に配置されている。
【0007】
第2ピニオンギヤは、2つのギヤ部間に段差(首部)をもつ段付き歯車によって形成されている。2つのギヤ部のうち一方のギヤ部(ピッチ円直径の小さいギヤ部)が第1ピニオンギヤに隣接し、かつ1対のサイドギヤのうち一方のサイドギヤの周囲に、また他方のギヤ部(ピッチ円直径の大きいギヤ部)が1対のサイドギヤのうち他方のサイドギヤの周囲に配置されている。
【0008】
以上の構成により、車両のエンジン側からのトルクがデフケースに入力されると、デフケースのギア収納空間より回転トルクが第1ピニオンギヤ及び第2ピニオンギヤに伝達され、さらに第1ピニオンギヤ及び第2ピニオンギヤから1対のサイドギヤに伝達される。1対のサイドギヤにはそれぞれ車軸がスプライン嵌合によって連結されているため、エンジン側からのトルクが車両の運転状況に応じて分配され、デフケース及び第1ピニオンギヤ・第2ピニオンギヤ・1対のサイドギヤを介して2つの車軸に伝達される。
【0009】
この場合、第1ピニオンギヤ及び第2ピニオンギヤが出力サイドギア間の差動にともなって自転しようとすると、デフケースのギヤ収容空間を形成する内面で摺動するため、この内面との間に摩擦抵抗を発生し、これら摩擦抵抗によって1対のサイドギヤ間に差動制限トルクが発生する。
【0010】
またこの文献には特に記載が無いが、各ギヤがヘリカルギアで構成される場合には、第1ピニオンギヤ及び第2ピニオンギヤから1対のサイドギヤへのトルク伝達に伴い、噛み合い面でスラスト力が発生し、これらスラスト力により1対のサイドギヤが互いに軸方向に移動して、サイドギヤ間あるいは各車軸挿入孔の内側開口周縁に圧接するため、1対のサイドギヤ間やデフケースの内面(車軸挿入孔の内側開口周縁)との間に回転摩擦抵抗を発生し、これら摩擦抵抗によっても1対のサイドギヤ間に差動制限トルクが発生する。
【特許文献1】特開平8−247253号公報 図2
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
しかしながら、特許文献1の車両用差動装置によると、第2ピニオンギヤにおける2つのギヤ部間に段差(首部)が形成されているため、この段差に発生するねじりトルクに対する第2ピニオンギヤの機械的強度が低い。このため、第2ピニオンギヤにおいてねじりトルクに対する十分な機械的強度を確保するには、第2ピニオンギヤ全体のギヤ外径を大きくするか、あるいは第1ピニオンギヤ及び第2ピニオンギヤのセット数を増加する必要が生じ、ギヤ径を大きくする場合には装置全体が大型・重量化し、またセット数を増加する場合にはコスト高になるという問題があった。
【0012】
また、特許文献1の車両用差動装置を左右車軸間に設置する場合には、前後車軸間に設置する場合と異なり、両車軸(左右車軸)を連結する1対のサイドギヤ間で厳密に同等な差動回転比や差動制限性能を得る必要があるが、これら1対のサイドギヤ間で厳密に同等な差動回転比や差動制限性能が得られず、このため直進時(非差動時)における左右輪へのトルク伝達性能の差異,左右旋回時の各輪速度及びトルク分配性能の不均一を招くことになる。
【0013】
従って、本発明の第1の目的は、ねじりトルクに対する十分な機械的強度を確保することができる歯車、及びこの歯車を車両用差動装置に用いた場合には装置全体の大型(重量)化及びコスト高を阻止することができる車両用差動装置を提供することにある。
【0014】
また、第2の目的として、釣り合いのとれた差動速度比及びトルク分配性能を有し、前後車軸間のみならず左右車軸間に配置しても用いることができる、車両用差動装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0015】
(1)本発明は、上記目的を達成するために、各ピッチ円直径が互いに異なる大小2つのギヤ部を有し、前記2つのギヤ部は、同一の歯数に設定され、かつ歯筋及び歯溝を共有して連続形成されていることを特徴とする歯車を提供する。
【0016】
(2)本発明は、上記目的を達成するために、車軸上にギヤ軸を有する1対の出力ギヤと、前記1対の出力ギヤのうち一方の出力ギヤにギヤ軸を平行にして噛合する第1ピニオンギヤと、前記1対の出力ギヤのうち他方の出力ギヤ及び前記第1ピニオンギヤにそれぞれギヤ軸を平行にして噛合する第2ピニオンギヤと、前記1対の出力ギヤ,前記第1ピニオンギヤ及び前記第2ピニオンギヤを収容するギヤ収容空間を有するデフケースとを備えた車両用差動装置において、前記第2ピニオンギヤは、各ピッチ円直径が互いに異なる大小2つのギヤ部を有し、前記2つのギヤ部は、同一の歯数に設定され、かつ歯筋及び歯溝を共有して連続形成されていることを特徴とする車両用差動装置を提供する。
【発明の効果】
【0017】
本発明によると、ねじりトルクに対する歯車の十分な機械的強度を確保することができ、装置全体の大型・重量化及びコスト高の招来を阻止することができる。
【0018】
また、本発明によると、釣り合いのとれた差動速度比及びトルク分配性能を有し、前後車軸間のみならず左右車軸間に配置しても用いることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0019】
[実施の形態]
図1は、本発明の実施の形態に係る車両用差動装置を説明するために一部を破断して示す斜視図である。図2は、本発明の実施の最良の形態に係る車両用差動装置を説明するために示す断面図である。この車両用差動装置は、車両の前輪側又は後輪側における左車輪及び右車輪に駆動力を配分すべく、左右輪間に配置されている。図3は、本発明の実施の形態に係る車両用差動装置のギヤ支持部を説明するために示す断面図である。図4は、本発明の実施の形態に係る車両用差動装置の第1ピニオンギヤと第2ピニオンギヤとの噛合位置において発生するモーメントについて説明するために示す側面図である。図4(a)はコースト時のモーメント発生状態を、また図4(b)はドライブ時のモーメント発生状態をそれぞれ示す。なお、図4(a)及び(b)において、各ギヤはピッチ円で示す。図5は、本発明の実施の形態に係る車両用差動装置に用いられる歯車(第2ピニオンギヤ)を説明するために示す図である。図5(a)は正面図を、また図5(b)は断面図をそれぞれ示す。
【0020】
〔車両差動装置の全体構成〕
図1及び図2において、符号1で示す車両用差動装置は、エンジントルクを受けて回転駆動されるデフケース2と、このデフケース2の回転軸線O(車軸)上に配置された出力ギヤとしての1対のサイドギヤ3,4と、これらサイドギヤ3,4のうちサイドギヤ3に噛合する第1ピニオンギヤ5と、この第1ピニオンギヤ5及びサイドギヤ4にそれぞれ噛合する第2ピニオンギヤ6とから大略構成されている。
【0021】
(デフケース2の構成)
デフケース2は、図1及び図2に示すように、車軸方向(回転軸線O)に沿って一方向に開口する部品挿入口20Aを有する第1ケースエレメント20と、この第1ケースエレメント20の部品挿入口20Aを覆う第2ケースエレメント21とからなり、全体が回転軸線Oを中心として回転駆動される中空構造体によって形成されている。
【0022】
第1ケースエレメント20には、図2に示すように、部品挿入口20Aに連通し、かつサイドギヤ3,4及び第1ピニオンギヤ5,第2ピニオンギヤ6を収容するギヤ収容空間20Bが設けられている。
【0023】
また、第1ケースエレメント20には、ギヤ収容空間20Bに連通し、かつ回転軸線Oに沿ってデフケース2外に開口する車軸挿入孔20Cが設けられている。車軸挿入孔20Cは、略均一な内径をもち、右側の車軸(図示せず)を挿通させる段状の貫通孔によって形成されている。車軸挿入孔20Cの内側開口周縁には、サイドギヤ4の背面部を摺動自在に支持する右サイドギヤ用の支持部20Dが設けられている。
【0024】
第1ケースエレメント20の部品挿入口側端部には、デフケース外周面に突出する環状のリングギヤ・ケースエレメント組付用フランジ20Eが設けられている。リングギヤ・ケースエレメント組付用フランジ20Eには、円周方向に所定の間隔をもって並列する複数の貫通孔20e,20e,…が設けられている。
【0025】
第1ケースエレメント20の内面には、サイドギヤ3と第2ピニオンギヤ6(ギヤ部6A,6Bのうちピッチ円直径の小さいギヤ部6A)との間に位置し、かつ車軸挿入孔20Cの内側開口周縁から第2ケースエレメント側に向かって突出する断面略弓形状のギヤ支持部20Fが一体に設けられている。ギヤ支持部20Fは、図3に示すように、第2ピニオンギヤ6のギヤ部6Aの軸線sとデフケース2の回転軸線Oとを結ぶ仮想線Vを遮断する位置に配置されている。ギヤ支持部20Fの内面は、第2ピニオンギヤ6のギヤ部6Aの歯先面に適合する曲率面で形成されている。これにより、第2ピニオンギヤ6のギヤ部6Aが第1ピニオンギア5との噛み合いにより発生する、デフケース2の回転軸線Oに向かうモーメント力をギア支持部20Fで保持することが可能となり、第2ピニオンギヤ6の傾動を阻止して良好なギヤ噛合状態を維持することができる。
【0026】
一方、第2ケースエレメント21には、図2に示すように、ギヤ収容空間20Bに連通し、かつ回転軸線Oに沿ってデフケース2外に開口する車軸挿入孔21Aが設けられている。車軸挿入孔21Aは、略均一な内径をもち、左側の車軸(図示せず)を挿通させる段状の貫通孔によって形成されている。車軸挿入孔21Aの内側開口周縁には、サイドギヤ5の背面部を摺動自在に支持する左サイドギヤ用の支持部21Bが設けられている。
【0027】
また、第2ケースエレメント21には、車軸挿入孔21Aの内側開口周縁から第1ケースエレメント側に向かって突出し、かつ第1ピニオンギヤ5の片側端面を支持する凸部21Cが一体に設けられている。
【0028】
第2ケースエレメント21の第1ケースエレメント側開口端部には、デフケース外周面に突出する環状のリングギヤ・ケースエレメント組付用フランジ21Dが設けられている。リングギヤ・ケースエレメント組付用フランジ21Dには、円周方向に所定の間隔をもって並列する複数の貫通孔21d,21d,…が設けられている。
【0029】
(サイドギヤ3の構成)
サイドギヤ3は、図2に示すように、各外径が互いに異なるボス部3A及びギヤ部3Bを有する略環状のヘリカルギヤ(第1ピニオンギヤ5及び第2ピニオンギヤ6の各外径より大きい外径を有する歯車)からなり、そのボス部3Aを車軸挿入孔20C内に挿入して右サイドギヤ用の支持部20Dに摺動自在に支持され、かつデフケース2内(第1ケースエレメント20のギヤ収容空間20B)に回転自在に収容されている。そして、ギヤ軸を回転軸線O(車軸)上に配置して第1ピニオンギヤ5に噛合するように構成されている。
【0030】
また、サイドギヤ3は、第1ピニオンギヤ5に対するギヤ噛み合い歯幅aがサイドギヤ4の第2ピニオンギヤ6(ギヤ部6A,6Bのうちピッチ円直径の大きいギヤ部6B)に対するギヤ噛み合い歯幅bより大きい寸法に設定されている。これにより、サイドギヤ3が第1ピニオンギヤ5と軸線方向に広い範囲にわたって噛合することが可能となり、車両用差動装置1における全ギアの中で唯一2つの異なるギア(サイドギヤ3,第2ピニオンギヤ6)と噛合する第1ピニオンギヤ5の、第2ピニオンギヤ6(ギヤ部6A)及びサイドギヤ3に対する安定したギヤ噛合状態及び充分な機械的強度を得ることができる。サイドギヤ3内には、右側の車軸(図示せず)が車軸挿入孔20Cを挿通してスプライン嵌合されている。
【0031】
(サイドギヤ4の構成)
サイドギヤ4は、図2に示すように、各外径が互いに異なるボス部4A及びギヤ部4Bを有する略環状のヘリカルギヤ(第1ピニオンギヤ5及び第2ピニオンギヤ6の外径より大きい外径を有する歯車)からなり、そのボス部4Aを車軸挿入孔21A内に挿入して左サイドギヤ用の支持部21Bに摺動自在に支持され、かつデフケース2内(第1ケースエレメント20のギヤ収容空間20B)に回転自在に収容されている。そして、ギヤ軸を回転軸線O(車軸)上に配置して第2ピニオンギヤ6の(ギヤ部6A,6Bのうちピッチ円直径の大きいギヤ部6B)に噛合するように構成されている。
【0032】
また、サイドギヤ4は、そのピッチ円直径がサイドギヤ3のピッチ円直径より大きい寸法に、歯数がサイドギヤ3の歯数と同一の歯数にそれぞれ設定されている。サイドギヤ4内には、左側の車軸(図示せず)が車軸挿入孔21Aを挿通してスプライン嵌合されている。
【0033】
サイドギア3とサイドギヤ4とは、それぞれがワッシャ100を介して互いに対向する一方側端面30A,40A(センター部位)をもち、それぞれのワッシャ100との摩擦摺動径(摩擦摺動面積)および摩擦係数が略同等となるように構成されている。
また、車軸挿入孔20C,21Aの内側開口周縁にそれぞれ対向する他方側端面30B,40B(エンド部位)においては、図2に示すように左サイドギア用の支持部21Bに環状の凹部(逃げ溝)210Bを設けることにより、それぞれのエンド部位での摩擦摺動径(摩擦摺動面積)および摩擦係数も略同等となるように構成されている。
【0034】
図2に示すようにサイドギヤ3,4の内孔30C,40Cのうち内孔30Cの一部に段状の逃げ部300Cを設けることにより、サイドギヤ3,4におけるスプライン嵌合部の軸線方向寸法も略同等の寸法に設定されている。
【0035】
(第1ピニオンギヤ5の構成)
第1ピニオンギヤ5は、図2に示すように、ヘリカルギヤからなり、デフケース2内(第1ケースエレメント20のギヤ収容空間20B)に回転自在に収容されている。そして、第2ピニオンギヤ5のギヤ部(ギヤ部6A,6Bのうちピッチ円直径が小さいギヤ部6A)及びサイドギヤ3にギヤ軸を平行にして噛合するように構成されている。
【0036】
(第2ピニオンギヤ6の構成)
第2ピニオンギヤ6は、図2に示すように、各ピッチ円直径d,d(d<d)及び各ねじれ角β,β(β<β)が互いに異なる大小2つのギヤ部6A,6B(ギヤ部6Aがピッチ円直径d,ねじれ角βの歯車諸元を、ギヤ部6Bがピッチ円直径d,ねじれ角βの歯車諸元をもつ)を有するヘリカルギヤからなり、第1ピニオンギヤ5及びサイドギヤ4に噛合し、デフケース2内(第1ケースエレメント20のギヤ収容空間20B)に回転自在に収容されている。
【0037】
ギア部6Aが噛合する第1ピニオンギア5との噛み合い反力は、サイドギア3を経由して右車輪に伝達されるトルクに連動する。また、ギア部6Bが噛合するサイドギア4との噛み合い反力は、左車輪に伝達されるトルクに連動する。よって、直進時(非差動時)や、旋回時(差動時)におけるトルク分配性能の左右差を充分小さくするためには、左右輪トルクが均等な状態において、第2ピニオンギアのギア部6Aとギア部6Bにそれぞれ発生する軸方向分力を、充分に相殺できる構成にしておく必要がある。
【0038】
左右輪トルクが均等な状態におけるギア部6Aに発生する接線方向(円周方向)分力をFt、ギア部6Bに発生する接線方向分力をFtとすると、
Ft=Ft・(d/d)であり、d<dの場合には Ft>Ftとなる。
【0039】
また、ギア部6Aに発生する軸方向(スラスト)分力をFx、ギア部6Bの軸方向分力をFxとすると、Fx=Ft・tanβ、 Fx=Ft・tanβとなる。
【0040】
ここで、それぞれのギア部で発生する軸方向分力がバランスし相殺できる条件は、
Ft・tanβ=Ft・tanβ=Ft・(d/d)・tanβである。
【0041】
よって、β=tan-1{(d/d)・tanβ}となり、d<dの場合は、βはβより相当分の角度を大きくしておけば良いことになる。
【0042】
ギヤ部6Bのピッチ円直径dは、ギヤ部6Aのピッチ円直径dよりも大きい寸法に設定されている。本実施の形態では、ギヤ部6Aのピッチ円直径dに対しギヤ部6Bのピッチ円直径dを10%大きく設定してある。
【0043】
ギヤ部6Aのねじれ角βは、ギヤ部6Bのねじれ角βよりも小さい角度に設定されている。本実施の形態では、ギヤ部6Aのねじれ角βが30°、ギヤ部6Bのねじれ角βが約32.4°である。
【0044】
これにより、ギヤ部6A,6Bに同一の回転トルクが反力として作用する場合、各ギア部6A,6Bで発生する軸方向分力が相殺され、左右輪へのトルク伝達性能の差異,左右旋回時の各輪速度及びトルク分配性能の不均一の招来を緩和することができる。
【0045】
なお、仮に両ギヤ部6A,6Bのねじれ角が同一の角度に設定されている場合、車両の直進時(非差動時)かつ左右輪トルクが均等な状態においてデフケース2から第1ピニオンギヤ5及び第2ピニオンギヤ6に駆動力が伝達されると、第2ピニオンギヤ6のギヤ部6Bとサイドギヤ4との噛み合いによって第2ピニオンギヤ6に発生する軸方向分力よりも、第2ピニオンギヤ6のギヤ部6Aと第1ピニオンギヤ5との噛み合いによって第2ピニオンギヤ6に発生する軸方向分力(ギヤ部6Bとサイドギヤ4との噛み合いによってピニオンギヤ6に発生するスラスト力の方向と逆方向に発生するスラスト力)の方が大きくなる。またこの結果、左右輪トルクが均等にも拘らずサイドギア3に発生するスラスト力がサイドギア4よりも大きくなる。これにより非差動時および差動時におけるトルク伝達特性が左右輪間でアンバランスが解消できない構成となってしまう。このため、本実施形態では、両ギヤ部6A,6Bのねじれ角が同一の角度に設定されておらず、ギヤ部6Aのねじれ角がギヤ部6Bのねじれ角よりも小さく設定されている。
【0046】
第2ピニオンギア6のギヤ部6A,6Bは、軸方向端面がその外周部をデフケース2(第1ケースエレメント20と第2ケースエレメント21)の内面に当接させないようテーパで形成されている。ギヤ部6Bの軸方向端面のうちデフケース2(第2ケースエレメント21)の内面に当接する平面円形状の端面の直径及びその中心点の回転軸線Oからの距離は、それぞれがギヤ部6Aの軸方向端面のうちデフケース2(第1ケースエレメント20)の内面に当接する平面円形状の端面の直径及びその中心点の回転軸線Oからの距離と同一の寸法に設定されている。これにより、第2ピニオンギア6がその軸方向のいずれの向きに同等の力でデフケース2に対して押し付けられても、等しい差動制限力が発生させることが可能となる。
【0047】
また、第2ピニオンギヤ6は、第1ピニオンギヤ5に噛合する位置からデフケース2の回転軸線Oに向かうモーメントMをコーストモードにおいて発生させる位置に配置されている。これにより、コースト時には図4(a)に示すようにモーメントMを大きく発生させることが、ドライブ時には図4(b)に示すようにモーメントMの発生を抑制することがそれぞれ可能となる。
【0048】
ギヤ部6A,6Bは、図5(a)に示すように、ドライブ側のギヤ噛み合い歯幅c,d及びコースト側のギヤ噛み合い歯幅e,fが互いに異なる寸法(c>e,d>f)に設定されている。これにより、第2ピニオンギヤ6がドライブ時の負荷をコースト時の負荷より広い範囲にわたって受けることが可能となる。
【0049】
また、ギヤ部6A,6Bは、同一の歯数に設定され、かつ図5(b)に示すように歯筋60及び歯溝61を共有して連続形成されている。そして、ギヤ部6Aが第1ピニオンギヤ5に、ギヤ部6Bがサイドギヤ4にそれぞれギヤ軸を平行にして噛合するように構成されている。本実施形態ではすべての歯車は標準歯車として使用しており、ギヤ部6Aはギア部6Bよりも小さなモジュールの諸元を採用し、ギア部6A、6Bのピッチ円直径比は、サイドギヤ3,4のピッチ円直径比に等しくなる割合に設定されている。これにより、サイドギヤ3,4の差動速度比が等倍(1:1)の割合となる。
【0050】
〔車両用差動装置1の動作〕
車両のエンジン側からのトルクがドライブピニオン及びリングギヤを介してデフケース2に入力されると、デフケース2が回転軸線Oの回りに回転駆動される。デフケース2が回転駆動されると、この回転力が第1ピニオンギヤ5及び第2ピニオンギヤ6に伝達され、さらに第1ピニオンギヤ5及び第2ピニオンギヤ6からサイドギヤ3,4に伝達される。この場合、左右のサイドギヤ3,4にはそれぞれ車軸(図示せず)がスプライン嵌合されているため、エンジン側からのトルクがドライブピニオン及びリングギヤ・デフケース2・第1ピニオンギヤ5,第2ピニオンギヤ6・サイドギヤ3,4を介して左右の車軸に伝達される。
【0051】
ここで、車両が直進状態であり、かつ左右各車輪に路面との間でスリップが発生しない場合には、エンジン側からのトルクがデフケース2に伝達されると、第1ピニオンギヤ5及び第2ピニオンギヤ6がサイドギヤ3,4の中心軸回りに自転することなく公転し、第1ピニオンギヤ5及び第2ピニオンギヤ6及びサイドギヤ3,4がデフケース2と共に一体に回転するため、エンジン側からのトルクが左右両車軸に等分を基準に、静摩擦時の差動制限トルク配分内で路面反力のアンバランスに瞬時に対応してロスなく伝達され、左右各車輪が等しい回転数で回転する。
【0052】
一方、例えば右側の車輪がぬかるみに落ち込んでスリップが発生した場合には、第1ピニオンギヤ5及び第2ピニオンギヤ6がサイドギヤ3,4と噛合しながら自転するため、左側の車輪がデフケース2の回転速度より低い速度で回転し、右側の車輪がデフケース2の回転速度より高い速度で回転し、エンジン側からのトルクが左右の車軸(車輪)間であらかじめ設定した不等分配比となるよう、路面反力の大きい左側の車輪により大きいトルクを分配することで左右合計の駆動力ロスを軽減し、またスリップを起こしている右側の車輪へのトルク伝達を減少させることで、そのスリップの状態を緩和する。
【0053】
本実施の形態においては、デフケース2にトルクが作用した状態で第1ピニオンギヤ5及び第2ピニオンギヤ6が回転すると、これら第1ピニオンギヤ5及び第2ピニオンギヤ6(ギヤ部6A,6B)の各歯先面がギヤ収容空間20Bを形成する内面で摺動するため、この内面との間に摩擦抵抗を発生し、これら摩擦抵抗によってサイドギヤ3,4に差動制限トルクが発生する。
【0054】
一方、第1ピニオンギヤ5及び第2ピニオンギヤ6の回転によってサイドギヤ3,4との噛み合い面で各々のギヤ(第1ピニオンギヤ5,第2ピニオンギヤ6及びサイドギヤ3,4)に回転軸方向のスラスト力が発生する。図1に示す各ギアのねじれ方向でエンジンから左右輪を駆動しているドライブモードの場合、サイドギヤ3,4に発生するスラスト力によりサイドギヤ3,4が互いに離間する方向に移動して支持部20D,21Bにそれぞれ圧接するため、サイドギヤ3と支持部20Dとの間及びサイドギヤ4と支持部21Bとの間に摩擦抵抗を発生し、これら摩擦抵抗によってもサイドギヤ3,4に差動制限トルクが発生する。
【0055】
また、第1ピニオンギヤ5及び第2ピニオンギヤ6においては、サイドギア3,4の伝達トルクに差がある場合に、伝達トルクの小さい側に向けてスラスト力が発生するが、この場合それぞれのピニオンギヤの端面が、相対する第1ケースエレメント20又は第2ケースエレメント21の内面に圧接するため、第1ピニオンギヤ5及び第2ピニオンギヤ6の自転に対する摩擦抵抗が発生し、これによってもサイドギヤ3,4に差動制限トルクが発生する。
【0056】
[実施の形態の効果]
以上説明した実施の形態によれば、次に示す効果が得られる。
【0057】
(1)第2ピニオンギヤ6における2つのギヤ部6A,6B間に段差(首部)が形成されないため、ねじりトルクに対する第2ピニオンギヤ6の機械的強度を高めることができる。これにより、従来必要とした第2ピニオンギヤの拡径及びピニオンギヤセット数の増加が不要となり、装置全体の大型・重量化及びコスト高を阻止することができる。
【0058】
(2)第2ピニオンギヤ6のギヤ部6Aからデフケース2の回転軸線Oに向かうモーメントをギヤ支持部20Fが受けることが可能となり、第2ピニオンギヤ6の傾動を阻止して良好なギヤ噛合状態を維持することができる。
【0059】
(3)第2ピニオンギヤ6が第1ピニオンギヤ5に噛合する位置からデフケース2の回転軸線Oに向かうモーメントMをコーストモードにおいて発生させる位置に配置されているため、コースト時にはモーメントMを発生させることが、ドライブ時にはモーメントMの発生を回避することがそれぞれ可能となる。
【0060】
(4)ドライブ側のギヤ噛み合い歯幅c及びコースト側のギヤ噛み合い歯幅dが互いに異なる寸法(c>d)に設定されているため、第2ピニオンギヤ6がドライブ時の負荷をコースト時の負荷より広い範囲にわたって受けることが可能となる。
【0061】
(5)サイドギヤ3が第1ピニオンギヤ5と軸線方向に広い範囲にわたって噛合することが可能となり、第1ピニオンギヤ5の第2ピニオンギヤ6(ギヤ部6A)及びサイドギヤ3に対する安定したギヤ噛合状態を得ることができる。
【0062】
(6)左右車軸間の車両用差動装置として望ましい、釣り合いのとれた左右輪への差動速度比及び差動制限トルクの分配性能を得ることができる。
【0063】
以上、本発明の車両用差動装置を上記の実施の形態に基づいて左右車軸間用として説明したが、本発明は上記の実施の形態に限定されるものではなく、その要旨を逸脱しない範囲で種々の態様において実施することが可能であり、例えば次に示すような変形も可能である。
【0064】
(1)本実施の形態では、第2ピニオンギヤ6(ギヤ部6A)のギヤ支持部20Fが第2ケースエレメント側に突出する凸状のギヤ支持部である場合について説明したが、本発明はこれに限定されず、第2ケースエレメント側に開口する凹状のギヤ支持部であってもよい。
【0065】
(2)本実施の形態では、サイドギヤ3,4に噛合する第1ピニオンギア5及び第2ピニオンギヤ6がデフケース2内に2個(1対)配置する場合について説明したが、本発明はこれに限定されず、複数対のピニオンギヤ(第1ピニオンギヤ及び第2ピニオンギヤ)をデフケース内に配置することができる。
【0066】
(3)本実施の形態では、ギヤ部6A,6Bのピッチ円直径比がサイドギヤ3,4のピッチ円直径比に等しくなる割合に設定されている場合について説明したが、本発明はこれに限定されず、他の割合に設定し、前後車軸間用としても勿論よい。
【0067】
(4)本実施の形態では、ギヤ部6A,6Bの歯数を同じくし、かつ異なるピッチ円直径比を採用しているが、この2つのギア部の製作には同一モジュールの工具を使ってもよいし、異なるモジュールを使ってもよい。また、標準歯車としてもよいし転位歯車としてもよい。
【0068】
(5)本実施の形態では、ギヤ支持部20Fがギヤ部6Aの軸線sとデフケース2の回転軸線Oとを結ぶ仮想線Vを遮断する位置に配置されている場合について説明したが、本発明はこれに限定されず、図6に示すようにギヤ部6Aの軸線sとデフケース2の回転軸線Oとを結ぶ仮想線Vを遮断しない位置にギヤ支持部20Fを配置してもよい。この場合、ギヤ支持部20Fは、その先端部をサイドギヤ4の軸線方向端面内に位置付けるように延伸させてギヤ収容空間20Bに収容されている。
【図面の簡単な説明】
【0069】
【図1】本発明の実施の形態に係る車両用差動装置を説明するために一部を破断して示す斜視図。
【図2】本発明の実施の形態に係る車両用差動装置を説明するために示す断面図。
【図3】本発明の実施の形態に係る車両用差動装置のギヤ支持部を説明するために示す断面図。
【図4】(a)及び(b)は、本発明の実施の形態に係る車両用差動装置の第1ピニオンギヤと第2ピニオンギヤとの噛合位置において発生するモーメントについて説明するために示す側面図。
【図5】(a)及び(b)は、本発明の実施の形態に係る車両用差動装置に用いられる歯車(第2ピニオンギヤ)を説明するために示す正面図と断面図。
【図6】本発明の実施の形態に係る車両用差動装置のギヤ支持部の変形例について説明するために示す断面図。
【符号の説明】
【0070】
1…車両用差動装置
2…デフケース
20…第1ケースエレメント、20A…部品挿入口、20B…ギヤ収容空間、20C…車軸挿入孔、20D…右サイドギヤ用の支持部、20E…リングギヤ・ケースエレメント組付用フランジ、20e…貫通孔、20F…ギヤ支持部
21…第2ケースエレメント、21A…車軸挿入孔、21B…左サイドギヤ用の支持部、21C…凸部、21D…リングギヤ・ケースエレメント組付用フランジ、21d…貫通孔、210B…凹部
3,4…サイドギヤ、3A,4A…ボス部、3B,4B…ギヤ部、30A,40A…一方側端面、30B,40B…他方側端面、30C,40C…内孔、300C…逃げ部
5…第1ピニオンギヤ
6…第2ピニオンギヤ、6A,6B…ギヤ部
60…歯筋
61…歯溝
100…ワッシャ
O…回転軸線
s…第2ピニオンギヤ6の軸線
V…仮想線
a,b,c,d,e,f…ギヤ噛み合い歯幅

【特許請求の範囲】
【請求項1】
各ピッチ円直径が互いに異なる大小2つのギヤ部を有し、
前記2つのギヤ部は、同一の歯数に設定され、かつ歯筋及び歯溝を共有して連続形成されている
ことを特徴とする歯車。
【請求項2】
前記2つのギヤ部は、各ねじれ方向が同一であるヘリカルギヤによって形成され、ピッチ円直径の小さいギヤ部のねじれ角がピッチ円直径の大きなギヤ部のねじれ角よりも小さい角度に設定されている請求項1に記載の歯車。
【請求項3】
車軸上にギヤ軸を有する1対の出力ギヤと、
前記1対の出力ギヤのうち一方の出力ギヤにギヤ軸を平行にして噛合する第1ピニオンギヤと、
前記1対の出力ギヤのうち他方の出力ギヤ及び前記第1ピニオンギヤにそれぞれギヤ軸を平行にして噛合する第2ピニオンギヤと、
前記1対の出力ギヤ,前記第1ピニオンギヤ及び前記第2ピニオンギヤを収容するギヤ収容空間を有するデフケースと
を備えた車両用差動装置において、
前記第2ピニオンギヤは、各ピッチ円直径が互いに異なる大小2つのギヤ部を有し、
前記2つのギヤ部は、同一の歯数に設定され、かつ歯筋及び歯溝を共有して連続形成されている
ことを特徴とする車両用差動装置。
【請求項4】
前記デフケースは、前記第2ピニオンギヤの前記2つのギヤ部のうちピッチ円直径の小さいギヤ部と前記一方の出力ギヤとの間に位置し、かつ前記ピッチ円直径の小さいギヤ部の歯先面に適合する内面を有するギヤ支持部が、その先端部を前記他方の出力ギアの軸線方向端面内に位置付けるように延伸させて前記ギヤ収容空間に設けられている請求項3に記載の車両用差動装置。
【請求項5】
前記第2ピニオンギヤは、前記第1ピニオンギヤに噛合する位置から前記デフケースの回転軸線に向かうモーメントをコーストモードにおいて発生させる位置に配置されている請求項3に記載の車両用差動装置。
【請求項6】
前記第2ピニオンギヤは、ドライブ側のギヤ噛み合い歯幅及びコースト側のギヤ噛み合い歯幅が互いに異なる寸法に設定されている請求項3に記載の車両用差動装置。
【請求項7】
前記1対の出力ギヤのうち一方の出力ギヤは、前記第1ピニオンギヤに対する噛み合い歯幅が他方の出力ギヤの前記第2ピニオンギヤに対する噛み合い歯幅より大きい寸法に設定されている請求項3に記載の車両用差動装置。
【請求項8】
前記1対の出力ギヤ,前記第1ピニオンギヤ及び前記第2ピニオンギヤはヘリカルギヤからなる請求項3に記載の車両用差動装置。
【請求項9】
前記1対の出力ギヤは、各歯数が同一の歯数に設定されている請求項3に記載の車両用差動装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2009−197976(P2009−197976A)
【公開日】平成21年9月3日(2009.9.3)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−43019(P2008−43019)
【出願日】平成20年2月25日(2008.2.25)
【出願人】(000001247)株式会社ジェイテクト (7,053)
【Fターム(参考)】