説明

気体中微量物質の濃度測定方法

【課題】 試料気体中の微量物質の濃度を、装置コストを高くすることなく、且つ、ppm以下の濃度を高精度で測定できる、光共振器吸収セルの透過光スペクトルの半値幅を使用した気体中微量物質の濃度測定方法を提供する。
【解決手段】 試料気体を導入した光共振器吸収セル1に、連続波レーザー光3を入力し、連続波レーザー光3の周波数を掃引すると共に、掃引する各々の周波数に光共振器吸収セル1が共振するように共振器長Lを調節して透過光4の強度を測定し、透過光強度4の最小値を与える周波数に共振する共振器長Lで、上記周波数を中心周波数として周波数掃引して試料気体の透過光スペクトル8を求め、透過光スペクトル8の半値幅と共振器干渉スペクトルの半値幅とから試料気体に含まれる被測定物質の濃度を求める。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、光共振器吸収セルの透過光スペクトルの半値幅を使用した気体中微量物質の濃度測定方法に関する。
【背景技術】
【0002】
気体中の微量物質を高感度に検出することは、試料分析、環境モニター、地球科学など広い分野で重要である。レーザー分光法は物質識別の能力は高いが、質量分析法などに比べ感度が低い。このため、光路長を伸ばして感度を上げるために長光路セルや光共振器吸収セルが使われる。
【0003】
光共振器吸収セルを使う高感度レーザー分光法として、キャビティリングダウン分光法(非特許文献1参照)がよく使われる。
図10にその測定原理図を示す。高反射率を持つミラー(典型的には99.99%)を2枚平行に向かい合わせて光共振器とし、ミラーの間に試料気体を導入する。そこにパルス光を入射すると光はミラーの間を何度も往復して、徐々に共振器外へ漏れ出していくが、この出力光強度の時間的減衰を測定して、試料気体に含まれる微量物質の濃度を測定する。吸収セル中の試料気体が入力光を吸収しない場合、この減衰時間、例えば減衰の時定数はミラーの反射率で決まるが、吸収セル中の試料気体が入力光を吸収する場合は、光はミラーの間を往復する間に試料気体に吸収されて減衰時定数が短くなる。パルス光の周波数を変えながら減衰時定数を測定すれば、試料気体の吸収スペクトルがわかり、その減衰時定数から試料気体に含まれる微量物質の濃度がわかる。減衰時定数を測定すればよいので、入射光強度の安定度が良くないパルスレーザー光源、すなわち、雑音の大きいパルスレーザー光源であっても使用でき、しかも、光共振器中で何度も往復するので実効光路長が長く、高感度を達成できる。
【0004】
しかし、地球温暖化物質であるメタンの特定のアイソトポマー濃度の測定(特許文献1参照)のように、ppm(百万分の1)以下の濃度を測定するためには、周波数制御性の高い光源と高速な信号処理装置を必要とする。このため、ppm以下の濃度を測定する従来のこの種の装置は、装置コストが高いと言う課題がある。
【0005】
パルスレーザー光の代わりに連続波レーザー光を光共振器吸収セルに入射し、透過光強度から試料気体の吸収強度を決定する方法(非特許文献2参照)も実用化されている。
図11にその測定原理を示す。この方法は、試料気体を導入した光共振器吸収セルに連続波レーザー光を入射し、共振器の共振条件で連続波レーザー光の周波数を掃引して透過光スペクトルを求める。試料気体が入射光を吸収しない場合は、透過率が一定で、且つ、等周波数間隔の鋭い透過光スペクトルが多数観測される。試料気体が特定の周波数の光を吸収する場合には、試料気体の吸収に対応する透過光スペクトルの透過率は減少し、図の点線で示すような吸収スペクトルを示す。透過率最小の透過光スペクトルの強度を吸収がない場合の透過光スペクトルの強度で正規化して透過率を求め、透過率から吸収強度を定量化し、試料気体に含まれる微量物質の濃度を求めるものである。
ところで、一般にレーザー光源の出力光強度は時間的に変動するので、正規化に使用する吸収がない場合の透過光スペクトル強度は微量物質の濃度測定時の強度である必要がある。このため、この方法においては、微量物質の濃度測定時に、吸収がない周波数の共振透過光スペクトル(共振器干渉スペクトル)の周波数(自由スペクトル幅)まで周波数掃引して、このピークの透過光強度を透過率の正規化分母としている。
【0006】
しかしながら、この光周波数掃引範囲は数百MHzを必要とするので、周波数掃引に時間がかかり、周波数掃引している間にレーザー光源の出力光強度が変動し、この変動量は、ppm以下の濃度を測定する場合には無視し得ない測定誤差となる。
また、測定光学系は、光源、光共振器、或いはミラーと言った光学部品で構成されているため、光周波数に依存した避け得ない光干渉効果が存在し、数百MHzの周波数の違いによる光干渉効果の違いは、ppm以下の濃度を測定する場合には無視し得ない測定誤差となる。すなわち、ppm以下の濃度を測定するためには、従来のこの種の装置では測定精度が十分でないという課題がある。
【非特許文献1】J.JScherer,J.B.Paul,A.O’Keefe,and R.J.Saykally,“Cavity Ringdown Laser Absorpotion Spectroscopy:History,Development,and Application to Pulsed Molecular Beams”,Chem.Rev.97(1997)25−51
【非特許文献2】Man−Chor Chan,Shun−Hin Yeung, “High−resolution cavity enhanced absorption spectroscopy using phase−sensitive detection”,Chemical Physics Letters 373,100−108(2003)
【非特許文献3】Chikako Ishibashi and Hiroyuki Sasada,“Highly sensitive cavity−enhanced sub−Doppler spectroscopy of a molecular overtone band with a 1.66μm tunable diode laser”,Jpn.J.Appl.Phys.38,920−922(1999)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
上記説明から理解されるように、地球温暖化物質であるメタンの特定のアイソトポマー濃度の測定のように、ppm以下の濃度を測定するためには、従来のパルスレーザー法を用いたキャビティリングダウン分光法では、装置コストが高く、また、連続レーザー光を用いた共振器分光法では測定精度が十分でないと言う課題がある。
【0008】
上記課題に鑑み、本発明は、試料気体中の微量物質の濃度を、装置コストを高騰させることなく、且つ、ppm以下の濃度を高精度で測定することができる、光共振器吸収セルの透過光スペクトルの半値幅を使用した気体中微量物質の濃度測定方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記目的を達成するために、本発明の光共振器吸収セルの透過光スペクトルの半値幅を使用した気体中微量物質の濃度測定方法は、光共振器吸収セルに試料気体を導入し、この光共振器吸収セルに連続波レーザー光を入射し、連続波レーザー光の周波数を掃引すると共に、この掃引する各々の周波数に光共振器吸収セルが共振するように共振器長を調節して透過光強度を測定し、透過光強度の最小値を与える周波数に共振する共振器長で、透過光強度の最小値を与える周波数を中心周波数として周波数掃引して試料気体の透過光スペクトルを求め、透過光スペクトルの半値幅と、光共振器吸収セルの共振器干渉スペクトルの半値幅とから、試料気体に含まれる被測定物質の濃度を求めることを特徴とする。
上記構成において、共振器干渉スペクトルの半値幅は、透過光強度の最小値を与える周波数、且つ、この周波数に共振する共振器長における、共振器干渉スペクトルの半値幅であれば好ましい。
【発明の効果】
【0010】
従来法では自由スペクトル幅の周波数掃引が必要であり、自由スペクトル幅の周波数掃引中に光源の出力光強度が変動し濃度測定値に誤差が生ずるが、本発明の方法で必要な周波数掃引幅は、透過光スペクトルの半値幅程度でよく、透過光スペクトルの半値幅は自由スペクトル幅より遙かに狭いので、周波数掃引時間が極めて短く、光源の出力光強度の変動は無視できる。
また、透過光スペクトルのピーク周波数と、その半値幅を与える周波数とは、極めて接近しているので、この二つの周波数における光干渉効果はほとんど同じであり、従来装置で課題であった周波数の違いに基づく光干渉効果の違いによる測定誤差は生じない。
また、共振器干渉スペクトル半値幅も、被測定微量物質の吸収周波数における共振器干渉スペクトルの半値幅を用いるので、周波数の違いによる光干渉効果の違いに基づく測定誤差は生じない。
従って、本発明の方法によれば、試料気体中の微量物質の濃度を、装置コストを高くすることなく、且つ、試料気体中の微量物質の濃度がppm以下であっても高精度に測定することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
以下、本発明の実施の形態を図面に基づいて詳細に説明する。
初めに、光共振器吸収セルの動作原理を説明し、その原理に基づいて、従来の連続波レーザー光を用いた測定方法を説明し、次に本発明の気体中微量物質の濃度測定方法を説明する。
図1は、連続波レーザー光を用いた測定方法を説明するための図であり、図1(a)は光共振器吸収セルの動作を説明する模式図である。同図(b)は光共振器吸収セルの透過光スペクトルを示し、横軸は光周波数、縦軸は透過光スペクトルの透過率を表す。
図1(a)に示すように、試料気体2を導入した光共振器吸収セル1に連続波レーザー光3を入力し、光共振器吸収セル1を透過する透過光4のスペクトルを測定する。光共振器吸収セル1は、共振器長Lを隔てて互いに平行に配置されたミラー5a,5bから構成されている。
【0012】
ここで、ミラー5a,5bの反射率(強度反射率)をR、ミラー5a,5bの透過率(強度透過率)をTとする。また、光共振器吸収セル1中の光6は光共振器吸収セル1中で繰り返し反射する間に試料気体2によって吸収され強度が減衰するが、光6の進行長さLあたりの透過率(強度透過率)をAとする。そして、入射連続波レーザー光3の周波数をν、光速をcとし、入射光強度をIi 、透過光強度をIt とすると、試料気体2を導入した光共振器吸収セル1の透過率T(ν)(=It /Ii )は次式(1)で与えられる。
【数1】

上記(1)式において、変数B(ν)を次式(2)のように定義し、
【数2】

(1)式をB(ν)を用いて書き直すと次式(3)となる。
【数3】

光共振器吸収セル1の共振条件を満たす周波数νをνc とすると、νc は次式(4)で表される。
【数4】

νFSR は自由スペクトル間隔である。また、ν=νc の場合、上記(3)式からT(νc )は(5)式で表される。
【数5】

試料気体2中の被測定物質による光の進行方向単位長さあたりの吸収係数をα(ν)で表すと、共振器長Lあたりの透過率Aは次の(6)式で表され、
【数6】

上記(6)式を(2)式に代入すると、変数B(ν)は、(7)式のようにα(ν)の関数として表される。
【数7】

【0013】
共振器1が空である場合のB(ν)をBemp とすると、その場合、透過率A=1であるから、上記(6)式、(7)式より、Bemp は次式(8)のように定数で表される。
【数8】

共振器1に試料気体2を導入した場合の透過率T(ν)と共振器1が空である場合の透過率Temp (ν)との比G(ν)を、次式(9)のように定義する。
【数9】

T(ν)として(3)式を用い、透過率Temp (ν)として(3)式のB(ν)にBemp を代入した式を用いてG(ν)を表すと次式(10)となる。

【数10】

【0014】
入射連続波レーザー光3の周波数νが共振器1の共振周波数νc に一致し、且つ、共振周波数νc が試料気体2中に含まれる被測定物質の吸収周波数(共鳴周波数)ν0 に一致する場合、(10)式のsin2 項がゼロとなること及びB(ν0 )(=B(νc ))を(7)式で表すことにより、G(νc )(=G(ν0 ))は次式(11)で表される。
【数11】

(11)式の左辺G(νc )は、(9)式に示したように透過率の測定から求まり、Bemp は(8)式に示したように定数であるから、(11)式から、被測定物質の吸収係数α(ν0 )を求めることができる。
吸収係数α(ν0 )は、被測定物質の単位濃度あたりの既知の吸収断面積σ(ν0 )、被測定物質の濃度nを用いて次式(12)で表されるので、上記α(ν0 )から、試料気体2中に含まれる被測定物質の濃度nを測定することができる。
【数12】

【0015】
従来の連続波レーザー光を用いた測定法は、上記の(12)式を用いて濃度nを測定するものである。すなわち、入射連続波レーザー光3の周波数を変えながら、且つ、各々の周波数において光共振器吸収セル1が共振するように共振器長Lを調整しながら、透過光スペクトルのピーク強度を測定する。入射連続波レーザー光3の周波数が試料気体2中に含まれる被測定物質の吸収周波数(共鳴周波数)に一致すると、透過光スペクトルのピーク強度は最も小さくなる。ピーク強度が最も小さくなる周波数から、被測定物質の吸収周波数を求める。さらに、この吸収周波数に共振する共振器長Lで、入射連続波レーザー光3の周波数を吸収周波数を中心周波数として、自由スペクトル間隔以上の周波数幅で掃引する。その結果、図1(b)に示すように、複数の透過光スペクトルが自由スペクトル間隔で並んだスペクトルが得られる。吸収がない透過光スペクトル7の強度と、吸収がある透過光スペクトル8の強度比から(9)式のG(ν)を求め、(11)式、(12)式を用いてnを求める。
【0016】
ところで、上記のように透過光スペクトル7の強度と透過光スペクトル8の強度比から求めたG(ν)が透過率比で定義された(9)式のG(ν)と一致するためには、透過光スペクトル7を測定する時点と透過光スペクトル8を測定する時点とで連続波レーザー光3の強度が同一であること、及び、透過光スペクトル7の周波数と透過光スペクトル8の周波数における光干渉効果の違いが無視できることが必要である。しかしながら、透過光スペクトル7と透過光スペクトル8との周波数間隔は数百MHzに達する自由スペクトル幅であるので周波数掃引に時間がかかり、この間のレーザー光3の強度変動が無視できず、また、数百MHzの周波数差における光干渉効果の違いは無視できない大きさである。このため従来方法では、ppm以下の濃度測定が困難である。
【0017】
次に、本発明の光共振器吸収セルの透過光スペクトルの半値幅を使用した気体中微量物質の濃度測定方法を説明する。
図2は気体中微量物質の吸収周波数における光共振器吸収セルの透過光スペクトルを示す図である。透過光スペクトル10は、上記従来例で説明したように、図1の構成において、試料気体を導入した光共振器吸収セル1に、連続波レーザー光3を入力し、この連続波レーザー光3の周波数を掃引すると共に、この掃引する各々の周波数に光共振器吸収セル1が共振するように共振器長Lを調節して透過光スペクトル4のピーク強度を測定し、ピーク強度の最小値を与える周波数に共振する共振器長において、この周波数を中心周波数として透過光スペクトル4の半値全幅の2倍程度周波数掃引して求めるものである。
【0018】
透過光スペクトル10の半値幅Δνc は、上記(3)式において、T(νc +Δνc )=T(νc )/2を満たすΔνc であるから、次式(13)が成り立ち、
【数13】

(13)式の第二式をΔνc について解くことによって求められる。
被測定物質の光吸収周波数ν0 と共振器1の光共振周波数νc が一致しているので、次式(14)が成り立ち、
【数14】

上記(13)式の第二式の分子のB(νc +Δνc )をΔνc の2次の項まで展開して(14)式を用い、また、分母のB(νc +Δνc )sin2 2πΔνc L/cをB(ν0 )(πΔνc /νFSR 2 で近似すると、(13)式の第二式は次式(15)で近似できる。
【数15】

(15)式を、(Δνc -2について解くと次式(16)となる。
【数16】

さらに、(16)式を、光共振器吸収セル1が空である場合の透過光スペクトルの半値幅、すなわち、共振器干渉スペクトルの半値幅Δνc emp を用いて書き直す。
Δνc emp は、(3)式のB(ν)に(8)式を代入した式を用いることにより、(13)式、(14)式と同様の下記(17)式が成り立ち、
【数17】

この(17)式から(Δνc emp -2について解くと次の(18)式となる。
【数18】

上記(18)式を(16)式に代入し、且つ、B(ν)の2次偏微分をα(ν)の2次偏微分で置き換えると、次式(19)となる。
【数19】

この(19)式の第1項は、試料気体2の吸収による、光共振器吸収セルの透過光スペクトルの広がりを表しており、第2項は、被測定物質の吸収周波数(共鳴周波数)における、吸収係数の周波数依存性を表している。第2項が第1項に比べて無視できる場合には(19)式は次式(20)となる。但し、(19)式のB(ν0 )/Bemp を(11)式を用いてG(νc )に置き換えた。
【数20】

従って、測定値Δνc 、Δνc emp から上記(20)式を用いてG(νc )を求め、G(νc )と(11)式からα(νc =ν0 )を求め、α(νc )と(12)式から試料気体中に含まれる被測定物質の濃度nがわかる。
【0019】
次に、本発明の方法による効果を説明する。
レーザー光源の出力光強度は時間的に変動するものであり、特に低コストの半導体レーザーにおいては著しい。出力光強度を安定化するためには、高コストの出力光強度制御装置を必要とし、制御装置を使用すると測定装置としての利便性も悪くなる。
ところで、半値幅は光源の強度によらずに決定できる量であるので、Δνc emp は前もって測定した値を用いることができ、また、半値幅Δνc 、Δνc emp を求める際の、周波数掃引幅は自由スペクトル幅に比べて極めて狭いので、掃引時間内の光源の強度安定度を気にせずに測定できる。このように、光源強度の高度の安定性を必要としないので、低コストの半導体レーザーを特別な出力光強度安定化装置無しで使用することができ、低コストな装置を実現することができる。
【0020】
また、透過光スペクトルの中心周波数νc と半値幅を与える周波数νc +Δνc とでは自由スペクトル幅に比べて極めて周波数が近く、従って、この2つの周波数における測定光学系の光学的干渉効果は同等であり、光学的干渉効果の違いに基づく測定誤差は発生しない。また、共振器干渉スペクトルの中心周波数νc emp と半値幅を与える周波数νc emp +Δνc emp についても同様に自由スペクトル幅に比べて極めて周波数が近く、光学的干渉効果の違いに基づく測定誤差は発生しない。
【0021】
一方、従来方法においては、(9)式からもわかるように、透過率比、或いは、強度比を求めることが必要である。透過率比、或いは強度比を求めるために、吸収がない場合の透過光強度が必要であり、吸収がない場合の透過光強度は、光源強度の安定性が十分でない場合には前もって測定しておいた値を用いることができず、このため、少なくとも自由スペクトル間隔の周波数幅に亘って周波数掃引し、吸収がない周波数における透過光スペクトルの強度を測定し、この強度を分母とすることが必要である。
しかしながら、自由スペクトル間隔の周波数掃引幅は原子、分子が被測定物質であった場合、数百MHz以上に達し、数百MHzに亘ってレーザー光源の周波数を掃引するには無視できない時間を必要とし、この時間内にレーザー光源強度が変動する。また、吸収がない周波数と吸収がある周波数との周波数差が自由スペクトル間隔であるので、吸収がない周波数と吸収がある周波数とでは光学干渉効果が大幅に異なる。レーザー光源の時間的変動、及び自由スペクトル間隔の周波数差における光学干渉効果の差は、ppm以下の低濃度を測定する場合には無視できない、あるいは、光源を安定化する高コストの装置を必要とする。本発明の方法によれば、このような従来法の課題を低コストで解決することができる。
【実施例】
【0022】
次に、実施例を示す。
図3は実施例に用いた測定光学系を示す図である。この測定光学系30は中心波長3.4μmの中赤外光を差周波発振システムで生成するものであり、差周波発振システムは、波長1.55μmの外部共振器型レーザーダイオード31と、この出力光を増幅する波長1.55μmのファイバーアンプ32と、出力800mW、波長1064nmのダイオードポンプNd:YAGレーザー33と、周期分極構造を有するリチウムナイオベート結晶からなる非線形光学素子34とからなる。ファイバーアンプ32は、レーザーダイオード31の2mW出力を200mWに増幅する。このシステムによって、10μWオーダーの中赤外光を得ることができ、その周波数は、外部共振器型レーザーダイオード31の周波数を変化させることによって掃引する。
【0023】
光共振器吸収セル35は、曲率2mの凹面ミラー35a,35bによって構成され、ミラー反射率は98.0%である。凹面ミラー35a,35bは、30cmの長さのチューブ35cによって隔てられ、ミラー35bは1.5cmの長さのピエゾ変換器35dに取り付けられており、電源35eによってピエゾ変換器35dを駆動し、共振器長Lを調節する。ミラー35bはピエゾ変換器35dに取り付けられており、試料気体の封入が可能である。36は波形マッチング用のCaF2 製の凸レンズであり、37はInSb製の中赤外光検出器であり、38は光路を設定又は光を合波するためのミラー又はハーフミラーであり、39は光アイソレーターである。40は、測定を自動化するパソコン等のファンクション・ジェネレーターで、光源の制御及びオシロスコープ41による測定の制御を行う。
【0024】
次に、上記の測定光学系を用いた実験結果について説明する。
図4は、光共振器吸収セルが空の場合に測定した、透過光スペクトルを示す図であり、縦軸は透過強度、横軸は掃引周波数である。周波数の掃引は、ファンクション・ジェネレータ40で電圧を発生させ、波長1.55μmの外部共振器型レーザーダイオード31の発生する光周波数を掃引すると共に、この電圧をオシロスコープ41の横軸とした。図から、この光共振器吸収セルの自由スペクトル間隔は480MHzであり、透過光スペクトルの半値全幅は3.0MHzであることがわかった。
【0025】
図5は、共振器セル中に、試料ガスとしてメタンガスを含む大気を3.2×10-1パスカルで封入して測定した透過光スペクトルを示す図である。図には、観測した3つの透過光スペクトルを示している。中央のピークの中心周波数が共振器セルの共振周波数に一致するように、ピエゾ変換器35dに直流電圧を印加して共振器長を調整し、その周波数を中心として周波数掃引して測定した。
中央のピークは左右のピークに比べて透過率が小さく、このピークは試料気体の吸収線に一致しており、その中心周波数から求めた波数は、12CH4 のν3 基本バンドのP(7)E遷移の波数2947.8108cm-1に一致した。また、中央のピークの透過率は、左右のピークの透過光強度を分母として、0.42であることがわかった。
【0026】
図6は、図5と同様にして測定した、透過光スペクトルの半値幅を比較する図であり、(a)は波数2947.8108cm-112CH4 のP(7)E吸収線に対応するスペクトルで、(b)は、波数2947.9121cm-112CH4 のP(7)F2 (2)吸収線に対応するスペクトルで、(c)は吸収のない透過光スペクトル、すなわち、共振器干渉スペクトルである。
この図から、半値全幅(FWHM:Full Width at Half Maximum)はそれぞれ、4.5、5.2及び3.0MHzであり、また、図6(c)の吸収のないスペクトルのピーク強度を分母とした透過率は、(a)が0.42であり、(b)が0.33であることがわかった。
【0027】
ところで、ドップラー効果を考慮した吸収係数α(ν)は、Sを吸収強度、f(ν−ν0 )を規格化されたドップラー形状関数とすると、次式(21)で与えられる。
【数21】

また、ΔνD をドップラー半値幅として、規格化されたドップラー形状関数f(ν−ν0 )は次式(22)で表される(非特許文献3参照)。
【数22】

上記(21)式、(22)式を用いて、(19)式における、第1項の第2項に対する比Mを計算すると、共振器長Lあたりの試料による吸収率が小さい場合には次式(23)となる。
【数23】

上記測定から、2Δνc emp は3MHzであり、ΔνD は、12CH4 の場合に135MHzであることが、HWHM(Half Width at Half Maximum)により確認されており、また、G(ν)が約0.4であるので、(23)式の値は約0.00013となり、第2項は無視できることがわかる。従って、試料気体中のメタンの濃度は、透過光スペクトルの半値幅から(20)式を用いて求めてよいことがわかる。
【0028】
次に、本発明の光共振器吸収セルの透過光スペクトルの半値幅を使用した気体中微量物質の濃度測定方法が、従来の透過率から求める方法に比べて精度が高いことを上記の12CH4 を例にして説明する。
図7は、透過率の測定からから求めたG(ν)と半値幅の測定から求めたG(ν)を、12CH4 の吸収線P(7)E、及びP(7)F2 (2)のそれぞれについて比較したものである。なお、透過率から求めたG(ν)とは(9)式に示したG(ν)であり、半値幅から求めたG(ν)とは(20)式に示したG(ν)である。
【0029】
図8は、透過率の測定からから求めた吸収強度Sと半値幅の測定から求めた吸収強度Sを、12CH4 の吸収線P(7)E、及びP(7)F2 (2)のそれぞれについて比較したものである。なお、透過率の測定からから求めた吸収強度Sとは、透過率の測定から求めた図7のG(ν)を基に、(11)式に基づいてα(ν)を求め、このα(ν)から(21)式に基づいて、吸収強度Sを求めたものであり、半値幅の測定から求めた吸収強度Sとは、半値幅の測定から求めた図7のG(ν)を基に、(11)式に基づいてα(ν)を求め、このα(ν)から(21)式に基づいて、吸収強度Sを求めたものである。但し、濃度nは圧力計で正確に測定した値を用いた。
図8の最右欄には、HITRAN96(high−resolution transmission molecular absorption database 96)による吸収強度Sを比較のために記載している。また、最下欄には、P(7)Eの吸収強度に対するP(7)F2 (2)の吸収強度の比S2 /S1 を、透過率法、半値幅法、及びHITRAN96のそれぞれについて示している。
図に示すように、半値幅法で求めた吸収強度比S2 /S1 は、透過率法で求めた吸収強度比S2 /S1 に比べて、HITRAN96の吸収強度比S2 /S1 に極めて近いことがわかる。従って、本発明の、光共振器吸収セルの透過光スペクトルの半値幅を使用した気体中微量物質の濃度測定方法は、従来法に比べて精度が高いことがわかる。
なお、光共振器にインパルス光を入力した場合の光共振器の過渡応答は、連続波光を入力した場合の光共振器の定常応答をフーリエ変換したものに等しいことが数学的に証明されているので、従来技術で説明した、パルスレーザー光を用いたキャビティリングダウン法による時定数τと、本発明の方法における半値幅Δνc の間には、次式(24)が成り立つことは明かである。
【数24】

【0030】
さらに、本発明の方法が精度が高いことを示す他の実施例を説明する。
ドップラー効果によるスペクトル幅を室温で測定した。光共振器吸収セル35のピエゾ変換器35dに印加する直流電圧以外は、図4で説明した測定条件と同じ条件で透過光スペクトルを測定した。
図9は、ドップラー効果によるスペクトル幅を示す図である。この図には図6(b)で測定した半値幅5.16MHzの透過光スペクトル91と、本実施例のピエゾ変換器に印加する直流電圧によって177MHzシフトした同一の透過光スペクトル92が同時に示されている。透過光スペクトル92の半値幅は3.7MHzであった。この半値幅から、(21)式、(22)式を用いて、ドップラー効果によるスペクトル幅を求めると137MHzであった。この値は、295Kにおけるドップラー効果によるスペクトル幅が135.9MHzであるという理論計算値と良く一致している。この結果からも、本発明の測定方法は精度が高いことが実証できる。
【産業上の利用可能性】
【0031】
上記説明から理解されるように、本発明の半値幅を用いた測定方法によれば、光源の安定性を高くする必要が無く、また、光周波数掃引に伴う測定誤差が生じないので、低コストで、且つ、高精度な測定が可能になる。従って、例えば地球環境保全技術分野において、メタン等の温暖化物質の測定装置として使用すれば極めて有用である。
【図面の簡単な説明】
【0032】
【図1】連続波レーザー光を用いた測定方法を説明するための図で、(a)は光共振器吸収セルの動作を説明する模式図、(b)は光共振器吸収セルの透過光スペクトルを示す図であり、横軸は光周波数、縦軸は透過光スペクトルの透過率を示す。
【図2】光共振器吸収セルの透過光スペクトルを示す図である。
【図3】実施例に用いた測定光学系を示す図である。
【図4】光共振器吸収セルが空の場合に測定した、透過光スペクトルを示す図であり、縦軸は透過強度、横軸は掃引周波数である。
【図5】共振器セル中に、試料ガスとしてメタンガスを含む大気を3.2×10-1パスカルで封入して測定した透過光スペクトルを示す図である。
【図6】図5と同様にして測定した、透過光スペクトルの半値幅を比較する図で、(a)は、波数2947.8108cm-112CH4 のP(7)E吸収線に対応するスペクトルを、(b)は、波数2947.9121cm-112CH4 のP(7)F2 (2)吸収線に対応するスペクトルを、(c)は吸収のない透過スペクトル、すなわち、共振器透過共振スペクトルを示す。
【図7】透過率の測定からから求めたG(ν)と半値幅の測定から求めたG(ν)を、12CH4 の吸収線P(7)E、及びP(7)F2 (2)のそれぞれについて比較した表である。
【図8】透過率の測定からから求めた吸収強度Sと半値幅の測定から求めた吸収強度Sを、12CH4 の吸収線P(7)E、及びP(7)F2 (2)のそれぞれについて比較した表である。
【図9】ドップラー効果によるスペクトル幅を示す図である。
【図10】キャビティリングダウン分光法の測定原理図を示す図である。
【図11】従来の連続波レーザー光による測定方法の測定原理を示す図である。
【符号の説明】
【0033】
1 光共振器吸収セル
2 試料気体
3 入射連続波レーザー光
4 透過光
5a ミラー
5b ミラー
6 光共振器中の光
7 透過スペクトル
8 吸収がある透過光スペクトル
10 透過光スペクトル
30 測定光学系
31 外部共振器型レーザーダイオード
32 ファイバーアンプ
33 Nd:YAGレーザー
34 非線形光学結晶
35 光共振器吸収セル
35a ミラー
35b ミラー
35c チューブ
35d ピエゾ変換器
35e 電源
36 凸レンズ
37 中赤外光検出器
38 ミラー又はハーフミラー
39 アイソレーター
40 ファンクションジェネレータ
41 オシロスコープ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
光共振器吸収セルに試料気体を導入し、この光共振器吸収セルに連続波レーザー光を入射し、この連続波レーザー光の周波数を掃引すると共にこの掃引する各々の周波数に上記光共振器吸収セルが共振するように共振器長を調節して上記光共振器吸収セルを透過する透過光の強度を測定し、この透過光強度の最小値を与える周波数に共振する共振器長で、該最小値を与える周波数を中心周波数として周波数掃引して透過光スペクトルを求め、
上記透過光スペクトルの半値幅と、上記光共振器吸収セルの共振器干渉スペクトルの半値幅とから、上記試料気体に含まれる微量物質の濃度を求めることを特徴とする、光共振器吸収セルの透過光スペクトルの半値幅を使用した気体中微量物質の濃度測定方法。
【請求項2】
前記共振器干渉スペクトルの半値幅は、前記最小値を与える周波数、且つ、前記最小値を与える周波数に共振する共振器長における、共振器干渉スペクトルの半値幅であることを特徴とする、請求項1に記載の気体中微量物質の濃度測定方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【公開番号】特開2006−52955(P2006−52955A)
【公開日】平成18年2月23日(2006.2.23)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−232793(P2004−232793)
【出願日】平成16年8月9日(2004.8.9)
【出願人】(503360115)独立行政法人科学技術振興機構 (1,734)
【出願人】(304021417)国立大学法人東京工業大学 (1,821)
【Fターム(参考)】