説明

浸透圧ポンプ、該浸透圧ポンプを用いた送液機構を有するマイクロチップ

【課題】
浸透圧発生時の半透膜を介して流入してくる溶媒による半透膜近傍での濃度降下を防ぎ、高い浸透圧を持続することができる送液機構を提供すること。
【解決手段】
本発明にかかる浸透圧ポンプ101は、半透膜102と、前記半透膜102によって仕切られた少なくとも2つの室と、前記半透膜の片側に少なくとも1種類の溶質を保持させる溶質保持手段とからなり、前記溶質保持手段によって生じた前記2つの室間に充填された溶液の濃度差によって浸透圧を発生することを特徴とする。また、本発明にかかるマイクロチップは該浸透圧ポンプを用いた送液機構を有することを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は浸透圧ポンプに関し、特に、基板に形成されたマイクロチャネルと呼ばれる微細流路やポートなどの微細構造における流体制御のための送液手段に利用可能な該浸透圧ポンプを用いた送液機構を有するマイクロチップに関する。
【背景技術】
【0002】
近年、立体微細加工技術の発展に伴い、ガラスやシリコン等の基板上に、微小な流路とポンプ、バルブ等の液体素子およびセンサを集積化し、その基板上で化学分析を行うシステムが注目されている。これらのシステムは、マイクロスケール・トータル・アナリシス・システム(μTAS)の名称で知られている。
【0003】
基板内に所定の形状の流路を構成するマイクロチャネル及びポートなどの微細構造を設け、該微細構造内で物質の化学反応、合成、精製、抽出、生成及び分析など各種の操作を行うことが提案され、一部実用化されている。このような目的のために製作された、基板内にマイクロチャネル及びポートなどの微細構造を有する構造物は総称して「マイクロチップ」と呼ばれる。
【0004】
マイクロチップは遺伝子解析、臨床診断、薬物スクリーニング及び環境モニタリングなどの幅広い用途に使用できる。マイクロチップは、(1)サンプル及び試薬の使用量が著しく少ない、(2)分析時間が短い、(3)感度が高い、(4)現場に携帯しその場で分析できる、及び(5)使い捨てできるなどの利点を有する。
【0005】
これらのマイクロチップにおいては、反応液、試薬溶液、サンプル溶液などの液体成分類を正確に秤量し、かつ、チップ内においてチャネルの所望の位置に正確に送達させなければならない。このため、特許文献2に開示されているようなマイクロチップの開発と共に、マイクロチップ内で液体成分類を正確に秤量し、秤量された液体成分類を任意の位置へ正確に送達する手段の開発が強く求められている。
【0006】
一方、半透膜を介して液体を移動させる浸透圧現象を利用した浸透圧ポンプが知られている。このような浸透圧を利用する技術としては、特許文献1に浸透圧を利用して溶媒の移動によりポンプ機能を生じさせるものが開示されている。そこには、予め水溶液が充填された水溶液室と水充填室とを半透膜で隔離した浸透圧容器を有し、水充填室に水を充填することで、浸透圧を発生させることが開示されている。
【0007】
浸透圧ポンプの駆動力となる浸透圧は、半透膜を介して生じる溶液の濃度差に起因するものであり、濃度差がやがて一定に落ち着くと浸透圧も発生しなくなる。このため、浸透圧ポンプを長時間にわたって持続的に使用することは難しいという課題があった。
【0008】
そのため、特許文献1では、固体相溶質を追加して濃度を維持するという方法が開示されている。実際には、固体相溶質が拡散していき半透膜近傍まで濃度が高くなるのには多大な時間を要する。
【0009】
【特許文献1】特公昭59−009860号公報
【特許文献2】特開2004−53371号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
マイクロチップ内で液体成分類を正確に秤量し、秤量された液体成分類を任意の位置へ正確に送達させることができる浸透圧ポンプの開発が課題である。
【0011】
また、半透膜で隔離された水充填室側と水溶液室側との間で浸透圧が発生すると、水充填室側から水溶液室側に向かって、半透膜を介して溶媒が流入してくるため、水溶液室側の半透膜近傍では濃度が急激に薄くなってしまう。そのため、浸透圧が発生した直後に浸透圧が降下してしまい、持続性が悪いという課題がある。
【0012】
本発明は、従来技術の有する上記したような課題に鑑みてなされたものであり、マイクロチップにも使用することができ、浸透圧の持続性を向上させることもできる液体制御機構を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
上記課題を解決するために、本発明にかかる浸透圧ポンプは、半透膜と、前記半透膜によって仕切られた少なくとも2つの室と、前記半透膜の片側に少なくとも1種類の溶質を保持させる溶質保持手段とからなり、前記溶質保持手段によって生じた前記2つの室間に充填された溶液の濃度差によって浸透圧を発生することを特徴とする。また、本発明にかかるマイクロチップは該浸透圧ポンプを用いた送液機構を有することを特徴とする。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、浸透圧ポンプ内の半透膜で隔離された2室に導入される液体中の溶質あるいは溶液を制御することによって、2室間に濃度勾配が生じることで半透膜を介する浸透圧が生じる。さらに、半透膜の片側に特定の溶質あるいは溶液を保持させることによって、半透膜近傍の濃度を長時間に高く維持することを可能にしたため、長時間にわたっての連続した浸透圧が生じ、駆動手段などによって送液の制御を可能にした。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
本発明を詳細に説明する為に、以下に発明を実施する為の最良の形態を示す。なお、本実施形態は、本発明である浸透圧ポンプを利用したマイクロチップ内に適用した例であるが、本発明はこれに限定されるものではない。
【0016】
(第1実施形態)
本発明の第1実施形態は、浸透圧ポンプを用いた送液機構を有するマイクロチップで、当該マイクロチップは、図4のように分析装置212に使用されるため、便宜上図4から説明する。図4は本発明の浸透圧ポンプを有する送液機構を用いたマイクロチップ211、および、その分析装置の一例212を示す斜視図である。図4のX方向はチップの縦方向で送液の方向を、Y方向はチップの横方向、Z方向はチップの厚さ方向を表す。
【0017】
マイクロチップ211の内部で、注入された検体である動物の体液、たとえば血液等を、その体液の検査に必要な試薬と混合し、反応させる。その後に、当該マイクロチップ211を分析装置212にかけると、分析装置は、当該マイクロチップから検体中の細胞、微生物、染色体、核酸等を抗原抗体反応や核酸ハイブリダイゼーション反応等の生化学反応を利用して分析を行う。
【0018】
図1は、第1実施形態を示す概念図で、図4に示されたマイクロチップ211の平面図である。マイクロチップ10の左側には、溶媒流入口5と、溶媒流入部(室)14と、浸透圧ポンプ1と、液体放出部(室)15と、隔離物質3と、駆動液体部12とを含む本発明の浸透圧ポンプを用いた送液機構が示されている。ここで開示している送液機構は、本発明の浸透圧ポンプを含んだ1実施形態に過ぎず、この実施形態は本発明の技術的範囲を限定するものではない。
【0019】
浸透圧ポンプ1の内部には、溶媒流入口5より溶媒を流した際に、溶媒のみを透過することができる半透膜2が設けられている。この半透膜2の材質としては、ポリアミド系、セルロース系の高分子材料等が用いられることができる。本実施形態において半透膜2の材質が耐熱性物質であることが好ましい。また、隔離物質3は浸透圧ポンプからの浸透圧によって駆動することができ、その材質としては、高分子ゲル、空気など液体を通さない材質であればよい。駆動液体部12は、浸透圧で駆動される隔離物質3によって送液される部分である。
【0020】
マイクロ流路に検体を導入する検体導入口4と試薬流路6とは、前記浸透圧ポンプを用いた送液機構の駆動液体部12とマイクロ流路でつないでいる。1種類あるいは複数種類の試薬が間隔を置いてバッファで仕切られた状態でマイクロチップ211に備えられ、試薬流路6とつないでいる。検体導入口4は、マイクロチップ10の外に液体が流出することを防ぐために、検体が導入された後で浸透圧ポンプ1を駆動させる前に蓋がされる。
【0021】
検体流入部7と試薬流入部6とは混合ポイント13において一つの流路に合流し、それぞれ搬送される検体と試薬とは混合領域8において混合され、検出領域11において検出される。検出の方法としては、たとえば、電気化学的検出、蛍光を用いた検出などが挙げられる。検出された液体は、廃液部9に廃棄され、廃液として最終的にマイクロチップ10の外に排出される。
【0022】
図2は、図1をA−A’で切断した断面図であり、図1の駆動源である浸透圧ポンプ1の本体部とそれを用いた送液機構とを詳細に示した図である。
【0023】
浸透圧ポンプ本体部101は、半透膜102と、半透膜ホルダー116と、半透膜ホルダー挿入口117と、溶質111と、保持部材112とからなる。また、浸透圧ポンプ本体部101は、溶媒流入部105と、液体放出部113とそれぞれつながっている。液体放出部113内の液体で生じる浸透圧で隔離物質103を駆動する。液体放出部113と駆動液体部115とは隔離物質103によって仕切られている。
【0024】
浸透圧ポンプ本体部101内の半透膜102と保持部材112とは、半透膜ホルダー挿入口117に嵌合されている半透膜ホルダー116によって固定されている。半透膜102と半透膜ホルダー116に保持されている保持部材112との間に溶質111が保持されている。保持部材112は溶媒分子、溶質分子は通すが、固体の溶質は通過させない程度の孔を複数もっているため、流速が発生したときでも、固体の溶質だけを動かさずに、元のところに止めることができる。なお、保持部材112に設けられる孔は1オングストローム(Å)〜100オングストロームであることが好ましい。
【0025】
本実施形態において、溶質保持手段の具体例は、固体の溶質111が半透膜102とその片側の近傍にある保持部材112により半透膜102の片側に固定されている形である。ここで、溶質保持手段とは、溶質が移動することなく半透膜の片側の近傍に保持させ得るものをいう。
【0026】
また、半透膜の片側の近傍とは、半透膜を介して生じた浸透圧を一定に維持するために、溶質が保持されている半透膜の片側に高い溶質濃度を維持しなければならない範囲をいう。その半透膜の片側の近傍に溶質を保持することによって、流入してくる溶媒によって溶質が溶かされても、溶質の分散を押さえ半透膜の片側の近傍を一定の溶質濃度に維持し、持続的に浸透圧を供給することができる。
【0027】
本実施形態で、半透膜の片側の近傍を一定の濃度に維持し、持続的に浸透圧を供給することができるために、前記半透膜102と前記半透膜の片側に設けられた保持部材112との間の距離が、1ミリメートル以下であることが好ましい。ここで言う以下とは、保持部材112と半透膜102が互いに接触している形態、すなわち間の距離が0である形態を含み、さらには一部が互いに重なり合っている形態のものも含む。
【0028】
本実施形態において、溶質111は水溶性の溶質であることが好ましい。また、固体の溶質111は複数個存在し、各溶質は複数種類の溶質であることが好ましい。一定の体積の溶媒中に溶ける溶質の量は、その物質固有の溶解度があるため一定値以上溶けないからである。それによって、同じ溶質を溶媒中に溶解させていくとある段階で溶解が飽和して溶けなくなってしまうため、新たに浸透圧が発生しなくなってしまう。
【0029】
そこで、複数の異なる溶質を用いることで、一つの溶質が飽和して浸透圧が止まっても別の溶質が溶けることによって、新たな浸透圧が発生するので、より浸透圧を持続させて起こすことができる。
【0030】
次に、本実施形態の浸透圧ポンプの実際の駆動原理の詳細について図1ないし図2をもとに説明する。まず溶媒流入口5から溶媒を流すと、当該溶媒は、溶媒流入部105を通って浸透圧ポンプ本体部101内に流入する。半透膜102は溶媒のみを透過するため、溶媒は溶媒流入部105と半透膜102との間の領域、および、最終的に液体放出部113と半透膜102との間の領域を満たす。
【0031】
流入してきた溶媒によって溶かされて生じた固体の溶質111の溶液は、半透膜102の近傍を満す。すると、浸透圧ポンプ本体部101内の半透膜102の左側と右側で濃度差が生じるため、溶媒流入部105側から半透膜を介して濃度の高い液体放出部113側に、溶媒のみが移動してくる浸透圧が生じる。
【0032】
そこで、本実施形態のように固体の溶質111を保持部材112で常に半透膜の近傍に保持しておけば、浸透圧による流速が発生しても固体の溶質111は保持部材112を通過できない。また、その固定されている箇所が拡散の基点になり、半透膜102までの距離が短縮されるため、拡散時間が大幅に短縮され半透膜102近傍では高い濃度を維持することができる。
【0033】
さらに、図3のように固体の溶質121の外面を所定の温度によって融解することができる隔離部材で包含して、同じように半透膜102近傍の保持部材112などを用いて、半透膜102の片側に保持することができる。当該外面隔離部材は、溶媒によって溶かされないが、別の外部刺激手段によって破壊されたりして内部に包含している溶質を放出することができる物質によって構成される。
【0034】
前記隔離部材のサイズは少なくとも、半透膜102と保持部材112との間に配置されうる大きさであることが好ましい。具体的には、最大径が1ミリメートル以下、より好ましくは150マイクロメートル以下の範囲内であることが好ましい。また、前記隔離部材の例としては、カプセル剤118等が挙げられる。
【0035】
この場合では、当該外部刺激手段は、ヒーター119などの温調素子を用いて温度制御を行い、所定のタイミングでカプセル(隔離部材)118を溶かすことによって濃度を制御することができる。これによって、時間差をおいて温度ごとにカプセル118を少しずつ溶かすことで、半透膜102の両側の濃度差を維持する時間をより長くでき、浸透圧の持続力をコントロールすることが可能になる。
【0036】
たとえば、異なる材質カプセル118の融解度にあわせた異なる温度を一定の時間差において温度を調整することによって、異なる材質のカプセル118を時間差で融解し、内部に包含されている溶質を放出することができる。本発明におけるヒーター119の温度には特に制限を加えないが、浸透圧ポンプに影響を与えない範囲であればよい。
【0037】
浸透圧ポンプ内の溶液が沸騰して内部から気泡が発生すると、浸透圧ポンプが正常に機能しなくなるため、水溶液の温度が100度以下になるようにヒーター温度を設定する。たとえば隔離部材の材質が寒天であれば35度以上で、ゼラチンであれば80度以上にヒーター119の温度を設定することで、隔離部材を溶かすことができる。
【0038】
また、前記のように異なる物質からなる溶質を用いる場合、異なる溶質は、異なるカプセル材で覆われることが好ましい。たとえば、第1カプセル材で塩化ナトリウムを覆う第1カプセルと、それよりも融解温度の高い第2カプセル材でグルコースを覆う第2カプセルとがあるとする。第1カプセル材を融解し、内部の塩化ナトリウムが溶媒に溶けることで第1浸透圧が発生するが、第2カプセル内が同じ塩化ナトリウムであると、一定の体積の溶媒中に溶ける溶質の量は、その物質固有の溶解度があるため一定値以上溶けない。
【0039】
そのため、同じ溶質を別のカプセル118に入れて溶媒中に溶解させていくとある段階で溶解が飽和して溶けなくなってしまうため、新たに浸透圧が発生しなくなってしまう。そこで、第1カプセルに塩化ナトリウムと、第2カプセルにグルコースと、異なるカプセルごとに異なる溶質を封入する。こうすれば、塩化ナトリウムの濃度による浸透圧が止まっても、さらに、グルコースの濃度による新たな浸透圧が発生し、浸透圧を持続させることができる。
【0040】
浸透圧により溶媒が液体放出部113に流入することで、隔離物質103が押し出され、駆動液体部115が送液される。隔離物質103は液体を通さなければよいが、本実施形態において、高分子ゲルを用いることが好ましい。
【0041】
この駆動液体部115が送液されることによって、図1のように試薬流入部6と検体流入部7とが駆動され混合ポイント13で試薬と検体との混合が始まる。混合領域8の間で均一に混合されていき、最終的には検出領域11のところまで送液され検出が行われる。
【0042】
カプセルの中身については、半透膜102の両側に濃度差を生じることができる溶質であればよい。当該溶質は塩化ナトリウムとグルコースとなどに限られず、その他水溶性物質であればよく、溶質でなくともすでに溶質が溶けている溶液の状態でもよい。また、カプセル材についてはメラミン樹脂に限られず、ウレタン樹脂、ゼラチン、尿素などの材質を用いることができる。
【0043】
また、隔離物質103としては、高分子ゲルに限られず、空気の気泡など液体間を仕切ることができるものであれば適用できる。また、溶質を覆っているカプセル材等の外面隔離部材を融解する手段としての外部刺激手段は、ヒーター119による温度制御に限られず、振動、電磁波をあてて融解するものであってもよい。前記振動とは、たとえば超音波による振動である。前記超音波や電磁波は、非接触で、かつ、遠隔して操作可能であり、制御性にも優れているため、本発明の別の好ましい実施形態として用いることができる。また、外部刺激は、温度と振動と電磁波といずれか1つであってもよいし、これらの組合せでもよい。
【0044】
また、試薬流入部6ではある間隔をおいて異なる試薬間にバッファを挟み連続して送ることができる。そのため、バッファを挟んで異なる試薬を同時に送液し、合流ポイント13でそれぞれを検体と混合させることができる。
【0045】
図1では、マイクロチップ10内に一つの浸透圧ポンプ1と流路を想定した系を示したが、このような実施形態に限られず、マイクロチップ10内は、浸透圧ポンプ1と流路とが複数存在するような実施形態に対しても適用することができる。たとえば、複数種類の試薬もしくは検体に対して、それぞれの試薬や検体に対応する複数の浸透圧ポンプ101と複数の流路とで構成されるマイクロチップも本発明の実施形態の1つである。
【0046】
(第2実施形態)
第1実施形態では、重力方向に対して垂直方向(水平方向)に延びた流路を持つマイクロチップ10において、駆動源となる浸透圧ポンプ101の浸透圧の持続性を高めるための実施形態について示した。第2実施形態では、第1実施形態の浸透圧ポンプ101にある半透膜102を介して溶媒の流入方向を変え、重力方向に延びた流路を持つ縦型の浸透圧ポンプの実施形態について示す。
【0047】
図5は、図2のような第1実施形態の浸透圧ポンプ本体部101内の半透膜102で隔離された2室を垂直方向に配置し構成された送液機構の断面図である。浸透圧ポンプ本体部301は、溶媒流入口305と、半透膜ホルダー挿入口317と、半透膜ホルダー316と、半透膜302と、固体の溶質311と、液体放出部313とからなる。半透膜302は、半透膜ホルダー挿入口317に嵌合されている半透膜ホルダー316に固定されている。液体放出部313と液体駆動部315とは隔離物質303によって仕切られている。
【0048】
本実施形態では、第1実施形態と同様、固体の溶質311は複数個存在し、各溶質は複数種類の溶質からなる。これらの固体の溶質311は、重力の作用によって半透膜302上に置くことが可能である。つまり、重力によって固体の溶質311は常に半透膜302と接触している状態にあるため、浸透圧により、半透膜302の下から溶媒が流入してきても半透膜302の上(片側)には固体の溶質311が常に存在する。その結果、半透膜302の近傍での濃度は高い濃度を維持することができる。このような構成にすることで、浸透圧の持続性を向上させることができる。
【0049】
本実施形態において、溶質保持手段の具体例は、固体の溶質311が水平方向で配置されている半透膜302に対して垂直方向でその上部に配置することによって、固体の溶質311の自重で半透膜302の片側に保持される形である。
【0050】
本実施形態の構成では、第1実施形態と同様、浸透圧ポンプ本体部301に充填された溶媒が、浸透圧の効果により半透膜302を介して液体放出部313側に流入する。増加した溶媒分の体積だけ隔離物質303を押し出し、液体駆動部315に充填されている液体を駆動させる。そのため、図5のZ方向に液体を駆動させるような構成になっている。
【0051】
本実施形態はマイクロチップで使用されるとき、図5に示したように浸透圧ポンプ301の溶媒の流入方向を重力方向に向けるようにすればよい。つまり、マイクロチップ内に組み込まれた浸透圧ポンプのみを第1実施形態の浸透圧ポンプの位置からY軸回りに90度回転させて保持して使用することで第1実施形態と同様の効果が得られる。もしくは、浸透圧ポンプに対するマイクロチップの相対的な位置関係は第1実施形態のままで、マイクロチップをY軸回りに90度回転させて保持して使用することでも第1実施形態と同様の効果が得られる。
【0052】
第1実施形態で使用した、カプセルで覆った溶質(例えば、固体の溶質等)も本実施形態で用いられることが可能である。当該カプセル材も溶質によって異なるものから構成されることができる。また、当該カプセルを融解するために、第1実施形態で用いた方法もそのまま本実施形態で用いることができる。
【0053】
(第3実施形態)
第2実施形態では、縦型にした浸透圧ポンプ301において半透膜302の片側に自重により固体の溶質を保持する方法を示したが、この方法では固体の溶質に限らず、溶質の溶けた溶液を用いることも可能である。図6にその実施形態を示す。
【0054】
図6は、固体の溶質を溶液に取り替えた、図5のような第2実施形態の浸透圧ポンプ301内の半透膜302で隔離された2室で構成された送液機構の断面図である。浸透圧ポンプ本体部501は、溶媒流入口505と、半透膜ホルダー挿入口517と、半透膜ホルダー516と、半透膜502と、高濃度溶液部511と、液体放出部513とからなる。半透膜502は、半透膜ホルダー挿入口517に嵌合されている半透膜ホルダー516に固定されている。液体放出部513と液体駆動部515とは隔離物質503によって仕切られている。
【0055】
溶質を含む液体である高濃度(比重)溶液部511は、液体放出部513を充填している他の溶液よりも濃度(比重)が高く、濃度(比重)が大きい液体からなる層である。高濃度(比重)溶液部511の例として、濃いショ糖溶液であるガムシロップなどがある。本実施形態が第1実施形態および第2実施形態と異なる部分は、固体の溶質に代えて溶質を含む液体である高濃度(比重)溶液部を用いることと、液体放出部513を改めて液体を充填することになる。充填される溶液として、比重の大きい高濃度(比重)溶液と比重の小さい低濃度溶液とであり、異なる比重の溶液を混入すると、比重の違いにより、比重の大きい溶液は重力方向に沈み、高濃度溶液部511となる。
【0056】
本実施形態の液体放出部513を充填する際には、高濃度で比重の大きい溶液511から先にゆっくりと注いでいくと、比重が大きいために重力の作用を受けて高濃度の溶液511が下に沈み、半透膜502の上(片側)に層を形成する。したがって、半透膜502の上においては高い濃度の溶液が常に存在するので、通常よりも浸透圧の持続性が向上する。
【0057】
本実施形態の溶質保持手段の具体例は、高濃度(比重)溶液部511が水平方向で設置されている半透膜502に対し垂直方向でその上部に配置されることによって、高濃度(比重)溶液部511の高濃度(比重)で半透膜502の片側に保持される形である。
【0058】
本実施形態はマイクロチップで使用されるとき、図6に示したように浸透圧ポンプの溶媒の流入方向を重力方向に向けるようにすればよい。その場合、マイクロチップ内に組み込まれた浸透圧ポンプのみを第1実施形態の浸透圧ポンプの位置からY軸回りに90度回転させても可能である。また、浸透圧ポンプに対するマイクロチップの相対的な位置関係は第1実施形態のままで、マイクロチップをY軸回りに90度回転させて保持して使用することでも同様の効果を得られる。
【0059】
第1実施形態で使用した、カプセルで覆った溶質(例えば、高濃度(比重)の溶液等)も本実施形態で用いられることが可能である。当該カプセル材も溶質によって異なるものから構成されることができる。また、当該カプセルを融解するために、第1実施形態で用いた方法もそのまま本実施形態で用いることができる。また、固体の溶質と、高濃度溶液とを組み合わせて用いてもよい。
【0060】
以下に、本発明に係る浸透圧ポンプの動作原理を説明する。
【0061】
一般的に、固形の溶質が溶液中に溶解し自然拡散していくのには、溶質の違いにより多少の差はあるが、10の5乗秒単位の多大な時間がかかってしまう。また、浸透圧を引き起こすのは、半透膜を介して存在する予め水溶液が充填された水溶液室と、水充填室との間の濃度差によって決まる。
【0062】
液体の浸透圧は、次の式により算出できる。溶質が非電解質の場合、浸透圧πは以下のファントホッフの式で表すことができる。
π(atm)=R×T×C
【0063】
また、溶質が電解質の場合、浸透圧は以下の式で表すことができる。
π(atm)=i×R×T×C
ここで、係数Rと、Tと、Cと、iと、φと、zとは以下の通りである。
R=気体定数0.082(atmL/mol K)
T=絶対温度(K)
C=モル濃度(mol/L)
i=ファントホッフ係数=φ×z
φ=浸透係数
z=溶質が電離するイオンの個数
【0064】
例えば、25℃における0.15(mol/L)の塩化ナトリウム水の浸透圧は、塩化ナトリウムの浸透係数φ=0.9355であるので、浸透圧π(atm)=i×R×T×C=0.9355×2×0.082×(273+25)×0.15=6.85(atm)となる。
【0065】
この式でわかるように、浸透圧は、モル濃度(mol/L)に比例するため、半透膜近傍の濃度が薄くなるにつれて弱くなっていく。このモル濃度は溶液が室内に一様に濃度分布していると仮定したときに成り立つものである。
【0066】
しかし、より厳密には半透膜近傍における溶液の濃度によって浸透圧が決まってくる。つまり、溶液中の濃度が一様に分布していなくても、半透膜の近傍だけ高い濃度であれば浸透圧は発生する。また、半透膜近傍では浸透圧発生時に溶媒が流入してくるため、その間は半透膜近傍では濃度が急激に薄くなり、浸透圧も降下してしまう。
【0067】
浸透圧πを求めるファントホッフの式は、浸透圧ポンプ内部の液体放出部において高濃度の溶液が理想的に均一な濃度で充填されているという前提で成り立つ関係式である。しかし、浸透圧の発生により溶媒が流入してくると、半透膜近傍では濃度が薄くなるため、浸透圧が降下する。そのため、実際の現象をファントホッフの式だけで解析することは不可能である。
【0068】
そこで、実際の現象を解析するためには、液体放出部において、以下のような1次元移流拡散方程式(数1)を解く必要がある。
【0069】
【数1】

【0070】
C:モル濃度(mol/L)
u:平均流速(m/s)
D:拡散係数1.0E-09(m2/s)
【0071】
これにより溶媒流入後の半透膜近傍での濃度Cmakuを計算し、その濃度Cmakuにおける浸透圧をファントホッフの式より求める。そして、その浸透圧を以下のポアズイユ流れと粘性による抵抗力との関係式(数2)に適用し、平均流速uを求める。
【0072】
【数2】

【0073】
μ:粘性係数(PaS)
L:流路全長(半透膜からゲルまでの距離)(m)
R:流路半径(m)
【0074】
以上のステップを時々刻々計算していき平均流速の履歴を求める。解析にあたっては各パラメーターの値を以下のように設定する。なお、半透膜の厚さ、ゲルの抵抗値は0とする。
【0075】
格子分割数:200
初期濃度C:0.1(mol/l)
粘性係数μ:1.0E-03(PaS)
温度T:300K
拡散係数D:1.0E-09(m2/s)
流路全長L:10(mm)
流路半径R:2.0E-03(m)
【0076】
半透膜から0.15mmの距離に0.1(mol/L)の濃度の溶質を固定している場合と、半透膜から1.0mmの距離に0.1(mol/L)の濃度の溶質を固定している場合における平均流速の時間履歴を計算した結果を図7に示す。この結果から、半透膜からの距離が1.0ミリメートルより離れた位置に溶質を固定してもあまり効果はなく、好適には0.15mmくらいの近傍に溶質を固定することで浸透圧の持続性が向上することがわかる。すなわち、半透膜に接触するか、ほぼ接触する位置に固体の溶質が配置されるように、1ミリメートル以下の間隔で保持部材を設けることが好ましいことを示している。
【実施例】
【0077】
以下、実施例を用いて本発明をより詳細に説明する。なお、実施例における、寸法、形状、材質、プロセス条件等は本発明の一例であり、本発明の技術的範囲を満たす範囲内であれば、設計事項として任意に変更することができるものである。
【0078】
(実施例1)
本実施形態2の浸透圧ポンプを実際に作成して、半透膜302上に固体の溶質311がある場合とない場合での浸透圧の持続力を簡易的に測定した結果を示す。
【0079】
浸透圧ポンプ本体部301において、溶媒流入部305には水が満たされており、液体放出部313にはショ糖溶液(0.5mol/L)を封入する。半透膜302はセルロース製の材質で、孔径は数オングストローム(Å)である。
【0080】
この状態において、時間経過と共に溶媒流入部305から液体放出部313へ浸透圧により水が移動するため、液体放出部313の水面が上昇する。
【0081】
浸透圧の持続性を比較するために、次の2通りについて測定を行った。
(1)ショ糖溶液が半透膜上に接している状態
(2)ショ糖溶液中で半透膜302上に固形のショ糖を置いた状態
【0082】
固形のショ糖は1粒の形状が1mm角で厚さ0.5mm程度であり、これを3粒ほど膜上に置く。測定方法は、時間ごとに液体放出部313のショ糖溶液の液面高さをプロットしていき、液面の移動距離を測定する。
【0083】
前記(1)及び(2)の場合について、時間ごとに液面の移動距離を測定した結果を図8に示す。両者を比較すると、(2)の固形のショ糖を半透膜302上に置いた方が液面の移動距離が4倍以上長くなり、長時間に渡って浸透圧が持続することが確認できる。(2)においては、半透膜上に固形溶質を追加している分だけ濃度が高くなる影響が出ているとも考えられるが、溶液の濃度0.5(mol/L)に比べて追加した固形溶質の量は微小な量である。そのため、濃度を高くするよりも半透膜302近傍の濃度を維持することの効果の方が大きいと言える。
【0084】
よって、半透膜近傍の濃度を高濃度に維持することで浸透圧の持続性が向上することが確認できた。
【図面の簡単な説明】
【0085】
【図1】本発明の浸透圧ポンプを用いた送液機構を有するマイクロチップの平断面図である。
【図2】本実施形態1の浸透圧ポンプ部の構成を示す断面図である。
【図3】本実施形態1の浸透圧ポンプ部の構成を示す断面図である。
【図4】分析装置、マイクロチップの斜視図である。
【図5】本実施形態2の浸透圧ポンプ部の構成を示す断面図である。
【図6】本実施形態3の浸透圧ポンプ部の構成を示す断面図である。
【図7】本実施形態1の浸透圧ポンプの固体の溶質位置における持続力を計算した結果である。
【図8】本実施形態2の浸透圧ポンプの持続性を測定した結果である。
【符号の説明】
【0086】
1、101、301、501 浸透圧ポンプ本体部、
2、102、302、502 半透膜、
3、103、303、503 隔離物質、
4 検体導入口、
5 溶媒流入口、
14、105、305、505、605 溶媒流入部、
6 試薬流入部、
7 検体流入部、
8 混合領域、
9 廃液部、
10、211 マイクロチップ、
11 検出領域、
12、115、315、515 駆動液体部、
13 混合ポイント、
111、121 固体の溶質、
112 保持部材、
113、313、513 液体放出部、
116、316、516 半透膜ホルダー、
117、317、517 半透膜ホルダー挿入口、
118 カプセル
119 ヒーター、
212 分析装置、


【特許請求の範囲】
【請求項1】
半透膜と、前記半透膜によって仕切られた少なくとも2つの室と、前記半透膜の片側に少なくとも1種類の溶質を保持させる溶質保持手段とからなり、前記溶質保持手段によって生じた前記2つの室間に充填された溶液の濃度差によって浸透圧を発生することを特徴とする浸透圧ポンプ。
【請求項2】
前記溶質保持手段が、固体の前記溶質を前記半透膜と前記半透膜の片側に設けられた保持部材との間に保持させる手段である請求項1に記載の浸透圧ポンプ。
【請求項3】
前記半透膜と前記半透膜の片側に設けられた保持部材との間の距離が、1ミリメートル以下であることを特徴する請求項2に記載の浸透圧ポンプ。
【請求項4】
前記保持部材が溶媒分子または溶質分子は通すが、固体の溶質は通過させない孔を有することを特徴とする請求項3または4に記載の浸透圧ポンプ。
【請求項5】
前記溶質保持手段が、前記溶質を水平方向に配置された前記半透膜の上部に配置し、前記溶質の自重によって、前記半透膜の片側に前記溶質を保持することを特徴とする請求項1または2に記載の浸透圧ポンプ。
【請求項6】
前記溶質が複数存在し、互いに異なる種類の溶質であることを特徴とする請求項2ないし6のいずれか1項に記載の浸透圧ポンプ。
【請求項7】
前記溶質を含む液体の比重が、前記半透膜で仕切られた少なくとも2つの室内に充填された溶媒の比重より高く、前記溶質を含む液体を水平方向に配置された前記半透膜の上部に配置し、前記溶質を含む液体の高い比重によって、前記半透膜の片側に前記溶質を含む液体を保持することを特徴とする請求項8に記載の浸透圧ポンプ。
【請求項8】
前記溶質の外面が隔離部材で覆われていることを特徴とする請求項1ないし7のいずれか1項に記載の浸透圧ポンプ。
【請求項9】
前記隔離部材がカプセル剤であることを特徴とする請求項8に記載の浸透圧ポンプ。
【請求項10】
前記隔離部材が複数存在し、互いに異なる融解温度を有することを特徴とする請求項8または9に記載の浸透圧ポンプ。
【請求項11】
前記隔離部材が外部刺激に応じて内部の前記溶質を放出することを特徴とする請求項8ないし10のいずれか1項に記載の浸透圧ポンプ。
【請求項12】
前記外部刺激が温度と振動と電磁波とのいずれか1つもしくはその組合せであることを特徴とする請求項11記載の浸透圧ポンプ。
【請求項13】
前記請求項1ないし12のいずれか1項に記載の浸透圧ポンプを用いた、流路の液体を送液する送液機構。
【請求項14】
基板に形成された流路と、前記請求項1ないし18のいずれか1項に記載の浸透圧ポンプを用いた送液機構と、を有するマイクロチップ。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2010−25067(P2010−25067A)
【公開日】平成22年2月4日(2010.2.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−190336(P2008−190336)
【出願日】平成20年7月23日(2008.7.23)
【出願人】(000001007)キヤノン株式会社 (59,756)
【Fターム(参考)】