説明

減圧システム

【課題】異常運転時において、減圧システムの圧力が急上昇することにより減圧容器の運転温度が上昇して取り扱い物質が熱劣化することを防止し、またシステムへの大気や酸素含有ガスの吸い込みによる爆発混合気体の生成を防止することができるという、特に工業的実施の観点に優れる減圧システムを提供する。
【解決手段】減圧容器に液を供給する配管に液柱を有し、液の流れについての液柱の上流側に気相と液相が存在する設備が設置され、液柱高さが下記式(1)を満足する減圧システム。
H≧(P1−P2)/ρ (1)
H:液柱高さ[m]
1:気相が存在する設備の圧力[kg/m2
2:減圧設備の圧力[kg/m2
ρ:見かけの液の比重[kg/m3

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、減圧システムに関するものである。更に詳しくは、本発明は、異常運転時において、減圧システムの圧力が急上昇(減圧ブレークと記載する場合がある)することにより減圧容器の運転温度が上昇して取り扱い物質が熱劣化することを防止し、またシステムへの大気や酸素含有ガスの吸い込みによる爆発混合気体の生成を防止することができるという、特に工業的実施の観点に優れる減圧システムに関するものである。
【背景技術】
【0002】
減圧システムの例として、化学工業プロセスにおける減圧蒸留塔をあげた場合、通常の構成は、減圧蒸留塔の上流に設置された脱ガス設備(気液分離ドラム、タンク等)、減圧蒸留塔、減圧蒸留塔に接続されて減圧を維持させるための減圧機(エジェクター等)を含むものである。減圧蒸留塔で処理されるべき液体は脱ガス設備において脱ガスされた後、減圧蒸留塔へ供給される。脱ガス設備は減圧蒸留塔に接続された減圧機の負荷を軽減するためのものである。すなわち、液体が加圧下において窒素、酸素、炭酸ガス、水素のような気体を溶解している場合、減圧されることで脱ガスされることはヘンリーの法則により知られる。そして、減圧蒸留塔や減圧機のサイズを小型化する目的で、加圧下にある溶液をプロセス上許容される範囲内で圧力を下げ、脱ガスした後、減圧蒸留塔に供給する手法がしばしば用いられる。脱ガス設備の気相部は通常大気や低圧フレアーまたは低圧プロセス設備に接続されるラインを有する(たとえば、文献1、2参照。)。
【0003】
ところが、従来のシステムによると、何らかの理由で脱ガス設備からの液の供給が停止した場合、脱ガス設備から気相が吸引されて減圧蒸留塔に急激に送られ、その結果減圧蒸留塔の圧力が急上昇することになる。圧力の急上昇は沸点上昇により蒸留塔の運転温度を上昇させるため取り扱い物質が温度上昇により容易に熱分解や熱変性する物質(たとえば過酸化物やタンパク質等)である場合、熱劣化による損失や品質低下に繋がる。また、大気や酸素含有ガスが減圧蒸留塔に吸い込まれ、減圧ブレークされるケースにおいては、取り扱っている液が可燃物の場合、爆発混合気体を生じ、深刻な問題を発生する可能性がある。
【0004】
【特許文献1】特開平9−176061号公報(段落[0075〜0076]および[図1])
【特許文献2】特開平10−265418号公報(段落[0031〜0033]および[図1])
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
かかる状況において、本発明が解決しようとする課題は、異常運転時において、減圧システムの圧力が急上昇することにより減圧容器の運転温度が上昇して取り扱い物質が熱劣化することを防止し、またシステムへの大気や酸素含有ガスの吸い込みによる爆発混合気体の生成を防止することができるという、特に工業的実施の観点に優れる減圧システムを提供する点にある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
すなわち、本発明は、減圧容器に液を供給する配管に液柱を有し、液の流れについての液柱の上流側に気相と液相が存在する設備が設置され、液柱高さが下記式(1)を満足する減圧システムに係るものである。
H≧(P1−P2)/ρ (1)
H:液柱高さ[m]
1:気相が存在する設備の圧力[kg/m2
2:減圧設備の圧力[kg/m2
ρ:見かけの液の比重[kg/m3
【発明の効果】
【0007】
本発明により、異常運転時において、減圧システムの圧力が急上昇することにより減圧容器の運転温度が上昇して取り扱い物質が熱劣化することを防止し、またシステムへの大気や酸素含有ガスの吸い込みによる爆発混合気体の生成を防止することができるという、特に工業的実施の観点に優れる減圧システムを提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0008】
減圧容器とは、減圧下で運転される容器状の機器であり、その具体例としては、減圧蒸留塔、多重効用缶、減圧フラッシュドラム等をあげることができる。
【0009】
減圧容器の運転圧力とは大気圧以下での操作全体を意味するが、通常の運転圧力は、当業者がプロセスの要求に応じて運転性や経済性を考慮して適時設定すればよい。たとえばより低い運転圧力であれば、液の沸点が下がるため設備の運転温度を低くすることが可能であるが、所望の減圧を達成するための減圧機が大掛かりになるほか、蒸留塔等のベントガスラインに設置されるコンデンサーの冷却源により低い熱源が必要となる。逆に運転圧力が高い場合、減圧運転により得られる利点が限定的になるため、一般的に0.03〜400torr程度をあげることができる。
【0010】
本発明は、減圧容器に液を供給する配管に液柱を有する。ここでいう液柱とは管の垂直方向に液が満たされることによって液ヘッドが確保された状態を意味し、一般的には垂直配管に液を満たすことにより作り出される。また、液柱高さとは、単純な垂直配管においては配管垂直部の長さであって、水平部や傾斜を有する配管においては、実質的に液が満たされる部分の垂直方向の高さを意味するものである。具体的には減圧容器に液を供給する配管のもっとも低い位置から供給口までの高さのことである。減圧容器に液を供給する配管の高さは少なくとも式(1)を満たすが上限については特に本発明上の制限はない。しかし、実際の設備においては必要以上に液柱を高く取ることは、無駄な配管を設置することを意味し、さらには減圧容器の設置位置、あるいは減圧容器に液を供給する供給口を必要以上に高くすることを意味するため、設備上好ましくない。
【0011】
本発明は、液の流れについての液柱の上流側に気相が存在する設備が設置されたものである。該設備の具体例としては脱ガス設備をあげることができる。この設備において、減圧容器に供給される液体の圧力を大気圧付近にまで減少させ、その後脱ガスされた後の液が減圧蒸留塔に供給される。このようにすることにより、減圧蒸留塔に接続された減圧機の負荷を軽減することができる。脱ガス設備は、液体の圧力を大気圧付近に減少させるため、通常大気や低圧フレアーまたは低圧プロセス設備に接続されるラインを有するのが一般である。
【0012】
本発明においては、下記式(1)を満足することが必要である。
H≧(P1−P2)/ρ (1)
H:液柱高さ[m]
1:気相が存在する設備の圧力[kg/m2
2:減圧設備の圧力[kg/m2
ρ:見かけの液の比重[kg/m3
【0013】
1とP2はそれぞれ気相が存在する設備の圧力と減圧設備の圧力を意味し、例えば脱ガス設備の運転圧力と減圧蒸留塔の運転圧力である。P1は大気圧付近であることが望ましい。P2はプロセスの要求によって当業者が適時設定できる。
【0014】
ρは見かけの液の比重である。具体的には、ρは設計において想定されるもっとも小さな液密度を想定することが好ましい。例えば、減圧設備に液を供給する配管に熱交換器を設置しても良いが、液を加熱する場合、液の密度は温度が高いほど小さくなるからである。別の観点からは、配管内で気体が発生する場合、液の気泡率を考慮することが好ましい。気泡率が無視できない場合、配管内に存在する実際の液の量が少なくなり、充分な液ヘッドが得られないため、液シールが確保できなくなるためである。すなわち、見かけの液比重とは、運転条件下で想定されるもっとも低い液比重であって、気液混相となる場合においては気液混相比重のことである。
【0015】
本発明は、上流工程が酸化反応工程のような加圧された気相を持つ設備の場合、そのまま減圧容器に液を供給してもよいが、この場合上流工程の設備と減圧容器の運転圧力差が大きくなり、より高い液柱を必要とするばかりか、ヘンリーの法則によれば圧力に比例して溶存ガス量も多くなることを意味し、すなわち減圧システムに供給され脱ガスされるガス量が多くなることにより、減圧機に要求される能力が大きくなる。
【0016】
本発明は、液の供給ラインに熱交換器やろ過フィルターを設置してもよいし、制御弁を設置してもよい。これらの設備を供給配管に設置した場合でも、液柱を立てるのに充分な垂直部もしくは傾斜配管においては高さを有していれば、本発明の効果を得ることができる。
【0017】
本発明の好ましい態様として、液柱の上流側に設置される気相が存在する設備が脱ガス設備であるものをあげることができる。この設備において、減圧容器に供給される液の圧力を大気圧付近にまで減少させ、その後脱ガスされた後の液を減圧容器に供給することにより減圧容器内で脱ガスされる量を減らすこと、すなわち減圧機の負荷を軽減できるものである。
【0018】
脱ガス操作はプロセス上許容される場合は、通常大気圧付近までの減圧操作によって実施される。脱ガス圧力が高い場合は充分な脱ガスが行われず、大気圧以下での脱気条件まで実施しようとすると、別途減圧機が必要となるからである。
【0019】
脱ガス設備の設置高さは特に制限されないが、気液分離ドラムであれば減圧容器の液供給口の高さよりも高い位置に設置することでポンプ等の機器を必要とすることなく、安定的に減圧容器へ液を供給することができる。一方タンク等で脱ガスを実施する場合、安定的に減圧容器に液を供給するためにはポンプ等を利用することが好ましい。
【0020】
本発明の好ましいもうひとつの態様として、液柱をUシールによって達成するものをあげることができる。Uシール構造とする理由は、脱ガス設備の位置を減圧容器の液供給口より高く設置し、液の供給配管をいったん下げてから、再度供給口まで立ち上げることで式(1)の液柱高さを確保するためである。こうすることにより、液ヘッド差によって安定的に脱ガス設備から減圧容器に液を供給する際にポンプ等を必要としない、さらに優れた減圧システムを提供することができるのである。
【0021】
次に、本発明により、本発明が解決すべき課題を解決できる理由、換言すれば本発明の作用機構について説明する。
【0022】
まず、本発明の減圧システムに供給される液は、溶存ガスを溶解しているものであって、少なくとも大気圧未満で脱気されていない液である。例えば、アルキルベンゼンと空気の酸化反応工程やアルコールと水素の水添反応工程で得られる反応液は、一般に加圧下で反応され、窒素や未反応ガスを溶存状態で含有している。そして、しばしば精製や濃縮のために、蒸留塔、濃縮ドラムを用いて処理される。本発明は、取り扱い物質が熱に不安定な物質の場合や、加熱源の温度制限、またはその他のプロセス要求から、このような処理を大気圧より低い圧力で実施する場合に効果を発揮するものである。
【0023】
具体的には、減圧容器の上流工程の異常により上流設備の液切れが生じた場合、従来の設備であれば、供給配管内のすべての液が上流工程と減圧容器の圧力差に起因するドライビングフォースによって減圧容器内に流入してしまい、上流工程の気相が流入することになる。そこで、減圧設備に液を供給する配管には、通常であれば自動制御弁等を設置し、上流工程の異常時にはこの弁を閉止したり、上流設備の液位を検知して流量を自動制御する方法がとられることもある。しかし、自動制御弁は内通や動作不良により完全閉止できないことがある。そのため、本質的な対策とはなりえず、気相が減圧システムに流入した場合は減圧システムを構成する減圧機の能力を超え、運転圧力の上昇を引き起こし、ついには沸点上昇による処理液の温度上昇に伴う処理液の熱劣化という前述の問題を生じるのである。さらに、上流工程の気相部が大気や酸素含有ガスを有する設備と接続されている場合、減圧容器内に酸素含有ガスを吸引し、取り扱っている液が可燃物の場合、爆発混合気体を生じ、さらに深刻な問題を発生する可能性がある。
【0024】
しかし、減圧容器に液を供給する配管に本発明の式(1)を満たす液柱を有する減圧システムにおいては、液柱の上流側に設置された気相が存在する設備が、上流工程の異常により液切れを生じた場合においても、液ヘッドにより液柱に満たされている液が減圧容器に吸い込まれることなくシール機能を発揮することで、本質的に気相の流入を防ぐことができるのである。すなわち、先に述べたような従来の設備におけるトラブルは生じないのである。
【0025】
以上説明したとおり、本発明により、異常運転時において、減圧システムの圧力が急上昇することにより減圧容器の運転温度が上昇して取り扱い物質が熱劣化することを防止し、またシステムへの大気や酸素含有ガスの吸い込みによる爆発混合気体の生成を防止することができるという、特に工業的実施の観点に優れる減圧システムを提供することができる。
【実施例】
【0026】
次に本発明を実施例により説明する。
実施例1
気相が窒素雰囲気で、ベントライン1が大気に接続されるタンク2からポンプ3を使用して減圧蒸留塔4に液を供給する。
タンク2の気相部圧力は6kPaG(612kg/m2G)、減圧蒸留塔の運転圧力は100torr(−8970kg/m2G)である。供給される見かけの液の比重は800kg/m3である。
この条件下でタンクの液面が低下し、液が切れた場合でも供給配管内の液柱によって液シールが働き、タンクの気相部が減圧蒸留塔に流入することを防ぐために必要な液柱高さは以下の式で計算される。
(612−(−8970))/800=11.9m
ポンプ3の吸いこみ配管の高さと減圧蒸留塔4の液供給口高さの差を11.9m以上とする。このことにより、タンク2の液が切れた場合において、液柱5により液の供給配管がシールされ、減圧蒸留塔にタンクの気相部が流入することを本質的に防止できる。
【0027】
実施例2
熱劣化する物質の代表として有機過酸化物を扱うシステムを例示する。クメンを酸化反応器で、600kPaG(61183kg/m2G)の加圧下に空気酸化し、ついで水洗する工程21よりクメンハイドロパーオキサイドを含む酸化反応液を得る。この液は気液平衡分の窒素および未反応酸素ガスを溶解しているため、気液分離ドラム22で脱ガスする。気液分離ドラム22の液相は、液ヘッド差でポンプを使用することなく減圧蒸留塔4に供給できるよう、減圧蒸留塔4の液供給口よりも高い位置に設置する。気液分離ドラム22の気相部はタンク2に接続される。タンク2の気相部圧力は6kPaG(612kg/m2G)である。通常運転中はガス流れによる生じる配管圧力損失が加わるが、異常運転時においては新たな溶存ガスを含有した酸化反応液の供給が実質停止しているか極端に低下した状態であるため、脱ガス設備の圧力はタンク2の圧力と均圧(612kg/m2G)である。脱ガスされた液は減圧蒸留塔4により精製される。減圧蒸留塔4の運転圧力は100torr(−8970kg/m2G)である。供給される見かけの液の比重は800kg/m3である。
上流工程に異常が生じ、気液分離ドラム22に液切れが生じた場合でも、供給配管内の液柱によって液シールが働き、気液分離ドラムの気相部が減圧蒸留塔に流入することを防ぐために必要な液柱高さは以下の計算式で計算される。
(612−(−8970))/800=11.9m
脱圧設備である気液分離ドラム22は減圧蒸留塔4の液供給口より高い位置に設置されているため、液の供給配管を一旦地上付近まで下ろしてUシール構造23とする。液の供給口は液柱高さが11.9m以上となるようにする。このことにより、気液分離ドラム22の液相はポンプの設置なしに減圧蒸留塔4に供給でき、かつ気液分離ドラム12が液切れを生じた場合においても減圧蒸留塔4に気液分離ドラム22の気相部が流入することを本質的に防止できる。
【0028】
比較例1
液の供給配管31がUシール構造を有しない以外は実施例2と同じ条件の減圧システムにおいて、気液分離ドラムの液面が低下した場合、配管内の液は気相に置き換わり、減圧蒸留塔に気相が流入する。また、減圧ブレークすることで減圧蒸留塔の運転温度が上昇する。クメンハイドロパーオキサイドが熱分解により劣化することは公知であり、好ましくない副生物の生成を促進する。さらに、気液分離ドラムの気相からタンクに接続された配管からタンクの気相を吸引する可能性を生じる。タンクのベントは大気に接続され、かつ安全装置として給排気機能をもったブリーザー弁32を有することから、空気吸引の可能性があるため、爆発混合気体の形成の潜在的危険性を有する。
【図面の簡単な説明】
【0029】
【図1】実施例1のシステムの概略を示すフロー図である。
【図2】実施例2のシステムの概略を示すフロー図である。
【図3】比較例1のシステムの概略を示すフロー図である。
【符号の説明】
【0030】
1:タンクベントライン 2:タンク 3:ポンプ 4:減圧蒸留塔 5:液柱
6:還流ドラム 7:減圧機 8、9、10:熱交換器 11、12:ポンプ
13:シール窒素 14:減圧蒸留塔底抜き出しライン 15:留出液抜き出しライン
16:ブリーザー弁
21:酸化、水洗工程 22:脱ガスドラム 23:Uシールありの液供給配管
31:Uシールなしの液供給配管

【特許請求の範囲】
【請求項1】
減圧容器に液を供給する配管に液柱を有し、液の流れについての液柱の上流側に気相と液相が存在する設備が設置され、液柱高さが下記式(1)を満足する減圧システム。
H≧(P1−P2)/ρ (1)
H:液柱高さ[m]
1:気相が存在する設備の圧力[kg/m2
2:減圧設備の圧力[kg/m2
ρ:見かけの液の比重[kg/m3
【請求項2】
液柱の上流側に設置される気相が存在する設備が脱ガス圧設備である、請求項1に記載のシステム。
【請求項3】
減圧容器に液を供給する配管に設置される液柱がUシール構造である請求項1または2に記載のシステム。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2008−142584(P2008−142584A)
【公開日】平成20年6月26日(2008.6.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−329130(P2006−329130)
【出願日】平成18年12月6日(2006.12.6)
【出願人】(000002093)住友化学株式会社 (8,981)
【Fターム(参考)】