説明

溶射層形成高耐食耐摩耗部材及びそれを形成する溶射層形成用粉末

【課題】強腐食性ガスを発生する樹脂との接触する金属部材表面に耐食耐摩耗性を有する溶射層を形成した耐食耐摩耗部材及び溶射粉末を提供する。
【解決手段】金属母材上に金属粉末を溶射することによって金属母材表面に溶射層を形成させた耐食耐摩耗部材であって、溶射層が正方晶Mo(Ni,Cr)B系、正方晶Mo(Ni,Cr,V)B系の複ホウ化物サーメットであることを特徴とする溶射層形成高耐食耐摩耗部材。また、正方晶Mo(Ni,Cr)B系の複ホウ化物サーメットからなり、B:4.0〜6.5質量%、Mo:39.0〜64.0質量%、Cr:7.5〜20.0質量%、残:5質量%以上のNi及び不可避的元素からなる溶射層形成用粉末。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、金属母材上に金属粉末を溶射することによって金属母材表面に溶射層を形成させた耐食耐摩耗部材に関する。より詳しくは、Mo2(Ni,Cr)B2 系、またはMo2(Ni,Cr,V)B2 系の複ホウ化物を主体とする硬質相と、その硬質相を結合するNi,Crを主体とする結合相とからなる金属粉末からなる溶射層を、金属母材上に形成させた耐食耐摩耗部材、およびその溶射層形成用の溶射層形成用粉末に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、金属母材の表面に金属粉末等を溶射して、金属母材の表面特性を向上させることはよく行われている。この溶射法は比較的簡便に実施できることから各種の部材に広く適用されている。特に金属母材の表面に部分的に耐食耐摩耗性を付与したい場合に効果のある手法として産業上様々な分野において用いられている。一般に金属母材の表面に溶射する溶射粉末として用いられている粉末材料としては、Ni基の自溶性合金やCo基のステライト合金などが用いられている。
しかし、これらのNi基の自溶性合金やCo基のステライト合金などは、母材との密着性が優れているが、その溶射層は固溶強化や析出硬化によって材料特性を改善したものであり、溶射層の耐食耐摩耗に関しては不十分な点があった。
一方、耐食耐摩耗に優れているとされるセラミックは、皮膜の多孔性に起因して溶射層に割れが発生しやすく母材からの剥離が生じやすかった。
このような事情に鑑みて、金属とセラミックの中間的特性を有するサーメットを用いた溶射皮膜が提案されている。特にWC−Coサーメット材は硬度が高いことから耐摩耗性を要求する用途で用いられているが、相手材を摩耗させるという問題点がある。
また、Ni,Mo,Wの複合ホウ化物を用いたサーメット材は相手材の摩耗を低減させるという点で用いられているが、溶融フッ素樹脂やPPSなど強腐食性ガスを発生する樹脂との接触に対する耐食耐摩耗性については問題点があった。
【特許文献1】特開平8−104969号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
本発明は、溶融フッ素樹脂やPPSなどの強腐食性ガスを発生する樹脂との接触する金属部材表面、例えば樹脂成形機部材などの表面に耐食耐摩耗性を有する溶射層を形成した耐食耐摩耗部材を提供することを目的とする。
また、その溶射層を形成するための溶射粉末を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0004】
(1)本発明の溶射層形成高耐食耐摩耗部材は、金属母材上に金属粉末を溶射することによって該金属母材表面に溶射層を形成させた耐食耐摩耗部材であって、該溶射層が正方晶Mo(Ni,Cr)B系の複ホウ化物サーメットであることを特徴とする。
(2)本発明の溶射層形成高耐食耐摩耗部材は、金属母材上に金属粉末を溶射することによって該金属母材表面に溶射層を形成させた耐食耐摩耗部材であって、該溶射層が正方晶Mo(Ni,Cr,V)B系の複ホウ化物サーメットであることを特徴とする。
(3)本発明の溶射層形成用粉末は、正方晶Mo(Ni,Cr)B系の複ホウ化物サーメットからなり、B:4.0〜6.5質量%(本明細書では、特に明記した場合以外、%は質量%)、Mo:39.0〜64.0質量%、Cr:7.5〜20.0質量%、残:5質量%以上のNi及び不可避的元素からなることを特徴とする。
(4)本発明の溶射層形成用粉末は、正方晶Mo(Ni,Cr,V)B系の複ホウ化物サーメットからなり、B:4.0〜6.5質量%、Mo:39.0〜64.0質量%、Cr:7.5〜20.0質量%、V:0.1〜10.0質量%、残:5質量%以上のNi及び不可避的元素からなることを特徴とする。
(5)本発明の溶射層形成用粉末は、B:7〜9質量%、Mo:60〜80質量%、Cr:7.5〜20.0質量%、残:5質量%以上のNi及び不可避的元素からなる正方晶Mo(Ni,Cr)Bと、ハステロイCの粉末と、の混合粉末からなる溶射用粉末であって、前記正方晶Mo(Ni,Cr)Bの割合が35〜95質量%であることを特徴とする。
(6)本発明の溶射層形成用粉末は、B:7〜9質量%、Mo:60〜80質量%、Cr:7.5〜20.0質量%、V:0.1〜10.0質量%、残部が5質量%以上のNi及び不可避的元素からなる正方晶Mo(Ni,Cr,V)Bと、ハステロイCの粉末と、の混合粉末からなる溶射用粉末であって、前記正方晶Mo(Ni,Cr,V)Bの割合が35〜95質量%であることを特徴とする。
【発明の効果】
【0005】
本発明の溶射層形成高耐食耐摩耗部材は、金属母材上に金属粉末を溶射することによって該金属母材表面に溶射層を形成させた耐食耐摩耗部材であって、該溶射層が、正方晶Mo(Ni,Cr)B系、またはMo(Ni,Cr,V)B系の複ホウ化物サーメットであるので、溶融フッ素樹脂やPPSなどの強腐食性ガスを発生する樹脂と接触する金属部材表面、例えば樹脂成形機部材などの表面に耐食耐摩耗性を有する溶射層を形成した高耐食耐摩耗部材として優れている。
【0006】
また、本発明の溶射層形成用粉末は、正方晶Mo(Ni,Cr)B系の複ホウ化物サーメットからなり、B:4.0〜6.5、Mo:39.0〜64.0、Cr:7.5〜20.0、残:Ni及び不可避的元素からなるので、微細な複ホウ化物の硬質相と結合相の主として2相から成る溶融フッ素樹脂やPPSなどの強腐食性ガスを発生する樹脂と接触する金属部材表面など耐食耐摩耗性を必要とする溶射層などに適用できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0007】
本発明は、Mo2(Ni,Cr)B2 系、またはMo2(Ni,Cr,V)B2 系の複ホウ化物を主体とする硬質相と、その硬質相を結合するNi,Crを主体とする結合相とからなる。以下、本発明の溶射層を形成する組成について詳細に説明する。
本発明では、耐食性に優れるMo2(Ni)B2 系の複ホウ化物に、Cr又はVを添加することにより、複ホウ化物の結晶系を斜方晶から正方晶に変化させ、高強度で、なおかつ耐食性および耐熱性に優れる硬質の溶射層を形成できる。
溶射層の厚みとしては、0.05〜5mmが好適である。0.05mm未満の場合は、溶射皮膜の厚さが薄く、本発明の対象である、溶融フッ素樹脂やPPSなどの強腐食性ガスを発生する樹脂との接触する金属部材表面、例えば樹脂成形機部材などの表面に耐食耐摩耗性を付与する溶射層としての効果を期待し得ない。一方、5mmを超える場合は、溶射皮膜の厚さが厚くなり、溶射皮膜中の残留応力が高くなり溶射皮膜に割れを発生しやすくなる。
【0008】
硬質相は、主として本溶射層の硬度、すなわち耐摩耗性に寄与する。硬質相を構成するMo2(Ni,Cr)B2 型の複ホウ化物の量は、35〜95質量%の範囲であることが好ましい。複ホウ化物の量が35質量%未満になると、本溶射層の硬さは、ビッカース硬度で500以下となり、耐摩耗性が低下する。一方、複ホウ化物の量が95質量%を超えると分散性が悪くなり、強度の低下が著しい。よって、本溶射層中の複ホウ化物の割合は、35〜95質量%に限定する。
【0009】
Bは本溶射層中の硬質相となる複ホウ化物を形成するために必要不可欠な元素であり、溶射層中に、3〜7.5質量%含有させる。B含有量が3質量%未満になると複ホウ化物の形成量が少なく、組織中の硬質相の割合が35質量%を下回るため、耐摩耗性が低下する。一方7.5質量%を超えると、硬質相の量が95質量%を超え、強度の低下をもたらす。よって、本溶射層中のB含有量は、3〜7.5質量%に限定する。
【0010】
MoはBと同様に、硬質相となる複ホウ化物を形成するために必要不可欠な元素である。また、Moの一部は結合相に固溶し、合金の耐摩耗性を向上させる他に、弗酸などの還元性雰囲気に対する耐食性を向上させる。種々実験の結果、Mo含有量が21.3質量%未満になると、耐摩耗性および耐食性が低下することに加え、Niホウ化物などが形成されるため、強度が低下する。一方、Mo含有量が68.3質量%を超えると、Mo−Ni系の脆い金属間化合物を形成され、強度の低下を生じるようになる。したがって、合金の耐食性、耐摩耗性および強度を維持するため、Mo含有量は、21.3〜68.3質量%に限定する。
【0011】
NiはBおよびMo同様に、複ホウ化物を形成するために必要不可欠な元素である。Ni含有量が10質量%未満の場合は、溶射時に十分な液相が出現せず緻密な溶射層が得られず、強度の低下が著しい。したがって、残部はNiとする。これは結合相中のNiが少ないと複ホウ化物との結合力が弱まることに加え、結合相の強度が低下し、ひいては溶射層の強度低下を招くためである。
【0012】
Crは、複ホウ化物中のNiと置換固溶し、複ホウ化物の結晶構造を正方晶に安定化させる効果を有する。また添加したCrは、結合相中にも固溶し、溶射層の耐食性、耐摩耗性、高温特性、および機械的特性を大幅に向上させる。Cr含有量が、7.5質量%未満では、効果はほとんど認められない。一方、20.0質量%を超えると、Cr53 などのホウ化物を形成し、強度が低下する。したがって、Cr含有量は、7.5〜20.0質量%に限定する。
【0013】
Vは、複ホウ化物中のNiと置換固溶し、複ホウ化物の結晶構造を正方晶に安定化させる効果を有する。また添加したVは、結合相中にも固溶し、溶射層の耐食性、耐摩耗性、高温特性、および機械的特性を大幅に向上させる。V含有量が、0.1質量%未満では、効果はほとんど認められない。一方、10.0質量%を超えると、VBなどのホウ化物を形成し、強度が低下する。したがって、V含有量は、0.1〜10.0質量%に限定する。
【0014】
なお、本発明の溶射用の粉末を製造する過程で含まれる不可避的不純物(Fe、Si、Al、Mg、P、S、N、O、C等)や他の元素(希土類等)が、溶射層の特性を損なわない程度に極く少量含まれても差し支えないことは勿論である。
【0015】
本発明の溶射用粉末は、複ホウ化物の形成、および溶射層の目的および効果を得るために必要不可欠な、Ni、Mo、Cr元素の単体の金属粉末、もしくはこれらの元素の二種以上からなる合金粉末とBの単体粉末、または、Ni、Mo、およびCrの元素の内の一種または二種以上の元素とBからなる合金粉末を、振動ボールミルなどにより有機溶媒中で湿式混合粉砕した後、スプレードライヤーによる造粒、焼結(1100℃で1時間程度)を行い、その後分級を行うことにより製造される。
【0016】
なお、Ni、Mo、Cr以外に、適宜選択し添加する,W、Cu、Co、Nb、Zr、Ti、Ta、Hfの添加に際しても、上記の元素と同様な製造形態を取ることは言うまでもない。
【0017】
本発明の溶射層の硬質相となる複ホウ化物は上記原料粉末の焼結中の反応により形成されるが、あらかじめ、Mo,Ni,Crのホウ化物、またはB単体粉末とMo,Ni,Crの金属粉末を炉中で反応させることにより、Mo2(Ni,Cr)B2 型の複ホウ化物を製造し、さらに結合相組成のNiとMoの金属粉末を添加しても差しつかえない。
なお、上記複ホウ化物のMoの一部と、W、Nb、Zr、Ti、Ta、Hfのいずれかの一種または二種以上と、Niの一部とCo、Cr、Vの一種または二種以上で置換した複ホウ化物を製造し、結合相の組成になるようにNiなどの金属粉末を配合した粉末に、所定量の他の金属粉末を添加してもさしつかえないことは言うまでもない。
【0018】
本発明の溶射用粉末の湿式混合粉砕は、振動ボールミルなどを用い、有機溶媒中で行うが、焼結中のホウ化物形成反応を迅速、かつ十分に行わせるために、振動ボールミルで粉砕した後の粉末の平均粒径は、0.2〜5μmであることが好ましい。0.2μm未満まで粉砕しても、微細化による効果向上は少ないばかりでなく、粉砕に長時間を要する。一方、5μmを超えるとホウ化物形成反応が迅速に進行せず、焼結時における硬質相の粒径が大きくなり、溶射層が脆くなる。
【0019】
本溶射用粉末の焼結は、合金組成により異なるが、一般的には1000〜1150℃の温度で30〜90分間行われる。1000℃未満では焼結による硬質相形成反応が十分に進行しない。一方、1150℃を超えると過剰の液相を生じ溶射用粉末の粗大化するので好ましくない。したがって、最終焼結温度は1150℃以下とする。好ましくは1100〜1140℃である。
【0020】
昇温速度は一般的には0.5〜60℃/分であり、0.5℃/分より遅いと所定の加熱温度に到達するまでに長時間を要する。一方、60℃/分より速すぎると焼結炉の温度コントロールが著しく困難になる。したがって、昇温速度は0.5〜60℃/分、好ましくは1〜30℃/分である。
【0021】
以下、実施例および比較例を示し、本発明を具体的に説明する。
(実施例1)
実施例1では、次の工程で溶射層形成高耐食耐摩耗部材を製造する。まず、表1の試料1〜13の組成の溶射層成分になるように原料金属粉末配合し、ボールミルでの湿式粉砕した。次に、湿式粉砕した粉末をスプレードライヤーによって造粒し、
その造粒した粉末を1100℃で1時間保持し焼結し、硬質の正方晶Mo(Ni,Cr)B を反応形成させた。また、焼結によって、造粒用結合剤であるパラフィンの除去とともに、溶射時に粉末が破壊しないように強度を向上させることもできる。その後、焼結完了後の造粒粉を分級して溶射層形成用の粉末を完成させた。
一方、溶射層を形成させる鉄系金属母材の表層にはショット(ホワイトアルミナ♯20)を使用し、鉄系金属母材の表面を粗面化した。
【0022】
その後、高速フレーム溶射機を用いて、鉄系金属母材上に、表1の試料1〜13の金属粉末を溶射して溶射層を0.3mm形成した。用いた高速フレーム溶射機は、
METALLIZING EQUIPMENT CO. PVT. LTD社製のHIPOJET-2100であり、これを用いて以下の条件で溶射を行った。
溶射距離(基材と溶射ガンの距離):250mm
酸素圧力 :8.0kg/cm2
プロパン圧力 :6.0kg/cm2
【0023】
【表1】

【0024】
試料1〜13及び比較例1,2の溶射層と溶融フッ素樹脂を接触させて、溶射層の耐食性を評価した。試料1〜13の溶射層は、硬度もHvで800〜1150で、強腐食性ガスを発生するフッ素樹脂およびPPSなどの樹脂成形機部材として適度な硬度を有する溶射層を備えた耐食耐摩耗部材であった。また、溶射層と溶融フッ素樹脂を接触させたところ表面の変色はなく、適切に使用できた。
これに対し、比較例1のNi基自溶性合金を溶射した溶射層は溶融フッ素樹脂を接触させたところ表面が変色して使用できなかった。
【0025】
(実施例2)
実施例2では次の工程で溶射層形成高耐食耐摩耗部材を製造した。すなわち、実施例2においては、焼結による硬質合金形成工程がなく、予め準備した硬質粉にバインダー粉を混合する。
先ず、Mo:71.8%、B:8.0%、Cr:15.0%、残部がNiとなるように原料粉末を配合した。これらを混合したものをボールミルで湿式粉砕し乾燥して、1250℃で1時間熱処理し、正方晶Mo(Ni,Cr)B の単体粉末を作成し、それにバインダーとなる耐食組成の粉末を添加した。
本実施例では、表2の試料14〜17の組成の溶射層成分になるように、耐食組成の粉末として、ハステロイC(組成=Ni:54.0、Mo:16.0、Cr:15.5、Fe:6.0、W:4.0、V:0.3、C:0.01)の粉末を添加した。さらに、正方晶Mo(Ni,Cr)B の単体粉末とハステロイC粉末を混合したものをボールミルで湿式粉砕した。
次に、湿式粉砕した粉末をスプレードライヤーによって造粒し、その造粒した粉末を、実施例1よりも低い温度の900℃で1時間保持し焼結した。焼結によって、造粒用結合剤であるパラフィンの除去とともに、溶射時に粉末が破壊しないように強度を向上させることができる。その後、焼結完了後の造粒粉を分級して溶射層形成用の粉末を完成させた。
【0026】
一方、溶射層を形成させる鉄系金属母材の表層にはショット(ホワイトアルミナ♯20)を使用し、鉄系金属母材の表面を粗面化した。その後、高速フレーム溶射機を用いて、鉄系金属母材上に、表2の試料14〜15の金属粉末を溶射して溶射層を0.3mm形成した。用いた高速フレーム溶射機は、
METALLIZING EQUIPMENT CO. PVT. LTD社製のHIPOJET-2100であり、これを用いて以下の条件で溶射を行った。
溶射距離(基材と溶射ガンの距離):250mm
酸素圧力 :8.0kg/cm2
プロパン圧力 :6.0kg/cm2
【0027】
【表2】

【0028】
試料14〜17の溶射層と溶融フッ素樹脂を接触させて、溶射層の耐食性を評価した。試料14〜17の溶射層は、硬度もHvで800〜1250で、強腐食性ガスを発生するフッ素樹脂およびPPSなどの樹脂成形機部材として適度な硬度を有する溶射層を備えた耐食耐摩耗部材であった。また、溶射層と溶融フッ素樹脂を接触させたところ表面の変色はなく、適切に使用できた。
【0029】
(実施例3)
実施例3では次の工程で溶射層形成高耐食耐摩耗部材を製造した。すなわち、溶射用粉末の製造工程においては実施例2と同様であるが、溶射用粉末の組成において異なる。
先ず、Mo:71.8%、B:8.0%、Cr:10.0%、V:5.0%、残部がNiとなるように原料粉末を配合した。これらを混合したものをボールミルで湿式粉砕したものを乾燥して、1250℃で1時間熱処理し、正方晶Mo(Ni,Cr,V)B の単体粉末を作成し、それにバインダーとなる耐食組成の粉末添加した。
本実施例では、表3の試料18〜21の組成の溶射層成分になるように、耐食組成の粉末として、ハステロイC
(組成=Ni:54.0、Mo:16.0、Cr:15.5、Fe:6.0、W:4.0、V:0.3、C:0.01)の粉末を添加した。
さらに、正方晶Mo(Ni,Cr,V)B の単体粉末とハステロイC粉末を混合したものをボールミルで湿式粉砕した。
次に、湿式粉砕した粉末をスプレードライヤーによって造粒し、その造粒した粉末を、実施例1よりも低い温度の900℃で1時間保持し焼結した。焼結によって、造粒用結合剤であるパラフィンの除去とともに、溶射時に粉末が破壊しないように強度を向上させることができる。その後、焼結完了後の造粒粉を分級して溶射層形成用の粉末を完成させた。
【0030】
その後、高速フレーム溶射機を用いて、鉄系金属母材上に、表3の試料18〜21の金属粉末を溶射して溶射層を0.3mm形成した。なお、鉄系金属母材への溶射層形成条件は、実施例2と同様に行った。
【0031】
【表3】

【0032】
試料18〜21の溶射層と溶融フッ素樹脂を接触させて、溶射層の耐食性を評価した。試料18〜21の溶射層は、硬度もHvで850〜1300で、強腐食性ガスを発生するフッ素樹脂およびPPSなどの樹脂成形機部材として適度な硬度を有する溶射層を備えた耐食耐摩耗部材であった。また、溶射層と溶融フッ素樹脂を接触させたところ表面の変色はなく、適切に使用できた。
【0033】
なお、実施例2〜3においては、混合する溶射用粉末の配合例の一部を示したが、これらの配合割合は、本発明の溶射層を形成するように適宜変更することができる。
【産業上の利用可能性】
【0034】
以上説明したように、本発明の正方晶Mo(Ni,Cr)B系、正方晶Mo(Ni,Cr,V)B系の複ホウ化物と結合相よりなる溶射層は、優れた耐食性、および高温特性を維持しつつ、高硬度部材であり、溶融フッ素樹脂に対する耐食耐摩耗に優れており、
切削工具、刃物、鍛造型、熱間および温間工具、ロール材、メカニカルシールなどのポンプ部品、高腐食環境下の射出成形機用部品など、高強度耐摩耗材料として広い用途に適用可能であり、産業上の利用可能性が極めて高い。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
金属母材上に金属粉末を溶射することによって該金属母材表面に溶射層を形成させた耐食耐摩耗部材であって、
該溶射層が正方晶Mo(Ni,Cr)B系の複ホウ化物サーメットであることを特徴とする溶射層形成高耐食耐摩耗部材。
【請求項2】
金属母材上に金属粉末を溶射することによって該金属母材表面に溶射層を形成させた耐食耐摩耗部材であって、
該溶射層が正方晶Mo(Ni,Cr,V)B系の複ホウ化物サーメットであることを特徴とする溶射層形成高耐食耐摩耗部材。
【請求項3】
正方晶Mo(Ni,Cr)B系の複ホウ化物サーメットからなり、
B:4.0〜6.5質量%、Mo:39.0〜64.0質量%、Cr:7.5〜20.0質量%、残:5質量%以上のNi及び不可避的元素からなる溶射層形成用粉末。
【請求項4】
正方晶Mo(Ni,Cr,V)B系の複ホウ化物サーメットからなり、
B:4.0〜6.5質量%、Mo:39.0〜64.0質量%、Cr:7.5〜20.0質量%、V:0.1〜10.0質量%、残:5質量%以上のNi及び不可避的元素からなる溶射層形成用粉末。
【請求項5】
B:7〜9質量%、Mo:60〜80質量%、Cr:7.5〜20.0質量%、残:5質量%以上のNi及び不可避的元素からなる正方晶Mo(Ni,Cr)Bと、ハステロイCの粉末と、の混合粉末からなる溶射用粉末であって、
前記正方晶Mo(Ni,Cr)Bの割合が35〜95質量%である溶射層形成用粉末。
【請求項6】
B:7〜9質量%、Mo:60〜80質量%、Cr:7.5〜20.0質量%、V:0.1〜10.0質量%、残部が5質量%以上のNi及び不可避的元素からなる正方晶Mo(Ni,Cr,V)Bと、ハステロイCの粉末と、の混合粉末からなる溶射用粉末であって、
前記正方晶Mo(Ni,Cr,V)Bの割合が35〜95質量%である溶射層形成用粉末。

【公開番号】特開2009−68052(P2009−68052A)
【公開日】平成21年4月2日(2009.4.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−235995(P2007−235995)
【出願日】平成19年9月11日(2007.9.11)
【出願人】(390003193)東洋鋼鈑株式会社 (265)
【Fターム(参考)】