説明

溶射用粉末、溶射方法及び溶射皮膜

【課題】 良好な耐摩耗性を有するクロム−鉄系合金製の溶射皮膜を形成可能な溶射用粉末を提供する。
【解決手段】 本発明の溶射用粉末は、炭素を含むクロム−鉄系合金粉末を含有する。合金粉末中のクロム及び鉄の質量の総計に対する合金粉末中の炭素の質量の比率は2%以上である。合金粉末の10%粒子径D10は10μm以上であることが好ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高速フレーム溶射により溶射皮膜を形成する用途において有用な溶射用粉末に関する。本発明はまた、そうした溶射用粉末を用いた溶射方法、及びそうした溶射用粉末から形成される溶射皮膜に関する。
【背景技術】
【0002】
耐食性、耐摩耗性、耐熱性などの特性を付与するべく、各種産業機械や一般向け機械の金属製部品の表面に溶射皮膜を設ける技術が知られている。例えば特許文献1及び2には、多硫化ナトリウムによる腐食に対する耐性を付与するべく、ナトリウム−硫黄電池の陽極容器の内面にクロム−鉄系合金製の溶射皮膜を設ける技術が開示されている。中でも特許文献2には、クロム−鉄系合金粉末をプラズマ溶射して溶射皮膜を形成することが開示されている。
【0003】
特許文献1及び2のクロム−鉄系合金製の溶射皮膜は、硬度が低く耐摩耗性に劣るため、耐摩耗性が要求される用途には向かない。耐摩耗性に優れる溶射皮膜としては、炭化タングステンとコバルトを含有するサーメット粉末、あるいは炭化タングステンとコバルトとクロムを含有するサーメット粉末から形成される溶射皮膜が知られている。しかしながら、これらサーメット粉末から形成される溶射皮膜は、クロム−鉄系合金製の溶射皮膜に比べて非常に高価である。従って、サーメット粉末から形成される溶射皮膜が高価である現状にあって、クロム−鉄系合金製の溶射皮膜の耐摩耗性を向上させることは産業的に有用である。
【特許文献1】特許第2969050号公報
【特許文献2】特許第3155124号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明の目的は、良好な耐摩耗性を有するクロム−鉄系合金製の溶射皮膜を形成可能な溶射用粉末を提供することにある。本発明はまた、そうした溶射用粉末を用いた溶射方法、及びそうした溶射用粉末から形成される溶射皮膜を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0005】
上記の目的を達成するために、請求項1に記載の発明は、クロム−鉄系合金粉末を含有する溶射用粉末であって、前記合金粉末は炭素を含み、合金粉末中のクロム及び鉄の質量の総計に対する合金粉末中の炭素の質量の比率が2%以上である溶射用粉末を提供する。
【0006】
請求項2に記載の発明は、前記合金粉末の小粒子径側からの積算粒子体積が全粒子体積の10%に相当する粒子径を合金粉末の10%粒子径D10とするとき、合金粉末の10%粒子径D10が10μm以上である請求項1に記載の溶射用粉末を提供する。
【0007】
請求項3に記載の発明は、高速フレーム溶射により溶射皮膜を形成する用途に使用される請求項1又は2に記載の溶射用粉末を提供する。
請求項4に記載の発明は、請求項1又は2に記載の溶射用粉末を高速フレーム溶射する溶射方法を提供する。
【0008】
請求項5に記載の発明は、請求項1又は2に記載の溶射用粉末を高速フレーム溶射して形成される溶射皮膜を提供する。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、良好な耐摩耗性を有するクロム−鉄系合金製の溶射皮膜を形成可能な溶射用粉末が提供される。また本発明によれば、そうした溶射用粉末を用いた溶射方法、及びそうした溶射用粉末から形成される溶射皮膜も提供される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
以下、本発明の一実施形態を説明する。
本実施形態に係る溶射用粉末はクロム−鉄系合金粉末からなる。クロム−鉄系合金粉末は炭素を含む。
【0011】
合金粉末中のクロム及び鉄の質量の総計に対する合金粉末中の炭素の質量の比率が2%よりも小さい場合、溶射用粉末から形成される溶射皮膜は、硬度が低くて良好な耐摩耗性を有さない。従って、良好な耐摩耗性を有する溶射皮膜を得るためには、炭素の比率は2%以上であることが必須である。ただし、炭素の比率がたとえ2%以上であっても3%よりも小さい場合には、溶射皮膜の耐摩耗性は大して良好でないことがある。従って、炭素の比率は3%以上であることが好ましい。一方、炭素の比率が10%よりも大きい場合には、溶射皮膜の脆化により溶射皮膜の耐摩耗性が低下する虞がある。従って、脆化による溶射皮膜の耐摩耗性の低下を防ぐためには、炭素の比率は10%以下であることが好ましい。本実施形態に係る溶射用粉末の場合、合金粉末中のクロム及び鉄の質量の総計に対する合金粉末中の炭素の質量の比率は、溶射用粉末中のクロム及び鉄の質量の総計に対する溶射用粉末中の炭素の質量の比率に換言可能である。
【0012】
合金粉末中のクロムの含有量が60質量%よりも少ない場合、溶射用粉末から形成される溶射皮膜は硬度があまり高くないことがある。溶射皮膜の硬度があまり高くない場合には、溶射皮膜の耐摩耗性は大して良好でない。従って、クロムの含有量は60質量%以上であることが好ましい。一方、クロムの含有量が95質量%よりも多い場合、さらに言えば85質量%よりも多い場合、さらに言えば80質量%よりも多い場合には、付着効率(溶射歩留まり)が低下する虞がある。従って、付着効率の低下を防ぐためには、クロムの含有量は95質量%以下であることが好ましく、85質量%以下であることがより好ましく、80質量%以下であることが最も好ましい。本実施形態に係る溶射用粉末の場合、合金粉末中のクロムの含有量は、溶射用粉末中のクロムの含有量に換言可能である。
【0013】
合金粉末の10%粒子径D10が10μmよりも小さい場合、さらに言えば15μmよりも小さい場合には、溶射時にスピッティングと呼ばれる現象が発生する虞がある。従って、スピッティングの発生を防ぐためには、10%粒子径D10は、10μm以上であることが好ましく、15μm以上であることがより好ましい。一方、10%粒子径D10が25μmよりも大きい場合には、付着効率が低下する虞がある。従って、付着効率の低下を防ぐためには、10%粒子径D10は25μm以下であることが好ましい。合金粉末の10%粒子径D10は、合金粉末の小粒子径側からの積算粒子体積が全粒子体積の10%に相当する粒子径である。換言すれば、合金粉末の10%粒子径D10は、積算体積が合金粉末中の全粒子の体積の合計の10%以上になるまで粒子径の小さい粒子から順に合金粉末中の各粒子の体積を積算したときに最後に積算される粒子の粒子径である。合金粉末の10%粒子径D10は、例えばレーザー回析式粒度測定機を用いて測定される。本実施形態に係る溶射用粉末の場合、合金粉末の10%粒子径D10は、溶射用粉末の10%粒子径D10に換言可能である。
【0014】
スピッティングは、過溶融した溶射用粉末が溶射機のノズルの内壁に付着堆積してできる堆積物が溶射皮膜に混入する現象をいう。スピッティングが発生すると、溶射皮膜の組織構造が不均一となるため、溶射皮膜の品質が著しく低下する。
【0015】
合金粉末の50%粒子径D50が20μmよりも小さい場合にも、スピッティングが発生する虞がある。従って、スピッティングの発生を防ぐためには、50%粒子径D50は、20μm以上であることが好ましい。一方、50%粒子径D50が50μmよりも大きい場合には、付着効率が低下する虞がある。従って、付着効率の低下を防ぐためには、50%粒子径D50は50μm以下であることが好ましい。合金粉末の50%粒子径D50は、合金粉末の小粒子径側からの積算粒子体積が全粒子体積の50%に相当する粒子径である。換言すれば、合金粉末の50%粒子径D50は、積算体積が合金粉末中の全粒子の体積の合計の50%以上になるまで粒子径の小さい粒子から順に合金粉末中の各粒子の体積を積算したときに最後に積算される粒子の粒子径である。合金粉末の50%粒子径D50は、例えばレーザー回析式粒度測定機を用いて測定される。本実施形態に係る溶射用粉末の場合、合金粉末の50%粒子径D50は、溶射用粉末の50%粒子径D50に換言可能である。
【0016】
本実施形態に係る溶射用粉末は、例えば、高速フレーム溶射により溶射皮膜を形成する用途に使用される。本実施形態に係る溶射用粉末を高速フレーム溶射して形成される溶射皮膜は良好な耐摩耗性を有する。本実施形態に係る溶射用粉末を特に好適に溶射することができる高速フレーム溶射機としては、例えば、Praxair/TAFA社製の“JP−5000”やスルザーメテコ社製の“ダイヤモンドジェット(ハイブリッドタイプ)”などの高出力タイプの高速フレーム溶射機が挙げられる。
【0017】
本実施形態は、以下の利点を有する。
・ 本実施形態に係る溶射用粉末を高速フレーム溶射して形成される溶射皮膜は良好な耐摩耗性を有する。従って、本実施形態に係る溶射用粉末は、炭化タングステンとコバルトを含有するサーメット粉末あるいは炭化タングステンとコバルトとクロムを含有するサーメット粉末の代替物として、耐摩耗性が要求される用途の溶射皮膜の材料として極めて有用である。
【0018】
・ 高速フレーム溶射によれば、フレーム溶射、プラズマ溶射などの他の溶射の場合に比べて、溶射機から射出される溶射用粉末の飛行速度が大きいため、溶射用粉末は基材表面に高速度で衝突する。従って、基材への密着性が高く且つ緻密な溶射皮膜が得られる。さらに高速フレーム溶射によれば、他の溶射の場合に比べて、溶射時に溶射用粉末が過熱されにくいため、溶射用粉末の熱変質が抑制される。高速フレーム溶射の場合に溶射用粉末の熱変質が抑制される理由には、高速フレーム溶射の溶射熱源であるフレームが高圧であるためにフレーム中への大気の混入が比較的少ないこと、飛行速度が大きいために溶射用粉末がフレーム中に滞留している時間が短いことが含まれる。溶射皮膜の耐摩耗性は、基材への溶射皮膜の密着性が高いこと、溶射皮膜が緻密であること、溶射皮膜が熱変質した溶射用粉末を含まないことによっても向上する。
【0019】
前記実施形態は以下のように変更されてもよい。
・ クロム−鉄系合金粉末は、炭素、クロム、及び鉄以外の成分を含有してもよい。ただし、合金粉末中の炭素、クロム及び鉄の含有量の総計は、好ましくは90質量%以上、より好ましくは95質量%以上、最も好ましくは98質量%以上である。合金粉末中のクロム及び鉄の質量の総計に対する合金粉末中のケイ素の質量の比率が1%よりも大きいと良質な溶射皮膜が得られない虞がある。従って、合金粉末がケイ素をさらに含有する場合には、ケイ素の比率は1%以下であることが好ましい。
【0020】
・ 溶射用粉末は、クロム−鉄系合金粉末以外の粉末を含有してもよい。ただし、溶射用粉末中のクロム−鉄系合金粉末の含有量は、好ましくは90質量%以上、より好ましくは95質量%以上、最も好ましくは98質量%以上である。
【0021】
・ 前記実施形態に係る溶射用粉末は、高速フレーム溶射以外の溶射により溶射皮膜を形成する用途に使用されてもよい。
次に、本発明の実施例及び比較例を説明する。
【0022】
クロム−鉄系合金粉末からなる実施例1〜4及び比較例1〜3に係る溶射用粉末を調製した。各溶射用粉末の詳細は表1に示すとおりである。
表1の“炭素の比率”欄中の数値は、溶射用粉末中のクロム及び鉄の質量の総計に対する溶射用粉末中の炭素の質量の比率を表す。表1の“D3”、“D10”、“D50”、及び“D90”欄中の数値はそれぞれ、堀場製作所製のレーザー回析式粒度測定機“LA−300”を用いて測定された溶射用粉末の3%粒子径D3、10%粒子径D10、50%粒子径D50、及び90%粒子径D90を表す。溶射用粉末の3%粒子径D3は、積算体積が溶射用粉末中の全粒子の体積の合計の3%以上になるまで粒子径の小さい粒子から順に溶射用粉末中の各粒子の体積を積算したときに最後に積算される粒子の粒子径である。溶射用粉末の90%粒子径D90は、積算体積が溶射用粉末中の全粒子の体積の合計の90%以上になるまで粒子径の小さい粒子から順に溶射用粉末中の各粒子の体積を積算したときに最後に積算される粒子の粒子径である。
【0023】
実施例1〜4及び比較例1〜2においては、表2に示す第1溶射条件に従って溶射用粉末を高速フレーム溶射して基材上に膜厚200μmの溶射皮膜を形成した。比較例3においては、表2に示す第2溶射条件に従って溶射用粉末をプラズマ溶射して基材上に膜厚200μmの溶射皮膜を形成した。
【0024】
溶射中のスピッティングの発生の有無に基づいて、実施例1〜4及び比較例1〜3に係る各溶射用粉末を良(○)、不良(×)の二段階で評価した。すなわち、溶射を開始してから5分が経過した時点において溶射機のノズルに溶融した溶射用粉末の付着が認められた場合には不良、付着が認められなかった場合には良である。この評価の結果を表1の“スピッティング”欄に示す。
【0025】
溶射皮膜が設けられた後の基材を基材の表面に直交する面で切断し、研磨による鏡面加工、洗浄、及び乾燥をその切断面に順次に施した。その後、(株)島津製作所製のビッカース硬度試験機“HMV−1”を用いて、表3に示す測定条件に従って切断面の溶射皮膜部分のビッカース硬度を測定した。その測定結果に基づいて、実施例1〜4及び比較例1〜3に係る各溶射用粉末から形成される溶射皮膜の硬度を優(◎)、良(○)、不良(×)の三段階で評価した。すなわち、ビッカース硬度(Hv0.2)が800以上の場合には優、ビッカース硬度(Hv0.2)が700以上800未満の場合には良、ビッカース硬度(Hv0.2)が700未満の場合には不良である。測定されたビッカース硬度の値と、それに基づく評価の結果を表1の“硬度”欄に示す。
【0026】
基材上に設けられた溶射皮膜をJIS H 8682−1に準拠した乾式摩耗試験に供した。具体的には、スガ式摩耗試験機を用いて研磨紙(SiC#180)でもって荷重約31N(3.15kgf)で溶射皮膜の表面を400回摩擦した。この摩耗試験による溶射皮膜の摩耗体積量に基づいて、実施例1〜4及び比較例1〜3に係る各溶射用粉末から形成される溶射皮膜の耐摩耗性を優(◎)、良(○)、不良(×)の三段階で評価した。すなわち、基準試料(SS400鋼板)を同じ摩耗試験に供したときの基準試料の摩耗体積量に対する溶射皮膜の摩耗体積量の比率が20%未満の場合には優、20%以上30%未満の場合には良、30%以上の場合には不良である。基準試料の摩耗体積量に対する溶射皮膜の摩耗体積量の比率と、それに基づく評価の結果を表1の“耐摩耗性”欄に示す。
【0027】
【表1】

【0028】
【表2】

【0029】
【表3】

表1に示すように、実施例1〜4においては、スピッティング、硬度及び耐摩耗性のいずれの評価も◎又は○であって良好である。この結果は、実施例1〜4に係る溶射用粉末がスピッティングを発生することなく硬度及び耐摩耗性が高い良質な溶射皮膜を形成可能であることを示唆するものである。高速フレーム溶射により溶射皮膜を形成した実施例1においては、プラズマ溶射により溶射皮膜を形成した比較例3に比べて、スピッティング、硬度及び耐摩耗性のいずれの評価も良好である。この結果は、本発明の溶射用粉末が高速フレーム溶射により溶射皮膜を形成する用途に特に適することを示唆するものである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
クロム−鉄系合金粉末を含有する溶射用粉末であって、前記合金粉末は炭素を含み、合金粉末中のクロム及び鉄の質量の総計に対する合金粉末中の炭素の質量の比率が2%以上であることを特徴とする溶射用粉末。
【請求項2】
前記合金粉末の小粒子径側からの積算粒子体積が全粒子体積の10%に相当する粒子径を合金粉末の10%粒子径D10とするとき、合金粉末の10%粒子径D10が10μm以上であることを特徴とする請求項1に記載の溶射用粉末。
【請求項3】
高速フレーム溶射により溶射皮膜を形成する用途に使用されることを特徴とする請求項1又は2に記載の溶射用粉末。
【請求項4】
請求項1又は2に記載の溶射用粉末を高速フレーム溶射することを特徴とする溶射方法。
【請求項5】
請求項1又は2に記載の溶射用粉末を高速フレーム溶射して形成されることを特徴とする溶射皮膜。

【公開番号】特開2006−111929(P2006−111929A)
【公開日】平成18年4月27日(2006.4.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−300874(P2004−300874)
【出願日】平成16年10月15日(2004.10.15)
【出願人】(000236702)株式会社フジミインコーポレーテッド (126)
【Fターム(参考)】